頭モチャラスじゃあるまいし。
40代だが激務のせいで痩せた男。その名前はマザリーニという。
トリステイン王国の枢機卿である彼は、先王の崩御後のトリステインにおいて政務を行っている。
マリアンヌ太后が女王にならず、ザナック王子は幼少期の錯乱もあって支持基盤が無い。
アンリエッタ王女に婿を取らせて次期国王を選ぶというのも考えたが、さて誰にすれば国はまとまるというのか?
だが、それでもマザリーニは行動した。周りからトリステインの乗っ取りを考えていると思われてもかまわなかった。
そんな現状は、確実に良い方向に動きつつある。
ザナック王子が様々な施策を打ち出し、参謀本部の長、教導官、陸軍の将軍、財務卿、空軍総司令が次々とザナック王子の支持者になっている。
何より、他国人の自分と違って利害調整が上手い。これならば、次の王に迎えても良いだろう。
後は何かしらの大きな実績、戦争や内乱での勝利などがあれば…。即位まで持っていける。
反発した勢力が出れば、それを派手に一掃すればトリステインはザナック王の政権で一つにまとまる。
この期に及んで、ザナックの事を認めていない貴族は多数いる。そういう者に最後の仕上げをしてもらえばよい。
「トリステイン王国軍は、国防を重視。そして迅速に部隊を送り込めるようにするべく、各種街道を整備。領地を持つ貴族は互いに協力して盗賊や妖魔に対抗。それに伴い、参謀本部に政治的しがらみを受けないメイジの独立大隊と空軍からフネを同時に持たせることで、国防戦略の幅を広げる…。」
水精霊騎士隊に、平民メイジを登用したのも良い。没落したメイジも盗賊になるか、男女問わず参謀本部の部隊に組み込まれるか選べるようになれば、今後、トリステイン王国における賊にメイジが含まれる可能性はぐっと減る。
街道整備を行うために、各地の有力貴族との折衝を行っているようだが…。トリステイン貴族からの評判が悪い自分が関われば、かえってザナック王子の足を引っ張る結果になるだろう。
マザリーニはそう判断する。
事実、マザリーニの手を借りずとも、ザナックは成果を上げつつある。
時折、外交について相談を受けるが、その英俊さにマザリーニは「王としての資質」を感じつつあった…。
―――――
一方ザナック王子はマザリーニ枢機卿の手腕に内心舌を巻く。
自分が10歳になって、ようやく落ち着くまでの間トリステイン王国が持ったのはこの男が頑張ってくれたからだ。
外交においては、まだ学ぶべきところがある。
トリステイン王国上層部を味方につけつつ、街道整備事業について各地の貴族と利害調整や政策の実施を精力的に行っているザナックは15歳になった。
まだ、婚約者は居ない。
むろんザナックを支持する者は多い。だが、「ザナックの政権を脅かさない、かつ低すぎない家柄」かつ「年頃の女性」という条件が足を引っ張る。
そういう家柄の令嬢はすでに婚約している者が多い。まだ未婚の令嬢は大抵一人娘であり、婿を取らねばならない身である。
ルナ・ローゼンクロイツの縁談は破局したらしい。お見合いの席で手を出そうとした、と聞いたザナックはほとほと呆れる。
そして次から次へと舞い込む知らせに、辟易としていた。
「ラグドリアン湖の水位が上昇した?」
「はっ。」
「モンモランシ家だったか、交渉役を担っているのは。即座に把握してくるよう伝えよ。」
そんなザナック王子に対し、一人の貴族が異論をはさむ。
「恐れながら、水の精霊との交渉役はモンモランシ家では無く、今はこのスティードが担当しております。」
誰かと思えば。ザナックは宮廷雀の一匹であり、『拡大派』の小者に目を向ける。
「そうか。では今すぐラグドリアン湖に向かい、水の精霊の真意を確かめよ。」
「水の精霊はきまぐれ。一時的な水位の上昇で呼びつければ、水の精霊の怒りを買う事になるかと…。」
「既に、実害が出ている。近隣の平民は水が迫っている事で避難している者も出ている。もはや猶予は無い。」
「たかが平民では無いですか。」
「…卿が行かないのであれば、私が赴くとしよう。」
そんなザナックを妨害しようとする貴族がいるが、それを押しのけてザナックは進む。
自分は第一王子だが、まだ支持層は薄い。ならば、率先して行動しなければならない。
―――――
この日。モンモランシ家は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
ラグドリアン湖の実態を調査すべく、第一王子が供を連れてくると知らせが来たからだ。
「ザナック殿下が、直々に?!」
「ど、どうするのですか!父上!」
「やむを得ん。私は急病で倒れるから、お前が相手をしなさい。」
おお、祖父よ。母よ。何故この男を婿に迎えたのですか?
