トリステイン王子、ザナック!   作:交響魔人

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ヴァリエール公爵家、ゲルマニアとアルビオンの動向

 ド・モンモランシ伯爵家の客室。そのベッドで熟睡していたザナックは、目を覚ます。

 よい朝だ。懸念事項が片付き、久々にぐっすりと眠れた。何より、これでトリステインが水没する事は無くなった。

 

 ふと、右隣に目を向ける。薄めの毛布に包まれた膨らみがある。なんだろう、これは。寝る前には無かったはずだ。程よく温かい。

 寝起きで少しボーっとしているザナックは、右手を伸ばして膨らみに触れる。

 

 極上の手触りだ。右手の指が、食い込む。それでいて、弾力があって弾き返される。

 その膨らみはもう一つあるようだ。体を起こしてそれに左手で触れる。こちらも素晴らしい手触りだ。

 

 

 小さく甘い声が聞こえたことで、ザナックの脳が活動を始める。まさか、この中身は…

 

 膨らみを包んでいる毛布を外すと、さらりと銀髪が流れる。

 ほんのりとほほを染め、上目遣いのリリーシャがいる。

 

 数秒、目が合う。

 

 

「ね…寝るところを間違えたか?」

「大丈夫。私が潜り込んだだけ。」

 

 大丈夫じゃない…結婚しても、三か月は体を許したりしない。ハルケギニアの高貴な身分ではそういう風習があるはず。

 

 というより、仰向けなのにほとんど形が崩れず…胸がアルビオンの方向に向かっている。何故だ?アルビオン人だからか?

 白いフリルのついた可愛らしい下着をつけている。ザナックは寝起きという事もあって錯乱する。

 

 そんな中、リリーシャは起き上がってザナックに体ごと向く。

 

「…もっと触りたい?」

 

 胸の下で腕を組み、谷間を見せつけながら誘惑するリリーシャ。何故、急に好感度が上がっているのかわからない。

 ザナックは目をつむって深呼吸する。毛布をかぶって汗をかいていたリリーシャの匂いと、知らない香水の香りが、朝の空気と混ざってザナックの鼻腔をくすぐる。

 

 ザナックが眼を開き、両手を伸ばしたところで。

 

 

 不躾なノックが響き渡る。

 

「失礼します、ザナック陛下。朝食の準備が整いましたわ。」

 

 客間から現国王だけでは無く王妃も出てきて、一瞬『お楽しみを邪魔したか?』とモンモランシーは焦ったが、何も言われなかったことで安堵する。

 

 

 

―――――

 ヴァリエール公爵は、ザナック陛下から送られた手紙と、オールド・オスマン学院長から送られた手紙を読んで頭を抱える。

 夫から手紙を渡され、内容を知ったカリンも、額に手を当ててため息をつく。

 

 

「ロマリア皇国からの情報と照らし合わせたところ、ルイズの系統が、虚無…。」

 

 

 長らく魔法が使えなかった、愛娘が魔法を使えるようになったことは喜ばしい。だが、それが虚無とは。

 

 

「甘い汁をすすろうという輩が、ロマリア皇国から兵を借りる旗印にルイズを利用する、ですか…。

女王に即位させた上で、ロマリアが聖戦を発動すればその旗印に差し出す事と引き換えに。」

「ワルドとの婚約が白紙になったから、婿を取らせようと思ったが…。」

 

 

 マリアンヌ太后が喪に服し、マザリーニ枢機卿がかろうじて維持していたトリステイン。

 そんな時にザナック王子が才覚を発揮し、上層部をまとめ、数年かけて根回しを行って街道整備事業を開始。

 それに伴ってトリステインは大きく成長した。

 

 

 アルビオン戦役の時も、自分は包囲して干乾しにすればいい。

 …いや、そもそもアルビオンへ侵攻するのは現実的ではないとされていたが…

 裏でガリア王国がレコン・キスタに資金援助をしていることを突き止め、その上で降臨祭までに落とせばガリアから大義名分を奪える。

 

 サウスゴータを差し出すような『空城の計』を看破し、ロサイスを割譲させ、モード大公の娘を娶った。

 よりにもよって何故その小娘を娶る?という想いはあるが…マリアンヌ太后が認めた以上、家臣として異論はない。

 

