bloody camellia   作:ぽわぽわもっちー

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改訂しました


序章
プロローグ:燈台


その少女は、か弱い自分の胎から何かを産み落としたのだ、と途切れ途切れの言葉でそう言った。全身を包帯で巻かれ、歩くことさえままならない彼女は確かにそう語ったのだ。一つのモノが二つになるように。けれどもソイツに祝福を送ることはしなかった。べしゃり、そんな風に生まれたと、彼女は言った。産み落としたのは、自分の出来損ないだった。幼い頃の自分とよく似ているのだという。何一つとして映さない瞳、薄水色の短い髪。痩せ気味のもちもちとした白い肌。自分と同じようにドレスを着せられるのだろう、あの子も女の子だからきっと喜ぶよね、と彼女は無邪気にはしゃいでいたのを俺はよく覚えている。少ない言葉で無理をしながらも、彼女は確かに喜んでいた。

 残念だが、外のソイツはお前の思い通りにはならない。そもそも、元はお前だったのだとしても性格や嗜好まで同じとは限らない。微妙に似通っている点はあるが、ところどころズレているからだ。そもそも、目の前の彼女がソイツを産み落としたのは、お前という役割を外の、何も知らない方に押し付ける為だろう。お前が引っ込んだのも、種々の柵から傷ついた自分が逃げる為ではなかったのか。我が身可愛さから産まれたソイツの名前は外の俺が既に付けていて、ソイツには昔の記憶がない。ソレを伝えると、彼女はにんまり笑って、たった一言、

「よかった……」とだけ呟いた。

 

 

 

 彼女が数日前に血塗れで倒れていた理由の一端は僅かに掴みとれた。ボロボロの服を着て、特に下腹の辺りが一番酷かったのをよく覚えている。服は黒いワンピースだろうか、白いフリルで縁取られていたが、紅く染まりつつある。靴は何の飾りもなければ踵も低い茶色い革靴で、靴下の一つも履いていない。目は閉じているが、下腹や尻の辺りまで届くであろう薄水色の長い髪は、血溜まりの中で紅く沈み込もうとしていた。触れると、ピクッと痙攣にも似たような動きをする。つまり、彼女は辛うじて生きてはいるのだ。俺は目の前の燈台の医務室に彼女を運び込み、出来うる限りの治療を施した。医務室の中は使われた形跡が一切なく、薬棚や抽斗の中のものも全て新品だった。パーティションの先にある、少し古いデザインのベッドも使われた形跡はない。冷蔵庫にたった一つだけある輸血パックも、点滴の予備も、全て触れられた形跡すらない。

 

 

 

 手術台に乗せられた少女は、目を覚ますことはない。俺は万一のことを考え、彼女を裸に剥き、手足をベルトで拘束した。傷そのものは膿みかけているものもあり、壊死しようとしているものさえある。ソレらが大半だが、俺は下腹の方に目がいっていた。出血が止まっていないのだ。このまま彼女が死に絶えるのも時間の問題だろう。躰が温かい内に、早く手術を済ませる必要があった。

 

 

 

 

 怖いぐらい静かに裂け目を縫い閉じてしまえた。紅い水溜りは流れが止まったのか、銅色に乾くのも時間の問題だろう。輸血を済ませ、彼女の呼吸は僅かに安定したが、まだ予断を許さない状況だった。タオルで血を拭き取るが、出血の量が多すぎるのかすぐ真っ白なソレが紅く染まってしまう。数枚使い、漸く血が止まったところで傷口に蛆を這わせてやる。ソレらを保護する為に、或いは彼女を包んでやる為に包帯を巻いてやった。そうして今のミイラのような彼女が出来上がった。薄水色の長い髪が見えるので、完全なミイラとは言い難いが。手術の際もそうだったが、彼女は決して目覚めようとはしない。無理矢理起こそうとしてもソレは同じ。

 

 

 

 

