bloody camellia   作:ぽわぽわもっちー

31 / 41
事故で消沈していたせいで遅れてしまいました
申し訳ありません


二十三話 Caradbolg

 ドアを開けてやってくる者の殆どはならず者で、客は貧しい者や殺し屋、人買いなどが多かった。それでも大抵はディナーの時間になっても客席には二、三人しかいないが。この定食屋(ダイナー)には、陽当たりのいい世界を追われた連中ばかりが来て、オイラ達も実際そうした客を受け入れている。一度、店の中で銃を乱射した客が来た時には流石に命が危ない、と本気で思ったが、そうした客に当たることはそうそうない。決してこの定食屋が格調高いレストランではないという事実は、店長の姿が明らかに堅気ではないのを見れば理解できるだろう。そんなこの店に電話のベルが鳴り響いた。本来ならば鳴ってはいけないその音の中身は一体何なのだろう、と思いながら店長についていくと、彼にしては珍しく媚びるような声で話していた。恐れている、機嫌を取っている、とも云える。電話の向こうの相手が何者なのかは分からないが、少なくとも店長が怯えるような人物であることは明らかだった。彼よりも力強いか、それとも相当な権力者か。この時のオイラには分からなかった。

 

 

 

 数分後、店で一番居心地の良い席には『予約席』とお堅いフォントで記された黒いプレートが置かれた。所謂ボックス席というやつだが、詰めてしまえば六人は何とか座れるそこを、普段から使う客は少ない。窓際の、お手洗いの近くにあるものの、カウンターや他のテーブル席とは離れている。その上、入口からは最も遠い。だが、そんな席を店長でさえ媚を売らなければならないような奴が利用するのだ。楽しいお祭りのようなワクワクと、どんな奴が来るのだろう、という緊張感。オイラの頭の中は今のところその二つで占められていた。

 

 

 

 そもそもの話、この定食屋は味も見た目もごく普通の大衆食堂で、貧しい者でさえ常連になるくらい値段も安い。外観も、けばけばしいネオンサインで『アルデバラン』と滑らかなアルファベットで書かれた看板、と全く金持ちに配慮していない。ジュークボックスから流れてくる音楽はハードロックや湿っぽいメタルが中心で、居心地が悪い筈なのにそれでもやってくる物好きは確かにいる。オイラ達が予想もつかなかった事実を突きつけられるのに、それ程時間はかからなかった。

 

 

 

 まずいことになってしまった。電話の向こうの声を聞いてからというもの『トンカツ』という言葉が頭を離れない。一度は断ろうとしたが、悪い癖が出てしまって結局断れなかった。この店では決して出さない料理を平気で頼める辺り、彼はマトモな神経をしていない。訳を恐る恐る聞いてみると、こちらが思わず呆れ返るような答えが飛んでくる。仕方なく俺はパン粉だけを買いに行ってくることにした。本当なら揚げ油も小麦粉も一級品で揃えたかったのだが、もはや間に合わないことは明白だ。幸い、小麦粉、油、卵、豚肉はある。が、油以外は高級どころか貧しいこの町でも手に入れられてしまう程安い代物だ。戸棚の中に菜種、胡麻、オリーブ、椿とある中で選んだのは椿油。本来ならトンカツという庶民的な食べ物に使うべきモノではないが、『彼』の頼みだから仕方がない。別に高いモノを作れと言われた訳ではないのだが。ただでさえ冷酷な性格をしていて、その上溺愛している小さな少女に何かあれば、最悪機嫌を損ねて発砲されるだろうことは想像に難くない。ほんの少しでもソレを回避しようと思い、俺は買い出しの道中でさえ焦っていた。ソレ程遠くはないとはいえ、歩きで行っているので重い荷物は持てない。だが、急がなければ間に合わないのも確かだ。小さなスーパーマーケットの一角で何とかパン粉を見つけて買った後、走って店へと駆けていく。ポケットから懐中時計を取り出して見ると、後十分で予約席が埋まってしまう。全速力で見慣れた扉と看板を目指して走り、時計の針があと一分程を指したところで漸く着いた。吐く息は緊張混じりなせいか、どことなく荒く感じられる。例え靴が擦り切れていたとしても気にする余裕もない。扉に凭れ掛かるのがやっとだ。

 

 

 

