重力少女のヒーローアカデミア 作:縞猫
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今年も雄英高校の入学試験が始まった。
様々な個性を持ちで一癖も二癖もある大勢の受験者たちが、市街地試験会場で仮想ヴィランを倒している。
そこでは先を争うようにして受験者たちが無人ロボットに襲いかかっては、あっという間にスクラップに変えている。
「この実技試験は、受験生にヴィランの総数も配置も伝えていない。
限られた時間と配置、そこから炙り出されるのさ」
「情報をいち早く把握するための情報力。あらゆる局面に対応する機動力。
どんな状況でも冷静でいられる判断力。そして、純然たる戦闘力」
ここで一度言葉を切り、息を吸って最後のまとめを告げる。
「治世の平和を守るための基礎能力が。ポイント数という形でね」
この場に集められた審査員を務める教師陣は、根津校長の今の発言で己の役目を再確認する。
ちなみに今回の試験は、自分は審査しない。
それでも今年から雄英高校の教師になるので、大会議室への立ち入りを許されている。
なので他の教師と同じように椅子に座り、各市街地演習場で行われている試験映像を閲覧していた。
「しかし、予想通りではあるが圧倒的な戦闘力だな」
ビルの上に立つ幼い少女を見つめて熱血漢のブラドキングが、難しい顔で顎を弄りながら口を開く。
「そうね。もう彼女だけでいいんじゃないかしら?」
全くの同意とばかりに、十八禁ヒーローのミッドナイトが率直な感想を告げる。
なお、これは彼らだけでない。この場の満場一致の意見と言える。
何しろ話題の中心である斥流少女は、情報力、機動力、判断力、戦闘力の全てが受験生の中でダントツで高い。
免許を修得していないにも関わらず、プロヒーローと比べても全く遜色はなかった。
別に現役のヒーローのレベルが低いわけではなく、斥流少女が規格外なだけだ。
個性を全力で解放すると負荷に肉体が耐えられないというデメリットこそあるが、全国指名手配のマスキュラーやムーンフィッシュは封印状態で倒したし、暴走する新幹線を受け止めて、大事故が起きる前に停車させて見せた。
今の日本でそれ程の実力を持ったヒーローは、私を含めて極めて少数だろう。
念願叶い斥流少女は雄英高校を受験しているので、我が国の未来は明るいと言えるが、そこには避けて通れないある問題があった。
「だが斥流少女は、ヒーロー科ではなく普通科を希望している」
私の発言は大会議室に良く響く。
途端に静まり返り、何人もの教師が思わず頭を抱える。
「彼女には、方針を変えてもらわないと」
「その通りだ。既にトップヒーローと遜色ない実力を持ちながら、普通科への編入とは」
「日本の未来にとっての、大きな損失ですね」
斥流少女のヒーローデビューを望む声は非常に大きい。
だが彼女は私たちヒーローという存在に憧れてはいないし、それ程良い感情を持っていない。
無理強いし過ぎると、やぶ蛇になって関係が悪化する可能性が高い。
何故なら彼女から見た我々は、せいぜいヴィランよりもマシという認識だからだ。
もしこちらに敵意を向けられたら目も当てられず、間違いなくとんでもない強さのヴィランが誕生してしまう。
幸い斥流少女は口では何だかんだ言いつつ、決して揺るがぬ善性を持っている。
困っている人を見かけたら必ず助けるし、悪事を働くヴィランは決して許さない。
まさに理想のヒーローを体現したかのような人物で、私の決め台詞を真似していることから、二代目オールマイトを呼ばれている。
そこも個人的にポイントが高いが、
何故ビルボードチャートJPに登録されていないのかと、問い合わせの電話や抗議文が送られてくるのはもはや日常茶飯事だ。
彼女に免許を与えないように政府が圧力をかけているのではないかと、そんな陰謀論まで噂される有様であった。
だが日に日に社会的な影響が大きくなっているのに、斥流少女は相変わらずヒーローになる気はなかった。
ヒーロー免許の試験を受ける気はないかと何度も打診しているが、今のところ色好い返事はもらえていない。
上からも下からも突き上げられているのに全く動じず、我が道を行くのは、ある意味ではヒーローらしい思考と言えた。
けれど恩師であるグラントリノも、私を鍛えるためだけに免許を修得したのだ。非常に珍しいが、中にはそういうヒーローも居るのだろう。
