原作のアンリエッタ王女はタルブ戦役の後、王族の責務を捨ててゾンビウェールズに付いていこうとしておきながら、王女としてルイズに最後の命令をするという割と許されない失態を晒しています。
死んだと思っていた愛する人が会いに来てくれた、という事で一人の恋する乙女としての心境は理解できますが、王女の行動では無いです。
神聖アルビオン共和国、王都ロンディニウム、ハヴィランド宮殿にて。
「クロムウェル閣下!何故、トリステインに攻撃をした!」
「リリーシャ護国卿、トリステイン側が砲撃をしたため、反撃したのだ。」
「攻撃を受けてもそのまま撤退、ゲルマニアとだけ不可侵条約を締結し、トリステインとゲルマニアの軍事同盟を破棄させれば良かったのに!トリステイン軍が攻めてくる可能性が高まった以上、復興計画は破棄するしかない…!」
腹心とともにまとめ上げた内戦からの復興計画は延期せざるを得なくなった。これまでの苦労が水の泡になったことに加え、何らかの形でトリステイン・ゲルマニア同盟とウェールズ王子に対して決着をつけなければならなくなった。この疲弊したアルビオン共和国で。
「何故ですか?トリステインやゲルマニア空軍にアルビオンへ攻め込む実力など無いでしょう?」
「数をそろえたところで、練度は劣る」
楽観視するクロムウェル派の閣僚に対し、リリーシャは冷たい目を向ける。
「内乱と革命戦役で、空軍士官は大きく減り、即席士官で穴埋めした以上、練度はこちらも褒められたものではない。フーティス士官!発言を許可する。ドラゴンテイルを殲滅したゴーレムについて説明を。」
「は、はい!」
軍人教育を受けてはいたが、居並ぶ閣僚の前で発言しろ、というのは若い軍人にとって胃が痛くなる話だ。
だが、やり遂げねばならない。
天下無双とうたわれたドラゴンテイルの最期を、自分を含めた風竜騎士隊も、他の火竜騎士隊も迎えるかもしれないのだ。
「…以上、となります。敵ゴーレムの有効射程は、火竜騎士の最大射程の倍以上あると、小官は進言します。」
「そんなことがあるわけない!」
「小癪なトリステインの風竜騎士隊にやられたのだろう!」
「事実です!」
無責任な閣僚が「願望」を飛ばすが、最前線で体を張る士官としてはとてもではないが見過ごせない。
軍服に袖を通した以上、死ぬ覚悟は出来ているが…だからといって無駄死にはお断りだ。
「フーティス士官の懸念、そしてこの度のタルブでの敗戦。その責任は私にある。ゆえに、時間稼ぎの策を練る。ドラゴンアイのハイヴィンド隊長に、この後会いたいと伝えてくれたまえ」
「はっ、了解しました。」
ようやくここから退出できる。そうフーティスは胸をなでおろす。
「…どうされるおつもりですか?不可侵条約の再締結はもはや望めない。タルブの戦いで残ったベテランも失い、艦隊の練度は大きく下がった。トリステインは単独で火竜騎士団20騎を殲滅できるゴーレムを擁する。内戦から立ち直るための計画はありましたが、それは全て不可侵条約ありきでの物。」
「近々、ザナック王子は即位されるという」
「そうでしょう。これだけの戦果を挙げた以上、文句はどこからも出ない。」
「だが、トリステインには我々の同志が大勢いる。彼らに、一働きしてもらうとしよう」
―――――
トリステイン王国の城下町、ブルドンネ街では戦勝記念のパレードが催される。
前を行くザナック王子。その後ろに付き従うアンリエッタ王女とウェールズ王子。
タルブ戦役で侵攻部隊を撃破し、多くの神聖アルビオン共和国軍の士官を捕らえ、火竜を数頭生け捕り。
この一件でザナックを王に、という声はトリステイン全土で高まった。
「あれが、トリステインの王子か。」
「王家の血筋のみが操れるヘクサゴン・スペルが、あれほどとは。」
