重力少女のヒーローアカデミア 作:縞猫
前に戦ったヴィランとは違い、攻撃を一度もまともに受けなかった。
さらに空気が圧縮されて、赤熱するほどの速度で蹴りを放ったりもしていない。
しかしスーパーヒーロー着地を決めたことで、気づいたら靴がボロボロになっていた。
幸いあの場に居て助けられた人が無料で提供してくれて、買い換えなくて済んだ。
心からのお礼を言っておいたが、相変わらず大勢の人々に囲まれたり、取り調べや怪我の検査をした。
その際に厳重注意や孤児院への連絡など、概ね前回と同じような展開となった。
ちなみに襲われていた女の子の片方は、実は女将さんの娘さんだったことが判明する。
一緒に居た友人も私の大ファンになり、どうか早まらないでと真面目に説得したりと大変だった。
なお、結局説得できずに仕方なく諦める。
その後は個室に引き籠もり、一泊二日の宿泊を終えると旅館の入口辺りのコーナーで速やかに皆の分のお土産を購入した。
あとは一も二もなく帰宅の途につく流れは、去年の旅行と殆ど同じなのだった。
色々あったが新幹線に乗り換えて指定席に座った私は、周囲に騒がれることがなくなってようやく一息ついた。
あとは数時間揺られていれば地元に帰れるので、気楽なものである。
「それにしても、疲れた」
窓の外を高速で流れている景色を見ながら、率直な呟きを漏らす。
特にやることもないのでお茶を飲んで乾いた喉を潤してから、一眠りしようと目を閉じる。
ここ数日の精神的な疲労を癒すために、襲い来る睡魔に身を任せたのだった。
だが気持ち良くまどろんでいると、急に周りが騒がしくなって自然に目が覚める。
「ヴィランが新幹線を占拠したって!?」
「どうするんだよ! マジでやばいじゃん!?」
「誰か! 誰かヒーローはいないの!?」
周りの乗客がは大慌てでスマートフォンを操作したり、互いに大声で話したりしている会話の内容が耳に入ってくる。
「皆さん! 落ち着いてください!」
乗務員はそんな彼らを落ち着かせるために、一生懸命に説明している。
起きたばかりでのんびりと欠伸をしている私にも、何だか知らないが大変な状況なのは理解できた。
「救援要請は出しています!
もう間もなくヒーローが到着するはずです!」
私は眠い目をこすりながら体を軽くほぐしつつ、今がどんな状況かを推測する。
だがまあわざわざ考えるまでもなく、新幹線がヴィランに乗っ取られたのだろう。
ヒーローが助けてくれるなら私が動くまでもないし、周りの乗客と同じように大人しく席に座って、落ち着いて救援を待つのが賢い選択だ。
「ヴィランたちは先頭車両を占拠しています!
ヒーローが到着するまでの間、皆さんはなるべく動かずに、冷静な行動を心がけてください!」
先頭車両に近づかなければ安全だ。
ここは五車両目なので、危険が及ぶことはないだろう。
窓の外の景色を眺めながらそんなことを考えていると、周りの乗客が何やら騒ぎ出した。
「けどよ! 新幹線は今も走ってるんだぞ!
どうやって乗り込むんだよ!」
「列車事故で死ぬなんて! そんなの嫌よ!」
確かに外の景色は目まぐるしく移り変わっている。新幹線が高速で走行している証拠だ。
普通なら異常を感知した時点で強制的に停止させられるが、現実にはそうなっていない。
ならばヴィランの中にそれ系の個性持ちがいて、外からの干渉を妨害しているのだろう。
(時間が私たちの味方とは限らない)
ヴィランの目的は不明ではあるが、新幹線は未だに止まることなく走り続けている。
カーブを曲がり切れずに脱線するか、前方の列車に衝突、もしくは何処かの駅に突っ込むなどの大事故も十分にありえた。
(しかし去年の後半あたりから、ヴィランとの遭遇頻度が増した)
きちんと統計したわけではないが、外出先でヴィラン犯罪に良く巻き込まれた。
被害妄想だとわかってはいるものの、誰かが自分に刺客を差し向けているではとさえ勘ぐってしまう。
それでも自分が表舞台に立つことはなく、何とか正体を隠しながら駆けつけたヒーローや襲われている人々を助けている。
人知れず事件を解決することができるのは良いことで、サポートだけで片付くのは何よりであった。
けれど、今回ばかりはそうはいかない。
(隠れてこっそりは、無理)
自分が表立って動かなければ、新幹線の暴走は止められそうにない。
少なくとも重力操作でパパっと解決とはいかないと判断した私は、相変わらず忙しなく動いている乗務員に横から声をかける。
「あの」
「何だい? お嬢ちゃん」
彼は職務に忠実なようで、見た目は小さな子供でも真面目に対応してくれた。
「今から新幹線を停めるから、窓ガラスを割っていい?」
「えっ!? そりゃ新幹線を停めてくれたら助かるけど! お嬢ちゃんには無理だよ!
