また、後編の投稿はありません(不適切な表現があるので)
どこまでも拡がっては加速していく愛は、既に狂気となりつつあった。あの無垢な白を、妖しい紅を全て俺のモノに出来てしまったのなら。どんなに俺は幸せだろう。包帯を巻いたままで構わない。もういっそのこと自傷に付き合ってやってもいい。無論、頭の天辺から足の爪先まで、全ての血を舐めとるという条件付きだが。花弁から滴り落ちる赤黒い血でさえも、もう俺のモノ。零れ落ちる前に一滴残らず味わい尽くすのだ。変わらず俺はいつもの部屋で、潰れた眼を見遣る。涙のように流れ落ちる血は、思わず舐めてやりたくなる。けれど、ビンの中のソレは何故か怯えているように見える。何度あやしてやっても変わらない。ビンを抱きしめ、撫でようとも怯え、泣いたまま。それでも愛おしく思えるのは何故だろうか。
寂しがり屋で自分の容姿を嫌っている少女は、病室のベッドに横たわったままだった。いつも傍らにいる筈のクロはいない。白い羽布団にくるまりながら、彼女は独り泣いていた。見たところ、彼女は服を着ておらず、乾いた血に塗れた包帯だけが全身に巻かれている。あれ程気に入っていた、アザラシではなくティラノサウルスのぬいぐるみを強く抱きしめながら啜り泣く声が、狭い病室に響く。彼女は俺がやってきたことを知ると、震える声で、
「誰……?」
「俺だ、ルナだ。どうした、何があった?」
「……どうしてあなたがここに来るの?来ないでよ!」
「……お前が寂しいと思ったから。また怖い夢でも見たのか?」
「……あそこのお人形さん達、怖いの。私のことを責めてくるの。『どうしてそんなに醜く生まれてきたんだ』って」
「……なら、そいつらを壊してきてやる」
「……やめて、怖いよ」
アマリリスはまた泣き出してしまった。俺はそんな彼女の細く、小さな身体を抱きしめる。今度は細い腕が抱きしめ返してくれた。漸くだ。ほんの僅かに彼女の心を開けたのだ。少しだけ幸せな気分になれた。だが、
「ねぇ、ルナ……。鋏持ってきて……?」
「……それは、無理だ」
未だに死にたがっているのは変わらないようだった。本来なら自傷に付き合ってやりたいが、眼が殆ど見えない彼女に全て任せたらどうなるのかは分からない。もしかしたら眼を失う以上のことが起きるかもしれない。煩く泣き喚く彼女を一度は手にかけて、病的なまでに美しい人形にしようと考えたこともあったが、そうすると今度はアマリリスの心を手に入れることが出来なくなる。言葉も聞けなくなるし、温もりも二度と感じられない。それを知った時、俺は誰もいない部屋の中で声をあげて泣き叫んだ。もう発狂という言葉が似合いそうなくらいに。誰一人として、俺が子供のように泣きじゃくる声を聞いてはいないのが救いだった。この燈台で、最初に彼女と会話を交わしたあの部屋で。ベッドと円いテーブルがあり、ソレを取り囲むようにして、虚ろな硝子の目玉でこちらを見つめる人形達が椅子に座っている綺麗な部屋。だが、今は以前にも増して荒れているし、空席だって増えている。俺が空っぽの偽物達に悍しい想いをぶつけたからだ。かつて壊した奴らの中に彼女と似たような姿の人形はいなかった。
少女の怪我は何度も開いている。その度に痛みがぶり返し、泣いてばかりで眠れない夜さえあったというのだから相当なものだ。調子がいい時でさえゆっくり歩くのがやっとで、食事にも時間をかけることが多かった。痛みに耐えつつも、クロやぬいぐるみ達にだけは笑顔を見せている。小さい動物には懐いているから、というのはあるかも知れないが、ソレを抜きにしても悔しいし妬ましい。だが、あの清らかなお人形は寝たきりで、自分の月のものでさえ面倒を見られないのだ。このところはあの虚ろな人形達と同じで、自ら動こうとさえしない。一日中痛みに耐えながら横たわっているだけで、たまにクロが見舞いに来てもあまり言葉を交わさなくなった。それでも自傷はなくならない。美しく生まれ変わること、それだけが彼女の望みだから。クロは眼に涙を浮かべながらアマリリスの自傷に付き合っていて、俺がソレを力ずくで止めようものなら、今度は泣きながら暴れたことさえ一度や二度ではない。
「私、死にたいのに……!どうして⁈止めないでよぅ……」
「俺がいるのに‼︎アマリリス、今は辛いだろうが生きてくれ‼︎なんだったら一晩中傍にいてやるから‼︎」
