『最強のステイヤー対決を制したのは、メジロマックイーン!!』
場内にマックイーンの勝利を祝うファンファーレが鳴り響く。
負けた。
負けてしまった。
届かなかった。
あんなに頑張ったのに。
勝たなくちゃいけなかったのに。
応援してくれた人たちを裏切ってしまった。
息がうまくできない。胃が痛い。景色が回る。音が聞こえない。
勝たなくちゃいけなかったのに…負けてしまった。
自分の存在意義を失ってしまった。
ヒーローになる夢を失ってしまった。
勝っていたから応援してもらえていたのに。
前は勝ったことでたくさんの夢を壊してしまった。
だが今は、負けたことで夢を壊してしまった。
人の夢を壊し、自分への夢を壊し、みんなを不幸にしただけじゃないか。
走るべきじゃなかった。自分はやっぱり、いらない子だったんだ…
「ハッ…ハッ…あ…ああ…みんな…ごめんなさい…」
膝から崩れ落ち、そのままへたり込むライスシャワー。
涙を流し、顔からは血の気が引き、虚ろな目で下を向いていた。
そこに一人のウマ娘が近づいていく。
「…さん」
お姉さま、ごめんなさい。
ライスは、お姉さまの正しさを証明できなかったよ。
「…イスさん」
お姉さま、ごめんなさい。
いっぱい頑張ってくれたのに、期待に応えることができなくてごめんなさい。
「ライスさん!!」
名前を大声で呼ばれ、体を揺さぶられてようやく気付いた。
目の前にいたのはマックイーン。そう、自分に勝った相手だ。
「ライスさん!大丈夫ですか!?」
「…あ、マックイーンさん…優勝…お、おめでとう…」
目も合わせず、絞り出すようにか細い声で答えるライスシャワー。
「あ、ありがとうございます。それよりも具合は大丈夫なのですか!?」
「だ、大丈夫だよ。なにもないから…。そう、ライスには、なんにも…」
「ライスさん、顔を上げてください。
わたくしが今日勝てたのは、わたくしが強くなれたのは、
ライスさん、あなたがいたからなんですよ」
「ライスは…ライスは何もしてないよ。
マックイーンさんが頑張ったから、強かったからで…ライスは関係ないよ…」
「そんなことはありません。天皇賞の時、わたくしはライスさんに負けてしまった。
ですがあの敗北で自分の弱さを知ることができました。
そして、あなたという強敵を超えることを目標に、日々鍛錬を積んできたのです。
ライスさんはわたくしの目標なんです。
今回の勝利は、あなたがいてくれたからこそなんです」
「……そう。おめでとう。ライスを目標にしてくれてありがとう。
それじゃあ、これで目標達成だね。もうライスはいらないね」
「いらなくなんてありません!まだ一回勝っただけですわ。
次も、その次も、わたくしはあなたと走りたいのです!」
「ごめんね、ライスはもう走らないよ。ライスはいらない子だから。
せっかく応援してくれたみんなを、がっかりさせちゃった。
祝福の名前なのに、みんなを不幸にするだけだから」
「……」
「やっぱりライスはヒールだったんだ。ヒーローになんてなれないんだ。
走ることなんて望んじゃいけなかったんだ」
「……ライスさんを」
「だからライスはいらない子なんだ。誰も幸せにすることなんて…」
「わたくしの…わたくしの尊敬するライスさんを否定しないでくださいっ!!!」
「ひっ!ごめんなさ…い…?」
突然の大声に驚いてしまうライスシャワー。
しかし、その内容は自分への怒りの言葉ではないと気づき、困惑の表情を浮かべる。
「ライスさんはわたくしの目標なんです!ライバルなんです!
ライスさんに勝ちたいから、ライスさんを超えたいから、たくさんの努力をしてきました!
わたくしがここにいるのも、成長できたのも、
今回勝つことができたのも、ライスさんのおかげなんです!
わたくしを負かし、わたくしに心の強さを教えてくれたライスさんを尊敬しているんです!
それを…そのライスさんを否定しないでください!!」
「ライスを…尊敬してる…?」
「そうです!わたくしも、テイオーも、ブルボンさんも、スピカの皆さんも、他の方たちも!
あなたという強いウマ娘を心から尊敬しているのです!」
「ライスを…」
「前にブルボンさんも言っていたのではありませんか?