モンモランシは祖父と始祖に対して嘆く。
―――――
「初めまして。私はザナック・ド・トリステインである。」
「お初にお目にかかります。モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシでございます。」
「此度は急な来訪で迷惑をかけた。申し訳ない。」
「いえ。殿下がいらっしゃったにも拘わらず、お出迎えの配慮が足りず、申し訳ございません。」
「さて、本題に入ろう。水の精霊と会いたい。連れてきてもらう。」
「…かしこまりました。」
待たされている間、ザナックは持ってきていた書類に目を通し、帰ったら即座に決済出来るようその頭脳を働かせる。
「殿下。準備が整ったとか。」
「会うとしよう。」
水の精霊とザナックは対峙する。
『…単なる者よ。何用か?』
「何故、ラグドリアン湖の水位を上げる?」
『…我が湖から、秘宝が盗まれた。故にそれを取り戻す。』
「ハルケギニア全土を水没させれば、秘宝に届くからか?」
『いかにも。』
スケールが違い過ぎる。魔導王からは人間らしさがあったが…水の精霊は本当に異質だ。
これとの交渉役を限定するのもうなづける。
「では、秘宝を取り戻せば水位の上昇を止めてくれるのだな?」
『そうだ。だがそれを確約出来るのか?』
「身をもって証明せよ、と?どうすればいい?」
『…湖に手を差し入れよ』
水の精霊の言葉に従って、ザナックは湖に手を差し入れようとするが。
「殿下!危険すぎます!」
「止めるな。これは命令である!」
モンモランシは悲鳴を上げるが、ザナックはそれを押しとどめ、水面に手を入れる。
水の精霊はじっとザナックを見つめる。
『…認めよう。数奇な運命に導かれし単なる者よ。汝が死を迎えるまでに秘宝を取り戻せ。その間、水位を上げる事をせぬ』
「では、その秘宝とは…」
『アンドバリの指輪。偽りの命を与える古き水の力にして、心を操る秘宝。』
「そんな秘宝を…」
『月が一度交差する前に、風魔法を用いて奪い去った…。その中の一人は、こう呼ばれていた。クロムウェル、と。』
得られた情報は断片的だったが、ザナックはその頭脳でことの経緯を理解する。
「盗人がラグドリアン湖の秘宝を一か月ほど前に盗み出し、その一人がクロムウェルと呼ばれていた。盗み出された秘宝は、死者をアンデッドにして操ることができる上に、心を操ると。」
「そういう事になりますが…。一体誰が?」
「見つけ出して動機を聞き出すまでだ。それにしても、水の精霊が守っていた秘宝を奪い去った以上、腕が立つのは間違いない。」
ザナックは供を連れて、トリスタニアへ帰還する。
―――――
トリスタニアにて、ザナックは探していた人材が来ていることを知る。
「通せ」
「しかし、相手は武装解除を拒んでおり…」
「こう伝えろ。『あの件を見過ごしてやるから、武器を置け』とな。」
「はっ!」
火消し、はザナックの言葉を聞いて考えこむ。
(気づいていた、というのか?情報を反ザナック派に伝えていたことを。)
「…言っておくが、触るなよ。暴発しても知らんぞ」
「わかっている。くれぐれも、非礼の無いように」
ザナックのそばを任されている衛兵は、火消しを通す。
「こうして会うのは初めてだな。ロバーツ・アルツヴァルト」
「?!」
捨て去ったはずの家名を言い当てられ、火消しは目を見開く。
ザナックは、水精霊騎士隊のメンバー選別時にトリステイン貴族の家系図を調べつくしている。
出奔した後の人物リスト。性別と年齢からの推理だったが…。その反応はザナックの推理が正解だったことを示している。
「アルツヴァルト家の次男。トライアングルの兄と比べられ、使用人同然の扱いに耐えかねて出奔…。金にがめついのは、生活に困ってのことか?」
「…金はあって困るものではない。俺が欲しいのは、『幸せ』だ。」
その言葉に、ザナックは魔導王のことを思い出す。
「…私にやとわれる気はないか?」
「金を払うなら、なんだって調べてやる。」
「ならば、さっそく依頼だ。」
この日、ザナックは有能な配下を得た。
指示を出し終え、火消しが退出した後、ザナックはふと想像する。
もしも、魔導王の『秘宝』を盗み出された場合…アルベドという女はどういう行動をとるのだろうか、と。
水位あげてハルケギニアを水没させれば、いずれアンドバリの指輪にたどり着く、という水の精霊の考え方は本当に「異質」です。
書いていて思いましたが、ナザリックから宝物を盗み出されたらモモンガさんはどういう反応をするのでしょうか?
「盗人を捕縛したら、ニューロニストと恐怖公の間を反復横跳びだ」という文言が浮かびました。
次回はヒロイン視点でアルビオン動乱をやります。
モード大公の血縁者視点から見たアルビオン動乱、お楽しみいただけたら幸いです。