トリステイン王子、ザナック!   作:交響魔人

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もしも、モモンガさんとナーベラル・ガンマに『シェフィールドという女が、弐式炎雷さんが使っていた機体を改悪して出撃して敗北。機体は大破しました』と言ったらどうなるのでしょうか?

シェフィールドがヨルムンガンド10体と火石まで用意して待ち構えていても、ナーベラルが一人で突撃しそうです。
アインズ様が止めようとしても、プレアデスの姉妹、それにコキュートスも嘆願して一人で行かせようとするのでは?

…アインズ様とプレアデスの姉妹とコキュートスも一緒になって突撃してくる?うーん…10体のヨルムンガンドは何分持つんですかね?


注意:「仮想世界」編です。水の精霊がザナックの記憶と知識をもとに構成した世界にリリーシャが入り込みます。
リリーシャと会話をしたオバロキャラは、『ザナック視点』だとこういう反応をするだろう、という予測を下に水の精霊が発言します。オバロキャラの言動がおかしな点がありますが、ご了承ください。


『仮想世界』リ・エスティーゼ王国

 戦後処理がひと段落したからか、ザナックは疲れが出て爆睡。

 一方でリリーシャはベッドから起き、モンモランシーに声をかけ、真夜中のラグドリアン湖に訪れる。

 

 

「あの王妃様。何故ここに?」

「…ザナックの事を水の精霊は、『数奇な運命に導かれし単なる者』と呼んだ。おかしいと思わないか?」

「はい。水の精霊は、私達をメイジだろうと平民だろうと関係なく、単なる者と呼びます。」

「その通りだ、モンモンランシー嬢。故に、確かめたい。数奇な運命とはどういう事か。どうしても気になってしまう。」

 

 

 

 その言葉が終わると同時に、水の精霊がラグドリアン湖から浮かび上がってくる。

 

 

「?!水の精霊…。呼びかけも無しに現れるなんて!」

『…単なる者よ。『数奇な運命に導かれし単なる者』について、聞きに来たようだな?』

 

 

 跪いて、リリーシャは水の精霊に問いかける。

 

 

「教えて欲しい。何故、貴方はザナックの事をそう呼ぶのか?彼が幼少期に錯乱した事と、関係があるのか?」

『…単なる者よ。お前は『数奇な運命に導かれし単なる者』とはどういう関係だ?好奇心というのであれば、答えるつもりはない。』

「私は、ザナックの嫁です。」

『…湖面に触れるがいい、単なる者よ。数奇な運命の記憶をもとに、再現した世界へ汝を導く…。心を強く持て。さもなくば、汝の意識が戻ることはあるまい』

 

 リリーシャはゆっくり頷く。

 

 

『覚悟は出来ているようだな…』

 

 

 リリーシャは深く深呼吸すると、ラグドリアン湖の湖面に触れる。スッと、意識が遠くなる…。

 

 

 

―――――

 リリーシャは呆然と周囲を見渡す。ここは何処だ?ハルケギニアの建築様式ではない。ロバ・アル・カリイエの宮殿か?

 前から、可憐な少女が短い金髪の少年を連れて歩いてくる。貴族令嬢とその護衛だろうか?

 

 

「あら。貴女は…だれ?」

「私は、リリーシャ・ド・トリステイン。ここは何処だ?」

「ここは、リ・エスティーゼ王国のヴァランシア宮殿ですわ。」

「リ・エスティーゼ王国?ハルケギニアの王国は、トリステイン王国、アルビオン王国、ガリア王国の三王家のみ。もしかして、ここは、ロバ・アル・カリイエ…なのか?」

「ロバ・アル・カリイエ…、貴方達ハルケギニアの民は、私たちの地域の事をそう呼ぶのですね。」

 

 

 

 なるほど。確かに自分たちハルケギニアの民は東方の事を「ロバ・アル・カリイエ」と呼ぶが…東方の民は自らの地域は別の名前で呼んでいるのか。

 

 後ろから足音が聞こえたため、リリーシャが振り返ると見知らぬ男が歩いてくる。

 一礼して、金髪で気品のある男は口を開く。

 

 

「これはこれは、ラナー様…と。どちら様でしょうか?」

「…私は、リリーシャ・ド・トリステイン。」

「私は、エリアス・ブラント・デイル・レエブン。トリステイン家のご令嬢、でしょうか?」

「違う。私はトリステイン王国の王妃だ。」

「異国の王妃様でしたか!これは失礼いたしました。リ・エスティーゼ王国では市民は二つ、貴族は三つ、称号を付ければ四つ。王族ともなれば称号を加え、五つの名前があります。勘違いした事、お許し下さい。」

 

 そうだったのか。それで自分の事をトリステイン家の令嬢と。

 

 

「私はトリステイン王国出身では無く、アルビオン王国出身。トリステイン国王ザナックに嫁いだ。」

 

 

「はい?」

「お兄様がトリステイン王?!」

 

 困惑するレエブン…。いや、4つの名前という事は貴族か?

 口に手を当て、驚く少女。

 後ろの少年もびっくりしている。

 

 

「待ってください!その…ザナック王子は、いつトリステイン王に即位なされたのですか?」

「1年前に即位された。それよりも…。」

 

 

 リリーシャはラナーという少女に鋭い目を向ける。

 

 

「お兄様と言ったか。ザナック陛下の妹はアンリエッタ・オブ・テューダーのみ。ザナックの妹を名乗る貴女は、何者だ?」

「…私は、リ・エスティーゼ王国第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフです。リリーシャ様が、ド・トリステインでアンリエッタ様がオブ・テューダーという事は…トリステイン王国から他国…。もしかして、アルビオン王国に嫁がれたのでしょうか?」

 

 

 わずかな会話でここまで理解が早いとは。非常に聡明だ。

 リリーシャが頷くと、ラナー王女は考え込む。

 

 

 ふと、リリーシャが外を見るとザナックの姿が見える。

 窓を開け、リリーシャはフライを唱えて飛び降りる。

 

