トリステイン王子、ザナック!   作:交響魔人

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拙作を執筆するにあたり、「ザナックのお相手はどうしよう?」となりました。
原作キャラを選択するべきですが…原作カップルを崩さない前提で考えた結果。
ケティ・ド・ラ・ロッタ、トネー・シャラント、ヴァレリーさんしか思いつかなかったのでオリジナルキャラクターを起用しました。
ゼロ魔のオリジナルヒロインとして、「ティファニア以外のモード大公の娘」という構想は前からありました。


モード大公の子供であるオリジナルキャラクターが登場する作品は二作品しか知りません。探せばもっとあるかもしれませんが…。



リリーシャの輿入れと、虚無の覚醒

 ロサイスに総督府を置き、初代総督には老貴族のマルシヤック公爵が赴く事が決定したが。

 諸国会議で最後に起きた出来事は、余りにも受け入れがたい話だ。

 

 

「レコン・キスタの護国卿、リリーシャ・モードを王妃に迎える?!」

「王政の打破を掲げるレコン・キスタに王族でありながら参加し、アルビオンを混乱に陥れた張本人では無いか!それが王妃だと!」

「あれは質の悪い冗談では無かったのか?!」

 

 ザナックの支持者、否、支持者だからこそ、その知らせを受けた最初の感想は「冗談にしては質が悪いな」だった。

 

「貴公はどう思う?バート高等法院長。」

 

 リッシュモンの処断に伴って、高等法院長に就任した中年の男は周りを見渡す。

 

「ザナック陛下にお仕えして日は短いが、ご想像は出来る。」

「ほぉ、言うではないか。聞かせてくれ」

 

 

「まず、モード大公の娘を娶る理由には4つある。1つ目はアンリエッタ王女殿下をモード大公派から守るためだ。王党派の長に輿入れするわけだが、今のアルビオンにはモード大公派も根強い。何せ、降伏に伴って多数の旧臣が生存している。王党派は武官ばかり生き残った以上、新政権において財務と内務は彼らが行うだろう。」

「なるほど。滅多なことをすれば、敬愛する主君の娘に泥を塗るわけか。」

 

「2つ目、王家の血筋を取り込みたいゲルマニアへの牽制。」

「そうだな。王家の血筋である以上、ゲルマニアが動くのは明白。」

「待たれよ。彼女を取り込むか?事情がどうであれ、共和主義に加担したのだぞ!」

 

 異論を手で制し、バート高等法院長は言葉を続ける。

 

「ゲルマニアは始祖の血を欲しがっている。始祖の血が手に入る機会を逃すとは思えない。3つ目は、アルビオン領の統治を円滑にするためだ。王党派とモード大公派の対立は根強い。アンリエッタ王女殿下が王党派に嫁いだため、今のままではモード大公派の支持は受けにくくなる。だが、リリーシャ姫を娶れば、どちらの派閥からも支援を受けられる。」

「…それは私も思った。」

 

 

 

「4つ目は、ガリア王の手駒では無いことだ。」

「…それはどうだろう?」

「彼女がガリア王の手駒ならば、レキシントンで降伏はしない。そもそも時間を稼げば祖国は勝つ。レキシントンで降伏を選択した裏には、ガリア王の手駒が彼女たちを使い潰そうとしたからだ。彼女は自分に従ってくれた派閥の者を救いたい一心で降伏したと考えれば筋が通る。」

 

 

 その見識に、周りの閣僚も唸る。

 

 

「確かに。リリーシャ・モードは王族でありながらレコン・キスタに加担した。だが、彼女の行動原理は家臣を助ける事という一点、そこは決してぶれていない。」

「護国卿でありながら、降伏したというのがどうにも」

「そもそも、レキシントンとサウスゴータからの挟撃と、ロンディニウムからの援軍を受けて戦闘を行う予定だった。にも拘わらず、挟撃するはずのサウスゴータから駐屯軍が撤退、ロンディニウムからの援軍も来ない。艦隊決戦で敗れて空を制圧されている。この状況で勝つ方法があるならば、是非ともご教授して頂きたい。少なくとも私には無理だ。」

「ウィンプフェン伯。そもそも、何故そのような軍事行動をとったのだ?」

「…政治的な意図で我々に処理させるのが狙いだったそうだ。共和主義者の下では、勝てる戦も勝てぬよ。」

 

 

 

「待ってください、バート様」

「どうした、ノベラ。」

「なぜ、ガリア王国の名前が?」

「それはな。レコン・キスタの裏にはガリアがいるからだ。」

「なっ?!」

 

