重力少女のヒーローアカデミア 作:縞猫
職場体験が始まってから数日が経過すると、エンデヴァーの事務所から
何処かに潜伏しているヒーロー殺しを捕らえるため、パトロールや捜査を強化するためらしい。
全国指名手配中の悪名高いヴィランは放って置けないし、相手の実力は未知数である。
トップヒーローでも不覚を取ることがあるだろうから、万全を期したいのだろう。
その点、エンデヴァーの事務所は業界最大手で人員にも余裕があるので、援軍に持って来いだ。
ちなみに私と轟君は、ナンバーツーヒーローのサイドキック(仮)という名目で同行させてもらうのだった。
移動中は、何も問題はなかった。
しかし現地に到着して、私たちは大いに驚く。
何しろ夜の
正直一目見ただけでは、何が起きているのかが良くわからない。
なので私が目を凝らして状況把握に努めていると、轟君が何かに気づいたようにスマートフォンを取り出した。
「どうしたの?」
「緑谷から連絡だ。……これは!?」
驚きの声をあげた轟君に、嫌な予感がした。
私は悪いとは思うが、横から彼のスマートフォンを覗き込ませてもらう。
すると、
「ヒーロー殺し?」
「緑谷が何の意味もなく、送ってくるはずはねえ。
可能性は高いな」
職場体験に出発する直前、飯田君に伝えた内容は緑谷君にも聞こえていた。
絶対にそうだとは言えないが、ヒーロー殺しを発見した可能性は高い。
できることなら、今すぐに向かうべきだろう。
「エンデヴァー! ヒーロー殺しを見つけた!」
「何だと!?」
そうエンデヴァーに伝えた直後、何処からか悲鳴が聞こえてきた。
声の大きさからして、すぐ近くだろう。
「この忙しいときに!」
自分の体は一つしかない。
ただでさえ混沌としている
(選ばないと駄目だ)
緑谷君は入学よりも強くなったが、ヒーロー殺しに勝てるとは思えない。
しかし彼は自分と違って頭が良いので、無策で闘いを挑むことはないだろう。
ならばきっと遠くから様子を窺うだけで留めて、今は何処かに身を潜め、増援が駆けつけるのと待っているはずだ。
体育祭で友人を助けるために自ら不利な勝負を挑んでしまったが、流石に命を捨てるような真似はしないと信じたい。
それに緑谷くんも成長しているので、絶望的な状況に陥ろうとも時間を稼ぐぐらいはできるだろう。
そのように考えた私は、轟君を真っ直ぐに見つめる。
「轟君は緑谷君を助けに行って、私が駆けつけるまでの時間稼ぎをお願い!」
正直、自分判断が正しいかはわからない。
けれど不確定なヒーロー殺しよりも、目に見える危機に晒されている一般市民を助けるの重要だ。
轟君も迷ったあとに父親の顔を見て、エンデヴァーは静かに頷く。
「
大丈夫だ! 俺たちもすぐに向かう!」
「親父。斥流。わかった。行かせてもらう!」
轟君は最後に、私に視線を向ける。
そして次に振り返らずに前だけを見て、全力で走っていった。
父親が息子を信じて送り出す、感動的な場面だ。
できれば彼が見えなくなるまで見送りたいが、残念ながらそんな時間はない。
私はエンデヴァーに同行し、悲鳴が聞こえた場所に急ぎ駆けつける。
するとそこには、雄英高校の襲撃事件で見かけた脳みそ丸出しの怪物が居た。
さらに混乱して逃げ惑う一般市民に、今まさに襲いかからんとしている。
しかしそうはさせまいと、ヒーローコスチュームを着用したお爺さんが民間人を守るために、三次元的な高速戦闘を行い翻弄していた。
ジェット噴流のように空中を移動する彼は、相当な腕前のようだ。
それでも脳無は並外れた耐久力を持っているようで、まともなダメージが入っているように見えない。
「止めとけ! こらぁ!」
お爺さんの個性は不明だが、空中を自在に飛び回って蹴りを放っている。
私は当たる直前に怪物の重力を増加させて、敵の行動を完全を封じ込める。
「エンデヴァー!」
「おうよ! 燃えろ!」
すると絶好の機会にエンデヴァーは燃え盛る炎を放ち、脳無はたちまちに全身を火に包まれて苦悶の声をあげる。
どうやら熱には耐性がないようで、普通に大ダメージを受けているようだ
お爺さんも途中で援護に気づき、空中で軌道変更して着地する。
襲われていた一般市民も無事のようだ。
状況がまだよくわかっていないが、当面の危機は去ったと判断して良いだろう。
「ヒーロー殺しを狙っていたんだがな。タイミングの悪い奴だ」
流石はナンバーツーヒーローだ。
どんな状況でも決して動揺せず、堂々と不敵な笑いを浮かべている。
「存じ上げませんが、そこのご老人。
あとは俺に任せておけ!」
「アンタは?」
エンデヴァーはそう言って、元ヒーローと思われる謎の老人に近づいていった。
「マジ!?」
「何でここに!?」
助けた一般市民から驚きの声が出るが、エンデヴァーは堂々と答える。
「決まっている。ヒーローだからさ」
本当はさっき言った通りで偶然だ。
しかし目の前で人が襲われていたら、ヒーローとして見て見ぬ振りはできない。
(緑谷君と轟君は大丈夫かな)
脳無が片付いたのなら、友人が心配なので私も向かいたいところだ。
けれどエンデヴァーが放った炎が消えると、傷を追った怪物が姿を見せる。
まだ戦闘不能にはなっておらず、無駄にしぶといと思った。
「アンタ、気をつけろ! コイツは!」
お爺さんが警告を発する。
瞬間、脳無はまるで爆発するかのように、強大な炎を全方位に放出した。
「吸収と放出か! だが、吸収時にダメージが残るとは!」
エンデヴァーは炎を操作して消し去り、お爺さんは脳無を良く観察しながら空を飛んで逃れた。
私は二人の一般市民を抱きかかえて重力を操作し、焼かれる前にその場から高速で離脱する。
「違うぞ!
