bloody camellia   作:ぽわぽわもっちー

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二十一話 とこしえのソドム(後編)

 ブランを優しい手で抱えている、少女の右眼に宿した狂気よりも深い翠の眼の彼は、愛してやまない少女の為だけに漆黒の翼を生やした。本来なら耐え難い痛みが付き纏う筈だが、何故だか彼は暗い笑みを浮かべている。その笑みが何を意味しているのか、今のブラン達には分からない。

「ルナ、何を考えている……?」

「大丈夫でクル?」

「………アマリリス」

何故だかレナータの真名を呟いている。決して治ることのない、膿んだ傷痕を抉るように。或いは手首を何度も傷つけ、恍惚とした狂笑を浮かべるように。毒の花の名を呟いたのは、最早過去の人物となった『アマリリス』という少女をその身に刻み込みたいからだろうか。暗い地下へと進んでいく靴音は、心なしか哀しく聞こえる。翼を畳み、ランタンを手に先導する彼の中に理性などもう残っていないだろう。眼の中には狂気と渇望、怒りしか残ってないだろうから。

 

 

 

 右腕の白いリボンに括り付けられた鈴が、我の動きと共に澄んだ音を鳴らす。両の腕は斧に変形し、眼前の王にギロチンの如く重々しい一撃を叩き込む。ヒトの姿を模った上半身の、胸に刃をなぞるようにして。斜めにバツを刻み込んだ躰からは紅い筋が流れているが、彼自身は何事もなかったかのように動き回っている。腰にくっついている二頭の獣の口が唸り、王はこちらに向けて眼から不気味な光を放ってきた。分かる、直視してはいけない代物だ。仮にも直視してしまえば最後、己の心を蝕む幻に包み込まれてしまうからだ。後ろで座っている少女を無理にでも娶ろうとする彼からしてみれば、これでも相当慈悲深い方なのだろうが。彼女は泣き疲れたのだろう、何も喋ろうとはしない。只、恐怖に震えているだけだ。

 

 

 

恐らく、攻撃する時王は我にだけ当てようと努めているのだろう。氷塊を両手で防ぎ切るのが精一杯な我に無慈悲な絶対零度が襲いくる。ぱっと見は六花のように美しく見えるソレは、古の罪人に向けて投げられる石(つぶて)のようで、痛みが全身を徐々に蝕んでいく。そんな中でも銀の鈴は変わらず鳴り、レナータに我の生存を伝えた。それでも我の躰は限界を迎えつつある。不吉な笑みとともに彼は、

「ここまで粘るなんてぇ、君もなかなかやるねぇ。でも、お姫様とのちゅーを邪魔をしたんだ、お仕置きしたげるよぉ?」

「仕置きならばもう充分に受けている‼︎」

「でもねぇ、まだだよぉ?まだ足りてないんだぁ」

そう言って、王は我の胸を目がけて氷の矢を放った。咄嗟に我は避けたものの、左耳が冷たい、冷た過ぎる。背中には嫌な感触がして、振り向くことさえできない。まるで大きな手で皮膚がベリベリと剥がされていくような感覚がある。それでいて大きな手は、ドロリとしたスライム状の影のような感触がする。あまりの痛みに我は、叫びたくなるが歯を食いしばって耐える。事実、心だけならまだ耐えられる。が、躰の方はそうも言ってはいられない。彼の一撃があまりにも重過ぎる所為だ。これがただの夢だったなら、どんなに良かったことだろう。よろよろと起き上がった我の目に映ったのは、桃色にも紅にも似たあの忌まわしい光だった。

「やめろ、やめてくれ……‼︎そんなことをしたら我は……」

「だぁ〜め。レナータちゃんは僕のお姫様になるんだからさぁ」

そう言いつつ、彼は我にまたしても一撃を叩きつける。氷の矢でも何でもない、全てを無に還すであろう闇黒の光弾だ。得体の知れない暗紫色の霧の弾をこちらに向かって放っているのだ。もう殆ど我に動く力は残っていないというのに。当たった瞬間に、我の耳に嫌な音が入り込んでくる。先程の氷の矢が濃硫酸なのだとしたら、これは……。骨が木の柱をへし折るような音を出しながら砕けていく。腱がまるで鶏肉のように千切れるような音もする。我は王の裁きで殺されるのだろうか。かつて咎人として十字架を背負い、日が沈みゆく丘の上で果てた救世主(メシア)のように。

 

 

 