 

 今、トリステインはザナックの治世で纏まっている。それを馬鹿者が壊す?しかも、ルイズを利用して。

 許せる物ではない。

 

 

 しかるべき男と結婚させるつもりだったが…。ルイズを守れるだけの力があり、それでいてルイズを愛し、何より政治的に利用しない人物…。

 となると、とんと思いつかない。

 

 ヴァリエール公爵夫妻は、ザナックと面会することにした。

 

 

 

―――――

 ザナックを支持している派閥の重鎮は、この日。トリスタニアに集まっていた。

 ザナック陛下から直々に話があるという事だ。

 

 

「レコン・キスタの残党か、あるいは不穏分子のあぶり出しといったところか…。」

「いや。ゲルマニアとの同盟は維持され、アルビオンが片付いた。となればガリア、ロマリアとの交渉かもしれぬ。」

「街道整備事業の残りでは?外憂は払った。」

「結婚式の準備だろう。巫女も決めねばならない。」

 

 

 

 そんな中、ザナックが正妃を連れて姿を見せる。

 それだけで、全員が静まり返る。

 

 

「集まってもらったのは、他でもない。我が国で、虚無の担い手が現れた。」

「…アンドバリの指輪は返却されたのでは?」

「本物だ。王の庶子であるヴァリエール公爵家の三女、彼女だ。」

「な、なんと!」

 

 

 一斉にトリステイン王国上層部の面々に見つめられ、ルイズは怯える。

 

「これが、水のルビーと始祖の祈祷書だ。この指輪を嵌めて始祖の祈祷書を開くと、虚無の担い手であれば読める。見ての通り、私には何も反応しないが…」

 

 

 ザナックがルイズに指輪と祈祷書を手渡し、ルイズが指輪を嵌めて、始祖の祈祷書を開くと光がほとばしる。

 その輝きに、トリステイン王国上層部の重鎮達も、言葉を失う。

 

 

「ほ、本当に…ルイズが?」

「そういう事だ。さて、虚無の担い手という、トリステインの正当な王位継承者が判明してしまった訳だ。」

 

 

 やや沈黙が流れる中、ウィンプフェン伯が前に出る。

 

 

「ザナック陛下。ヴァリエール嬢に王位を譲るつもりですか?」

「ヴァリエール嬢は拒んだが、その父親が望むならば話は別だ。ヴァリエール公爵、これは簒奪ではない。貴方の娘は、虚無の担い手。これは正当な王位継承を主張できる立場だ。」

 

 今度は、トリステイン王国上層部の視線がヴァリエール公爵に向けられる。

 娘と違い、泰然と受け流すヴァリエール公爵。

 

 

「…陛下。当家は、長きにわたって王家にお仕えしてきました。今までも、そして、これからも。変わることはございませぬ。」

「良いのか。玉座を手に出来る絶好の機会だぞ?」

「私は、老いました。もはや名誉と誇りと忠誠だけを守る生き方以外、できませぬ。」

 

 

 今まで、裏切ることなく忠勤に励んできた大貴族。今後を考えても重用できる人物。

 だが、ザナックには懸念事項がある。アンリエッタがルイズにした『お願い』の内容が公開されてしまう事とは別に。

 

 

「ヴァリエール公爵。これまでの忠義、そして今後の忠誠も疑うつもりは無い。だが、ヴァリエール嬢の夫はどうだ?虚無の担い手であることを知れば、ヴァリエール公爵家とロマリア皇国を後ろ盾にして玉座の簒奪を目論まないという保証は、どこにある?懸念事項がそこだ。その者が、私よりトリステインを良い方向に導けるならともかく…。」

 

 

 ザナックは、一拍おいて唇をなめた後に告げる。

 

「そのような売国奴に、トリステインを導けるとはとても思えない。」

 

 

 

 ルナ・ローゼンクロイツに、「トリステインを良い国にしたい」と伝えた。そんな自分を凶刃から庇って、彼女は死んだ。

 ルイズがトリステインの正当な後継者というなら、譲っても構わない。だが、その者がトリステインを食い荒らすというなら、内乱になったとしても阻止する。

 

 生者は意見を変えられるが、死者の想いは変えられないから。

 

 

 ザナックが最大の懸念を伝え、沈黙が流れる中、一人の軍人が声をあげる。

 

