ルナ「どうして、いつもスヴェルの月夜なの?」
父親「スヴェル?」
ルナ「月が二つ重なっているから、一つに見えることだけど?」
両親「「」」
うーん、これはランポッサ三世やレエブン候でも、錯乱したと考えて幽閉コースですね。
トリスタニア、アンリエッタの自室にて。
「…妹よ。少し、いいか?」
許可をもらって、妹の部屋に入ったザナックはやや黙り込んだ後、問いかける。
「水系統のメイジとして、答えてほしい。毒は、どういったものがある?」
「…多岐にわたりますわ。皮膚に触れさせる、傷口にいれる、飲ませる、吸わせる。主にこの四種類がありますわ。植物、蛇、蜘蛛、幻獣の毒を用いることが多いですわ。特に。」
水メイジであれば、これぐらいはサラリと答えられなければやっていけない。
アンリエッタはまっすぐ兄の眼を見つめて言う。
「バジリスクの牙からとった毒を塗ったダガーで刺されたら、出血は止まりません。秘薬が辛うじて間に合った例もありますが。」
「そう、か」
一連の話を聞いたアンリエッタは、兄を始末しようとした際に用いられた毒物の正体に思い至った。
兄が知りたかった情報はこれだろう。とはいえ、あの状況で自分ならば助けられたか、と聞かれればアンリエッタには自信がない。
天気が水魔法の威力を増す『雨』であれば助けられたが、ハルケギニアに天候を操る魔法は存在しない。
「お兄様は、ローゼンクロイツ伯爵令嬢を愛していたのですか?」
「…あの話し合いで、お互いに理解しあえた相手だった。」
「それを、愛しているというのですよ」
反逆を起こした首謀者の娘だが…。もしも、あの後彼女が一命をとりとめて入れば、間違いなく輿入れする流れになっただろう。
あの反逆におけるレコン・キスタが仕掛けた謀略はアンリエッタも聞いている。あまりの卑劣なやり方にアンリエッタも憤った。
「……妹よ。トリステインの玉座に興味はあるか?」
「あら。私の記憶が正しければ、お兄様が即位なされたはずですが?」
「確認だ。悪いが、もしも今から王位につきたいというなら…。俺を始末するしかないぞ。」
何故。自分がトリステインの王子に生まれたのか、ザナックは今でもわからない。
だが、トリステインを良い国にするためにも、自分は『王』にならねばならない。
立場だけではなく、心から。
自分は生きている。意見は、考え方は変えられるが。
死者の想いは変えられない。
「お兄様ならば、トリステインを良い国にしてくれます。」
「元より、そのつもりだ。」
断言したザナックの眼を、アンリエッタはのちにこう語る。
『あの瞬間。兄は本当の意味でトリステイン王になった』と。
―――――
神聖アルビオン共和国、王都ロンディニウム、ハヴィランド宮殿にて。
「ということで、ローゼンクロイツ伯爵と周辺諸侯による『壮挙』は失敗に終わってしまった…。」
「なんと。トリステインの同志が」
「だが、心配はいらぬ。トリステインにはまだまだ同志がいる。艦隊の再編成はどうかね?」
失敗前提の『壮挙』、狙いはその功績をたたえる場面でザナックを暗殺する事という謀略だったが…。
それは、一人の令嬢の行動により阻止されてしまった。
そんなクロムウェル派の者をリリーシャ護国卿は冷たい目で見る。
時間稼ぎのために、自分たちに協力してくれる者を使いつぶすか。
それこそ、トリステイン軍が侵攻してくるときに王都へ進撃させるなり、方法はあるというのに。
ローゼンクロイツ伯爵が起こした「謀反」を制圧したことで、ザナック陛下を中心にトリステインはまとまりつつある。
時間稼ぎどころか、敵の結束を固める結果に終わっている。
こちらが不可侵条約を申し出たにも関わらず、杖を抜いた以上、トリステインとゲルマニアが和平を申し出てこなければ戦争は終わらない。
