bloody camellia   作:ぽわぽわもっちー

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幕間8 わが﨟たし悪の華

◇ルナ

 

 床に落ちた茶色の小ビンを拾うと同時に、俺の眼は熱くなっていく。医務室の中は薄暗くて分かりにくいが、白い錠剤がいくつもこぼれ落ちていた。中身は残り少ないようだが、ビン自体は真新しい。底の方にはヒビが入っていて、フタは少し離れたところに落ちていた。何も飾られていない、さっぱりとしたベッドの上ですやすやと寝息を立てながら眠っている、小さな少女を見た俺は今とても安心している。彼女は薬を毒に変えて死のうとしたのか、今はぬいぐるみを抱きしめる力さえない。腕には点滴を付けたままで、寝返り一つ打とうとはしない。苦しそうに呻くだけで口を開こうとはしない。おでこの辺りからは汗が見える。ティッシュでソレを拭いてやりながら、

「なあ、アマリリス。傍にいる奴に縋ろうとは思わないのか?」

虚ろな問いが暗闇に木霊こだまする。首輪についた鎖を外してやり、床に投げつける。お前を守る為のソレが、いつの間にか縛りつけるモノになってしまっていた。だが、ソレを知るには余りにも遅過ぎたのかもしれない。俺は腕に抱えている獺(かわうその)ぬいぐるみを、アマリリスが眠っている布団の中に忍ばせた。焦茶色の可愛らしい、イタチか何かにも似たソイツはくったりと寝そべっている。つぶらな瞳で少女を見つめているが、目を覚ました彼女は喜んでくれるのだろうか。表の『ボクちゃん』と同一視している俺がこう思うのもなんだが。

 

 

 

 

 今から二、三時間程前のこと。いつものように俺は彼女の食事を用意しようと一階の倉庫へ向かっていた。味気ない粥ばかり食わせて申し訳ないと思ったのもあり、粥だけでなく黄桃の缶詰も棚から取り出す。電灯の光一つない中、錆びた缶切りで封を開けてやり、そこにスプーンを差し込む。ありきたりで使いやすい金属のものではなく、木のスプーンで先は割れていない。八つ当たりで折られる可能性も鑑みて、二、三本予備を持っていくことにした。熱いレトルトの卵とじ粥を器に盛り付け終え、俺は薄暗い倉庫を後にした。やはり、廊下には誰もいない。部屋数は無駄に多いのに、この燈台には三人しかいない。小さなクロは今日一度も見かけていないが、どこにいるのだろうか。彼女がいないと、アマリリスはまた死のうとする。俺が幾らあやしても、綺麗なドレスを着せてやっても。更にはぬいぐるみを贈ったとしても、彼女は俺と目を合わせようとはしない。泣いてばかりだ。

 

 

 

 

 古く、崩れそうな位に手入れが行き届いていない木の廊下をゆっくりと歩いていく。ギシギシと床板が音を立てていながらも、窓の向こうから風が吹いてくる、ということはない。閉じたこの世界には隙間が一つもないからだ。雁字搦めに絡まり、その実は細い糸で一片の隙もなく組まれた繭のように、彼女は誰も彼もを拒んでいる。だが、その糸は完璧とは言い難いし、現に俺達二人は入り込めている。諦めたくないからどうにかして入り込んでいるのだ。動かすことさえままならないその身を、包帯で包まれた細い四肢を、温もりを感じられる限り俺は抱きしめ続けるだろう。

 

 

 

 

 古びた昇降機(エレベーター)の前に辿り着き、中へと入る。ベルやチャイムの音は鳴らないし、階層を知らせるランプもない原始的なものだ。上に行く時はレバーを上いっぱいに下げることで動き出し、目的の階まで運んでくれる。中は変わらず薄暗いし、一人か二人しか入らない程狭い。扉が閉まると同時に歯車が動き出し、上へと進んでいった。

 

 

 

 