 

「マジック・キャスター?!」

 

 ロバ・アル・カリイエでは、メイジの事をそう呼ぶのか。

 リリーシャは去り際に聞こえたレエブンの言葉からそう判断しつつ、ザナックの下へ向かう。

 

 

 

―――――

「これはこれは、兄上。奇遇ですなぁ」

「フン。お前か。」

 

 

 王冠を被った老人と黒髪黒目で大柄な男。そして短い金髪の男と、ザナックが居る。

 老人は何やらため息をついている。

 

 

 そんな中、リリーシャはまっすぐザナックに向かって歩く。

 

 

「ん?誰だ、お前は!」

 

 短い金髪の男に誰何され、むっとなったが顔には出さず、一礼する。

 

 

「私は、リリーシャ・ド・トリステイン。トリステイン王国王妃です。貴方は?」

「私はリ・エスティーゼ王国第一王子バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフだ!しかし、トリステイン王国だと?その王妃が何故この国に来ている?」

 

 

 第一王子、か。リリーシャはザナックと目を合わせる。

 

 

「答えてください。貴方のお名前は、ザナック・ド・トリステインですか?」

 

 リリーシャはザナックを見据えて言う。

 

 

「…初めまして。私はリ・エスティーゼ王国第二王子、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ。私と同名の方がいるのか?」

「そう、ですか。ザナック王子、聞いてくれませんか?」

 

 ザナック王子がうなづいた事で、リリーシャは言葉を続ける。

 

 

「私はアルビオン国王の王弟、モード大公の一人娘です。ある日、伯父であるジェームズ一世に父が討たれ、家臣も大勢殺され…私は、家臣と共に潜伏しました。」

「貴方はアルビオン王家に連なる身か!それで、何故。貴女の伯父上は実の弟を処断したのだ?」

「今でも分かりません…父上が、許されない事をしたのかもしれませんが…。私は、王政を打破して有能な貴族による議会制度への移行を掲げる、共和主義者レコン・キスタに参加しました。」

 

 

「何?!有能な貴族による議会制度だと!詳しく聞かせろ!」

 

 それに食いつくバルブロ。

 一方で、王冠を被った老人が一歩前に出る。

 

 

「そなた。王家の一員でありながら、王政の打破を掲げる組織に加担したのか?」

 

 老人が鋭い眼でリリーシャをにらむ。一瞬、リリーシャは背筋が凍る想いをする。

 言いつけを破ってしまい、実の父親に叱られた時の事をリリーシャは思い出した。

 

 

「…家臣を生き延びさせる為です。旗色を鮮明にせねば、王家の一員である私とその家臣も討伐対象になりましたから。私は伯父を討ち、アルビオン王国は…神聖アルビオン共和国になりました。」

「共和国…か。」

「その後、神聖アルビオン共和国は不可侵条約を打診しておきながら、その締結時に隣国、トリステインに宣戦布告。」

 

 

「?!不可侵条約を打診しておきながら、宣戦布告?!騙し討ちではないですか!」

 

 大柄な黒髪黒目の男が思わず声を漏らす。やはり、ロバ・アル・カリイエでも非常識な行動なのだろう。

 

 

「はい。私は内戦の直後という事もあり、国内の疲弊を鑑みて阻止しようとしましたが…。その戦いでアルビオン共和国軍は敗北。アルビオン共和国は、内戦で熟練の士官と精鋭を失い、数少ない精鋭もその戦いで失いました。その後、アルビオン共和国の護国卿だった私は、レキシントンに派閥の者と共に進軍。サウスゴータの駐留軍と共に挟撃、ロンディニウムからの援軍を待って戦うつもりでしたが…。サウスゴータ駐留軍は撤退。ロンディニウムからの援軍も引き上げ、私は、10倍の敵軍と対峙しました。」

「…なるほど。その共和主義者とやらは、王家の一員であった貴女を処分させようとしたのだな?」

「その通りです。私は降伏。神聖アルビオン共和国軍はロンディニウム近郊の決戦で壊滅し、王都ロンディニウムは陥落。私は敗戦国の護国卿として、勝者である連合軍と戦後処理を行いました。諸国会議を。」

「かなり厳しい条件を課された事だろう。」

「はい。何とか、アルビオンの国体は残しました…諸国会議後、私は自決するつもりでしたが…。諸国会議の場で私は。戦勝国のトリステイン王から求婚されました。」

 

 

 絶句する男たち。

 バルブロ王子とザナック王子は思わず顔を見合わせている。仲は良いのだろうか?いやこれは…不仲だが、衝撃のあまりといったところか?

 

「まて、もしかして、その求婚した王というのが…!」

「はい。トリステイン国王。ザナック・ド・トリステインです。私は、その申し出を受け入れました…。ザナック王子。貴方は、私の夫ととてもよく似ています。貴方は、一体何者なのですか?」

 

 

 ザナックとリリーシャは目を合わせる。ザナックの瞳に、自分の顔が映っている…。

 

 

 なぜか、リリーシャはものすごく眠くなった為、ザナックの腕にしなだれかかる…。

 ザナックの声が響く中、リリーシャの意識は遠ざかる。

 

 

 

―――――

 リリーシャが目を覚ますと、ベッドに居た。

 化粧台の前で身支度を整え、外に出る。

 

 

「おや、目が覚めたか。トリステイン王妃殿。」

「ザナック王子。伺いたいことがあります。」

「何かな?」

「リ・エスティーゼ王国について。」

「…廊下では話せない。場所をかえさせてもらう。」

 

 リリーシャはザナック王子の後をついていく。

 

 少し歩くと、部屋に案内される。

 

 

 

「あら、お兄様と…トリステイン王妃様。」

「ラナー王女。」

 

 

「会いに来たぞ、腹違いの妹よ。彼女がリ・エスティーゼ王国について知りたいようだ。改めて、この国の現状について話をしないか」

「いいですわ、お兄様」

 