 店に戻ってからも安心は出来ない。遠目から見てみると、既に予約席が埋まっているからだ。その他にも客がいるテーブルはあるものの、今のところドリンクのカップしか置かれていない。嫌でも入口から程近い席にいる緑色のギョロ目ナメクジが目に入ってしまうが、それだけならまだ良かった。彼は貧しいながらも、よくこの店にチーズバーガーを食べに来るだけであり、食べ終えたらさっさと帰ってしまうのだ。そんな彼がのんびりとミルク入りのコーヒーを飲んでいる。表に出してはいないが、きっと内心では怒っているに違いない。予約席へ注文を取りに行っている少女を尻目に、俺は疲れた身体に鞭打って厨房へと向かう。丸っこい字で伝票に書かれているものは予想通り、チーズバーガーだけだった。

 

 

 

 数分後、新たに置かれた伝票にはトンカツ、鮭のバター焼き、本日のスープ、炒飯、ビーフステーキと書かれていた。見事にバラバラな上に、前二つはライス付きとの但し書きがある。スープはストックが切れている訳ではないのですぐに出せるが、メインディッシュのいくつかはメニューにない上、焼き時間の問題もあり、すぐには出来ないだろうことが明白だ。この店はオープンキッチンだが、窓際のボックス席はカウンターから見事に離れているので調理の過程を見せることは出来ない。厨房へ戻ってきたチビ共が冷蔵庫からパン粉や卵などを用意している間に、俺は自分の顔が映りそうなくらいに磨かれた黒い大鍋を取り出し、その中に油をドボドボと注ぐ。食べるのはあの薄水色の髪をした少女だから、きっと庶民にとってのご馳走くらいでは物足りなく思うだろう。だからこそ肥えた彼女の舌に合うトンカツを作りたい。長いこと開けていなかった、高い椿油の効力が漸く発揮される。付け合わせのキャベツは無農薬。彼女は身体が弱いというから、アレルギーが無くても細心の注意を払っておきたい。俺はチビ龍にキャベツの千切りを任せ、少女には給仕の一切を任せる。そして俺は調理に集中できる。それだけで安心出来た。

 

 

 

 ボウルに卵を割り入れ、調理を開始する。その中に小麦粉を入れ、菜箸で混ぜる作業でさえも俺は大道芸のようにこなせるが、チビ共はこの店に来てから数ヶ月程しか経ってないということもあり、仕込みの一つさえ満足には出来ない。一応、衣は何とかつけ終えたので次は油で揚げる。鍋の中にクリーム色の塊を入れた瞬間、じゅわっとソイツが弾け、零れ落ちた衣の欠片はサクサクの衣になった。

 

 

 

 トンカツはたったの数分で狐色に揚がっていた。周りには肉と衣が織りなす調和の取れたいい匂いが漂っている。黄金色の油は細々(こまごま)とした衣の欠片で汚れてしまったが、美しい輝きを残したままだ。ソイツは後でオイルポットに入れるとしよう。出来上がったトンカツをトングで優しく掴み、雑に太く切られた千切りの上に乗せる。ソースは客席にはないのでセットにして持っていく。これといって何の特徴もないモノだが、味は折り紙付きだ。

「さあ、お嬢さん。ご所望のトンカツでごぜえます。熱いうちに召し上がってくだせえ」

座り心地の良さそうなソファーに腰掛ける小さな少女にトンカツを差し出すと、彼女は、

「………ん」

ソースをかけてからナイフをゆっくりとカツに入れていく。音を一切立てていない上品な所作は、ある意味でこちらを不安にさせていく。一口大に切ったソレを口に運び、噛みちぎった時の顔は、あの不気味な顔からは想像出来ないような小さな驚きの後に微笑みが続くというものだった。ごく自然に口が下向きの三日月の形に歪んでいる。嬉しそうにしていることは理解出来るが、やはり気味が悪い。紺色の、夜空を思わせる艶やかな袖から覗く、細く白い手がドレッシングのボトルに伸びていき、キャベツの上に胡麻ドレッシングをかけていく。切られたトンカツはあと半分。ライスは三分の一しか残っていない。その事実にただホッとするばかりだった。

 

 

「あいよ、お会計」

「ありがとうございましたぁ〜」

厨房の入口に汚れた食器が並ぶ頃、遠くの席で呼び鈴が鳴った。チビ龍は愛想良くナメクジの会計をしていて、ジャネットは並べられた食器を洗っているので俺が行くことになった。薄汚いナメクジが帰って行ったので、今の時点ではあのボックス席以外には客がいないことになる。早く行かなければ鉛の弾丸が撃ち込まれることだろう。