 

 衝撃的な事実に、『物資はさほど不足していないのに、なぜザナック陛下は物資不足を理由に、降臨祭までに終わらせることに拘たのか?』と考えていた部下たちは動揺する。

 

「両用艦隊の整備は降臨祭を過ぎると予測していたため、短期決戦にこだわったのだ。此度の戦でヴァリエール家も従軍したのはそのためだ。」

「な、なるほど…。」

「交渉を早急に纏めねば、ガリアが介入しかねない。落としどころとしてはこれが妥当だ。」

 

「それにしても…やはり、彼女を王妃に迎え入れるのは…誰かいないか?年頃の娘を持つ者は!」

「…確かに当家には16歳の娘がいる。」

「おお!であれば」

「既に婚約して、両家顔合わせ済み。ひと月後に、吉日を選んで輿入れする予定だ。」

「だったら、婚約破棄してザナック陛下に」

 

 暴論に、ウィンプフェン伯が割って入る。

 

「婚約破棄させられた上に陛下の正妻にされては、その者のメンツが丸つぶれだ。何より、略奪婚だと誹りを受ける。」

「ウィンプフェン伯!略奪婚のほうがまだましだと思わないのか!」

「前例を作るべきでは無い!」

 

「そもそも、トリステイン王子でありながら婚約者一人用意できなかった我々の落ち度も大きい。」

「その通りだ、ネルガル。私に娘がいれば喜んで差し出したのだが、な。」

 

 

 その言葉に、それまで黙っていた男が口を開く。

 

 

「各々方は、ルナ・ローゼンクロイツ嬢を忘れたか?」

 

 

 モット伯の静かな言葉に、その場の全員が静まり返る。

 

 

「忘れぬ。かの娘を救えなかったことは、この波濤にとって最大の不覚…。反逆者の娘をなぜ御傍に置かれるのか?と誰もが疑念を抱いていたが、実際はどうだった?」

「それ、は。」

 

 あの時、誰もが傍に置くなどと思っていた彼女は。凶刃から主君をかばった。

 もしもザナックが死んでいれば。トリステイン王はザナックではなくアンリエッタ王女になっていた。

 

 そうなれば5枚の辞表がアンリエッタに提出され、一人の老人は「もう限界」という書置きを残し、荷物を纏めてロマリアへ帰国しただろう。

 

「あの日から私は誓った。例えザナック陛下がどんな女性を王妃に選ぼうと、私は必ず支持すると。そもそもふさわしくないということであれば、我らが支えれば良いだけだ。それに。」

 

 

 モット伯は真顔で言う。

 

 

「トリステインに輿入れするべくアルビオンから来られたというのに、家臣の猛反対を受けて出戻り娘、となれば怒り狂ったモード大公派によりアンリエッタ王女殿下の身に危険が迫るやもしれぬ…んん?」

 

 

 モット伯は、な・ぜ・か。

 マザリーニ枢機卿、参謀総長ウィンプフェン、陸軍元帥ド・ポワチエ、デムリ財務卿、ネルガル教導官の口元に、恐ろしく歪んだ笑みが浮かんでいることに気づく。

 唐突に、SANチェックというワードがモット伯の脳裏に浮かび、小さな立方体が転がる幻聴が聞こえる。

 

 

「ど、どうした?何が愉快なのだ?」

「…やはり、考え直して貰ってはどうだろうか?」

「気は確かか!ド・ポワチエ元帥!アンリエッタ王女殿下と、貴公たちの間で何かあったのか?」

 

「「「「「…何も、無い。」」」」」

 

 嘘をつくな、絶対何かあっただろう!と叫びたくなる気持ちを、モット伯は飲み込む。

 

 

 

 

―――――

 トリステイン王国の王都、トリスタニアに向かう馬車にて。

 銀髪を金色の髪飾りでポニーテルにまとめ、白を基調として金色の精緻な細工が施されたドレスをリリーシャ・モードは纏っている。

 

 その眼前にいるのは、モード大公の家老を務めた老人である。

 

 

「…リリーシャ様。」

「祖国を散々騒乱に巻き込んだ挙句、他国へ嫁ぐとは…。ヴァルハラで父上に合わせる顔が無い。」

「ザナック王もザナック王です!リリーシャ様がアルビオン王家の権威を保つべく、覚悟を決めておられたのに…。」

「そもそも戦勝国の国王が、敗戦国の護国卿に対して命令すればいいだけだ。にも拘わらず求婚という形で私の面子を保ってくれた。感謝こそすれ、恨む理由など無い。」

「ううっ…」

 