「嫌、嫌ぁ……‼︎」
「……後生だから、せめて寝たきりでもいいから生きてくれ。お前がいないと、俺は……」
気づけば俺も涙ぐんでいた。優しくアマリリスの身体を抱きしめ、塞がっていない方の掌で撫でていた。それしか出来なかった。
あれからどれ程物言わぬ人形を相手にしてきただろう。何体の人形を叩き壊したか。皆彼女よりもずっと幼い見た目をしているので、一瞬壊すのを躊躇ってしまう。こんな虚しいことをずっと続けていれば、俺はきっと壊れてしまうだろう。何も感じられず、毒にも薬にもならない日々。泣いているだけなのだとしても、俺はアマリリスの声が聞きたい。何度あやすことになっても、何度自傷を止めることになっても、俺は彼女の生を諦めない。本物の笑顔を見る為に。たった一つの、祝福の言葉をかける為に。
無駄だと知りながらも、我は目の前の少女に自傷を止めるように促した。無理矢理錆びついた銀の鋏を咥え、小さな掌から引き離す。闇の中だから分かりづらいとはいえ、包帯はどこもかしこも紅く染まっている。少なくとも掌の中は、深いところまでが狂おしい紅で占められていた。本来なら自傷には付き合いたくないが、生憎我には手足がない。暗く、狭苦しい病室の中で腕を傷つけながら虚ろな眼で笑っている、小さな少女の姿が見える。肩で息をしている彼女の眼からは大粒の涙が溢れ落ちていた。ソレを見た我の眼からも、いつの間にか涙がポロポロと落ちてくる。目の前で死神ルナがこんな光景を見たら、すぐさま手当をし、必死になって慰めるのだろう。きっと彼も、彼女が自ら味わった痛みを知れば泣きだすのだろう。自傷の最中、彼女は、
「………くすくすくすくす、アッハハハハハ‼︎」
「何がおかしい⁈どうした、アマリリス」
「鋏で自分の身体を傷つけるのって、こんなにあったかいんだもの!あったかくて気持ちいいの!」
「……やめろ、そんな言葉は聞きたくない‼︎耳が腐る」
「どうしてそんなこと言うの⁈私をいじめたいの?こんなに気持ちいいのよ?」
「……やめてくれ、アマリリス‼︎我はもうそなたが傷つくのを見たくないのだ‼︎出来ることなら両眼を潰してしまいたいくらいだ!」
「泣かないで、クロ……。私今幸せよ?」
膝の上で声をあげて泣いている我に構わず、彼女は尚も掌を切り続けている。その血の一滴が、涙のように我の耳の上に落ちてきた。
「……アマリリスよ、そんなに快くなりたいのか?ソレが一時だけだとしても」
「クロ、何か知ってるの?」
「……………仕方がない、我が案内してやろう。事と次第によっては、そなたが妬んでやまない連中を穢せる。どうする?行くのか?」
ソレを聞いた彼女は、今日見せた中でも一等不気味な笑顔を見せた。
ルナが少し前に入っていくのを見ただけとはいえ、この燈台には確かに人形だらけの部屋がある。扉の向こうから聞こえてきた、何かを叩きつけるような乾いた音と、荒く、泣いているようにさえ感じられる息遣い。ともすれば我の予想が真になるのかもしれない。小さな耳で捉えたソレは、アマリリスへの愛が齎したモノ、つまりは狂気と執着だった。余りにも大きく響く暴力の音は、ここから逃げ出すには充分過ぎる位で。嫌な水音は行き場のない想いそのものだったのだろう。音がなくなった部屋にあったのは美しかった筈の、人形達の亡骸だった。アマリリスが見たのなら、きっと声が枯れるまで泣き続けるだろう。我とて心優しい彼女にそんな光景は見せたくない。
今のアマリリスは普段からは考えられない程『ラフな』格好をしていて、髪は下ろしたままだった。黒にさえ見える藍色のドレスは白いフリルで縁取られ、愛らしさと淑やかさを感じる。スカートの下には真っ白なレースのペチコートを穿いていて、歩く度にチラリと見える。だが、服の下には包帯が巻かれていて、靴の類は何も履いていない。足の裏は硝子片を踏んだからか、血が滲んでいるというのに。彼女は細い腕でドアノブを回し、部屋の中へ入った。
見えない眼で彼女は何を見ているのか。何も言おうとはしない。我の眼には裸のまま壊された人形達と、空っぽのベッドだけが見える。シンプルだが上品なデザインのベッドには、皺の寄ったシーツだけがかかっていた。枕も布団もない。
「アマリリス………?何を………」
