重力少女のヒーローアカデミア 作:縞猫
だがそれはそれとして、林間合宿が始まる。
目的は、全員の強化と仮免許の修得に向けての訓練だ。
ヒーローになる試験がどんなものかは知らないが、この機会に強くなっておくに越したことはない。
雄英高校に入学してから精神面や技術の上昇はあっても、個性そのものはあまり成長していない。
今は早朝で、合宿所の前で相澤先生がそのように説明してくれていた。
「ただし、
「解せぬ」
私は確かに超重力下で心身を鍛えているけど、劇的なレベルアップはしていない。
雄英高校に入学してから大きく成長したのは、皆のほうだと弁明した。
しかし残念ながら相澤先生だけでなく、クラスメイトも誰も納得はしてくれなかった。
そのまま何食わぬ顔で個性強化訓練に移行するので、私は仕方ないかと思いながら指示に従うのだった。
やることは個性の限界突破で、一年A組とB組の大人数で行う。
ただし教官は担任だけでなく、プッシーキャッツも手伝ってくれる。
皆が様々な訓練を、真面目に行っていた。
私は高校一年生の体格まで急成長し、卵を一つずつ掴んでは慎重に隣の箱まで移動させている。
「「「うおおおおおっ!!! すっげえ美人!!!」」」
男子連中が私を見て騒いでいるが、集中力を切らすわけにはいかない。気にする余裕はなかった。
なお激しい運動をしなければ完全体でも命に別状はないと勘違いされているので、微細な出力調整と持続時間を伸ばす訓練をしているのだ。
汗をかきながら卵を一個ずつ移動させながら、私はあることを考えていた。
(確かに理にかなっている。完全体の有り余るパワーを抑えるのは、封印なしでは難しい)
超重力による何重もの枷があって、ようやく日常生活が送れるのだ。
だが非常事態になれば全力全開で戦うこともあるだろうし、もしこの状態で人命救助をするハメになったら、うっかり人を握り潰してしまうことも十分に考えられた。
だからこそ卵で加減を覚えるのは理に適っているのだが、正直これがなかなか難しい。
「ああ! 卵が!」
指先が卵の殻を押し潰し、受け皿にしている容器に殻が落下する。
高校一年生まで急成長した私は、身体能力が桁外れに上がっていた。
少しでも加減に失敗すれば、卵をすぐに割ってしまうのだ。
けれど訓練方法としては正しいので、決して手を抜くことはできない。
「殻を拾うの大変」
ヒビ割れた殻が容器に落ちてしまったので、それを除去しなければいけない。
だがこれもちゃんと、訓練として成り立っている。
出力調整を完璧にするためには、避けては通れないのだ。
なので私は溜息を吐きながらも、一つずつ丁寧に取り除いていくのだった。
やがて日が暮れて食事の時間になり、皆でカレーを作ることになった。
孤児院でも献立に困った時の定番だ。
私が作り慣れていることがわかると、いつの間にか料理の先生のような立ち位置になる。
そして初心者向けの、簡単なアドバイスを行うようになった。
不味いよりも美味いほうが良いので教える分には問題ないが、人と話すのは苦手だ。
もっと適した人材が居るはずではあるものの、残念ながら集まっている生徒の中では一番調理技術が高かった。
けれどちゃんと食べられる物ができたし、終わりよければ全て良しだ。
無事に完成して晩御飯の時間になった。
すると
それを外から眺める私は、どうしたものかと迷いつつもカレーを黙々と食べる。
(私は人と話すのは苦手)
自分では、何を話して良いのかわからない。相手が熱烈なファンならなおさらだ。
きっと
子供の相手は慣れているとは言え、全然知らない他人といきなり打ち解けるのは難易度が高い。
ならば緑谷君に任せたほうが、きっと上手くいくだろう。
帰ってきたらそれとなく尋ねるぐらいで、ちょうど良いと思ったのだった。
次の日も、初日と同じような訓練だ。
皆、相当疲れている以外は特に語ることはない。
けれど夜に肝試しを行うことになり、私は緑谷君と一緒のグループになった。
広場で夜空を見ながらのんびり順番を待っていると、何やら妙な違和感を覚える。
「何か焦げ臭い?」
A組のメンバーと一緒に集合場所に居た、プッシーキャッツのピクシーボブが何かを嗅ぎつけたように鼻を動かす。
「黒煙?」
「何か燃えているのか!」
この時点で、もう嫌な予感しかしなかった。
私は急いで一段階の抑制解除を行い、二歳ほど急成長する。
ジャージは大きめサイズなので問題はなく、呼吸を落ち着けて感覚を研ぎ澄ます。
すると、いつの間に接近されていたようだ。
森の中に潜む何者かの気配を察知し、大声をあげる。
「ヴィランの襲撃! 皆! 備えて!」
「「「!?」」」
全員が驚きの表情に変わるが、流石はプロヒーローと、その卵たちだ。
すぐに真剣な顔つきになり、自分と同じように周囲を警戒する。
「なっ、何!?」
「ピクシーボブ!」
だが少し遅かったようだ。
ピクシーボブの体が突然浮き上がり、森に引きずり込まれかけている。
「やらせない!」
私は彼女を個性の対象に指定して、こっちに落とそうとする。
しかし相手の個性を解除しなければ、引っ張り合いになってしまう。
最悪ピクシーボブの体が二つに引き裂かれる事態を避けるべく、視線をそらさずに懐から一枚のコインを取り出す。
超感覚で大体の目星をつけて、素早く撃ち出した。
「そこ!」
すると目標として指定した茂みの奥で、射出したコインが金属に弾かれるような音が響いた。
防がれたようなので、相手のダメージは期待できない。
だがおかげでピクシーボブの個性は解除され、こっちに引き寄せることができた。
私は落ちてきた彼女を危なげなく受け止め、怪我をしないように優しく地面に下ろす。
「残念。飼い猫ちゃんには、先に眠ってもらうつもりだったけど」
すると森の奥から二人の不審者が喋りながら、私たちに向かって歩いてくる。
どうやら彼らが襲撃者で、間違いはなさそうだ。
「何で!? 万全を期したはずじゃぁ!
