トリステイン王子、ザナック!   作:交響魔人

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ゼロ魔の原作キャラもかなり性格が変わっています。また、オリジナルキャラクターも登場します。


ザナック王子とトリステイン官僚

 男の名は、ウィンプフェンという。

 トリステイン王国軍の知性と理性の権化である参謀本部の長であるが、口さがのない者は「臆病伯」と揶揄する。

 というのも、ウィンプフェン伯は対外進出よりも国防に力を入れるべき。と主張する『統制派』の実務を担っているからだ。

 そのことが、対外進出…主にゲルマニア相手を訴える『拡大派』には気に入らない。

 

 ちなみに魔法学院の長、オールド・オスマンは『拡大派』の事を『ボンクラ』と呼んでいる。

 

 

「ウィンプフェン伯。ザナック殿下がいらっしゃいました。」

「殿下が?」

 

 だから、幼少期に大いに錯乱して醜態をさらし、過食によって肥え太った10歳の王子が参謀本部にやってきたときは…適当に菓子でも与えて帰らせようと考えていた。

 少なくとも、この時は。

 

 

 

 

 

「ガリア、ゲルマニアに対し我が国の領土は10分の1でしかない。故に、領土の拡張は必須であると主張する意見は理解できる。」

「…その通りです。」

 

 そういう認識を持つ一派がいる事は事実だが、他国に勝利して領土を切り取って維持できる未来をウィンプフェン伯は見れなかった。

 いたずらに国力を消耗するだけ。かといって座していては滅びの道を突き進むのみという意見も一理ある。

 

 その話をザナックから切り出されたことで、ウィンプフェン伯は内心落胆する。

 ああ、この方は『拡大派』なのか、と。

 

 

「だが、現実問題として領土の切り取りというのは難しい。となれば、トリステイン王国軍は領土防衛に努め、国内の荒れた地を整備し、国力を増強することで対抗する。私はそう考えている。その為には、領地を任せた貴族に防衛を任せ、王国軍は要請に応じて動員をかけて出撃する方針が望ましい。故にトリステイン王国領内の街道を整備し、迅速に部隊を送り込めるようにする事を今後行っていくべきだ。」

 

 

 ウィンプフェン伯は、国土の街道整備を行えば敵軍が侵攻しやすくなるため、国防という一点から反対していた。

 だから荒れ地だろうと突き進めるような精強な軍をどう育成するか、という考えだったが…。

 

「街道を整備すれば行き来がし易くなる。それは流通を発展させ…」

 

 

 …ザナックの話を聞き終えたウィンプフェン伯は懸念事項を伝える。

 

「おそれながら、その財源は?」

「領地持ちの貴族と王家で折半だ。まだ具体的な数字は決めていないが、街道を整備する前に反対派を『説得』する必要がある。ウィンプフェン伯、トリステインの土メイジは、もっと多くの物を錬金で作り出せるがあえてしていないのだ。」

「なんですと?」

「理由は買い手がいないからだ。不定期に訪れる行商人任せになっている。今まではそれで良かったが…200年前にゲルマニア帝国が建国され、トリステインの国力は脅かされている。トリステインも変わる時だ。」

 

 

打って変わってザナックに王としての資質を感じる。

 街道整備は国防を下げるのではなく、国を富ませ、軍を展開しやすくなるための事業である。

 自分がいままで思いつかなかった方針を打ち立てた。この方だ。この方ならば、トリステイン王国軍は、いや、トリステイン王国は再生する。

 

 

 エスターシュ大公の幽閉、そしてフィリップ三世の死から始まった衰退に歯止めをかけてくれる。

 だから、ウィンプフェン伯は憂国の同志にも会ってもらおうと考えた。

 

「殿下、お会いしてほしい方がいます。」

「ふむ?」

 

 

―――――

 

 その出来事から数日後。

 ネルガル・ド・ロレーヌ。トリステイン王国軍…現国王を最高司令官とする「王軍」。諸侯が集める「諸侯軍」。そしてフネに乗り込む「空海軍」

 そのすべては士官が最前線で指揮を執るが…その士官教育を担当する者を指導する職がある。それが「教導官」。

 

