その生き様をルイズが見る事で「誇りが一番大事、命は二の次」という貴族的な価値観を変えさせるきっかけとなり、アンリエッタ誘拐事件の顛末で彼女を「王女」から「女王」へと成長させる、というのが物語における役割。
もしもニューカッスルで覚悟を決めた原作のウェールズとアインズ様が出会ったら、ザナック同様にウェールズも高く評価するでしょう。
…あれ?ザナックもウェールズも、王族として死ぬ覚悟を決め、最期は裏切者の手にかかって死ぬところまで一緒…?裏切者とはいえ、ワルド子爵のほうが『大隆起を阻止する』という目的があるだけ、自分と家族の保身に走った王国貴族よりはるかに上等ですが。
アルビオン政府とマルシヤック公爵から、共和主義者の敗残兵がトリステイン領に割譲された砦を攻め落として立てこもったため、トリステイン本国から兵士、特に士官を借りたいという要請が来た。
トリステイン王国の統治だけでなく、海外領土となったアルビオン領の統治も関わってくるため、必然的にザナックの政務は増えている。
ロマリアの暗部ということであれば、ルイズを傀儡に自分の退位を迫っても不思議ではない。
相手は、6000年前の偉大なる始祖のみが操れる虚無の担い手という権威。それを前にして、どれほどのトリステイン人が自分の側に立つ?
支持基盤があっても安心出来ないザナックの頬に、温かい手が添えられる。
「…リリーシャ?」
「貴方は、もう一人では無い。私も居る。」
「そう、だな。」
「それに。ルイズが虚無の担い手という事を知っても、貴方を支持する基盤は確立されている。何より、ルイズは王位を望んでおらず、実家も簒奪の意思はない。」
「…ありうるのがロマリアだけ、か…。」
「送り込む士官だけど、ニコラ軍曹はどうかしら?」
「そうだな。他には…。」
事態を打開すべく、二人は即急に行動を開始する。
マルシヤック公爵の手腕は知っている。足りない人材を送れば、アルビオンの問題は片が付く。
自分たちは、ロマリアとガリアの案件を最優先で処理すればいい。
そう思っていた彼らはこの日。ほぼ片付いたと思っていたアルビオンの問題が終わっていなかったことを思い知る事になる。
―――――
「ウェールズ王が来訪?」
「はっ。それも極秘に会いたい、特にリリーシャ様が御病気だろうと関係ない、必ず出席して欲しいと。」
意図を計りかねるザナックだが、会わないわけにはいかない。
共和主義者の残党など、もはや大した力は無いと思っていたが…。
柔和な笑みを浮かべているが、冷え冷えとした眼をしているウェールズの後に続いて入り、ディテクト・マジック、さらにはサイレントを唱えるアンリエッタに非難の目を向けるザナック。
元トリステイン王族でも、今はアルビオン王妃だ。昔と同じように奔放な事をしてもらっては困る。
フードを被っている人物がいるが、何者だ?
ウェールズは口を開く。
「この度は、急な訪問をして申し訳ない。」
「構わぬ。こうしてやってきた以上、何かあったのだろう?早速本題に入ってくれ。」
「二つある。一つ目は、始祖のオルゴールが見つかった。」
「良い知らせだな!それでもう一つは?」
「虚無の担い手が見つかった。」
「何?ジェームズ伯父上か、モード義父上の隠し子でも見つかったのか?」
「ああ。親愛なるモード叔父上の隠し子が見つかった。」
リリーシャが席から立ち上がってにらみつける。
「でたらめをっ!私に妹は居ない!」
「ティファニア・ウェストウッド嬢、です。お兄様。そして彼女は…ハーフ・エルフです。」
フードを取った人物の耳を見て、ザナックとリリーシャの動きが停止する。
口元には笑みを浮かべ、目つきだけは途方もなく冷たい眼で、ウェールズはリリーシャを睨む。
「親愛なるモード叔父上の真相がこうだ。エルフのジャジャルという女性と恋に落ち、彼女が生まれた。父上はそれを知って、親愛なるモード叔父上に処断するよう通達するが、それを拒否した。エルフと敵対しているアルビオン国王の弟がエルフとの間に子を為していたなどと知れたら大問題。アルビオン王室の権威は失墜し、ロマリアが介入してくる。だからこそ、父上は親愛なるモード叔父上を処断した。」
呆然とするリリーシャだったが…夢遊病者のように、ふらふらと歩み出る。
「貴女の、父親は…。なんて名前?」
「名前は、知りません…。父さんは大公様と、そう呼ばれていました…。」
アルビオンで「大公」と呼ばれていて、自分と同年代。計算が合う。合ってしまう。
「い、い、い…嫌ぁあああああああああああああああっ!父上っ!どうしてぇえええええ!!なぜ、なぜ、なぜぇえええええええええええ!!」
その場にへたり込み、どうしようもなく心が砕けてしまったリリーシャは、頭を掻きむしりながら絶叫を上げる!
