同心円がいくつも重なったような人口島、エルフの首都アディール。
エルフ世界の中枢、カスバ。そこに置かれているネフテスの評議会本部は紛糾していた。
「アムラン上将が蛮人の捕虜に。本国艦隊は帰還したが、風竜が多数逃亡してしまい、機動力は激減している。」
「何たる失態!相手は蛮人だぞ!」
「まさか蛮人如きに敗れるとは。」
「奴ら、アディールまで攻め込んでくるのではないか?」
今まで容易く勝てていた蛮人相手に敗れた。その事実はエルフ達に恐慌をもたらした。
「総力を挙げて首都の防衛を!」
「アムラン殿を救出するべきだ!」
「これはこれは。随分な騒ぎですな。」
「エスマーイル評議員?!何故ここに!」
「指揮は副官のサルカンに託した。空軍が敗れたと聞いて、急ぎ首都の防衛を固めるべく帰還した。」
評議員の視線が自分に向いていることで、エスマーイルは自信を持つ。
「ハルケギニアの蛮人共の目的は、大隆起の阻止。6000年前同様、大いなる意思の破壊を目論んでいるはず。」
「なんと?!」
「首都に向けて進軍するのはブラフ、本当の狙いは「聖地」。そこに我が鉄血団結党の党員を配置し、潜入してきた蛮人を殲滅する。後は、大隆起で蛮人の殆どが死滅する。」
自信満々に言い放つエスマーイルに対し、ほかの評議員が持論を述べる。
「待たれよ。虚無の担い手が死ねば、別の担い手が現れるのだろう?」
「聖地に来るのは担い手のはず。数名捕らえてはどうだ?そうすれば捕虜にされた同胞の返還を交渉出来る。」
反対意見に対し、エスマーイルは怒りをにじませる。
「担い手が死んで別の担い手が現れるというならば、それも殺せばいい!」
「聖地の守りを固めるよりも、首都の守りを固めるべきだろう!ここが陥落したらどうする!」
「蛮人に首都まで攻め込める力は絶対にない!聖地さえ守りきれば」
「絶対、絶対だと?!アムラン上将が、本国艦隊が敗れるとこの中の一体誰が想定していた?!そのあり得ないことが起きた今、我々は備えねばならん!」
保身に走る意見に同調する評議員を、エスマーイルは苦々しくにらむ。
議会が紛糾したため、「未開の地」で哨戒任務を行っていた偵察船が帰還しない、という些事は捨て置かれた。
―――――
憎悪に満ちた視線で周囲の蛮人を見渡すアムラン。
周りに控えているメイジも殺気立つ中。
父親から留守を任されたイザベラが歩み寄る。
ガリアの裏を取り仕切る彼女は、努めて平静を装う。
「私はイザベラ・ド・ガリア。ガリア王国の第一王女だ。」
しくじる訳にはいかない。首尾よく敵の指揮官クラスを捕虜にできた場合、それを従わせた上で情報を吐かせる。
普通にやれば、拷問したところでエルフが吐くわけが無い。だが、「地下水」であれば通用するかもしれない。
気を引いている間に、ド・ロナル家に伝わる『不可視のマント』を着た隊員が、このエルフに「地下水」を持たせる。
自分を睨みつけているアムランが、何かに気づいた顔を浮かべる。
「どうした?」
「何でもない、蛮人の姫よ。」
事前に「地下水」と打ち合わせしたワードを唱えた。
イザベラが瞬きすると、「地下水」も瞬きする。
条件はクリア。後は自分が「ギアス」をかける振りをする。
呪文を唱えて杖を振り「ギアス」をかけたようにみせかけ、それに合わせて「地下水」が項垂れる。
「…何が知りたい。」
エルフに「ギアス」が通用した、と周囲のメイジは畏敬の念を込めてイザベラを見つめる。
とはいえ、その視線に気づけるほど、この時のイザベラに余裕は無い。
彼女が立案した作戦は、功を奏した。
最も、ここからが本番だ。
(エルフ相手に勝てた場合は、エルフの首都を目指して進軍するか、進軍するように見せかけろ。)
(…敗れた場合は?)
(アーハンブラ城をくれてやれ)
ハルケギニア諸国の民が血を流してエルフから奪った城をくれてやれ、と事も無げに言われたイザベラはいささか呆然とする。
(父上は、いったいどこまで見通しているのだろうか?)
