重力少女のヒーローアカデミア   作:縞猫

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あるヴィランが登場しますが、原作より早いです。
風が吹けば桶屋が儲かるやバタフライ効果、または別の世界線だと思ってください。

そして話の切りどころが見つからなかったので、今回は長いです。


斥流陰子vsマスキュラー

 色々あって夏休み中に、緑谷君だけでなく爆豪君とも仲良くなった。

 拳で殴り合う仲ではあるが、別に夕日をバックに河原で横になって互いの健闘を称え合うわけではない。

 

 私はラスボス的な存在であり、緑谷君と爆豪君が協力して攻略するのだ。

 最初は連携を取るどころか反発して足の引っ張り合いをしていたので、彼らがどれだけ弱いのかを徹底的に思い知らせた。

 

 結果、お山の大将で有頂天になっていた彼のチョモランマ並の自尊心は、バッキバキにへし折れることになる。

 おかげで一人で戦っても絶対に勝てないと理解してくれたようで、渋々ながら緑谷君と共闘するようになった。

 あとは回数を重ねればもう少し連携がマシになるだろうが、それでも勝ちを譲るつもりはない。

 

 何にせよ長期休みが終わっても相変わらず私に挑んでくるので、よくも心が折れずに挑戦できるものだと感心する。

 

 それはそれとして強さの秘訣を聞かれ、毎朝のジョギングだと答えたら爆豪君も付き合うようになった。

 緑谷君もそうだが、二人のヒーローへの憧れは筋金入りのようだ。

 

 なので最近は、アルバイトを終えたあとの早朝の公園で一戦交えるのが恒例の流れになっている。

 

 今のところは無敗であっても、二人の成長速度は半端ではない。

 油断すると負けそうなのでヒヤヒヤするが、将来を考えればヒーローが自分より強いほうが日本の治安向上には良いはずだ。

 けれど彼らの性格から手加減やわざと負けるのは好ましくないため、周囲への被害が出ない範囲で真面目に戦うのだった。

 

 

 

 やがて二学期が始まって少し経ち、商店街の福引で一泊二日の温泉旅行が当たった。

 自分はくじ運とは無縁だと思っていたが、ここに来てようやく運が向いてきたようだ。

 ただし一名様ご招待だったので、最初は院長先生に日頃の感謝を込めて譲渡しようとした。

 

 けれどやんわりとお断りされて、結局引き当てた私が行くことになる。

 お土産に期待していると微笑みながら言われたら、素直に引き下がるしかない。

 

 とにかく私は予定を開けて電車とバスで他県の温泉旅館に向かい、現地に到着したので施設を外から眺める。

 商店街の福引にそこまで期待はしていなかったが、小さくでもなかなかに(おもむき)のある旅館のようだ。

 

「温泉旅館に泊まるのは初。

 素人意見だけど、見た目は良し」

 

 修学旅行では常に集団行動で、大きなホテルに泊まって温泉もなかった。

 だが今回は和風旅館で違うため、少しだけワクワクしつつ正面玄関の暖簾をくぐり、受付で手続きを済ませようとする。

 

「いらっしゃいませ。お嬢さん、ご両親かお友達は一緒じゃないの?」

 

 自分は見た目こそ身長百二十センチの小学生低学年だが、これでも中学一年生である。

 

「電話で予約した、斥流(せきりゅう)

「えっ? 確かにご予約を承ってるけど」

 

 女将さんに何処かと心配されたけれど、宿泊券だけでなく学生証を見せて説得した。

 それだけでは足りず、念のために実家の孤児院に電話で確認を行い、何とか泊めてくれることになる。

 

 部屋に案内してもらったあとは、何かと申し訳なさそうな顔をする女将さんに、勘違いされるのは慣れているので気にしないでと言っておく。

 

 とにかく荷物を置いて身軽になった私は、貴重品を持って観光地の散策に出かける。

 院長先生にお土産を期待していると言われたし、孤児院の皆の分も買って帰られないといけないのだ。

 

 旅館の外に出て観光地を適当にぶらつき、辺りに立ち並んでいる土産物屋を覗き見る。

 地元とは明らかに違う景色を眺めながら散策していると、何だか感慨深くなってくる。

 

「緑谷君と爆豪君のお土産は」

 

 何気なく口に出したが、二人は友達と言えるかは微妙な関係だった。

 強敵と書いて友と呼ぶなら、そう言えなくもない。

 

