重力少女のヒーローアカデミア   作:縞猫

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緑谷君との出会い

 私こと斥流陰子(せきりゅういんこ)のクラス内の評価は、影が薄くていつも本を読んでいる地味な少女である。

 けれど別にコミュ障ではなく、他人と関わるより修行や勉強に時間を使ったほうが有意義だと思っているからだ。

 

 将来的には大手の企業に就職して、孤児院での貧乏生活を少しでも早く脱したいという、割りと切実な思いがあった。

 

 あとは院長先生には日頃からお世話になっているし、育ててくれて感謝していているので恩を返したい。

 幼い頃に彼女の足を折ってしまった自責の念はまだ消えておらず、独り立ちしたら孤児院に毎月寄付金を入れるつもりだ。

 

 ただし正直に告げるのはお母さん呼びと同じで、とても恥ずかしい。

 それに院長先生や家族の誰にも、個性の無断使用は打ち明けておらず、少々後ろめたい気持ちもあった。

 

 だがまあそれはそれとして、外出許可は無事に取れた。

 お礼を言い、頭を下げて扉を開けて外に出ると、小さい子供たちが楽しそうに駆け回っていた。

 

 しかし自分の目の前を横切った時に、運悪くつまずいて転んでしまう。

 私はすぐに個性を使用して、重力を逆転させることで衝撃を和らげ、床に触れたところで素早く解除する。

 

「足元には気をつけて」

「わかった! ありがとう! 陰子(いんこ)姉ちゃん!」

 

 廊下を走るなと注意しなかったのは、急いでいる時には自分も良くやっているからだ。何にせよ怪我がなくて良かった。

 

 ホッと息を吐いて自室に戻った私は、長期休みに出された宿題と筆記用具、さらに気分転換のためにお気に入りの小説をお気に入りのカバンに入れる。

 

 外出用の服に着替えてから、家族に行ってきますと告げて孤児院の外に出た。

 夏休みの図書館は人が大勢居て賑やかだし、近所の公園のほうが静かで勉強に集中できると考えて、目的地に向かって歩いて行く。

 

 地元は都会で人が多いが、今はそれよりもセミの鳴き声のほうが良く響いている。

 麦わら帽子を被って真夏の日差しを和らげてはいるものの、早いところ木陰に避難したいものだ。

 

 少し歩いて近所の公園に到着して、何処か静かに勉強できる場所はと周囲を見回すと、幸いなことに人は殆どいなかった。

 せいぜい自分と同い年ぐらいの子供たちが、仲良く遊んでいるぐらいだ。

 

 なので私は木陰のベンチに腰かけて、いそいそと勉強道具を広げて夏休みの宿題を片付け始める。

 しかしその途中で、子供の集団を何処かで見たことがあるようなと気になり、小休止して彼らをじっと観察した。

 

「無個性のデクが、ヒーローになれるかよ!」

「やっ、止めてよ! かっちゃん!」

 

 やはり年齢的には私と同じぐらいで、男子連中が賑やかに騒いでいる。

 今は気弱そうな少年から一冊のノートを取り上げ、ツンツン頭の少年は得意気な表情で見せびらかすように掲げていた。

 

 それを取り返そうとモジャモジャ頭の少年が近づいてくると、ギリギリまで引き付けてから他の仲間に投げ渡す。

 

「ははっ! 悔しかったら取り返してみろよ! 個性を使ってよぉ!」

「ほらほら! ノートはこっちだぜ!」

「かっ、返して!」

 

 気弱な少年にとって大切なノートのようで、苛めっ子集団がパスし続けていて、彼はそれを必死に追っていた。

 しかしあと一歩というところで投げられるため、いつまで経っても取り返せない。

 

 教室なら先生が居るので気づいたら止めてくれるが、公園は彼らの他には私以外に人がいないので、騒ぎっぱなしだ。

 

 それでも気にせず、我関せずとばかりに、夏休みの宿題を膝に乗せて問題を解いていく。

 けれど集中力は削がれるし彼らは気づいていないが、少しずつこっちに近づいてきていた。

 

