こういう状況のトリステイン王国からすれば、リ・エステーゼ王国の広大かつ肥沃な土地というのは羨望の対象でしょうね…。適度な脅威が無かったので腐敗してしまいましたが…。
妹のアンリエッタがヴァリエール家の三女と一緒にふわふわのクリーム菓子を取り合い、服を汚してラ・ポルト侍従に叱られている間も、ザナックは精力的に活動を続ける。
「参謀本部と、教導官及び王国軍士官は認めつつある…。さて。」
後は、財務卿、陸軍と空軍の将軍だ。空軍はラ・ラメー伯を説得するだけ。
だが、陸軍の将軍は…。
「グラモン家か、それとも、ド・ポワチエ将軍か…。」
かつて、グラモン元帥と女性を巡ってトラブルが起きたド・ポワチエ。
ド・ポワチエの軍事的才覚については、ボウロロープ侯と同数の兵を率いて平原で決戦を行えばボウロロープ侯が勝つだろうとザナックは思っている。
ド・ポワチエは無能では無いが、『拡大派』の重鎮。
とはいえ、グラモン元帥は隠居しようとしている。ならその長男というのもありだが…。こちらは『統制派』の一員だ。
あまり『統制派』で固めると、反発を招きかねない。
このあたりの政治的感覚は、レエブン侯と関わることでザナックは身に着けている。
「やはり、ド・ポワチエ以外居ないか。」
他の将軍と比べれば、まだド・ポワチエの方が優秀。
問題は、「トリステイン王国が抱えている諸問題は、軍事的勝利によって解決される!」という信念がもはや信仰の域に達している事だ。
とはいえ、防衛だけではじり貧に陥るのは目に見えている。
こういう「攻める事も出来る」将軍はやはり今後必要だろう。
―――――
トリステイン王国軍、陸軍本部にて。
「ザナック殿下が、面会を?」
「はっ。こちらにお通ししましょうか?それとも、席を外しているとお伝えしましょうか?」
「いや、面会しよう。」
ド・ポワチエはチャンスが来たとほくそ笑む。
ウィンプフェン伯は上手くやって、メイジで構成された大隊を手に入れた。
だが、メイジの大隊では敵の防御を突破して潰走させたとしても、占領と維持は難しい。
となれば、陸軍の出番。
「ゲルマニアかガリア、いや、小生意気なクルデンホルフ大公国というのもありだな…。」
そういう思惑を抱え、ド・ポワチエ将軍はザナック王子を待つ。
「ポワチエ将軍。私はザナック・ド・トリステインだ。」
「ようこそいらっしゃいました。狭苦しい所で申し訳ございません。」
「何。気にしておらん。むしろ、陸軍将校の本部が広々としていたら心配せねばならん。」
ド・ポワチエは戦った。トリステイン王国は国土が10分の1しかない、これでは、いずれガリアかゲルマニアに併呑されてしまうかもしれない。
そうなる前に、領土を切り取って国を豊かにせねばならない!