「その状況に持って行ったのはザナック王子の手腕だろう…。リリーシャ護国卿は正しかった、というわけだ。」
捕虜宣誓をしたアルビオンの士官に、ザナックは親善艦隊を出迎えた部隊は空砲であった記録を見せ、自作自演であった事実を知らしめた。
ボーウッド提督も、最後尾の戦艦が礼砲を撃った事は見ており、その事実を受け入れた。
親善艦隊に砲撃するという卑劣な謀略を打ち砕くつもりが、全ては自作自演だった上に敗北したことでアルビオン空軍士官は神聖アルビオン共和国への忠誠が消滅。
彼らの処遇について、ウェールズ王子の王党派に委ねた。
これまで数々の根回しを行い、今回明確な実績を打ち立てたザナックは即位を宣言。
母のマリアンヌ太后から王冠を被せられ。ここに、トリステインの玉座が空白という事態は、終わりを告げることになる。
だが、ザナックの様々な政策に反発。事業に介入、仲介をいくつも挟んで公金を横領して懐を肥やすことしか頭に無い、一部の貴族はこれに反発。
一触即発、という空気が漂う中…。
―――――
トリステインの城下町、ブルドンネ街にある安宿にて。
「よくやってくれたわ。ハイヴィンド隊長。」
「楽な仕事でしたよ。それで、どのタイミングで我々は進撃を?」
「いいえ。動きません。」
ハイヴィンドは首をかしげる。
皇帝の秘書を、ザナック王子から冷遇されている一派の中心人物であるローゼンクロイツ伯爵に会わせる。
後は皇帝陛下から事前に託された『虚無』によって『お友達』になったローゼンクロイツ伯爵が謀反を起こし、それに協調した諸侯たちが一斉に反乱を起こす。
「時間を稼ぐための一手。」
「なるほど、捨て駒であれば…こういう策はどうでしょう?」
ハイヴィンドの策略を聞き、ミョズニトニルンは笑みを浮かべる。
「素晴らしいわ。それでいきましょう。これで、ザナック王はヴァルハラに旅立ちます…」
ハイヴィンドとミョズニトニルンは酷薄な笑みを浮かべる。
―――――
ルナ・ローゼンクロイツ伯爵令嬢は、ふと気づく。
今まで、自分は何をしていた?記憶が混濁していて、思い出せない。
確か、父に来客があってご挨拶をしたら…。
そうだ。思い出した。
あれから、近隣の付き合いがある貴族に書状をしたためる作業を手伝った。
内容は、思い出せない。
家紋が押された返書と、そうでない返書があったような…。
父もぼんやりとしている。周りを見渡すと。
「ザナックの即位など認めぬ!」
「そうだ!今こそトリステインは、有能な貴族による議会制に移行するべきだ!!」
なんだ、なんだこれは!
共和主義者がどうしてローゼンクロイツ領の館に集結している?!
「ルナ伯爵令嬢、我々の決起に合わせて、神聖アルビオン共和国軍も再び動くとか。勝ったも同然ですな!」
は?いや、タルブの戦で敗れたアルビオンにそんな余力があるはずが…。
事を起こすにしても、タルブ戦役の時だ。今のトリステイン軍は勝利して士気も高い。タイミングが悪すぎる。
だんだんと、記憶がはっきりしてきたルナ・ローゼンクロイツは館の関係者のみが立ち入りできる書斎で状況を整理する。
今、この館に集まっている「共和主義者」および反ザナックの者は、決起するためにローゼンクロイツ領に集結する!と家紋を押して返書を送ってきた者達だ。
家紋が押されていない返書にも同様の内容が記されているが、その者達は集まっていない。
ルナは父を探して、寝室にいることに気づく。
母が亡くなってから、かなりふさぎ込んでいたが…。
「父上、お話があります。」
「どうした?」
「…声を掛けましたが、どうも集まりが悪いのでは?」
「そうだな。遅れているのだろう。」
「父上。何故、ザナック陛下に対して反乱を?」
「お前だって、ザナック王子を警戒していた。だったら同じ気持ちだろう?」
「反逆を起こすにしても、時期が悪すぎます!ローゼンクロイツ家の為に!」
