モード大公の粛清から端を発した共和主義の台頭による内乱で、支配階級にしてインフラを整備する技術職かつ戦力として重要な要素を占めているメイジが大勢死亡。
その後、タルブ戦役で残った精鋭を失い、練度が大幅に低下。艦隊決戦で敗北して空軍が壊滅的な打撃を受け、アルビオン南部のロサイスからロンディニウムまでの間を制圧される。
生き残った王族はウェールズ王子とリリーシャ・モード。
どちらかが王権を復興させるしかないが、リリーシャはレコン・キスタの護国卿になっていた為に望み薄。
モード大公がエルフと密通していたという事実は完全に闇に葬り去ったが、テューダー王朝は王党派とモード大公派で完全に割れている。
原作よりまだマシなのは、直系の王族がハーフエルフだけでは無くて、ウェールズ王子が生存している事ですかね?
…ホーキンス将軍が戦死していますが。
アンドバリの指輪をクロムウェルから回収し、ザナックはようやく一息つく。
「それが…アルビオンの反乱勢力が虚無と僭称するのに用いていた…」
「カースレーゼ皇子。アンドバリの指輪を戻さねば、水の精霊がラグドリアン湖の水位をハルケギニアが水没するまで上げる、と言っている。返さねばトリステインは水没だ。」
その指輪が欲しい、と凝視していたカースレーゼ皇子だが、水の精霊がらみという事を受け入れ、目をそらす。
「さて、ラスターンに予備役が残っているが…まずは使者を送り…降伏しないなら、総攻撃で終わらせる。」
だが、ラスターンの予備役は降伏。ここに、アルビオン戦役はレコン・キスタの崩壊という形で終結する。
降臨祭まで終わらせる。そう言って初めて降臨祭までに終わった戦いはハルケギニア史には無いが…それをザナックはやってのけた。
歴史に残る偉業ではあるが、さっさと戦後処理を終わらせなければガリアがここにきて動く可能性がある。
「戦後処理だが、トリステインからは参戦した私ともう二人を諸国会議に出席させる。ゲルマニアはどうする?」
「ゲルマニアからは父上と兄上が出席する。トリステインの二人とは誰の事だ?」
「妹と、身柄を預かっているリリーシャ護国卿だ。そうそう、ガリアからはイザベラ王女が来るそうだ。」
首都が陥落。ラスターンに残っていた予備役の部隊も停戦に応じ…。ここに、二週間に及ぶ諸国会議が行われることになる。
その間、ザナックはデムリ卿とマザリーニ枢機卿と共に綿密に話を練る。
妹はウェールズと共に降臨祭を一緒に過ごすと言い出したので、ザナックはもう放置することにした。
戦勝国の国家元首に、休みなど無い。
―――――
トリステインの保護下にあったが、この度祖国に足を踏み入れたリリーシャは、レコン・キスタの代表として出席するよう求められた。
「アルビオンはもはや火竜にあらず、『翼』と『爪』を失いし、焼かれた鳥…か。」
街で聞こえた小唄に対して自嘲するようにリリーシャはつぶやく。
ハルケギニア最大最強と名高い『艦隊』という翼も、『陸軍』という爪も失った。
この後、強欲なゲルマニア皇帝と、多大な損害を受けたトリステインと交渉しなければならないのだ。
解放されたジョンストン卿は胃が痛いと抜かしたので、リリーシャは放置することにした。
周りは、降臨祭という事で浮かれているが…。
レキシントンで、連合軍に降伏した時。
『これで。私の戦いは終わった。』
と考えていた自分に、リリーシャは平手打ちしたい気持ちになった。
終わりどころか、途方もなく大変な『戦後処理』を敗戦国の護国卿として行わねばならなくなった。
戦いは終わった!という声をしり目に、リリーシャは交渉のために準備を進める。
敗戦国の護国卿に、休みなど無いのだ。
「…これが、私の『最後の仕事』か。父上。近々、お傍に参ります…。」
リリーシャは交渉の準備を進めつつ、介錯人も手配する。
この一連の事態の責任を終わらせ、王党派とモード大公派に割れたアルビオンを一つにまとめて再出発するためにも、王家の人間の死が求められている。
ウェールズ王子は勝者。故に、死が求められているのは…自分だ。
