重力少女のヒーローアカデミア 作:縞猫
私はナンバーワンヒーローとの模擬戦や、サー・ナイトアイに会った過去を振り返っていた。
その間にオールマイトが重力で捕らえていたヘドロのヴィランを回収し、それをきっちりペットボトルに詰めて、封印完了である。
ちなみに緑谷君は憧れのオールマイトに会えて嬉しいのか、ただ今大混乱中であった。
「いやー! 悪かった! ヴィラン退治に巻き込んでしまった!
いつもはこんなミスはしないのだが!
慣れない土地で浮かれちゃったかなぁ! あーはっはっはっ!」
ここまで一息で喋れるのは、流石はナンバーワンヒーローだと感心する。
「しかし! キミたちのおかげさ! ありがとう!」
褒められても私は緑谷君からヘドロを引き剥がし、天井に落としただけだ。
そこまで大したことはしていないが、ここで遠慮しても話が長引くだけなので、お礼は素直に受け取っておく。
「ああっ! そうだ!」
ようやく緑谷君が正気に戻ったようで、慌てて何かを探しだす。
「サイン! サインを!」
やがて鞄の中からノートを取り出して、オールマイトに渡してサインをお願いする。
彼はそれを受け取ると、快く応じてくれた。
「あっ、ありがとうございますー! 家宝! お宝にいいい!」
緑谷君は喜びすぎて、さらに混乱していた。
流石はナンバーワンヒーローだけあって冷静だ。
ファンの扱いに、慣れているのかも知れない。
「
「私はいらない」
「そっ、そうか!」
ナンバーワンヒーローのサインは、家族のために何枚かお願いしたことがある。
もちろん快く応じてくれたが、私個人としては別に欲しくはない。
彼は少し残念がっていたが気を取り直して、ペットボトルに詰め込まれたヘドロヴィランをズボンのポケットに入れる。
「じゃあ、私はコレを警察に届けるので!」
そう言って彼は、ペットボトルをポンポンと叩いて背を向けた。
「液晶越しに! また会おう!」
あまり興味がない私としては、別に会えなくても困らない。
決め台詞の許可はもらっているし、特に問題はなかった。
緑谷君がまだ何か言いたそうにしているが、オールマイトはそのことに気づいていても軽く流す。
「プロは常に、敵か時間かの戦いさ!」
準備運動を欠かさないのも、戦闘に備えているかも知れない。
私は我関せずとばかりに少し離れた位置に立って、二人のやり取りをのんびり眺めていた。
「それでは! 今後とも! 応援よろしくねー!」
オールマイトは物凄い脚力でジャンプして、空の彼方に飛び去る。
けれど私はここで、あることに気づいた。
「あれは、緑谷君?」
何故かナンバーワンヒーローの足に、緑谷君がくっついて一緒に飛んでいったのだ。
オールマイトに着いて行ったのは彼の意思である。
何か考えがあるだろうし、自分が同行したり無理に連れ戻すのもどうかと思う。
「卵二パック買いたかった」
特売はお一人様二パック限りなので、緑谷君が居ないと合計四パックの購入はできない。
私はもう一度空の彼方を眺めて溜息を吐く。
けれどクヨクヨしても始まらないため、気持ちを切り替えていつも買い出しに行っているスーパーマーケットに向かうのだった。
オールマイトと緑谷君と別れた私は、帰り道に行きつけのスーパーに寄って院長先生に頼まれた買い物を済ませる。
あとは孤児院に戻るだけだが、その途中で何処か遠くで火災が発生していることに気づいた。
近くまで行って近隣住民の話を聞く限りは、ヴィランが人質を取って暴れていて、集まったヒーローも迂闊に手出しができない状況らしい。
何が起きているかは確認してないので何とも言えない。
けれど既にヒーローが集まっているため、焦らずに人混みをかき分けて現場の様子をこの目で確かめることにする。
(見て見ぬ振りはできないし)
私が孤児院に帰ったあとに犠牲者が出たら、寝覚めが悪くなる。
けれど既にヒーローが駆けつけていて増援も呼んだらしいし、自分の出番はないかも知れない。