ルナはブレイドの魔法を唱えて、父を討つ。
反逆者の父を討って、その首を差し出せば家は保てる。
だが、致命傷を負ったはずの父は平然としている。
「父上…?」
「どうした、ルナ。」
呆然と急所から杖を引き抜くが、傷跡が即座に癒える。
ルナは後ずさる。本能が、目の前にいるのは父ではないと告げている。
回れ右して、ルナは父の寝室から退出する。
父と自分が行動を起こしたことは、優秀なザナック王子。いや、ザナック陛下は気づいているだろう。
戦って勝つ?近隣諸侯がすべて同調するならまだしも、同調したのは半数にも満たない。
ならアルビオンの援軍を待つ?ローゼンクロイツ領はそれほど険峻な守りではない。
そもそも祖国を敵に回して、持ちこたえられる訳がない。
降伏?行動を起こしてしまった上に、首謀者である父がナニカに変わり果てていて討ち取れない。
だったら…。
―――――
ザナックは、自分の前にひざまずいている貴族達を見渡す。
「ローゼンクロイツ伯爵の反乱に加担しなかった、貴公達の忠誠、頼もしく思う。」
「はっ!」
「陛下、是非とも先鋒はこのハイダルにお任せを!」
「否、私こそ!」
口々に言う貴族達に、内心辟易とするザナック。
「わかった。先陣は貴公達にそれぞれ任せるとしよう。さて、出陣だ。私を認めないという者が行動を起こした以上、私が直接行かねば収まらないだろう。」
反乱の機運を先んじて入手したザナックは、ローゼンクロイツ近隣の有望な諸侯を多数懐柔。
ローゼンクロイツ領からの返書には「家紋」を押さずに返事をし、王宮に対して報告する際に「家紋」を押して連絡を入れよ、と。
―――――
「王国軍、接近!その数、5000!」
「数だけだ。遅参した者が集まれば、数は互角になる!」
「何とか、時間を稼がねば…」
「だが、どうやって?」
そんな有象無象に対し、ルナ・ローゼンクロイツは決意を固める。
「私が、ザナック陛下に面会を求めます。」
「何!?」
「私は二度、ザナック陛下とお見合いをする機会がありました。向こうも知っているでしょう。わずかですが、時間は稼げるかと。その間に、準備をよろしくお願いします。」
―――――
「ルナ・ローゼンクロイツが面会を?」
「はっ。いかがいたしましょう。」
「陛下と2度もお見合いをしておきながら、謀反を起こすとは。陛下、お会いする必要もありません。我が炎で灰にして」
「何を言う、我が風で切り刻んで」
「手ぬるい!我がゴーレムでひねりつぶして」
「いや、会いに行く。何を言いたいのか、気になる。机と椅子、それに茶を用意せよ。護衛は、平賀才人。貴公に任せる。風竜騎士隊員は、周辺の警戒に当たれ。」
物騒なことばかり言う貴族をたしなめ、ザナックは面会に応じる。
…激しいデジャヴを感じながら。
―――――
青空の下。ザナックはルナ・ローゼンクロイツ伯爵令嬢と向き合う。
土魔法で作られたテーブルと、紅茶が用意される。
護衛騎士である才人がルナの杖を預かり、面会が始まる。
「…こうして、お会いするのは3度目か。ルナ・ローゼンクロイツ伯爵令嬢。」
「この度は、即位おめでとうございます。ザナック陛下。」
「それで、降伏をしに来たのか?反逆を起こしておいて。」
ルナ・ローゼンクロイツは黙り込む。その様子からザナックは判断する。
「なるほど、時間稼ぎか。」
「…陛下。陛下は覚えていらっしゃらないでしょうが…。最初にお見合いをした際に、陛下は私を見て、ある名前をお呼びになりました。覚えて、いらっしゃいますか?」
「……錯乱していた頃の話は、やめてもらおう。」
「お願いです。ラナーとは、誰ですか?」
不快な表情を浮かべていたザナックだが、ルナの言葉に顔つきが変わる。
確かにどちらも金髪の女の子だが、それ以外に共通点は見受けられない。