「なるほど! そういうことか!」
取りあえず助けた市民の二人をゆっくり地面に下ろし、私も加勢しようとしたヴィランの方向に顔を向ける。
だが既に脳無は地面にめり込んでおり、その上にお爺さんが立っていた。
エンデヴァーの加勢も必要なかったようで、もしかしたら彼は歴戦の戦士なのかも知れない。
「斥流。ご老人。そのヴィランは、うちのサイドキックに任せる。
向こうの加勢も、このエンデヴァー一人で事足りる!」
たまたま今回のヴィランが弱かったのか、それともエンデヴァーやお爺さんが強いのかはわからない。
けれど他もコレと同じ強さなら、確かにナンバーツーヒーローだけでも何とかなりそうだ。
「エンデヴァー、もし何かあったら連絡を」
「わかっている。斥流も気をつけることだ」
そういうわけで私とお爺さんはエンデヴァーとは別行動になり、急ぎ緑谷君と轟君の元に向かう。
ヒーロー殺しがまだ現場に残っているかはわからないし、私のスマートフォンには何の連絡も入っていない。
それでも万が一のことを考えて油断はせずに、元プロヒーローっぽいお爺さんを案内するために先行し、目的地に向かって一直線で移動する。
二人共空を飛んでいるので地形に左右されず、あっという間に現場が見てきた。
いきなり路地裏に入るのは危険だと判断し、少し離れた道路に着地する。
だがここでお爺さんが、何かに気づいたように大声を出す。
「なっ、何故お前がここに!?」
「グラントリノ!?」
目的地である路地裏からは、緑谷君、飯田君、轟君の三人だけでない。
さらに見知らぬヒーローらしき人も同行しているし、ついでにテレビで見た人物像とそっくりなヒーロー殺しが黒鞭に捕縛された状態で、引きずられるように大通りに現れたのだ。
ちなみにステインは気絶しているようで、完全に白目をむいていた。
「新幹線で座ってろって言ったろ!」
どうやら謎のお爺さんはグラントリノと言うらしく、彼は凄まじい速度で飛び出して、緑谷君の顔面に蹴りを打ち込んだ。
「誰?」
「僕の職場体験の担当ヒーロー、グラントリノ。でも、何で?」
一応手加減はしてくれていたようで、緑谷君はすぐに起き上がってきた。
飯田君と謎のヒーロー以外は大した怪我もなく、心配した割りには意外と元気そうである。
「そこの少女に案内されてな」
会話に入るタイミングが掴めなかったが、グラントリノ紹介してくれた今がチャンスだ。
取りあえずコホンと咳払いを行うと、ようやく皆が私に気づいたようで大きな声をあげる。
「斥流さん!」
「どうも」
二名ほど怪我はしているが、歩くのには問題はなさそうだ。
病院での治療が必要ではあるけれど、この程度なら後遺症は残らないだろう。
「まあようわからんが、取りあえず無事なら良かった」
「グラントリノ、ごめんなさい」
緑谷君が職場体験の担当ヒーローに頭を下げるが、本当に無事で良かった。
ヒーロー殺しも黒鞭で拘束されているし、どうやら私の心配は杞憂だったようだ。
「この辺りだ!」
今度は何処からか、大勢の声と足音が聞こえてきた。
私たちは条件反射的に、そちらに顔を向ける。
「エンデヴァーさんから応援要請を承ったんだが──」
「子供?」
「酷い怪我じゃないか! 今すぐ、救急車を呼ぶか!」
エンデヴァーの要請を受けたのか、多くのヒーローが駆けつけてくれた。
しかし彼らは自分のように、現場に到着した頃には既に事件は解決していたのだ。
個性によって縛られたヒーロー殺しを見つけて、思いっきり驚いていたのだった。
緑谷君の黒鞭ではなく捕縛用の縄に切り替えて、救急車と警察の手配が進められる。
そんな中で飯田君が緑谷君と轟君に謝罪していた。
私は完全に部外者なため、遠くから眺めるだけだ。
それでも会話の内容は耳に入ってくるが、彼はヒーロー殺しに復讐するつもりだったらしい。
けれど犯罪者を捕まえるのは正しい行いなので、そこまで重く受け止めなくてもと思った。
そんなめでたしめでたしの雰囲気だったが、そこで突如空を飛ぶヴィランが急速接近してくる。
気づいたグラントリノが警告を発した。
「伏せろ!」
だが言われた通りに伏せた私以外は、皆全く反応できていない。