 「激風」の2つ名を持ち、ウィンプフェン伯の頼みもあって精強な軍を編成するための士官教育を行う教員の訓練にネルガルは励んでいる。

 『統制派』の一員であるが、『拡大派』とも交流を持ち、バランスをとっていた。何せ、息子のヴィリエの嫁候補は多いに越したことはない。

 

 

 そんな彼に、ウィンプフェン伯から手紙が届いた。

 

「ザナック殿下に会ってみてくれないか?あの方こそ、次代の王にふさわしい」

 

 

 あの錯乱した王子が、次代の王?

 ネルガルは知っている。妹が生まれたと聞いたザナック殿下が無理やり入ってきた事を。

 

 そしてアンリエッタ王女の髪の毛をじっと見つめ、『金色…違う。栗色?』と呟いて大人しくなった事を。

 まぁ、「自分が金髪だから妹も金髪である」と思い込んでいたのだろう。実際は違ったわけだが。

 

 

 ネルガルは訝しんだが、憂国の士としてウィンプフェン伯とは昵懇の仲である。

 

 

「初めまして、ザナック殿下。私はネルガル・ド・ロレーヌ。教導官を務めております。」

「よい。ネルガル教導官。貴公の仕事ぶりは聞いている。我がトリステイン王国軍の強さは士官で決まる。その士官に教育を行う者を教育する貴公は、トリステイン王国軍の柱だ。」

「ありがとうございます。」

「先日、ウィンプフェン伯と話をしたのだがな…。参謀本部直属の部隊を用意したいと思っている。」

「平民の部隊であれば、用意できますが」

「それでは意味がない。メイジで揃えなければ。」

「では、魔法衛士隊から引き抜くしかありませんな。」

 

 もっとも、王族の護衛であり名門貴族の出身で構成されているエリートが、錯乱した過去がある小太りのザナック王子の思い付きで「臆病伯」のウィンプフェン伯の下につく事を求められれば、抗議の嵐と辞表を叩きつけられるだろう。

 そのことはネルガルもわかっていた。その上でこの案に飛びつくか否かでザナックの器を図ろうと試みる。

 

 ザナックは、唇をなめた後にネルガルに口を開く。

 

 

「いや、私が考えているのは没落した貴族。通称、平民メイジだ。人間、飢えれば生活の為に罪に走る。そうなるぐらいなら、王国軍に取り立てた方がお互いの為。そう思わんか?」

「それ、は…」

「私の発案で、貴公が鍛え、ウィンプフェン伯が指揮を執る。それで実績を出せば文句は出まい。」

 

 なるほど。ウィンプフェン伯よ。

 どうやら、この方は現状を憂いているだけでなく、行動に出ようとしている。

 王族。いや、10歳の子供が動いているならば。

 

 大人の我々が、支えなくてどうする。

 

「…わかりました。私自ら鍛えるとしましょう。」

「頼んだぞ。」

 

 

 平民メイジについては、さほど気に留めていなかったが…。犯罪歴が無く、傭兵稼業に身をやつしていた程度ならば改めて王国軍に再登用するのは有りだろう。

 それに、犯罪者になるメイジが減れば賊の討伐は容易くなる。

 

 戦力強化と、犯罪勢力の弱体化を一手で解消する妙案。

 伝統と格式を重んじるトリステイン貴族である、ネルガルでは思いつかない一手だが、子供ならではの柔軟な発想にネルガルは感心する。

 

―――――

 

 ザナックは、平民メイジになった者のリストを作成するべく、トリステイン王国に登録されている貴族の家系図からリストの作成に取り掛かる。

 現在生存しているメイジの総数、その中で死亡が確認されている者をリストから外し、生存が確認されている者から現在はどうしているかを探す作業だ。

 