容姿はラナーが上で、体格はルナ・ローゼンクロイツの方が上だ。
ザナックは杖を取り出してディテクト・マジックを唱える。
ザナックは未だに土メイジのドットだが、こういう便利なコモン・マジックだけは必死に練習して使えるようになった。
「覗き見、盗み聞きしている者はいないか…。」
近くに控えているのは、護衛と平賀才人だけだ。
常に剣に手が届く位置に手を備え、油断なくルナ・ローゼンクロイツをにらんでいる。
続いて、サイレントの魔法をザナックは唱える。
これで、話が出来る。
錯乱したと思われかねない為、実の妹にも話せない事を。
もしも、酒の勢いなり、何かの拍子で話した場合、どういう反応になるのかをザナックは試すことにした。
反乱を起こした首謀者の娘が、何を知ったところで『処理』出来る。
この時のザナックは、そんな気持ちだった。
―――――
「リ・エステーゼ王国の夜空を照らす月は一つだけで、フネは空を飛んだりしない。」
「…り、リ・エステーゼ王国?」
「第二王子、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ。そう名乗っていた時期の記憶がある。ラナーとは、リ・エステーゼ王国の王女だ。」
ルナ・ローゼンクロイツはじっとザナックを見つめる。
錯乱している、妄想を言っているようには見えなかった。
「リ・エステーゼ王国は亡国の危機にあった。ある戦いで…いや、戦いではないな。大虐殺をされ、第一王子の兄も戦死した。その大虐殺で多くの貴族は当主や後継者を失い、次男、三男といった者を当主に据えざるを得なくなり、さらに質が低下。その状況で…大虐殺を行った国とまた戦争をすることになった」
「?!何故止めなかったのですか!」
「ある貴族が想定外の事をして止められなかった。大虐殺をした国が、聖王国へ食料などの支援物資を送っていたが、それを王国内で襲撃し強奪した…。フィリップが何をしたかったのか、今でもわからん」
バルブロや多くの貴族家の当主や次期当主を虐殺した魔導国相手に、魔導国が行っている支援物資をリ・エステーゼ王国で強奪する、という動機はザナックも理解できなかった。
「襲撃出来るという事は、領地持ちの貴族ですか?それならば次期当主が殺され、繰り上がりで次期当主になり…。領地経営に対する不安や恐怖、もしくは困窮してやむを得なかったのでは?」
「それは無い。そいつは同じように繰り上がった者達を集めて派閥を作り上げ、パーティを開いていた。」
いよいよもって、理解に苦しむルナ。
次期当主では無く繰り上がりとはいえ派閥を作っている以上、そこから大虐殺を行った国に関する情報も手に入れている。にも拘わらず、物資を強奪?
もしかして、物資を強奪したらどうなるのかを想像すら出来なかったのか?
最もハルケギニアの誰であろうと、フィリップ・ディドン・リイル・モチャラスの思考ルーチンを理解する事は不可能であろう。
「…もはや、俺には勝ち目が無くとも戦うしか無かった。俺はリ・エステーゼ王家の人間として最後の責務を果たすべく父を幽閉。軍務と政務の実権を握って決戦に臨んだんだが…。臆した貴族が俺の天幕に入ってきてな。傭兵に討たれて死んだ。」
「…そういうこと、だったのですね。」
ルナ・ローゼンクロイツは、納得した。
「リ・エステーゼ王国で亡くなられ、ヴァルハラへ召されたザナック陛下は。始祖ブリミルのご意思によって、トリステインを導くべく再誕されたのですね!」
「…俺がトリステイン王子に生まれたのが、始祖ブリミルの意思であるとは思えないが。」
狂信者のような瞳を輝かせるルナに、ザナックは気圧される。
ルナとて、いきなりそのような話をされたら不信感は強まっただろう。だが、今の話を聞いて、ルナは想像できた。
もしも自分が、リ・エステーゼ王国に生まれたら?
