重力少女のヒーローアカデミア 作:縞猫
色々あって、ヒーロー科の試験を受けることになった。
特例として市街地演習が加点されるらしく、合格基準点を満たしやすくなる。
雄英(ゆうえい)高校が決定したことなので、不正ではないのだった。
そんなこんなで市街地演習Cにやって来た。
私はヒーローを目指している他の受験生をのんびり観察しながら、どう立ち回るかを考える
(合格点さえ越えればいい)
私が好き勝手に乱獲したせいで、市街地演習Cだけ不合格者が続出したら申し訳ない。
なのである程度の仮想ヴィランを倒したら、あとは他の受験生のサポートに徹するのだ。
何しろマイペースで気楽なのは私ぐらいで、他の受験生の表情は真剣そのものである。
人生の岐路に立たされており、当たり前であった。
自分は合格を確実にするための一押しのつもりで参加しているが、皆は違う。
やはり必要以上に狩りすぎるのは不味そうだと再確認していると、突然辺りに大声が響き渡った。
「はいっ! スタートォ!」
試験官であるプレゼントマイクの声だと理解した私は抑制を一段階解除し、脇目も振らずに正面ゲートに向かって疾走する。
「どうしたぁ! 実戦にカウントなんかねえんだよっ!
走れ! 走れぇ! 賽は投げられてんぞぉ!」
他の受験生も試験官の発言を受けて気づいたようで、慌てて走り出す。
身体能力を強化した私は一足先に正面ゲートを潜り抜けて、すぐに見晴らしの良いビルを見つけて迷うことなく跳躍する。
すると解放状態の加減を覚える修行をやり始めたおかげで、問題なく屋上に降り立つことができた。
「……さてと」
何気地上を見ると、入口から受験生の集団が大勢駆け込んできている。
そして市街地Cの各所に仮想ヴィランが配置され、索敵を行っていることがわかった。
「ならば、遠い敵を狙う」
当たり前だが、受験生は少しでも多くの得点が欲しい。
なので入口近くではなく、遠くの仮想ヴィランを倒していくことに決める。
普通科希望の私にとっては、今回の試験はボーナスゲームだ。そこまで焦る狩る必要はない。
呼吸を整えて精神を集中し、遥か遠くを見つめて個性を発動する。
「やはり、距離が遠いと難しい」
常人よりも優れた視力ではあるが、個性の有効射程範囲は数百メートルといったところだ。
仮想ヴィランを超重力で押し潰したり、コインを加速させて機械の体を撃ち抜きながら冷静に分析する。
そして効果対象の重力を操作するには、私が直接目で見て認識する必要がある。
距離が遠すぎると輪郭がぼやけたり、遮蔽物などで見失うのだ。
さらに遠いと目を凝らさないといけなくなり、視野が狭くなって効果範囲も大きく狭まる。
「何事も限界はある」
それはともかく相手がロボットなので、手加減無用で個性の良い練習になる。
しかし、あまり狩りすぎると他の受験生の得点がなくなってしまうため、程々のところで切り上げるべきだ。
「あとは、サポートに回る」
私はきっちり二十点取ったところで、仮想ヴィランへの攻撃を止めた。
そして次は辺りを見回し、怪我をしそうだったり苦戦している受験生を重力操作で援護する。
しばらくビルの屋上からサポートしていると、やがてお邪魔虫が現れた。
倒してもゼロポイントの巨大ロボットは、市街地で派手に暴れている。
受験者たちは蜂の巣を突いたように逃げ惑い、とてもではないが点数を稼ぐどころではない。
私はどうしたものかと少しだけ考えて、大きな溜息を吐く。
「倒す意味はないけど、放置もできない」
巨大なため市街地演習場の被害が拡大するだけでなく、放置すると怪我人が出てしまう。
なので、ここは速やかに排除するのが良いと判断した。
「私が倒してもいいけど」
個性を発動して巨大ロボの重量を増やし、一歩踏み出した瞬間にバランスを崩して転倒させる。
地球の重力を参考にして作られた機械なので、解除しない限りは二度と起き上がれないだろう。
幸いなことに銃火器などの武器は所持しておらず、殴りや踏み潰しがメインのようだ。
そして身動きが取れないと何もできないため、何とか起き上がろうとしている。
実際には手足をばたつかせるのが精一杯だが、残り時間も迫っているので早めに片付けたほうがいいだろう。
ビルの上に立っている私は、周囲の受験生たちに向けて大声で呼びかける。
「巨大ロボットを倒したい人! どうぞ!」
今の私はサポートに徹しているので、自分でやる気はない。
それに倒しても点数は得られないし、これ以上の周辺被害の拡大を止めるために転倒させたのだ。
あとは倒したい人が倒せばいいと考えて声をかけたが、少し待っても名乗り出る人は居なかった。
(残り時間はあと僅か。……う~ん)
ロボットはとても大きいので、転倒状態とはいえ普通の攻撃では倒すのは難しい。