あなたはヒーローだと。強いウマ娘だと。
みんなあなたを尊敬し、そして愛しているのです」
「ブルボンさん…」
ライスシャワーの脳内にミホノブルボンが思い浮かぶ。
いつも自分を応援してくれて、ヒーローだと言ってくれて。
お姉さまのためだけじゃない。ブルボンさんの目標になるためにも頑張った。それなのに…
「でも、ライスは負けちゃった。強さを証明できなかった…。そんなライスのことなんて…」
「いいえ、あなたは強いんです。
今回はわたくしが勝ちました。しかし、それはあなたが弱いということではありません。
あなたが強いからこそ、わたくしも強くなれた。
これまでも、そしてこれからも強くなっていくのです。
だからライスさん、またわたくしと走ってください。
あなたも、わたくしも、もっともっと強くなって、もっともっと競い合いたい。
負けは道の行き止まりではありません。
わたくしやテイオーも、負けから学び、また前に進んできました。
何度だって光れるのです、夢と一緒なら…。
それに、みんながライスさんを愛しているのは、貴女が勝っていたからだけではありません。
あなたの心が、体が、強く眩しく輝いていたからなんです。
今だって聞こえませんか?この声が…」
そう促され、ショックで回りが聞こえなくなっていたライスシャワーが周囲に耳を傾ける。
そこに聞こえてきたのは、
「ライスシャワー!惜しかったぞ!次頑張れー!」
「泣かないでライスちゃん!かっこよかったよ!」
「二人ともよかったよ!また熱い勝負、みせてくれ!」
「まだマックイーンとは1勝1敗!次勝てば勝ち越しだぞ!」
「ライス!!次こそボクと勝負だー!!」
「きれいな走りだったよ!また次も見せてねー!」
「あ……」
「ファンの皆さんだって、これからもあなたが走ることを願っているのです。
ふふっ、勝ったのはわたくしなのにたくさんの声援…嫉妬してしまいますわ。
これもあなたの走りが、皆に勇気を、希望を与えてくれたから。
あなたはもう、みなさんにとっても、とっくにヒーローなんです」
「ラ…ライスが…ヒーロー…」
「そうですわ。それに、ヒーローならば…
たとえ負けても立ち上がり、頑張り、成長する姿を見せる。
そしてそれを見た人たちがそれに勇気をもらうことができる。
そういうものではありませんの?」
「……」
自分には何もないと思っていた。勝つことでしか認めてもらえないと思っていた。
勝つことだけを続けていればヒーローになれると思っていた。
勝ち続けなければヒーローになれないと思っていた。
人に笑顔を与えるためには、それしかないと思っていた。
だけど違ったんだ。負けてしまった今も、ライスを応援してくれる人がいる。
ライスシャワーは思い浮かべる。
くじけていた自分を鼓舞してくれたブルボンさんのことを。
いつもそばで支えてくれていた、自分を大切にしてくれたお姉さまのことを。
初めてのレースで勝った時、喜んでくれたファンのことを。
今のライスでも、笑顔になってくれる人がいる。
今のライスでも、応援してくれる人がいる。
ヒーローは負けたって良かったのか。
勝ち続けるだけじゃない。ほかにもできることがあったんだ。
「……ライス、走っても、いいのかな」
「走ること、それは個人の意思によるものです。
走りたくないのならだれも強制することはできません。
しかし、『走ってもいいか』なら、答えるまでもありませんわね。
わたくしも、皆も、あなたの走りを望んでいるのですから」
ライスシャワーは観客席を見た。
そこには、涙を流しながらも自分にエールを送るトレーナーの姿があった。
いつだって、どんな時だって、ライスを応援してくれるお姉さま。
そうだ。勝った時も、負けた時でも、ずっとライスを応援してくれていたんだ。
ずっとライスが走ることを望んでくれていたんだ。
自分の価値を認めてくれるのは、勝利という結果だけだと少女は思い込んでいました。
けれど全力で走りぬいた少女を迎えたのは、まるで高い高い青空から舞い落ちるような、
たくさんのたくさんの声援でした。
少女は驚いて、戸惑って……それでも。小さな、少女には大きな一歩を踏み出して。
「みんな…みんなありがとう。
ライス、これからも頑張るから、これからもライスの走りを見ててね…!」
少女への声援は、いつまでもいつまでも止むことはありませんでした。
「ライスさん…!ありがとうございます…!」
ライスシャワーを抱きしめるマックイーン。
「えへへ…お礼を言うのはライスの方だよ。
マックイーンさんも、ファンのみんなも、お姉さまも。
ライスに勇気をくれた、ライスにとってのヒーローだよ…!」
ライスシャワーが控室に戻ると、トレーナーが先に待っていた。
「ライス、お帰り」
「お姉さま…」
ばつが悪そうに顔を背けるライスシャワー。
「ごめんなさい。ライス…負けちゃった」
「ライスは悪くないよ。
マックイーンさんが強かったのと…私の指導が失敗しちゃったんだ。
