重力少女のヒーローアカデミア 作:縞猫
私は雄英高校から比較的近い場所にあるアパートの一室を借りて、そこに住んでいる。
そして今日は、
院長先生の知り合いの業者が紹介してくれただけはあって、格安なのに広々とした新築で、防犯や防音性能もバッチリである。
玄関の鍵を開けて家に上がった私は台所に向かい、今朝作っておいたお茶を冷蔵庫から出す。
そのままちゃぶ台を囲んで座布団に座っている三人の元に戻って、コップを置いて順番に注いでいく。
「粗茶ですが」
「どっ、どうも!」
来客を出迎えた経験はそれなりにあるが、本当に正しいのかはわからない。
とにかく自分のコップにも注ぎ、次に戸棚から適当なお茶菓子を引っ張り出して大皿に乗せる。
最後に座布団を敷いて、私もよっこらしょと腰を下ろす。
ちなみに緊張しているのは今日会ったばかりの二人だけでなく、昔から付き合いのある緑谷君もガチガチに固まっていた。
「えっ? 何で?」
「いっ、いや! 実は女の子に招かれて、部屋に入るのは初めてで!」
「ふーん、私には良くわからない」
うちの孤児院は、家族が頻繁に部屋に入ってくる。
扉の鍵も壊れているし、年齢も性別もバラバラの子供たちが出入り自由だ。
それに今は男女の感情よりも修行優先なので、正直良くわからない。
なお、飯田君と麗日さんも緊張しているため、今度は二人にも顔を向ける。
「申し訳ない! 憧れのヒーローに招待されたと思うと!」
「わっ、私も同じ!」
私は正式なヒーローじゃないし、活動もしていない。
けれど、知名度だけは異常に高い。
しかし成り行きで実績を上げてしまったし、世間のイメージを変えるのは困難だ。
仕方ないので修正は無理と判断して、今は話を先に進めることに決めた。
「それはそれとして、緑谷君の個性だけど」
「はっ、はい!」
相変わらず緊張している彼は置いておいて、私なりの解釈を伝えていく。
「まずは、個性のオンオフを覚えるといい」
「ええと、どういうこと?」
私は緑谷君に見本を見せるため、ちゃぶ台の上に一本のボールペンを置く。
次に個性を発動して重力を逆転させ、天井に向かって落とす。
「これが個性をオンにしている状態。
オフにすると重力は元に戻る」
私は個性を解除して、落ちてきたボールペンがちゃぶ台に当たる前に手で受け止める。
「緑谷君も同じように、まずは個性のオンオフを覚えて」
そして緑谷君の顔を真っ直ぐに見つめて説明すると、彼はすぐに返事をする。
「でも斥流さん、僕は個性を使うと体が──」
「動かないで」
「えっ?」
戸惑いの表情を浮かべる緑谷君に、私は続きを説明してく。
「指一本動かさずに、個性だけを発動させるの。
それがもっとも心身の負担が少なく、壊れにくい」
自分が個性に目覚めた頃は、加重状態で日常生活を送るのも大変だった。
なのでまずはその場から動かずに、超重力の負荷に慣れることから始めたのだ。
そして個性把握テストの緑谷君を見た限り、肉体が耐えられずに壊れているのは間違いない。
ちなみにすぐ隣で聞いている二人は口を挟まずに、成り行き見守っていた。
「緑谷君の個性は、動くことが発動条件?」
「それは違う……と、思うけど」
寡黙な自分にしては、長々と喋っている。
別に疲れはしないが、お茶を飲みながら続きを話す。
「だったら、やはり個性の使用に慣れるのが最優先」
緑谷君がいつの間にか熱心にメモを取っている。
昔から向上心がある人なので教えがいがあると、私は満足そうに頷く。
「必殺技を放つときだけ肉体の限界近くまで上げて、普段は低出力を維持して戦闘を行うのが理想」
私の基本スタイルは、ヴィランの強さによって抑制解放を適時調整する。
そして緑谷君の個性は発動するたびに全力全開であり、体が壊れてしまうのだ。
「自動車のアイドリング状態のようなもの。
でも、出力は上げすぎないでね」
「うっ、うん。確かにそれなら、負荷も軽くできるかも!」
緑谷君の場合は、まずは個性の出力を調整可能になるのが必須だ。
なので最初に個性の負荷を減らした状態で慣れてもらい、そんなアイドリング状態から戦闘モードに移行する。
当面の目標はそんな感じだ。
「あとは拳よりも足のほうが、威力が高い」
「なっ、なるほど! 参考になる!」
私が重力加速をするときには、毎回蹴り技を放っている。
殴るよりも威力が高いのもあるが、ゼロ距離では威力が激減してしまうし、空から落ちる攻撃なので着地しやすいようにであった。
何にせよ言っていることは間違っていないため、そのあとも気づいたことを適時指摘していく。
しばらく私が一方的に話していたが、やがて窓の外が夕焼け空に変わったところで一息ついた。
「現時点で私から助言できるのは、ここまで」
「斥流さん! どうもありがとう! 凄く参考になったよ!」
緑谷君は嬉しそうな顔でお礼を言ってくれた。
私も下宿先に招いて説明したかいがあったと、微笑みを浮かべて静かに頷く。
ここで今まで殆ど喋らなかった
すると空気を読んで今まで黙っていた彼らが、順番に口を開いた。
「斥流ちゃん! 凄く的確なアドバイスだったよ!」
「ああ! やはり個性の使い方に関して、一年A組の誰よりも卓越しているだけはある!」
「どっ、どう致しまして」
