bloody camellia   作:ぽわぽわもっちー

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第十六話 人恋し、秋恋し

 この小屋の近くの楓の木も、少しずつ赤や黄色、橙色といった温かい色が付いていき、小さな茸達が切り株の隙間や、雑草の群の中からひょっこりと顔を出す今日この頃。僕は風に吹かれながら切り株の上に座っていた。木枯らしという程でもないが、少し肌寒く感じられる。風で舞う落ち葉を少しの間だけ見つめた後、傍にある籠の中から僕は弁当と箸入れ、それと鈍色の長い水筒を取り出した。ふと空を見上げると、雲間から青空が覗いている。陽は陰ってしまっているが、この様子なら今日一日雨が降る心配はないだろう。

 

 

 

檜葉の、曲げわっぱとでもいうのだろうか、楕円形の弁当箱のフタを開けると、その中にはマヨネーズが既にかかっている茹でブロッコリー、三、四個のミニトマト、ほぐした塩焼きの鯖。これで漸く弁当箱の四割を占める。仕切られた残りの反対側は、ブナシメジや人参、細く切った蒟蒻に筍といった野菜類がごろごろと入った炊き込みご飯だが、それなりに冷めてしまっている。それでも構わず、滑りの良い黒い箸で一本のシメジを掴み取り、口にすると、茸の出汁が効いているからか、歯切れのいい食感だからかは分からないが、口の中にはシャキシャキとした歯応えに、柔らかな味が広がる。ずっと噛んでいたいレベルの歯応えだが、噛み砕かれつつあるのだ、そんな我儘は許されないだろう。次に箸を伸ばしたのは、よく茹でられた三、四個のブロッコリー。てっぺんには既にマヨネーズがかかっていて、そこだけあからさまに空気も匂いも違う。口に入れた瞬間、仄かな酸味が気付かないうちに舌を刺し、同時に玉子のコクとまろやかさが全てを包み込んでくれる。それらを全て食べ終えた後、僕は少し苦戦しながらもミニトマトを掴んだ。瑞々しくスーパーボールのように弾みそうな艶を持つそれは、口に入れると甘酸っぱい。割合は酸っぱさが六割、三割は甘さ、あとの一割は苦さといったところだろうか。ドレッシングをかけずとも、この美味しさ。何度でも食べたくなってしまう。それらを全て食べ終えた後、鯖の塩焼きを口にした。小骨はほぐした時に大分取り除いたので、口の中で刺さる、喉に引っかかるという心配はしなくていいだろう。皮は剥いてあるので、白い身とチョコレートアイスのような色合いの血合肉しか見えない。僕が口にしたのは後者だが、程よく脂が乗っていて、柔らかいからか舌で弄んでいるうちに溶けていく。こんな調子で弁当の中身を平らげた後、僕は水筒の中の緑茶に口をつけた。少しずつ、ちびちびと飲む訳ではない。一気に半分くらいは飲み干した後にフタを閉めた。そこまで苦くはない。かといって、渋くもない、マイルドな味だった。

 

 

 

 

仕事に戻ろうとした僕の長い耳が、ガツガツという咀嚼音を捉えている。僕は食事を終わらせたというのに、何故かこの雑音は続いたままだ。畑に近づく程大きくなっていくソレは、硬い何かを鋭い歯で噛み砕いている音でもあるのだろう。嫌な予感がする。自分が育てていた作物が荒らされていなければ良いのだが。畑に足を踏み入れた時、その予感はものの見事に的中してしまった。

 

 

 

 

禍々しい、鮮血或いは赤ワインのように紅い眼をした黒龍(デビドラモン)が、僕の大事なサツマイモ畑を荒らしていたのだ。茎も葉も、更には地中に埋まっていた大きな芋のみならず、育ちかけの小さな芋まで掘り返され、無惨な姿になっている。芋そのものは、龍が手にしている食べかけのものも含めて、最低でも四割は汚らしく食べられていた。赤紫色の皮が付いたクリーム色の破片ばかりが地面に散らばっている光景を見た僕は、その場に頽れるしかなかった。

 

 

 

正午も終わりに差し掛かり、我々の食事が終わった後のこと。私の黒く、光に翳すと妙に傷が見えやすくなる携帯電話が鳴った。急いで電話を取ると、そこからは聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「も、もしもし……?レオモンか?」

「ああ、ジンバーアンゴラモンか?久しぶりだな。どうした?珍しいじゃないか」

「僕の、僕の畑が……龍に荒らされたんだ!!」

「何⁈すぐ向かう!」

私は急いで電話を切り、

「マリー、私はこれから旧友の許へ向かう。留守番を頼んだぞ」

「嫌だ、私も行く!罠くらいなら作れるから、私も連れて行け!そっちが断ってもついてくからな!」

「仕方のない奴だ」

私は溜息を吐きつつ、少女の我儘を苦笑いで返してから、彼女を肩に乗せた。

 

 

 

 

