bloody camellia   作:ぽわぽわもっちー

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第三十話 howling

◇オーガモン

 

 物心ついた時からずっと、俺は金が欲しいと思っていた。うんと小さな頃からそう思って生きてきた。今日のパンも腹いっぱい食べられないような暮らしを、生まれた時から続けていたのもあるだろう。放り出されるようにしてこの掃き溜めで生きてきたからこそ、いつかいい暮らしがしたいと思っていた。だが、日陰のボロ小屋で暮らす奴にそんなチャンスがないと悟った時、俺は涙が枯れるまで泣き、一つの選択をした。

 

 

 

 

 吹き溜まりの街には儲け話一つ、転がってはいない。あるのは泥に塗れたガラクタと、人間の骸だけ。粗末な茣蓙(ござ)をめくってみれば、寄り添うようにして力尽きた子供達の亡骸が見える。皆、酷く傷ついているが腐り落ちてはいない。痩せ細っている子供もいるから、ソレで命を落としたのだろう。通行人は愚か、同じ人間の大人でさえ憐れみ、弔う者はいない。このドゥーレンの街ではありふれた光景だった。いつも通りといっても良いだろう。

 

 

 

 

 俺達はこの街で店に押し入り、レジの中にある金を奪い取ることで生計を立てている。マトモに商店や飯炊きなんかの仕事をしても、報われることはないに等しい。住人の八割が貧しく、屋根のある家でさえ暮らせないこの街では、強盗か娼婦くらいしか大金を得る手段がない。裏の世界の話や噂など一つも知らないが、この街にも首領(ドン)はちゃんといて、下手に逆らったり、縄張りを荒らせば目をつけられる。こうした治安の乱れは警察もかなり手を焼いていて、噂ではストレスから毎年何人もの警官が自殺をしていると聞く。

 

 

 

 

 

 一度、警官が首を括ったという木を見たことがあるが、ソレは小さな駄菓子屋の近くの街路樹にぶら下がっていた。まだその骸は真新しく、肌が瑞々しく見えた。だが、所詮は屍。何匹もの蝿が集り、嫌な臭いが鼻をつく。少ししてから風が吹き、枝が軋む。殆ど葉を付けていない裸の木にとっては、刺すように厳しく冷たい風だった。

 

 

 

 

 

 空に一番星が顔を出し、雲間から三日月が現れた。ネオン街にぽつぽつと光が灯り、まやかしの光で満たされていく。人間の女がいる店ばかりが立ち並ぶ歓楽街はとても眩しく、俺達にとっては高嶺の花だった。派手な光に隠れて見えないが、そこには黒いゴミ袋や、朽ちかけて穴が開いたゴミ箱、誰かが隙間に吐いた澱が確かにある。俺達は少しだけ時間を潰そうと、手頃な娼館へやってきた。汚いズダ袋の中には少ない金しか入っていない。人買いや人攫いなどでもすれば今より贅沢が出来るのだろうが、こんな調子が続くなら、美女達と酒を飲んでから床入りをするなど夢のまた夢だ。周りには高い酒場や娼館の看板が見える。安っぽい光がその奥にある毒を覆い隠し、俺達に一時だけの夢を見せようと誘(いざな)っている。足早にそこを通り過ぎ、俺達は見た目だけは小綺麗な店にやってきた。

 

 

 

 

「いらっしゃーい。今日はどうしたの?」

扉を開けた先で出迎えた女は、品のない真っ赤な唇をこちらに見せつけて来た。大根のような太さの脚に、大して似合いもしないドレス。腹は三段くらいに醜く肥え、そのだらしなさに見合った胸が、薄い布から溢れ落ちそうになっている。紫紺のイブニングドレスと黒いエナメルのパンプスが、目を背けたくなるくらい似合わない。

「いい子ばかりよ!今日はどの子にする?スリムな子もいるのよ」

「あ、いや……。今はいいっス……」

「酒、ください……。あと、つまみも少々……」

「はぁい!どうぞ」

女はそう言って、メニュー表を差し出した。

 

 

 

 

 

 当然というべきか、ジョッキと生ビールのビン、つまみの入った小皿が彼女の手で運ばれて来た後、ソファの真ん中に大きな身体が収まった。俺達の日々の疲れを癒そうとして話しかけてくれるのだろうが、間違いなく仇になっている。その上容赦なく肩を叩くわ、一緒になってもらい泣きするわで地獄のような時間だった。

 

 

 

 

 

 つまみの量は少なく、一人分が小皿ひとつ分しかない。スモークサーモンの切れ端とさやから出た枝豆が俺達の目の前にあるのだ。注がれたビールはもう半分くらいまで減っている。にもかかわらず、人間の女は厚かましくも朗らかに話しかけるのだ。本人としてはサービスのつもりでも、こちらは冷や汗をかきまくっている。顔を近づけられるだけで吐きそうになり、声を聞かされるだけで顔面蒼白になる。早くこの店から出たい。連れもそう思っていたことだろう。