 うつむき、自嘲するリリーシャ。

 

 

「私は、アルビオン史において汚名を残すのだろうな…。祖国の騒乱を激化させ、共和主義者を手助けしておきながら敗戦。他国に領土を割譲された挙句、自身は従弟のトリステイン王を誑かして正妃に収まった…恥知らずな悪女として。」

「リリーシャ様!歴史は、勝者だけの物ではありませぬ!わたくしめは、歴史に残しますぞ!我らの無念を!共和主義者に切り捨てられ、やむを得なかった事を!」

 

 嘆く忠実な側近を連れ、リリーシャは王宮に到着する。

 馬車から降り、これから過ごす事になるであろう王宮をリリーシャは見つめる。

 

 扉が開き、十数名の人々が現れる。

 その顔ぶれをみて、リリーシャも側近も呆然とする。

 

 

 

「ようこそ、トリスタニアへ。」

「ザナック陛下?」

 

「一国の王が、直接出迎えに?そ、それも…せ、戦勝国の王が?」

「不服か?」

「め、めっそうもありません!」

 

 敗戦国の王が、戦勝国から嫁ぐ女性に対してするならまだしも、トリステインは戦勝国だ。

 そんな立場にあるザナックが門前まで出迎えてくれた事実に、主君の娘を差し出さねばならない、と悲観していた側近の心は感動で打ち震える。

 

 

 

「こちらへ。案内しよう。」

 

 その言葉をうけ、リリーシャは深々と頭を下げる。

 

 

 

「ああ、あのような方であれば、安心して任せられます…!」

 

 打って変わって感涙する側近は、うれし泣きしながら後に続く。

 

 

―――――

 王宮の謁見室で、ザナックは妻を紹介する。

 

 

「紹介しよう。リリーシャ・モードだ。今後は、リリーシャ・ド・トリステインになる。」

「陛下!お聞きしたいことがあります。」

「だろうな。ラ・ポルト侍従長?」

 

 

「何故、求婚したのですか?」

「ゲルマニアを牽制するためだ。」

「ゲルマニアを?」

「あの国は我が国の10倍の国土を持つが、始祖の血を引いていないために軽んじられる。故に、始祖の血を入れられる好機を逃しはしないと判断した。何より、第一皇子が狙っていた。」

「ゲーレン皇子ですね?」

「その通り。だが、彼には発言権は無い。諸国会議で発言権があるのはアルブレヒト三世だけ。故にアルビオンの王権に関わる話を持っていき、『トリステインとアルビオンで話し合え』と言質を取れたタイミングで求婚した。」

「なるほど。」

「宴会で求婚すると思ったのでな、先手を打った。」

 

 寄りにもよって、何故自分に求婚したのか。その真意を直々に聞いて、リリーシャは理解する。

 ゲルマニアの第一皇子から迫られたときは毅然と拒絶したが…宴会で自分にそのような要求がされていれば、敗戦国という立場上断れない。

 そうなれば、ゲルマニアは始祖の血を得て権威を獲得。その国力を背景に、トリステインに侵攻していただろう。

 

 

 

 

「政治的な意図は、他にもあるのですね?」

「勿論。モード大公派の支持を受けるためだ。妹が王党派の長に嫁ぐ。私がモード大公派の長を娶る。そうすれば、マルシヤック公爵の統治はやりやすくなるだろう?」

 

 

 二つに割れたアルビオンの派閥を、こうやって纏めるか。自身の死をもってまとめる以外に方策を思いつかなかったが、

 正妃が居ないと言っていたが…アルビオンの内乱の時から、この状況を見計らって今まで用意していなかったのでは無いか?

