重力少女のヒーローアカデミア 作:縞猫
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かつては歴史に名を残す偉大な人物になるという志で、ヒーローを目指していた。
だが四度も仮免試験に落ちて留年し、高校に自主退学を勧められるほどの落第生であった。
それが変われば変わるもので、今はパトロールを終えて事務所に戻り、紅茶を嗜みながら優雅に小休止だ。
ちなみにヴィランに落ちかけていた過去を忘れないために、クリミナル。犯罪的という意味を、あえてヒーローネームにしていた。
けれど今の私は名実共にヒーローであり、椅子に座っているだけでなく紳士らしい立ち振舞に気を配る。
そして最近出版された小説のページを、一枚ずつ丁寧にめくっていく。
タイトルは名もなきヒーローの軌跡だ。
何処にでもあるような題名ではあるが、世界的な大ベストセラーになった一冊であった。
多少の脚色はあるが事実を元に描かれていて、私の一番のお気に入りでもある。
物語は雪が降る凍えるように寒い早朝に、孤児院の院長が籠に入れて捨てられていた一人の赤ん坊を拾うところから始まる。
近くに親はおらず名前が書かれているのみで、施設で引き取って育てることになった。
彼女は口数が少ないが根は優しい子で、他の家族とすぐに打ち解ける。
それに面倒見が良く、のびのび健やかに育っていった。
やがて四歳になると個性が発現し、近くの病院に連れて行って検査を行う。
目で見て認識したモノの重力を操れることが判明する。
けれど万能や強力な個性ではなく、最初はボールペン一つを浮かせるのが精一杯だった。
だが孤児院への帰り道でヴィランの騒動に巻き込まれ、少女を庇った院長先生が大怪我を負ってしまう。
幸いなことに命に別条はなかったが三ヶ月もまともに歩けず、斥流少女は自責の念を抱いてしまった。
さらにその時はヒーローの助けもなく、近くで大勢から称賛を受けていた彼らは見舞いにも来なかったので、ヒーローの存在そのものに失望して期待しなくなってしまう。
結果、彼女は孤児院の自室や裏庭でこっそり個性の練習を行うようになった。
何度も失敗を繰り返し、時には大怪我をして周りに迷惑や心配をかけることもあった。
こっぴどく叱られてその場は引き下がったが、決して諦めることない。
個性の使いすぎや自身が重くなるデメリットにより、血反吐を吐いて倒れたのちに病院に担ぎ込まれたこともあった。
けれど泣き言は口にせず、転んだなどと言い訳をして誤魔化して、一歩ずつ確実に前に進んでいった。
雨の日も風の日も休まず訓練している少女を、育ての親である院長は何も言わずに静かに見守る。
そしてときには優しく手を差し伸べて、心と体を癒やした。
歳を重ねるごとに段々と隠すのが上手くなっていき、これ以上注意すると個性を使っても気づかなくなりそうだと思い、黙って遠くから様子を伺うだけに留めた。
しかし少女の個性は代償として自身に多大な加重がかかるため、運動がとても苦手であった。
短距離走はダントツのビリだし、マラソン大会では完走はしても息も絶え絶えでゴールするだけで精一杯だ。
それに小学校低学年から、身長が全く伸びなくなった。
笑われたり、からかわれりしたこともあった。
けれど少女は決して怒らず、反撃に個性を使わずに黙ったままだ。
やがてじっと耐えるだけでつまらないと感じたのか、誰からも話しかけられずに孤独になった。
彼女いつしか最初から居ないものとして扱われるようになったが、それでも決して自分を曲げず修行を止めることもない。
だが世間には知られていないだけで、少女は幼い頃から多くの者を救ってきた。
私もその一人で、孤児院の院長先生からぜひ話を聞きたいと言われる。
本人に許可を取っているため、喜んで情報を提供させてもらったのだった。
つい懐かしくなった私は、書物を読みながら己の過去を振り返る。
あれは毎度のようにヒーロー仮免試験に落ちて、高校を留年した十八歳の頃のことだ。