 三階にある病室に彼女の躰を運び込み、点滴を腕に刺すことで様子を見ることにした。ソレが二、三日だけであればまだ良かった。狭い、殺風景という言葉が似合う病室に赴く度、彼女が起きている可能性を信じてしまったのだ。点滴を取り換えに来た時も、躰を拭きに来た時も。何日も意識が戻らないのだ。荒唐無稽な妄想をするならば、彼女は目覚めようという意思がないというよりも、意識の更に内側にある暗闇の中に逃げ込んで、誰も彼もを拒んでいるのだろうか。起きるのが怖いから起きられない。殻の中が安全だから、出ようとはしないのだ。元より躰が小さく痩せ気味な彼女のことだ、あの量の出血でこうして生きていられること自体が奇跡だろう。結局その日は、彼女が寂しくないようにとティラノサウルスのぬいぐるみをベッドの上に置き、俺は殺風景な部屋に戻ることにした。

 

 

 

 

 錆びついた昇降機(エレベーター)で一階に降りた時、開きっぱなしの扉を見つけてしまった。その中には黒い塗装がされた鉄の、シンプルなベッドと一つの木の椅子、それと円いテーブルがある。俺はベッドの中を見るなり、すぐに悲鳴をあげた。確かに在ったのだ、まだ温もりが。あの幼い少女が、もう一人の自分を産み落とした形跡が。茶色く乾いた大きな血溜まりがシーツを汚している。今から思い返せば、彼女が言ったことは全て真実だったのだ。部屋の広さは明らかに異次元空間そのもので、鏡のように磨かれた大理石の床にも赤黒い血溜まりが出来ていて、紅く濡れた細い臍の緒が地面に落ちていた。

 

 

 

 壁の方に目を向けると、沢山の人形が椅子に座っているのが目に入る。数十、数百もの彼女達は、裸という訳ではなく、皆が皆煌びやかなドレスを着ている。だが、体型そのものは皆外の世界にいるような子どもばかりであり、大きさもそっくりそのまま本物の子どもだった。硝子の目玉が一斉にこちらを向いているが、敵意はないように感じられる。後にコイツらを利用する俺にとって、今の彼女達は不気味な奴らだと思えたが、動かないし喋らないのならその身を好きにしていいのだろう。文字通りの意味で。寧ろこの燈台の主が傷つき、眠っている今、ドス黒い何かをぶつけるにはもってこいだった。もし、彼女達に意思があるのなら俺を怖がるのは明白だろう。ベッドに押し倒し、紅い目で彼女達の白い肌を見つめ、本物の人間ではないにしろ小さな躰を弄ぶ俺は、獲物を喰らう狼のように見えるのかもしれない。少なくとも、ある意味ではそうだろう。ああ、そうだ。やろうと思えばアイツもこうすることが出来る。だが、折角這わせた蛆を潰したくないのと、死なせる訳にはいかないということもあり、この部屋にいる人形達に代わりを務めて貰うしかなかったのだ。少なくとも、暫くの間はソレでいい。

 

 

 

 生きる意思が丸ごと欠けているあの少女が目を覚ましたのは、燈台に運び込んで一週間経った頃だった。彼女の眼の色を初めて見たが、自分よりも美しい紅。だが、その紅は血のような生々しいものではなく、寧ろルビーのように妖しく煌めく類のものだった。

「痛い、痛いよ……」

ベッドの上に横たわる彼女は沈みそうな声でそう言った。暗闇の中で時折もぞもぞと動きながら、静かに泣いている。ビクビクと何かに怯え、大きなぬいぐるみに助けを求めるかのように手を伸ばし、息を荒くしていた。眼前にいる俺を見るなり小さな悲鳴をあげるが、躰の痛みなどが絡んでいるからか、逃げようとはしない。そもそも今の彼女は抵抗さえ出来ない。

「おはよう……。いい子にしてたか……?治療の時間だ……、入るぞ」

泣いている彼女の包帯を剥ぎ取り、新しく真っ白な方に取り替えてやる。序でに空になりかけた点滴も取り換えたし、新しい蛆を躰中に這わせた。彼女は暗闇の中でも分かるくらい幼い体つきをしている一方で、その様は艶かしく感じられてしまう。見たところ背は低いながらも、小さな胸に、痩せ気味ではあるが人形のような細い手足。泣き顔さえ可愛らしく感じられてしまう。話しかけても泣いてばかりで返事をしてはくれないが、今はソレで良かった。彼女が仮に死にたいと思っていたのだとしても、俺はお前に生きて欲しいと思っている。お前の話を沢山聞かせて欲しい。それ以外にも理由は沢山あるが、大半が悍ましい欲望でもあるからか、今はこれくらいに留めておく。去り際に白いアザラシのぬいぐるみを枕元に置いてやると、彼女は漸く泣き止み、ソイツに顔を埋めるようになった。

