「きゃあああああっ!」
ラグドリアン湖に、ラナーが落ちる。
どうせクライムの気を引く演技だろう、とザナックが思っていると…。水の精霊が現れる。
『単なる者よ。お前が落としたのは、この『綺麗なラナー』か?それともこの『化け物ラナー』か?』
お星さまのように、目をキラキラと輝かせてうっとりと前で手を組んでいる綺麗なラナーと、瞳の輝きが消え、口元がゆがんでいるラナーの首根っこを、水の精霊がつかんで持ち上げている。
「化け物の方だ。」
『正直だな、単なる者よ。褒美として、この『綺麗なラナー』を与えよう。』
そして、瞳の輝きが消え、口元を歪めている『ラナー』と水の精霊はラグドリアン湖に沈んでいく。
良かった良かった。いつの間にか傍らにいたレエブン侯とマザリーニ枢機卿と笑いあうと、綺麗な方のラナーとアンリエッタとクライムを連れて、ザナックはトリスタニアに戻る。
ふと、嫌な予感がする。気が付いたら、自分の足元は水で覆われていた!
しかも、自分の目の前でラナーの姿をした水の精霊が現れる!
『つ・か・ま・え・た』
しまった!ラナーと水の精霊を同じ場所に置いたら、ラナーが水の精霊を汚染するのは明白だったのに!
選択肢をどこで間違えた?!混乱するザナックは、ラナーに精神を乗っ取られた水の精霊によって、水の中に引きずり込まれ…。
水中で、魔導王の赤い目とザナックの目が合った。
―――――
「はっ?!」
「ザナック殿下、どうされましたか!すごく、うなされておりましたが…。」
「いや、大丈夫だ。ちょっと、そう、ちょっと…嫌な夢を見た。」
「どのような?」
「…水の、水の精霊が迫ってくる夢だ。」
「そうでしたか…。かの精霊は非常にきまぐれと聞きますが、その前で誓約した約束は必ず守られると伝わっています。」
「そう、か。結婚を誓約するのであれば、かの水の精霊の御前がよいだろうな。」
アンドバリの指輪を返却するときに、頼んでみるとしよう。ザナックはそう考える。
そのころには、婚約相手の一人や二人は見つかっているだろう。
―――――
トリステイン第二の都市、シュルビス。
そこを統治しているシュルビス伯爵は、緊張した顔でザナック王子を迎える。
「ようこそ、いらっしゃいました。」
発展している。
交易都市という事で街道の整備が行き届いている。
シュルビス伯の館に招かれ、ザナックは対峙する。
「この日を楽しみにしていた。シュルビス伯爵。」
「もったいないお言葉でございます。殿下のことは、王宮の友人から度々伺っております。聞けば、シャロンは殿下の発案で構成された部隊に配属しているとか…」
「水柱の事か。四人の小隊長の一人に選抜した。安心しろ、四人の小隊長のうち、二人は女性だ。」
「ほぅ?ではどちらかが殿下の意中の…」
「そういうつもりはない。水柱に恋人ができれば貴公に連絡を入れておく。たしか、養女だったのだな。」
「はい。実はその母親は私の初恋の相手でしてな…。父親が認知せず…我が領内に来て出産した後、はやり病で…。」
「父親は誰だ?」
「リッシュモンと聞いております。」
リッシュモンへの弱みを握れたが、本人が否定しているとなれば言い逃れされてしまうだろう。
「さて、そろそろ本題に入るとしよう。」
「街道整備計画ですな。この計画に加入した貴族の領地全ての街道を整備、盗賊や妖魔の情報を共有して協力して撃退、ゆくゆくは関所を撤廃する…。」
「どうだ?」
「余剰生産物を売りあうことで、領地を発展するという案はありました。そのための街道整備というのも。」
「ほう、計画があったなら是非とも参考にさせてもらいたいが。」