月が一つしかなければ、『どうして毎日スヴェルの月夜なの?月が二つ見え無いの?』と周囲に聞いてしまい、『錯乱した娘』と周囲から思われるだろう。
今の年齢のまま、幼女に戻れば人形遊びなどは流石に出来ない。魔法や礼儀作法などの習得を始めてしまい、奇異な目で同年代から見られるだろう。
ザナックは、そういう自分であれば気が狂ってしまうかもしれない状況で、一人で頑張ってきた。トリステイン王国を立て直すために。
であれば、今の自分が最期に出来ることは。
「いえ。これで、理解出来ました。何故、陛下が私をラナーと思ったのか。トリスタニアの王城に、金髪の女の子は普段居ない。そして、陛下が様々な政策を実行できたのは、かつて軍務と政務の実権を握り、多くの将兵を失った祖国を立て直そうとしていた時期があったから。」
「信じるのか、今の話を。当事者である俺でも、たわごとか何かだと思っているぞ。」
「いえ。今のお話を伺って、納得出来ました。ザナック陛下。貴方は、最後の決戦に臨むとき、何を思われましたか?」
魔導王との会談。その行きは魔導王の真意を確かめることだった…。
いや、そもそも。ザナックの想いは。
「…俺はただ。リ・エステーゼ王国を、良い国にしたかっただけだった。」
「ありがとうございます、ザナック陛下。いえ、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ様。」
「?!」
もう二度と呼ばれる事は無いと思っていたフルネームを呼ばれ、ザナックは動揺する。
「…杖を、渡していただけませんか?」
ザナックはサイレントを解除して、平賀才人に声をかける。
「杖を渡せ。」
「はっ。」
ルナは杖を受け取ると、短くルーンを唱えて氷を作り出し、ぬるくなった紅茶に入れる。
「何を?」
そのまま、ミルクを入れてスプーンでかき混ぜると、勢いよくルナ・ローゼンクロイツは飲み干す。
「私は、こういう飲み方が好きなんです。美味しかったです、ザナック陛下。」
真摯な瞳で、覚悟を決めたルナ・ローゼンクロイツにザナックは思わず口を開く。
「…ルナ・ローゼンクロイツ。降伏しろ、そうすれば!」
「いいえ。討ち取ってください、ザナック陛下。私と父はトリステイン王国に反逆した謀反人。派手に一掃し末路を知らしめれば、トリステイン王国は一つにまとまります。そうなれば、私達の死には…意味があります。」
「父親を止めろ。そうすれば俺が!」
「ザナック陛下。私の父は…ブレイドで急所を貫いても死にませんでした。」
「?!」
「お願いです。領民には、寛大な処置を。」
「約束しよう。」
「ありがとう、ございます。」
ルナ・ローゼンクロイツは一礼して、その場を去る。
「平賀才人。彼女を生かして捕らえたい。可能か?」
「お任せください。」
何を話したのかは全く聞こえなかったが、現国王が生かして捕らえたいというなら捕らえるまでだ。
―――――
ローゼンクロイツ伯爵領、近郊に設置された王国軍司令部にて。
「…陛下。確かに年齢が近く家柄も良いですが…。」
「反逆者の娘が王妃、というのはいただけません。」
「トリステインは纏まりつつあります。ここは毅然とした態度を示さねば。」
ルナ・ローゼンクロイツ伯爵令嬢の身柄を確保するようガンダールヴに命令を下したが、それを聞いた上層部はそろって苦い顔を浮かべる。
「…全部隊に告げる。反乱軍を殲滅せよ。ただし、武装していないローゼンクロイツ領民には危害を加えるな。」
その命令を受け、トリステイン王国軍は動き出す。
―――――
トリステイン王国軍はザナックの手腕により、練度は上昇。
対する反乱軍はレコン・キスタから多少の支援はあるが、数で負けていた。
「わ、ワシを守れっ!」
「逃げるなっ!踏みとどまって戦え!」
「いったん、一旦下がれ!陣形を立て直す!」
相反する命令が飛び交い、数で劣る反乱軍は統制を失う。
歩兵部隊が蹴散らされ、弓兵部隊はファイアーボールで吹き飛ばされる。
槍衾を作って抵抗しようとした部隊は下がれ、という命令を受けて下がったことであえなく突破。
反乱軍の部隊は瞬く間に、各個撃破され討ち取られていく。
後方にいたルナの身にも王国軍が迫る。
いや。王国軍よりも素早く向かってくる剣士がいる。
「な、なんだあいつは!うわあああああっ!」
「足止めしろ!囲んで…ガハッ!」
その顔をルナは知っている。ザナック陛下の護衛にいた少年。
「エア・カッター!」
ここで死ぬつもりだが、無抵抗のまま殺されるつもりは無い。
最後の最期まであらがって、そして死ぬ。それで、ザナック陛下によってトリステインは纏まる。
だが、その風魔法は剣士の大剣に吸い込まれる。
驚愕した次の瞬間、ルナの杖は斬り飛ばされ…。剣士に抱えられ、そのまま連れ去られてしまった。
―――――
…反逆者を一掃し、戦いは容易く終わった。
ルナ・ローゼンクロイツは杖を失い、捕虜としてザナックの傍に立たされていた。
反逆者の娘を現国王の傍に置くなどありえないが、現国王の命令とあれば是非もない。
当然、ルナに向けられる視線は非常に冷たい。
そんな中、論功行賞が始まる。
「ハイダル卿。見事な働きぶりだった。褒美を取らせる。」
「…恐れながら陛下。今、この場で頂きたい物がございます。」
「なんだ?」
次の瞬間、ハイダルは袖口に仕込んでいたダガーを取り出し、ザナックに向かって飛び掛かる!