「遅えぞ……」

「申し訳ありやせん!して、ご用件は?」

「………潮凪の、ありか」

今度は薄水色の長い髪を二つにまとめた少女が口を開いた。その手前には小さな茶色い兎がいて、彼女と向かい合うようにして銀髪を後ろに束ねた少女と、白い妖精が座っている。二人とも以前見かけた時とは服装が違う。水色の彼女が淑やかな紺色のドレスを着ているのに対して、銀色の彼女はセーラーカラーのブラウスの上に黒いデニムのジャケットを羽織っていて、黒いハイウエストのミニスカートを穿いていた。見事なまでに対照的だ。彼女ならまだしも、天下の魔王様と小さな兎に挟まれて座るぼんやりした水色の彼女が武器を欲しがるなど今でも信じられない。だが、大切な人を護る為の力なら間違っているとはいえない筈だ。

「そういやそうでしたね。アレがどこにあるのか漸く判りやした」

「………そうなの?」

「……その情報は信用できるのだろうな?我は未だに下賤な者を信じられぬ」

「滅相もない!俺自身、這う這うの体で持ち帰ってきた情報ですよ⁈」

「……どこにあるの?」

「蛇神がいるという滝の洞窟です。フィニアの反対側の果て、ここ幽世への通り道に程近い廃墟のすぐ近くにありやす。中は綺麗な水晶以外何もありやせんが、くれぐれもお気をつけくだせえ」

ソレを聞いた瞬間、何故だか小さな兎が考え込み始めた。表情は険しく、それでいて今にも泣きそうな顔をしている。

「………我は、蛇神の正体を知っている」

その言葉を聞いた全員が驚き、目を見開いている。叫んだ者もいるということはそれだけ衝撃的な事実だったのだろう。

「まだ力をなくす前の我は、彼とも顔見知りだった。深い仲ではなくとも、多少気にかける程度の間柄だが……」

「………どうしてクロはそんなにもふもふしてて可愛いの?ボクだけの為にもふもふになってくれてるの?」

「ある時、神域に盗人が入った。それに気が付かず、取り逃してしまったからだ。戻った時には遅く、宝剣が盗まれていた。罰として力を奪われ、ルナに拾われるまで宛てもなく彷徨うことになったのだ。下手をすれば命が無かったかもしれぬ。恐らく、今彼と見(まみ)えたら我は『裏切り者』として扱われるだろうな」

表情一つ変えずに目の前の兎は話し終えた。

「……そう、だったのか」

銀の少女のオリーブ色の眼が、憐れむように兎の方を見ている。が、前髪の隙間から見えている藍色の眼は冷たく、何も映していないように感じられた。嫌でも解ってしまう。刻まれた逆十字が表すように、もう彼女はただの少女ではない。いや、ヒトという弱い生き物でさえなくなっている。にも拘らず、オリーブ色の眼はヒトとして振る舞おうと足掻き続けている。

 

 

 

 バイクのエンジン音が消え去り、誰かがローラーブレードの音を響かせながらこちらへやって来る。音のした方を見ると、元気に桃色の振袖を揺らし、テーブルを拭いているジャネットがそこにいた。円い壁掛け時計が指すのは午後九時半。いつもなら彼はオイラ達を容赦なく怒鳴りつけてくるのに、何故か今日はオイラ達にも分かるくらい疲れているように見える。少女はリボンで結ばれたポニーテールを揺らしながら、十分程かけてテーブルを全て拭き終えたようだった。

「キロンさぁん、アルコルさんどうしたんですかぁ?」

「……オイラにも分かんねえよ。でも、あの電話の後から焦ってたぜ?多分、お偉方が来たんで参ってんじゃねぇのか?」

「信じらんないですぅ!そんな人来ましたかぁ?」

「あの黒いのがそうじゃねぇの?オイラ知らねぇけど」

 

 

 

 店長は何故だかカウンター席に座っていた。傍らには小さな氷が沢山入ったお冷のグラスがある。少し時間が経っているのか、グラスには水滴がびっしり付いていた。横顔を見たオイラは心配になって、

「店長〜、大丈夫ッスか〜?」

「……ほっといてくれ」

余程疲れているのか、内側から絞り出すような声で彼は言う。ジャネットは既に次の仕事である、調味料の補充に移っている。少なくとも二、三席くらいはソースなどの補充を終わらせているようだった。彼女には敵わないな、と思いながら溜息を吐くオイラをよそに、入口のドアが開いた。

レナータちゃんとこゆきちゃん、どっち派?

  • レナータちゃん
  • こゆきちゃん
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。