 

 

 

 

 全てのつまみと、酒を飲み終えた俺達は、提示された金額を見て目を丸くした。二人分とはいえ、ビール二杯にしてはとんでもない値段だ。通常よりもゼロがひとつ多い。つまみはおまけ程度にしか見えていなかったのか、相応の値段だったのだが。俺達は急な用事を言い訳に、金を払わずに逃げ、歓楽街の外に出た。路地裏に来た時、俺の胃が急に悪くなり始め、遂には吐いてしまった。酒の所為ではない。あの女の顔を思い出したのだ。連れに肩を借り、表通りに出るが、その時にはもう、俺の頭は使い物にならなくなっていた。連れが一生懸命に俺の名を呼んでいるが、ソレに応えられそうにはない。そのまま俺は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 三十分は経っただろうか。俺は目を覚ました。相棒が片方しかない瞳を潤ませながらこちらを見つめている。

「俺、寝てた?」

「お前、もう二度と起きねぇと思ったぜ……」

「あはは!悪い悪い。まあ良いや、そろそろあの店に行くぞ」

「昼間に強盗しに行ったあのコンビニか。今ならレジにいっぱい貯まってんだろうな」

「閉まってたらどうするよ?」

「鍵こじ開けてでも奪うぜ‼︎」

俺達は小さな店に向かって走っていった。

 

 

 

 

 

 今から数時間前のこと。俺達はとあるコンビニへ強盗をしに行っていた。商店のように小さく、警備も手薄とくれば狙い易いからだ。開店して三時間しか経っていなかったというのもあり、また六時半以降に来てくれと店主からは断られてしまった。その間にガラクタしか売ってないような店で強盗を済ませておいたり、あの女の店で飲んでいたのだが、ソレが仇となってしまう。約束の時間からもう一時間以上経っていたのだ。どうしよう、と焦りつつ通りの方を見遣ると、やけに身なりのいい小さな女の子がいた。

 

 

 

 

 

 他の街からやって来たのだろうか。眼は血のように紅く、それでいてルビーのように妖しく輝いている。持ち主に不幸を齎すダイヤモンドのように美しく、魅入られてしまったせいか、数秒くらい身体が痺れたように動かなくなっていた。水色の長い髪を二つに結え、その上には黒い帽子を被り、紺色のケープを羽織っている。下には仕立ての良さそうな黒いドレスを着て、つるりと輝く紺のパンプスを履いていた。ブランドものだろうか。強盗が出来ずとも、これらを剥ぐだけでも一儲け出来るかもしれない。それか、この子を娼館か見世物小屋に売り飛ばしてしまえばいい。紅い眼の子供は珍しいから、高値で買い取って貰えるだろう。そうすれば一生遊んで暮らせる額が簡単に手に入る。

 

 

 

 

 

 早速、俺は彼女に近づいた。少女はぼんやりとした眼でこちらを見つめ、

「……だぁれ?」

「む……!賊だ、気をつけろ!レナータ」

少女は小さな兎のような動物を抱っこしていたが、兎の方は俺のことを射抜かんばかりの眼差しを向けている。おもちゃ屋のショーウィンドウに座っているぬいぐるみのような見た目なのにも拘らず、生意気を通り越して腹立たしい。だが、この二人は所詮ただの子供。俺の殴打に耐えられる筈もない。いざとなれば相棒に頼れば何とかなる、というのもあるだろう。この場に於いてどちらが有利なのかは火を見るよりも明らかだ。

「大人しくしろや‼︎」

「え?え?」

俺は戸惑い、泣きそうになっている少女の腕を後ろに縛ろうとすると、兎が体当たりをかましてきた。次いで冷気の弾をこちらに向けて飛ばしてくる。冬の寒さも相まって凍傷が出来そうなくらい冷たく、気づけば頼みの綱である棍棒が拳ごと凍りついていた。仕方なく素手で殴り掛かろうとすると、兎は拳が当たる寸前で見切った。啜り泣いている少女をよそに、兎は尚も立ち向かってくる。だが、その目線は俺に向けている訳ではない。更に後ろの方に誰かいるのだろうか。ほんの一瞬とはいえ、まるでアイコンタクトを取っているかのようだった。

 

 

 

 

 

 刹那、俺の耳元にガチャリという音が飛び込んできた。恐る恐る耳を見遣ると銃口が向けられている。真後ろに誰がいるのだろうか。振り向いてみると、目の前にいたのは身の丈三メートルはあろうかという黒ずくめの大男だった。小さな少女と殆ど同じような紅い眼をこちらに向け、憤怒と怨嗟に満ちた声でこう問うた。

「そのチビ共をどうするつもりだった?売り飛ばして金にでも変えようと思ったか?路地裏に連れ込んでヤるつもりだったか?どっちンしろ、テメェは俺に出くわしちまったのが運の尽きだ。連れも纏めて地獄行きだ‼︎」