良い子だから、ヒーローが到着するまで大人しくしてようね!」
乗務員は困惑しているが、一応の許可は取れた。
周りの乗客も変な少女だなという視線が一斉に向けられている。
けれど私は気にせずに席から立ち上がり、窓から少しだけ離れて個性を発動させた。
「割れろ!」
重力操作の対象を新幹線の窓に指定して、やり過ぎないように少しずつ出力を上げていく。
やがてミシミシという音が聞こえてヒビが少しだけ大きくなり、ガラスが割れて破片が外に飛び散った。
「こっ! この個性は一体!?」
「まさか!
「ムーンフィッシュを捕まえたヒーローか!」
乗客の何人かは、私の正体に気づいたようだ。
どうやら昨日の全国ニュースで大々的に報道されたようで、すぐに思いだたらしく驚きや歓声が次々とあがる。
しかし私は、ヒーローではなく一般人だ。勘違いされるのは正直困る。
おまけに、まだ事件は解決していないのだ。
なので割れた窓に小さな足をかけて、許可は取っていないが乗客を安心させるために大きな声を出す。
「もう大丈夫! 私が来た!」
短い台詞で済むし、周囲の人たちを落ち着かせるのに向いている。
だが実は、オールマイトに訴えられないかと内心でドキドキしていた。
それはそれとして、私は個性を発動させて新幹線を上回る速度で進行方向に落ちていく。
空中から地上を見下ろしながら高速で移動し、先頭車両を通り過ぎる寸前で速度を落とす。
そのまま並走するように正面に回り込んで、静かに手で触れる。
「新品の靴だけど、仕方ない」
飛んでる最中に東京都内に入ったようで、もし事故が起きれば大勢の犠牲者が出てしまう。
当然私も巻き込まれるし、それが靴が駄目になるだけで解決できるなら安いものだ。
なので私は新幹線の真正面に降下して、地面に両足をつけて飛ばされないように踏ん張る。
「止まれ! 止まれえええっ!」
幸いなことに自分の体は頑丈なので、新幹線を受け止めても怪我をすることはない。
列車や乗客を気遣って一度に止めるのではなく、少しずつ速度を落としていく。
地面がえぐれるような音が断続的に響いてくるが、肉体的には何の問題もない。
超重力化で平然と日常生活を送れる人間が、新幹線にぶつかったぐらいで死ぬわけがないのだ。
「でも、靴はやっぱり駄目だった」
靴だけでなく靴下も、たび重なる摩擦でボロボロになる。
けれど私の柔肌は何ともなく、重力制御でバランスを取りつつ新幹線の速度を少しずつ落としていく。
どのぐらいそうしていたのかはわからない。
けれど都内の大きな駅に突っ込む直前に、何とか停車が間に合った。
気づけば連絡を受けて駆けつけたヒーローたちが、動きが止まった新幹線を囲んでいて、次々と乗り込んでいく。
「ありがとう!