薄々そうではないか?という予感はしていた。だが、よりにもよって、という思いと、自分が正しいと思ってしていた行動が誤りだった事実を突き付けられて、心が張り裂けそうになる。
杖を抜き、ブレイドを唱えて首をかききろうとするリリーシャを、ザナックはアース・ハンドで取り押さえる!
「死なせてぇっ!死なせてよザナックッ!私のッ、最期の頼みッ!」
「駄目だ!既に死ぬべき人間は死んでいる!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
王弟でありながらエルフと密通したモード大公も、それを処断したジェームズ前国王もこの世にいない。
ウェールズに罪はなく、勿論ティファニアにも罪は無い。
レコン・キスタに加担したリリーシャには今日のアルビオンの状況を作り上げた責任はあるだろうが、父親のモードがエルフと通じていたなど想像の埒外であり知らされていなかった以上、止めようが無かった事だ。
裁きを受けるべき人間は報いを受けている以上、これ以上の流血は無意味。ザナックは慟哭する嫁をなだめる。
ウェールズが杖を抜いてザナック達に一歩近づく。
「…まさか、僕の父上も死ぬべき人間だった、とは言わないよね?」
「弟への対処を間違えたからだ。」
次の瞬間、端正な顔立ちを憎悪に染めるウェールズに、アンリエッタが飛びつく。
ウェールズがザナックから聞きたかったであろう言葉は『ジェームズ王の判断が正しかった』という類の言葉だろうが…それを兄は言わないだろうという確証がアンリエッタにはあった。
何せ、ザナックとは十数年来の付き合いのある相手だ。
「だめっ、駄目ですっ!ウェールズ!お兄様を殺さないでぇっ!」
愛する人に抑え込まれ、ウェールズの理性が活動を再開し…杖を下ろす。
目の前で起きている惨事に、ティファニアはドン引きである。
荒い息を整えて、ウェールズは重々しく口を開く。
「…聞かせてくれないか?関係者を粛清して、全てを迅速に闇に葬る以外にどんな方法があるのか。」
「モード大公と直臣を集めた上で、エルフと通じていた事を伝える!直臣もエルフと通じていた事を知れば、主君の処刑も受け入れる!関係者を全員粛清する必要はない、その一件を口外すればアルビオン王家の威信が瓦解するとなれば、関係者全員が口を閉ざす!俺なら、そう対処する!真相を明かさず、処断したのが過ちだ!」
しばし、しばしの沈黙が流れる。
咄嗟にでた考えだったが…失敗したか?とザナックが内心冷や汗を流したところで。
「…父上が…エルフと通じていたと、その真相を知らされていたら…私も、レコン・キスタに加担はしなかった。復讐もあったが、それ以上に『真相』を知りたかったのが大きな動機だったから…」
「…対処を…間違えていた、か。君が。君がもっと早く…トリステイン王家ではなくアルビオン王族として生まれていてくれたら…。」
沈痛な表情のリリーシャとウェールズに対し、口元をゆがめてザナックは告げる。
「たらればの話をしても仕方ない。全ては終わった事だ。俺もそうだ…『もっと早く生まれていれば』と思った事は一度や二度では無いぞ。」
その言葉に『重み』があったこともあり…二人のアルビオン王家出身者の男女は肩を落とす。
―――――
ウェールズとリリーシャのメンタルケアをアンリエッタに丸投げして、ザナックはティファニアと対峙する。
彼女には改めて色々と言い含めておかねばならない。
やや視線が下に行かないように注意しながら、ザナックは話す。
それにしても大きい。モード大公がエルフの女性に惹かれた点が、胸だったのではないか?と益体も無い事を考えてしまう程だ。
「ティファニア嬢。私はトリステイン王ザナックだ。貴女には大変申し訳ないが…。貴女が義父であるモード大公の娘である、と名乗られてはかなり具合が悪くなる。」
「そう、なんですよね…。」
先ほどの狂乱は記憶に新しい。腹違いの姉だが、あの様子では仲良くは出来ない事はティファニアにも理解できた。
モード大公派は、「理由なき処断を受けた被害者」という風潮がアルビオンにあるので、レコン・キスタに加担していたにも関わらず、新政権の政務と財務を中心に担当している。
というより、今のアルビオンには人材が足りない。この状況で真相が明らかになればアルビオン王政府は失脚してしまい、少なからずアルビオンに統治領を持つトリステインの負担が増加する。
今、真実が明らかになる事は政治上まずい。
「政治の都合だ。アルビオンの内乱で断絶した貴族家の隠し子、という事にして頂きたい。その代わり、貴女の希望を叶えよう。」
「…だったら。私、学校に通ってみたいです!」
とんでもない事を言い出されて、ザナックは呆然とする。
御付きの従者にして護衛のクライムを飼いたいと言い出す腹違いの妹、ラナー。
親友の公爵令嬢に…内乱中のアルビオンに赴いて手紙を取ってきてと『お願い』する実妹のアンリエッタ。