早く復興に全力を注ぎたいのだが、戦争状態が継続している以上、軍への予算は減らせない。
―――――
トリスタニアの王城にてザナックは妹と共に報告を受け取った。
「リッシュモンが、黒か。」
「…情報をレコン・キスタに売っていた。」
兄の直属となった間諜、火消しの報告書にアンリエッタは目を通す。
「ウィンプフェン伯。水精霊騎士隊で処理する。」
淡々と処理を進めるザナックに、控えていた護衛騎士の一人が声をあげる。
「お願いがあります!ザナック陛下!」
「…アニエス隊長。発言を許可する。」
「是非とも、リッシュモンの逮捕をお任せください!」
「任せてもよいが、神と始祖に2つ誓ってもらうことがある。」
「なんなりと。」
「一つ目は、決して逃がさぬ事。」
「はっ、神と始祖に誓います。」
「よし。もう一つは、ダングルテールの虐殺にかかわったアカデミー魔法研究所実験小隊を許す事だ。」
「?!」
愕然とするアニエス。
凛とした態度を取り繕うことも出来ず、崩れ落ちる。
底冷えするような眼でザナックは、アニエスを見る。
「知らないと思ったか?」
「お、お願いです!陛下!我が故郷を焼き滅ぼした者に鉄槌を下さねば」
「ロマリアの幹部から新教徒狩りで金を受け取り、命令を出したのはリッシュモン。その仇を討たせるというのに、それ以上を求めるか。ならば問う。」
ザナックはアニエスと目を合わせる。
「アニエス隊長。私がある村に疫病がはやっているため、これを焼き滅ぼしてこい、と命令したらどうする?その生き残りが、他の村にいた親族がアニエス隊長を恨んでも、その恨みを正当なものだと受け入れられるのか?」
「……そ、それ、は。」
「それが飲めないなら、リッシュモンの敵討ちも任せられない。不満があるならリッシュモンを始末した後、近衛隊長を辞任しても構わん。ただその場合…。」
ローゼンクロイツ伯爵が起こした一連の反逆者に対する苛烈な仕打ちは、耳に新しい。
ザナックは明言しなかったが、辞職すれば…。
その気迫にアニエスは気圧される。
「…か、神と始祖に誓い、ます…。実験小隊には、危害を、く、加えない、と…」
「では、アニエス隊長。リッシュモンの討伐に全力を賭して貰う。さて、妹よ。リッシュモンをおびき出すにはどうするのがいいと思う?お前の意見を聞きたい」
「…タニアリージュ・ロワイヤル座はどうでしょう?ここで情報交換をしていたならば、私もそこで問い詰めます。」
「…地理的にリッシュモンの館にも通じている可能性が高い。劇場には地下通路があるだろうな。」
「おびき出しても、逃げられてしまいますね。」
「おびき出すと同時に、館を包囲すればよい。問題は、おびき出す方法だが」
「囮は私がやります。私が行方不明になったという情報を流せばレコン・キスタの仕業かそうでないかを知るために、接触するでしょう。」
「妙案だ。よし、リッシュモンの始末は任せた。私は包囲網を敷く。」
そちらについては妹に任せ、ザナックは包囲網を構築すべく部下に指示を出す。
「配置はこれでいく。もう一つ、使い走りをやってもらいたい。」
「お任せください、陛下。」
一礼して去るウィンプフェン伯。
そのうえで、新たに重用するようになった部下にザナックは目を向ける。
「…お前の負担が多いが、大丈夫か?クレード卿」
「お任せください、殿下。」
「事が済んだ後、これをやってもらいたい。」
指示を受けたクレード卿は、部屋を出た後、配置につくべく足早に動く。
―――――
…喪服に身を包んだ男が、始祖の像を前に跪いて祈りを捧げる。
扉がノックされ…男は杖を振ってアンロックを発動する。
「こんなところにいたか。波濤。」