空から飛来した脳無が背後から緑谷君を鷲掴みにして、急速に飛び去っていく。
けれど、黙って見送るつもりはない。
起き上がった私はヒーロースーツのポケットからコインを何枚か取り出し、目標めがけて高速で射出する。
「撃ち抜け!」
状況判断能力に優れていたおかげか、脳無はまだあまり離れていない。
目視できる距離ではあるものの、十分な威力を得るために普段よりも重力強めでコインを撃ち出した。
そして軌道は、自らの意思で自由に変えられる。
複数の玩具のコインがヴィランの胴体を貫通するだけでなく、すぐに戻ってくる。
外から見ると、まるで格闘ゲームの空中コンボのようだ。
あらゆる角度から攻撃している割に、緑谷君だけは器用に避ける。
だが短時間のうちに、空を飛ぶ脳無を何度も打ちのめす。
結果、敵の意識を刈り取るだけでなく、翼も穴だらけになって落下する。
地面に激突する前に重力を逆転させて勢いを落とし、捕まっていた緑谷君も一段階の抑制解除を行った私が駆けつけ、空中で引き剥がした。
取りあえず怪我をしていないようなので、ホッと息を吐いて軽やかに着地する。
「危なかった」
「あっ、ありがとう。斥流さん」
「どう致しまして」
取りあえず友人を助け出した私は、いつまで抱えているわけにはいかないので静かに地面におろした。
そして、まだ辛うじて生きている脳無を油断なく観察する。
だがここで皆の視線が外れたヒーロー殺しが、いつの間にか縄を切って自由になっていた。
けれど、武器を持って暴れているわけではない。
「偽物が蔓延る! この社会も!」
彼は重症の身でありながら二本の足で立ち、鬼気迫る表情で大声をあげていた。
「いたずらに力を振りまく! 犯罪者も! 粛清対象だ!」
周りのヒーローは、完全に気圧されている。
「全ては! 正しき社会のために!」
ちなみに私にとっては理解不能の戯言なので、正直困惑しっぱなしだ。
「偽物は! 正さねば! 誰かが! 死に染まらねば!
ヒーローを! 取り戻さねば!」
ふと気づくと、いつの間にかエンデヴァーも駆けつけていた。
けれど彼まで足を止めて、ヒーロー殺しの気迫に飲まれている。
「来い! 来てみろ! 偽物ども!」
何にせよ、このままヴィランの演説を聞き続けたくはないし、プロヒーローが止められないのは割とヤバいのではと思った。
そこまで考えた私は体が勝手に動き、さらにもう一段階の抑制解除を行う。
そして勢い良くステインに突進する。
「俺を殺していいのは! 本物のヒーロー──」
煌めく光の翼が地面を滑るように移動し、一瞬だけ
まるで流星のように高速で飛来した私は、ヒーロー殺しの顔面に拳を叩き込む。
「いい加減に! 黙れ!」
「だげゔぇえ!!?」
手加減したので死にはしない。
しかし彼は吹き飛ばされて、道路を何度か跳ねて転がっていく。
良くわからない演説を聞かされて若干虫の居所が悪い私は、ついカッとなって大声を出す。
「私はお前ほど急ぎすぎてもいなければ! ヒーローに絶望もしてもいない!」
「にっ、……二代目オールマイト!?」
何処かで聞いたような映画の台詞だが、咄嗟に出てしまったので仕方ない。
虫の息のステインが、倒れながらも顔だけをこちらに向けてくる。
「にっ、二代目なら、俺の考えを理解──」
「ヒーローだって人間だ! ときには失敗するし、助けられないこともある!
それをヴィランに落ちたお前が、粛清しようなんて! エゴだよそれは!」
私はヒーローが何とかしてくれるなら放置するし、彼らに頼らなくても生きていくために修業を続けている。
ちなみに一般人なので命を懸けて市民を助ける義務は発生せず、自分は安全な場所で好き放題に言っているだけであった。
しかし瀕死のステインは口答えせずに、黙って聞いていた。
「すっ、全てのヒーローや市民が、二代目と同じ志を持っていれ、……ば」
彼に喋れたのはそこまでだった。
無理をしていたのか痛みで意識を失ったらしく、死んではいないが倒れたまま動かなくなった。
やがて救急車が到着したので、病院に行けば助かるだろう。
少々すっきりしない終わりではあったが、事件は解決したし良しとする。
私は再び封印を施して元のロリ体型に戻ると、大きく息を吐くのだった。