 肥沃な大地を持つこの国は腐り果てており、貴族や役人は自分さえ良ければいい、という考えが広まり汚職まみれ。犯罪組織、八本指による暗躍もあり、麻薬は他国にまで流れている。

 隣国のバハルス帝国は毎年、農民の収穫時期を狙って侵攻。

 王国は農民を徴兵して数で対抗しているが…収穫時期を狙って侵攻されており、国力は徐々に削られている。

 にも拘わらず、王国は王派閥と貴族派閥に分かれて権力闘争を繰り返している有様。

 

 

「バルブロお兄様はボウロロープ侯の娘と結婚していて、貴族派閥。」

「しかも、麻薬部門から金を受け取っている…そんな現状を俺たちは変えようとしている。」

 

 かなり追い込まれている事で、リリーシャは方策を提言する。

 

 

「であれば、バハルス帝国と不可侵条約を締結して、その間に犯罪組織の摘発を。」

「いや。バハルス帝国側は王国を併呑しようとしている。不可侵条約など結んではくれない。」

「ならば犯罪組織の摘発を進めながら、帝国に対してはフネで牽制…とするのが妥当か。」

 

 ラナーとザナックの二人が呆けた顔をしている。

 

「この国のフネは何隻ほど動員できる?いや…他国人に、国家機密は明かせないか。」

「えっと、その。フネでどうやってバハルス帝国軍をけん制するのですか?」

「空中から艦砲射撃をすれば…。無論、バハルス帝国側にもフネは当然あるだろうが、風上を抑えれば…」

 

 

 ラナーは、おそるおそる口を開く。

 

 

「その、トリステイン王妃様がいらっしゃる…ハルケギニアのフネというのは、空を飛ぶのですか?」

「勿論。海を行くフネもあるが…。」

 

 は?という顔になるラナー王女

 突如、ザナック王子が笑い出す。

 

「空を飛ぶフネか!しかもそこから攻撃まで出来るだと!そんな物があれば、ずいぶんと出来ることが増える。そう思わないか、妹よ。」

「はい、お兄様。」

 

 

 それほど、突拍子も無い事なのか…。浮遊大陸で生まれ育ったリリーシャにとって、フネとは身近な物なのだが。

 

 

 そんな中。ラナー王女の護衛をしていた少年が来訪。クライムと呼ばれた彼の報告で、事態は動き出す。

 八本指のアジトを強襲するのだという。

 

 国内で最も根が深い犯罪組織を一掃出来れば、事態は大きく変わる。

 

 

 

―――――

 夕暮れになり、リリーシャは何やら奇妙な炎の壁が現れた事で、街中を訪れる。大勢の兵士が行き来している。

 八本指のアジトを襲撃するという話だったが…。あの炎はいったい?熱は伝わってこないが…。こけおどしでは無いだろう。

 

「これは、トリステイン王妃様?!どうしてここに!」

 

 

 クライムと、青い髪の剣士がこちらを見ている。

 

「こちらが、異国の王妃様か。初めまして、俺はブレイン・アングラウスだ。」

「状況を知りたい。八本指はどうなった?」

 

「状況が変わったのだ。」

 

 

 後ろから声を掛けられ、リリーシャが振り返ると大きな黒い鎧を纏った男と、黒髪の女性がいる。

 

 

「貴方達は。」

「私はアダマンタイト級冒険者、漆黒のモモンだ」

「同じく、ナーベ。」

「アダマンタイト、級?」

 

 リリーシャに対して、ブレインは口を開く。

 

「この国で、最高峰の冒険者に与えられる称号だ。」

 

 冒険者、というのがよくわからなかったが。旅人みたいな物か?であれば…。

 

 

「…ということは、ロバ・アル・カリイエの情報に詳しいか…。一つだけ聞きたい。弐式炎雷、という方に心当たりは?」

「無い」

「知りません」

 

 

 言下に言い捨てるモモンと、冷たい目で否定するナーベ。

 

 なるほど、どうやらここはアーベラージではないらしい。少しホッとするリリーシャ。

 火竜騎士を一方的に討ち取るようなゴーレムがうろつく世界では、命がいくつあっても足りない。

 

 

「ザナック王子殿下はどちらに?」

「兵士を率いて、王都の人々を守りに出かけています。」

 

 リリーシャはそちらに向かおうとして…。強い光に包まれる。

 

 

 

―――――

 リリーシャが気が付くと、歓声が聞こえてくる。

 多くの人々が口々に色々な話をしている。

 

 

 …どうやら、八本指は壊滅。王国は王派閥が力を持ち、あの騒動で前線に出ていたザナック王子の評判が上がったらしい。

 そんな中。化粧台の前の鏡が、光景を映す。マジック・アイテム、遠見の鏡のようだ。

 何かの会議だろうか?多くの貴族が集まっている。

 

 

『エ・ランテル近郊は元々アインズ・ウール・ゴウンの土地。リ・エスティーゼ王国は直ちにこれを返還するべきであり、バハルス帝国はこれを手助けするものである。』

『元々、王国の歴史にそのような人物が所有していた記録は無い。』

 

 帝国は毎年戦争をする口実に困ったのだろう、という意見が出ている中。

 何か言いたげな表情を浮かべた事で、意見を求められた黒髪黒目の男は一礼する。

 

『陛下、エ・ランテル近郊をゴウン殿に割譲することは出来ないでしょうか?』

『これは、ガゼフ戦士長とは思えぬ発言だな!』

 

 一戦すらせずに、土地を明け渡せ?

