重力少女のヒーローアカデミア 作:縞猫
まともに話したことが滅多にないクラスメイトの相談に乗り、予定通りに夏休みの宿題を行うことができた。
そして次の日、私は日の出前の薄暗い町を、多くの荷物を持って軽快に走る。
早朝のジョギングは昔からの日課で苦ではなく、逆にやらないと落ち着かない。
なので私は院長先生に紹介してもらった新聞配達のバイトを行い、自転車に乗らずに雨の日も風の日も普通に走って届けている。
今日もいつも通りに指定のポストに荷物を入れつつ、ペース配分に気を配りながら指定の時間までに全ての家を回れるように気をつけていた。
だが曲がり角で意外な人物とばったり出会い、少しだけ足を止める。
「
「ええっ!
彼はジャージ姿で、朝のジョギングをしている途中のようだ。
緑谷君は驚きのあまり足を止めており、心底意外そうな顔をしている。
「新聞配達のバイト」
「そっ、そっか」
背負っている荷物を見せると、緑谷君は納得してくれたようだ。
私はバイトの途中なので、やることがあるからと断りを入れて再び走り出す。
「ちょっ! ちょっと待って! まだ、聞きたいことが!」
「待たない。仕事中、あとにして」
彼は慌てて呼び止めるが、自分は新聞配達の途中なので振り向かずに走り続ける。
「質問があるなら、走りながらでお願い」
「……っ! わかった!」
何故かは知らないが、凄くやる気になっている緑谷君が後ろに続く。
私はいつもと変わらずに、マイペースで新聞配達を行っていく。
「斥流さんは! 自転車は使わないの!」
「他の人は使ってる。でも、私は走ったほうがいい」
自転車だと百キロ以上の私を支えきれないだろうし、もし乗れても耐用年数がかなり削られることになる。
それに個性と体を鍛えるには、普通に走ったほうが効率が良い。
けれど自分の体重が百キロ以上あることは、個性によって強制されたデメリットで通っている。
実は無断使用による修行の一貫なのは、緑谷君に教える必要はない。
誰にも話す気はないので、お口チャックで黙っておいた。
「いつから! 走ってる! のっ!」
「新聞配達のバイトは中学からで、早朝ジョギングは四歳」
「よっ、四歳!?」
思いっきり驚いているが、私は走行ペースを維持してポストに新聞を入れる。
この時点で緑谷君はかなり疲れているようだが、配達時間は限られているので止まる気はなかった。
そのまましばらく指定のルートを走り続けていると、緑谷君は滝のような汗を流して息も絶え絶えになり、とうとう付いて行けなくなって脱落してしまう。
流石に何も言わずに置いていくのも悪いと思った私は、少しだけ後ろを向いて口を開く。
「緑谷君。またね」
「ぜぇっ! はぁっ! まっ、また! あっ明日! 斥流さん!」
自分は中学の登校日にクラスで再会するつもりで、またと言ったのだ。
別に明日も一緒に走ろうとは口にしておらず、彼が同行しなくてもいつも通りに新聞配達をするだけである。
けれど緑谷君は壁に寄りかかるようにして、全身汗だくで息を切らしていても、何処か満足そうだった。
私は重箱の隅をつつくように訂正するのも悪いと考え、気にせずに指定区域内の家々を回るのだった。
新聞配達中に緑谷君と会ってから、何故か一緒に走るようになった。
私はいつも通りにジョギングを続けるだけだが、彼は毎度息も絶え絶えになっている。
しかし真面目に体力作りをしているようで、夏休みの後半に差しかかると最後まで着いて来られるようになった。
個人的にはまさか緑谷君がここまで早く走り切れるとは思わず、とんでもない成長速度だと驚く。
「緑谷君は、ヒーローの才能がある」
「そっ、そうかな? でも、
ポストに最後の朝刊を投函した私は、彼の才能を率直に褒める。
嘘をつく理由もないし、思ったことをそのままストレートに告げただけだ。
ただそれだけのことなのに、緑谷君はとても嬉しそうだった。
「これでいつでも新聞配達のバイトができる」
「いっ、いや、新聞配達は別にいいかな!」
緑谷君が急にガックリと肩を落としたので、何故気落ちしたのかわからず、少々困惑する。
しかし私が回答を導き出す前に、聞き覚えのある大声が早朝の市内に響き渡った。
「見つけたぞ! クソアマ!」
私と緑谷君は、突然の大声が聞こえた方向に顔を向ける。
すると夏休みが始まって間もない頃に公園で会った、ツンツン頭の
「私はクソアマじゃない。
「うるせえ! テメエなんかクソアマで十分だ!」
すぐに訂正したのだが、全く話を聞いてくれない。
それどころか、彼はこっちに真っ直ぐズンズン歩きながら憤慨していた。
「テメエ! 何で公園に来やがらねえんだっ!」
何故そんなことを尋ねるのかさっぱりわからないが、私は頭を働かせて答えを出す。