 

「ザナック陛下!私に妙案が浮かびましたぞ!」

「ド・ポワチエ元帥?」

「ヴァリエール嬢を陛下が娶れば良いのです!」

「…それには、大きな問題があってだな…。」

 

 

 

 ザナックはルイズを見つめ、ルイズもザナックを見つめ…。ややあってルイズは首を横に振りながら告げる。

 

「無理です。」

「る、ルイズ?!陛下に向かってなんて無礼なっ!」

「よい。ヴァリエール公爵。私も彼女を娶るのは少々懸念事項がある。」

 

 

 現国王にたいして、あるまじき発言が飛び出す。

 慌てるトリステイン王国上層部と、内心ホッとするリリーシャ。

 

 ルイズがザナックに嫁げば、ヴァリエール家の令嬢という事実に加えて虚無の担い手という、正当性としてはこれ以上ない程の王妃となる。

 そうなれば王族でありながらレコン・キスタに参加した経歴がある自分など、見向きもされなくなる。

 

 

 ザナック個人としても、虚無の担い手という王妃が居ては権威として自分が軽んじられる。

 筆頭貴族のヴァリエール家の当主が『外戚』まで得ては、国内が二分される恐れもある。

 

 本人にその気が一切なかったとしても…第三者が見過ごすとは思えない。

 あのバルブロでさえ、笑いながら『不和』という名の火種をまき散らし、『憎悪』という薪をくべるぐらいは思いついて実行するだろう。

 

 

「と、いうわけだ。ロマリアからは、虚無の担い手を見つけたら情報を提供するように求められているが…。」

「虚無の担い手、となればエルフとの戦いでは最前線ですな。」

 

 

 ウィンプフェン伯がつぶやくと、ヴァリエール公爵が怒りに顔をにじませる。

 

 

 

「娘は大砲や火矢ではない!」

「…虚無の担い手は四人いるという。ロマリアではすでに確認されているだろうから、これで二人…。ガリアは不明だが…。」

 

 ザナックの視線が隣に向き、リリーシャは口を開く。

 

「アルビオンでも、聞いたことが無い…。」

「四人の担い手、四体の使い魔、四つの秘宝と四つの指輪が必要だと、ロマリアから伝えられた。」

「風のルビーは現国王及び王位継承者が身に着けるのが習わし。始祖のオルゴールは財務卿である父の…?!」

 

 

 そこまで思考が及んで、リリーシャは愕然とする。

 即座に立ち上がって、ザナックの両肩をリリーシャはつかむ!

 

 

「ザナック!虚無が未来永劫復活しなくなったかもしれないわ!」

「今すぐアルビオンに書状を送って、事情を説明!始祖のオルゴールと思わしき物を見つけ次第、ヴァリエール嬢の下に送って確かめさせるぞ!」

 

 

 今後、自分の所にオルゴールが次から次へと送り込まれる事が確定したルイズは、ほほを引きつらせる。

 

 

「陛下!水のルビーと始祖の祈祷書はどうなさるおつもりですか?ヴァリエール嬢に持たせて虚無魔法を習得させた方がよろしいのでは無いでしょうか?」

「そうだったな。ヴァリエール嬢、しばし水のルビーと始祖の祈祷書を『貸与』する。可能な限り虚無魔法の習得に努め、写本を執筆せよ。」

「は、はいっ!」

 

 

 大変な使命を受けたが、それでも気丈にルイズは返事をする。

 

 

「国宝を貸すというのは…。何かしら理由が無ければ騒ぎ立てる者が出かねませんぞ?」

「虚無の担い手であることを隠して、か。」

「何か思いつかんか、ウィンプフェン伯。」

「そういうな。城や敵陣地の攻略であれば方策は思いつくが、この手の問題は専門外だ。デムリ卿、何かないか?」

 

 デムリ卿はやや考えた後、口を開く。

 

 

 

「陛下。始祖の祈祷書は代々、トリステイン王家の結婚式において、詔を読み上げる際に用いられます。ヴァリエール嬢に、巫女の役割を与えてはどうでしょう?そうすれば、始祖の祈祷書を預かっていても当面問題は無いかと。」