 なので私はとうとう我慢の限界を越えて、ついイラッとして手を出してしまった。

 

「静かにして」

 

 そう言って、個性を発動させる。

 すると宙を舞っていたノートが急に軌道を変えて、真っ直ぐこちらに飛んできた。

 重力操作によって狙い通りの位置に誘導した私は、手元で解除して危なげなく掴まえる。

 

「なっ! 何だテメエはっ!」

「きっ、キミは! 斥流(せきりゅう)さん!?」

 

 苛めっ子のリーダーであるツンツン頭と、モジャモジャの気弱な少年が殆ど同時に声を出した。

 

「勉強の邪魔だし、近所迷惑」

「んだと! いきなり現れて、好き放題に言いやがって!」

 

 勢いで口走ったが、後半の近所迷惑に突っ込まれなくて良かった。

 しかしホッとしたのもつかの間で、すぐに取り巻きが騒ぎ始める。

 

「そうだ! そうだ! かっちゃんは強えんだぞ!」

「弱い女子が調子に乗るんじゃねえよ!」

「何しろ俺は、オールマイト以上のトップヒーローになるんだからな!」

 

 彼らは急な乱入者に最初は驚いたものの、すぐに苛めっ子グループが口々に反論してくる。

 

「えっ? オールマイトを越える?」

 

 木陰のベンチから一歩も動かずに彼らの話を聞いていたが、呆れて物が言えなくなる。

 けれど少しだけ考えて、思ったことを口に出した。

 

「でも、オールマイトは少年を苛めたりしない。

 それに困っている人は、必ず助ける」

 

 つまり彼はナンバーワンヒーローにはなれたとしても、決してオールマイトは越えられない。

 この先に更生すれば可能性はあるが、今のままでは夢で終わってしまう。

 

「てめえっ! さっきから言いたい放題言いやがって!」

 

 こちらを威嚇するのが目的なのか、ゆっくり距離を詰めて両手から火花を散らす。

 彼の個性が何なのかはまだ良くわからないが、きっと私を脅すして負けを認めなければ、直接攻撃するつもりだろう。

 

「じゃあ、正当防衛でいい?」

「上等だコラァ! ぶっ殺してやらぁ!」

 

 個性の使用は、原則として禁止されている。

 下手をすれば子供でも警察署に連れて行かれて、そのまま捕まることもあるのだ。

 

 なのでせめて非常事態ゆえの行動か、正当防衛を認めてもらうのが大前提である。

 何にせよ彼は両手から火花を散らしながら、もはや交渉の余地なしに真正面から突っ込んできた。

 

 私はこれで正当防衛が成立すると考えて、すぐに自分の個性を発動させた。

 

「ぐはっ!?」

 

 すると目の前の彼が何もない地面で突然転倒し、苦しげな声を出す。

 

「てっ、テメエ! 何しやがった!」

「貴方の重力を倍にした」

「重力を! 倍に!?」

 

 先程苛められていた子が驚きの声をあげているが、いつの間にか解説役になったらしい。

 

「さらに出力をあげれば、キミはヒキガエルのように潰れて死ぬ」

 

 私は身動きが取れない苛めっ子に静かに語りかけると、彼はたちまち青い顔に変わる。

 

「かっ、かっちゃんが死ぬ!?」

 

 しかし意外なことに、気弱な少年のほうも顔を青くして驚いていた。

 さっきまで酷い扱いを受けていたのに、何で彼の心配をするのかわからない。

 

 だがきっと、私にはわからないような事情があるのだろう。

 ここは適当にわかったフリをしておいて、話を先に進める。

 

「私たちが扱う個性は、それだけ危険。

 今後は脅しとはいえ、無闇に暴力を振るうのは止めたほうがいい」

「くっ、こっ、このクソアマァ!?」

 

 警察のお世話になりたくなければと続けようとしたが、彼はまだまだ元気いっぱいのようだ。

 仕方ないので私は溜息を吐き、さらに出力を上げる。

 

「がっ、がはあああっ!!!?」

 

 これで彼はうつ伏せに地面に横たわったまま、指一本満足に動かせなくなる。

 

「やっ、止めて! 斥流(せきりゅう)さん!