 

 

 

 

 まだ行っていない地下へ降りていくと、俺の目の前に一枚の扉が現れた。古びた、鉄格子が小さく開けられた小窓の中に嵌められたソレを開けると、殺風景な古い部屋に出た。鍵が掛かっていないこと、少し前までは使われた形跡があることから、本来この部屋は名も知れぬあの少女の部屋ではないだろうか。試しに衣装箪笥を開けてみると、ハンガーにはよそ行きと思われる、淡い水色のフリルのワンピースに紺色のケープ、シースルーの白いブラウス、黒いリボンつきのワンピース、クリップには藍色の吊りスカートが留められ、抽斗の方にはフリルがたっぷりついた下着や靴下、ストッキングやシンプルなガーターベルトらしきものが入っていた。カラーボックス大の簡素な書棚には、二、三冊の埃を被った本と、空っぽの小さなビンがある。ラベルは貼られていない。ということはインテリアの一種だろう。と、この時の俺は早合点していた。

 昼も夜もないこの世界の燈台で何日も彼女の介護を続けるうちに、俺はある部屋を見つけてしまった。燈台の入り口を入ってすぐのところに、教会や礼拝堂を思わせる部屋があるのだ。聖画ではなく、無造作に図形を組み合わせただけの大きなステンドグラスが部屋全体を照らすそこに、長椅子は何故か存在しない。祭壇は存在するが十字架はない。パイプオルガンがないのはまだマシだろう。そのうちくすんだ石の床を歩いていくと、祭壇の上にキラリと光るモノを見つけた。古びた銀色の鋏だ。刃が錆びついていて、無駄な装飾は一切ない。床屋などで使われるような鋏だった。何故ここにあるのかは分からない。少なくとも切れ味は悪そうだが、何かに使うことは出来るだろう。俺はあの部屋に鋏を持ち帰り、空っぽの書棚にことり、と置いた。

 

 

 

 世話をして気づいたことだが、彼女は生きる意思が希薄だった。その上、痛みに耐えているからか、俺以上に口数が少ない。人形のような見た目も相まってか、暗闇の中で光る紅い眼は却って不気味だった。その上いつも泣いているか眠っているかで、笑っているところなど見たことがない。俺に怯えているというのもあるのだろうか。何も言わない時さえあるからか、彼女については分からないことが多過ぎる。缶詰の粥を食べさせようと持ってきた時でさえ、最初は食べることを拒んでいた。ひと匙ずつ木のスプーンで掬ってやっても、粥が冷めかけようとも首を横に振るばかりだったのだ。

「食わないとお前が死ぬんだぞ⁈」

強い調子で言ったからか、それとも怯えているが故か、彼女は漸く口を開けて粥を少しずつ食べるようになった。そのあとペットボトルの水を差し出し、少しだけ口を付けると、彼女はまたアザラシのぬいぐるみに顔を埋めながら眠ってしまった。水色の前髪をかきあげて垣間見たその寝顔は、ほんの少しだけ嬉しそうな顔を浮かべている。変わらず涙を流してはいたが。

 

 

 

 部屋に戻った俺はベッドに寝転がり、まるで胎児のようにしてシーツに大きな躰を埋めた。そんな時、さりげなく紅い眼が棚の上にある鋏を捉える。ああ、そうか。コレはお前の為のモノだったのか。お前、死にたいのか。彼女が死にたがっているのなら、望みを叶えてやらなければならない。本来なら死なせてはいけない筈だが、彼女は死を望んでいる。震える手で俺は鋏を掴み取り、そのまま病室へと向かった。マントの中には万が一の時のために鎮痛剤と睡眠薬を隠してある。彼女が自害に失敗した時、打ち込むのだ。その場合、殺しはしない。寧ろ、俺の為だけに生きて貰うから、無理にでも生かしてやるつもりだ。そう思うと、涙と同時に狂った笑いが止まらなくなる。嫌だ、嫌だ。あの子が死ぬのは嫌だ。あの子が死ぬのを見るのはもっと嫌だ。そんな感情を掻き消そうとするかのように、或いは彼女を死なせるという事実から逃げるかのように、俺は部屋を出るまで笑い続けていた。