 緑谷君はともかく爆豪君とまで親しいかと言うと首を傾げる。

 なのでしばらく二人のお土産を買うべきか買わざるべきか悩みつつ、観光地をぶらついていた。

 

 すると何処からともなく、悲鳴のような声が聞こえてきた。

 

「たっ、助けてくれぇー!」

「ヴィランだ! 逃げろおお!!!」

 

 けれどこれは私にしか聞こえていないようで、周りの人々は誰も気づいていない。

 

「五感が常人以上なのも、考えもの」

 

 過酷な重力修行を長年続けてきたせいで、いつの間にか常人以上に鍛えられていた。

 身体能力は加重による抑制が行えるが、感覚器官は常時フルパワーを発揮しているのだ。

 さらに肉体強度も超重力下でも平然としていられるぐらい頑強で、怪我や病気とは無縁になった。

 

 だが自分なりに厳重に封印しても外部に漏れ出てしまうモノがあるのは、もうどうしようもないと受け入れるしかない。

 今重要なのは、何処からともなく聞こえた悲鳴への対処だ。

 

 私は足を止めてどうしたものかと考える。

 

 オールマイトという平和の象徴が存在するおかげで、日本は他国よりもヴィランによる犯罪率がかなり低い。

 けれど決してゼロではないため、旅先で厄介事に巻き込まれる不運な少女も居るようだ。

 

 それでも、わざわざ見えている地雷を踏むことはない。

 自分はヒーローではない一般人なので、少しでも早く安全な場所に避難するべきだ。

 

 やがて結論が出て、私は来た道を引き返えそうと背を向ける。

 

「でも、気になる」

 

 実は今回のように、知らない土地で事件や事故に巻き込まれることは珍しいことではない。

 昔から重力操作の修行で、空を自由に飛んであちこち出歩いていたのだ。

 

 けれどその場合は決して矢面に立たずに、物陰に身を潜めて様子を伺ってこっそり人助けをしていたのだ。

 

「やっぱり、見て見ぬ振りはできない」

 

 たとえ凶悪なヴィランだとしても、隠れていれば安全だと言い聞かせる。

 旅館に引き返すのではなく、絶え間なく聞こえてくる悲鳴に近づくように歩き始める。

 

 だがここで、予想外のことが起きた。

 何故か空から筋肉ムキムキの大男が降ってきて、私の目の前に地面を陥没させる勢いで着地したのだ。

 

「この町に強え奴はいねえのかよ! もっと血を見せろよおおぉ!!!」

 

 彼は衝撃でアスファルトの破片を撒き散らしながらも、全く動じずに大声で叫んでいた。

 正直意味がわからないし、こんな形で表舞台に立たされるのは初めてである。

 

「目の前のガキを殺せば、少しは晴れるか?」

 

 やがて叫ぶことで冷静になったのか、彼はこちらに顔を向ける。

 周りの人たちは悲鳴をあげたり逃げるように指示するが、私はその場から一歩も動かなかった。

 

(う~む、全然怖くない)

 

 ここまで凶悪で強そうなヴィランと遭遇するのは初めだ。

 しかも自分が人前に出るだけでなく、被害者になるのも初である。

 

 けれど何故はわからないが、これっぽっちも恐怖を感じずに足も震えない。

 

(私のほうが強くない?)

 

 見た目では完全に負けてるし、何の確証もない。

 けれど生物としての本能が、目の前のヴィランは自分よりも格下だと訴えてくる。

 

 だが少しずつこちらに近づいてくる強面の大男を前にして、ヒーローでもないのに個性を使って人を傷つけるのは不味いことを思い出す。

 人が大勢見ていると隠し通せないし、やり過ぎて正当防衛の主張が通らなかったら警察に捕まってしまう。

 

 下手をすれば法律で罰せられて院長先生に迷惑をかけてしまうので、ここは逃げたほうが得策だと判断する。

 反射的に一歩後ずさると、何処からともなく勇ましい声が聞こえてきた。

 

「そこまでだ! ヴィラン!」

「その子を離しなさい! ウォーターホースが相手よ!」

 

 急ぎ駆けつけた二人のヒーローは、私を庇うように大男との間に立った。

 それだけではく大声をあげて、ヴィランの注意を引き付けてくれる。

 

 なので彼は、すぐに自分への興味を失ったようだ。

 