 リリーシャの中でザナックに対する評価が上昇方向に修正されていく。

 

「妹殿下を守る意図もあるのですね?」

「アンリエッタを守る意図?何のことだ?」

「えっ?」

「ウェールズの妻に危害を加える事など、王党派が許しはしない。」

「…最後に陛下、何故リリーシャ様を城門まで出迎えられたのですか?これにも何か、政治的な意図がおありなのですか?」

「その行動に、政治的な意図は無い。」

 

 想定外の言葉に、リリーシャは思わず声を漏らす。

 

「えっ?」

「どうした、リリーシャ」

「その、直接出迎える事で、私の派閥の者たちの不満を抑えるのが狙いとか…」

「私の体は全てトリステインのために捧げる。心だけは私の物だ。私に嫁いでくれる女性に対する、最大限の敬意として出迎えた。」

「…あ、ありがとう、ございます。」

 

 

 頬を染めて恥じ入るリリーシャをみて、ラ・ポルト侍従長は引き下がる。

 弛緩した空気が漂う。

 

 

 

 

「言っておくが、彼女はは諸国会議後に自決するつもりだったぞ。ウェールズ王子に自分の派閥の者を吸収させてアルビオンを一つに纏める為の犠牲としてな。妹がそう俺に教えてくれた」

「アンリエッタが?」

 

 ザナックは頷く。

 

 そんな中、来客が来たことで扉の前の衛兵がこの世の終わりのような表情で叫ぶ。

 

「申し上げます!マリアンヌ太后様が、いらっしゃいました。」

 

 

 その場の空気が凍り付く中、扉が開かれる。

 

 

 

―――――

 気丈に、唇を結んだまま歩み寄ってくる40代のマリアンヌ太后が、ザナックには恐ろしく見えた。

 

 

「これはこれは母上…。お体はよろしいので?」

「臥せっている場合ではありません。何故ですか?」

「母上。妹がアルビオンに嫁いだ以上、私も正妃を得るべきでしょう。違いますか?」

「ええ、その通りです。ですがその相手が、問題なのです。その女を娶れば、反発と不満を招きますよ。」

「反発を招く以上の国益を見込めると、私が判断しました。そもそも母上。私はこの年になってもなお、正妃が居ません。自分で選んで、何が悪いと言うのですか?」

 

 

 やや時間をおいて、マリアンヌ太后はリリーシャに目を合わせる。

 

 

「貴女は…。あれだけの事をしておいて、けじめをつけようとは思わなかったのですか?」

「私は。諸国会議の後に自決する覚悟を決め、介錯人も手配済みでした。神と始祖に誓って、真実です。」

 

 

 数秒考えこみ、マリアンヌ太后は息子に目を合わせる。

 

 

「今、わかりました。」

「何でしょうか?」

「貴方は。この娘とローゼンクロイツ伯爵令嬢を、重ね合わせているのですね。」

「ローゼンクロイツ?」

 

 

 反乱を起こして失敗した、という情報しかリリーシャには入っていない。

 一方で、ザナックの表情が抜け落ちる。

 

 

「モット伯、説明を。」

「はっ。ルナ・ローゼンクロイツ伯爵令嬢。反逆者の娘でしたが…論功行賞の席にて凶刃から陛下を庇い、陛下の腕の中でトリステインの未来を託して…亡くなりました。」

「そんなことが…」

 

 ザナックをリリーシャは見つめる。

 

 

「…トリステインを一つに纏める為に、貴方を庇って死んだローゼンクロイツ嬢と、アルビオンを一つに纏める為に死のうとしていた貴女を重ね合わせ…今度は死なせたくないからこそ娶ろうと思ったのでしょう?」

「ほぼ、正解です…母上。」

 

 

 玉座に座り込むザナックをしばし見つめた後、マリアンヌ太后は家臣たちを見渡す。

 

 

「『お願い』です…リリーシャ・モード。そして貴方達。ザナックを、今後とも支えてください。」

 

 

 マリアンヌ太后は、深々と頭を下げる。

 後頭部が、見えるほどに。

 

 

 マリアンヌ太后の真摯な『お願い』に、トリステイン王国上層部は一斉に跪き、数秒遅れてリリーシャも椅子から立ち上がり、その場に跪く。

 

 

「わかりました。神と始祖に誓って、ザナックを愛し支えると誓います。」

 

 

 ザナックとしては、『以前、国の為に死なせてしまった貴族令嬢がいて、非常に後悔している。だから、同じように国の為に死のうとしているリリーシャ・モードを救いたかった』

 とは言えなかった。死んだ女と重ね合わせるのは、余りにも失礼だから。

 

 様々な政治的な理由をあげていたが、本音はそこだ。

 誰にも知られずに秘めておきたかった事だったが、マリアンヌ太后は母として息子の心境を見抜いた。

 

 

 

 

―――――

 リリーシャのために、用意した私室にザナックは許可を得て入室する。

 

 

 

「長旅、お疲れ様だったな。その上、あのような姿を見せてしまい、申し訳ない。」

「そのようなことはありません…。私の婚約者だった男は、助けを求めたところ、杖を向けてきました。」

「そう、か」

 

 

 紅茶にミルクを入れ、氷を入れて飲むザナックをリリーシャは見つめる。

 変わった飲み方だ。トリステインの王宮ではこれが流行なのだろうか?