「可哀想にねぇ、あなた達はこれから私に壊されてただのガラクタになるのよぅ?……聞いてるのぅ?」
小さな掌には、今にも毟りそうな勢いで人形の髪が握られ、口元は歪んでいる。変わらず虚ろな眼で目の前を見つめ、引きずったかと思えば長い髪を持ち上げ、人形を床に叩きつけた。静かな部屋の中に、磁器が割れる音が響いていく。躰が壊れていくだけではない、硝子の目玉が砕け、四肢を繋いでいた針金や糸が剥き出しになっていく。首が外れ、あれ程美しかった髪は、少女の手の中で何の意味も成さない毛の束になった。踏んづけた破片が足の裏に食い込んでいるせいか、アマリリスの足はどんどん紅く染まっていく。ゆっくりとベッドに近づいていった後、右手と左足のパーツを拾い上げ、
「くすくすくす………。あーーっははははははははははははははは‼︎ほらほらぁ‼︎汚したげる‼︎お望み通りに!私の手で‼︎」
ベッドに座ると左足を脇に置き、
「…………素敵よ、あなた」
狂った笑みを浮かべながら、球体関節が剥き出しになった硬い掌を舐め回していく。シーツの上には紅い足跡がつき、じわじわと紅が滲んでいった。
「やめてくれ、アマリリス‼︎これ以上己の身を、心を傷つけないでくれ……‼︎我は、そなたの柔らかな掌が好きなのだ……」
我は涙ながらに訴える。だが、彼女には聞こえていないのか、狂ったように、一心不乱に舐め続けている。誰か、誰かコイツを止めてやってくれ。
見届けることしか出来ない歯痒さは、いつしか涙と怒りへ変わっていった。
「………そこまでしてそなたはありふれたモノに執着しているのか?」
「ありふれてなんかいないわよぅ?私がずっと喉から手が出る程欲しかったのに。手に入れられなかったんだもの。誰からも愛される、美しい躰が‼︎」
「蛆を這わせてまでありのままのそなたを愛した者でさえ目に入らぬというのか‼︎」
「………出来ればあのまま死なせてくれれば良かったのに、ねぇ‼︎どうして、どうして理想の姿を見てくれないのぉ⁈」
狂いながら、変わらず彼女は喚いている。今までと比べればある程度マシとさえいえるような喚き方だ。物言わぬ哀れな人形にぶつける感情は、最早形さえ成してはいないのかもしれない。
足音がこちらに向かってくる。死神の足音に気づくことなく、尚も彼女は人形のパーツを舐め回している。今度は足の裏だ。人形の手は既にシーツの上。嫌な濡れ方をしている。やはりというべきか未だに恍惚としているところを見ると、余韻が抜けてはいないのだろう。彼が部屋に入ってくるやいなや、我の中に怖れと感謝が芽生えた。相変わらず冷たい眼で広間を見廻しながら、ベッドの上にいる少女の姿を捉えると、
「……全て聞こえていたぞ。もう一度お前が望むのなら。いや、お前と交わることは俺が望んでいる。拒む権利はないと思え……!くすくすくす………。お前を生かしてやったのは何故だか分かるか?」
「………そんなの、知らないよぅ‼︎早く、早く私を殺してよぅ‼︎殺せるんでしょう⁈あのお人形さん達みたいに!壊せるんでしょう⁈お願い、お願いだから……」
「……全く、困ったお人形ドールだ。また刻み込んでやろうか?痛みも、快楽も、この想いも。これは躾じゃないからな、たっぷり可愛がってやる……」
「やだよぅ、早く殺してぇ‼︎」
「何があっても絶対にお前を殺すものか。お前の心の奥底で燻っている願いを叶えてやろうかと思ってなぁ。俺が生きている限りお前は絶対に死なせない。死なせてやるものか。『醜い』ままの躰も、その紅い眼も、絹のような髪も、可愛らしい心も、全部俺のモノにしてやる。勿論、お前の名前も、だ。なぁ、アマリリス……。お前に俺は殺せないからな?だからお前はこれからも苦しみ続ける……。その時俺は必ず傍にいるから。幾ら泣こうが喚こうが、俺の想いが消えない限り……。くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくす、あーっははははははははははははははははははははは‼︎」
レナータちゃんとこゆきちゃん、どっち派?
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レナータちゃん
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こゆきちゃん