何でヴィランが居るんだよぉ!?」
峰田君が恐怖と驚きが混じった表情を浮かべている。
それが普通の反応だし、非常事態なので仕方ない。
他のA組の面々も似たようなもので、精神的な動揺が顔に出ている。
私とプッシーキャッツのメンバーは冷静に対処しているが、今はとても不味い状況だ。
なのでできる限り周囲の状況の把握に努めつつ、まずは緑谷君に指示を出す。
「緑谷君は
私たちは、彼が何処に居るかを知らない!」
本来なら、この場に居るプロヒーローに指示を仰ぐべきだ。
しかしここで
「ただし! 極力交戦は避けて!
「わっ、わかったよ! 斥流さん!」
「プッシーキャッツもそれでいい!」
念のためにプロヒーローの意見も伺うと、誰もが口を閉ざしたままで静かに頷く。
目の前のヴィランに集中したいのか、話を聞く余裕がないのかはわからないが、取りあえず意義はないようだ。
だがここで、さっきはニューハーフっぽいヴィランが喋っていたが、今度はトカゲ人間っぽい奴が堂々とした立ち振る舞いで語りかけてくる。
「ご機嫌麗しゅう! 雄英高校! 我らヴィラン連合!
私としては向こうの自己紹介には全く興味がないので、作戦タイムだと割り切って思考を整理していく。
「俺はスピナー! ステインの夢を紡ぐ者だ!」
そう言ってヴィランは、馬鹿でかい武器を取り出して構えた。
その間に私は考えをまとめて、素早く次の指示を出す。
「皆も交戦を避けつつ、一塊になって先生の元に避難!
余裕があれば、緑谷君を助けてあげて!」
さらに抑制をもう一段階解除して、オールマイトの本気の戦闘力まで高めた。
私は呼吸を整えて光の粒子を放出しながら、右拳を後ろに引いて構えを取る。
「時間が勿体ない! 速攻で叩き潰す!」
ヴィランが襲いかかってくるのと、私が全力で正拳突きを放つのはほぼ同時であった。
凄まじい衝撃波が生まれ、あっという間に敵を飲み込んで抵抗虚しく吹き飛ばされる。
「なっ! 吹き飛ばされる!?」
「これが! 新たな平和の象徴の力なの!?」
荒れ狂う暴風は前方の森の一部をえぐり、多くの木々をなぎ倒した。
念のために立ち回りには気をつけ、ヴィランは肝試しの方向とは別方面に飛ばす。
これで彼らは死ななくても、大きなダメージを受けたはずだ。
少なくともしばらくは、戦線復帰は不可能だろう。
その間に連絡を受けたプロヒーローか到着すれば、奴らを捕まえてくれる。
やがて吹き荒れていた風が止み、私は大きく息を吐く。
そして私の背後の居る一年A組と、プロヒーローのプッシーキャッツに呼びかけた。
「私だけで、全員を助けるのは無理!
だから! あまりあてにはしないで!」
そう言って私は、自身の重力を操作して空に向かって落ちて行く。
森が赤く燃えていることから、相当派手に暴れているようだ。
しかし敵は森の中に潜んでおり、視界が塞がれて超感覚でも大体の位置を割り出すのが精一杯である。
さらに味方が何処にいるかも不明なのだ。
迂闊に動けない今の状況に、とても困っていた。
「……あれは? ラグドール!」
視界に入ったのは偶然だ。
それでもプッシーキャッツの一人であるラグドールが、何者かに襲われていた。
一刻を争う事態なので、私に躊躇いはなかった。
「重力加速! 二倍!」
影になっていたのでヴィランの正体は不明だが、直撃させたらやり過ぎてしまう可能性がある。
なので目の前に当てて衝撃で吹き飛ばすように、必殺の蹴りをお見舞いした。
結果、地面に小さなクレーターができて、周囲のモノがヴィランごとまとめて吹き飛ぶ。
ラグドールも余波に巻き込まれたが、私は素早く彼女を抱きかかえて戦線を離脱する。
ジャージの右足が燃えてしまったが、それ以外は無事だ。
それに彼女も体のあちこちに軽い怪我はしていても、元気そうである。
「動ける?」
「問題ない!」
吹き飛ばしたヴィランのことが気になるが、空から見る限り何処に居るかはわからない。
気を失ったのか逃げたのかは不明ではあるものの、助けられたので良しとする。
私は空を飛んで、宿舎に向かっている一年A組とプッシーキャッツの前に降り立つ。
まとまっているので、気配を探りやすかった。
それともかく、抱えていたラグドールを地面に下ろす。
「私は他の皆を助けに行く! あとは任せる!」
彼女たちはプロヒーローなので、自分が指示しなくても大丈夫だ。
一年A組の皆もまだ未熟ではあるが、そこそこ強いので一対一にならなければ大丈夫だろう。
なので私は再び空に落ちて、急いで皆を助けに行くのだった。