「…参謀総長。」
あの日。ルナ・ローゼンクロイツ伯爵令嬢を救えなかった波濤のモットが、祈りを捧げているという噂は本当だったようだ。
無理もない。彼女の最期は、近衛隊の間ではすでに広まっている。
ゆえに、彼女を救えなかったモット伯への批判は大きい。あの状況で救えるか?と水メイジに聞いたところ、雨が降っていればあるいは、という返答だった。
ハルケギニアに天候を操作する魔法やアイテムなど無い。
「祈るのは、神官にでも任せておけばよい。貴公の仕事はそれではあるまい。」
「…しは。」
「ん?」
「私は。トライアングルメイジになった時に…魔法の研鑽を積むのを怠った。」
「私など風のライン。メイジにとってランクの壁は、火竜山脈よりも高い。」
「わかっている。わかってはいるのだ。だが…。」
「ザナック陛下は変わられたぞ。目つきが、王になられた。」
「それは、どういう事だ?」
「以前は。他に適任がいるなら譲って補佐に回ってもよい、という空気を漂わせていたが…そのどこか柔らかい空気がなくなった。」
「喜ばしい事だ。」
ああ。こいつもか。
ウィンプフェン伯は、ザナック王子が行動を始めた際に、真っ先に接触された高官という事もあって、熱心な支持者である。
だからこそ、ザナック王子が持っていた『心の余裕』とでもいうべきモノを好ましく思っていた。
その余裕が失われた。ド・ポワチエもマザリーニ枢機卿も喜ばしいと言っている。いや、ここにモット伯も追加された訳だが。
確かに、王子と王は違う。成長と捉えるべきなのだろう。だが、それでは『ザナック』という一個人が、擦り切れてしまうのではないか?
正妃が居ればと思ったが、未だ候補が居ない。重ね重ね、ルナが生きていればと思ってしまう。
「ヴァリエール公爵家への使者に赴け、との事だ。」
「…この私に、まだそのような仕事を与えてくださるのか?」
「今のトリステインに、人材を遊ばせる余裕はないと仰っていた。」
「そう、か。私でも、まだ出来ることはあるか…。」
「宮廷雀が何を囀ろうと、気にするな。陛下が評価してくださっている以上、臣下はそれに応えるべきであろう?」
「わかった。もう、悩まぬ。私は、私が出来ることを全力でやる。」
よし、これで問題は解決だろう。力強く歩き出すモット伯をウィンプフェン伯は見送る。
後は…。
「リッシュモンの包囲網、か。一点突破を図られたら逃げられる公算が高いが…。」
部隊の配置もやや間隙が広い。一抹の不安がウィンプフェン伯に浮かぶ。
「いや、あの方のことだ。一点突破を図らないという確証があるのだろう。」
―――――
アンリエッタが視察を終えた後、行方不明になったという知らせがリッシュモンに届く。
それを知ったリッシュモンは、大慌てでレコン・キスタの間諜と劇場で接触する。
リッシュモンが外出した、という報告を受けたザナックは笑みを浮かべる。
後は、妹とアニエス隊長が始末をつけるだろう。失敗したときの備えもある。
同時にリッシュモンの館を制圧するべく、ザナックは包囲させる。
アンリエッタ王女が行方不明で捜索部隊が出ている以上、部隊を展開してもそれは捜索部隊と思わせることが出来る。
ここで一点突破を図れば逃げれるが、それをする事はリッシュモンを置き去りにするため出来ない。
この時ザナックは、情報漏洩を恐れて担当部隊にはそれぞれ個別に指示を与えていた。
何せ、相手は高等法院の長。目と耳は鋭い。
―――――
同時刻、リッシュモンの館は大混乱に陥っていた。
王女が行方不明になった。何かに備えて館に集まっていろという指示が下って、派閥と一族の者は集結していたのだが…。
「お、王国軍が包囲しています!」
