bloody camellia   作:ぽわぽわもっちー

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第四話:エピクロスの虹はもう見えない

 

 白い包帯野郎ことユゥリは、結局俺の手で雇われることとなった。無論、契約書にサインをさせた上での契約だから責められる筋合いはない。日々の家事は、同居人がいるとはいえ大変で、自分の時間が中々取れなかった。趣味のツーリングに時間を割けるかと思えば、それさえ出来ないこともあった。もう自分で料理をしなくて済むのだ。それに、屋敷の掃除は一人で終えるには骨が折れるし、彼がいれば自分たちが留守の時には家を守るよう言いつけることも出来る。だが、「何でお前がここにいるんだよ」

「俺だって呑みたいんだ、いいだろ?たまには」

 あろうことか、ユゥリは真っ昼間から喫茶店に着いてきたのだ。客の姿はまばらで、カウンター席には俺たち四人しかいない。クロとレナータは出されたミックスサンドをちびちびと食べている。サンドイッチにしてはゆで卵の量が少し多い気もするが、少女たちは嬉しそうに食べていた。卵以外にも、そのサンドイッチには薄くスライスされたベーコンやチェダーチーズ、みずみずしいレタスに輪切りのトマトが挟まれている。チビ二人の傍らにはミネストローネが入ったカップがあり、クロはスプーンで掬って食べようとするも、一口大の人参を口に運んだ瞬間、ベロを火傷してしまったのかアイスティーを口にした。アイスティーのグラスには砂糖を入れたのか、ティースプーンが入ったままになっていた。

 用を足し終わった後、席に戻ろうと辺りを見回す。太陽が既に西へ傾き初めている時間帯だからか、空席が殆どで、客がいたとしても教科書やノート、ドリルを広げて勉強している学生デジモンくらいしかいなかった。隣同士で教え合っている様はなんとも微笑ましいものだが、教科書の内容までは分からない。少なくともカラフルな図形が書かれていることだけは分かるのだが。ノートには沢山の下手くそな文字と、数字と記号の羅列が書かれているが、隅にこれまた下手くそな落書きがあった。開けっぱなしの缶ペンケースの中身は予備のシャーペンや色付きのボールペンが三つほど。消しゴムはケースの外に出ているが、角の欠け具合からして随分と使い古されているようだった。もう一人はどんなものを使っているのか分からない。精々ポーチ型で黒のペンケースを使っているのが分かるだけだった。

 俺が自分の席に戻った時、チビ二人の皿からはサンドイッチが二つほど減っていた。ミネストローネは全て食べ終えたのか、いつの間にか下げられている。少女が食後のシメにとグラスに口をつけ、氷が乾いた音を立てた。溶けかけの氷とグラスにびっしりついた水滴は、ほんの少しだけ涙を流した。

 会計を済ませて外に出ると、雲一つない青空が広がっていた。街行くデジモン達の様子も変わりはない。自転車を漕いで何処かに配達をしに行く奴、少し離れたところにある店に置かれている、ガチャガチャのハンドルを回して落ち込んでいる奴、バス停のベンチで本を読みながらバスを待つ奴がいた。赤塗りの自販機の目の前に来た時、レナータが口を開く。

「……ねえ、ルナ、どこ行くの?」

「お前の服買いに行くんだよ」

「ボク、今のままでいいのに……」

「うっせえ‼︎とっととついて来い‼︎」

 少女の手を無理矢理引っ張って暫く歩くと、ブティックの前に着いた。この世界には、外の世界から迷い込んで来た人間が一定数いるが、さほど数は多くない。風の噂では同じデジモンに飼われているだの、おぞましい実験用のマウスにされているだのと、碌な扱われ方をしていないと聞く。そういう訳で、俺は数少ない、人間のそれも女性用の服が売っている店がある街、フィニアにやってきた。クロがショーウィンドウの中のマネキンを一瞥し、レナータはほんの少し笑顔を見せた。扉を開けると、明るい内装と沢山の清楚な服が飛び込んでくる。