「来たか! ヒーロー! 待ってたぜぇ!」

 

 ヴィランは嬉しそうな顔で個性を使い、無数の筋繊維を身にまとってヒーローに襲いかかる。

 

「ヒーローだ! ウォーターホースが来てくれたんだ!」

「良かった! 私たち、助かったのね!」

 

 そのまま自分は蚊帳の外で、ヒーローとヴィランの激しい戦いが始まった。

 

 別に怖くはないが、個性の無断使用で警察のお世話になるのは嫌だ。

 適当な物陰に身を潜めて、こっそりと顔を覗かせて彼らの様子を窺う。

 

(あれ? もしかして、負ける?)

 

 だが状況を見る限り、ヒーローが不利なようだ。

 筋肉ムキムキの大男は増強系の個性で、とんでもないパワーである。

 しかも筋繊維を増やすほどに威力が増していき、ウォーターホースも水を使った連携で辛うじて凌いでいるが、明らかに劣勢だった。

 

 もしもここでヒーローが負けたら誰も止められずに、ヴィランによる一方的な破壊が始まる。

 そうなると温泉街は壊滅して、怪我人や死傷者が大勢出てしまう。

 

(自分だけなら逃げられるけど)

 

 私はヒーローにはならないし、人々を守るために命をかける気もない。

 それにあのヴィランは自分よりも弱そうに見えるが、過去に遭遇した中でも強い部類なのは間違いない。

 

 こっそり個性で助けようとしても視界を確保しないといけないし、周囲の人々の動きとは真逆の行動をするため、私が使ったと高確率でバレる。

 

 ならばやはり手を貸さずに逃げるべきかと考えていると、何故か胸の奥に熱いものがこみ上げてきた。

 おまけに自分でも感情の制御ができず、気づけば勝手に立ち上がって物陰から姿を現していた。

 

 私は堂々とした立ち姿で大通りの中央に歩み出て、倒れたヒーローにトドメを刺そうとしているヴィランに大声で呼びかける。

 

「待って!」

 

 突然の乱入者に驚いたのは、ヴィランだけではなかった。

 傷つき倒れかけている二人のヒーローと、絶望の表情を浮かべる周囲の大勢の人々もだ。

 

「何だぁ? さっきのガキじゃねえか。わざわざ殺されにきたのか?」

「駄目だ! 逃げなさい!」

「私たちが時間を稼いでいるうちに! 早く! 遠くへ!」

 

 ヒーローたちが大声で呼びかけているが、私も何でこんなことをしているかわからない。

 今自分を動かしているのは、何とても彼らを助けなければという強い思いだ。

 

「安心しろ! ヒーローをぶっ殺したら、すぐにお前も殺してやるからよ!

 それまでそこで、大人しく待ってな!

 

 ヴィランはそう言って両腕をさらに巨大化して振り上げ、傷ついたヒーローにトドメを刺そうと拳で殴りつける。

 だがそれより先に個性を発動し、ウォーターホースの二人を横に落とした。

 

「馬鹿な! あの怪我で避けただとっ!?」

 

 彼には満身創痍のヒーローが、素早く真横に飛んで避けたように見えたはずだ。

 しかし現実的に考えて、それはあまりにも不自然だった。

 

 全力の一撃が放たれたあとには巨大なクレータができ、ヴィランはしばらく眺めていたが、やがて私に視線を向ける。

 

「ガキィ! お前の仕業だな!」

 

 私は何も語らずに筋肉で体を覆っているヴィランを、怯まずに真っ直ぐに睨みつける。

 

はははっ! いいぞ! 面白くなってきやがった!

 

 何が面白いのか、さっぱりわからない。

 しかしヴィランは、空を見上げながら大笑いをしている。

 

「ガキ! ヒーロー名は……まだないか! だったら、お前の名前を教えろ!

「えっ!? ええと、斥流陰子(せきりゅういんこ)

 

 まさかヴィランに名前を聞かれるとは、予想していなかった。

 なので、つい条件反射で馬鹿正直に答えてしまう。

 

「そうか! お前はガキだが特別に、遊びでなく本気で殺してやるぜ!

 

 きっとそれが強者との戦いを渇望する、彼なりの流儀なのだろう。

 しかし私としては理解できないし、巻き込まれただけの身としては全く嬉しくなかった。

 

「私は殺されない! 逆に貴方を刑務所にぶち込む!

