bloody camellia   作:ぽわぽわもっちー

23 / 41
第十七話 鴉Ⅰ

 僕は恋をしているのだろうか。胸の内が焦がれるように、じわじわと熱が僕の心を蝕んでいく。きっとあの紅い眼の小さな女の子に惚れてしまったのだろうことは嫌でも分かる。何故だろう、と自分の心に問いかけずとも答えは分かりきっている。『求めていたから』それだけで充分だ。あの姫君は、ヒトとは思えぬ、妖精や聖女を思わせる容姿に加え、妖しく煌めくピジョンルビーのような紅い眼は強大な闇の力を秘めている。それこそ幽世の王達を、条件付きとはいえ統べることさえ出来てしまうのだから。彼女の紅い眼の魔力には僕でさえ敵わない。彼女が望めば、この世界さえ滅ぼせる。

 

 

 

地下墓所(カタコンベ)の深部にある、真新しいベッドの上には少女に贈る為の服が二着ある。二つとも僕が想っている小さな女の子に贈る為のモノだ。暗い空色の方は、彼女の幼い頃の記憶を頼りに。黒いドレスは僕が想像しうる理想の彼女のイメージを貪欲に詰め込んだものだ。ただ、今の僕が彼女に贈るのは、暗い空色の方。別に黒い方を着せたくない、という訳ではない。これは一種の儀式なのだ。彼女を僕の許へ迎え入れる為の。本来なら指輪も花束も要るだろう。こんな薄暗い、亡者が眠るところではなくてステンドグラスが煌めく教会で、神父の目の前で愛を誓うのだろう。けれど、僕にはそんなモノ要らない。

「これをあの子の許へ送ってねぇ?」

僕は暗い空色のワンピースと焦茶色の靴を使いの者達に渡し、美しく包むよう命じた。よく磨かれた箱の中には招待状も入っている。あの子達が無事にこの城まで辿り着けることを、僕は願ってやまない。始まらないだろうから。主たる僕と姫君、それと客人達がいなければ。饗宴が。

 

 

 

あの小包を使いの者に渡した後のこと。僕の胸は高鳴るばかりで、最早抑えが効かなくなりつつあった。知らない間ににやけてしまい腰の獣に噛みつかれ、僕は一瞬だけ目を醒ます。だが、それさえも長くは保たない。つまりはそれだけあの紅い眼の少女のことを想い続けているのだ。彼女の艶姿を一刻も早く堪能したい。彼女の髪に触れたい、声を聞きたい。何も単に利用するという訳ではない。傍に置いてありったけの幸せを与えてやりたいだけだ。それに、僕という強力な後ろ盾を得られるのだ、彼女にとっても悪い話ではないだろう。

 

 

 

 

小包の中には彼女に相応しい服と靴、それと招待状以外は何も入っていない。招待状の文面は当たり障りのないもので、カードのデザインも蒲公英の絵が描かれた柔らかで奥ゆかしいものだった。だが、そんなことはどうでもいい。彼女に相応しいもの、それは質素だが可愛らしい服と靴だった。彼女のような者が着るのは勿体無いような気もするが、それでも似合ってしまうのだ。その事実がただ恐ろしい。襟は白いフリルで縁取られているが、そこからはワンピースの裾を除いて、一切のフリルやリボンなどの飾りが見えない。丈は割と長いが、足首を超えることはない。スカートの丈は別に短くてもいいのだが、僕は膝丈までの長さが至高だと考えている。少女という生き物にはいつだって清楚であって欲しいから。靴はチョコレート色の、所謂『ペタンコ靴』と呼ばれるような、踵の低い靴だった。白や銀のパンプスでも別に良かったが、それだとあの暗い空色のワンピースが目立たなくなってしまう。靴は今回殆ど添え物のような扱いになっていて、一つの飾りも付いていないシンプルなものだ。女の子らしい格好ではあるが、質素で憐れみさえ感じさせるような服と靴は、彼女の為だけの一点モノだ。一流の針子が丹念に縫い上げているし、素材にだってこだわっている。だから袖を通した瞬間に、その着心地の良さをきっと彼女にも感じ取って貰えるだろう。素肌を優しく包み込むから部屋着としても着られる筈だ。

 

 

 

 