 かっちゃんが死んじゃうよ!」

「殺しはしない。少し脅かすだけ」

 

 私もまだ警察に捕まりたくはないし、モジャモジャ頭の言うように殺すつもりはない。

 なので頃合いを見計らい、もはや息も絶え絶えで全身から滝のような汗を流す苛めっ子にかけた個性を、完全に解除して自由にする。

 

「はぁ……! はぁ……!」

「貴方たち」

「「はっ、はい!?」」

 

 自力では起き上がれないほど消耗した彼ではなく、遠巻きに様子をうかがっていた少年たちに声をかける。

 

「彼を病院か自宅に連れてって」

「たっ、ただちに!」

「しっ、失礼しましたぁ!」

 

 苛めっ子グループはやたら機敏な動作で、動けない少年を担いで公園から逃げるように立ち去る。

 

 私はそれを見届けて、ようやく静かになったと大きく息を吐く。

 そして夏休みの宿題の続きを行おうと視線をそちらに向けると、外から声がかかる。

 

「あっ、あの!」

 

 声が聞こえた方角に顔を向けると、先程の気弱な少年が自分のすぐ目の前に立っていた。

 

「さっきは助けてくれて! ありがとうございました!」

「このノートは、キミの?」

「はっ、はい! そうです!」

 

 そう言えば、彼のノートは私が所持していた。

 今は無造作にベンチに置いてあるが、手書きのタイトルからヒーローに関して調べているようだ。

 私は別に興味はないし中身を覗き見る趣味もなく、そのまま手渡しで返却しようとするが、ふとそこで動きを止める。

 

「ところで貴方は、……誰?」

「僕は緑谷(みどりや)! 緑谷出久(みどりやいずく)です!」

 

 他人と関わるのが面倒で、クラスメイトの名前も殆ど覚えていない。

 それでも緑谷出久(みどりやいずく)爆豪勝己(ばくごうかつき)は、色んな意味で有名人なのですぐに思い出す。

 

「思い出した。同じクラスの緑谷君」

 

 そう言って、今度こそ取り返したノートを彼に手渡す。

 たちまち嬉しそうな表情に変わったことから、余程大切な物だったんだなと思う。

 

 何にせよ面倒事は片付いたので、また勉強に戻ろうとすると、緑谷君が緊張しながら私を真っ直ぐに見つめてきた。

 

「あっ、あの!」

「なっ、何?」

 

 彼の表情は真剣そのものだった。

 なので私もつい身構えてしまうが、そうなる理由に心当たりは全くない。

 

 しばらく互いに見つめ合ったまま動きを止め、一分もしないうちに緑谷君が大きな声を出す。

 

「無個性でも! ヒーローになれますか!」

 

 一瞬何を言われたのか理解できず、私は首を傾げる。

 けれどそう言えば彼は爆豪君や取り巻き連中に、無個性ではヒーローになれないと、散々馬鹿にされていたことを思い出す。

 

 どう答えたものかと少し思案したのち、取りあえず率直な気持ちをはっきりと口にすることに決めた。

 

「緑谷君は、ヒーローになれる」

「えっ! ほっ、本当ですか!?」

 

 笑顔で喜んでいるが、短い言葉だけではヒーローになれる根拠を説明できないので、私なりに噛み砕いて緑谷君に伝えていく。

 

「緑谷君は優しい」

「はっ、はい!?」

 

 急に何を言っているのかと思うかも知れないが、彼は苛めっ子に暴力を振るわなかった。

 気弱なのもあるかも知れないけれど、普段の緑谷君のことを思い出すと、面倒見が良くて優しい人だとわかっている。

 

「個性が強いだけでは、ヒーローにはなれない。

 心が邪悪なら、ヴィランになってしまう」

「そっ、それは確かに!」

 