「宿題が終わるまで、外出禁止になった」
孤児院の子供たちが夏休み中に課題をこなさずに遊び呆けていたことで、院長先生の堪忍袋の緒が切れた。
表情は穏やかだったが、宿題が終わるまでは家で騒ぐのと不要不急の外出以外は禁止という、無慈悲な通達を出した。
多くの子供たちが泣き喚いたが、手心を加えることなく現在も継続中だ。
「ああん! じゃあテメエは、まだ宿題終わってないのか!」
「とっくに終わってる」
私としては孤児院が静かなら、わざわざ炎天下に外出をする必要もない。
宿題が一通り終わったあとは、バレないように自室か裏庭で個性を使用しての自主トレーニングの毎日である。
「だったら来いや! 公園!」
相変わらず、わけがわからない理由で怒りをぶつけてくる
正直私だけではどうしようもないため、助けを求めるように緑谷君に顔を向ける。
「かっちゃんは
彼は狼狽えながらも答えを口にしてくれたので、それを聞いた私はなるほどと頷く。
確かに自分は、爆豪君を一度負かしている。
先程の発言から、きっと公園で私が来るのを待っていたのだろう。
貴重な長期休暇を無駄に浪費する愚かな行いは、憐れみを感じるには十分であった。
「勝手に俺を! 憐れんでんじゃ! ねええええっ!!!」
どうやら私はまた、彼の我慢の限界を越えてしまったようだ。
爆豪君は両手から火花を散らしながら、またもや真正面から突っ込んでくる。
「正当防衛。致し方なし」
相変わらずの猪突猛進に、私は個性を発動して動きを止めようとする。
だが、その瞬間に爆豪君は路上駐車している車の影に入り、こちらの視界から逃れた。
「……やられた」
「テメエの個性は! 視界に入ってねえと効果がねえようだな!」
私との戦闘はこれで二度目だ。
しかし個性も殆ど使ったことはないし、役所の届け出にも詳細までは記入していない。
それにも関わらず、爆豪君は見事に弱点を突いてきた。
「凄い。緑谷君みたい」
「テメエ! 俺が無個性のデクと、同じわけねえだろうが!」
そう言って彼は爆破による目眩ましを使いつつ、障害物の影から影に移動して、私のすぐ近くまで接近する。
「くらいやがれ!」
私としては卓越した戦闘センスを褒めたつもりなのに、失敗したようだ。
隙を突いて殴りかかってくる彼を見つめながら、大きな溜息を吐いた。
「でもまだ、詰めが甘い」
「何ィっ!?」
直前まで迫った爆豪君の体が急に沈み込んだことで、彼は慌てて受け身を取ろうと両手を地面に突き出す。
「これで、終わり」
もはや隠れることができない爆豪君に向けて、私は改めて重力操作の個性を発動する。
すると彼の重量がさらに重くなり、勢い良く地面に叩きつけられた。
「がはっ! てっ、……テメエ!」
一応受け身はとったようだが、これでもう彼は起き上がることはできない。
その様子を一部始終目撃した緑谷君が何かに気づいたように、声をあげる。
「そっ、そうか!
だから、近づいたかっちゃんが転倒したのか!」
私が重力を操作できるのは、人や物だけでない。
視界内なら空間も効果対象に指定できることを、完全に見抜かれたようだ。
(けれど、空間の重力操作は問題がある)
具体的に何処から何処まで操作したのかが、非常にわかりにくいのだ。
それに広範囲を指定すると、無関係な人や市街地への被害が危ぶまれるため、滅多に使うことはない。
(それに、正面以外は罠を張れない)
重力操作は、視界に入っていないと駄目だ。
なので、それ以外の角度から攻撃されたら効果がないのだ。
とにかく緑谷君が気づいたということは、爆豪君にも個性の弱点を知られたと考えたほうがいいだろう。
「ちっ、ちくしょうがァ!」
しかし体が重くて動けないのに、未だに戦意を失っていないのは素直に凄い。
「私の勝ち」
「まだ! 負けてねえっ!」
そうは言ってもこれ以上出力を上げると、きっと爆豪君は耐えられない。
夏休み初めの公園のように、一人ではまともに歩けなくなるだろう。
彼は人の話を聞かずに襲いかかってくる悪人ではあるが、暴力の限りを尽くすヴィランではない。
私も正当防衛が過剰すぎて、警察のお世話にはなりたくなかった。
それに歩けなくなった爆豪君を抱えて彼の家まで送りたくはないので、どうしたものかと頭を悩ませる。
「爆豪君は負けてない。今回は引き分け」
「どういう! 意味だ!」
重力に押し潰されながら必死に声を出す彼を見下ろしながら、私は淡々と続きを説明していく。
「私は逃げも隠れもしない。勝てるまで何度でも挑んでくればいい」
今回は引き分けということで潔く手を引いて、別の機会にまた挑戦してねということだ。
「当たり前だ! 俺が負けるわけねえだろ!