「いらっしゃいませー」

と、女の店員が挨拶をすると同時に、白い少女は子兎を抱えたまま何処かへ行ってしまった。店の中はさして広くもなければ狭くもない。そんな中に女物の服や靴、鞄が陳列されているのだ。これだけの数があれば、少女にとって目移りするものが一つか二つあってもおかしくはないだろう。そう考えながら俺はいつの間にか彼女を探しに行っていた。暫くして彼女が見つかり、

「おいレナータ、此処にいたのか」

「……ルナ。欲しいの、見つけたから」

彼女は腕の中にワンピースらしき服を抱えていた。薄青のソレは、ネイビーのフリルでスカートが縁取られ、襟元にはリボンが付いている。

「試着するか?」

「賛成なり。我が手伝うなり」

「そう……、させて」

 試着室へ向かって暫く後のこと、俺はすぐそばにある立方体の白いスツールに座っていた。ユゥリは何か買いたいものがあるとかで、俺たちとは別行動だ。レナータはクロと一緒に試着室へと入っていき、がらんとした店内には俺だけが残された。レナータが着替え終えてから少しして、二人は漸く出てきたのだが、見間違いだろうか。目の前には可愛らしいお嬢様がいる。黒光りするリムジンやグランドピアノがこの上なく似合いそうだ。大邸宅とまではいかずとも、メイドがいるような大きな家で暮らしているような、そんなイメージを抱かせる。

「ルナ、どうかな……。似合う?」

「……いい」

震えるあまり言葉が出ない。だが、次こそは。

「レナータマジお嬢様‼︎お人形さんみたい‼︎ピアノで一曲弾いて‼︎写真撮ってやっからこっち向いて‼︎もう俺と一緒にいるのが勿体無い‼︎かわよ‼︎かわよ‼︎かわよ‼︎かわよ‼︎」

他にも言いたいことは沢山あったが、これ以上「かわよ」と連呼すると彼女とクロにドン引きされるのでやめておく。

「ルナ、どうしたの……?ちょっと変だよ⁈」

彼女は困惑した顔でこちらを向いている。

「レナータの可愛さに脳味噌がやられただけだ。暫くすれば治るだろう」

クロは冷たく返した。

「ああああ……。追加で色々買ってやる。欲しいモン何でも持ってきな」

声にならない叫びを抑えつつ、俺はレナータにそう呟いた。上手い具合にコーディネート出来れば世界一、いや宇宙一の美少女が出来上がるだろう。元から相当美しい外見で、しかも幼い子供のような声ときた。プロポーションも整っているし、肌も白くて妖精のようだ。唯一勿体無く思うのは、幼い少年のような口調だが、口を開かない限りそうは見えない。

 クロを抱きかかえて、また彼女は何処かへ行ってしまった。後をつけてみると、彼女は靴を見ているようだった。腕の中にはもう一着のワンピースを抱えている。今度はインディゴブルーで、見たところ試着したものよりもフリルの量が多く感じられる。いい素材を使っているのもあるのか、輝いて見えるそれは、人形のような少女には少し物足りない気もした。

「クロ、どっちがいいかな」

「機能性を考えるならこっちの方がいいなり」

どうやら黒いブーツと、可愛らしいリボンのついたパンプスのどちらにしようか決めかねているようだった。両方ともだろ、と言いたくなる衝動を抑えつつ、俺は、

「どっちにするんだ?」と訊いた。

彼女が選んだのは黒い編み上げのブーツだった。少女が履くにしてはカジュアルでかっこよささえ感じられる。それとも、クロの助言に従っただけだろうか。

 最終的に、この水色髪の少女の買い物だけでかなりの金額がかかってしまった。この他、白いフリルのブラウスや色違いの帽子、ショルダーバッグに髪飾り、黒いハイウエストのスカートやフリルのジャンパースカートにペチコート。パンプスは黒いエナメルのものにしたらしい。ニーソやらストッキングなども買い込んだせいで、俺の財布は空っぽになりかけていた。それ以前に腕が何本あっても足りない。だから、進化した状態とはいえ、クロにも紙袋をいくらか持ってもらっている。逆にレナータは、肩から掛けている鞄以外は何も持っていない。困惑する彼女をよそに、俺たちは店を出た。