「ラスターンの予備役部隊をロンディニウム近郊に集結させよ!神聖アルビオン共和国軍は潰えても、アルビオン軍人は未だ健在という事を知らしめる!」
―――――
諸国会議開催前。葬式のような雰囲気のアルビオン人の大広間。
6000年以上もの間、他国の侵攻を許さなかった歴史がありながらトリステインとゲルマニアに広大な領土を切り取られる事が確定しており、意気消沈である。
諸国会議後に、王権復興にウェールズがアルビオン王として即位。アンリエッタとの婚姻をするとザナックから申し入れがあったため、アンリエッタもその中にいる。
ゆっくりと、リリーシャ・モードは自分に今まで付き従ってくれた家臣に対して一人一人、目を合わせる。
「良く聞いて欲しい。アルビオンは敗れた。だが、我々は生きている。生きている以上、アルビオンを再び再建する事こそ生き残った者の使命である…。ウェールズ王子、頼みがある。」
「リリーシャ…。」
「私の家臣を、どうか受け入れて欲しい。」
「勿論だ。これからは、協力してアルビオン王国の再建を行わなければならないのだから。」
「貴女も、協力して下さいますよね?」
アンリエッタの言葉に、リリーシャは穏やかに微笑む。
「アンリエッタ王女…貴女が思っているより、王党派と大公派の対立は根が深い。何より、私は王族でありながら共和主義者に加担した。責任は、取らねばならない。」
「?!待って、待ってください!」
「これは、けじめ。そもそも私がレコン・キスタに参加せずにヴァルハラへ旅立っていれば、アルビオンの憂き目は無かった…。」
すすり泣きが、会場のあちこちで上がる。
「そんなことは無い!父上が、叔父上を処断したから」
「父上は、公に出来ないような、許されない事をしてしまったと、私は思っている。…受け入れたくは無いが。おそらく、それが真実なのだろう。」
真っすぐに、リリーシャはアンリエッタと目を合わせる。
「アルビオンで起きた粛清と内乱…その全ての憎しみを私が引き受ける事で、二つに割れたアルビオンは一つになれる。」
アンリエッタは分かった。分かってしまった。
従姉は、自決しようとしている。レコン・キスタ側の重鎮でありながら、レコン・キスタの暴走を止められなかった者の責任として。
アルビオンを、一つにまとめる為に。自身の死と引き換えに自分の派閥の者達を、ウェールズ様に吸収させるために。
止めなければ。でも、どうやって止めればいい?
「少しでも、アルビオンを残す。あとは、頼む。」
覚悟を決めた従妹に対して、ウェールズにはかける言葉が無かった。
深々と頭を下げて、誠意を示す。
―――――
諸国会議にて、妥協点と譲れないラインを決めて、ようやく一息ついたザナックのところに妹が押し掛けてきた。
リリーシャが死のうとしているから止めて欲しいという『お願い』をしてきた。
「…そう、か」
「お兄様。助けられませんか?」
「妹よ。彼女は王家の人間だ。にも拘わらず、王政の打破を掲げる勢力に加担。その上、この諸国会議で領土を大幅に切り取られる。言っておくがトリステイン王としてアルビオンに対して妥協はしない。そんな事をすればこの戦争で死んだトリステイン人とその遺族は納得しない。」
「お兄様っ!」
「ウェールズ王子がお前を娶って即位する以上。敗戦の責任と、ジェームズ王の粛清から始まった王党派とモード大公派の対立を解消する為に、彼女の死が望まれている。」
ザナック自身もそうだった。もはや魔導国と交渉の段階は過ぎ…勝てるかどうかはともかく、戦争せねばならなかった。
あの局面で王家の人間の死が望まれていたからこそ、会談に赴いた。
総大将として戦死して、戦後処理は父に任せるつもりだった…。最も、魔導王の真意は違ったわけだが。
黙り込む妹を見つめていると、ノックがされる。
入室を許可すると、侍女が一礼する。
「失礼します、ザナック陛下、アンリエッタ殿下。」
「何事だ?」
「実は。ゲルマニアの第一皇子、ゲーレンがリリーシャ・モードの所に押しかけ、壁際に追い詰めつつ手を伸ばして顎を持ち上げました。リリーシャ護国卿はその手を跳ね除けて毅然としておりましたが、ゲーレン皇子は去り際にも笑みを浮かべておりました。」