何にせよ、世間の評価と本人の資質は全く正反対だ。
誰もが声を揃えて、違うそうじゃないと叫びたくなった。
なので困った我々は彼女の育ての親である孤児院の院長先生を尋ねて、何度か相談させてもらう。
そして
その後、紆余曲折があって名もなきヒーローの軌跡が出版される。
それは
私たちも読ませてもらったが、日本政府が前面が協力してくれたこともあって、フィクション小説とは思えないほど現実に近く真に迫っていた。
彼女が何故ヒーローを嫌うようになって、どのような考えで行動しているのかも、しっかり記されている。
脚色が入っているとはいえ壮絶な人生だが、決して絶望せずに歩みを止めずに、立ち塞がる困難を自らの意思で打ち破ってきた。
彼女が一体どれだけの人々を救ってきたかは、院長先生も全てを把握できていない。
政府にも協力してもらって各方面から情報を集めたが、今回把握できたものは氷山の一角の可能性は高い。
そう考えると、やはり彼女はヒーローになるべき人間だ。
何にせよ過去の事件や彼女の考えを広く伝えることで、どれだけ優れた個性を持っていても強者であろうと、年相応の一人の少女であると世間に知らしめる。
ヒーローを強要する動きは、確実に鈍るだろう。
私たちへの突き上げも多少は減るし、少なくとも過度な干渉は控えるようになり、彼女の知名度が上がる代わりに世間は多少は落ち着くはずだ。
院長先生なりに斥流少女を気遣ってのことだが、結果的には上手くいっている。
何にせよ彼女をナンバーワンヒーローにするのを、諦めたわけではなく、 表面的には落ち着いたとはいえ、その思いはより強固になったと言っても過言ではないのだ。
だが逆に我々プロヒーローの不甲斐なさと、社会の歪さを直視させられることになった。
けれどおかげで、それを正すことができる。
今すぐには無理だが、水面下ではもう動き出しているので、少しずつでも良い方向に変わっていくのだ。
だがそれはそれとして、ワンフォーオールを継承した緑谷少年は苦戦しているようだ。
サーナイトアイからも、斥流少女にしておくようにと何度も言われていた。
しかし私は、緑谷少年を後継者に選んだ。
自分と同じ無個性だったこともあるが、精神的にヒーローの資格は十分にあった。
今後の成長次第ではあるものの、私を追い抜くかも知れない。
(もしもの時は斥流少女に継承させる条件で託したが、未来は不確定だ)
私の肉体は既に限界を迎えており、ヒーロー活動も長くは続けられなくなった。
そこで、力尽きる前にワンフォーオールを託さないといけない。
次の器として緑谷少年を選んだが、彼はまだ未熟である。
いくら今後の成長次第とはいえ、確定はしていないのだ。
私が資格なしと判断すれば、その時点で速やかに斥流少女に継がせる契約を結ばせてもらった。
ただし、こちらも一筋縄ではいかない。
継承者候補である彼女が首を縦に振る未来が、現時点では全く見えないのだ。
巨悪と戦う使命を背負わされるのは勘弁して欲しいと、正面から突っぱねられるに決まっている。
そのような事情があり、緑谷少年が仮の器で終わるか、本当に私の後継者となりうるのかはまだわからない。
今後の状況次第とはいえ、私は緑谷少年ならば最高のヒーローになれると信じている。
けれど彼が大怪我をしたり、死の危機に瀕することもあるだろう。
何しろ命を賭けて市民を守る職業だ。
万が一の事故が起きないとも限らない以上、斥流少女の意志はともかく候補者として定めておく必要があった。
それに彼女はもはや平穏な人生を歩むことは不可能で、この先様々な勢力が接触してくるだろう。
ヒーローは言うに及ばず、公安やマスコミ、果てはヴィランまでもだ。
今の実力でもトップヒーローと同等で、秘められている素質も未知数となれば、否が応でも確保しておきたい人材だからだ。
私たち雄英高校の教師としては、できれば斥流少女の望む道を歩ませたかった。
しかし現状がそれを許さず、彼女の素質や精神性を考えれば、ヒーローになる以外の道はない。
たとえ職業に就かなくても構わない。
国民を納得させるために、名門と呼ばれる雄英高校を卒業して、免許だけでも修得しておくべきなのだ。
現時点で我々が望むのは、それだけではある。
それでもやはりトップヒーローとしてデビューして欲しい。
だがそこは世間の害意から守りつつ、斥流少女の心変わりを気長に待つしかないと思ったのだった。