 膨大な数に上ったため、人手を借りようとしたが…。ザナックに対して真摯に向き合う官吏は中々現れない。

 そんな中。

 

 

「ザナック殿下!その仕事、このジュール・ド・モットが尽力致しましょう!」

「いいのか、波濤?私が言うのもなんだが、途方もない作業だぞ。」

「いえ。ウィンプフェン伯とロレーヌ卿から話は伺っております。私も喜んで手伝わせていただきますぞ!」

「そうか。その二人が推薦してくれたから、か」

「それに、平民メイジが身を持ち崩す事は心を痛めておりました…。この度の殿下のご配慮、感服しましたぞ!」

「では、頼むぞ。」

 

 書類の山の一つを丸ごと押し付けられ、モット伯は一瞬怯むが、即座に顔色を戻すと作業に取り掛かる…。

 

 

 量が量だけに、中々終わりが見えなかったが、そんな二人を見た何人かの文官も参加し…。

 やがて、それは大きな噂となって広まる。

 

 ザナック殿下が、何かを企んでいると。

 

―――――

 『拡大派』の重鎮、エギヨン侯爵の館。

 

 ラ・トレムイユ伯、シャレー伯、ローゼンクロイツ伯といった面々は、エギヨン侯の呼びかけに応じて集まっていた。

 

 

「何?!ザナック殿下が平民メイジを集めているだと!」

「それは本当か、火消し!」

 

「…俺は依頼主に対して嘘はつかない。」

 

「どうされます?」

「むぅ、身を持ち崩したり、没落した元貴族を集めて何を企んでいる?」

 

 

 トリステイン王国の上層部に巣食う、『拡大派』に所属する俗物達は、濁り切った眼で見渡す。

 彼らは対外進出を訴えるだけであり、その矛先はゲルマニア、ガリア、アルビオン、クルデンホルフとばらばらだ。

 対外進出をスローガンにしている点は共通であり、派閥の構成員の数は『統制派』より大きい。

 

 

「そこも調べがついている。」

「おお!流石は火消し!」

「別料金だ。ついでに知った事だが、な」

「何だと!」

 

 短絡的に杖を抜こうとする太った貴族だが、その前に火消しは拳銃を取り出し、構える。

 

「じゅ、銃だと!」

「この距離なら、こっちが早いぞ。試してみるか?」

 

 剣呑な空気が漂うが、拡大派の大物貴族であるローゼンクロイツ伯はそれをなだめる。

 

 

「やめろ!火消し、ザナックは何をもくろんでいる?」

 

 エキュー金貨の袋を手渡され、その中身と重量を確認して懐に収めた火消しは、告げる。

 

「ウインプフェン伯の、参謀本部直属の部隊に当てる。平民メイジの教練は激風とその意向を受けた王国軍士官が行う…。」

「そういえば、そんな事を「臆病伯」が考えていたな。」

「閣下、もしやあの臆病伯は謀反をもくろんでいるのでは?」

 

「…臆病伯めは、手駒が欲しいためにザナックに菓子を与えて飼いならし、王族の命令という事でネルガル殿を動かしてまんまと目的を果たした…。うむ、そう考えると辻褄が合う。きっとそうだ、そうに違いない!」

「臆病伯め、うまくやったな…。」

 

 

 奸臣、佞臣達は上手くやった臆病伯こと、ウィンプフェン伯に嫉妬する。

 王の器では無いが、ザナックは王族だ。上手く操れば、戦力を強化して、ゲルマニアやガリアから領土を奪って権益を拡大することが出来る…。

 

 濁った眼の俗物たちを見ながら、火消しは考える。

 一度、ザナック王子の手腕を見る必要がある、と。




 原作では慎重論を唱え保身に走ったウィンプフェン伯ですが、拙作ではかっこいい参謀将校になっていただきます。

 トリステインの国土は、ガリア・ゲルマニアの10分の一なので対外進出を唱える『拡大派』にも言い分はありますが、なら切り取れるかと言われると疑問ですよね?

 次回は、ザナックのお見合いです。

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