bloody camellia   作:ぽわぽわもっちー

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第十八話 鴉Ⅱ

 一八六九年、プロイセンの山奥。昼でも陽の光が届きにくい樅の森の向こうにあるその城で、双子の赤ん坊が産声を上げた。まだ陽が昇り切る前の寒い朝のこと。窓硝子の向こうでは粉雪が降りつつあった。中年の、恰幅のいい侍医が、天鵞絨のカーテンがかかる天蓋付きの豪華な寝台の上に横たわる若い女から、二人の赤ん坊を取り上げる。一人は亜麻色にも小麦の穂の金にも見える色の髪を持ち、青灰色の眼で母親を見つめている。こちらは男の子で、この城に住まう一族ひいては大公とその妻までもが待ち望んだ後継ぎだった。しかし、そのすぐ後に若い母親の胎から産み落とされた赤ん坊を見るなり、侍医は恐怖のあまり叫び声を上げた。その子は女の子だが、ヒトとは思えぬ容姿をしていたのだ。この世のものとは違う、白銀にさえ見える薄水色の髪。高貴な、或いは鮮血を思わせる紅玉(ルビー)色の眼。陶磁器を思わせる白い肌。淡い珊瑚色の唇。ソレを見た若い母親も、次いで金切り声を上げた。その声は廊下にまで響き渡り、声を聞きつけた二、三人の若い女中が彼女の寝室に入ってくるという珍事も起こっている。二人の赤ん坊は程なくして引き裂かれ、男の子は広々とした城の中で、女の子はこの一族に古くから伝わる習わしのもと、庭園の奥にある塔の中で育てられることとなった。

 

 

 

 

 女の子はアマリリス、男の子はコンラートと名付けられた。洗礼を受けたのは男の子だけ。妹にあたるアマリリスは生まれて直ぐに、塔の中で初老の乳母が子守をすることになったからだ。一族の習わしは残酷なもので、教会の洗礼を受けさせずに、毒の花の名前だけを与えて塔の中に閉じ込める。家人との接触は絶たれ、外の世界に行く自由もない。この家の者達は数百年の間そうしてきたようで、紅い眼の子供が産まれてくる度に同じことを繰り返してきた。禍いを閉じ込める、ただそれだけの為に。彼らは恐れていたのだろう、数百年前の災厄が再び起こることを。

 

 

 

 五百年以上前のこと。ある秋の日にこの城に紅い眼をした男の子が産まれ、それと同時に当時の領主が治めていたある村を、黒死病(ペスト)が襲った。実ったばかりの穀物を齧った溝鼠からヒトへ。粗末な家が多く、村人達の身なりも綺麗とはいえないこの村で、何も知らない農民達は、教会で神に祈るしかなかったのだ。同じ頃、城でも騒動が起こっていた。領主は生まれたばかりの息子達を見るなり、

「この者達は悪魔の使いだ!この双子が民を苦しめているのだ!我が妻は斬首刑に、この双子は縊り殺せ!」

と叫んだ。しかし、召使い達がそうすることはなく、表向きは死んだと思わせておき、二人はせめてもの慈悲として、人知れず冷たい石造りの塔に閉じ込められた。別々の部屋で、一日二食の食事と僅かなおもちゃだけが与えられる、それだけだったが、彼らは何も分からなかった。その間にも、双子を産んだ母親は薄暗い地下牢へ閉じ込められ、処刑を待つばかりだった。白く、薄いサテンのドレスを着せられ、石造りの台にシーツが敷かれただけの、硬いベッドの上に座る十六歳の彼女が何を想っていたのかは分からない。だが、見張りの兵士が、

「最後に何か言いたいことはありますか?」と問うた後、

「あの子達に会わせてください……」

と彼女は涙声で呟いた。

 

 

 

 

 真夜中、彼女は兵士に連れられ、庭園の奥にある小さな塔へと案内された。手には弱々しい光を出すカンテラを携えて。彼女の左手の薬指には、混じり気のない銀で出来た結婚指輪がはまっていて、暗闇の中で鈍く光っていた。毒の花の名をつけられた、幼い双子の兄は痩せた躰を母親に見せながら布団も掛けずに眠っていた。弟の方は兵士が最後に目撃した時、既に事切れていて、それを彼から聞かされるや否や、彼女は泣き崩れた。空に三日月が昇り、雲の切れ間から星々が見える、そんな夜だった。元々、この双子は目が見えず明日をも知れぬ命だったのだ。一歳と十ヶ月の命を、弟は冷たい塔の床の上で、誰にも看取られることなく終えた。

 

 

 