 平和の象徴! オールマイトのように!」

「やってみろよ! ガキィ!」

 

 自信満々に言い切るヴィランを目標に定め、私は個性を発動させた。

 すると不敵な笑みを浮かべていた巨大な筋肉男が片膝をつき、驚愕の表情へと変わる。

 

何だ!? 一体何が起きてやがる!?

「私の個性は、重力を操る」

 

 これ以上の説明は不要とばかりに、さらに出力を上げる。

 もはや両手足を地面につけて体を支えるだけでは持ち堪えられず、重さに耐えかねたアスファルトがヒビ割れ、ヴィランの巨体が大地に沈んでいく。

 

「うおおおおおっ!!?」

 

 彼の個性は増強系で、筋繊維を身にまとうほどパワーが上がる。

 だが同時に重量も増していくため、重力を操る個性との相性は良かった。

 

「今ので理解した。やはり貴方は、私より弱い」

「ガキが! この俺を舐めるなよ!」

 

 彼は大声で叫んで脱出を図るが、無駄な抵抗だ。

 ろくに動けないのに問題なく喋れるのは凄いが、ヴィランは自らの重量に耐えかねて地面に沈み続けている。

 

 しかし私はここで、自らの失態に気づく。

 

「しまった!」

 

 増強系の個性持ちに近づくのは危険だと思い、遠くから重力操作で倒そうとしたのは失敗だった。

 ヴィランの体は地面に深く沈み、視界から外れたことで私の力も解除される。

 

 しかし嘆いたところで手遅れで、再び動けるようになった大男が力の限り叫んだ。

 

「おらあああっ!!!」

 

 個性が解除されて体が軽くなった隙を突いて、巨大な拳を足元に勢い良く叩き込む。

 クレーターができるだけでなく、周囲には大量の砂埃が巻き上げられて完全にヴィランを見失った。

 

 私は焦りながらも、注意深く辺りを見回す。

 

「一体、何処に!」

 

 すると突然、背後から凄まじい衝撃を受けて呆気なく吹き飛ばされた。

 ギリギリで振り向いてガードしたが、私の小さな体が枯れ葉のように宙を舞う。

 

「はっ! どうやら視界に入らなければ、個性は発動しないようだな!」

 

 勝ち誇るヴィランの言葉を聞きながら、何だか最近は自分の個性がどんどん通用しなくなってきたと思いつつ、割りと余裕のある空中浮遊のあとに自身の重力を操る。

 そのまま危なげなく地面に降り立ち、再び大男と対峙した。

 

「ほうっ! 今の一撃を耐えるかっ! やるじゃねえか!」

 

 本当に心底嬉しそうな顔をするが、攻撃を受けてゴム毬のようにふっ飛ばされたのだ。

 私としてはいくらダメージがなくても、かなり驚いて衝撃を感じた直後は正直生きた心地がしなかった。

 

「攻撃が来る直前に、自分を落としただけ」

 

 接近に気づいて咄嗟に両手でガードしたことで、相手の拳に触れた箇所が破れてしまった。

 剥き出しになった素肌は無傷ではあったが、外行き用の高い服は予備が殆どないのだ

 思わぬ出費が発生して顔をしかめていると、ヴィランが何故か大笑いし始める。

 

「お前! 面白い奴だな! ヴィランにならないか!」

「ヒーローは好きじゃないけど、ヴィランはもっと嫌い」

「おっと、嫌われちまったか! 残念だぜ!」

 

 先程の砂塵はまだ晴れておらず、ヴィランの姿はまだはっきりとしない。

 しかし姿を消したあとに殆ど音もなく背後を取られたことから、かなりのスピードで動けることもわかった。

 

(この際、自身の加重を解く?)