反逆者との戦いが終わって気が緩み…手柄を立てた功労者を称える場面で、ザナックの命を狙う。
これが、ハイヴィンドの立てた策略だった。
咄嗟の事で、近衛騎士も間に合わず…平賀才人が走り出したタイミングで。
ザナックを庇った者が、一人だけ居た。
「ぬっ?!」
「ルナッ!」
深々と心臓まで刺さったダガーを引き抜いたハイダルは、ルナを押しのけてザナックに迫ろうとするが。
才人がそのわき腹を蹴り飛ばして吹き飛ばす。飛ばされたハイダルに、近衛騎士が覆いかぶさる。
「おのれっ!あと、あと少しでっ!」
喚くハイダルの急所を、青白い杖が貫いて絶命させる。
「勅命だ、ルナを助けろ!」
駆け付けたモット伯が必死で呪文を唱えるが、何かしらの即効性のある毒物が刃先に塗られていたことと、心臓まで刺さっていたこともあり…。
生暖かい血がザナックの胸に降り注ぐ。
温もりが失われつつあるルナの手が、ザナックの頬に振れる。
「無事、で…か?」
「しゃべるな!今、手当てをしている!」
「私を…忘れない、で…」
ルナ・ローゼンクロイツの呼吸と、鼓動が止まる。
治療に当たっていたモット伯が、沈痛な顔になって杖を下ろす。
―――――
「ザナック陛下。ローゼンクロイツ伯を捕らえました。連行しましょうか?」
「そうだな。」
連れてこられたローゼンクロイツ伯は、泰然としている。
「…ハイダルは失敗したのか。」
「そういう事、か。反乱を制圧した直後で、気が緩んでいるときに功績を称える場面で俺を暗殺する。」
「その通り。」
「何故だ、ローゼンクロイツ伯。この反乱で、お前は何を得た?反逆者の汚名だけだ。もしもハイダルが成功したとしても、お前は助からない」
「それはどうかな?」
「始末しろ。」
近衛騎士の一人が、エア・スピアーを突き立てるがローゼンクロイツ伯は平然としている。
呆然としながら近衛騎士が杖を抜くと、傷は即座にふさがっていく。
「なるほど。ルナの話は本当だったか。命令だ。これを、壊す方法を見つけろ。」
殺す方法とザナックは言わなかった。コレを、生きていると認めたくなかったから。
もうちょっと早くザナックが前世の事を打ち明けていればルナは嫁いでいたでしょうが、ザナック視点だと『また錯乱した』と思われかねないから話せない。
二回目のお見合い時点でも、ルナ視点のザナックは…同年代で国政に携わっている『得体のしれない化け物』なので心を開いてくれない。
父親が得体のしれない存在になって、反逆起こして後がない、と追い詰められた状況。サイレントを唱えて声が漏れないようにして話してくれたので、『あ、本当の事だったんだ』と初めて受け入れる土壌が成立する。
ん…この子が生存するIFルートがちょっと思い浮かばない。生存した場合、ザナックの前世での経験をハルケギニアで生かす為の相談役を務めてくれるので、トリステイン人視点でのリ・エステーゼ王国の詰みっぷりを描写出来るのですが…。