 彼は何やら小声でブツブツと呟きながら、考え込んでいるようだ。

 若干挙動不審だが、私の話はちゃんと聞いてくれていると信じたい。

 

「だから緑谷君には、ヒーローの素質がある」

斥流(せきりゅう)さん!」

 

 私は嬉しそうに答える彼の姿を見て、満足そうに頷いた。

 

「でも、慈善事業ではなくヒーローを職業にしたいなら、個性持ちが有利」

「そっ、そんなぁ!?」

 

 天国と地獄ではないが、今度は一気にテンションが下がる。

 緑谷君は気持ちの浮き沈みが激しいものの、取りあえず先程よりは元気が出たらしい。

 

 これで今度こそ用事が済んだと思った矢先に、彼はまた話しかけてくる。

 

「あの、もう一つ聞きたいんだけど」

「何?」

 

 気弱な少年だと思っていたのに意外とグイグイ来るが、今回は深刻な人生相談ではなく普通の会話なので、夏休みの宿題を片付けながらでも問題はない。

 

「斥流さんもヒーローを目指してるんだよね?」

 

 私は勉強の準備を進めながら、彼の質問に応じる。

 

「目指してないし、そもそも私は、ヒーローに対する興味も憧れも全くない」

「そっ、そうなんだ」

 

 個性と体を鍛えているのは、自分の命を守るためだ。

 市民を守るためなら自己犠牲が当たり前の仕事など、就きたくはなかった。

 

「私は夏休みの宿題に戻る」

「あっ、うっ……うん」

 

 ようやく本来の目的を果たせると静かに息を吐き、準備を終えて問題集に向き合う。

 しばらく無言で解答を書き加えていると、再び緑谷君がおっかなびっくりに声をかけてくる。

 

「あっ、あの、斥流さん。隣に座っても、……いいかな?

 

 彼は私が腰かけているベンチを指さしていた。

 夏休みの宿題が乗せてあるとはいえスペースには余裕があるので、問題ないと許可する。

 

「あっ、ありがとう」

 

 彼はお礼を言い、緊張しながら腰を下ろす。

 しかし、公園には他にもベンチや休める場所があるのにと思いはした。

 

 けれど別の木陰を探すのは面倒だし、先程まで忙しく動き回っていた。

 きっと疲れて、これ以上は歩きたくないのだろう。

 

「無個性の僕がヒーローになるには、どうしたらいいのかな?」

「質問ばかり」

「ごっ、ごめんなさい! でも、今までこんなことを相談できる人がいなくて!」

 

 彼が今まで相談できる人が居なかったのと同じように、自分に積極的に話しかけてくるのは孤児院の家族以外では珍しかった。

 

「怒ってないし、構わない」

 

 なので少し驚いただけで、別に怒ってはいない。

 首を横に振って大丈夫だと告げる。

 

「家族や友人に相談は?」

「あっ、うん。……でも」

 

 彼の欲する答えではなかったのか、もしくはヒーローを諦めるように言われたのかのどちらかだろう。

 

 大勢に囲まれての矢継ぎ早の質問責めは面倒に感じるが、緑谷君だけなら勉強をしながらの片手間で済む。

 なので私は問題集を解きながら、無難な答えを口に出す。

 

「だったら、筋トレを勧める。

 どんなヒーローも、何より体が資本」

「たっ、確かに! ヒーロー活動に体力は必要不可欠だ!」

 

 緑谷君が天啓を得たようにイキイキとした表情に変わっただけでなく、またもや小声でブツブツと呟き始めた。

 私には良くわからないが、元気になったなら何よりだ。

 

「ありがとう! 斥流さん!」

「どういたしまして」

 

 凄く嬉しそうにお礼を言う緑谷君だが、やっぱり気持ちが沈んでいるより明るいほうが一緒に居て安心すると思えた。

 

 そして彼の悩みは取りあえずの解決はしたらしく、早速トレーニングメニューを考えると言って、ベンチから勢い良く立ち上がる。

 そのまま急いで、何処かに走り去っていったのだった。

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