そう説得しようとしたのだが…。
『領土の拡張はいずれ考えていかねばなるまい。だが、現状それは難しい。ならば今は、国内の整備と防衛に尽力するべきでは無いか?』
『将軍は、領土の拡張に随分と熱心なようだが…。領土を得れば将校と兵をおかねばならん。維持費はどうする?獲得した領土に住んでいた民に重税を課すのか?』
だが、その全てはザナックに論破され、ド・ポワチエの信仰であった、「軍事的勝利で諸問題は解決される」という考えに揺らぎが生じる。
「私は、将軍を評価している。今は守りを重視しているが、攻め込んだところで攻め込まれはしないと侮られれば、国土を切り取られる結果になるかもしれん。そうならない為にも、ポワチエ将軍のような、気骨あふれる勇猛な将軍が、このトリステイン王国に必要なのだ。」
否定だけでなく、今は認めないがいずれ来る戦いにおいて必要な人材なのだ!とザナックは諭す。
この会合以降、ド・ポワチエはザナックの支持者になった。
―――――
「…ラ・ラメー公爵も俺についた。デムリ卿も同様だ。後は、トリステイン王国の重要な貴族との交渉だな。街道整備を王家だけでやるとなると破産する。各地の貴族の助力が必要だ。折半が妥当か…。」
「ざ、ザナック殿下!ほ、報告がございます!」
「ん?どうした。」
入ってきた伝令は、緊張した顔で告げる。
「あ、アルビオンにて、モード大公が処刑されました!」
「何?!伯父上が叔父上を!どういうことだ!」
「り、理由は不明です!」
理由なく処断だと?!馬鹿な、そんなわけがない。モード大公が何かして、それは公の理由に出来ずに処断せねばならない失態だったのだろう。
だが、なんだ?何をした?いや、そんな事より…。
「わかった。今後はアルビオンの動向に留意せよ。私は再びラ・ラメー伯の所に向かう。」
「それでは、お伝えしてまいります。」
部下の一人が動き出したところで、向こうからやってきた部下と衝突しそうになる。
「っつ、どけ!私はこれからラ・ラメー伯の所に再度殿下が赴くと」
「待て、私はそのラ・ラメー伯から殿下にお会いしたいという伝言を…」
そんな部下たちにザナックは鷹揚に声をかける。
「ふっ、ラ・ラメー伯は先んじて情報を得ていたという訳か。構わん。私ももう一度ラ・ラメー伯に合わねばならんと思っていたところだ。」
―――――
ザナック王子が再びラ・ラメー伯と会ってアルビオンに関する懸念を共有していた同時刻。浮遊大陸アルビオンにて。
「逃がすな、モード大公の娘だ!」
美しい銀髪をなびかせながら、必死に愛馬と共に逃げる若い娘を、数名の騎兵が追撃する。
どうしてこうなった?父が何をした?何故伯父は自分たちを…。
助けを求めて『婚約者』のところに向かえば、婚約者が杖を向けてきたためこうして逃げている。
サウスゴータだ。あそこに行けば、ひとまず助かる。
だが、その前に彼女の命運は尽きようとしていた。
「しまっ!」
気が付いたときは、遅かった。切り立った崖。
そして浮遊大陸アルビオンは、周りが海では無く空。
ここから落ちれば、助からない。
愛馬がいななき、足を止めた彼女に、エア・カッターが、マジック・アローが連射される!
悲鳴すら上げれず、彼女と愛馬は浮遊大陸アルビオンから落ちていく…。
「ここから落ちた以上、助かる可能性は無いが…。」
追手が崖からのぞき込むが…既に少女の姿は影も形も無かった。
「いくぞ、報告せねばならん」
追手が去っていく間、リリーシャ・モードは咄嗟に実家から持ち出したダガーを崖に突き立て、そこからぶら下がっていた。
ちょうど死角になる場所で助かった。もしも、追手に精神力が残っていてフライで調べられていれば、一巻の終わりだった。
気配が無くなったところで、杖を取り出す。
大きく視界がブレ、恐怖にかられるも少女は気丈に魔法を完成させる。
フライの魔法で、陸地に戻った事でようやく一息つく。
「…まだ、まだ、死ねない…!」
追手は自分が死んだかどうか確認するべく、調査させるといっている。となれば…。
呼吸を整えた後、ダガーを回収。刺し跡を隠蔽したのち、その場を速やかに去る。
この恰好では追手に捕まる。ならば…。
「変装して、しばらくは身を隠す。その後は…」
父の死の真相を、伯父上から聞き出す。どんな手を使っても!
―――――
一人の少女が、決意を抱いて歩み始めた頃。
「…ラ・ロシェールの警備は通常通りにとどめるが、医薬品を大目に備蓄させる。」
「それがよろしいでしょうな。」
「伯父上が叔父上を討った真意は測りかねるが…それでトリステインが軍事行動を示せば、猜疑心が強くなっている可能性が高い伯父上を刺激する結果になりかねん…。アルビオンから亡命する者がいれば、丁重に扱え。真相を探る。」
諜報活動にたけた部下が欲しい。ザナックはそう感じる…。
拙作のヒロイン登場。モード大公の血縁者というオリジナルキャラクター、という構想は前からありました。
モード大公は王族なので、妻子は妾以外にもいると思うんですよね。原作ではいたとしても粛清に伴って亡くなっているとは思いますが。