「馬鹿な!アンリエッタ王女殿下の捜索部隊だろう!」
「だが、包囲されているのは事実!」
リッシュモンの配下、ベルナルドは私兵を見渡す。
「敵軍の数と配置はどうなっている?」
「か、数は不明!」
「やむを得ん。閣下が戻られるまで館を死守する!」
慌ただしく動き始める私兵達。
普段は父の威光を笠に着るモーガンとトマソン、ミリアムは狼狽する。
「王国軍が包囲しているってことはつまりはそういう事だよな…。ここまで、か。」
諦めたエリクに対して、ディミは発破をかける。
「エリク兄さん、まだ手はあるわ。」
「ど、どうやって?」
「いいから。ちょっと見て回ったけれど、どうにも部隊同士で連携が取れていないみたい。ここに付け込むスキがある…!」
―――――
日焼けした小柄な歴戦の中年軍曹、ニコラはザナック陛下の作戦として、包囲網の一角を担っている。
そんな時。館から轟音が響き渡る。
「軍曹殿、どうやら先走った部隊がいるようですな。」
「取りこぼしが無いように、ということだったが。あの方面はどの部隊が…?」
情報漏洩を警戒し、前線将校同士は顔合わせすらしていない。
そんな中、ドヤドヤと十数名が駆けてくる。
「そこまでよ、リッシュモン…!また私兵?!」
見知らぬ淡い水色髪の少女が、杖を向けてくる。
リッシュモンを『追っている』ような言動から、ニコラ軍曹は味方であると『思い込んだ』。
「自分達は、正規の王国軍でさ。」
「…こっちに、リッシュモンが来なかった?」
「いいや。」
「ということは、こっちに逃げたのは偏在!先回りするわよ!」
そう言い残し、少女とその仲間は来た道を戻らず、そのままどこかに去る。
「何だったんですかね?」
「包囲網の一角、では無くて追い込む部隊か?いや、それより」
歴戦の軍曹は、リッシュモンの私兵が動き出したことを感づき、思考を目の前の戦いに切り替える。
館を制圧せよ、というのがザナックから与えられた任務だ。
―――――
館の制圧作戦は、順調に進む。部屋を制圧し、王国軍は突き進む。
だが、ある大部屋に差し掛かったところで許容できない被害を被る。
リッシュモンの懐刀、ベルナルドが私兵を指揮して立ちはだかる。
「観念しろ!」
「もはや、逃れる術はないぞ!」
「逃れる?お前たち、何故あんな小太りに従う?あいつは、玉座を空白にした女の子供だぞ!」
「それ、は…」
「共和制なら、そうはならない。一人が心を病んでその職務を果たせないなら、別の有能な人材が取って代わる。共和制ならば、トリステインは倒れない!」
ベルナルドの言葉に、王国軍側は動揺する。
だが。
「妄言、ここに極まれり。聞くに耐えん。」
「クレード卿?」
精悍な30代のメイジが、呆れたような目を向ける。
「共和制は議論によって決定する以上、重大な決定を行わねばならない時に王政や帝政に速度で劣る。南北に10倍の国土を持つ国家に挟まれたトリステインにおいて、重要な決定を行わねばならない時に議論などしていては、亡国の道を突き進む事は明白。何より王政は6000年も続いている。共和制が優れているというなら、その根拠を示せ。」
クレードは冷ややかな目で告げる。
ベルナルドは殺意を向ける。
「どうやらお前には何を言っても無駄なようだな」
「奇遇だ。初めて意見が一致したようだ。」
ブレイドによる応酬、時折体術を駆使するが、中々決着がつかない。
だが、実戦経験という点においてクレードはベルナルドの上を行く。
じりじりと追い詰められ、ベルナルドの動きが鈍る。これ以上長引かせる訳にはいかないと捨て身の一撃を放つが。
「ウィンディ・アイシクル!」
氷の矢が、ベルナルドの太ももを射抜く。激痛で動きが鈍ったベルナルドの利き腕をクレードは斬り飛ばす!