「その前に。街道整備計画をかつて立ち上げたとき、王宮の重鎮から反対を受けました。『統制派』の方々にです。」
「統制派というと、ウィンプフェン伯がいる派閥か。」
「はい。街道を整備すれば、他国の騎兵隊が進撃しやすくなり、王都まで攻め込まれやすくなる…亡国への道である、と」
根が深いな、とザナックは感じ取る。
「怠慢だな。トリステイン王国軍は他国の騎兵隊が進撃してきたらなすすべなく敗れる程度なのか?」
「ゲルマニアとガリアは国土が10倍です。人口もそれに比して多く…。」
「大国であるがゆえに、動員には時間がかかる。その間にこちらが早期に動員をかけれるようになれば、どうだ?」
「…統制派が何というか。」
「その統制派の重鎮であるウィンプフェン伯は、説得済みだ。」
「?!」
「見せてくれるか、シュルビス伯。貴公がかつて練ったという街道整備計画を。」
シュルビス伯から手渡された計画書を読み、ザナックはその鋭敏な思考をめぐらす。
細部と一部を大きく手直しする必要はあるが…草案としては及第点だ。
「土メイジが多数必要だな。声をかけるならどこだ?」
「グラモン家ですが…。恐れながら、色よい返事は期待できますまい。」
「なぜだ?」
「ド・ポワチエは殿下の支持者と伺っておりますが、そのド・ポワチエはグラモン伯と不仲で…。」
「ああ、知っている。」
「グラモン家を重用してしまうと、ド・ポワチエは殿下とたもとを分かつでしょう。また、グラモン伯は高齢。その嫡男は腕は立っても、実戦経験は浅く…。」
「軍内部での支持層を失いかねない、か。ド・ポワチエを重用するが、グラモン家をないがしろにするつもりもない。案ずるな。」
シュルビス伯は深々と頭を下げる。
「ザナック殿下。このシュルビス、殿下を支持する事を神と始祖に誓いましょう!」
「感謝する。」
「そうとなれば。殿下は確か婚約者がいらっしゃらないと伺いました。ド・ポワチエの妹の娘、つまり姪っ子が逗留しております。殿下に紹介を」
「やめろ。二度は言わん。」
ド・ポワチエ将軍の姪と恋仲といううわさが広まれば、グラモン家を説得しようとしているザナックは非常にやりづらくなる。
「そう、ですか…。ですが、舞踏会に是非ともご参加ください!」
「まぁ、舞踏会には参加させてもらう。」
その後、紹介されたド・ポワチエ将軍の姪っ子の実物…金髪ツインテールで発育の良い体つきの美少女をみて、ザナックは暫定的な婚約者にしておけばよかった、と内心後悔した。
―――――
街道整備計画を進める一方、アルビオンの情報収集もザナックは怠らない。
マザリーニ枢機卿と、ウィンプフェン伯、ド・ポワチエ将軍、ラ・ラメー伯が一室に集合する。
「…サウスゴータを取るか。」
「竜騎士を配備していましたが…。防衛側の将軍が、劣勢に陥ったことで竜騎士部隊を投入しようとするも…。」
「竜騎士部隊は離反。内外から攻撃を受けて陥落、か。もともと、サウスゴータはモード大公の腹心が統治していた都市。そこにモード大公の忘れ形見が奪還に来れば。」
カリスマは自分と違って高いようだ。
「竜騎士部隊を掌握しきれていなかったことが敗因か。だが、レキシントンには」
「ウェールズ殿下が直属を率いて到着したとか。ロイヤル・ソヴリン号とジェームズ陛下の竜騎士部隊も配置されている以上、裏切りはないでしょう。」
「ふむ…。なぜ、レキシントンから奪取しなかったのだろうか?」
マザリーニ枢機卿は、思いついたかのように疑問を漏らす
「戦力確保と拠点の確保だろう。サウスゴータは大都市にして、モード大公の影響力が強い。そこを抑えて旧臣を糾合。その戦力でもってレキシントンを制圧する、という流れだろう。」