 臆病と呼ばれて嘲笑われる男。国王の傍に控えている以上、有能な武人のようだが…おそらく身分が低い。

 彼はアインズ・ウール・ゴウンという人物と面識があり、恐るべき実力を備えている事を見抜いているのだろう。リリーシャはそう推測する。

 

 それにしても、貴族が多い。『マジック・キャスター』がこれだけ占めているなら、安泰だろう。

 

 

 

―――――

 またしても映像が途切れる。

 化粧台の前で身支度を整えつつ、鏡を見つめていると…映像が浮かび上がる。

 

 

 沈痛な表情の老人。傍にはザナック王子が居る。

 

 

『戦うべきではなかった…。エ・ランテルを、割譲する…』

 

 どうやら、手痛い敗戦になったそうだ。

 敗戦で、領土を削られる苦しみをリリーシャはとてもよく知っている。

 

 

 

 

―――――

 また映像が切り替わる。

 ラナー王女だ。歪み切った笑みを浮かべながら、腕の前で手を組んでいる。

 

『ああ、クライム…貴方と結ばれたい!子を為したい!貴方に鎖をつないで、どこにも行けないようにして、飼いたい…。あの目がすごく好き!犬のように纏わりついてくる姿も、大好き!』

 

 

 その歪みっぷりにリリーシャは戦慄する。ザナック王子!腹違いとはいえ、妹をどうしてこうなるまで放っておいた?!

 公爵家の三女を影武者に仕立て上げてウェールズに会いに行っていたアンリエッタ王女の悪戯が、むしろ可愛らしく思ってしまうリリーシャ。

 

 

『…ところで。覗き見はどうかと思いますよ?トリステインの王妃様。』

 

 

 グリンッ、と音を立てたかのように瞳が動いて目が合う。リリーシャは怖くなって急いで廊下に出る。

 

 

 

―――――

 夜だ。窓の外は双月ではなく、一つの月しか浮かんでいない。スヴェルの月夜のようだ。

 誰もいないのでしばらく歩いていると、廊下の向こうから誰かが歩いてくる。頭には角があり、白いドレスを纏っており、その腰から翼が生えている。

 

 

「こんばんは。良いスヴェルの月夜ですね。」

「スヴェルの…月夜?失礼、貴女は?」

「私は、リリーシャ・ド・トリステイン。トリステイン王国の王妃。貴女は?」

「私は魔導国宰相アルベド。」

「魔導国?」

「はい。エ・ランテルを割譲させた事で、建国いたしました…。トリステイン王国…とはいったい?」

「ハルケギニアにある国家です。北に帝政ゲルマニア、南にガリア王国、そして浮遊大陸アルビオン王国があります。貴国は?」

「西方にリ・エスティーゼ王国、東方にバハルス帝国、南方にスレイン法国がありますわ。ところで…スヴェルの月夜とはいったい?」

「青い月と赤い月が重なって、一つに見える事です。ご存じではないのですか?」

 

 魔導国宰相アルベドは呆けた顔をしている。おかしな人だ。月・が・二・つあるのは、当たり前のはずだ。

 まるで月・が・一・つしかないのが当たり前、のような反応をしている。

 

 

「宰相殿は、どのようなご用件で?」

「わたくしは、リ・エスティーゼ王国に宣戦布告を行うべく参りました。良ければ、ご一緒しませんか?」

「宣戦布告?」

 

 

 エ・ランテルを割譲させて、日が浅いと思われるが…ここで宣戦布告?

 

 

 

―――――

「ようこそ、魔導国宰相アルベド殿。リ・エスティーゼ国王、ランポッサである。本日は、何用で来られたのかな?」

「本日参りましたのは。貴国の貴族が、我が魔導国が聖王国に支援にしていた食料を強奪した件です。」

「まずは、王国の者として謝罪させていただく。その上で…私の首一つで許しては貰えないだろうか?」

 

 

 一国の王が、首を差し出す?!

 その覚悟に驚くリリーシャ。

 

「…少し、読み違えていたわ。ガゼフ戦士長を失ったからかしら?それとも、ザナック王子の優秀さに気づいたからかしら…?いずれにせよ、私の対応は変わりません。我が魔導国は。貴国に対して宣戦を布告します。一か月後、開戦します。」

 

 馬鹿な!国王が首を差し出すというのに、交渉にすら応じないだと?!

 

 もしも。伯父のジェームズが『我が姪よ。弟モードを処断したこの一件。余の首一つで許しては貰えないだろうか?』と言われたら、王党派と和解。

 その後、クロムウェル率いるレコン・キスタと敵対していた。

 

 

 王の首とはそれだけの価値がある。なのに…。強奪した貴族と陛下はどういう関係にある?

 

 

 それより、魔導国は一体、何を狙っている?リ・エスティーゼ王国の地下資源?それともさらなる領土か?工廠でも奪うつもりか?

 

 周囲が暗転する。

 

 

 

―――――

 周囲が明るくなってくる。ザナック王子が地図を前に考え込んでいる。

 

 

「ザナック王子?」

「…トリステイン王妃殿か。」

「状況を、教えていただけませんか?」

「ああ。これを、見てくれ。」

 

 

 見せられた地図には、都市にバツ印がいくつもつけられている。

 

「印がついているのは、魔導国によって住民が皆殺しにされた都市だ。」

「何故、ここまで残虐な事を…。いえ、何故皆殺しにされている事に、気づかなかったのですか!」

「レエブン侯が裏切った。彼の領地は、ここだ。」

 

 沈痛な表情のザナック王子。

 一つだけ、バツ印のない街。

 

「子供を愛しているからな、人質に取られたのだろう…」

「…軍の編成はどうなっているのですか?」

「どうしようもないな。前のカッツェ平野の戦いで王国軍は18万人の兵士を失い…多くの貴族家の当主や次期当主を失い、代わって次男、三男が爵位をついだ。」

 

 その数にリリーシャは呆然とする。死者の数が、文字通り桁が違う。

 戦争では無くて虐殺では無いか。

 

 

「戦うのですね。魔導国と。」

「ああ。兄上が前の戦いで行方不明だからな…俺が王家の人間として戦うしかない。」

「…降伏は出来ませんか?」

「無理だな、バハルス帝国は属国になったが、王国で降伏を言い出せば内乱になる。」

 

 そうだ。王国は王族の権威が絶対では無く貴族派と対立している…。その内憂がここにきて足を引っ張るか。

 

「ランポッサ陛下は?」

「父上は、この期に及んで交渉で片づけようとしている。」

 

 本来ならば、ランポッサ陛下が戦い、ザナック王子が戦後処理をするべきなのだろうが…。その決断が、あの国王には出来ないのだろう。

 父上なら、どうしていただろうか?今は亡き父、モードに対してリリーシャが想いを馳せていると。

 

 

 

 周りの風景が変わっていく。

 執務室から、草原に変貌する。

 

 

 

―――――

 リリーシャがフライで周囲を偵察すると、リ・エスティーゼ王国軍の前に、異形の魔物で構成された軍勢が立ち並んでいる。

 あれと、戦う…?勝てるのか?一体だけでもシュバリエ勲章を授与されるような、実力者のメイジが戦略を練って小隊規模でかからねばならない。そんな強敵があれだけ居るのに?