 これがただの鞭撃だったならどんなに良かったことだろう。もう両腕も使い物にはならない。にも拘らず、目の前の彼は我に向かって何度も重い一撃を叩き込んでくる。火傷にも似た酷い凍傷ばかりの腕で地を這いつくばる我の姿はさぞ無様なものだろう。出来ればあの少女には見せたくないが、右眼がかろうじて見えていることを考えると、完全に見えていない訳ではないのだろう。人思いに殺してくれと懇願したところで、彼がソレを聞き入れる筈はないし、何より腕の鈴が、目の前の鬼に一矢報いろと訴えるようにして鳴る。我の耳にその音色が響くとともに、躰はふらりと立ち上がり、両腕を再び斧へと変形させた後に、王にとっては取るに足らない規模の、だが地下墓所の一角を消し飛ばす程の竜巻を起こす。竜巻が彼のもとへ向かうと同時に、我はボロボロのまま仔兎の姿に戻ってしまった。闇黒の花嫁に無理矢理仕立て上げられた少女の膝に寝そべると、

「……おかえりなさい」

「レナータ、ただいま也……。結局、王に一矢報いることは出来なかった……。怖い思いをさせて済まない……」

「……いいの。クロは偉いよ。ボクは……。何も出来ないから……」

そう言って彼女は白い手で我の耳を撫でる。激しい戦いを労うかのように、鈴が鳴った。

 

 

 

 僕は少女とキスを交わすべくベッドに歩み寄る。あれ程邪魔だった仔兎を抱きしめて撫でているが、彼女の眼は心なしか硝子玉のように見える。あれ程涙を帯び、紅玉(ルビー)のように輝いていた眼はどこへ行ってしまったのだろう。別に僕のモノになってくれるなら構わないのだが。まだ幼い首筋を大きな指で撫でてやり、

「可愛いお姫様……。もう誰にも君を傷つけさせないからねぇ……?」

そう耳元で囁いても、彼女は俯いたまま。こちらの方を見ようとさえしない。

「ねぇお姫様ぁ、こっち向いてよぉ。それとも何、こう呼んで欲しいのかなぁ?お人形(ドール)って。別に君を剥製(お人形さん)にしてもいいんだけどぉ、そうするとぉ、君とお話出来なくなったり、体温を感じられなくなるからしたくないんだぁ。それに、君は生きたままじゃないと利用価値が無くなっちゃうからねぇ。君の躰に流れる温かい血とその紅い眼が、僕達の新しい希望になるんだぁ」

「い、嫌ぁ……!ボクは、ボクは……っ‼︎」

 

 

 

レナータを再び抱き寄せ、今度こそと思った瞬間、後ろから靴音が二つ響いてきた。大きいのと小さいのがそれぞれ一つずつ。本来ならもう一つ響いてもいい筈だが、彼女は大きな耳で飛べるからか、それともあの銀の少女に抱えられているからなのか足音はしない。そのうち三人がこちらにやってきた。白い妖精を抱えた銀の少女と、地を飛翔せし大鴉だ。彼の眼は血のような紅から翠玉(エメラルド)の緑に変わっていた。だが、底の方は暗く澱み、口は真一文字に結ばれ、荒々しく呼吸を繰り返している。後ろにいる少女と妖精は怯えている。なんなら、妖精の方は泣きそうにさえなっている。だが、前髪の隙間から見える彼女の右眼だけは違う。表情がない。蒼玉(サファイア)や深海の底を思わせる藍色の眼はどこまでも冷たかった。かつて自分と対立していた同胞によく似たその眼。懐かしいな、と思いながらも二度と見たくなかった色を見せつけられた。ならばその眼だけは無視すれば良い。僕は鴉の方に向き直った。

 

 

 

彼の心の中を覗いてみる。どこまでも黒一色の暗闇だ。その中に泣いている一人の少女がいて、白くなった彼が隠してある方の腕で優しく頭を撫でている。しかし、もう片方の腕は欠損していて、不自然な抉られ方をしていた。今のルナに比べて、心の中の彼の見た目は数歳程若い。人間で例えるならば成人になったばかりか、酒を楽しめるようになったくらいか。少女を見つめる紅い眼はとても慈愛に満ちている。目の前の彼は、表の世界では冷酷無比だと噂され、もし出遭ってしまったが最後、早撃ちの的にされる、誰彼構わず自分の血肉になる者を喰らう、といった世間の評価とはまるで違っていた。今の彼は騎士(シュヴァリエ)だ。姫君を護らんとする守護天使だ。もう、かつてのように力だけを追い求めようとはしない。彼は腹の底から唸るように、

「レナータを返せ……」

それだけ言うと、陽電子砲から破壊の波動を撃ち出した。

 

 

 