おっとり刀で前の方までやって来ると、何やら聞き慣れた声が聞こえてくる。
「爆豪君?」
私の五感は常人以上なので、遠くの音まで聞き取れる。
数少ない友人の声が聞こえてきたので、少し焦りつつ隙間を通って前に歩いて行く。
すると緑谷君がヘドロのヴィランに掴まっている爆豪君を助けるために、皆の静止を振り切り一人で駆け出したところだった。
「かっちゃん!」
人混みでごった返していることもあり、身長の低い私ではまだ良く見えない。
けれど今はとても不味い状況だということは、周囲の会話だけで十分に理解できた。
「何で! デクがぁ!」
「何故って! 足が勝手に!」
緑谷君はそう言って鞄の中身をぶつけ、ヴィランの気をそらす。
取り込まれつつある爆豪君を助けようと、泣きながら必死に手を差し伸べていた。
「君が! 助けを求める顔してた!」
その瞬間に私は地面を蹴り、個性を発動して空中を飛びつつ敵に向かって突っ込む。
けれど自分が介入するよりも先にヴィランが触手を振り上げ、緑谷君を攻撃するほうが少しだけ速そうだ。
「もう大丈夫! 私が来た!」
定番の台詞を口に出してヴィランの注意を引いた私は、孤児院の子供からもらった玩具のコインを素早く取り出した。
「撃ち抜く!」
相手は流体なので、穴が空いても死にはしないだろう。
玩具のコインを急加速させて撃ち出した。
「がっ!」
狙い通りにヴィランの体に小さな穴が空いて、一瞬だけ攻撃の手が止まった。
通り過ぎたコインは後ろの建物に深々とめり込み、あとで多額の損害賠償を要求されたらどうしようと内心冷や汗をかいたのは秘密だ。
「邪魔を! するなああああ!」
しかし今は、そんなことを気にしている暇はない。
僅かとはいえ敵が怯んでいる間に、抑制を一段階だけ解除する。
「変! 身!」
超重力を少しだけ軽くすることで、小学生低学年から二年ほど急成長する。
前にオールマイトと模擬戦をした時には、彼の手加減状態と互角に打ち合えた。
なのでヘドロヴィランの触手による連続攻撃を次々といなし、続いて地面に足をつけて勢い良く跳躍する。
爆豪君に当たらないように気をつけて飛び蹴りを放つ。
「重力加速! 二倍!」
敵は人質を捕らえたまま離さないし、緑谷君もすぐ近くに居る。
さらに商店街のど真ん中で道幅も狭く、大勢がろくに避難もせずに集まったままだ。
周辺への被害を考えると、大技は使えない。
そこで私は、至近距離から高速の飛び蹴りを当てた。
オールマイトとの模擬戦以降は、この状態での修業も始めたので力加減はバッチリだ。
「ぐわあああっ!!!?」
赤熱する程の加速は得られなくても、流体のヴィランに大ダメージは与えられた。
蹴りを当てた箇所が大きくへこみ、一部が吹き飛んだ。
攻撃の反動を受けた私は、光り輝く粒子を放出しながら空中で一回転する。
そして緑谷君を庇うように、華麗に着地した。
理由は不明だが超重力というデバフを解除すると、全身からキラキラした粒子が放出されて一時的に急成長する。
今のところは二段階までしか解除したことはないし、まだあまり慣れてはいない。
それでも目の前のヴィランなら一段階で十分対処できるし、初披露のオールマイト戦とは違い、加減を誤って大怪我をさせたり殺してしまう心配もなさそうだ。
自分の背後に居る緑谷君が、パッツンパッツンの私を見て大きな声を出す。
「せっ、
「話はあとにして」
振り向かないが、緑谷君が驚きの表情を浮かべているのはわかる。
二歳ほど急成長した私の姿は見慣れていても、突然参戦したのでびっくりしたのだろう。
「今から重力操作で引き剥がす。爆豪君をお願い」
「わっ、わかったよ!」
とにかく急いで緑谷君に指示を出すと、ヘドロヴィランに開けた穴が塞がる。
そして私を、憎々し気に睨みつけてきた。
「お前ええ! お前はあ! まさかああ! 二代目オールマイトかあああ!?」
二代目オールマイトとは、ヴィランの間で広まっている私の通称だ。
