重力少女のヒーローアカデミア 作:縞猫
<
一線級のヒーローは大抵、学生時代に逸話を残している。
彼女はその中でも別格で、行く先々でヴィランに遭遇するか何らかの事故が起きた。
そして決して表には出ずに、隠れて大勢の人々を救ってきた。
だが日本の犯罪率が高いわけではなく、
ゆえに一般的なヒーローよりも索敵範囲が広く、さらに重力操作によって空を飛べば何処にでもすぐに駆けつけられる。
個性の弊害によって超重力下での生活を余儀なくされているものの、彼女は血も滲むような努力の末に乗り越え、とてつもないパワーを修得したのだ。
そのような驚くべき事実を育ての親である孤児院の院長先生から聞き、不鮮明になっていた事件を新情報と照合した結果、明らかになった隠された事実であった。
そんな現時点でもプロヒーロー並の能力を持ちながら、未だに発展途上で可能性の塊のような
しかし欠点がないわけではなく、当の本人はヒーロー活動をする気が全くなかった。
目の前でヴィランが暴れていても、ヒーローが居れば裏に回って見守るだけで何もしない。
事故現場でも各関係者が指揮を取り、解決できそうなら傍観者に徹する。
たとえヴィランと戦闘状態になったとしても、他にヒーローが存在するか増援を呼んでいた場合、あくまでサポートに徹して積極的には戦おうとしない。彼らの補助に回って、とにかく相手が逃げなければそれで良しとするのだ。
けれど彼女はヒーロー免許を持っていないし、まだ学生だ。
行動的には正しいので、こちらからは何も言えない。
それでも斥流少女の活躍を見ると、既に第一線級のプロヒーローと言っても過言ではない程の実績を上げているし、なかなかに複雑である。
ゆえに特例で仮免許を発行しようと関係各所が水面下で動いているが、彼女が断固拒否するのは目に見えていた。
あまりに強引に進めると関係悪化を招くため、今は少しでもヒーローに興味を持ってもらい、あわよくば将来の進路希望としてあげてもらうことを期待したい。
そして斥流少女は、ナンバーワンヒーローである自分以外は殆ど知らない。
逆に言えば他のヒーローには見向きもせずに、オールマイトを応援してくれているのだ。
私の決め台詞も真似ているし、やる気が皆無という点以外はワンフォーオールを継承するのに文句なしの逸材と言える。
自分もオールフォーワンとの激戦で負った怪我により、平和の象徴でいられる時間は、もうあまり残されていない。
ここは一度会って確かめるべきと考え、入念に準備を行って
今までは、ヒーローや警察やマスメディアなどの勧誘には色好い返事はもらえていない。
しかしオールマイトが直接会って話したいと、院長先生に伝言を頼んだ。
育ての親は
だが幸い彼女が私のファンということもあり、ちゃんと指定の場所まで来てくれたようだ。
知り合いのヒーローが運転する車から降りた彼女の前に広がるのは、土や石以外には何もない広々とした空間である。
自分がどうしてこの場所に呼び出されたのか、斥流少女は良くわかっていないようだった。
ここまで案内してくれたヒーローに、少し待つようにと言われて首を傾げていた。
なので崖の上に待機していた私は、頃合いを見てマッスルフォームになって飛び降り、すぐ下の彼女の前に華麗に着地する。
「私が! 来たっ!」
「オールマイト!?」
驚きの表情を浮かべる斥流少女を見て、ナンバーワンヒーローとしての演出が成功したことを確信する。
そしてすぐに彼女は鞄の中に手を入れ、何枚ものサイン色紙をこちらに向けて差し出す。
「オールマイト。あの、サインを」
「もちろん良いとも! しかし、随分多いね!」
普通の一枚か、多くても二、三枚だ。
しかし彼女は二桁の枚数を用意しており、少しだけ驚いた。
「家族がオールマイトのファン」
「そっ、そうか! 斥流少女はどうなのかな!」
平静を装って色紙にサインをしつつ、さり気なく斥流少女に尋ねる。
すると彼女は申し訳なさそうに、視線をそらせた。
「私は別に、あまり興味は」
ファンではないと、はっきりとは断言しなかった。
こちらを気遣う優しさで心が痛かったが、少なくとも嫌われていないことがわかる。
ちなみに本日呼び出した場所である採石場には、信頼できるヒーローたちが集められている。
だが彼らは私を哀れんだり、声を押し殺して笑っていた。
秘密を守れる間柄なので怒りはしないが、内心としては複雑であった。
「さあ、書き終わったよ!」
そう言って全ての色紙にサインを書き終わった私は、彼女に返却してからコホンと咳払いをする。
マッスルフォームでいられる時間は限られているので、できるだけ早く本題に入るに越したことはない。
「早速で悪いんだが、私と模擬戦をしてもらいたい!」
「えっ!?」
話があると呼び出したのに模擬戦と聞かされて戸惑うのはわかるが、正直に内容を伝えたら拒否されていただろう。
騙すような真似をして申し訳ないものの、今後の日本の平和のためにはどうしても必要なことだった。
「斥流少女が、ヒーローになりたくないのは知っている!