「キミのおかげで助かったよ!」
「あとは我々の仕事だ! 任せておきたまえ!」
取りあえず脱線や衝突事故が起きる前に、なんとかなって良かった。
私は安堵の息を吐いて、先頭車両を押さえていた両手を静かに離す。
「どう致しまして」
相変わらずヒーローは苦手だが、社交辞令で返事をしておいた。
しかし旅先でいただいた新品の靴を、早くも駄目にしてしまった。
素足で歩いても怪我はしないが、とても目立つので早急に買い替える必要がある。
「はぁ、困った」
「おっと、可愛らしいお嬢ちゃん! 何かお困りかな!」
この先どうしたものかと頭を悩ませていると、赤い翼を生やした若いヒーローが私に声をかけてきた。
どう答えたものかと迷って、何となく自分の足元にじっと視線を向ける。
「あちゃ~、靴が駄目になちゃったかぁ!
増強系の個性は、装備が壊れやすいのが難点だよなぁ!」
「どうした? 何かあったのか?」
「実は、
どうやら新幹線が乗っ取られる事件は、余程の大事だったようだ。
集まっているヒーローの数はかなり多い。
なので多勢に無勢だったようで、列車内に立て籠もっていたヴィランはすぐ捕まった。
手が空いた人たちが、私の前で何やら相談を始める。
「やっぱり
「確かにそうだが、重力操作を補助する機能も欲しいぞ」
いつの間にか、ヒーローが装着するサポートアイテムの話に変わっていた。
しかも、当事者である自分は完全に蚊帳の外である。
「ならば、予算はうちが出そう!」
「さてはサポートアイテムで釣って、
「彼女に助けられたのは、お前だけじゃねえぞ! うちにも予算を出させろ!」
一体どういう流れなのか、良くわからなくなってくる。
けれどこの場に居る皆が、私を取り合っているのはわかった。
放置するわけにはいかないのでとにかく会話を遮ろうとすると、青い服で口元を隠した金髪のヒーローが横槍を入れてくる。
「列車が停まって困っているなら、車で家まで送ろう。なに、遠慮することはない」
「おいこら! 抜け駆けは止めろやぁ!」
どうにも収拾がつきそうにない状況に、私は頭を抱える。
けれど、これだけはわかって欲しいのでヤケクソ気味に大声を出す。
「私は! ヒーローには興味ないし! 絶対ならない!」
私にあれこれ世話を焼いてくれる彼らには申し訳ないが、誤解されたまま勝手に進められるわけにはいけない。
今この場ではっきり言ったほうが良いし、これでわかってくれたはずと期待する。
なので、大きく息を吐いてヒーローたちの様子を伺う。
「うんうん、斥流ちゃんの気持ちは良くわかるよ」
「その通りだ。真のヒーローとは、行動で示すものだ」
何がその通りかは全く理解できないが、取りあえず落ち着いてくれたようだ。
「んじゃ、まずは靴と靴下を買いに行こっか」
「うむ。近くの靴屋まで送ろう」
翼を生やした親切なヒーローがスマートフォンで検索し、青い服の人が車を出して近くの靴屋に連れて行ってくれた。
ヴィラン襲撃事件に助力してくれたお礼ということで、新品を無償提供してくれたので、こちらも深々と頭を下げてお礼を言わせてもらう。
ちなみに新幹線は停まったままで、ダイヤの乱れを修正に追われて電車も道路も大変混雑していた。
ヒーローの人たちは孤児院まで乗せていってくれると言ってくれたが、そこまで甘えるわけにはいかない。
都内に入ったので、あと少しで自分の県に入れるのだ。
新しい靴の慣らしにもちょうど良いと考えて、私は走って帰ることにした。
「本気か?」
「うん」
「斥流ちゃんて、増強系の個性持ちだっけ?」
「違う。重力操作」
そう言いながら、簡単な準備運動をする。
そしてコンビニでお弁当や飲み物まで奢ってくれたヒーローの皆さんに、再度お礼を言って手を振って別れる。
(ヒーローは悪い人じゃない。でも、職業としては駄目)
前回もそうだったが、今回もヒーローにも良い人がいることがわかった。
それでも市民のために危険に飛び込む職業に就きたいとは、これっぽっちも思えない。
だが今はとにかく地図を見ながら、我が家まで走って帰ってお土産を渡すのを優先するのだった。