鮮血が迸り、倒れるベルナルド。
「国庫を食い荒らし、賄賂を受け取り、敵国に情報を売り渡す輩の言葉などに惑わされるな。」
動揺するリッシュモンの子供たちと私兵に、クレードは告げる。
「捕らえろ。この期に及んで抵抗するなら、殺せ」
無力化を確認した後、クレードはその場を去る。
ザナック陛下からの命令は館の速やかな制圧と、アニエスの抑えだ。
―――――
リッシュモンは、劇場の地下に用意していた通路から逃走する。
まさか。あのアンリエッタ王女が誘拐された話を流し、慌てて自分がアルビオンの密使と接触するべく行動を起こした所を逮捕しようとする筋書きを書くとは。
もう、自分の派閥は終わりだ。こうなった以上、金をもって一族と館の私兵を連れてアルビオンに脱出。この屈辱はクロムウェル皇帝に兵を借りて復讐を…。
そんなリッシュモンは、前方に誰かがいることに気づく。この秘密通路を知っているなら味方と思ったが、向けられる殺気から敵だと推測する。
その顔にリッシュモンは見覚えがある。
「平民が、何の用だ」
「ダングルテール」
「何の話だ?」
「とぼけるな!20年前!アカデミー実験小隊を使って焼き払った!私はたった一人の生き残りだ!」
「…ああ、そんな事もあったな。」
20年前の出来事を言われて、リッシュモンは記憶をたどっておぼろげながら思い出す。
「いくら、いくら受け取った!」
「賄賂の額などいちいち覚えておらぬわ。」
「殺す。地獄で貯めた金を使っていろ!」
「平民風情が、メイジに勝てると思ったか!」
リッシュモンのファイアーボールに対して、アニエスはマントと水袋で炎の威力を減衰させる。
それでも、鎖帷子に熱が伝わり全身に激痛が走る。
「ぬっ!」
慌ててリッシュモンはエア・カッターを放つ。ファイアーボールが減衰されたことで、炎系統に対する対策をしているという判断だったが。
手傷を負うが、板金鎧と鎖帷子で致命傷にはならない。
アニエスの刃が、リッシュモンの心臓を貫く。
「ぐっ、ごはああ!へ、平民風情に、この、私、が…」
リッシュモンは動かなくなった。
「はぁっ、はぁっ…」
リッシュモンを討ち取ったが、アニエスも火傷と裂傷で意識がもうろうとしている。
ザナック陛下は、リッシュモン以外への復讐を禁じた。復讐のために生きてきたが…。実行犯の仇を討てないなら、このまま…楽に…。
―――――
アニエスが目を開けると、見知らぬ部屋だった。
「ここは?」
「目が覚めたか。リッシュモンを始末したことは報告済みだ。今は体を休めよ、という事だ。」
「…お前は。」
「クレード。リッシュモンの館を制圧した後、貴公が失敗したときに備えて奴を始末する命令を受けていた。貴公が成功していれば手当てをしておけと。復讐を止めさせた以上、重傷を負った際に生きる気力が萎えているかもしれない、と仰られていた。」
「…あの方は、そこまでお見通しだったのか」
「…復讐者の目をしている。そういう目をした奴を、俺は何人も見てきた。」
「復讐を止めろ、と?」
「世の中には勘違いしている馬鹿が多いが、復讐は犯罪を正当化はしない。」
「犯罪だと!だったらあの虐殺は!」
「どんな理由があれど、罪を犯せば犯罪者として処罰されて当然だろう。俺が言っているのはそういう話だ。陛下はリッシュモンを討つ事は許可したが、それ以上は許していない。その一線を越えたら処罰されるのは当然だ。」
クレードは薬湯を入れると、アニエスに差し出す。
「アンリエッタ王女殿下が直々に調合なされた。」
アニエスは、差し出された薬湯をゆっくりと飲んだ。
―――――
同時刻。
上げられた報告書を読み、ザナックは困惑する。
「リッシュモンの縁者2人と7名の使用人が捕まっていない。どうやって逃げた?」
あの状況で逃げおおせる者がいたとしたら、圧倒的な力による正面突破を想定していたが…。
作戦に従事した前線将校の軍曹を全員呼びだし、事情を聴く。
「そういえば、先走った部隊がいました。」
「誰だ?」
「…ここにはいないみたいですがね。偏在を追っていると言って…そのまま外に…。」