その途中で、ビルから転落しかけている清掃作業員を見つける。
あとはとにかく無我夢中で、気づけば体が勝手に動いて個性を使っていた。
空気を弾性のある膜に変え、落下事故を防ごうとしたのだ。
しかし結果は違い、空を飛んで駆けつけたヒーローが跳ね返って救助の邪魔をしてしまう。
さらに清掃員とゴンドラの軌道が変わり、重なり合うように落ちていく。
自分が咄嗟に使った個性は、救助の妨害にしかならなかったのだ。
誰もがこのあとの大惨事を予見した。
だが地面まであと少しの距離で、ヒーローと清掃員の落下速度が急激に落ちていく。
着地する頃にはほぼゼロになり、まるで羽のようにふわりと足をつけた。
さらにゴンドラは何故か途中で軌道が変わり、人の居ない場所にゆっくりと落ちる。
見ている人は私も含めて意味がわからないが、誰も怪我をせずに済んだのは良いことだ。
「おおー! 凄えぞ!」
「素晴らしい個性だ! 他のヒーローの救助が間に合ったのか!」
「でも、一体何処に!?」
周りに集まっている人たちが、大喜びで騒ぎ出す。
私も慌てて見回すと、喜びに湧く民衆の中で一人だけ我関せずとばかりに背を向ける。
そしてパーカーを被って顔を隠し、早足で去っていく少女を見つける。
恐らくは彼女が個性を使い、皆を助けたのだと察した。
今すぐ追いかけてお礼を言いたいが、自分はヒーローの行動を妨害してしまったのだ。
被害が出る前に防がれたが、警察の事情聴取は受けなくてはいけない。
それにヒーローを妨害した私が礼を言っても、迷惑なだけだろう。
結局この場から動かずに、去りゆく少女の後ろ姿を黙って見送ることしかできなかったのだった。
私は逮捕はされなかったが、警察から厳重注意を受ける。
迎えに来た両親からも失望され、幸い世間からの誹謗中傷はなかったし勘当されることもなかったが、今後は世間体の息苦しさを感じて高校にも通い辛くなるだろう。
プロヒーローになる夢を諦めるべきかと、気落ちしながら夕焼け空の下をあてもなく歩く。
いつの間にか私は公園に足を踏み入れ、少し離れたベンチに一人の少女が座っていることに気づく。
「おや、あの子は?」
良く見ると事故現場で何も言わずに去っていった少女だ。
今はパーカーで顔を隠しておらず、他には人が居ないので一人静かに本を読んでいた。
かなり迷ったが、やがて意を決して彼女に近づく。
「隣、いいかな?」
ベンチに座ったまま少しだけ顔をあげて、私の顔をじっと見つめてくる。
やがて興味を失ったのか、読書に戻ってページをめくりながら返答する。
「……どうぞ」
不審者として通報されないように距離を開けて腰を下ろし、緊張しながら話しかける。
「変なこと聞くけど、キミは清掃員がビルから落ちた現場に居なかったかな?」
少女は答えずに読書を続けている。
だが私は構わずに、話を続けた。
「勘違いだったらすまない。
そして、このことは誰にも言わない。
キミのお陰で救われた。本当にありがとう」
私がヒーローの妨害をした事実は消えない。
けれど、誰も怪我をせずに無事だったのだ。正直な感謝の気持を伝える。
少女は溜息を吐き、読んでいた本をパタリと閉じる。
そのままこちらを真っ直ぐに見つめて、小さな口を開いた。
「でも、貴方は救われてない。……何故?」
まるで私の心境を見透かしたような発言だ。
少女の綺麗な瞳に射抜かれて、思わず言葉に詰まった。
自分の悩みを打ち明けて良いものかと、かなり悩んだ。
だがその時は相当参っていたようで、結局愚痴に付き合ってもらった。
長くなったので途中で一旦話を区切り、自販機のジュースを奢ったらとても喜ばれた。
そして彼女のことも少しだけ聞けたが、あまり裕福ではない家庭で日々の小遣いに苦労しており、個性の練習で偶然この街に落ちてきたらしい。
今は疲れたのでベンチに座って休息中で、回復したら帰るのだと教えてくれた。
やがて少女は周囲を見回して、他に人が居ないことを確認する。
飲み終わったオレンジジュースの缶に、個性を使って自由自在に空を舞わせて見せた。
「おおっ!?」
