重力少女のヒーローアカデミア 作:縞猫
地獄への道は善意で舗装されていると聞くが、まさにその通りであった。
旅行先でのヴィランの戦闘は地元のマスコミや色んな人が撮影していたらしく、小柄な私が巨人かと思えるほどの凶悪犯を相手に大立ち回りをしている映像が、全国のお茶の間に様々な視点から何度も流れたのだ。
まだ未成年ということでモザイクがかけられていたが、正体はバレバレである。
そして子供が戦ったり個性の無断使用、さらには負けたヒーローを責めるような発言も多くあった。
けれど世論的には危険なヴィランから命がけで市民を守ったヒーローに感謝しているし、私は注意を受けただけで警察に逮捕はされていない。
だが問題がないわけではなかった。
何故か自分が新しいヒーローとして報道されたことで、孤児院に帰ってきてお土産を手渡している最中に思わぬ発言を聞かされる。
「姉ちゃんは、いつヒーローデビューするの?」
「お姉ちゃん、凄く格好良かった!」
「大活躍だったね! 流石は私たちのお姉さんだよ!」
家族は皆嬉しそうな様子で、心からの称賛の言葉をかけてくれた。
それでも私としては甚だ不本意であり、神妙な顔になってしまう。
「勘違いしちゃ駄目。私はヒーローじゃないし、それを目指す予定もない」
「ええー! 格好良いのにー!」
「そうだよ! せっかくの強個性なんだしさ!」
確かにヴィランと戦っている私は、子供たちにとってはヒーローっぽく見えたかも知れない。
けれど自分は免許を持っていない一般人で、あのときはとにかく無我夢中だったのだ。
個性の相性が良かったため、辛うじて勝てただけである。
「私の個性は重力操作で、一見強そうに見える。
でも色々と制限もあって、実際には相性が良かったのでギリギリ勝てただけ」
「えっ!? そうなの!」
「凄く意外!」
私は帰りがけに旅館で購入したお土産を広げて、一つずつ家族に配りながら説明する。
「それに、私はヒーローになる気はない。
だから自分の代わりに、貴方たちが目指せばいい」
子供たちはお土産をもらえた嬉しさと、将来のヒーロー像を思い描いて大喜びしていた。
誰もがヒーローになれる可能性があるのを、遠回しでも伝えて話題を変えることができて良かった。
内心で安堵の息を吐いた私は、改めて家族に声をかける。
「私は院長先生に報告してくる」
とても騒がしいので聞こえているかはわからないが、この場を離れることを告げて院長先生の部屋に向かって歩いて行く。
やがて扉の前に到着し、コンコンとノックをすると、どうぞと声がかかった。
慣れているので緊張はせずに、すぐに中に入らせてもらう。
「ただいま」
「おかえりなさい。旅行先では大変だったみたいですね」
「大丈夫。全然平気」
ヴィランとの戦いはノーダメージだったし、後処理のほうが疲れたぐらいだ。
それでも開口一番に気遣ってくれる育ての親の優しさに、表情には出さないが嬉しくなる。
すると、彼女はさらに言葉を続けた。
「地元の報道機関も、ぜひ取材させて欲しいと連絡がありましたよ」
「断固拒否する!」
「ふふっ、では断っておきますね」
取材費を取れば、孤児院の経営が楽になる。
けれど院長先生は私のために、断ってくれるらしい。
自分がヒーローや報道機関に対して、あまり良い印象を持っていないことを、付き合いの長い彼女は良く理解していた。
「複数のヒーロー事務所からもお話があったわ」
「内容は?」
「事務所の見学や勧誘ですね」
将来のために、今のうちから粉をかけておきたいのだろう。
だがやはり私は、ヒーローは好きではない。
「お断り」
「わかったわ。断っておくわね」
わざわざ考えるまでもなく溜息を吐きながら首を横に振り、他にはないかと尋ねる。
「あとは公安警察から──」
「断固拒否!」
警察は、ヒーロー以上に関わり合いになりたくはない筆頭組織である。
もはや院長先生の話の内容を聞く気も起きずに、叫び声をあげて両耳を塞ぐ。