そして市街地Cの受験生たちの中には、特別相性の良い個性持ちはいなかった。
(言い出しっぺの法則)
この程度の相手なら片手間で済むし、転倒して動けなくなっていたのでちょうど良いと考える。
私は屋上から跳躍しながら蹴りの姿勢になり、敵に向かって真っ直ぐ落ちていく。
「重力加速! 二倍!」
巨大ロボットの中心部に吸い込まれるように、高速の蹴りが叩き込まれる。
重力加速は破壊力を高めるだけでなく、軌道を修正して確実に命中させる役目も果たしていた。
自分は見た目以上に重くて頑丈で、装甲の隙間を狙ったこともあり、十分な加速でなくても貫くことができた。
発生した衝撃波によって、破片や部品が周囲に飛び散る。
爆発に巻き込まれたくないので、すぐさまその場から離脱する。
だが途中で火花を散らす巨大ロボットの近くに、まだ避難が終わっていない受験生を見つけた。
「危ない!」
爆発で飛ばされた大きな破片が、彼をめがけて落ちていくのを目撃する。
私は考えるよりも早く受験生を庇うために素早く移動し、重力制御によって勢いを弱めた。
「よいしょ……っと」
飛んできた大きな破片を受け止めた私は、ゆっくりと地面に置いた。
その際に倒れている受験生の様子が気になったので、そちらにも顔を向ける。
「大丈夫? 怪我はない?」
「あっ、ああ、俺は大丈夫だ。おかげで助かった」
見た感じ怪我はなさそうだが、転んでいたので念のために手を差し伸べる。
すると彼は一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐに手を取って起きあがった。
「試験! 終ー了ーっ!」
その直後にプレゼントマイクの大声が聞こえ、サイレンの音が響き渡る。
取りあえず再び封印状態に戻ってから試験官からの指示を待つが、しばらく経っても何も起きない。
なので手持ち無沙汰になった私は、助けた受験生の手を離して倒れた巨大ロボットの残骸を眺める。
だが彼も暇になったようで、何故か真剣な表情でこちらに声をかけてくる。
「あの、
「……何?」
彼の質問に答えるのは構わないが、相変わらず私は全く名乗ってない。
けれど自分の名前を知っているので、内心は少々複雑であった。
表に出すと相手の気分が悪くなるので、なるべく平静を装う。
「
「なれる」
「えっ?」
「キミは、ヒーローになれる」
周りの受験生たちもやることがなくて暇なのか、私たちの会話に口を挟むことなく静かに見守っている。
横槍を入れてこないので、空気を読んでいるらしい。
とにかく私が迷うことなく即答すると、彼は戸惑うように口を開く。
「なっ、何で! 何でそう言えるんだ!?」
「キミがどんな個性か、私は知らない。……でも」
ビルの屋上から彼を何度か見かけたが、仮想ヴィランを倒して点数を稼ぐのに苦労していた。
つまり少なくとも、戦闘が得意で派手なヒーロー向きな個性ではない。
「どんな個性も使い方次第で、善にも悪にもなる。
それに戦うだけが、ヒーローじゃない」
私の答えは昔から変わらずに、彼を真っ直ぐに見つめて続きを話していく。
「だからキミはヒーローになれる。
でも、今はまだ卵」
「たっ、卵なのか?」
彼は先程よりは落ち着いてはいるが、それでもかなり緊張しているようだ。
「この先の頑張り次第で卵の殻を破って立派なヒーローになるか、腐らせてヴィランになるかが決まる」
もしくは夢を諦めて一般人のままで居ることも選べるが、それは口にはしなかった。
ちなみに自分が中学に上がるよりも前に、
今はヒーロー名ジェントル・クリミナルとして活動しているが、あの時の彼はヴィランに堕ちかけていた。
(目の前の彼は、昔の飛田さんに似てる)
私は過去に会った
現在の彼はたまにテレビに登場して、ヒーローインタビューを受けるほど有名で立派になった。
彼女にヴィランに堕ちかけていたところを救われ、人生をやり直す機会を与えてくれた。
そんな小っ恥ずかしくなるようなことを、取材のたびに口にしていた。
ちなみに最近はラブラバというサイドキックを雇ったようで、大変仲がよろしくて息ピッタリだと評判である。
孤児院のテレビに彼が登場すると、私はたちまち恥ずかしくなって赤面して自室に逃げ込むのだ。
チャンネル権は多数決なので、少数派は辛いのであった。
それはそれとして目の前の受験生から、何やら予想外の発言が飛び出してきた。
「そう言えば斥流さんも最初は、ボールペン一つ持ち上げるのがやっとだったな」
「えっ? 何でキミがそれを知ってるの?」
確かに自分の知名度が上がってからは、顔や名前を知る人が多く居る。
しかし過去のことは殆ど話さないし、一体何処から情報が漏れたやらだ。
私が疑問に思っていると、彼はすぐに答えてくれた。
「名もなきヒーローの軌跡、という本を読んだんだ」