 本来なら彼に敵などいる筈がない。だが、今はどうだろう。波を大きな氷塊に変え、彼に投げてよこす。それは太い氷柱でもあり、先端が槍(ランス)のように尖っているから、遠心力を利用した上で、古代の狩人のように急所へと当てれば致命傷は免れないだろう。案の定、避ける間もなく彼の胸には氷柱が刺さり、更には口からごぼっと血を吐き出した。黒い翼からも少し血が滲み出ている。それでも彼はもう一度立ち上がり、禍々しい紫色の波動を撃ち出した。今度は腰にくっついている獣のどちらかだろう。中々面白いことを考えつくものだ。獣のうち左は最早原型を留めてはいない。丸ごと抉れている、と云ってもいい。しかし、ソレでバランスを崩して倒れる僕ではない。愛らしい姫君の守護天使たる君はそんな脆弱な奴ではないだろう?ならば僕の眼を見ておくれ。きっと昔のことを思い出せるだろうから。吐き出す程に喰らった時の記憶、誰かを傷つけ苦しめた時の記憶。そして……。

「ルナくん、レナータちゃんが君の過去を知ったらどう思うだろうねぇ?君の中の醜い欲望を知ったらどうなるかなぁ?実際、お人形さんにしたい、くらいは思っているんでしょう?らしくないなぁ、君がお人形遊びだなんて」

「……うっせぇぞてめえ!他人の心覗きやがって‼︎ぶっ殺されてえのか‼︎レナータは渡さねえ‼︎絶対に‼︎」

そう言って今度は破壊の波動を僕の胸に撃ち込んだ。左胸が丸ごと消し飛び、断面からは紅い血がとめどなく滴り落ちる。断面からは骨も丸見えだ。これだけでも相当だが、僕は決して死なない。だから痛みに耐えながらこんな風に無様な姿を晒してしまえるのだ。自嘲のつもりだろうか、急に笑いが止まらなくなってきた。

「……頭可笑しくなっちまったのか?クソ王。元からか……。まあ良い……」

溜息と共に呆れたようにルナが呟くと、

「オラァッ‼︎目ェ覚ませ‼︎この変態‼︎」

僕の顔面に蹴りが入った。恐らくは後ろ回し蹴りだが、靴の棘が刺さった所為だろうか、歯が二、三本欠けたような気がする。口の中が血塗れになり、更には舌まで噛んだが、まあ良い。問題なのはこの後だ。正面のストレートは僕の仮面を砕きかねない勢いだったし、再生出来るとはいえ下手をすれば眼が潰れる可能性があったのだ。しかし、それより危惧すべきなのは、余りにも無茶な戦闘による地下墓所(カタコンベ)の崩壊だった。

 

 

 

小さな罅が徐々に大きくなっていき、天井からも砂や瓦礫が落ちてくる。ルナと仔猫のような少女は、ベッドに座っている僕の花嫁に駆け寄っていく。気の所為か、僕といる時はあれ程虚ろだった眼が、ほんの少し輝いているように見える。彼は羽織っていたジャケットを小さな少女に羽織らせてやったらしく、小さな声とはいえ感謝の声が聞こえてくる。その後はルナの腕にしがみつき、隠れてしまった。小さな兎は、白い妖精が傷を治してくれたお陰で、少なくとも空を飛べるくらいにはなったようだ。全く、余計なことをしてくれた。あんな硝煙と排気ガスとガソリン塗れのライダースジャケットが、彼女に似合う筈はないのだから。

 

 

 

 結局のところ、僕はあの紅眼の少女を手中に収めることは出来なかった。これで二度目だ。一度目、つまり初めて会った時からレナータという少女に惚れていた。只の人間に惚れることなどなかったどころか、非力な生物と見下していた僕が、綺麗なまま愛でていたい、と思う程には美しい。それに、彼女がいなければ僕の望みを叶えることは出来ない。そのうち一つは少なくとも彼女の役にも立つだろう。利用価値という概念(モノ)は一つではないのだ。だからこそ『娶る』という手段を使ったのだが、相手が悪かった。

 

 

 

人間にとって気の遠くなる程の昔、僕は天使達の手でまだ何もなかった幽世に封印された。まだ傲慢の魔王を筆頭に、魔王達が世界を混乱に陥れていた頃のこと。天使も騎士も、誰も彼もが王達と僕を地上から深淵へと追いやっていった。尤も、なんの罪もない地上の住人達の生き血を夜な夜な啜り、同族を増やしていたことや、愉しいこの世界で生きる為に、神の使いを不死の道具として利用していたから、というのはあるかもしれない。天使達を唆して此方側に引き入れたことも幾度かある。今となってはもう御伽話でしかないが、それでも僕はこうして生きている。

 

 

 

 崩れ落ちた天井の下敷きになったところで僕は死なない。抉られた肉体もすぐに元通りになってしまった。目と鼻の先にあるベッドの中にはもう誰もいない。が、

「てめえを弔う義理は無え。あばよ……」

声とともに、鴉は音もなく飛び去っていった。後には影のように黒い羽根だけが残った。

 

レナータちゃんとこゆきちゃん、どっち派?

  • レナータちゃん
  • こゆきちゃん
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