そこまで言って、ニコラ軍曹もザナックも気づく。
「…なるほど、騙されたわけか。」
「情報が漏れていたのでは?」
「いや、その場合、館に行かなければよい。咄嗟に包囲網の一角を担っている風な言動をとって逃亡したか。機転が利く奴だな。特徴は?」
ニコラ軍曹はその後失態を取り返すべく、記憶をあさってザナックに情報を提供する。
「使用人はともかく、縁者は身柄を確保しておかないと後々禍になる。」
「リッシュモンの愛人の連れ子はともかく、リッシュモンの甥っ子は…」
「正確には、リッシュモンの正妻の妹夫婦の息子だ。」
縁者というには血のつながりがないことで、アンリエッタは目を瞬かせる。
「お兄様、残党が旗印にするにしても根拠が弱くありませんか?放置しても…」
「アルビオンとの戦いを前にして、不確定要素は排除せねばならん。」
―――――
リッシュモンは始末したが、その縁者二人を取り逃がした。とりあえず、トリスタニアの出入りは厳重に調べさせる事にして。
ザナックは他の行動を起こす。
トリステイン王国軍、輜重隊司令官。ギンメル卿。
王国軍の補給を担当する部署である彼は、大きな懸念事項があると事前に伝えてきた。
「アルビオン遠征をおこなう場合、補給計画書はどうなっている?」
「内乱の後、というのを懸念しております。物資が足りなくなるかと」
「何?持っていく物資に関しては用意できるはずだ。長引かなければ。」
「恐れながら、それは『人間』の話です。小官の懸念は、馬の食糧と水です。」
「それも補給部隊に運ばせるわけにはいかんか?」
「現地である程度調達する公算を立てております。それにしても此度の作戦においては、浮遊大陸での軍事活動。トリステイン史を紐解いても前例は無く…。」
「ゴーレムに引かせるのはどうだ?」
「効率が悪すぎます。ある程度は人力でどうにかするしかないでしょう…。トリスタニア国内からラ・ロシェールに集め、そこからフネに積み込み。ロサイスで下ろしてそこから運搬となると効率が悪すぎます。風竜騎士に運ばせれば楽ですが、風竜が消耗します。」
「難題だな。その上、街道は荒れている公算が高いと来たか。」
ザナックは優秀な王子だが優秀な土メイジではなく、一部のコモンマジックだけは研鑽したドットでしかない。
課題が浮き彫りになったところで、予定していた客が来たという知らせが入る。
ヴァリエール家の長女とザナックはこの日、面会する約束をしていた。
―――――
エレオノールは緊張しながらも、毅然とした態度を崩さない。
今から会うのは、トリステイン国王に即位したザナック王。
アルビオンへの攻勢を考えているだろうが、ヴァリエール家は反対していることを伝えねばならない。
諸侯軍を編成せよと言われたら、軍役金を支払う用意はあるが…。
「ようこそ、エレオノール殿。」
「はっ。陛下におかれましてはご機嫌麗しく…。」
「茶でも飲まぬか?」
「で、では。」
ザナック王の前には氷が入ったトールグラス、自分の前にはカップ。
紅茶が注がれるが、それにザナック王はたっぷりとミルクを入れる。
「変わった飲み方だろう?」
「い、いえ。そのようなことは」
「自覚はある。だが、良いものだぞ。暑い日にはこちらの方が良い。」
一口飲むと、ザナックは唇をなめる。
「ヴァリエール家はアルビオンへの侵攻には反対か。」
「はい。父の言葉を伝えます。反徒を包囲すれば向こうから和平を言い出す、と。こちらから攻めることを守るとは言わない…。」
「そして、また不可侵条約を破られて、トリステイン人が大勢死ぬと。」
「…恐れながら陛下。アルビオン大陸は難攻不落。」
「一連の内乱で、アルビオンは士官を大勢失い、練度が下がっている。それに…次の戦いでアルビオンの火竜騎士団はまず出てこない。」
「アーベラージのゴーレム、ですね?」
「そういう事だ。さて、貴女に質問しよう。レコン・キスタの資金源はどこだと思う?」
「各貴族の持ちよりでは?特に、モード大公の関係者からの献金が大きいかと」
「ガリア王国だ。」
「?!な、何故ガリアが、共和主義者に援助をするのですか!」