だが、わかった! 今日はもう止めにしてやる!」
「そう、ありがとう」
どうやらわかってくれたらしいので、私は個性を解除して彼を自由にする。
悔しそうな顔をして立ち上がったが不意打ち狙いで襲いかかって来ないだけ、ヴィランよりはマシだと思った。
けれどここであることに気づいた私は、爆豪君に声をかける。
「私は
「そんなもん、とっくに知ってるわ! クソアマぁ!」
知っててもクソアマ呼ばわりはどうかと思うので、私も引き下がるつもりはない。
「名前で呼ばないと、今後の再戦を拒否する」
「はぁ!? 何でそんなクソ面倒なことを!」
私はそれ以上何も言わずに、起き上がった彼の顔を真っ直ぐに見つめる。
するとやがて根負けしたのか、露骨に視線をそらして口を開く。
「ちっ! わあったよ!
「それでいい」
「たくっ! 調子が狂う女だぜ!」
それでも再戦を拒否されるよりはマシなのか、渋々ながら名前呼びを承諾した。
ここで私は完全に蚊帳の外になっていた緑谷君の存在を思い出し、そっちに顔を向ける。
「緑谷君も戦う?」
「ええっ!? ぼっ、僕!?」
「戦いたがってるように見えた」
さっきは私の個性について真面目に解説していたし自分はヒーローではないが、余程そういうのが好きなんだなと思った。
「無個性のデクがテメエ! ……斥流に勝てるわけねえだろうが!」
爆豪君はそう言って一蹴すると、緑谷君は怯えの混じった表情でうつむいた。
しかし私は溜息を吐き、ツンツン頭の彼を真っ直ぐに見つめる。
「爆豪君は、一人でヒーローになるつもり?」
「当たり前だ! 俺は誰よりも強いヒーロになる!
弱いモブなんか邪魔なだけだ!」
自信満々に言い切れるのは凄いと思うが、私は首を振って否定する。
「貴方たちが憧れるオールマイトも、一人では戦えないのに?」
「何だとぉ!」
爆豪君の威圧に怯むことなく、私は続きを話していく。
「個人で活動している人も、他のヒーローに協力を頼んだりする。
サイドキックやサポートも必要だし、一人での活動は非効率的でオススメしない」
「……うぐっ!」
ヒーローには興味ないが、このぐらい社会の常識だ。
知らないとちょっと恥ずかしい思いをするので、一応覚えておいて良かった。
「ヒーローを目指すなら、共闘に慣れておいて損はない。
将来、きっと役に立つ」
しかし、何で私は二人に助言をしているのだろうと考えてしまう。
強いて言えば、爆豪君のあまりの自尊心の高さに呆れたということだろう。
だがそんな彼もヒーローになろうと頑張っているし、もしも試験に落ちてヴィランへの転落人生になったら大変だ。
なのでここは放って置かず、余計なお世話を焼いておくほうが良いと判断した。
「ちっ! やりたくねえが仕方ねえ!
デクゥ! 俺の邪魔だけはするんじゃねえぞ!」
「えっ? ええっ! うっ、うん! わかったよ! かっちゃん!」
緑谷君は驚きつつも少しだけ嬉しそうだが、爆豪君は見るからに嫌々である。
けれど終わり良ければ全て良しと言うし、今はまだ連携のレの字もないが悪くない結果だと納得しておく。
「そんじゃ、二回戦だ! いくぜ! 斥流!」
「いっ、いや! でも今日は戦わないんじゃ!」
今日はもう終わりだと言っていたのに、何故かは知らないが爆豪君のやる気が全回復してしまったようだ。
緑谷君が焦った顔でこちらをチラチラ見てくるので、私は安心させるように微笑む。
「大丈夫。どうせすぐに終わる」
「言ってろ! 吠え面をかかせてやる!」
それに強いヒーローがデビューしたほうが、日本の治安が良くなって私が面倒に巻き込まれることも減る。
未来はまだわからないが、緑谷君のほうも実際にはやる気十分なのであった。
あとは警察のお世話にならない程度に個性を抑制して戦えるかだが、そろそろ日が登って周辺住民が起きてくる時間だ。
だからこそ速攻で二人を戦闘不能にして一目散に逃げるために、私は内心で気合を入れて迎え撃つのだった。