 

 自分にかけている加重を解いたことは殆どなく、特にここ最近はずっと封印状態だ。

 正直、有り余るパワーを制御できる自信はなく、周辺被害を抑えて戦えるとはとても思えない。

 

「どうした? 来ないのか?」

「今、考え中!」

 

 ヴィラン相手に会話が通じるとは思わないが、自分はいつもマイペースである。

 そして敵は待ってくれており、私はやがて結論を出した。

 

「被害が増えるけど、やむを得ない」

 

 私は目の前の空間の重力を片っ端から倍増し、未だに周囲に立ち込める砂塵を強引にかき消していく。

 すぐ近くは避難して人が居ないのが幸いだが、何故かヴィランの姿もなかった。

 

「あれ?」

 

 おかしいと思って辺りを見回していると、一度は確認したはずの背後から声が聞こえてきた。

 

「こっちだ!」

 

 どうやら一度調べたところは二度は調べないと考えて、こっそり身を潜めていたようだ。

 私が慌てて振り返ると、相手は既に筋肉の鎧を展開していた。

 

 また殴られる前に避けなければと、私は横に落ちるために個性を発動させる。

 だがヴィランはこちらの行動を読んでいたのか、両手で逃げ場を塞ぐ。

 

「もう逃げられねえぞ! さあ! 血を見せろ!

 

 両側から物凄い力で、体を締めつけられている。

 封印状態でもプロのアスリートぐらいの力は出せるが、ヴィランはそれよりも遥かに強大だ。

 

 しかし私が痛がりもせずに平然としているため、大男は思いっきり動揺する。

 

「どういうことだ! お前! まさか個性を二つ持ってんのか!?」

「違う。私の個性は重力操作」

 

 顔を真っ赤にして全力で締めつけているヴィランが尋ねてきた。

 別に隠すことないので、正直に答える。

 

「では! 何故だ!」

「……秘密」

 

 個性の無断使用は犯罪になる場合があるため、重力修行を教えたくはない。

 たとえデメリットだと周りが勘違いしてくれていても、その点について探られるのは困るのだ。

 

「ん? この重さ? まさかお前!?」

「女の子に、体重の話をしちゃ駄目」

 

 ヴィランが、表に出したくない話題を口に出そうとした。

 私の体重は個性のせいで通しているが、いつ何時にバレないとも限らない。

 

 なので磁石が反発するように重力を操作し、強引に拘束から逃れる。

 

「このガキ!?」

 

 今度は服が腕だけでなく、全身がビリビリに破れてしまった。

 もはや修繕もできずに買い替えるしかなくなり、私は大きな溜息を吐く。

 

 だがこうなったら以上、もう失っても惜しくはない。

 私は地面を蹴って空に向かって落ちながら、ヴィランに大声で呼びかけた。

 

「勝負!」

 

 十分な高度に達したあと落下する方向を調整して蹴りの姿勢になると、私の意図がわかったのが嬉しそうな顔で大声を出す。

 

「真っ向勝負は、嫌いじゃないぜ! 受けて立ってやるぜ!

 

 やっぱり相手は戦闘狂のようだ。

 けれど脳筋の自分と相性が良いような気がして、少しだけ悲しくなった。

 

「重力加速! 二倍!」

「俺の全力で! ぶっ潰す!!!」

 

 重力加速の原理としては落下の加速による蹴り技で、二倍はちゃんと測ったわけではないが大体2Gだ。

 そして今の彼は本気状態のため、筋繊維を大量に生みだして身にまとい、逃げずに迎え撃つつもりである。

 

 おかげで十分な距離と加速を得られたが、周囲の空気が圧縮されてプラズマ化してしまう。

 現実の大気圏突入ほど速くはないだろうし、重力操作の個性が周りに影響を及ぼしているのだ。

 

 けれど詳しい理屈は不明でも、結果的に足先が燃え始めている。

 それでも火傷はしないし、耐えられているので問題はない。

 

 だが、衣服まで灰になれば社会的な死は避けられないため、内心で早まったかもと冷や汗をかく。

 

 その直後にヴィランの拳と自分の素足が激突し、ほんの少しだけ拮抗する。

 

「ぐああああああ!!!」

 

 ヴィランの拳が衝撃を受け切れずに、全身の骨が砕け、血管が裂けたり弾けて血が流れる。

 思った以上のグロさに若干引いたが、吐くのは我慢して個性を解除せずに大男の固い守りを突破する。

 

 直後に、強面の顔に蹴りが当たって派手に吹き飛ぶ。

 さらには地面に衝撃が伝わり、隕石が落下したかのような巨大なクレーターが出来上がった。

 

 辺りに突風が吹き荒れて、盛大に土砂が舞う。

 私は重力を逆転させて少しだけ離れた位置に着地し、燃えている服を手で払って消そうとする。

 

 しかしどうにも上手くいかず、ふと怪我をしたヒーローのことを思い出して、彼らの元に走って行く。

 

「ウォーターホース! お願い! 火を消して!