 

 戦うというのであれば…まずは戦列艦による一斉掃射で数を減らし、必要であればストックボート…注文が無くともフネを建造する技術継承の為に造船所で作られる代物…に可燃物を満載した火船まで使う必要があるかもしれない。

 戦艦を想定した武装まで陸上に向けねばならないとは、規格外にもほどがある。

 

 リリーシャはリ・エスティーゼ王国軍を見渡す。士官の数が少なすぎる上に、兵士の練度も低い…内戦直後のアルビオン軍でもここまで酷く無かった。

 

 気が付くと、天幕に異形の魔物が居る。

 豪奢な服を纏った骸骨だ。貴族の遺体だろうか?

 

 だが、驚くべき事に骸骨でありながら生きているらしく、こちらに目を向けている。

 リリーシャが降り立つと、天幕で動きがある。

 

 ちらりと見えた骸骨が、恐ろしい馬に乗ってリリーシャの前まで向かってくる。

 

 

 

―――――

 大きなテーブルが現れ、椅子も用意される。

 

 

「…お初にお目にかかる。私は魔導国国王、アインズ・ウール・ゴウンである。」

「…私はトリステイン王国王妃、リリーシャ・ド・トリステイン。」

「トリステイン王国の王妃。それで、何をしにここに来た?ここは今から戦場になるのだが。」

「魔導王陛下。貴方は、リ・エスティーゼ王国と戦うつもりなのですね?」

「そうだ。」

「何故、戦うのでしょうか?我がトリステイン王国はこの戦いに介入する気はありませんが、お教え下さると幸いです。」

「我が魔導国は、聖王国に支援物資を送っている。だが、その輸送部隊をリ・エスティーゼ王国の貴族、フィリップ・ディドン・リイル・モチャラスが襲ったのだ。」

 

 それが開戦理由か。ん?

 

 リリーシャは訝しむ。これだけの異形の妖魔を揃えているのであれば、姿かたちを変えられる妖魔が居てもおかしくない。

 先住魔法の中には、姿を変える魔法もあるという。フィリップに化けさせる事で、魔導国による自作自演を行ったのではないか?

 

 

「意外ですね。」

「ほぅ?」

「これほどの強力な軍勢を保有していながら、聖王国への食料輸送部隊の護衛が突破された事です。」

 

 

 自作自演をするならもう少しうまくやれ、これだけの強力そうな妖魔の軍勢を束ねて置いて、護衛すら満足に用意できない訳が無いだろう、というニュアンスを込めるリリーシャ。

 というより、この手勢を相手に…輸送部隊の襲撃をフィリップという貴族が成功したのであれば、その軍事的手腕は辣腕を通り越している。

 

 

「まさか、他国への支援物資を強奪する貴族が居るとは思わなかったのでな。」

 

 

 自作自演では無くて、本当に襲撃されたのであれば話は違ってくるが…。じっと魔導王の眼窩にある赤い光を見つめるリリーシャ。嘘を言っているようには思えない。

 

 

 リリーシャは今まで手に入った情報を整理する。フィリップの真意は不明でも、推測は出来るはずだ。

 

 リ・エスティーゼ王国軍は、農民を徴兵している軍隊。その軍隊を18万人も殺され、その中には有望な次期当主などもいた。今回の輸送部隊の襲撃事件。

 現国王が首を差し出して事態の収拾を図った。にも拘わらず、交渉にすら応じない宰相アルベドの態度。

 

 カチリ、とリリーシャの中で歯車がかみ合う!!

 

 

 まさか!フィリップ・ディドン・リイル・モチャラスとは!超が付くほど優秀な、武闘派貴族なのではないか?!

 

 次期当主が亡くなって、急に家督を継がねばならなくなった。だが、多くの農民を失った事で領地経営は難渋。…いやフィリップは法衣貴族かも知れないが。

 働き手を失い、飢えた王国民の惨状を見るに見かね、自ら手勢を連れて魔導国の食料輸送部隊を襲撃して強奪したのではないか?

 

 

 そういう事であれば…ランポッサ陛下が自分の首を差し出してでも、事態を収拾しようとするのもわかる。

 民を想い、軍事的手腕に長けた戦術家が自分の派閥にいたらリリーシャとて、否、ハルケギニアのどんな王や貴族でも重用する。

 

 

 最も、『魔導国の輸送部隊を自国で襲撃したらどうなるのか?』という所まで考えが及ばない辺り、戦略家ではなく、戦術家なのだろう。

 

 

 宰相アルベドがランポッサ陛下の首を拒んだのも、魔導王が直々に前線に来ているのも…各地の民を皆殺しにしているのも全て。

 武闘派貴族、フィリップ・ディドン・リイル・モチャラスを前線に引きずり出し、そこに質と量を兼ね備えた戦力をぶつけて始末する事が狙いなのだろう。

 自分とて、そんな武闘派貴族が居たら敵国に居れば排除なり無力化を目論む。

 

 

「…ほう、来たか。」

 

 

 リリーシャが椅子から立ち上がって振り返ると。

 

 レキシントンで降伏した際にザナックが纏っていた武装。それと酷似した物を、ザナックが纏っていた。

 確かあの鎧は、ザナック王が直々にデザインしたという。トリステイン軍に降伏した後、アンリエッタから聞いた。

 

 同じ名前、酷似した容姿、同じ人柄。それに加えて鎧のデザインまで同じ。これはもう、偶然では片づけられない。

 リリーシャの中で、確証に変わっていく。ザナック王子とトリステイン国王ザナックは同一人物…!