「そう、か…」
その報告を受けて、アンリエッタは嫌悪感を示し、ザナックは考える。
そんな兄の様子をアンリエッタはじっと見つめる。
「…妹よ。この件は預けてくれないか?」
「お兄様?何か妙案があるのですか?」
「まぁな…正直。俺がしようとしていることは、間違っているのかもしれない。だが…。」
ザナックは、自分の両腕を見つめる。
その態度でアンリエッタは気づく。
レコン・キスタとの戦いを前にして、起きたローゼンクロイツ伯爵の反乱。その鎮圧後…兄を庇って冷たくなっていくルナ・ローゼンクロイツ伯爵令嬢を思い出しているのだろう。
「ローゼンクロイツ嬢の事ですか?」
「……」
「お兄様?」
「ん?あ、ああ…そうだな。それもある…。だが、それ以外にも理由がある。」
妹と侍女が退出した後、ザナックは改めて考える。
ゲルマニアは始祖の血が無いため、他国から軽く見られている。それを解消することは国是となっている。
トリステインの国土の10倍の領土を持つ上に始祖の権威まで手に入ると…いよいよ手に負えなくなる可能性がある。
ゲルマニアが戦勝国としてリリーシャを妻によこせ、と要求すれば、もはや彼女に自決という逃げは許されない。
であれば…。
ザナックは、考えを練る。
―――――
諸国会議。
ここで、二週間にも及ぶパーティが開かれる。
各国から要人が大勢の家臣を引き連れ、敗戦国アルビオンの領土と利権を切り取るのだ。
アンリエッタは、集まった各国の首脳陣を見渡す。
正直、自分と同年代の娘がいるにもかかわらず、自身を好色な眼で見てくるアルブレヒト三世には嫌悪感しかない。
その嫡男であるゲーレン皇子が、リリーシャの胸元を無遠慮に見ているのも個人的に気に入らない。
ガリア王国からは蒼い髪と蒼い瞳を持ち、滑らかな額を晒しているイザベラ王女が出席している。
ロマリアの大使は、わずかな義勇軍しか送っていない上に義勇軍が失態を犯した事もあり、かなり窮屈そうにしている。
従兄にして最愛の人、ウェールズ王子も参加しているが連合軍の立場であるため、席にはついていない。
この諸国会議の最後にアンリエッタが長年秘めていた想いが叶うと伝えられたこともあって、顔が赤くなるのをなんとか耐える。
敗戦国側の代表として席についているのは、レコン・キスタの護国卿である従姉のリリーシャ・モードだ。
銀髪を束ね、堂々と胸を張っている。敗戦国の護国卿とは思えない態度だと囁かれているが…。その真意をアンリエッタは知っている。
この諸国会議の後、自決する。アルビオンを、一つにまとめるために。阻止したいが兄に託すことしかできない自分が、アンリエッタにはもどかしい。
こうして比べると、やはり兄は冴えない。少し太っているのもあるだろうが…。
政治家としての才覚は、兄に及ばない事をアンリエッタは思い知らされた。だが、不快感は無く、むしろ誇らしい気持ちがある。
―――――
諸国会議において、ザナックもアルブレヒト三世も、貪欲に利権を主張。
結局、『何故ジェームズ王が弟を処断したのか?』は謎だが、一連の粛清とその反動による内乱。
その後のレコン・キスタの暴走により、両国は多大な戦費を浪費した。
ゲルマニアはアルビオンの完全な解体も考えていたが…三王家直系の血を引くウェールズ王子が生存している事。ロンディニウム近郊に集結したアルビオン軍が想定以上の数だった事。
戦場とならなかったアルビオン北部が無傷である事もあって、アルビオンの解体は断念した。
占領地域では無かったが、サウスゴータの割譲を強く求めたアルブレヒト三世に対して、リリーシャは強く拒否。
恫喝めいた交渉を行うアルブレヒト三世に対し、リリーシャはレキシントンとアルビオン側に残させる事と引き換えに、サウスゴータの割譲を提案。
アルビオン側としてはサウスゴータを維持しても、周囲がトリステイン、ゲルマニアの領土になり果てているため、飛び地でしかない。
それよりも、レキシントンがアルビオン領であればレキシントンを中心に防衛線を引ける。
