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学園都市キヴォトスにも『裏』というものはある。
現代社会や過去の社会にも、必ずとして『裏』というものは存在している。
学園都市キヴォトス―――そこにも、やはり『裏社会』というものは存在している。
「ふぅ――全く、本当に面倒だよ」
街灯の光すら差さぬ路地裏に、一人の男が銃を手に握って立っていた。
その後ろには、腰が抜けて立つ事が出来ていない少女―――もとい、男の眼の前に血を流して倒れている中年小太りの男に襲われ掛けた恐怖で、腰が抜けてしまったトリニティ総合学園補欠授業部部員が一人、阿慈谷ヒフミが居た。
銃を持った男―――この学園の生徒達が『先生』と呼ぶ男は、腰を降ろして倒れ伏す男の頭に銃を突き付けながら、冷たく言い放つ。
「生憎だけど、私の生徒には指一本だって触れさせないよ。これが無関係な生徒だったらこのまま生かしても良かったんだけど…でも、君は私と関わりがある生徒に手を出した。だから」ここで、死んでくれ。
引き金を引けば、パァン!――と、乾いた音が路地裏に響き、キヴォトスの夜空に届き、消え失せる。
どぱぁん―――と、弾丸が頭蓋と脳味噌を貫き、そして辺りに脳漿が散る。
真っ赤な流水が、彼の頬に、彼のスーツにべちゃりと付着する。
だが、彼は気にせずに立ち上がり、懐からスマホを取り出して電話帳を開き、ある少女、いや、ある『組織』に電話する。
『ん…はい、陸八魔です…どうしたの、先生…』
「―――トリニティ総合学園付近の信号を渡って、そこからストアを右折した路地裏で『塵』を見付けたから、『掃除』を頼みたい」
『うん、分かった…うん? え、先生、え?』
「『お願い』じゃなくて、『依頼』だよ―――便利屋68社長、陸八魔アル。出来れば君とカヨコの二人で来てくれると助かるよ。あぁ、あと大きな袋も忘れてないでくれ」
それだけを伝えて、彼は電話を切った。
そして、心配の表情を浮かべて、少し早足でヒフミの前にまで駆け寄った。
「ヒフミ、大丈夫かい? 怪我はない?」
「あ、は、はい…あの、先生」
「ん? どうかした?」
ヒフミを安心させようと、彼は微笑む。
だが、安心など出来る訳がなかった。
頬とスーツに付着した血漿。男を見下ろしていた時の冷たい瞳。
それは、阿慈谷ヒフミという少女が知っている『シャーレ』の『先生』ではなかった。
本当に、あの優しい先生なの?
本当に―――先生なの?
そんな疑問ばかりが駆け巡るが、しかし彼女の眼の前に居る彼は紛れもなく彼女達の知る『先生』である。
「どうして、あの人、殺したんですか…?」
ヒフミの問に、彼は頭に?を浮かべた。それに、表情も分からないといったものになった。
彼からすれば、その疑問は『どうして人間は息をしているの?』というものと何ら変わらないものだった。
何故、殺したのか?
そんな理由は単純だ。
「ヒフミを守る為だよ?」
生徒を守る為に、先生が生徒の危険となるものを排除しただけ。
生徒を守る―――これ以上の理由が、果たして必要なのだろうか。
先生というのは元来、生徒を正しき道に導き、生徒を他者の暴力や暴言から守るものである筈だ。
彼は生徒を守っただけなのだ。彼は、生徒を守る為に邪魔なものを壊しただけに過ぎないのだ。
「先生!」
「ちょ、カヨコ…! 早い…はぁ、はぁ…」
「やぁ、カヨコ、アル。こんばんわ。態々こんな夜遅くにごめんね。早速だけど、手伝ってもらっていいかな?」
「っ…」
カヨコはつい、顔を顰めてしまう。
彼の背後に“有る”、血を垂れ流す“物”――ヒフミを襲おうとした男を見て、カヨコは彼に「先生が、やったの…?」と質問をしてしまう。
分かっている。アルから話しは聞いたし、何より血が付いているのはヒフミではなく彼なのだから。
なのに、信じたくないから質問をした。
だが、彼はそんなカヨコの気持ちが分からなかった。だから彼は平気で「? うん。私がやったよ」と答えた。
「…そう、なんだ…」
「…兎に角、まずは『依頼』を遂行しましょう。先生、それと阿慈谷さん。話しは後から聞くわ」
「は、はい…」
「? うん。分かったよ」
▼ △
「それで…先生。どういう事なの?」
「どういう事って言われても…私はヒフミを守る為に殺しただけだよ」
「それはどうでもいい…なんて事はないけど、私が聞きたいのはそういう事じゃないよ」
「…?」
「明らかに、慣れてるよね。今はいつも通りの先生だけど、路地裏に居た時の先生は、明らか殺し慣れてた」
「まぁ…向こうじゃ、“そういう世界”に居たからね」
そういう世界―――即ち、『裏の世界』。
殺し合い? 殺し殺され? 死合? そんなのは当たり前。日常茶飯事だ。
依頼されて殺す。衝動に動かされて殺す。理由なく殺す。そんな理由ばかりで、人が死ぬ世界だ。
彼は、その世界に居たという事であり、そこで殺し慣れていたという事なのだろう。
彼は珈琲を飲みながら、静かに語った。
「実を言えばね、ブラックマーケットを知った時から予感はしてたんだ。“また私は戻ってしまうんだ”って。やっぱり一度墜ちてしまっているからなのかな」
彼の話しを聞く限り、どうやら結構な間、彼は裏の世界に身を置いていたようだ。
彼は平然としている。困った顔でも、悲しい顔でも、険しい顔でもない。
いつも通りの、毎日浮かべているであろう微笑みを浮かべているだけ。
それはきっと―――諦めの、感情だったのだろう。
「此処では二度と、殺しはしないと決めた筈なのに…結局、こうなってしまった。どうだい? 失望したかな。それとも、絶望してしまったかな。怖がらせてしまったかな…もしそうなら、ごめんね。君たちが望むのなら、私は二度と君たちとは」
「い、いえ! それは嫌です!」
彼が言葉を紡ごうとしたが、ヒフミが嫌だ、と叫んでそれを止めた。
彼女の叫びに、彼は驚いた。
普段なら早々声を荒げないだろう彼女が、叫んだのだ。
「た、確かに、あの時の先生は怖ったし、びっくりしたけど…でも、先生は私を守ってくれました」
「…まだ納得は出来ないけど、先生の事は怖いとも思ってないし、嫌いになってもないよ」
「わ、私もよ! まぁ、驚きはしたけどね。まさか、裏とは無縁そうな先生が裏に居た事があるなんて」
まぁ、アルの気持ちが分からないでもない。
何せ、『お人好しで、心配性で、生徒想い』という印象が強い彼が、裏に身を置いていたというのだから。
驚くのも、無理はないだろう。
「そうかな…? まぁ、基本は抑えているからね。下手して」
殺してしまったら、怖いから。