「アルビオンで戦争になれば、硫黄が高値で売れる。共和主義者が勝てば、次のターゲットはトリステイン。そしてトリステインから同盟を求られても、ガリア王国がそれを拒否すればゲルマニアと組まざるを得なくなる。」
「……」
「つまり、アルビオンの共和主義者とトリステイン・ゲルマニアで戦争というわけだ。両者が疲弊したところでトリステインとゲルマニアの本国をガリア軍で叩き、遠征軍をアルビオンの共和主義者と挟み撃ち。最後は用済みになった共和主義者を蹴散らせば…数十年はガリア王国はやりたい放題の時代が来る。」
「それを、ガリア王は企んでいる、と?」
「そう考えれば、つじつまが合う。とりあえず、ガリアからレコン・キスタに金が流れているのは事実。だが一つだけ、この謀略を打ち砕く手がある。大国ガリアは新教徒およびオルレアン公の残党による抵抗もあって、兵の動員が遅い。降臨祭までには間に合わないと私は考えている。」
「つまり、降臨祭までにアルビオンの共和主義政権を打倒すれば」
「ガリア王の目論見はご破算となる。まぁ、その場合でも硫黄を高値で売り飛ばせたから、アルビオンへの資金援助以上の物は得ているだろうよ。それを踏まえた上で聞く。」
ザナックは、冷たくなったミルクティーを一気に飲み干す。
「ヴァリエール家は、アルビオンへの侵攻は反対か?」
「ち、父と相談させてください!」
「それも道理だな。ところで、紅茶は良いのか?」
そういわれ、エレオノールは一息で紅茶を飲み干すと一礼してその場を去る。
公爵令嬢らしからぬ行動だが、それだけパニックになっているのだとザナックは判断し咎めることはしない。
入れ替わりに入ってきた報告を受け取るザナック。
「そう、か。始祖の祈祷書を貸したが…。虚無は発現せずか。」
ザナックは考える。ウェールズとアンリエッタのヘキサゴンスペルでレコン・キスタを蹴散らす、というのはリスクが高い。
自国の王女を前線に立たせる事は、トリステイン上層部…具体的にはド・ポワチエ、ラ・ラメー伯、ウィンプフェン伯の連名で提出されたが…。
それを聞いた母が会議室まで押しかけてきて猛反対した為、白紙となった。
「トリステイン王国軍と、諸侯軍。王党派とゲルマニア軍。それに加えて、双月とガンダールヴか。」
レコン・キスタと戦ってくれる軍団はこれだけ。これでどうにかして勝たねばならない。
裏にガリアがいるが、それに備える余力はない。
「…ヴァリエール家の軍がどれほどの物か。そしてこれは…。魔法学院の生徒が士官になりたい、か」
「実戦経験が乏しくても、メイジの割合が増えれば艦隊決戦に勝利できる可能性は高まるかと。」
「それもそうだな。厳しくしごいてやれ。実戦よりつらい訓練など無いのだから」
―――――
同時刻。
まんまと逃げおおせたエリクとディミは、木賃宿で今後どうするか相談する。
「当面の生活費はあるけれど。どうやって稼ぐ?ギャンブル?」
「色々作って売ってみよう。機会を見てトリスタニアを脱出して…」
強い絆で結ばれた双子は前後策を練る…。
前世と違って、使える手駒が増えつつあるザナック陛下。
アニエスの復讐についてですが、ザナックなら『命令を下したものを恨むのは当然だが、軍人は命令に従っただけ。それを実行犯だと言って復讐するのはおかしい』と考える気がします。
というより、オバロ勢なら誰もが『命令に従った軍人に罪はない』と考えるかと。まぁ、アニエスさんの心情に対して斟酌してくれるでしょうが。
原作だとダングルテールと言われて即座に思い出していたリッシュモンですが、20年前の事を即座に思い出すのは難しいのでは?
例えばデイバーノックが「20年前の仇!」と言われて襲い掛かられても、とっさに何のことか思い出せないでしょう。
…そいつの場合、心当たりが多すぎてわからない?ごもっとも。
次回は、タバサとヘジンマールの物語を送ります。
眼鏡、冷気属性、読書好きの組み合わせは、普通に仲良くなりそうな光景しか浮かびません。
…まぁ、ヘジンマールではギルモアのカジノと、極楽鳥の卵の「任務」が達成不可能ですが。