だがこの模擬戦は、とても重要なことなんだ!
本当に申し訳ないが、どうか受け入れてもらいたい日と」
私は彼女を真っ直ぐに見つめて説得する。
まだ斥流少女がワンフォーオールの後継者に相応しいかはわからないが、それを確かめるための模擬戦であった。
「……う~ん」
彼女はかなり悩んでいるようで、腕を組んで空を見上げている。
その姿は見た目相応の幼い少女であり、とても可愛らしかった。
ヒーローデビューはしていなくても、多くのファンが応援しているのもわかる。
例えるなら妖精のように可憐な姿で、近くに居るだけで周りの者に安心を与える。
私が斥流少女について分析していると、やがて結論が出たのか視線を合わせて答えを口に出す。
「オールマイトはサインをくれた。少し戦うぐらいなら構わない」
「協力に感謝する! 服や靴などが破損した場合、全てこちらで弁償しよう!」
「ありがとう」
口数は少ないが、やはり彼女は善性の人だ。
騙して連れてきたと受け取られても仕方がないのに、家族が世話になったからと私の提案を受け入れてくれた。
なので少しだけ離れて、
他のヒーローは安全な場所に移動し、監視や邪魔が入らないように周囲の警戒を行う。
「まずは斥流少女から、打ち込んできてくれ! 私がキミに合わせよう!」
今回は彼女のヒーローとしての素質、戦闘能力を見るのが目的だ。
マッスルフォームなら大抵の攻撃には耐えられるので、防御に回ってしばらく様子を窺う。
いくら模擬戦といっても、斥流少女に怪我をさせるわけにはいかないのだ。
孤児院の院長先生には事前に詳しく説明してあるが、それでも謝罪案件になるのは困るのだった。
少し思考が横道にそれたが、いよいよ模擬戦が始まった。
「じゃあ、遠慮なく」
開始と同時に、彼女は私めがけて突っ込んできた。
それは通常の跳躍を重力操作で加速し、まるで弾丸のような高速の飛び蹴りを放つ技だ。
テレビのニュースでもたびたび紹介されているのもあるが、斥流少女の個性や使い方は調べさせてもらっている。
「ふんっ!」
「やあっ!」
重力操作の個性にも関わらず、プロのアスリート並の身体能力を持っていることも知っているのだ。
彼女の蹴りに拳を衝突させて、そのまま吹き飛ばす。
様子を見るために手加減したとはいえ、
「では、ギアを上げていくぞ!」
私は大きく息を吸い込んで、ワンフォーオールの出力を上げる。
手加減はするが彼女が何処まで対応できるか、それを見極めるのが目的だ。
「速いっ!?」
だがしかし、攻勢に転じた私の拳はあっさり避けられた。
驚きの表情を浮かべたものの、どうやら動きが見ていたので自身の重力を操作して緊急回避したようだ。
けれど、それで終わりではない。
私はすぐさま距離を詰めて、ラッシュによる追撃を行う。
今度は一発で終わりではなく、彼女は頑張ってガードや回避を行っているものの、たちまち防戦一方になった。
「ならばっ! ……変! 身!」
そして私の速度にあっさり追いつくだけでなく、防御や回避にも余裕ができたようだ。
「これは、初めて見るな!」
私の渾身の一撃を、まるで妖精のように華麗に舞って避けた彼女は、遠くの岩場に軽やかに着地する。
「斥流少女! やるな!」
「えっ? ありがとう?」
斥流少女は急に褒められたことで、若干困惑している。
少しだけ動きが止まったが、余裕ができたからか今度は彼女から攻撃してきた。
岩場から飛び降りて、互いの拳と拳がぶつかり合う。
少し遅れて衝撃波が広がり、周囲の地面が大きくえぐれる。
だが私も斥流少女も全く気にせずに、今度はラッシュの速さ比べを行う。
「私の動きに対処できるヒーローは! そうはいない!」
「それは! どうも!」
互いに拳を交えつつ、少しずつワンフォーオールの出力を上げていく。
徐々にギアを上げていくと、やがて彼女は対処しきれなくなる。
私の本気の一撃に辛うじてガードに間に合ったものの、不安定な姿勢を受けたことで斥流少女は大きく吹き飛ばされて崖に激突した
「どうやらここまで、……何だと!?」