 二ヶ月後、双子の兄は一つ歳を取り、二歳になった。塔の外には細い葉を持つ大きな六花弁の白い花が沢山植わっていたが、彼がソレを目にすることは決してない。侍女はいつも通りにミルクとパン、ソレと濁った野菜スープだけを持ってきて、スプーンでひと匙だけ掬うと、幼い少年の口に優しく含ませてやった。何も知らない彼は、小鳥の囀りだけを聞き、無心に与えられた食事を口にする。

 

 

 

 その裏では今まさに若い母親の処刑が行われようとしていた。中年の、猫背で顔には髭が生えている処刑執行人が、彼女の手を麻縄できつく縛り、白い包帯のような布で目隠しをした。領主は彼に命じて、大きな斧で元妻の首を刎ねさせるが、中々上手くいかない。床には黒い布が敷かれ、その上には藁が撒いてあるものの、彼女の首から滴り落ちる血のせいで、それだけでは間に合わなかったのだ。躊躇いが執行人の中にあったのか、それとも単に腕が未熟なだけだったのか。知るものはない。処刑は夕刻になるまで行われ、漸く首を刎ね終えた時、若き母親が着ていた服に飛び散った紅は銅色に乾いていた。二人の侍女のうち一人は泣き崩れ、一人は失神さえしていた。その数日後、双子の兄は母親の後を追うようにして亡くなったという。冷たい床の上で。眠るようにして。

 

 

 

 話は一八七〇年代に戻る。アマリリスと名付けられた彼女は、左眼は完全に失明し、僅かに見える右眼でさえも視界がぼやけ、完全にモノを見ることは難しかった。髪は内巻きだが、男の子のように短く切り揃えられ、曲がりなりにも貴族の娘であるにも拘らず、まるで修道女のように質素な、藍色の服を着せられていた。靴下の類は履いておらず、焦茶色の、飾りひとつない踵の低い革の靴を履いているのみだった。やはり、彼女もまたミルクと白パン、そして濁った野菜スープを一日に二食与えられるだけで、床には僅かなおもちゃが散乱していた。金髪と茶髪の、それぞれ青灰色の眼をした人形が二つだけ。埃を被った棚の中には二、三体の磁器人形(ビスクドール)があり、こちらで遊ぼうとはしない。まだ背が低過ぎるので、窓から身を乗り出すことは出来なかった。この時、彼女は六歳になっていた。六歳といえど、彼女は誰からも言葉を教わったことがない。名前を呼ばれたら反応はするものの、それだけ。意思を伝える手段を一つとして持っていないのだ。彼女には何も求められていなかったし、彼女が求めることもなかった。

 

 

 

 

 変わり映えも何もなく、これから先も、それこそ死ぬまでこの塔で過ごすのだろう、と思われた矢先のこと。一人の若い旅人が、一晩だけ泊めて欲しい、と城を訪れたのだ。それだけならば大した問題にはならなかったが、彼は庭園の奥にひっそりと建っている塔の存在が気になったのだ。あの塔の真実を知る城の者達は、使用人でさえも必死に止めたが、彼は興味の方が勝ったのか、夜中にこっそり行くことにした。枯れた草を掻き分けて辿り着いたその小さな古い塔は三階建てで、アマリリスは二階で眠っていた。旅人は彼女の小さな頭を撫でてやり、その日はお世辞にも寝心地がいいとは言えない簡素なベッドの上で眠ってしまった。

 

 

 

 

 朝になり、硝子が一片たりともはまっていない塔の窓にも陽の光が差し込んできた。黒く塗られた格子がはまっている窓際には雀が二、三羽やってきては時を告げている。部屋の中は静寂に包まれていて、時計一つない。だが、清潔ではあったのか溝鼠や害虫の類は一匹もいなかった。普段から世話をしている乳母が食事と着替えを持ってきた時、彼女は驚き、

「旅の方、ですよね……?何故ここにいらっしゃるのですか?」

「この塔が気になってしまいまして」

「……そう、だったんですね。今すぐこの子の側から離れられた方がいいですよ。その子は、アマリリス様は、この地に厄災を齎すのです。目は見えず、口は利けずとも確かに。だから我々が死ぬまでここに閉じ込めるしかないのです」

「そんな話、信じられる筈がないでしょう。確かに、薄水色の髪に真紅の眼をしていて、この世のものとは思えない程白いですが。ただの子供じゃないですか」

旅人は笑い飛ばし、彼女を抱き寄せ、頬にキスを贈った。そこには憐れみでもあったのか、彼の眼からは涙が一筋頬を伝って冷たい床に落ちていった。何も知らず、自我さえ持たない彼女は、虚な眼でその様子をじっと見ているだけだった。

 

 

 

 