 三階には部屋が一つしかない。突き当たりに唯一ある狭い病室。そこで愛おしいお人形(ドール)が腹を空かせて待っている筈だ。ギシギシと音を立てて軋む廊下を歩き、三回扉をノックする。音は穏やかで消え入りそうだった。暫しの沈黙の後、古びた木の、小さな窓が付いている以外はありふれた扉のノブを回すと、案の定そこには今も耐え難いくらいの痛みに苦しみ続ける少女がいた。温かい布団の中で、白いアザラシのぬいぐるみをキツく抱きしめながら、枕を涙で濡らしている。その一方で、ティラノサウルスやウーパールーパーのぬいぐるみには触れていないようだ。少し寂しさを覚えつつ、狭いベッドへと近づいていく。

「アマリリス、起きろ」

「……来ないでよ」

「飯の時間だ。お前が好きな桃缶も持ってきた」

「お腹、空いてないのに……」

「……目が泳いでるぞ?」

それを聞いた彼女は諦めたのか、アザラシのぬいぐるみをベッドに置き、俺を傍に座らせた。

 

 

 

 変わらない。小さな口で粥をちびちび食べるところも。デザートの桃を啄むようにして食べるところも。心なしかほんの少しだけほんの少し食べる速さが上がったように感じる。その成長に戸惑いながらも、俺は嬉しく思っていた。真っ赤な片眼からは涙が止めどなく流れている。そんな彼女の髪を撫でるが、笑顔を見せることはない。スプーンの上の桃を一欠片ずつ口にする少女を見ているだけで、笑みと涙が両方とも零れそうになる。

「……美味いか?」

「……うん」

俯きながらも、アマリリスは呟いた。

 

 

 

 ペットボトルの水を少しだけ飲ませてやった後、彼女はまた眠ってしまった。最近は俺を以前に増して突き放すようになり、自傷は減るどころかどんどん酷くなっていく。あの後は太く大きな腕で何度も抱きしめたし、何回もあやしてやった。綺麗なドレスや髪留めも贈ったが、臆病な態度が変わることはない。いつかは添い寝くらいしたいと思っていたのに。アマリリス、お前はいつまで逃げ続けるつもりなんだ?変わるつもりはないのか?せめて己の身体を傷つけないで欲しい。鋏で刺すのは俺の身体だけにしてくれ。俺には幾らでも怒りの矛先を向けて構わない。その時はお前に笑顔を刻みつけてやる。どんなに傷が深くても俺が死ぬことはない。もしお前に殺されたとしても、俺はにっこり笑いながら涙を流しているかもしれない。それどころか固まりつつある手で頬を撫でてさえいるかもしれない。消える前に手を握ってさえくれたらそれでいい。だが、その想いは狂気となり、俺は狼かハイエナのように小さな少女の身体を貪ってしまった。俺の想いは零れ落ちていき、彼女の心を再び閉ざしてしまったのだ。

 

 

 

 黒い首輪の先の金具からは銀色の細い鎖が伸びているが、今日のアマリリスは黒いドレスを着ている。貴族の女の普段着のように、様々なサイズのフリルが付き、袖や腰回りがゆったりとしたそれは、ひょっとしたら床に裾を引きずりそうなくらいに長かった。包帯が巻かれた足が足が隠れるくらいには長いから、きっと彼女も気にいるだろう。だが、姿見の前に立たせてやっても彼女はぼんやりしているだけ。幾ら褒めちぎっても何一つ返してくれない。それどころか寒くもないのに震えている。

「……どうして、こんなことするの?」

「……俺が、お前にドレスを贈るのはおかしいことか?」

「………こんな私なんかに構って良いことなんてないでしょう⁈」

「俺がそんなに嫌なのか⁈所詮俺はお前にとってその程度だったのか。やっと一つになれたのに……。どうして喜ばないんだ?」

「無理よ……。お嫁に行けなくなったし、とても苦しかったの……」

「……苦しかった⁈俺の想いも知らない癖に、か⁈」

「……ち、違うの」

「何がどう違うんだ‼︎答えろ‼︎」

「………」

いつの間にか語気が強くなっていた。少女の眼からは涙が溢れている。俺は鎖を引っ張り、

「表のお前は幼過ぎて分からんだろうが、俺は知っている。アマリリス、お前はなんていやらしいんだ!普段はあんなに大人しいお人形が腰を振りながら俺に抱かれる……。『ボクちゃん』が見たらどうなるだろうなぁ?いや、俺は躰だけでも『ボクちゃん』を女にして見せたんだ‼︎いつかお前の母乳を味わってみたい……。『ボクちゃん』、お前はメス豚なんだ。お前みたいな奴は俺がいなきゃ生きられないさ……」