彼の決め台詞を使っていて、さらに増強系の個性だと勘違いされているのが原因である。
「私は
しかし今は爆豪君を助けないといけないので、気にしている余裕はない。
念のために、個性を発動させる前に確認を取る。
「爆豪君! 痛いけど我慢して!」
「いっ、いいから! さっさとやりやがれ! 斥流!」
当人のゴーサインが出たので、重力操作によってヘドロヴィランとの分離を図る。
やっていることは緑谷君と同じだが、相手は私の個性を知っているし引き剥がされたら終わりだと判断したらしい。
何としても彼を取り込もうと、必死に抵抗していた。
「離れてなるものかあああ!!!」
「むうっ! 往生際が悪い!」
私がしていることを簡単に例えるなら、糊付けした二枚の紙を綺麗に剥がそうとしているようなものだ。
しかし今回はかなりしっかりくっついているので、傷つけずに剥がすのはなかなか難しい。
「あだだだっ! 斥流! もっと優しくやりやがれ!」
「これでも優しくしてる!」
爆豪君が痛がっているが、少しずつ分離は進んでいた。
「あと少しだけ、我慢して!」
「あと少しだと!? どれぐらいだ!」
「んー……五分? ううん、十分ぐらい!」
ヴィランが根負けすれば、その時点でこちらの勝利だ。
しかし全力組み付きが維持されれば、最低でも十分は作業が続きそうだ。
緑谷君も爆豪君の両手を持って、一生懸命引っ張っている。
だが、なかなか脱出は難しそうである。
「そんなに待てるか! 馬鹿野郎! 痛みで発狂するわ!」
「大丈夫! 痛いだけで、怪我は大したことない! 死ななきゃセーフ!」
「余裕でアウトだわ! 精神的に死ぬだろうがあっ!!!」
個人的にそれだけ元気があれば大丈夫だと思うのだが、爆豪君の望みを叶えるのは難しそうだ。
けれど双方の怪我は抑えるには、今のペースで時間をかけて引き剥がしていくのが一番である。
私たちが爆豪君の救出に動いていると、すぐ後ろから聞き覚えのある声が響いてきた。
「本当に! 情けない!」
自分はヴィランから視線をそらせないが、何が起きているかは想像できる。
「キミに諭しておいて! 俺が実践しないなんて!」
緑谷君の表情が一変したことから、オールマイトは彼に何かを言ったのだろう。
「プロはいつだって! 命がけえええ!」
そう言って彼が拳を強く握りしめる音を感じ取った私は、この後に起きることを予想して身を固くする。
「デトロイト! スマッアアアシューッ!!!」
ヴィランに向けて超パワーの拳が叩きつけられた。
とんでもない突風が発生して吹き荒れる中で、私は個性を発動して緑谷君と爆豪君を急いで確保する。
けれど自分と違って攻撃の余波をまともに受けた二人はあっさり気絶し、私は彼らの手を掴んで木の葉のように空に舞うのを防ぐのだった。
事件のあと、周囲のヒーローや市民は流石はオールマイトだと称賛の嵐だった。
何だかんだで怪我人は殆どいないし、上昇気流で雨が降って火災も消えた。
終わり良ければ全て良しだろう。
「斥流少女も、協力感謝する!」
「どう致しまして」
私はただ、困っている知り合いを放って置けなかっただけだ。
命を捨ててまで市民を守る正義の味方とは違い、そんな崇高な心は持っていない。
だが何にせよヴィランは倒されてめでたしめでたしで、自分の役目は終わった。
気絶している二人を放置して先に帰るのは少し悪い気がしたが、この場に残っても面倒が増えるだけだ。
「オールマイト」
「何だね!」
けれど一言だけ、ナンバーワンヒーローに向けて心配そうに声をかける。
「今、貴方に倒れられたら困る。
だから、無理はしないで」
戦闘は終わったので自身に加重をかけ直し、粒子の放出を止めて元の体型に戻る。
すると彼は一瞬言葉に詰まったものの、こちらを真っ直ぐに見返してくる。
「はっはっはっ! キミがヒーローになってくれれば、私の負担も減るのだがね!」
ナンバーワンヒーローは辛いなと、軽快に笑い飛ばした。