 店を出た直後、

「旦那ー、お嬢ー!」

真っ白しろすけの明るい声が聞こえてきた。よく見ると手には大きなエコバッグらしきものを持っている。少し中を覗いてみると、数匹の川魚や、野菜、鶏肉といった食材に発酵バター、ビネガーや塩といった調味料の類が入っている。

「何だ、これは……」

「カレー作ろうと思ってさ。あ、ルウからじゃなくてカレー粉からな」

「……カレー粉と小麦粉は買い足したんだろうな?ウチには今米粉しか無えぞ。パン用の、な」

「薄力粉はなかったから買い足したぜ。カレー粉もな」

女性陣を置き去りにしながら、俺たちはそんな話をしていた。レナータはぽかんとしている。歩きながらとはいえ、男同士の話が止まることはない。街から館までは二十分もかからず、話している間に小高い丘が見えてきた。

 

 

 

 白い包帯野郎が私のもとに魚を買いに来てから二時間後、空は少しずつだが蜜柑色に染まろうとしていた。カウンターを覗き見ると、大分魚が減っている。売り上げ金もかなりの額になっていることが伺い知れるので、今回はかなりうまく行った方だろう。店仕舞いをし、私は荷物をリヤカーに纏めて広場から去った。

 私の家もとい番屋は、森の中にある。街からは少し離れたところにあるが、行くだけならそれ程苦ではない。寧ろ懸念すべきなのは、番屋のすぐ目の前が川であることだ。そこから魚を獲って、私が市場に売りに行っている。これが日々の糧を得る為の唯一の手段である以上、簡単に引っ越す訳にもいかない。

 リヤカーを引き、私は小さな小屋の前で足を止めた。古ぼけた木の扉を開けると、家人である屈強な出立ちの獣人が出迎えてくれた。

「ただいま、レオモン」

「おかえり、マリー。疲れただろう。早く中に入りなさい」そう言うと、彼は優しく扉を閉めた。

 小屋の中は良い匂いで満ちていた。すし酢と魚の生臭さが混じったような良い匂い。

「また寿司でも作ってんのか?」

「今日は五目ちらしにでもしようと思ってな」

「ありがとな、レオモン。私魚が好きだから嬉しいよ」

外はすっかり暗くなっている。余った、数える程の魚は塩漬けにしようと思い、樽の中で朱鷺色の岩塩と一緒に寝かせてある。これは売り物ではなく、廃棄するのが勿体無いが故の悪あがきだ。

 器の中に五目ちらしがよそわれ、直後にレオモンから箸が一膳渡された。食前の挨拶を忘れずに行い、私は一番上の朱色の玉に箸を伸ばす。飯ごと一緒に食べると、頬が落ちるくらいの美味しさに包まれた。生魚も魚卵もとても美味しく、ここは天国ではないかと錯覚してしまう。この幸せを手放すまいと、ゆっくり味わって食べると隣の彼はもう食べ終わっているようだった。

 お茶に口を付けると、もう少しだけという思いが湧き上がってきた。その気持ちを察してなのか、大きな手が目の前に現れた。彼は、

「どうだ、まだ入るならおかわりはいるか?」

私は迷わず、

「もっとちょうだい‼︎」

と目を輝かせながら言った。

 ラジオを聴きながら、私は彼に尋ねる。

「なあ、レオモンはどうして此処にいるんだ?川が氾濫したらどうするつもりなんだ?」

「私は元から此処に住もうと思っていた訳ではない。それはお前がよく知っているだろう?」

「そ、そうだな。でも、何もこんな不便なとこじゃなくて良いだろ?」

「……目的の為には、此処でなくてはいけない」

「?」

「それに、妄想を超えた事実は起こり得ないものさ」

月を見上げながら、彼はそう呟いた。

レナータちゃんとこゆきちゃん、どっち派?

  • レナータちゃん
  • こゆきちゃん
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