 

 

「リリーシャ王妃?どうしてここに…。」

「お初にお目にかかる、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ殿。私が、アインズ・ウール・ゴウン魔導王だ。」

 

 

 リリーシャは椅子から立ち上がって数歩下がり、代わってザナックが一礼して席に着く。

 魔導王とザナックの会談が始まる。

 

 

「陛下。なぜ私共の降伏を、受け入れてくださらないのですか?」

「メリットがないからだ。」

「メリット?」

「君たちは私たちの生贄となり…今後、多くの者達に魔導国と敵対する愚かさを知ってもらう。その為に、私たちは君たちを殲滅後。王都に乗り込み、そこにある全ての物を瓦礫の山に変える。数千年後もそのままにして、未来永劫、魔導国にたてついた愚かさを語り継がせる。」

 

 

 示威行為にしてもやり過ぎだ。リリーシャは慄然とする。

 この骸骨には、文字通り血が流れていないのだろう。

 

 

 

「どうして、なのですか?」

「ふむ」

「魔導王陛下の力と知恵をもってすれば、そのようなことをせずとも、ご威光を知らしめることができるでしょう。何故。そのように狭量なのですか?」

 

 魔導王は、沈黙する。

 耐え切れず、リリーシャは口を開く。

 

 

「…魔導王陛下。貴方はただ。破壊と殺戮を行いたいだけでは?」

「違う。」

「ならば、何を狙っているのですか?何をリ・エスティーゼ王国に求めているのですか?」

「私が狙っている、求めている物はたった一つ。」

 

 

 一呼吸おいて、魔導王は告げる。

 

「幸せだ。私の大切な、守るべき者達の。」

 

 

 その言葉に、リリーシャは呆然とする。

 同じだ。この魔導王は。

 

 自分も。父の派閥の、家臣とその家族、仲間、友人。そういった守るべき者達の大切な命と幸せを守るために、伯父をはじめとした王党派の将兵の命を奪った。

 

 18万の命は奪っていないが…。これは、数が多い少ないという話ではない。

 

 

「魔導王陛下。貴方は、生前…人間だったのですか?」

「さて、どうだろうな…。」

 

 

 

「陛下。貴方は、自分たちの幸せのために、他人の幸せを踏みにじってもいいというのですか?幸せの為なら、他者の幸せを奪ってもよいと!」

「当然じゃないか!私の大切な者達が幸せになるためなら、それ以外の者などどうなろうと構わない。他にも方法はあるが…簡単に幸せになれる方法があれば、私はそれを選ぶ。君たちだって、自国の民の幸せと引き換えに、他国の者達が苦しむとしたらどうする?幸せを諦めろ、と言うのか?」

 

 ザナックもリリーシャも叫ぶ。

 

「「極論だっ!!」」

 

 思わずハモったため、顔を見合わせる。ザナックの顔を見た事で、リリーシャは冷静さを取り戻す。

 

 この魔導王の考え方が…余りにも動物的すぎる。貴族としての教育を受ける事無く皇帝になった男、オリバー・クロムウェルを連想するリリーシャ。

 

 確かに魔導王の立ち振る舞いは、王としての貫禄を感じる。だが、彼は王族としての教育など、受けていないのではないか?

 

 

「…失礼しました。陛下」

 

 リリーシャも頭をさげる。

 

「気にすることは無い。二人とも顔を上げるといい。」

「…なるほど。自国の利益を追求し、自らに従う者を幸せにする事こそ、上に立つものの役目と言えます。降伏を認めない理由も、わかりました。もはや、どうしようもないという事が。」

「さて。この後、君を殺すわけだが。ここまで話した仲だ。君ぐらいは、出来るだけ優しく殺すとしよう。」

「負けるつもりはございませんが…そうして下さるとありがたいです。」

 

 

 

 その後、ザナックは水を一気に飲み干して告げる。

 

 

「美味しかったです、陛下。」

「それで、トリステイン王妃殿はどうされる?」

「…ザナック王、途中までご一緒してもよろしいでしょうか?」

 

 

 

 死にゆく者に、リリーシャは敬意を払いたかった。

 

 

 

―――――

「ザナック王、貴方は、リ・エスティーゼをどうしたかったのですか?」

「…俺は。リ・エスティーゼ王国をまともにしたかっただけだったんだがなぁ…。所詮俺は。王には向かなかったという事か。」

 

 

 そんなことはない。貴方は立派な王だ!志があって、それを行えるだけの才覚がある!ここまで悪条件が重ならなければ、状況は変わっていた!

 あふれる思いを口に出そうとしたところで。

 

 

「殿下!魔導王はなんと!」

 

 複数人の貴族がやってくる。少ない、リリーシャはそう感じた。その上、彼らからは以前の会議の時にいた貴族のような凄みも気品も無い。

 これが、次期当主が死んで繰り上がった貴族たちか…。

 

 

「魔導王はこちらを皆殺しにするつもりだ。交渉の余地はない。」

 

 

 天幕に入ると、一人の男がいた。

 

 

「お帰りなさいませ、余り良い話では無かったようですね…。」

「予想通りの話だった、という事だ」

「そうですか…。魔導王はどれほど邪悪な化け物でしたか?」

「外見は確かに化け物だったが…。思ったよりも人間味があった。中身は普通の人間と、同じだ。それで、作戦はどんな風に上がっている?」

「作戦も何も。先の戦いで多くの貴族を失いましたからな…。」

 

 

 あの魔導王を倒すにはどうすればいいのか…アンドバリの指輪を使って、無力化するしか…。

 いや、それよりも。此度の戦争の元凶ではあるが、ランポッサ陛下が首を差し出してでも守ろうとしたフィリップは何処に?