 

 

「ああ、これか。最近知ったやり方だ。」

「私にも、頂けますか?」

「構わない。」

 

 

 冷たくて美味しい。

 こういう味わい方もあるのか、とリリーシャは感心する。

 

 

「…正直な話。貴女には今後も不快な思いをさせてしまうかもしれない。」

「覚悟は、出来ています。一つだけ、聞かせて頂けませんか?」

「なんだ?」

「レコン・キスタとの戦いの前後で、ウェールズ王子と私を秘密裏に始末すれば、アルビオン王家の直系は途絶える。そうすれば、アンリエッタ王女をアルビオン女王に据えることも出来たはず。」

「それは最初から選択肢には無かった。妹が入れ込んでいるから、そんなことをしたとばれたらどうなる事やら。」

 

 

 しばし、遠い目をする。

 アンリエッタ王女と何かあったのか?と思いはしたが、リリーシャは聞かなかった。

 

「さて、やるべき事は山積みだが…とりあえずやらねばならないことがある。」

「というと?」

 

 

「王家の秘宝、始祖の祈祷書を貸している人物がいるから、返却してもらう。」

「始祖の祈祷書…クロムウェルも持っていたな。」

「何?」

「始祖の祈祷書は、ハルケギニアのあちこちに『本物』と主張されている物がある事はご存じでしょう?」

「…本物として伝わっているぞ。私には白紙にしか見えなかったが、な。」

「なるほど。祈祷書が白紙だから、偽物があれだけ流行していたのか。」

 

 長年の疑問が氷解したリリーシャは薄く笑う。

 

 

 

―――――

 ルイズは緊張した顔で王宮へ入る。

 始祖の祈祷書を持ってくるように、との事だったが…。

 

 

「返せ、ってことですよね?」

「そうじゃろうな。」

 

 

 オールド・オスマンは、ルイズを連れて謁見室に入る。

 

 

「レコン・キスタ戦役では、貴女の使い魔に苦労を掛けた。」

「勿体ないお言葉…」

 

「「あっ!」」

 

 

 ザナックの隣にいたリリーシャとルイズの眼が合い、互いに声を漏らす。

 

 

「知り合いか?リリーシャ。」

「ラグドリアン湖の湖畔で開かれた園遊会、そこでアンリエッタの天幕に入った時の影武者が」

「ヴァリエール公爵家の三女が影武者?説明しろ、意味が分からん。」

 

 公爵家の三女という影武者にして良い家柄ではない為、皆目見当がつかないザナックは説明を求める。

 

 

「ひ、姫様が。気晴らしに出かけたいと仰って…魔法染料で私の髪を染めた私が代わりにベッドに入っていました!」

「声をかけて、布団をめくって顔を見たら別人だったので思わず杖を抜いて…。謝りに行きたかったが、あの時は申し訳ない事をした。」

「い、いいえ。当然の反応です!」

「だとしても…」

 

 

 どちらも申し訳なさそうにしているが、ザナックはため息をつく。

 

 

「とりあえず、妹の被害者というわけだな。ヴァリエール嬢、始祖の祈祷書を貸していたが、返却してもらう。」

「は、はい。」

「虚無の担い手を見つけるには、四の系統の指輪。この水のルビーの指輪を嵌めた上で始祖の祈祷書を開いたときに読めるという。ロマリア皇国から、担い手を見つければ知らせてほしいという依頼があった。トリステインから探しだすために、指輪と秘宝は手元になければならない。」

「わ、わかりました!」

「大々的に布告を出すのは問題があるし…どうやって見つけた物か。まぁ、何かの縁だ。ヴァリエール嬢、この指輪を嵌めて始祖の祈祷書を開け。」

 

 

 さほど期待していないザナックだが、ルイズが水のルビーを嵌めて祈祷書を開いたとたん。水のルビーと始祖の祈祷書が光を放ち、その場にいた面々は呆然とその光を見つめる。

 

 

 

「古代ルーン文字…。よ、読み上げます!」

 

 

 

 語られた内容から、ザナックはうめき声をあげる。

 始祖の祈祷書とは、虚無魔法に関する書物だった。

 

 