 事件はその日の夜に起きた。旅人が外に出られないアマリリスを憐れむあまり、禁忌を犯したのだ。夜中に城の図書室から古びた魔術の本を持ち出し、幼い少女の世話係を務めていた乳母を生贄に捧げ、僕の隣人でもある悪魔を喚び出した。異形の彼は、旅人の願いを聞き入れこそしたが、その代償はあまりにも大きいものだった。使用人諸共一族の人間を喰らったのだ。城は騒然となり、叫び声や喚き声が城を埋め尽くした。塔の中にいた少女には聞こえなかったようだが。数時間経ってからそれらは消え、物言わぬ汚らしい骸ばかりの城には旅人とアマリリスの二人だけが残された。明け方、外に出た二人が最初に見たのは、未だ微睡んだままの世界に降り積もる雪。森の中に、包み込むようにして降る粉雪にはしゃぐことも、初めて見る雪景色に心を動かすことも、この小さな少女にはなかった。澄んだ紅玉の瞳で、ただじっと目の前を見つめる。それだけだ。

 

 

 

 大きな街のすぐ近くまで、旅人は己の足を引きずりながらやってきた。小さな彼女は、悴む腕に抱えられているが、旅人の青年は限界を迎え、倒れてしまった。無理もない、二人とも寝間着のまま逃げてきたのだから。残された少女も力尽きたのか、冷たい石畳の上に倒れてしまった。

 

 

 

 「ここまでが、六歳の時までのお話だよぉ」

王は話を一旦区切り、気色悪い声でそう告げた。あれほど他人の死に心を動かすことのなかった俺でさえ、聞いているだけで涙が自然と溢れ落ち、頬を濡らすとともに胸の中からは怒りが込み上げてくる。たった六歳の、何も分からぬ少女にここまで出来てしまう、自分以上に歪んだ一族に。もうこの世から不本意な形で去ったとはいえ、煮えたぎる程の怒りが、悲しみが、次から次へと湧いてくるのだ。

「何でそんなっ……、レナータがクソくだらねえことに巻き込まれなきゃなんねぇんだよ‼︎コイツはクロや俺がいなきゃ何も出来ねえのに!俺と同じ紅い眼のガキが産まれてくる度にそうしてきただあ⁈ソイツら頭湧いてんのか‼︎生まれてきただけで罪だって誰が決めたんだよォ‼︎」

いつの間にか俺は叫んでいた。隣で啜り泣き、仔兎に慰められている彼女の為だけに。本当なら今すぐにでもキツく抱きしめてやりたい。どれだけ拒絶されたって構わない。ほんの一欠片でもこの想いが届くなら。

「仕方なかったんだよぉ。皆が皆くだらない宗教を盲信してたから無知でもねぇ。医学も科学も何もかも、全てが止まっていたんだよぉ。漸く歯車が回り出したばっかりだったんだぁ。百年の時を経た暁には月に到達していたり、僕らのいる量子の世界に干渉できるようになる、なぁんて。きっと、考えられなかっただろうし。そのお陰で世界から悦びという概念が消えつつあることも、境界が無くなりつつあることで、自分達が如何なる存在か理解出来なくなることも。智を持つ者は総じて愚かしいのさぁ。上から抑えつけることしか出来ない奴らから文明や文化は生まれない。停滞から脱する為に戦争という営みを始めたのだとして、そこから生み出されるモノが有益とは限らない。生み出した風習が、犠牲を生まないともね。それでも、弱者であるレナータちゃんが生まれてきたことに、意味がないとは言い切れないんだぁ」

「てめぇ、レナータの前でよくそんなこと言えたな‼︎このクソ王‼︎」

「僕をゴミクズ呼ばわりするのはいいけど、コレは本当のことだよぉ?僕は真実を述べているだけだからねぇ」

 

 

 

 

 嫌な空気が流れていき、小さな少女の啜り泣く声が聞こえてくるからか、俺達は目の前に何が置かれたのか気づかなかった。目の前の皿には焼きたての丸くて小さなフランスパンが一つ、銀紙に包まれたバターと一緒に置かれ、隣のワイングラスには白ワインが注がれている。菫色の少女がブランにパンを千切って与えているが、クロはそのままいつものように齧りついていた。触れてみると普通のロールパンより少し硬い。薄水色の少女も、気が進まないという顔をしつつ、小さな手でパンを少しずつ千切って口にし始めた。

「ここからだよぉ?この子の闇はまだまだ、十五歳の今まで続くからねぇ。君に光が当たることなんて、決してないのさぁ」

レナータちゃんとこゆきちゃん、どっち派?

  • レナータちゃん
  • こゆきちゃん
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