聞いたことないタイトルに、私ははてと首を傾げる。
「最近出版された、世界的な大ベストセラーの書籍だ」
そう言って彼がスマートフォンを取り出し、素早く操作を行う。
その様子を呑気に眺めていた私だが、ここで今さらながら彼の名前を知らないことに気がつく。
入学試験だけの付き合いになるだろうし詳しく知る必要はないけれど、結構長々と話している。
少し遅いが、礼儀として聞いておいたほうが良いだろう。
「あの、貴方の名前は?」
コホンとわざとらしく咳払いしてから尋ねると、すぐに答えが返ってくる。
「
「そう。私は
もう知っているだろうけれど、流れで自己紹介をする。
やがて心操君はスマートフォンの操作が一段落したようで、問題の書物を見せてくれた。
「電子書籍で購入したんだ。
少し読めばわかると思う」
そう言って彼はスマートフォンを貸してくれた。
けれど受け取った私は、画面を見て思わず固まってしまう。
「あの、ごめん。私、スマートフォンの使い方がわからない」
「そっ、そうか。いや、そうだったな」
現代人では珍しく、自分はスマートフォンやパソコンなどの電子機器に触ったことがない。
せいぜいテレビや固定電話、あとは家事に使用する旧型の機械ぐらいだ。
だが心操君は使い慣れているらしく、すぐに教えてくれた。
ありがたく思いながら、問題の書籍を流し読みさせてもらうとすぐに気づいた。
「私が主人公で、視点は院長先生?」
ここで何ヶ月も前に、院長先生が物語の登場人物として使ってよいかと尋ねてきたことを思い出す。
その時は何処かのサイトに小説でも投稿するのかと考え、酷いこと書かなければいいよと軽い気持ちで許可した。
それっきり音沙汰がなかったので、良い構想が思いつかないか筆を置いたのかと思っていた。
だがそれがまさか、投稿サイトではなく書籍として出版されるなど予想外にも程がある。
少しだけ読み進めたが羞恥に耐えられなくなった私は、顔を赤くして心操君にスマートフォンを返した。
「心操君! ありがとう! 返す!」
「おっ、おう」
過去の私に向き合うには、羞恥心のキャパが足りなかった。
一部事実ではあるが脚色された自分が主人公のフィクション小説が、世界中で大ベストセラーなど世も末だ。
確かに原案を元にして有名な作者が監修しているので、素材が良ければどうとでも料理はできる。
けれど感情的に納得できるかと言えば、それはまた全然違うのだ。
(けど、警察に通報されなくて良かった)
孤児院の裏庭でこっそり個性を使っていたのを、院長先生は知っていて遠くから見守っていた。
そして警察関係者には、黙っていてくれたのだ。
個性の使用は無免許では原則として禁止されているので、良い子は絶対に真似をしてはいけない。
発現したばかりで制御が不完全な幼年期は、下手をしたら大怪我からのあの世逝きもあり得るのだ。
私が頭を抱えていると、心操君が真面目に声をかけてくる。
「俺も頑張ってはいるが、斥流さんと比べればまだまだだ」
「そんなことない! 心操君も私に負けないぐらい頑張ってる!」
彼は本気でヒーローになりたいと思っているし、私とは違った努力してきたはずだ。
それを見下したり笑うことなど、自分にはでない。
今の小っ恥ずかしさを誤魔化すように、つい大声が出てしまった。
「ありがとう。斥流さんが認めてくれると、自信になるよ」
心操君はとても穏やかな笑みを浮かべて、私を真っ直ぐに見つめてくる。
だが自分はそんな彼を直視することはできず、口を閉ざして露骨に視線をそらしてしまう。
先程から色々ありすぎて赤面しっぱなしなし、どうにも恥ずかしいのだ。
そして今の心情は、孤児院から距離を取りたいというものだった。
「……どうしよう」
別に院長先生に怒っているわけではない。
深く考えずに許可を出したのは私だし、この物語はフィクションだ。
現実の人物や団体とは、何も関係がないことが記載されている。
もし院長先生が原案を出したなら、本が売れれば孤児院の運営資金になる。
良いことだし私も嬉しく思うが、隠していた過去を家族に知られるのは、とても恥ずかしいのだ。
未だかつてない複雑な感情を抱いた私は、腕を組んで空を見上げて考える。
「……良い機会だし、一人暮らししよう」
「えっ?」
試験の手応えから、高い確率で雄英高校に受かっているだろう。
なので少し早いが、今のうちに手頃な下宿先を探しておくのだ。
お金なら新聞配達でコツコツ貯めてきたし、中学も卒業まで登校しなくても出席日数的に問題はない。
「顔を合わせなければ、そこまで恥ずかしくない」
この機会にスマートフォンを購入して、顔を合わせずに電話で連絡を取れるようにしておくのも良い。
取りあえず思い立ったが吉日ということで、孤児院から巣立つ準備を進めることに決めたのだった。