 

 そんな事を思ったリリーシャの耳に、兵士の悲鳴と倒れる音が聞こえる。

 

 

 ここはザナック陛下の天幕。

 ああ…なるほど。

 優しく殺す、というのはこういうやり方か。暗殺とは、随分と『優しい』事だ。

 

 

 そう思っていたリリーシャの目の前に現れたのは、リ・エスティーゼ王国の貴族達。その剣から、血がしたたり落ちている。

 目の前の光景が信じられず、いや、信じたくなくて。

 

 リリーシャの思考が、停止する。

 

 

 

「殿下、おとなしくして下さい。」

「我々は、御身を差し出して、魔導王に降伏して忠誠を誓います!」

 

 リリーシャは唖然とする。

 何を言っている?交渉の余地はない。今更降伏を受け入れられるなら、ランポッサ王が首を差し出そうとした時点で受け入れている。

 

 開戦直前で、主君の首をもって降伏?自分ならそんな連中の降伏は受け入れない。そんな連中はこちらが不利になれば、今度は自分の首をとって降伏するに決まっているのだから。

 

 

「お前たちなりに生き残るために必死ということか。だが…!」

 

 ザナックは剣を抜く。

 

「俺は、王家の人間として戦う覚悟がある!命を失っても構わない者だけかかってこい!」

 

 

 怯む貴族達にたいし、ザナックはさらに口を開く。

 

 

「どうした、この首を!取れるものならば取ってみるがよい!!」

 

 

 

 貴族が合図をすると兵士が前に出てくる。

 

 覚悟を決めた王族に対して、主君殺しを自分の手ではなく部下にやらせる。

 

 『主君殺しは犬にも劣る』

 そんな格言がある程、主君殺しが忌み嫌われるハルケギニアで生まれ育ったリリーシャの中で、ナニカが音を立ててキレた。

 

 

 

―――――

「リリーシャ王妃!止まってくれ、俺は!王家の人間としての責務を!」

「主君を殺そうとするものを率いて、勝てる戦いがあるなら教えて頂きたい!」

 

 

 裏切った貴族、否。あれを貴族と呼称するのは貴族に失礼、貴い賊と書いて貴賊と記すべきだ。

 

 貴賊とその手勢をエア・トルネードで吹き飛ばし、そのまま逃亡を開始。

 ザナックとともに二人乗りで、リリーシャはひたすら馬を走らせる。が。

 

 突然、馬が嘶き立ち止まる。

 

 

 

 何事か、と周囲を警戒するリリーシャの目の前に、魔導王アインズ・ウール・ゴウンが空中から降り立つ。

 

 

 

 

「…逃がしはしない、私の大切な、守るべき者達を『幸せ』にする為に。君たちには犠牲になってもらう。」

 

 

 リリーシャは呪文を唱える。知識でしか知らず、自分では発動できないはずの魔法。だが。

 

 大勢の命を奪い、王都を滅ぼして逆う者に知らしめる、という過剰過ぎる示威行為をする魔導王への怒り。

 祖国をまともにしたかったという想いを胸に、覚悟を決めた主君に殉じるどころか…主君殺しを目論み、しかも部下にやらせようとするリ・エスティーゼ王国貴賊に対する怒り。

 何より。

 

 このような状況でありながら…『国をまともにしたかった』という信念を持っているザナックを死なせたくないという想い。

 内戦前でライン。内戦を経てトライアングルメイジになったリリーシャは。溢れ出る感情に身を任せ、その魔法を詠唱する。

 

 

 ハルケギニアの系統魔法は、メイジの感情の強さによって威力が変わる。また、余りにも強い思いは…時に発動すらできないはずの魔法でさえ、発動を可能にする。

 

 

「ユビキタス・デル・ウインデ!風は…偏在するッ!」

 

 四人に増えたリリーシャは、それぞれ詠唱を開始する。

 

 

「トリステン王妃。この魔導王に魔法で挑むか…ならば、我が力を見るがいいッ!ライトニング!」

 

 囮として前に出ていた偏在リリーシャの一人が撃ち抜かれ、消滅する。

 

 

「エア・ハンマー!」

「エア・スピアー!」

「エア・カッター!」

 

 

 風魔法の三連打。それでも、魔導王の足元に穴をあけ、その態勢を崩し、ローブの裾に切れ込みを入れるのが精一杯。

 

「甘い、温い、浅い!受けよ!ファイヤーボール!」

「っつ!エア・ハンマー!」

 

 

 偏在リリーシャはそれをエア・ハンマーで空中にはじき飛ばす。

 

 

「何ぃ?!」

 

 驚愕の声を上げる中、もう一体の偏在リリーシャがウェブを魔導王に放って、動きを封じる。

 

「むうっ、これはっ!小癪な手をっ!」

 

 その間にリリーシャはフライで虚空に飛び、弾き飛ばされたファイヤーボールをエア・ハンマーで魔導王にはじき返す!

 

 

「ぐわああああああああっ?!おのれぇ!」

 

 

 業火に包まれ、魔導王アインズ・ウール・ゴウンが雄たけびを上げる。

 リリーシャは降り立ち、呪文を詠唱する。

 二人の偏在リリーシャも詠唱を開始。魔導王の左右へ回り込みながら、魔法を完成させる。

 

「「エア・トルネード!!」」

 

 炎を振り払った直後の魔導王の左右から、風の竜巻が押し寄せる!

 

 

「ぐっ、侮るなっ!この魔導王、アインズ・ウール・ゴウンを!」

 

 左右から迫る風の渦。亜人でも巻き込まれれば体を引きちぎられて死ぬ。にも拘わらず、魔導王は耐える。

 

 決定打を与えるべく、リリーシャはブレイドを完成させ、魔導王アインズ・ウール・ゴウンの腹部にある謎の「赤い球」を狙う。

 そこが急所なのか、回避しようと無理に体を動かす魔導王。

 

 

「ディメンジョナル・ムーブ!」

 

 

 魔導王の左右の小指が嫌な音を立ててへし折れる中。未知の魔法を完成させた魔導王は、数歩分の距離を取ってリリーシャの一撃を躱す!