だが次の瞬間には彼女の周囲の砂煙が吹き散らされて、全身から絶えず放出される煌めく粒子が先程よりも増加し、より成長した斥流少女が無傷で立っていた。
彼女の頑丈さはわかっていたが、まだ奥の手を隠し持っていたようだ。
経験から判断すれば先程よりも強くなっているのはほぼ間違いなく、私は自然と不敵な笑みを浮かべた。
しかし他にも気になることがあり、そのことについて尋ねるためにその場から動かずに、大きな声で質問する。
「斥流少女! その輝きと成長はどういうことかな!」
「えっ? 輝き? 成長?」
質問の意味がわかっていないのか、明らかに困惑している。
しかし周りで成り行きを見守っているヒーローたちも皆気づいており、口は開かないがコクコクと頷いていた。
てっきり斥流少女も知っていることかと思っていたが、一体どういうことなのだろうか。
「キミは戦闘前よりも、明らかに成長している!」
私がビシッと指を指して伝えると、彼女はかつてない程に動揺していた。
そこでようや自分の体に起きた異常に気づいたようで、困惑しつつもあちこちを触って確認する。
「あっ、わわわっ! 何これっ!? 何これぇー!?」
可愛らしい絶叫が採石場に響き渡った。
だが当人にわからないことが、今日会ったばかりの私が知るわけがなかった。
最初は小学生低学年だったが、今は高学年の体格だ。
服や靴のサイズが小さいため、色んな箇所がパッツンパッツンである。
さらには謎の輝く粒子が全身から放出されているし、はっきり言ってとても目立っていた。
パワーやスピードも格段に上がっており、手加減した私と互角に打ち合えていた。
そして先程彼女が二段階までギアを上げたことで、本気のワンフォーオールに迫るほどに高まっているはずだ。
「まあ、私には良くわからないが、悪いものではないだろう?」
「……確かに」
何とか平静を取り戻せたようで良かった。
彼女は個性の扱いにかけては既に一線級のヒーローだと思っていたが、意外な一面を知った。
だがそれはそれとして、模擬戦はまだ終わっていない。
「さあ! 続きといこうか!」
彼女の底は見えずに、私は再び構える。
すると斥流少女は体の具合を確かめるような軽く柔軟体操をしたあと、いきなり彼女の姿がブレた。
「やはり! 速いな!」
先程よりも遥かに強化された身体能力は、本気のワンフォーオールと互角に打ち合えている。
そこに重力制御まで加われば、いくら私でも対処するのは難しい。
しかし戦闘経験が豊富な私は斥流少女の不意打ちに対処し、逆に拳で殴りかかろうとした瞬間、全身が鉛のように重くなった。
「これは! まさか!」
模擬戦を開始してから、もっとも重い一撃が私のみぞおちに叩き込まれる。
「がはっ!?」
今の斥流少女は私と同等の身体能力で、こちらの戦闘経験を重力操作の個性で対抗している。
まだ全力全開には至っていないが、それでも互角と言って良いほどの強さだ。
「だがっ! まだまだぁ!」
「遅いっ!」
重りを背負っている状態だが、私はまだ動ける。
しかしこちらの攻撃は一発も当たらず、逆に向こうの拳が次々と叩き込まれていた。
現時点での彼女の実力は、名だたるトップヒーローと比べても遜色ないどころか、斥流少女に勝てる相手を探すほうが難しい。
模擬戦が始まって短い時間しか戦っていないが、私はそう確信した。
「まだ倒れない?」
ダメージはかなり蓄積しているが、まだ耐えられる範囲だ。
「ナンバーワンヒーローだからね!」
そう言って繰り出した拳は、またもや空振りした。
今のままでは不味いかも知れない。
「本気を出すべきか!」
「本気!?」
彼女は一瞬驚いて距離を取り、次に空中に落ちていった。
いつの間にか体が軽くなっていたので、次で勝負を決めるのだと自ずと察する。
「あの技を使うつもりか!」
加速するための距離が必要で直線的な軌道なのでカウンターを狙いやすくはあるが、あの高速の蹴りを迎え撃てる者は殆ど居ない。
初手で使用した時は加速が足りずに、身体強化も行ってなかった。
けれど、今度は確実に仕留めに来るようだ。