そこに加えて、ハーフエルフでありながら学校に通いたいと言い出す義妹のティファニア。
なんてこった、自分の妹や義妹は問題児しかいない。
もしも娘を授かったら、真っ当に育てよう。
後に授かった娘は「冗談のつもりなのに、少しでも「まとも」ではない事を言うだけで説教される」事に不満を抱くようになるのだが、それはまた別の物語である。
「わかった、手配はする。だが、貴女は虚無の担い手だ。」
「それ、本当なんですか?私みたいなのが、伝説の魔法を使えるなんて…。妹様は、あのオルゴールの音を聞けないみたいでしたが…。」
「事実だ。ティファニア嬢。モード大公について、そして母親について聞かせてくれないか?私は、義理の父親についてほとんど知らないのだ。」
「わかりました。あまり多くは知りませんが…。」
ティファニアを通じて義理の父親に関する話を聞いたザナックは、ティファニアを休ませると歩き出す。
妻と義理の弟のメンタルケアの様子を見に行かねばならない。
―――――
「お兄様。二人とも水の流れを調整して、鎮静させておきました。今は…疲れもあって寝ています。」
「…妹よ。ティファニア嬢を見つけた際、同行していた人員のリストはあるか?」
「彼らについては、対処済みです。」
「まさか…率いていたのはお前か?」
うなづくアンリエッタに、大きな、とても大きなため息をつくザナック。
お前は嫁に行ってもまだ迷惑をかけるのか?と言わんばかりの眼を向けられ、思わずアンリエッタは抗議する。
「お、お兄様!今回、私は一切悪くありませんわ!」
「悪いのはエルフと通じた親愛なる叔父上だな。後始末をする羽目になったのが俺たちというわけで、強いて言えば運が悪かったという事だ。」
「お兄様、アドバイスはありませんか?」
「妹よ。兄としての助言だ。こういう事は受け入れて、淡々とこなしていくしかない。」
半眼で実の兄を見つめるアンリエッタだが、内心、その言葉には強い『重み』を感じていた。
自分の知らないところで、事態が悪くなった事があったのだろう…。あ、いや。
自分がルイズに『お願い』した事で事態が悪くなりかけていた事を思い出すアンリエッタ。
あんな事態を引き起こしておいて当の本人が一瞬でも忘れていた事をマザリーニが知れば、アンリエッタを正座させて説教するだろう。
「それで、どうやって対処した?」
「虚無魔法には、忘却があるそうで…。それでティファニア嬢を尋問した際の記憶を全て消してもらい、言い含めた上で、出会った時から演技をしましたわ。」
「便利だな、虚無というのは。」
「それでお兄様。ティファニア嬢はどうされるのですか?」
「どうもこうも。本人が学校に行きたいと言っている。」
「…えっ?」
虚無魔法を使えるハーフエルフ、という事は、王族の誰かがエルフと通じた状況証拠になる。
そんな劇物を受け入れる学園があるとはアンリエッタは到底思えなかった。
「トリステイン魔法学院に入れる方向で考えている。」
「正気ですかお兄様。トリステイン魔法学院を廃校にするおつもりですか?」
「本人が邪悪であればともかく、ティファニア嬢本人は非常に穏やかな気質をしているからな。案外、受け入れられるかもしれんぞ。」
粛清と内乱の元凶である、エルフとの密通で出来た娘が万が一魔法学園で普通に受け入れられたら、ウェールズ様と義姉が今以上に荒れそう。
というより、一連の犠牲者は浮かばれないのでは?とアンリエッタは思ったが口には出さない。メンタルケアと水魔法の乱発で、アンリエッタの精神はすでにすり減っている。
「実は…ロマリアのアクイレイア聖堂という所に、ルイズが誘拐された。」
「ええっ?!ルイズが!」
「その件でロマリアと交渉しなければならん。アルビオンは兵を出せる状況では無いだろうし、ゲルマニアの皇帝はともかく、親トリステイン勢の旗印はアルビオン統治に赴いた。」
「ロマリアと、トリステインが戦争…。」
「場合によってはな。娘を誘拐されたのに行動しなければ、ヴァリエール公爵家が反旗を翻しかねん。そっちの方が問題だ。」
書き終えて考えましたが。ジェームズ王とモード大公の下りをザナックの言うように、エルフの愛妾がいる事をモード大公の家族及び直臣だけに暴露したうえで処刑→クロムウェルがアンドバリの指輪とガリアの支援を得てレコン・キスタを立ち上げる→劣勢になった王党派がトリステイン王国の助力を求める、と変更した場合。
正式な外交ルートがある為、アンリエッタがウェールズに手紙を出す事が可能になり『お願い』によってルイズがアルビオンに行く流れがなくなってワルドの裏切りが遅れる→ワルドが裏切るタイミングとしては、高等法院長リッシュモンの逃亡を幇助する時でしょうから…。
20年間復讐の刃を研ぎ澄ませた剣士が、仇を目前にして裏切者の手にかかって死ぬ…救いがなさすぎる。オバロ現地なら普通にありそうな話ですが。