実は僕の手元にはもう一つ、ドレスと靴のセット一式がある。こちらはモノトーンの、ホルターネックのドレスだが、胴にはコルセットが付き、ところどころ黒いフリルで縁取られているので、襟と裾の部分にしかフリルが付いていないあのドレスよりも豪華に見える。ふんわりとしていて、腰には大きな藍色のリボンが付いている。まるで宵闇を舞う蒼い蝶のようで、妖しい魅力を放っている。袖は付いていないものの、透き通ったレースの袖を腕に嵌めることで腕を少しだけ温められるし、更にふんわりとした雰囲気を醸し出せるだろう。何も、パフスリーブ付きのそれはぴっちりとしたモノではない。腕を締め付けようとは思わない。小さな彼女のことを一等考えたこのパフスリーブの先は振袖のようにゆったりとしている。靴は銀とも真珠の白ともつかぬ色のパンプスだが、やはり飾りは付いていない。踵は然程高くないが、小さな彼女が履いても大人顔負けの気品を漂わせ、まるでそこに小さな貴婦人がいるかのようにさえ見せられる。これで黒いヴェールと合わせてしまえば、彼女を蝶の姫君と呼んでしまえるのだ。あの子が、レナータがこの城に来るのを僕は待ち続けている。橙色の光が満ちた玉座の間で、幾日も。

 

 

 

 

何をするでもなく、僕は彼女のことを想い続けながら座っていた。眠っている時でさえも、少女の柔らかな眼差しを。微笑みを。そよ風でふわりと靡く髪や、その小さな掌。傍らにはいつも、小さな茶色い兎と、少女と同じようで違う紅い眼をした黒い蜥蜴のような魔王がいる。この時のレナータは、深海のような紺色のドレスを着ていて、下には白いフリルの透けたペチコートを穿き、薄手の黒いストッキングと革のベルトが交差した黒い靴を履いていた。髪は高い位置で二つに結え、薄い紺色のリボンで飾られた黒いベレー帽を被っている。ここまでなら然程おかしな光景、という訳でもない。問題はこの小さな少女が屈強な大男の腕に抱えられているということ。その足元に小さな兎がいるという、ある意味で恐ろしい光景だった。芝生が広がり、白詰草や蒲公英が咲くのどかな丘の上、少女は地面に下ろされ、垂れ耳兎を抱えて何処かへ去っていってしまった。悲しいことに、そこで目が覚めてしまったが、それだけではなかった。

 

 

 

 

大きな扉が開く音を耳にし、僕は驚きのあまり跳ね起きた。客観的にはむくりと起き上がった、の方が正しいだろう。赤く、長い絨毯が敷かれた低い階段付きの台から少し離れたところには、恋焦がれてやまない少女と魔王、その二人以外には、銀色の少し短めの髪にオリーブ色の眼の小さな少女がいる。暗い空色の袖から覗く白く小さな掌にはいつも通り、三本角の兎がまるで大事なぬいぐるみのように抱かれていた。今まで見たこともない白い妖精は少女の頭の上に乗り、時折一本だけ跳ねているアホ毛を弄って遊んでいる。柔らかな赤い絨毯の上に乾いた足音が響き、次いで小さな足音が僕の耳に入る。

「……おい」

「……王様、こんばんは」

「こ、こんばんは!」

三者三様、それぞれが挨拶の言葉を口にした。スピネルのように真っ赤な眼がこちらを睨みつけているが、他の子(チビ)達は怯えているし、澄んだ紅い眼はまたしても泣きそうになっている。

「どういうことだ!何の用があって俺達をここへ呼び出した!答えろ!ノエル」

「ふっ……、ふふふっ……!あーっはははははは‼︎」

「何がおかしい⁈」

「だぁーってぇ!そんなの分かり切ってるでしょう?いいこと教えてあげるって!それに、君達も知りたいことがあるんじゃないのぉ?ねぇ」

「……ルナさん、そうまでして知りたいことがあるんですか?」

「……まあ、な」

口ごもりながらも、魔王は仔猫のような少女にそう返した。

 

 

 