「な、何言ってるの……?私は『ボクちゃん』じゃないのに……」

「躰は『ボクちゃん』だろう?なぁ、素直になれ、『ボクちゃん』……」

「嫌っ、嫌ぁ‼︎」

 

 

 

 ◇クロ

 

 黒いドレスの少女が医務室のベッドに座って何かをぼんやりと見つめている。視線の先には茶色の小ビンがあった。見覚えのある文字が我の眼に飛び込んでくる。風邪薬と書かれたソレを回して見ると、大量の錠剤が入っているではないか。その隣には小さなペットボトルもあった。彼女は啜り泣きながら震えている。だが、我にはそんな彼女の髪や背を撫でてやれる程立派な手は無い。また、あの時と同じように頬を舌で舐めてやりながら、我は問う。

「刃を己に向けようとさえせぬとは……。何があったのだ?」

「……これなら死ねるかなって。ルナが私を赦してくれないから。独りでいさせてくれないから。やっと死ねるよ、クロ」

アマリリスは涙を流しながらうっとりと薬ビンを見つめ、少しするとソレに手を伸ばした。ゆっくりとフタを回し開け、ソレに口をつける。一気に飲み終えた後、今度は背の低いペットボトルを開けた。よく見ると右掌は血が滲み、吐く息も徐々に苦しみを帯びていくが、自殺を止める気配はない。

「何をしている……」

言い終わる間もなく、アマリリスはその場に倒れ込んだ。座っていたのがベッドの上だったのが不幸中の幸いだろうか。苦しそうに呻き、口から涎を垂らしている。かろうじて動くであろう右手で胸の辺りを抑えているが、小刻みに吐く息が却って苦しみを訴えているようにしか見えない。今にも胃の中のモノを吐き出しそうだが、ギリギリのところでなんとか堪えている。細く幼い四肢は寒気がした時以上の震え方をしていて、電池で動くおもちゃの人形に、必要以上の電流が流された時のようにさえ見えた。そのうち彼女は目を閉じ、声をあげようともしなくなった。閉じられた瞼からは一筋の涙が頬を伝って溢れていく。

 

 

 

 急いで我は扉を開け、彼(ルナ)に助けを求めようと廊下に出る。いつの間にか頬の辺りが熱くなっていき、叫びにも似た己の声が我の喉を焦がしていく。小さな身には過ぎた声。廊下を彷徨う我は、必死に叫び続けた。その訴えは近くにいたルナの耳に届き、

「……どうした?クロ」

「アマリリスが……‼︎倒れておるのだ‼︎」

「また死のうとしたのか‼︎今どこにいるんだ⁈」

それを聞くと彼はすぐに扉を蹴って開け、息を切らしながら小さな躰をそっと抱きしめる。獺(かわうそ)のぬいぐるみを机に置くと、涙ぐみながら髪を撫でた。そして、耳元でこう囁いた。

「……アマリリス、すまなかった。怖かっただろう?でも、刻み込みたかったんだ……。お前が可愛くて仕方ないからな。ほら、お前の新しいお友達だ……」

ぬいぐるみを布団の中に忍ばせてやると、細い腕を優しく握った。

 

 

 

◇ルナ

 

 小さな少女が目を覚ますのを待つ俺は、表の少女のことばかり考えていた。だが、この小さな躰は本来ならアマリリス一人のものだ。『ボクちゃん』ことレナータは、表に出られない彼女の代わりに生まれてきた人格だ。理解はしている。だが、躰だけでも欲しかったのだ。

「お前に刻んでやりたかったんだ、この想いを。可愛いアマリリス……。お前だけは死なせないからな?」

机の前の椅子に座りながら、俺は呟いていた。薬ビンをぼんやり見つめながら、俺はあの時の恍惚に浸り続けている。眠る彼女の頬にキスを贈り、

「また可愛がってやるからな……。お前の命が続く限り」

 

 

レナータちゃんとこゆきちゃん、どっち派?

  • レナータちゃん
  • こゆきちゃん
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