赤の他人の称賛とは違い、彼らは会って間もないが既に親しい間柄だ。
正面から褒められると、やはり嬉しくなる。
「あとは雄英高校の教師にも、相談したほうがいい。
生徒の私より、的確な助言をもらえるかも」
悩みを抱え込むより、まずは教師に相談するべきだ。
幸いオールマイトは緑谷君の筋トレ指導に熱心だったし、良いアドバイスをもらえるかも知れない。
あとは彼の頑張り次第なので、友人としては見守ることしかできない。
だがまあそれはそれとして、他に気になることがあったので率直に口に出した。
「お茶菓子、食べないの?」
「えっ? ああ、うん。いただきます」
「わっ、私も」
「そっそうだな。ご厚意に感謝する」
三人は今まで出されたお茶を、チビチビ飲むだけだった。
他人の家なので遠慮もあっただろうが、私が促すことで慌てた様子で茶菓子に手をつける。
「良かった。私だけでは食べきれない」
私がホッと息を吐くと、首を傾げた
「お菓子を買いすぎたの?」
「ううん、私が買ったわけじゃない。
この地域を巡回してるヒーローから貰った」
ヒーローに出会うたびに、お菓子だけでなく様々な食材を渡されるのだ。
理由や渡す人は日によって変わるので良くわからない。
だがせっかくの厚意を断るのも悪いので、毎回丁寧にお礼を言って受け取っている。
ちゃぶ台に置かれているのは全部それであることを説明すると、三人とも微妙な表情を浮かべる。
「そう言えば斥流さんは、お菓子を買ったりするの?」
「お金が勿体ないから、自分では買わない」
孤児院からは学費だけでなく、家賃や食費を含めた月々の仕送りが届いている。
けれど、その殆どは使わずに貯め込んでいた。
部屋の家具も必要最低限で、最初は元々使っていたお古を引き続き使う予定だった。
しかし何故か院長先生が渋い顔をして判断し、足りない物リストを作成して一通り取り買い揃えたのだ。
結果、下宿先は新しいのばかりになった。
ただし私が折れなかったので必要最低限しか揃っておらず、何処となく殺風景である。
「じゃあ、食事はどうしてるの?」
「最初は食べられる野草や木の実を採取し、親切なパン屋さんからパンの耳をもらっていた。
今は食材をわけてもらったり、モヤシやうどんなどの格安の特売品を買ってる」
「「「……うわぁ」」」
皆は何とも複雑な表情を浮かべているが、雄英高校入学後は新聞配達のアルバイトを辞めて収入が途絶えているのだ。
いくら親切なヒーローに食材やお菓子をいただけるとはいえ、厚意に甘えるだけでは駄目である。
いつ途絶えるかもわからない不安定なモノを当てにするなら、日常生活でも節約しておくに越したことはない。
院長先生からは、新たなバイトはせずに孤児院からの仕送りを使うようにと言われている。
けれど雄英高校を卒業して収入を得られるようになったら、全額返済するつもりなのでなるべく手を付けたくなかった。
結果、今回のような節約生活になっている。
しばらく誰も喋らず、お茶をすすったり菓子を食べる音が聞こえていた。
だがやがて麗日さんが顔を上げて、私を真っ直ぐに見つめてくる。
「斥流さん! 私と! ルームシェアしよう!」
「「「えっ!?」」」
麗日さんがいきなり何を言い出したのか理解できずに、私だけでなく緑谷君と飯田君まで驚きで固まってしまった。
理由を聞くと、彼女も実家から離れて一人暮らし中で、しかもあまり裕福ではないようだ。
個性も重力系なこともあり、何だか親近感が湧いてくる。
麗日さんは同性で良い人だし、大勢と暮らすのは慣れているので、私としては問題はない。
「保護者の許可次第、……かな」
私は契約したばかりで慣れていないスマートフォンを操作し、育ての親である院長先生に電話をかけて相談する。
するとすぐに麗日さんに交代するように言われて、彼女に受話器を渡してすぐに二つ返事でOKを出された。
おまけに孤児院からの仕送りは今後は全て麗日さんが管理し、返済の必要は一切ないとまで言われてしまったのだ。
追撃とばかりに、引っ越すなら早いに越したことはないと力説され、自分の借りたアパートに麗日さんが所有する家財道具を運び込むことにまでなる。
もう何が何だかだが、間取りを見ると私の下宿先の方が安くて広い。空き部屋も多くあるので、二人暮らしも問題はなかった。
とにかくやけにグイグイ来るので若干困惑しつつも、院長先生や友人の提案は断りきれない。
孤児院に戻って黒歴史を知っている家族と顔合わせて生活するよりはマシだと、ここは前向きに考えることにした。
ちなみに麗日さんだけでなく、緑谷君や飯田君も引越し作業を手伝ってくれた。
良い人なのを再確認して、名実共に私の数少ない友人枠となったのだ。
何故か都合良く通りがかったヒーローも協力してくれたので、日が暮れる頃には引っ越し作業を終えることができた。
本来なら手伝ってくれた全員に寿司を振る舞うところだろうが、私も
なので冷蔵庫に入っていた食材を適当に見繕い、急ぎ料理を作って手伝ってくれた人たちに振る舞う。
皆揃って美味しいと言ってくれたので良かったと思いつつ、食べきれない物はタッパーに入れて持ち帰ってもらう。
明日はまた学校があるのでと、適当なところで解散するのだった。