「邪魔、するぞ……?」

扉を開けると、いつものように布団に包まりながらアザラシのぬいぐるみに顔を埋めている少女がこちらを見る。変わらず点滴はついたまま、だが、珍しく泣いてはいない。無表情のまま、呆っとこちらを見つめている。包帯を持っていないことには気づいているのだろうか。だが、気の所為かほんの僅かに目が輝きを帯びている。まさか、俺のしていることは正しいことだとでもいうのか。

「……ソレ、何?」

「コレは……、お前のモノだ。お前が死にたいなら、俺は、止めない……」

「殺しては、くれないの……?」

「殺せない……。だから……、コイツで……」

鋏を渡すと、彼女は静かに受け取った。その顔は少しだけ嬉しそうで、見ているこちらは思わず泣きそうになってしまう。本来なら殴ってでも止める必要があるのだろう。去り際、俺は、

「死ぬ前に一つ聞かせて欲しい……。何故、そうまでして死のうと思うんだ……?」

と、問うた。

「…………」

少女は何も答えようとはしない。答えることさえ億劫なのか、それとも答えられない程深い理由があるのか。

「もういい、好きにしろ……」

部屋を出てから二、三分は経っただろうか、耳を劈くような悲鳴と泣き声が聞こえた。急いで病室のドアを開けると、シーツの上には血溜まりが出来ていた。包帯は紅く染まっている。俺は急いで小さな手から鋏を取り上げ、隠していた鎮痛剤を打ち込んだ。か細い腕に。そのまま彼女は動かなくなり、ぐったりとベッドの上に倒れてしまった。この時、俺の中ではある意味で安心感が芽生えていた。血を流しつつも、生きてはいるからだ。彼女はそのまま目を閉じ、俺にその身を委ねた。

 

 

 

 医務室で少女の潰れた目を摘出し、瞼を縫い閉じてやる。そこにはふわふわとした真っ白な包帯を巻いてやり、俺の目の前に座らせる。診察用の椅子だが、普通の椅子よりかはマシだろう。序でに汚れた包帯も全て取り換えておいた。眩しさ故か、彼女は椅子に座ったまま目を覚ました。俺と向かい合った彼女は、震えることもなく、ただ肘掛けに肘を乗せたまま片方の眼でこちらを見ていた。

「気分はどうだ……?」

「………ふわふわしてる」

「?」

「……あったかいの」

「お前、何を……」

「怪我、してるから……。あったかいまま……」

気づいてしまった。彼女の怪我は、自身の状態を更に悪化させている。心地良さの奴隷になっていると言っていい。やめてくれ、そんな言葉聞きたくない。今すぐにでも耳を塞ぎたかった。だが、そうすることが出来ない。相反する感情が余りにも邪魔だというのに、ソレを押し退けることが出来なかった。いつの間にか俺は泣いていた。眼を手で押さえながら。本当なら今すぐ彼女を簡素な診察台でいいから寝かせてやるべきなのだろう。あの寝台の上には膝掛け用の毛布がある。今までの彼女ならば痛みに泣き叫んでいた筈だ。だが、今は違う。ほんの少しだけ口元が緩んでいる。

 

 

 

 俺は少女を抱きかかえ、病室に戻してやった。歩くことはまだ出来ない。起き上がることさえやっとの怪我人だから。シーツを取り換え、またいつものように腕には点滴を刺してやる。白い布団をかければ、また寝息を立てる筈だが、今回は少し勝手が違うようだ。

「また、来るからな……」

俺の言葉に応えるように、口元だけは僅かに緩んでいた。嬉しいのだろうか。

 一階の聖堂に赴くと、何故か祭壇は無くなり、代わりに椅子が三脚用意されていた。木製の、お世辞にも豪華とはいえないソレは、全て俺の方を向いている。つまり、コレは……。

「夢だというなら、幸せになれるだろうか」

レナータちゃんとこゆきちゃん、どっち派?

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