アルブレヒト三世もレキシントンよりサウスゴータ一帯を得られるのであれば、落としどころとして妥当と判断。
ザナックに対しても、サンタルス市の放棄と引き換えに、隣接地域の領土割譲を提案。
ザナックとしても、隣接地域を所領に出来る方がメリットが大きいと判断。事前にデムリ卿とマザリーニ枢機卿と協議していた地域であることもあり、それを飲む。
こうして連合軍が進駐しなかったアルビオン王国北部と辺境、首都ロンディニウム、レキシントン、サンタルス市。
港湾施設であるラスターンとダータルネスがアルビオン王国の領土として残った。
アルビオン南部で進駐した地域は、トリステインとゲルマニアで分ける事となった。
莫大な領土を獲得した事で、今後トリステイン王国と帝政ゲルマニアでは統治の為送り込む人員の手配をする事となる。
「では、共和主義及び新教徒の勃興を抑えるための『王権同盟』の締結を行わせていただく。」
それぞれ、締結文章がイザベラ王女、ウェールズ王子、ロマリア大使、ザナック、アルブレヒト三世を回り、確認する。
「それと。義勇軍を送ったロマリアの所領を考えねばならないな…。クロムウェルがかつて司教をしていた寺院の管理を任せたいと思うが…どうだろう?」
「ありがとうございます。ザナック陛下。」
アルビオンの寺院の管理という、その座を得られたロマリア大使は笑みを浮かべながら頷く。
「最後に、アルビオンの王権についてだが、アルブレヒト閣下、何か意見はあるかな?」
「それは、トリステインとアルビオンで話し合って頂こうか。」
始祖の血縁となると、ゲルマニアにとっては無縁の話となる。投げやりな態度でアルブレヒト三世は発言する。
同時に、その発言を狙い通り引き出せた事でザナックは内心ほくそ笑む。
「そうだな…。我が妹、アンリエッタ・ド・トリステインをウェールズ王子に嫁がせたい。」
二人が頬を染めて頷く。これについては事前に二人に話を通している。
「妹よ、これからのアルビオンは試練の時。兄として、隣国の王として支援は行う。」
「ありがとうございます。お兄様。」
ようやくひと段落ついた、と列席者から弛緩した空気が漂う。
唇を舐めた後、ザナックはリリーシャ・モードをじっと見つめて告げる。
「続いて、リリーシャ・モード。貴女に伝えたいことがある。」
「何でしょう。ザナック王。」
「私の妻になって頂きたい。」
アンリエッタを含めて、言葉が出ない列席者。
もしも、この場にラナー、ジルクニフ、アルベドやデミウルゴスが居ても思考処理が一瞬停止するだろう。
しばらく時間をおいて、リリーシャは薄く微笑み…寂しげにつぶやく。
「ザナック王。私に、これ以上の生き恥を晒せと?伯父上に父上を処断され、その後共和主義者に加担し…。挙句の果てに他国への侵攻を許した女です。」
「そうは思わないな。処断の理由は明確にされなかった以上、反発するのは当然だ。何より貴女が殺害されていたら、モード大公派は生き延びるため、または復讐のためにレコン・キスタに入っていただろう。そうなれば旗印が居ないため、戦いはより凄惨な物になっていた…。そもそも、クロムウェルにはアンドバリの指輪もあった。」
「アンドバリの指輪?」
「ラグドリアン湖に伝わる秘宝だ。他人を操り、死者すら蘇らせる先住の秘宝。それをクロムウェルは虚無と偽っていた。故にレコン・キスタを貴女が掌握しようとすれば、殺されるか、操られていた。」
真相を知って、動揺するも直ぐに平静を装ってリリーシャは口を開く。
「私は…護国卿の立場にありながら、祖国を防衛するために一戦も行わずに降伏しました。」
「挟撃する予定の味方が要衝を放棄、来るはずの援軍が撤収。私の部下が同じ状況で降伏しても、私は咎めない。」
列席している、カースレーゼ皇子も思わず頷く。他の武官もその状況を想像し、納得する。
「…勝者と敗者は明確にしておいた方が、トリステイン領となった地域の支配も行いやすい。違いますか?」
「私はアルビオンの支配より、アルビオンと良い関係を築いていきたい。両国の未来の為、是非協力して頂きたい。」