 

 全身火だるまではないが、服のあちこちが発火していて、下半身は完全に素足が丸見えである。

 幸い下着は無事だったので社会的な死は避けられたと思いたいものの、ウォーターホースはすぐに気づいて消火をしてくれた。

 

「全く! 無茶をする!」

「そうよ! まだ幼い女の子なのに! 火傷が残ったらどうするの!」

 

 水を出せるヒーローが居てくれて助かった。

 やがて服についた火が完全に消えて、ようやく一安心した。

 殆ど燃えてしまったが辛うじて全裸だけは免れたし、自分は頑丈なので火傷の心配もない。

 

「ありがとう」

 

 頭を下げてお礼を言ったあとにヴィランの方を向くと、砂埃が消えて巨大なクレーターがしっかりと見えていた。

 

 中心には気を失った大男が横たわっていたが、肥大した筋繊維が霧散するように消えていく。

 微かに息はあるが全身傷だらけで、地面に仰向けになったまま動かない。

 

 しかしヴィランは狡猾と聞くし、気絶したフリをしているのかどうかを確認するべきだ。

 私はクレーターの中心に横たわっている大男に近づいて、靴は靴下ごと燃えてしまったので素足でゲシゲシと蹴ってみる。

 

「気絶、確認」

 

 左目の辺りがえぐれて出血しているが、そこはきっと私の蹴りが当たった箇所だ。

 しかし命に別条はないし相手がヴィランだからか、申し訳ないという気持ちはこれっぽっちも湧いてこない。

 

 結果的に周囲にかなりの被害が出てしまったが、取りあえず勝利した。

 だが周りで様子を伺っている人たちは、まだ不安そうな顔をしていた。

 

「勝利!」

 

 なので私は右手を天高く掲げて、ヴィランに勝ったことをアピールする。

 孤児院の子供たちはヒーロー番組が好きで、ナンバーワンヒーローであるオールマイトが特に人気があった。

 

 私はこれっぽっちも興味はないが、いつの間にか覚えていた彼の勝利のポーズだ。

 

 しばらくは無反応で失敗したかなと思いつつも、やがてこちらの意図が伝わったのか、周りから喜びの声が聞こえてくる。

 

「うおおおっ! やったぞおおお!」

「嬢ちゃん、凄えよ! まるでオールマイトみたいだ!」

「可愛いし強いし! ヒーローデビューしたら、絶対推すわ!」

 

 それ以外にも様々な声が聞こえてくるが、危機は去ったので良しである。

 次に私は先程消火をしてくれて、怪我をしてまともに動けないウォーターホースの元に向かう。

 

 そのまま彼らの目の前で足を止めると、申し訳なさそうに深々と頭を下げた。

 

「すぐに助けなくて、ごめん」

 

 謝罪された二人は、少しの間唖然とした表情を浮かべていた。

 けれどすぐに全身傷だらけで痛そうなのに、優しく笑いかけてくる。

 

「子供を守るのは大人の役目で、ヒーローならなおさらだ」

「そうよ。貴女が気にすることじゃないわ。

 私たちの代わりにヴィランを倒してくれたし、逆に感謝したいぐらいよ」

 

 彼らにありがとうと返されて、私は内心で頑張って戦って良かったと嬉しくなる。

 けれどそれを言うと恥ずかしいので口には出さずに、少しだけ照れながら視線をそらす。

 

 次に、それとは別のお願いをする。

 

「じゃあ、ヴィランを拘束するから、道具を貸して」

「ああ、別に構わないが」

「ありがとう」

 

 私はお礼を言って、ヴィランを拘束するための縄っぽい道具を受け取る。

 そのまま倒れている大男の元に向かったものの、犯人逮捕はやったことない。

 

 今までは隠れてこっそりだったので、どうやって縛ったものかと悩む。

 

 なので結局、再びウォーターホースの元に戻る。

 そして大怪我をしたヒーローを現場に引っ張り出して、拘束のやり方を教えてもらった。

 

「お嬢さんも、将来はヒーローになるんだ。良い機会だし、学んでおくといい」

「えっ? あの、私」

「何ならうちの事務所で勉強してもいいわよ?