「当面はそれで良いが、その後はどうする?」

「虚無魔法の研究者に任命してはどうでしょう?そうすれば国宝を貸与する名分は立ちます。アカデミーに部門を立ち上げればよろしいかと。」

「エレオノール女史は、アカデミーの研究員であったな。それで進めよう」

 

 

 デムリ卿は、そのための方策をどうやって違和感なく行うか考えをめぐらす。

 マザリーニが咳払いをしたことで、ザナックは目を向ける。

 

 

「マザリーニ枢機卿。どうした?」

「……枢機卿としての立場であれば、ヴァリエール嬢が、始祖の祈祷書の『写本』を作る事は反対せざるを得ません。」

「だが、世の中には始祖の祈祷書が数多く出回っているのだろう?」

 

 

 オールド・オスマンが、リリーシャが頷く。

 

「その中の一冊、という事に出来ないか?そうすれば、今後虚無の担い手が現れても国宝を二つ貸し出す必要がなくなる。」

「ザナック陛下!始祖ブリミルが、手順を踏まねば読めないようにしたのには我々では及びもつかない深いお考えがあります。それを蔑ろにするのは枢機卿として戴けませんな。」

「マザリーニ枢機卿。黙っていてくれるならば、今この場で始祖の祈祷書の序文を聞かせよう。」

 

 その言葉で、マザリーニ枢機卿は膝から崩れ落ちて、苦悩する。

 敬虔なブリミル教徒であるマザリーニとしては、始祖の考えを蔑ろにすることには反対だが、一方で「始祖の考え」を聞ける千載一遇の機会という魅力はあらがえない。

 

 

 そんなマザリーニ枢機卿を見ながら、ルイズは思う。

 

 自分は普通のメイジになりたかっただけなのに、いつの間にかエレオノール姉さまと同じアカデミーの研究員として、始祖の祈祷書の写本を作る傍らで。

 アルビオンから送られるオルゴールの精査も行わなくてはならなくなりつつある。

 

 どうしてこうなってしまったのか。座学で一位の才媛は、思考をめぐらすが…。答えは出なかった。

 

 

 

―――――

 ヴィンドボナの高級酒場にて。

 多くの男たちが集まり、思い思いに杯を傾ける。

 

 

「ゲーレン殿下。うまくいきましたな。」

「そうだな。」

「親トリステイン派のカースレーゼがアルビオン領となったサウスゴータ太守に任じられた以上、次の皇帝は…。」

「カースレーゼは弟だ。呼び捨ては感心しないな。」

「これは、失礼いたしました。」

 

 

 派閥の無礼を咎めつつも、口元に笑みを浮かべるゲーレン第一皇子。

 初代太守は誰にするか、という事はかなり揉めたが…。ゲーレンは弟が太守になるよう策謀を巡らした。

 最大のライバルがアルビオン領へ行ってしまえば、ゲルマニアを掌握する事は容易い。

 

 

「ところでゲーレン殿下。そろそろ妻を娶られては?」

「おお、その通りですぞ。一国の皇帝になられる以上、奥方がおられねば軽く見られます。そういえばどこかの冴えない小太りも娶ったそうで。」

 

 その言葉に、追従するように笑う面々。

 同時に、ゲーレンは忌々しい事を思い出す。会談は父が主導権を握っていて発言できなかったが…。

 発言権があれば、リリーシャ・モードを自分の妻に差し出せと命令したかった。

 

 あの冴えない小太りが、容姿端麗で発育の良い美女を娶るなど身の程知らずが!いずれはどちらが上か思い知らせてやる。

 

 暗い衝動を胸に秘めたゲーレンは、ここに来ている大貴族の一人に目を向ける。

 

 

 

「それもそうだな。ツェルプストー辺境伯!」

 

 名前を呼ばれた事で、会合に顔だけ出しに来ていた辺境伯は友人に軽く会釈をすると、ゲーレンの下へ歩いていく。

 

 

「どうされましたか?」

「確か、貴公の娘は婚期を迎えていたな?」

「はい。18歳になります。」

「どうだ。皇室に入れるつもりは無いか?」

 

 

 ピタリ、と動きを止める辺境伯。

 

「殿下。娘の意思を確認しない事には返事は致しかねます。何せヴィンドボナの魔法学校を中退して、今はトリステインの魔法学園に在籍した気の強い娘でございます。」

「それほど気が強いのか。是非とも会ってみたいものだ。」

 