つまり彼は無理をするのは止める気はないらしく、私は良く観察する。
(明らかに前より弱体化してる)
私は過去に、オールマイトと戦闘訓練をしたことを振り返った。
あの時よりもさらに弱っていて、今も明らかに無理をしている。
このまま続ければ遠からず肉体が耐えられなくなり、ヒーローを引退することになるだろう。
(正直、それは困る)
平和の象徴が居るから日本の治安が保たれ、他国よりもヴィランの犯罪率が低いのだ。
(彼が引退したら、私が忙しくなる)
なので平和の象徴が消えればヴィランたちは息を吹き返し、日本中の治安が大きく悪化する。
私も流石に目の前で起きる事故や犯罪は無視することができず、速やかに解決するために危険に飛び込むだろう。
ぶっちゃけ、そんな面倒なことはしたくない。
ヒーローは好きではないが、今の平穏な日本は嫌いではないのだ。
なので私はしばらく頭を悩ませたあとに、正直な気持ちを口に出す。
「わかった。ヒーローの件、考えておく」
「それはっ! どういう心境の変化かな!」
相変わらずヒーローには全然興味がないし、命がけの仕事に就くつもりもない。
ちなみにいつの間にか、オールマイトだけでなく周囲のヒーローや市民も、私の発言に耳を澄ませていた。
けれどマイペースな自分は、特に気にせず素っ気なく答える。
「平和の象徴に、倒れられたら困る。
だから、しばらく近くで様子を見たい」
色々考えた末の答えだ。
オールマイトは良くわからなかったようで、もう少し踏み込んで尋ねてくる。
「では、斥流少女はヒーローを目指すのかな!」
「ヒーローにはならない」
オールマイトや周りの人たちに変化はないが、何となくガッカリしたような空気を感じ取った。
「けど、雄英高校を受験する予定」
「ほうっ! 雄英をかい!」
すると彼は嬉しそうに胸を張って、説明を始める。
「雄英は多くのヒーローにとって憧れの高校だが、全国屈指の難関だ!
でも大丈夫! 斥流少女なら、きっと合格できるさ!
いいや! その気になれば、推薦入学も可能だろう!」
オールマイトが太鼓判を押してくれたので、私も率直にお礼を口にする。
「ありがとう。私も合格できるように頑張る」
ただし受験するのは雄英高校でも、ヒーロー科ではない。
他にも様々な学科あるのは知っているので、普通科を受けるつもりだ。
「雄英高校なら、オールマイトの様子を見られる」
来年には雄英高校の教師をするらしいし、同じ学校ならオールマイトが無茶をしないかと気にかけることができる。
実際に見つけて何をするかまでは決めていないが、私の行き当たりばったりは今に始まったことではない。
取りあえずナンバーワンヒーローを影からサポートをすれば、彼の引退を先延ばしすることができるだろう。
「待ちたまえ! 斥流少女! その情報は一体何処から!?」
しかしオールマイトは、とても驚いていた。
情報の出どころが気になるようだ。
やけに真面目な顔で質問してくるので、もしかして一般公開はされておらず、まだ秘密だったのかも知れない。
だったら悪いことをしてしまったと、ナンバーワンヒーローに隠さず正直に話す。
「サー・ナイトアイが教えてくれた。……ごめんなさい」
彼が未来を読ませて欲しいと頼まれても断り、今もその気はない。
けれどサー・ナイトアイは諦めておらず、今もたまに孤児院を訪れるのだ。
その時に話題が出たのだが、きっとナンバーワンヒーローなら私の気が引けると考えたのだろう。
結果は適当に話をしたあと、体に触れる前にお帰りいただいた。
まあ、それは今は関係ないので置いておく。
とにかく私が深々と頭を下げると、オールマイトが豪快に笑い飛ばす。
「いやいや! 別に責めているわけじゃないさ!」
何やら複雑な事情があるらしく、それ以上は追及してこなかった。
彼の表情は明るいが、内心はかなり複雑なようだ。
しかし結局その後は特に何もなく、雄英高校の受験を頑張ってくれと励ましてくれたのだった。