「わかったわ。こちらで断りを入れておくわ。
……今のところは、それだけですね」
どうやら院長先生の要件は終わったようで、私はホッと息を吐いた。
そして旅行中の出来事は到着前に伝えているため、この場で話すことも特にない。
なので自室に戻ろうと、一礼して背を向けた。
「
「構わない。ただ、関わりたくないだけ」
警察と同じように、治安維持や人命救助を頑張ってくれるのは素直に感謝している。
けれど積極的に関わりたいとは思わずに、むしろ距離を取りたい存在である。
「そろそろ部屋に戻る」
「長旅、お疲れ様。明日も大変でしょうけど、頑張ってね」
「うん、頑張る」
登校拒否は院長先生に迷惑がかかるので無遅刻無欠席を守ってきたが、今回ばかりは中学校に行きたくない。
執務室の扉を開けて廊下に出た私は、大きな溜息を吐いてしまう。
そして孤児院で起きたことが学校でも起きるのだと容易に想像できてしまい、足取り重く自室へと戻るのだった。
次の日の早朝、私はいつも通りに起きてアルバイトの新聞配達を行う。
いつの間にか一緒にジョギングするようになった緑谷君と爆豪君が、ペースを乱さずに後ろを走っているが気にしない。
「その、
緑谷君の発言を聞いても、ポストに投函したり走るペースは落とさない。
だが、やっぱりかと内心で愚痴り、学校でも同じことが起きるなら今のうちに心構えをしておくのも悪くないと判断し、振り向かずに彼に質問する。
「どうだった?」
「凄く、格好良かった!」
今は走りながらでも問題なく受け答えができるので、緑谷君も随分と逞しくなったものだ。
けれど女の子にその褒め言葉はどうかと思うし、私は別にヒーローを目指していないので、何と返して良いのか困った。
「オールマイトみたいだったよ!」
「馬鹿かデクゥ!
苗字呼びに慣れた爆豪君が、即ツッコミを入れる。
私も同意とばかりに頷きながら返答させてもらう。
「その通り。私はオールマイトじゃない」
「へっ! だろうな!」
何故か勝ち誇ったような顔をしている爆豪君は、喋りながらもペースを乱さずに真面目にジョギングを続けている。
きっと彼も、成長著しい緑谷君と同じような天才なのだろう。
すると後ろでブツブツと呟いていたボサ髪の少年が、別の質問を口にする。
「あのっ、
「そんなに気になるの?」
「ごっ、ごめん! パワー系のヴィランと真っ向勝負をした斥流さんのことを、どうしても知りたくて!」
確かにあのヴィランは人並み外れたパワーだったし、最終的には全力の拳を真正面から打ち砕いたのだ。
強さの秘密を知りたいと尋ねるのも、別におかしなことではない。
けれど超重力下で日常生活を送っているのは、個性の仕様で処理されている。
体を鍛えるために自分の意思で常時発動しているとは言えないし、どう答えたものかと考えながら新聞配達を続ける。
「自分では、良くわからない。
でも四歳から、暇さえあればずっと体を鍛えてる」
「マジかよ! 脳筋ゴリラだったのか!」
爆豪君が失礼なことを口にしたが、私が脳筋なのは事実なので何も言わない。
そこで緑谷君が疑問に思ったようで、恐る恐る口を開く。
「でも
「うん、小学校の頃は運動音痴だった。でも、いっぱい頑張った」
「そっか、いっぱい頑張ったんだ」
緑谷君は納得してくれたが、代わりに彼は自己嫌悪に陥ったのか頭を抱えていた。
「僕も、もっと体を鍛えないと!」
彼は今でも十分頑張ってるし、血反吐を吐いたりぶっ倒れる重力修行がおかしいだけだ。
しかし外からああだこうだ言っても、緑谷君が体を鍛えるのを止めるとは思わないし、筋トレは別に悪いことではないので黙っておいた。
「そんだけ鍛えてるのに、ヒーローを目指さねえのかよ」
「私が訓練してるのは、自衛のため」
なのでヒーローには、全く興味はないと爆豪君に告げる。
「……そうかよ」
彼の素っ気ない返事はいつものことだし、そのあとは会話がなくなったが気にしない。
私はマイペースで黙々と、新聞配達のアルバイトを続けるのだった。