イザベラ王女は、この空気に困惑の色を隠せない。発言権があっても発言する事が無く、退屈な会議がようやく終わると思ったらプロポーズが始まったのだ。
ガリアの暗部を束ねる北花壇騎士団長でも、想定外の流れに一言も発せられない。
「……私がザナック王に嫁いだら、トリステインの令嬢は快く思わないでしょう。強い王となった陛下を慕う令嬢は多いはず。」
「過分な評価だな。私にはこの年になって、未だに婚約者がいないのだ。」
思いつく限りで反論していたリリーシャだが、反論できなくなって口ごもる。
そんな彼女を、ザナックは真正面から真摯に見つめる。
ザナックがリリーシャを口説き落とすと決めた政治的な理由は、いくつかある。
ゲルマニアの第一皇子がリリーシャに向けていた眼に、ザナックは気づいている。リ・エステーゼ王国で好色な貴族が散々見せていた眼だ。
間違いなく、戦勝国として彼女に婚姻を「強要」する。
諸国会議では発言権が無いから行動しないが、この後に行われる宴会で行動に出る。ゆえに、先手を打つ。
横やりを入れることが出来る、アルブレヒト三世が発言権を放棄したこのタイミングで。
何より、新たに得たアルビオン領の統治行う以上、アンリエッタが嫁いだことで王党派の支持を得られる。
この状況で彼女を娶ればモード大公派の支持も得る事ができる。
その場に参席し。どんな形でもいいから生きていて欲しかったが、翻意させる事が出来なかったモード大公の家臣達は涙ぐむ。
そんな涙ぐむ家臣一人一人に目を合わせ…。しばらく時間をおいて、リリーシャは深々と頭を下げる。
「…その申し出、喜んで受け入れます。」
「感謝する。」
アンリエッタが拍手を始めるとウェールズが同調。
やがてそれは、万雷の拍手へと変わっていく。不機嫌そうにアルブレヒト三世も拍手を行うが、列席者の中でゲーレン皇子だけは拍手をしなかった。
「さて…事前にお伝えした議題は全て終わったが…。他にある方は?」
ザナックは見渡すが、誰も口を開かない。「それでは、宴会に移らせていただく。」
席を立つザナックを、ゲーレン皇子は拳を握りしめて殺意を込めて憎々しげに睨みつける。
発言権の無い彼に出来る精一杯の行動。その殺意にザナックは気づいていたが、素知らぬ振りをする。
―――――
アルビオン動乱で硫黄を売りさばいて大金をせしめたが、両用艦隊の整備が間に合わなかった事でアルビオンに関する権益を得られず、王権同盟の締結以外やることが無かったイザベラ。
そんなイザベラ王女をじっと見つめるカースレーゼ皇子。
疲れたので、役得としてせめてご馳走だけでも食べようと心に決めるロマリア大使。
始祖の血を手に入れる事は出来なかったが…新たな土地の総督を誰にするか、と考えをめぐらすアルブレヒト三世。
そんな中。ザナックにジュリオは近づく。
「ザナック陛下に、申し上げたいことがございます。」
「なんだ?」
「ここでは話せません…。」
「ふむ。」
与えられた客間の一つにザナックはリリーシャとジュリオを連れて入り、ディテクト・マジックを唱える。
「これでいいか?」
「ありがとうございます。ザナック陛下。降臨祭までに終わらせる、といって終わらせた例はございませんでした。それを成し遂げた手並み、お見事でした。」
「幸運が重なったからだ。アルビオンの内乱、不可侵条約を締結して置きながら侵攻してきた事。多くの要素が重なった結果だ。どれかがかけていればこうはいかなかった。」
「始祖のお導きでしょう。」
情報収集を行い、戦力を整え、各方面に根回しして自ら出陣して得た戦果を、始祖の導きという一言で片づけられたが、ザナックはさほど怒りを見せない。
この手の輩には、何を言っても無駄だと理解しているから。
「この後は、宴会なのだ。話がそれだけならば失礼させていただく。」
「…陛下は、始祖が残した虚無についてご存じですか?」
「何も。始祖の祈祷書を捲ったが、白紙にしか見えなかった。」
「選ばれし者が四の系統の指輪を嵌め、祈祷書を開けば読めると伝わっています。」
「まて。指輪を嵌めねば読めないのか?」
「はい。」
注意書きだけは、誰でも読めるようにしておくべきではないか?