淀みなく答えるザナック殿下に対し、マザリーニ枢機卿はそっと他の3人を見る。
誰が、ザナック殿下に軍事指導をしたのかを。
全員が地図に目を向けていたことで、その誰でもない、とマザリーニ枢機卿は判断する。
「さて、親愛なる従兄妹同士の骨肉の争いはともかく、計画を進めるぞ。レコン・キスタが勝って、さぁ次はトリステインとなった時に侵攻を躊躇させるほどに防備を固めれば、親愛なる従妹殿が説得してくれることだろう。」
―――――
ザナックが防備を固めている頃。
浮遊大陸アルビオンにおいて、レキシントンでの戦いは決着がついた。
港湾施設、レキシントン。王党派にとって重要な拠点であり、ここをレコン・キスタが抑えれば制空権をほぼ掌握されてしまう。戦艦の整備、建造に携わる重要拠点。
石の壁を周囲に張り巡らし、町全体の堅牢さは首都ロンディニウム、サウスゴータに次いで高い。
そのレキシントンは、すでに陥落寸前であった。
街のあちこちで門が内側から開けられ、その混乱に乗じてモード大公派を中心とした部隊が攻め込んだのだ。
統制を失った王党派は退却を開始し、地理に詳しいモード大公派の部隊はレキシントンの要所を占拠。
「敗残の兵は残らず捕らえろ。手向かうなら容赦はするな!だが、市民への危害及び略奪は許さん!彼らはこれより我らの臣民となるのだからな!」
凛とした声が響き渡る。軍服を纏っているが、その美貌は損なわれる処か、凛々しさが強調されている。。
「ウェールズの身柄は抑えたか!」
「申し訳ございません、リリーシャ様。風竜騎士団の小隊が追撃しましたが、バリーに守られ落ちのびたとの事。」
配下である緑色で短髪の青年が、リリーシャに答える。
マンティコアにまたがった彼の返答はリリーシャにとって望ましい答えでは無く、いら立ちを隠せない。
「レキシントンでウェールズを捕らえれば、ロンディニウムのジェームズ一世を引きずり出せたものをっ!」
「クロムウェル閣下からレキシントンの制圧を最優先にと言われている以上、精鋭をそちらに回せません。」
内部から門を開けさせるという裏工作を施し、混乱させたことに成功したが、逃げ遅れた王党派の兵は時間を稼ぐべく抵抗を続け、その為に時間を稼がれた。
「それにしても、レキシントンの兵がここまで寝返るとは。父上、貴方はこれほど多くの人に慕われていたのですね…」
「今は亡きモード大公は温厚で誠実な方でした。これも始祖の思し召しでしょう。」
そんな彼らの所に複数の将が駆け付ける。
「ロイヤル・ソヴリン号の接収、完了しました!」
「レキシントン憲兵本部の制圧完了!意外と簡単でしたな。」
成功したという報告を立て続けに受け、リリーシャの機嫌はよくなる。
「そうだ、裏工作が無ければ数カ月はかかったであろう拠点だ。だが、王党派が再び奪還に向かう可能性は十分にある。気を緩めるな」
主目的は果たせなかったが、レコン・キスタから命じられた当初の目標を果たした事で、リリーシャはやや落ち着く。
「ロサイス、ダータルネス、そしてレキシントン。これでトリステイン、ガリア、ゲルマニアの介入が難しくなるのは良い事。」
「トリステインが何故アルビオンの内乱に介入を?ガリアは国王が無能ゆえ、介入するという考えすら浮かばないでしょうが。」
オルレアン公の死に伴って冷遇され、アルビオン動乱に参加したガリア出身のメイジ。「我こそはオルレアン公の配下で最強」と名乗った男にリリーシャは目を向ける。
レコン・キスタには「オルレアン公の配下で最強」を名乗るメイジが3人いる。