 

 失敗したな、とツェルプストー辺境伯は内心ため息をつきたくなる。ヴァリエール家が従軍した以上、トリステイン王国はザナック王により掌握されていると見ていい。

 正直、目の前の好色で強欲、その上、自分にとって都合のいい話しか信用しないゲーレン如きでは相手にならないだろう。

 

 ゲーレンに皇帝としての資質は無いとみているが…カースレーゼ皇子が反ガリアを掲げている以上、反トリステインのゲーレンを支持するしか彼に選択肢は無かった。

 

 

「辺境伯。ゲーレン殿下がお会いになりたいというのに、それを拒むおつもりか?」

 

 ジロリ、と一にらみすると腰巾着はひぃ、と言って後ろに下がる。

 

「お話は通しておきます。ゲーレン殿下。何せ家出している最中ですから。」

「そうか。期待している。」

 

 

 

 

―――――

 同時刻。ヴィンドボナにある、高級店の個室にて。

 一組の男女が、向かい合って食事をとる。

 

 

 

「アルビオンの初代総督就任、おめでとう。カースレーゼ。」

「総督府はサウスゴータに置くことも決定したが…余り、いい気分では無い。」

「あら。これで皇帝にはなれなくても、塔に幽閉される可能性はなくなったでしょう?」

「父上は、ゲーレン兄上を次期皇帝にしようと思っているのだろう。」

「反トリステインの旗頭の、ね。」

 

 火竜の横隔膜をミディアム・レアで焼き上げた分厚いドラゴン・ステーキをナイフで切り、あふれる肉汁と濃厚なソースとともに咀嚼するカースレーゼ。

 飲み込んだ後、真っすぐにアーナルダを見つめる。

 

「…勝てると思うか?ザナック王とリリーシャ王妃に。どちらか片方でも荷が重いと思うが。」

「カースレーゼこそ、ガリア王ジョゼフに勝てると思っていたの?反ガリアの筆頭だったけど。」

「ふっ。3年前であれば、ヴェルサルテイル宮殿のグラン・トロワまで攻め込んでゲルマニアの旗を立てる自信があった。アルビオン戦役前、ザナック王からの親書を受け取るまでは…イザベラ王女の身柄を抑えれば、ガリア王と交渉出来ると言い聞かせることが出来た。今では、とてもそんな大言壮語は出来ない。」

「イザベラ王女が好きだったの?」

「…そうだ。」

「だったら、なんで反ガリアを掲げていたの?」

「ガリアの王女が、俺と政略結婚してくれるわけが無いだろう。戦勝国として要求すれば可能性はあった。それ以外には、ゲーレン兄上以外の選定侯の支持を取り付けておきたかった。」

「納得。」

 

 緑豆で作った薄皮に白身魚、エビ、カニ肉が、それぞれ包まれているゲルマニア料理。色鮮やかに緑色の薄い皮を透して赤や白が映える。

 その一つを、酢と香料につけてから口に運びつつ、アーナルダは頷く。

 

 

「頼みがある。」

「引き受けるわ。内容次第で。」

「トリステインと事を構えるなら、ザナック王が亡くなった後にするよう働きかけてほしい。」

「…努力はするけれど。トリステインが祖国を征服出来るとでも?」

「それは無い。国土が10倍違うのだから。だが、今のトリステインに領土を割譲してしまうと…発展に大きく寄与してしまう。今は避けるべきだ。」

「だから喪に服している所に付け込めと。備えはしているでしょう?」

「備えをしているだろうが、備えをしている事で油断と隙が生まれるはず。攻めるのであれば、タイミングはそこだ。新しい王が立った後だと、体制が固まる。」

 

 色々話し合ったが、結局ザナックの相手をするのはゲーレン皇子だ。

 一抹の不安をかき消すように、兄妹は果実水を飲み干した。

 

 

 

 

 

―――――

 アルビオン大陸。

 

 粛清と反動から生じたレコン・キスタの内乱。

 その中にあって戦乱から離れたアルビオン北部などの辺境にて中立を保ち続けた貴族達は、新生アルビオン王国において重要な役割を担う。

 

 