ちらり、と隣のリリーシャを見つめると、見つめ返して頷く。どうやら同じ事を思ったらしい。
始祖ブリミルとしてはその注意書きの内容すら忘却するようなら、虚無を使う資格がないと言いたかったのかもしれないが…。
「それより、四の系統の指輪といったか。まさか…」
「いえ、アンドバリの指輪ではありません。トリステインであれば水のルビーの指輪でございます。」
「これ、か。」
「陛下。ロマリア皇国は虚無の担い手を探しております。四つの秘宝、四つの指輪、四人の担い手と四つの使い魔をそろえた時、虚無は蘇る。虚無の担い手を見つけたら知らせて頂ければ幸いです。」
ザナックは手元の指輪を見る。
王家の証とされている水のルビーを嵌めさせ、その上で祈祷書を開かせればわかるというが…。
王宮からトリスタニアの城下町までずらりと並んだメイジに、順番に指輪を嵌めて祈祷書を開かせて探す、という光景をザナックは想像する。
「この度の王権同盟が、始祖の御心にかなう事を願っております。」
うなずいた後、ザナックは考える。
とりあえず、ヴァリエール公爵家の三女から祈祷書を預かって…いや。ヴァリエール公爵家は王の庶子とか。
もしかしたら、彼女に水のルビーを嵌めさせれば判明するかもしれない。
ザナックはリリーシャに手を伸ばし、それを優しくリリーシャは握り返す。
「行くぞ」
「はい。」
未だ、ザナックの真意を計りかねているが…。求婚を受けた直後という事もあり、リリーシャは大人しくザナックに従う。
―――――
宴会のバルコニー近くで涼みながらイザベラ王女はつぶやく。
「…あれが、トリステイン王か。」
王権同盟には参加するという事を表明してこい、と父親に言われた事でイザベラは来ていたが…。
想定外の収穫だった。人は見た目によらないというが、まさにその通りだ。
ガリアの両用艦隊は、アルビオンの失墜でハルケギニア最大の空軍となった。
此度のアルビオン動乱で硫黄は黄金と同等の価格まで吊り上がり、ガリアは大いに潤った。もしもトリステインとゲルマニアと2戦線になっても負けは無い。
それにしても。
「わからないね、なんで求婚した?そして、何故受けた?」
レコン・キスタの護国卿にまで上り詰めた王族だ。王政を打破する一派に正当性を与えた女を王妃に迎え入れては国内は荒れる。
それがわからない無能な男ではない。交渉の席にいたイザベラは考える。
そもそも、何故あの場面で求婚する?
自分ならば…ラグドリアン湖の湖畔で美しい双月を眺めながら、蒼い宝石に銀細工の指輪をそっと差し出されながら…。
そこまで妄想した所で、差し出した相手が冴えない小太りであるザナックとなり、慌てて妄想を打ち消す。
どうやら、だいぶ当てられたようだ。何故リリーシャ・モードはあの求婚を受けた?自決はせず、派閥争いを終わらせる為に王党派の誰かに嫁ぐつもりだったのか…?
思えば、こういう相談が出来る相手が自分には居ない。昔は、こういう相談が出来る従妹が一人いたのだが…。
物憂げにイザベラ王女はため息をつく。
ゆえに、そんな自分の横顔と胸から腰にかけてめりはりのある曲線を描く肢体を、カースレーゼ皇子が熱い視線でじっくり見つめている事に、イザベラ王女は気づかなかった。
―――――
同時刻。
アルビオン王国のハヴィランド宮殿の客間にて。
「ガンダールヴとは接触しないのですか?」
「今は接触しない。トリステインの担い手がヴァリエール嬢か。」
「ガリアに担い手がいますが…アルビオンには現れませんでしたな。」
「ウェールズ王子もリリーシャ護国卿も風だった以上…。傍系をあたるしかない。」
ジュリオは壁に立てかけられた絵画を見つめる。
「それか、彼らの子供だな。」
ロマリア人に『聖戦を諦める』という概念は、無い。
Q:アルビオン北部?一連の戦争ってアルビオン全土では無いの?
A:拙作では「アルビオン南部」が舞台という事にしました。想像してみてください。ラ・ロシェールに物資を集積してフネに乗せてアルビオンのロサイスへ。
フネから降ろして、物資をアルビオン大陸を縦断して最前線に運搬…補給部隊の士官に死人が出るでしょう、これ。
北部は今後、アルビオン王妃となったアンリエッタと少し関わります。
Q:なんで、ザナックとティファニアが接触しないんですか?
A:前提として。ティファニア生存ルートには、二つのアイテムが必要です。始祖のオルゴールと風のルビー。
拙作だと「四つの指輪」は現国王か第一王位継承者が常に身に着けている事が習わしになっています。
原作でも空賊として最前線にいたウェールズ王子が風のルビーを身に着けていたので、「常に身に着けているのでは?」と思ってこうしました。
…という訳で、ティファニアのファンには大変申し訳ありませんが、拙作に出番はありません。
Q:もしも、モード大公が処断された本当の理由(エルフとの間に子をなした)が明らかになったらどうなりますか?
A:リリーシャが発狂。ゲーレン皇子が求婚しようと意味が無く、全ての説得に対して聞く耳を持たずに自決。
内政を行えるモード大公派が全員辞表を出して政権から引退。
テューダー王朝の権威が完全に失墜するので、アンリエッタがアルビオン女王に即位してウェールズ王子は臣籍に下って公爵になります。