森の中はすっかり秋模様になっていて、見渡す限り赤や橙色の葉が舞い落ち、獣道を埋め尽くしている。よく見ると、色づいている葉の殆どは楓の一種で、ソレ以外の緑色の葉は普通の木の葉だった。一部『普通』と呼べるかわからないようなものも紛れ込んでいるが。私達二人は森を抜け、丘の方へ向かう。小高い丘の上には古びてはいるが、小さな洋館が見える。見たところ二階建てで、自動車かバイクを収納する為のガレージがある。桃色のコスモスの花が一列に並んで咲いた細長いプランターが置かれたテラスは、白く曲がりくねった階段を使えば庭に降りられるようになっていた。だが、目的地はもう少し歩いたところにある。美しい建築に見惚れて歩みを止める訳にもいかなかった。

 

 

 

獣道の痕跡すら見えなくなった頃、私達は漸く小さな小屋に辿り着いた。そのすぐ近くには木の柵で囲われた、サッカー場くらいの広さの畑がある。門を開けると、そこには引きちぎられた蔓、食い散らかされたと思しき小さなクリーム色の破片。龍の大きな足跡と、尻尾を叩きつけた跡がよく耕された土の上に刻まれている。切り株の脇に立てかけられた鍬は土だらけだ。恐らくはたった一人でこの広い畑を耕したのだろう。彼にとっては大事な収入源であると同時に、森の向こうにある街の人からの評判もいい。老若男女が口を揃えて『美味しい』と言うのだ、待っている人達も多いだろうに。さぞかし無念だったことだろう。マリーは、畑の惨状を見るなり、

「うーん、コイツあ派手にやられちまってる。だが、龍だって動物の一種なんだ。なあに、私に任せな!こう見えて私の家はキャベツ農家だったんだからな!害獣退治くらい安いもんさ」そう言って小さな拳を握りしめた。

マリーの何処かズレた決意の中には、『絶対にアイツを捕えてみせる』という眼差しが見え、口元は余裕そうな笑みを作っていた。生前、本当に幾度も害獣を駆逐してきた経験があるのだろう。目の前の耳長兎は、

「本当か⁈こんな小さいのに、心強い!なら任せてもいいかい?」

「任せておきな!っつー訳で、この家に龍(アイツ)が喜びそうな餌と丈夫な網、それと太い縄はあるかい?」

 

 

 

私達は彼の案内に従い、納屋の中で作業をすることになった。網はないものの、太い縄は幾らかあったので、それを組み合わせて網を作ることになった。

「罠本体が出来上がったら、僕を呼んでくれ。干し肉があるところを教えてあげるよ」

そう言って彼は納屋の扉を閉めて出て行った。残された我々二人は、小さな少女が言う、単純な仕組みの罠作りに励むが、

「なあレオモン。最近樽の中の魚の減りがどうも早い気がするんだ」

「……少なくとも二つ壊れていたし、中身も全て無くなっていたな。もしかしてそれも件の奴の仕業だと言うのか?」

「……だと思う。ああいうのは餌を探して作物や家畜を襲い出すからな。何度か見てるから分かるんだよ」

「だが、あの龍は本来なら幽世にいる筈だ。何故地上に?」

「知るかよ、兎に角罠作んねーと終わんねえぞ」

 

 

 

 

罠そのものは二時間程で作り終えてしまった。木の上でなければ上手く作動しない、鼠取りのようなモノだが無いよりはマシだろう。貯蔵庫に案内された我々が、幾つかの干し肉の塊を畑の主から貰うと、私達は手頃な木を探すべく森の入り口へ向かった。中に入ると、遠目に黒い龍の姿が見える。彼は私の家の敷地に侵入し、樽を爪で切り裂いては中の魚を貪り食っているではないか。

「やっぱりアイツだったのか!けど、罠の存在に気づかれなきゃコッチのもんだぜ!」

少女は小さな手でガッツポーズをしてみせた。案外気づかれやすいとも思うが。罠に引っ掛からなければ意味はないのだが?龍が干し肉の存在に気づいたのか、彼はそれを汚らしくガツガツと食べ始めた。一つ二つと食べ始め、骨が徐々に見えていく。時には筋の部分を引っ張りながら、肉片を散らしつつ平らげていた。彼が三つ目を口にした時、

「今だ!」

マリーが罠を作動させ、我々は遂に龍を捕らえた。派手なアスレチックの遊具を思わせる太い網の中で彼はもがいている。袋状になったソレに対して、爪で引っ掻くという動作を何度も繰り返しているからか、もう網が千切れてしまいそうだ。我々が見守る中遂に網が千切れてしまい、龍は勢いよく飛び立った。

「あ、ああ……」

「仕方ないさ、マリー。我々が甘かった。毒を盛って弱らせたり、もう少し準備をしておけば良かったんだ」

 

 

 