―――――
聖地へ迫ったザナック達は、海を見つめる。
エルフの水軍が4隻も航行している。
「さて、あと少しだが。流石に読まれたか。」
「エルフの側にたって考えれば自明の理。6000年前と同じことをしようとしているのだから、それを阻止すればいい。」
「水軍に対しては強行突破しかないと思うが。」
「ふむ、ザナック王も水軍には疎いか。」
「策があるのか?」
「当然。両用艦隊の図面を引いたのは余だぞ。どうやれば『壊せる』のかは想定済みだ。」
「すべて壊すのは待ってもらえませんか?」
「ん?聖地へはヴィンダールヴに使役した水中生物で乗り込む算段だったのだが。エルフの船を奪えと?」
「一隻だけなら、全員でかかれば奪えるはずです。カウンターとて、ディスペルで破れます。」
「…よかろう。」
―――――
「ファーティマ同志!この船はもうダメです!脱出を!」
蛮人は少数の部隊を聖地に送り込んでくる。それを阻止しろ。
そう命令を受け、配置についていた鉄血団結党の士気は高い。
親族のジャジャルがブリミル教に改宗し、蛮人と結婚してしまった事で『裏切り者』と批判され、一族ごと故郷を追われる羽目になったファーティマ・ハッダード少校。
彼女はこの作戦に、この場の誰よりも意欲的に取り組んでいた。
配置された戦力を考えれば、過剰すぎる戦力。
異変は唐突に起きた。突然、他のフネがルートを逸れ始めた。
舵が効かなくなった、ということで警戒レベルを引き上げたが、既にほかの三隻の舵は破損。
そのうえ、水竜とつないでいた鎖が『爆発』したのだ。
音と衝撃で驚いた水竜が逃亡したことで、機動力を水竜に頼っていた上に舵が破損したエルフの水軍は機能を停止。
残った一隻に、蛮人達がガーゴイルや未知のゴーレムに乗って、雪崩れ込んできた。
蛮人の一部隊であれば一隻だけでも蹴散らせる。4隻配置すれば突破は不可能。
エスマーイルはそう考えていたが…乗り込んできた一部隊は虚無の担い手と使い魔8名と+α。
数はともかく質において、エスマーイルの想定をはるかに上回っていた。
「…やむを得ん、エスマーイル様に報告…を」
最後尾から脱出しようとしたファーティマは襲撃してきた蛮人の中に、見覚えのある女性の面影が残っているハーフエルフが混じっていることに気づいてしまう。
「お前は…お前はっ!ジャジャルの娘だなっ!」
「母さんを、知って。」
ここは脱出するべきだったが、憎悪が彼女から判断力を奪った。
「お前の、お前の母親のせいで、我が一族がどれほど苦しん」
呪詛を吐き出しながら風銃を取り出したファーティマは鈍い音を立てた直後、うつ伏せに倒れる。
「え?ザナック…?」
「聖地につくまでの間に、話を聞き出すとしよう。」
エルフの地へ攻め込む以上、ティファニアの母方の縁者と出会う可能性はあると想定していたザナックは、相手が色々事情を抱えていると判断。
物理的に黙らせるべく不意打ちを仕掛けた。
―――――
ジュリオが水竜をヴィンダールヴの能力でしたがわせ、才人がガンダールヴの能力でフネを操縦。
聖地につくまでの間、エルフのフネをいろいろ研究している中。
「お前の母、ジャジャルが蛮人と結婚したせいで…わが一族はサハラを追放されたのだ!」
「ひうっ!?」
なるほど、エルフといえど人間と交われば処分は免れないらしい。
改めて人間とエルフの溝を感じつつ、ザナックはふと思った。
父親がエルフを妾にした事でジェームズ王に迫害されたリリーシャと、叔母が人間に嫁いだことで迫害されたファーティマは話し合えば分かり合えるのでは?