「我らレコン・キスタは数の上では劣勢に立たされている。」
「お言葉ですが、現在、我らの兵は4万を超します。劣勢では無いかと」
イマイチ要領を得ない態度に、リリーシャは内心失望する。トリステインやガリアが介入すれば、四万という数など何の役にも立たない。
戦々恐々していた彼女としてはこの認識の甘さは眩暈がする。
無論、ハルケギニア列強諸国が介入するかどうかは不明だが、不安要素は可能な限り排除するに限る。
故に彼女は懇切丁寧に教えることにした。共通認識を持たねば話が成立しない。
「アルビオン王家とトリステイン王家は縁戚関係。故にアルビオン王家への支援として資金、物資、増援などを送る可能性は極めて高い。そもそも、アルビオン王家が潰えれば次がトリステインの番となれば、官民一体となって内乱への支援に乗り出してもおかしくない。サウスゴータ奪還後、レキシントンを即座に落とすべきと私がクロムウェル閣下に進言したのはそのため。」
「は、はぁ…。あの小国にアルビオンの内乱に参加する力と意思があるかというと…。ザナック王子は小太り、アンリエッタ王女は遊び呆け。鳥の骨マザリーニ枢機卿は王族と不仲と聞き及んでいます。」
リリーシャはアンリエッタと面識はあるが、ザナックと会ったことはない。
幼少期な錯乱していたという話も聞いているが…。今は違うという話も伝わっている。
そんな彼女の所に、早馬が駆けてくる。
「ご報告します!レント隊長率いる第一火竜騎士団が虐殺を、ハイヴィンド隊長率いる第二火竜騎士団が略奪を!御止めしましたが、それがどうしたとのお言葉で…」
「なっ?!今すぐ止めさせろ!」
リリーシャは愛馬とともに駆ける。
―――――
略奪と破壊。流れる真紅の血は人の獣性を呼び覚ます。それでも理性的な軍隊であれば指揮官により統制されるのだが。
その指揮官が率先して略奪にかまけていては統制などとれようもない。
「おのれっ、レコン・キスタめっ!狂った共和主義者共がっ!」
すでに指揮系統は崩壊、その上多数の要所を抑えられたがウェールズ殿下は脱出を完了した。
実戦経験のある若い王党派の殿軍は降伏も撤退も選ばなかった。
この狂った共和主義者を一人でも多く討つ。
残存部隊が襲撃してきたことで、略奪の狂熱に浮かれていた第一火竜騎士団と第二火竜騎士団も流石に熱から醒める。
殺戮と略奪の狂奔に浮かれていた暴徒の群れが、一瞬にして一つの軍隊に代わる。
アルビオンの竜騎士は天下無双。そう謳われる理由がここにある。
「全滅させろ」
「はっ。」
火竜のブレス、さらにはファイアー・ボールにより王党派の残党部隊は殲滅。だが。
「これはどういう事だ!」
「王党派の残党が襲ってきた。ゆえに迎撃した。何か問題でも?」
「虐殺と略奪をしていたという報告がある。貴公達の言い分も聞いておこう。」
「それは王党派の残党をおびき出すための、演技だ。」
「建物に立てこもられては、建物ごと破壊せねばならん。レキシントンは重要な都市なのだ、クックック…」
燃え盛る炎を後に、火竜騎士団は移動を開始する。
後始末を押し付けられたリリーシャは即座に水メイジを呼び集め、消火活動にあたる。
ザナックがトリステインの防備を固め、レコン・キスタがアルビオンを制しつつある中…。
アンリエッタが行動を開始する。
実際、ラグドリアン湖の水の精霊とラナーが戦ったら水の精霊が勝つと思います。
そもそも人間は触れたらアウトな存在なので。
次回は、アンリエッタ姫が行動を開始します。え?遅い?
そもそも、この世界線では兄がいてアンリエッタ姫はスペアという扱いなので…。