さらに私の飲み終わった紅茶の缶や、目に見える範囲の公園に捨てられていた様々なゴミまで次々と持ち上げる。
それぞれを指定のゴミ箱に落としていく。
きちんと分別しているので、親御さんがしっかり教育しているようだ。
そして一息ついたあとに、彼女はこちらを見ずに口を開く。
「私の個性は最初はとても弱く、小石の一つも持ち上げられなかった」
今の光景を見る限り、とても信じられない。
しかし彼女が嘘をついているようには見えないし、話はまだ続いている。
「ここまで鍛えるのに凄く頑張ったし、今も修行を続けてる」
少女がどう頑張っているのかは、私は想像することしかできない。
だがたとえ最初は小石も持ち上げられなかったとしても、彼女は今日人を救ったのだ。
「どんな個性も使い方次第。
だからお兄さんは、ヒーローになれる」
「それは慰めかい?」
私はそう聞くと、彼女は首を横に振る。
「違う。お兄さんが諦めなければ、いつか必ずヒーローになれる。
そう私は信じている」
少女は真剣だった。
今まで友人や学校、親にまでヒーローを辞めるようにと散々言われてきた。
だが今日会ったばかりの彼女は、自分がヒーローになれると心の底から信じてくれているのだ。
「……そろそろ帰る。
ジュースを奢ってくれて、ありがとう」
日が暮れて空に影が差し始めた頃、少女が私に笑顔でお礼を言ってベンチから立ち上がる。
「待ってくれ! せめてキミの名前を!」
今日という日に、自分が変わるキッカケを与えてくれた少女の名前を私は知らない。
そのことに気づいて慌てるが、自分の願いが叶うことはなかった。
彼女はこちらを向いて微笑みながら、宵闇模様が広がりつつある空に音もなく落ちていった。
とても静かな飛行で、公園の外に人が居ても誰も気がづかない。
名も知らぬ謎めいた少女は文字通り、忽然と姿を消してしまったのだ。
「行ってしまった。私の小さな天使」
現時点では、私にとっての唯一の理解者だった。
できればもっと話して交流を深めたかったと、寂しく思う。
けれど少女が私にヒーローになれると断言したように、自分もいつかまた会えると信じている。
「彼女は、私だけのヒーローではない。
その輝きは大勢の人々を救い、この世の闇を照らすに違いない」
平和の象徴であるオールマイトと同じように、私は名も知らぬ少女に強く憧れた。
彼女がいつかヒーローとしてデビューし、やがてトップに名を連ねるだろう。
その頃には自分も、一翼を担うほどの有名なヒーローになりたいと強くそう思ったのだった。
そして私は、未だかつてないほどにやる気に満ち溢れて猛勉強した。
次の免許試験は無事に合格し、念願叶ってヒーローとしてデビューすることができたのだ。
そんな過去を思い出していると、部屋の扉が外からノックされた音が聞こえて現実に意識を戻す。
続いて時計を見ると、休憩時間が終わったことに気づく。
途中かけだった小説にしおりを挟み、机の上に丁寧に置いた。
既に何度も読了しているが斥流少女は自身の憧れなのもあり、一向に飽きが来ない。
ちなみに扉をノックしている人物に心当たりがあるので、私は落ち着いて紳士らしく振る舞う。
「ラブラバ。入りたまえ」
扉を開けて入ってくる小さなサイドキックを、笑顔で出迎える。
彼女は慌てた様子でノートパソコンを持って入ってきた。
「ジェントル! 大変よ!
街でヴィランが暴れて、出動要請が入ったわ!」
「ふむ、どうや休憩は終わりのようだね」
オールマイトの活躍で、他国と比べると日本の治安はかなり良い。
だがそれでも、ヴィランによる犯罪は後を絶たない。
「悪しきヴィランに、ヒーローとは何たるかを教えてやろうではないか!」
「きゃーっ! 素敵よ! ジェントル!」
私のことを慕ってくれるサイドキックを連れて、速やかに事務所の外に出る。
モタモタしていると、ヴィランによる被害が広がってしまう。
重力を操作する彼女のように超高速ではないが、私は個性を発動して空気に弾力を付与し、ラブラバを抱えて空中を移動する。
憧れである