「いいとも! 勝負だ! 斥流少女!」
ナンバーワンヒーローの私は、ワンフォーオールの出力を最大まで高めていく。
そして斥流少女の一挙手一投足を観察し、いつでも動けるように呼吸を整える。
「重力加速! 三倍!」
常人なら死は避けられない強力な一撃が、物凄い勢いで迫ってきた。
光の粒子を放出しながら赤熱した蹴りを放つ斥流少女を、こっちも全力全開の拳で真正面から迎撃する。
「デトロイトッ! スマーァッシュウーッ!!!」
私と彼女の互いの大技が、真正面から衝突した。
反動で両者が勢い良く弾き飛ばされたが、殆ど互角だったので距離が開いた以外は二人共危な気なく着地する。
巨大なクレーターを中心に渦巻いていた砂煙が止んだあと、再び視線が交差した。
「斥流少女! まだやれそうだね!」
ダメージはともかく疲労は蓄積しているはずなのに、まだまだ元気そうだ。
彼女も私と同じ増強系の個性じゃないのかと、そう疑ってしまいそうである。
しかし斥流少女は困ったような表情を浮かべて、やがてこっちを真っ直ぐに見つめてきた。
「まだやれる。けど、これ以上は危険」
確かに戦闘の余波によって着ている服がビリビリに破れている。
私のように耐久性に優れたヒーローコスチュームではないので当たり前だが、大切な部位を隠す下着は無事なのは不幸中の幸いだった。
しかし彼女がそのことを言っているとは限らないので、念のために尋ねておく。
「何故かね?」
「全力で戦うと大怪我するし、最悪死ぬ」
この発言を受けて、私だけでなく周りのヒーローたちに驚きが広がる。
そして斥流少女が今までひた隠してきた事実を知り、我々は確信した。
「なるほど! そうだったのか!」
既に一線級のヒーローと言っても過言ではない斥流少女だが、自らの個性による弊害を克服できてはいない。
模擬戦の最中に急成長したり光り輝く粒子を放出していることに、全く気づかなかったのも頷ける。
「斥流少女は、自らの個性を制御しきれていないのか!」
彼女は口は開かなかったが、静かに頷いた。
それを確認した私は、頭の中で状況を整理していく。
(あの急成長は、心身にかなりの負荷がかかっているようだな!)
さらに段階を上げるごとに強くなれるが心身への負荷も高まり、一定のラインを越えると耐えられなくなり、命を落とす危険がある。
今の状態は彼女にとっての切り札であって、今までずっと使わずに封印していたのも無理もなかった。
けれどもし斥流少女が全力で戦えるようなれば、とてつもないヒーローになるのは容易に想像できた。
そのことを強く自覚した私は、真っ直ぐ彼女を見つめる。
「ならば! 我々が斥流少女を教え導こう!
それがヒーローの! いや、大人の役目だからね!」
大声を出して私が構えを解くと、彼女は若干困惑しつつも大きく息を吐く。
斥流少女は良くわかっていないようだが、見た目は小さな子供で年齢もまだ中学生だ。
しかし現時点の実力はプロヒーローと遜色なく、まだ底が見えないという規格外な少女だ。
個性を完全に制御できるようになれば、さらに大きく伸びるのは間違いない。
ならば、ここは我々が教え導くべきだろう
いくら強くても全力を出すたびに体を壊して病院に担ぎ込まれるヒーローでは、命がいくらあっても足りない。
しかしヒーローになるのを嫌がっている少女に、日本の平和を守るように説得するのは骨が折れそうだ。
さらにワンフォーオールの継承者としての素質はあっても、今のところは全くやる気がないのに、いつか巨悪と対峙する使命を背負わせるわけにはいかなかった。
(痛し痒しだな)
私がそんなことを考えていると、斥流少女はいつの間にか煌めく粒子の放出が止まり、小学校低学年の体格に戻っていた。
「斥流少女、あちらの岩陰で替えの服に着替えるんだ」
「わかった」
彼女は女性のヒーローに案内されて、誰も見ていない岩陰に向かった。
しかし、どういう理屈かは不明だが肉体が急激に変化するのだ。
やはり自分に近い増強系の個性なのではと、何度目かの疑問を抱くのだった。
次回、原作開始