 

 初見の魔法に驚きつつも、エア・トルネードが交差して乱れた気流に風を纏いつつ、身を任せて潜り抜け、そのままブレイドでリリーシャは斬りかかる!

 アルビオンの内戦、という猛き風に鍛えられたリリーシャの執念の一撃は。

 

 魔導王アインズ・ウール・ゴウンの左頬に『傷をつける』。

 

 

 再びディメンジョナル・ムーブで距離を確保した魔導王は、ゆっくりと手を上げ、頬に触れる。

 

 

「あ、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下が手傷を?!」

 

 

 駆け付けた魔導王国宰相、アルベドが傷を負ったアインズを見て、驚愕。

 

 そんな彼女を、魔導王は手で制する。

 

 

 偏在のリリーシャ二人がリリーシャ本人の傍に駆け付け、杖を構える。

 

 

 

「…なるほど…いささか、見誤って居た…。ならば、我が全力を見るがいい!そして、世界の高みを知れ!受けよ、我が魔導の深淵!チェイン・ドラゴン・ライトニングッ!」

 

 

 放たれる白い雷撃魔法が、リリーシャに襲い掛かるが、偏在リリーシャ二人が盾となって庇う!

 

 

 間一髪、リリーシャ本人はフライで回避しきれたが…。

 フライ、で飛んだ魔導王がリリーシャの目の前に立ちふさがる。

 

「今のを躱すか、優秀だな。だが…ここまでだ!見よ、我が魔導の神髄を!ヘルフレイムッ!」

 

 

 魔導王の小さな炎がリリーシャにぶつかると、黒炎がリリーシャを包み込み、天まで焦がす勢いで燃え上がる!

 

 

 

―――――

 偏在は全て消滅。精神力も尽きてへたり込み、肩で息をするリリーシャ。

 そんなリリーシャを、魔導王アインズ・ウール・ゴウンが冷たく見下ろす。

 

 

 万策尽きた…あの炎を受けて意識があるのは始祖ブリミルのご加護以外の何物でもない。かくなるうえは、ザナックだけでも。

 

 振り返ったリリーシャの目に、傭兵に殺されるザナックの最期が映る。

 次の瞬間、魔導王アインズ・ウール・ゴウンの動きも、貴賊も傭兵の動きも止まる。空中にいた蝶ですら、動かない。

 

 

『自分の家臣に『数奇な運命に導かれし単なる者』は殺された。単なる者よ。あの者は、その時の記憶を持ってこの地に赤子として生誕した。幼少期は記憶が混乱していた…』

 

 水の精霊の声が聞こえる。

 これが、貴方の数奇な運命か。家臣の反逆で命を落とした事が。

 

「ザナック……私だけは、どんな事があっても、貴方の味方…」

 

 

 強烈な睡魔に襲われ、リリーシャは意識を失う。

 

 

 

―――――

「…ここ、は」

「お目覚めですか?」

「…モンモランシー嬢?ここはっ…ラグドリアン湖…か。」

「湖面に触れてからずっと意識が無くて…。大丈夫ですか?」

「……心配をかけた。済まない。水の精霊よ。あれが、ザナックの数奇な運命なのですか?」

 

 

『如何にも。単なる者よ、汝が今見たのは、『数奇な運命に導かれし単なる者』の記憶を下に、我が再現した物。かの者の本当の強さは、今の比ではあるまい…。』

 

 あれよりも、強い敵…。なんと恐ろしい。

 

 ザナックは、元々リ・エスティーゼ王国の第二王子で、その国をまともにしたかった。様々な不運や悪条件が重なり…魔導国という強力な妖魔相手に物資を強奪出来る辣腕、否。

 

 『辣腕っぽいナニカ』という武闘派貴族、フィリップのせいで全面戦争になり死亡。

 死後、ザナックの魂はヴァルハラでは無くハルケギニアに送られ、その結果、トリステイン王家に生まれた…。

 

 そんな事を成し得るのは、神か始祖ブリミルのどちらか。

 つまり。ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフがトリステイン王家に生まれたのは、神か始祖ブリミルのご意思。

 

 

「感謝します、水の精霊よ。私の迷いは晴れました。」

『であれば、行くがよい、単なる者よ…。我はあの記憶を用いて、秘宝を守ることにする』

 

 リリーシャの迷いは、完全に晴れた。

 それが、神か始祖ブリミルのご意思であれば。自分は今まで以上にザナックを支えれば良い。

 

 

 となれば、まずするべき事は…。

 

「この度の事は、他言無用だ。」

「わかりました。王妃様。」

 

 

 その場にいた人物にくぎを刺した後。

 

「貴女の二つ名は…」

「はい、香水です。」

「では一つ、香水が欲しい。」

「すぐに、ご用意いたします!」

 

 リリーシャは双月を見つめながら、歩き出す。




リリーシャは内戦前はライン、内戦を経てトライアングルメイジになっています。
今回は想いの強さがあって偏在が使えました。

アインズ様のスキルと使用可能魔法をザナックが全部把握していないので、本人と比べると大幅に劣化しています。


今回、アインズ様に偏在を使わせようかな、と思いましたが。
『アインズ様が四人に分裂して襲い掛かってきた!』という字面が狂っているので没にしました。笑える。


フィリップに対する認識は、第三者視点で情報が限られており、かつフィリップの心情を知らないければこういう貴族だと思うかと。
大勢の農民兵の死、強国の食料輸送部隊を襲撃、そんな首謀者を自分の首を差し出してでも庇う国王。ここから導き出せる答えは少ないのでは?


次回は、ゲルマニアの動向と、復興が始まったアルビオンについても触れます。
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