そう思ったところで、互いに相手のせいで辛酸を舐めた以上、話し合いの前に殺し合いになる光景が思い浮かんでしまった。
「お前が恨むべき相手は既にこの世にいない。それでも…ティファニアが憎いか。」
「当たり前だ!」
「であれば、生かしておく理由はないな。」
人間の王として、非情な眼を向けるザナック。
そんなザナックに、ティファニアがしがみつく。
「待って!殺さないで!」
「…しばらく、おとなしくしていろ。この船にはロマリア人も乗っている。見つかれば殺されるだろう。死んでしまえば、復讐は出来ない。」
―――――
海中を進むことしばし。
一行はついに「聖地」へとたどり着く。
「それでは始めましょう。」
教皇の言葉を聞き、ルイズはそっとザナックの顔をうかがう。
他の物の視線に晒されながらザナックが泰然としている中、聖エイジスが呪文を唱え始めると、『聖地』が浮上を始める。
海中で『生命』を使って爆破すれば、瓦礫の山に埋もれてしてしまう。空であれば、脱出も容易だ。
故に、聖地を浮上させる必要があった。
その際に妨害に来るであろうエルフの戦力を分散させるために多方面戦線を抱えさせ、空軍に少なからず痛手を与える必要があった。
全ての条件はクリアされた。
―――――
四人の担い手と使い魔、虚無の秘宝と指輪が揃い、呪文の詠唱が始まる。
聖地の浮上に気づいたエスマーイルが、フネを奪って無理やり『聖地』へ乗り込もうとする中。
ザナックはその場にへたり込む。
『…相棒、王様はこのままだと』
「止めるな。ここで止めれば…全てが無駄になる。」
ルイズはそっと、懐にしまってある「蘇生の杖」に触れる。
この効力があれば、陛下は蘇る。
呪文が完成に近づくにつれ、ザナックの息が小さく、早くなっていく。
最後の呪文を唱え終えた教皇が、杖を振り下ろす。
すさまじい爆発が、『大いなる意思』と呼ばれている精霊石の核を吹き飛ばす!
―――――
完全に鼓動が止まったザナックに、ルイズは駆け寄る。
「待ちなさい、ミス・ヴァリエール。トリステイン王はもう…。」
一同が見守る中、ルイズが取り出した美しい杖が眩い光を放つと…
ザナックが薄く目を開ける。
「何が…?!」
「それは、いったい…?」
ジュリオとシェフィールドが目を見開く中、ザナックは起き上がる。
「陛下、ご無事ですか!」
小さくザナックが頷くと、傍に駆け付けた才人がザナックを背負う。
ふと、ルイズが杖を見ると輝きは失われていた。
『…最後の力、だったみてーだな』
「そうね。」
力が失われた杖をルイズは懐にしまう。
「引き上げるとしよう。長居は無用だ。」
ジョゼフがそう言い、ジュリオが風竜の一家を呼び寄せ騎乗する。
シェフィールドがガーゴイルを起動させ、ジョゼフと共に乗り込み、才人は双月で空から護衛を行い、一同は脱出する。
エスマーイルが到着した時には、全てが終わっていた。
―――――
聖地へ潜入し、「大いなる意志」を破壊して帰還。
ザナックが生きていることを確認したトリステイン王国軍上層部が感涙する中。
ジョゼフは東方諸国から帰還した武官と面会する。
「…諸国同盟軍は10万の軍勢で3方向からエルフを攻めたてましたが…。」
「どうなった?」
「ストーク海戦で36隻の船団でエルフの水軍と交戦、29隻が失われました。」
「となれば、もはや積極的な攻勢にも出れぬな。余の策は伝えたか?」
「はっ。海戦で敗れた場合、陸軍は防備を固めて長期戦を装いつつ、秘密裏に撤退する…と。」
「それで連中は無事に引き上げられるだろう。それに合わせて、我々も引き上げるぞ。」
「撤退なさるのですか?!恐れながら陛下、まだ戦えます!」
「エルフが二戦線を抱えているからこそ、戦いになった。負けて引くのではない、勝って引く。目的は達成された以上、戦う必要はないわ。」
「…かしこまりました。」
兼ねてから事情を聴いていたトリステイン、アルビオン、ガリアの将兵は速やかに退却を開始。
ゲルマニア軍は他国軍が総引き揚げを開始した事を知り、『不甲斐ない、かくなる上はロマリア軍とともに自分たちだけで!』と戦いを継続したところ。
逆襲してきたエルフの本国軍に兵力の4割を喪失し、敗走する羽目になる。
Q:アムラン上将はどうなったの?
A:「地下水」個人としては使い続けたい体ですが、地下水の制御から逃れた時のリスクが高いので処刑されました。
Q:ファーティマさんは無事?
A:無事です。ティファニアを殺す事を生きがいに頑張って生きるでしょう。