 アルビオン統治に際して領土を切り取られたことで、アルビオン人の間で危機感は高まった。人員不足は深刻だが、領地も減った事で回っている。

 残った予備役は正規軍として再編成し、治安回復に努める事で治安は急速に回復しつつある。

 

 

 アンリエッタが窓から外を眺めると、戦争終結に伴い、軍役から外れたメイジが駆け回っている。

 

 土のメイジが土木工事の為に杖を振り、道路を補修する。

 火のメイジは鍛冶屋として金物を作る。

 水のメイジは癒し手として傷ついた人々を癒す。中には排水溝を整備している者も居る。

 風メイジは火災に巻き込まれ、炎で焼かれた事で漆喰が脆くなった石造りの建物を解体。

 その傍らで別の風メイジがレビテーションを使い、解体した石を運んでいく…。

 

 

「いかがでしょう、アンリエッタ王妃様。」

「ありがとうございます、オルン・ランスター公。貴方の助けが無ければ、ロンディニウム近郊の復興はこうも早く進まなかったでしょう。」

 

 

 即位式と結婚式。戦争の終結とアルビオンの再出発を行う重要な節目だったが、敗戦国のアルビオンに余力など無い。

 そんな王政府に、多額の資金と人員を提供するべくアルビオン北方に領地をもつ貴族、オルン・ランスター公が大勢のメイジと物資を持って訪れた。

 故にウェールズとアンリエッタの即位式と結婚式は盛大ではなくとも、見栄を張ることはできた。

 

 

 彼がロンディニウムに来ると聞いた、アルビオン王政府の閣僚たちの反応は冷たいものだった。アンリエッタが直接聞いたところ、彼ら曰く

 

『中立を名乗っているが、その実態は日和見主義。結局自分たちが貴族らしい生活を送れるなら国政がどうなろうと構わないという、事なかれ主義を寄せ集めた盟主。』

『寛大である事が始祖の御心に沿うと思い込んでいる上に、肉親の者を重用しすぎる田舎者。』

『大公様の直臣とその家族が保護を求めても、門前払いにした薄情者。』

『内乱時、国王陛下からの使者が来ても五男の病が気がかりと称し、加勢しなかった腰抜け貴族。』

『一連の動乱。武力で成り上がる機会はいくらでもあったのに、その好機を見逃し続け…今になって行動する優柔不断な蝙蝠。』

 

 

 双方から散々な言われようであったが…実際に接してアンリエッタは評価を改める。

 ジェームズ伯父上の粛清に加勢せず、かといって共和主義者にも加勢せず。

 動乱が収束した今になって、両派閥の言う『事なかれ主義』の貴族を説得し、金とメイジを集めて復興に協力している。

 

 

「何。こうして恩を売れば新政権において、私達の発言権は増しますからな。」

 

 肩幅が広くて大柄な壮年の男は笑いながら言っているが…内乱の間、事なかれ主義だったアルビオン貴族達と関係を深め、影響力を増して機会をうかがい。

 最善のタイミングで彼らを束ねて支援を表明した手腕を、アンリエッタは高く評価する。

 

「ありがとうございます。」

 

 

 本当によく頑張ってくれている。だが、再建の為に重要な拠点や領土がトリステインとゲルマニアに奪われている。

 

(粛清と内乱。敗戦による領土の割譲…今のアルビオンより、厳しい状況に見舞われた国は、ロバ・アル・カリイエにも無いでしょうね…)

 

 




香水のおかげでよい雰囲気になったのに、自分から台無しにするのがモンモランシークオリティ。

書いていて思いましたが、リ・エスティーゼ王国においてザナック王子との婚姻を求められた王国の貴族令嬢が「無理」と返したら、ランポッサ三世はどういう態度を取るのでしょうか?
激怒?それとも縁が無かったとあきらめるのか…?


ゲルマニア皇族は色々動いています。ゲーレンは「リリーシャを嫁にすれば統治下にあるモード大公派だった者たちの支援を得られる」とは考えていません。
「始祖の血を引いていて、美人で巨乳で髪が奇麗だから自分の傍において、ほかの男に見せびらかすアクセサリーにしたい」という程度の考えです。


アンリエッタが再建を始めました。かなりひどい目にあっているアルビオンですが、彼らは彼らで再建を始めています。
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