ブランとこゆき、背の高い男の人バージルは重たい荷物を持ちながら歩いていた。決して丈夫とはいえない紙袋一つの中には、リンゴが六つにジャガイモが四つ。ニンジンとタマネギがそれぞれ三つずつ入っている。ブランは何も持っていないが、こゆきが抱えているそれらはなんだか重たそうに見える。バージルはお肉の塊二つと、カレー粉の缶が入った松葉色のエコバッグを持っているが、二人の間に会話はなかった。怖そうなバージルよりも、こゆきはブランとお話する方が好きなのかもしれない。今だって、

「今日はカレーかあ、ブラン、楽しみだね!」

「ブラン、辛いの苦手クル……」

「大丈夫だよ、ブランとクロのはユゥリさんに頼んで甘口にして貰うから。私は中辛でも大丈夫だけど」

たわいもない話をしながら、森の中を通り抜けようとしたその時だった。こちらに向かって黒い龍が飛んできたのだ。ゆっくりではない、少し速く。すかさずブラン達を護ろうと、バージルは腰に差している刀を抜いた。でも斬ろうとはしていない。刃のない部分を強く当てて、叩いているようにさえ見える。龍も負けじと、爪を立てて戦う。硬い爪と剣がぶつかり合い、乾いた金属音が森の中に響いていく。龍の爪に押され気味だったバージルが空高くジャンプした後、彼はもう一度龍に一撃を叩き込み、目の前の龍は倒れてしまった。ブランが恐る恐る彼の腕に触れてみると、どうやら気絶しているだけのようだ。ちょっと安心した。遠くから沢山の足音が聞こえてくる。一人ではない。二、三人は最低でもいておかしくないだろう。ブランの耳は、妙に一人だけテンポが速い足音も一緒に捉えている。その足音の正体は、見覚えのある、以前お世話になったひと達だった。

「マリー!レオモン、ジンバーアンゴラモン!久しぶりでクル!」

「よう、ブランもこゆきも元気にしてたか?私はこの通りだぜ」

相変わらず、マリーは歯を見せながら笑っている。歩くたびにふわっと翻る白いフリルもそのままだ。そよ風で小さな細い二つ結びが揺れている一方、リボンの飾りがついた黒い革靴は土で茶色く汚れていた。

「誰だ、お前たちは……」

「バージルさんは初めまして、でしたね。このひとたちは私とブランの知り合いです」

「初めまして!バージルのあんちゃん!私はマリーだ!こっちはレオモン、こっちはレオモンの友達の……」

マリーは小さな手で二人を指差しながら紹介しているが、バージルのしかめ面はそのままだ。

「それより、この龍はどうするつもりだ」

彼が冷たい口調でブラン達に尋ねる。目を回しながら気絶している黒い龍には、少しだけ見覚えがあった。

「……レヴィ?大丈夫?」

「グルル……、グル……」

龍は少し辛そうにしている。バージルは彼を見るなり、

「……本当ならお前はここで死んでいても可笑しくはない筈だがな、この二人には一応借りがあるからな。少しの間だけだがコイツの世話をしよう、異論はないな?」

「こんな暴れ馬の世話しようってのかい?まあいいや、あんちゃん良ければウチに来ないかい?どうせ家なんかないんだろ?ちょいと狭いが、対して変わらんよ」

「……ああ、あの丘の上の屋敷には『怪我が治るまで』としか伝えてはいなかったからな。こゆき、ブラン、お前達とはここでお別れだ」

「今までありがとうございました!」

「クリュ!ユゥリ、助かってたって!ユゥリ残念がるでクル!」

「……誰が何と言おうが、俺はここでレオモン達と暮らす。さらばだ」

そう言って、彼はレヴィを連れ、振り向くことなく小屋の中へ去っていってしまった。龍自身は彼の後ろについていきながらも、キョロキョロと辺りを見回している。物置のようなもう一つの小屋の屋根に降り立った後、大きなあくびを一つした。地面にはお肉とカレー粉の缶が入ったエコバッグが残されている。ブランはそれを手に取り、

「行こう、ブラン」

「クリュ」

 

 

 

 

風鳴りの丘の上の屋敷へ戻り、玄関の扉を開けようとした時、こゆきもブランも重い荷物のせいで既にへとへとに疲れ果てていた。あまりに重いので、玄関のすぐ側に荷物を置いた後、

「お届けものでーす」

という元気いっぱいの声と一緒に、肩から郵便鞄を提げたホークモンが軒先に大きな小包を置いていった。綺麗な包装(ラッピング)がされたそれには、バーコード付きのラベルが貼られていて、こゆきによるとどうも送り主は『ノエル』というひとらしい。中身が気になったが、ブラン達は気にしないことにした。

 

 

 

 

ドアを開けて、

「ただいまでクル!」

「ただいまー」

と言いながら中へ入ると、ルナが珍しくブラン達を出迎えてくれた。そして小包が届いているのを見るなり、

「何だ、コレは」

「何って、ノエルってひとからのお届けものでーすよ」

「あの野郎‼︎」

その声はなんだか嘆いているようにも聞こえる。結局、ブラン達がその日のうちに小包の中身を知ることはないのだった。

レナータちゃんとこゆきちゃん、どっち派?

  • レナータちゃん
  • こゆきちゃん
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