叫びと共に、俺のこめかみには銃弾が撃ち込まれ、俺の意識は闇に呑まれた。直前に聞いたのは己自身の断末魔だけ。薄れゆく意識の中で見た彼の眼にはどろっとした何かが纏わりつき、静かに狂っているようだった。

 

 

 

 

◇クロ

 

 もう一人の賊を斃し終えたルナが、怯えているレナータの前にやってくる。弱々しくも我を優しく抱きかかえている彼女は泣き叫んだままだ。一瞬とはいえあれだけトラウマを抉られたのだから仕方のないことではあるだろう。

「……これで良かったんだろ?なあ、レナータ」

問われるや否や彼女は小さく頷いた。変わらず泣き続けてはいるが、それでも魔王の傍に駆け寄っていく。大きな腕で抱き寄せられ、漸く彼女は笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 レナータの眼は、あのならず者達を最初から捉えているようだった。恐らくは犯罪者なら最悪殺しても罪には問われないだろうと考えた上でカモにしたのだ。しかし、彼女には見落としているリスクがあった。一つはならず者達に攫われ、何処かに売り飛ばされるか身代金を求められること。もう一つは、ルナが発砲する可能性があること。結果としては、彼が助けに入ったことで辛うじて成功したと云える。が、我一人だけで対処出来なかったという事実は変わらない。発砲すればレナータは何度もトラウマを抉られるというのに。

 

 

 

 

 

 奪った金額は雀の涙程で、ルナからすれば酷く物足りないようだった。曰く、この金額では安宿以外泊まれないのだという。外は真っ暗で、おまけに小さな少女は腹を空かせている。これ以上ごろつきや荒くれに絡まれてはいけない。さっきの二の舞を演じることになるのはほぼ確実だろうし、手に入れた僅かばかりの路銀も奪われる。何より、今度こそレナータ一人だけで売り飛ばされるようなことがあれば、何が起こるかわからない。我が付いていればまだいいのだろうが。

 

 

 

 

 

まるで道場破りかカチコミのように、ルナは宿の扉を蹴り開けた。目の前には趣のカケラもない、古臭く、素っ気なさすら覚える受付がある。彼は宿の亭主の胸ぐらを掴み、無理矢理にでも泊めろと頼んでいた。

「おいっ‼︎泊めろ、泊めろってば‼︎クソ寒いのに外で凍え死ねってのか‼︎」

「あ、あの……‼︎お客様、落ち着いてください‼︎」

「さっさと部屋に案内しろやぁ‼︎」

「は、はい……」

背中を蹴り飛ばされた亭主は明らかに怯えていたが、ゆっくり歩きながら小さな少女と魔王を空いている部屋へ通そうと、先導を始めた。

 

 

 

 

 

 少し急な階段を上り、一番端の部屋へと我々は通された。ベッドも机も、更には扉まで古くて安っぽい。フリルやリボンで彩られたドレスに身を包んだお嬢様には似つかわしくない場所だ。食事も、バイクに積んであったビーフジャーキーと缶詰、そして水が入ったペットボトル。帽子とケープを脱いだレナータは疑問を抱くこともなく、ベッドの上でぼんやりと座っている。変わらず、我のことを細い腕で抱いたまま。目の前に何が置かれているのか分からないのだろうか。

「なぁに?これ………」

「……食事だ」

「手で?食べろって言うの……?」

そう言って少女は、ビーフジャーキーの一片をつまみ取る。口に運ぶなり、小さな口で半分に噛み切った。隣にある開けられた缶詰と、プラスチックの安っぽいスプーンには気づいていない。半分に千切られたジャーキーには胡椒がたっぷりとかかっている。辛かったのか、ペットボトルを開け、水をちびちびと飲み始めた。やはり、あの時のような笑顔はない。 

 

 

 

 

 

 ルナはジャーキーを野良犬のように噛みちぎっている。その顔は悔しさで塗り潰され、何処か哀愁さえ感じさせた。本来なら、カモから大金をせしめた上でレナータに合う宿に泊まろうと思ったのだろう。迂闊に話しかけたら舌打ちをされ、撃ち殺される。それくらいの危うさがあった。

 

 

 

 

 缶詰の中身は果物でさえないことは明白だった。三角に切られたこんにゃくと味付き卵、がんもどきや半円に切られた大根が入っている。レナータは物珍しそうに缶の中身を覗き込み、がんもどきをスプーンで半分に切って口にした。ソレを目にした我も、自分のジャーキーを食べる。噛んだはいいが、やはり辛い。だが、中々悪くはない味だ。そのまま缶を開け、大根をスプーンで半分に切ると、出汁の味が舌に優しく染み込んでいった。

 

 

 

 

レナータちゃんとこゆきちゃん、どっち派?

  • レナータちゃん
  • こゆきちゃん
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