まるで硝子のように生気を感じられない眼の、人形がそのまま動いているかのように見える少女メイド達の案内で、俺達はあの時と同じ食堂へやってきた。やはり、前に来た時と同じように、革張りのソファーのような座り心地の高級な肘掛け椅子が並べられ、その間に長い食卓があった。ざっと三十から四十脚はあるだろうか。右に十五脚。左にも同じくらいの数がある。城の中にはそんなにいないだろうに。頭上で妖しく揺らめく、透明な宝石が散りばめられたシャンデリアの光が、暗い部屋の中を弱々しく照らしている。俺達五人は並んで椅子に座り、王ノエルが来るのを待った。そもそもの話、コイツが宴を開くと碌なことがない。にも拘わらず何故こんなことをするのか。彼が考えていることは分からない。

 

 

 

 

こゆきは膝丈の、菫色のワンピースを着ていて黒いサテンのリボンでもみあげと後ろ髪を纏めていた。腰の薄い墨色のリボンを真ん中でベルトのように締め、ちょっとしたお出かけスタイルを演出している。こういう場には本来なら相応しくないのだろうが、街にある少しお高めのレストランで食事をしに行く時なんかにはいいかもしれない。彼女のオリーブ色の眼は怯えつつも、前髪から覗く藍色の眼は不気味な程冷静だった。その一方で、俺の左隣に座っている薄水色の髪の少女レナータは変わらず怯えている。あの招待状に書かれた通りに、記憶の中の質素な服を着ているが、彼女はそうとは知らず気に入っているようだ。今日はあの時と同じく、いつものスリップではなく、細かなレースやフリルがあしらわれた白いシュミーズに、裾の方に細かなフリルがついた白いペチコートだ。コルセットの類は着けていない。動くのに邪魔だろうし、そもそもあんなにゆったりした服はキツく締め上げるべきではない。足首に届く程長く、絹のように輝かんばかりの髪は高い位置で二つに結えられている。髪留めにしているリボンは艶やかな白。チョコレート色の、飾り気のない靴を履き、黒く薄いストッキングを飾り気のないガーターベルトで吊っていた。これで短いスカートでも穿いていれば、恐らくは色気が滲み出たことだろう。だが、彼女はそうしなかった。

 

 

 

レナータの服は全て俺が買い与えたモノで、その選択には多かれ少なかれ彼女の意志が関わっている。クローゼットの中を一度でも覗くか、買い物に付き合ってみれば分かるが、短くても外出用の服はみな膝丈までで、ズボンもミニスカートもTシャツもパーカーもハンガーに掛かっていない。彼女自身のこだわり故なのだろうか。それとも何か別の理由があるのだろうか。脚を見せることを嫌がるのと同じように。

 

 

 

暫くすると、少女メイド達が五人分の水を、円い焦茶色の盆に載せて運んできた。手の中に納まる程の、円柱にも見えるグラスの中には氷ブロックが四つ入っていて、グラスの表面には既に水滴がびっしり付いている。口に含んでみると冷たくて美味しい。機械のような金属の味もしない。天然の水か、それとも井戸の水か。俺が冷たい水の味を堪能していると、正面から、

「さて、始めようか」

「……何をだ?」

「知りたいでしょう?レナータちゃんのことを。僕はねぇ、ほんのちょっとだけ知ってるんだよぉ?夢の中で『中の子』と話したからねぇ」

「なっ⁈てめっ、アマリリスに何しやがった⁈」

「心の中を覗いただけだよぉ?夢の中であっても分かっちゃうんだぁ。泣いてるその子とお話するのは三十分が限界だったけどねぇ。今のレナータちゃんには過去の記憶なんて邪魔なモノないからねぇ。君がその子をお人形さんにしようと思えば幾らだって出来るんだよぉ」

「何が言いてえんだ、このクソ王!」

俺は思わず叫んだ。隣に座っている少女達が肩をすくめ、目を瞑る。ただでさえレナータはもう限界の筈だろうに、涙を堪え、クロの長い耳で肩を摩られながら王の方を見ている。少し経ってから一口グラスに口を付け、

「王様、全部、話して……?ルナに」

漸く口を開いた。堪え切れなかった涙は食卓の上に流れて落ち、子兎でさえ困った顔で心配そうに見つめるばかり。

「良いのか?レナータ」

「もう、いいの……」

「そうかぁ、じゃあ教えてあげようか。レナータちゃんの過去を、ねぇ」

王は牙が生えた口を開き、甘ったるい声で語り始めた。

レナータちゃんとこゆきちゃん、どっち派?

  • レナータちゃん
  • こゆきちゃん
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。