情けないトレーナーだよ…」
「そんな…!お姉さまは悪くないよ!悪いのは…」
「それじゃ、お互いさまってことで!今はマックイーンさんを称えようね」
「んっ…うん…」
強引に話を止められ、少し不満そうな顔をするライスシャワー。
どんなことがあっても、例えお姉さま自身であっても、お姉さまの事を悪く言って欲しくない。
そう思ったとき、前に言われた自分を卑下するなという言葉、
それと先ほどのマックイーンの言葉はまさにこれと同じことだな、と気づいた。
「ライス、今日のレースは楽しかった?」
「え…?…………その……ううん」
レースの楽しさはしばらく忘れていたし、いらないものとして捨てていた。
思い返すとお姉さまはずっと、ライスに楽しかったかと、楽しんでいこうと言っていた。
自分はそんな声も聞こえなくなっていたんだと反省する。
「私はね、ライスが頑張っていて、でも楽しそうに走る姿に一目惚れしたんだ。
その姿を一番近くで見ていたくて、だから私の担当になってほしくてスカウトしたの。
勝ち負けにこだわるのも何も悪いことじゃないよ。でもね、一番大切なのはあなた自身なの」
「……」
「最近のあなたが苦しそうだったこと、わかってた。
だけど、あなたの苦しさを和らげることができなくて、あなただけに負担をかけてしまった。
私はあなたの支えになれなかった」
トレーナーは、頭を下げながら言葉を続ける。
「本当にごめんなさい。
私、もっと頑張って、勉強して、もっと頼りになるトレーナーになります。
だから、これからもライスのかわいい笑顔をそばで見せてください」
いつだって自分を愛してくれるトレーナー。
その姿を見て、ライスシャワーの瞳からまた涙が零れる。
「…違うよ。お姉さまは頼りにならなくなんてない。ずっと…ずっとライスにとって…
ライスにとって一番大切な人なの。だから、お姉さまはすごいんだよって、
お姉さまのおかげでライスは強くなったんだよって、みんなに伝えたかったの。
だけど、それを一人でやろうとしてて…それってお姉さまのことを信じ切れてなかったんだって。
ごめんなさい。ライス…一番大切なお姉さまを、信じられてなかった…」
「そんな風に思ってくれてたんだ。ありがとう、ライス…。でも謝るのは私だよ。
私がもっと立派なトレーナーだったら、こんなことにならなかった。ごめんなさい」
「そんなことないよ!ライスが…」
「ふふ、お互い謝りっぱなしだね。お互い、まだ未熟なんだね…。
でも、もうやめよう?後ろばかり振り向くのは。
ライス、あなたは走るのは人のためと言っていたわね。
だけどね、あなたを愛している人は、あなたが走っている姿が好きなの。
『私たちのために走っているあなた』を好きになったわけじゃない」
「うん…」
「だからね、私はあなたが、あなたのために走っている姿を見ていきたい。
あなたが楽しく走り、あなたが目標に向かって走る姿。
それが、一番みんなを幸せにできることなのよ」
「ライスが、ライスのために…。」
「そう。あなたが元気な姿が、何より光る宝物。
もしまだ人のために走りたいって気持ちがあるのなら、
だからこそあなた自身のために走ってほしい」
ライスシャワーはこれまでの事を考える。
人に笑顔になってほしい。
人に勇気を与えたい。
ブルボンさんのヒーローになりたい。
お姉さまを認めてほしい。
今まで自分が求めていたものは、全部人のためだった。
でも本当は違ってたのかもしれない。
だってお姉さまのためだと思っていたのに、お姉さまの気持ちを考えていなかった。
ブルボンさんのときだって、キラキラしたいのも、ヒーローになりたいのも、
本当はライス自身の気持ちだったんじゃないのかな。
それなら、その気持ちを認めよう。
ライスは、ライス自身のために走るよ。
それがみんなの願いなら。
それがみんなの幸せになるのなら。
「ライスを応援してくれる人がいる。ライスを認めてくれるライバルがいる。
ライス、これからも走りたい!もっと速く、強いウマ娘になりたい!
そしてライスが頑張る姿をみんなに見せていきたい!」
「よかった…。そういえば、前に言ったこと憶えてる?『ごめんなさい』は禁止って。
二人ともいっぱい言っちゃったね…。」
「えへへ、そうだったね」
「ライス。私の事を大切に思ってくれてありがとう。
私もライスのことを大切にするから、これからもよろしくね」
「ライスの方こそ、ありがとう。これからもよろしくね、お姉さま…!」
「うん!一緒に頑張ろうね…!」
頬を流れる冷たい雫は、皆の優しさに包まれて、いつの間にか暖かい雫へと変わっていた。
ライスはずるい子です。みんなを幸せにしたかったのに、ライスが幸せになっていたよ。
この幸せをみんなに分け合うために、もう…泣かないよ。
ここまで読んで下さりありがとうございました。
ここでライスシャワーの話は一区切りです。
次から後日談が少し続きます。