「…トリステイン王家の正当な後継者は、ヴァリエール嬢だったと。そういうわけか。」

「ざ、ザナック陛下!私は王にはなりたくありません!」

「どうだか。ロマリア皇国と接触して兵を借り受けるなり、教皇に働きかけて私を破門させるという手が取れるぞ。」

「私は。ずっと魔法が使えず、馬鹿にされてきました。私は魔法が使える普通の、メイジになりたかったのです…。玉座は望んでいません!ですから、そのようなことは仰らないでください!」

 

 

 悲鳴じみた声を、ルイズは上げる。

 王家に仕える者として育てられた彼女にとって、他国から兵を借りて現国王を退位させるというのは、想像すらしたくない所業だ。

 実行しようものなら、『烈風』にお仕置きでは済まない罰を与えられるというのもあるだろうが。

 

 

「…ヴァリエール嬢を担ぎ上げて反乱を起こそう、という貴族がいれば、今、私が上げた策ぐらいは即座に思いついて実行するぞ。」

「それですがの、ザナック陛下。一つ忘れております。」

「何?」

 

 オールド・オスマンはもったいぶって告げる。

 

 

「ヴァリエール公爵は、娘を政治の道具に使う者を決して許しませぬ。」

「…忠義を疑うわけではないが。利用される可能性がある、というだけで放置は出来ない。手を打たねばならないな。」

 

 懸念事項が一つ片付いたが、別の懸念事項が出来てしまった。

 仕方ないので、もう一つの懸念事項を片付ける事にした。

 

 

 

―――――

 ラグドリアン湖の湖畔。

 そこに、ザナックはリリーシャとモンモランシー嬢、それに護衛を連れて訪れていた。

 

 

「水の精霊よ、あなたに話がある!」

 

 

 しばらく待つと現れた水の精霊に対し、ザナックは一礼してアンドバリの指輪を提示する。

 

 

「水の精霊よ。奪われた秘宝、アンドバリの指輪をザナック・ド・トリステインの名に懸けて取り戻した。」

『…確認した。これこそ、我と共に時を過ごした秘宝…』

 

 そう告げ、水の精霊はアンドバリの指輪を受け取る。

 

 

『約束を守った以上、アンドバリの指輪が単なる者の手に奪われぬ限り、水位を上げる事はせぬ。』

「感謝する。」

『数奇な運命に導かれし単なる者よ。汝が誓約を果たしたことを、記憶しておく…』

 

 

 水の精霊が去り、これでアンドバリの指輪を巡る一連の騒動は幕を下ろす。

 リリーシャは水の精霊がザナックのことを何故『数奇な運命に導かれし単なる者』と呼ぶのか気になったが、この場で問いただすことはしなかった。

 

 今までの疲れが出たことで、ザナック達はモンモランシ邸に宿泊する事になる…。

 

 

―――――

 ガリア王国王都、リュティス。

 その王宮、ヴェルサルテイル宮殿のグラン・トロワにて。青い髭の美丈夫は娘が退出した後、チェス盤を前に高笑いをあげる。

 

 

「はっはははは!まさか、まさか!こんな展開になるとは!」

 

 ウェールズ王子が空賊活動により物資を確保していた時期に、トリステイン空軍もフネの数を補うべく空賊狩りをしていた。

 ウェールズ王子の行動ととトリステイン空軍の行動を分析した結果、遭遇はしないとみていたが。理由は不明ではあるが、あるタイミングで空軍を緊急出動をかけた事で身柄を確保。

 

 その結果、明日戦争になってもおかしくなくなったトリステイン王国は、相当動揺すると予想していたが…その混乱は想定より小さかった。

 

 

「そして、空軍を敵部隊の撃破では無くて補給路寸断という発想!老いぼれに殺された男の娘と思っていたが、中々どうして頭が回るではないか!しかも、その二人が結婚とは!片方だけでは余の指し手には物足りんが、二人であれば余の遊び相手にはなろるだろう!」

 

 

 




ルイズに虚無の担い手である事を御旗に、簒奪を唆しても拒絶すると思います。
というよりルイズが簒奪しようと色々動いたところで、最終的にロマリアのお人形にされる未来しか見えません。
根が真っ直ぐですから、王には向かないでしょう。王様ランキングだとどこまで行きますかね…ルイズは。女官としては間違いなく優秀な人物ですが。


ジョゼフがザナックを『遊び相手』と認識しました。
ナザリックと違って軍事力で「何とかなる」レベルなのが救いですね。

次回は、リリーシャがザナックの「過去」を体験します。どういう展開になるのかは、お楽しみに!
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