 でも他にライバルが多そうだし、私たちはしばらく入院ね」

 

 彼らの中では、私の将来は決定しているようだ。

 高校に進学するならヒーロー科ではなく、断然普通科希望である。

 

 しかし今の彼らに告げたところで、RPGで選択肢がありがちな無限ループに突入しそうだ。

 

 ならばお茶を濁して、無難に切り抜けるほうが良さそうだ。

 人の噂も七十五日と言うし、どうせすぐに忘れ去られるだろう。

 

 

 ヴィランの拘束を終えたあとは警察が到着するのを待ちつつ、ウォーターホースの二人に電話を貸りて孤児院に連絡を取る。

 その際に全国ニュースで私が報道されたとか聞こえた気がするが、気のせいだと思いたい。

 

 ちなみに外行きの服は上下とも破れただけでなく、殆ど燃えカスになってしまい、靴も同様である。

 親切な人が無償で提供してくれたので事なきを得たが、そのままだと色んな意味でヤバかった。

 

 何にせよそれから間もなく増援のヒーローたちが駆けつけ、警察も一緒に来てくれた。

 彼らは気絶したヴィランを確保し、免許無しでの戦闘行為は駄目だと説教される。

 

 だがそれはあくまでも建前で、実際には注意だけで済ませ、皆を守ってくれてありがとうと心の底からの感謝の言葉を受ける。

 

 ついでに将来はうちの事務所にと、他のヒーローたちに熱心に勧誘された。

 対応に困った私は事情聴取があるのでと逃れ、警察署の外に出待ちしている報道陣やヒーロー事務所の方々には、病院で検査があるのでと逃亡を図る。

 

 本人は無傷でピンピンしているが、傍目には地面にクレーターを作るほどの拳をまともに受けただけでない。

 さらには両手で押し潰されて、プラズマ化するほどの熱を身にまとったのだ。

 

 戦闘能力の高いプロヒーローでも大怪我をして動けなくなったのに、それより明らかに弱そうな見た目の幼女を心配する気持ちはわかる。

 しかしいくら大きな病院で精密検査をしようと、わかるのは増強系の個性持ちもドン引きする骨密度や筋繊維や、年齢は中学生なのに小学生低学年の容姿と百キロ超えの体重ぐらいだ。

 

 これに関しては、個性が常時発動しているからだと誤魔化した。

 本当は修行のために常時負荷をかけているのだが、無断使用は法律では禁止されている。

 もしバレたら説教程度では済まないだろうし、秘密は守られるべきだ。

 

 それはともかくいくら調べても異常なしだったが、宿泊施設に帰れたのは日が暮れてからだった。

 

 もう観光地を巡り、お土産を買う時間もない。

 しかも噂がかなり広まっているようで、小さな旅館には大勢の人が押しかけていた。

 

 ヒーローの勧誘やマスコミの取材だけでなく、命を救われたりヴィランをやっつけてくれてありがとうなどの、お礼や感謝を伝える人も集まっている。

 

 気持ちはありがたいが、旅行に来たのに全然気が休まらない。

 元々他者との関わりを面倒に感じるタイプで、そもそも話すのが苦手なのだ。

 正しく返答できる自信はなかった。

 

 戦闘で破れた服や靴などをもらえたのは、個人的に凄く嬉しいがそれはそれである。

 スポンサーになるのでぜひともヒーローコスチュームを作らせて欲しいとお願いされた時は、せっかくですが遠慮しますと若干引きつつ丁寧にお断りさせてもらった。

 

 そのような接待合戦を突破して、ようやく個室に戻ったのは日付が変わる直前だった。

 時間は遅くても女将さんに食事を用意してくれていたので、人心地つけたのありがたい。

 

 あとは温泉に浸かって休みたかったが、浴場は大変混雑していた。

 結果、知り合いでもない人たちにあれこれ話しかけられて気疲れし、部屋に戻ったあとは布団に身を投げ出すように横になり、一泊二日の短い旅で良かったと溜息を吐く。

 

 

 

 けれど次の日は、いつもの癖でまだ日が昇っていないうちに目が覚めたので、人の居ない朝風呂を存分に堪能させてもらった。

 なお、人の気配を感じたら急いでお湯からあがり、逃げるように自室へと戻る。

 

 孤児院よりも豪華な朝食をいただいたあとは、何日でも泊まっていって良いと言う女将さんの誘いを丁寧に断った。

 宿の入り口付近に設けてあるお土産コーナーで全員分を手早く購入し、実家の孤児院に最短ルートで脇目も振らず帰るのだった。

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