何度でも手を伸ばす
繋靭帯炎を発症し、走ることができないと言われたマックイーン。
繋靭帯炎は治療法が確立されておらず、ウマ娘にとっては致命的な不治の病。
あまりにもショックな出来事を受け入れられず、
雨の中ひとり外へ飛び出し、トレーニングを続けようとする。
しかし踏む込むたびに脚に走る激しい痛みが、
目を背けようとする自分を現実に引き戻してくれる。
自分はもう走れない…そんな残酷な現実を、まさに痛いほどわからされてしまう。
壊れてしまった体と、壊れてしまった心。
自分を心配して迎えに来たテイオーにも、感情的に対応してしまった。
「もう無理なんです!もう一生まともに走ることなんてできない!
奇跡でも起きない限り、元のように駆けることは叶わない!あなたと一緒ですわ!
…あっ!!」
自分の放ったあまりの失言に、すぐに気付くマックイーン。
「ごっ…ごめんなさい…」
テイオーはそんなマックイーンに対して、穏やかに、だが力強く答えた。
「うん、そうだよね。奇跡が起きなきゃ無理だ。…だから起こすよ、奇跡」
「……!」
「ボクが証明して見せる。ボクとマックイーンはもう一度絶対走れるようになるって。
…今度の有マ記念、見てて。ボクはそこで誰よりも先にゴールする」
「そ…そんなこと不可能です…今のあなたが勝つなんて…」
「それでもボクは勝つんだ…!」
決意を込めた眼差しを向けて答えるテイオー。
「奇跡を望んで頑張れば必ずできる」
「っ…!!」
『奇跡は起きます。それを望み、奮起する者のもとに。…必ず、きっと』
マックイーンは思い出す。
かつてテイオーが絶望し、走ることを諦めていた時にかけた言葉を。
「テイオー…」
「僕が走るのを諦めかけたとき、引っ張ってくれた。
くじけそうなとき、側にいてくれた。
ボクの目標になる、強いウマ娘で居続けてくれた。
待ってるって言ったのは、マックイーンだった。
今度は、ボクの番だ。だから見てて、マックイーン」
翌日、マックイーンの故障についてライスシャワーにも伝えるテイオー。
前にライスを励ましたから、今度はライスからマックイーンを励ましてほしい、
と思ってのことである。
「えっ!マックイーンさんが繋靭帯炎!?」
「うん、もう走れないかもしれないって凄く落ち込んでるんだ」
「そんな…!ライス、お見舞いに行きたい!」
二人がマックイーンの部屋につくと。
「マックイーンさん…」
「あら、ライスさん。どうかしまして?」
穏やかな表情に見えるが、憔悴しきっているのが一目でわかる。
自分の命ともいえる走りが、突然もう無理だと言われたら当然だろう。
(ねえライス、何か励ますようなこと言ってあげてよ)
(うん…!前にライスのこと励ましてくれたお返しをしなくちゃ!)
「マックイーンさん、繋靭帯炎になったって…」
「ええ、もう走れないかもしれません。
情けないですわ、これからも一緒に走ろうとわたくしの方から誘っておきながら…」
「そんな…。でも、ライスももっとマックイーンさんと走りたい。
ライスのことをライバルって言ってくれたの、すごくうれしかった…」
「ごめんなさい。でももう、奇跡でも起こらない限り無理なんです…」
「奇跡…」
帽子についた青いバラに触れるライスシャワー。
青いバラの花言葉、それは『奇跡』『夢は叶う』。
「マックイーンさん、奇跡は…」
(ライスのことだから『奇跡はきっと起きるよ!』かな?)
テイオーが後の言葉を想像しているところで、ライスシャワーから出た言葉は。
「奇跡は起こるようなものじゃないよ」
突き放すような言葉に衝撃を受けるテイオー。
(ボ、ボクはライスともわかりあえていなかったの!!!???)
「そっ…そうですわね。そんなムシのいい話、あるはずないですわ。
潔く諦めるのも強さというもので…」
「違うよ、奇跡は起きるものじゃない。起こすものなんだよ」
「……!」
「待ってるだけじゃ奇跡は向かってきてくれない。自分から掴みに行かなくちゃいけないんだ。
それで掴んだ奇跡は…奇跡じゃない。努力が生んだ、必然なんだよ」
「自分から…」
「マックイーンさんは諦めていいの?走るのをやめちゃっていいの?」
「っ…いいわけ…ありませんわ…。でも…」
「ライスが前に走りたくなくなっちゃったとき、本当に走るのをやめるつもりだったよ。
だけど、みんなに応援されて、また走ろうって思えた。
でもそれって、本当は走りたいって心の中で思ってたからなんだ。
心の中で本当に思ってる事から逃げたら、きっと後悔するよ」
「そうですわね…。でも…怖いんです。もし頑張って、頑張って、それでも…
それでも治らなかったら、報われることが無かったらと思うと…」
体を微かに震わせながらマックイーンが言う。
「頑張ったのに報われなかったら…」
それはライスシャワーにとって痛いほどわかる恐怖だった。
自分がそれを乗り越えたのは、自分を強く励ましてくれた人の温かさ。
それと誹謗中傷に対して生まれた激しい怒りという、人の冷たさによるものだった。
良い感情と悪い感情、どちらにせよ簡単に乗り越えられるようなものではないのは知っている。
「でも…ライスはマックイーンさんとまた走りたいよ。
ライスが今こうして走れているのも、マックイーンさんのおかげなんだよ?
マックイーンさんがいたからライスは前向きになれた。
ずっと感謝してて…まだ全然お礼しきれてないよ!」
「ありがとうございますライスさん。でももう少し、これからについて考えてみますわ」
「うん…。ライスは、ずっと待ってるからね」
お見舞いからの帰り道。
「ごめんね。マックイーンさんのこと、うまく励ましてあげられなかった」
「いや、いいよ。ありがとね。
最初『奇跡なんて起こらない』って言うからびっくりしたけど、大体ボクと同じ意見…
いや、マックイーンと同じ意見だったからよかったよ」
「マックイーンさんと?」
「ボクが三度目の骨折したあと、感謝祭でやったミニライブ。
あれさ、本当は引退ライブだったんだ。
でもあの時みんなが応援してくれて、ターボの諦めない姿を見て、
ボクもまだ諦めないって決意したんだ。
その時にマックイーンが言ってたよ。
『奇跡はそれを望み、奮起する者のもとに必ず起きる』ってね」
「そうなんだ…」
「だからマックイーンに見せてあげたいんだ。奇跡は起こせるってところを。
三度目の故障でボクの事を諦めた人もいっぱいいる。
だけどボクは諦めない。奇跡は起こせる、
また走れるようになれるってことを証明してやるんだ!」
「テイオーさん…!ライスも応援するよ。頑張ってね…!」
「うん。……それでね、ライス」
立ち止まりライスシャワーに向き直るテイオー。
「ん、なあに?」
「有マ記念。ボクはそこで走れることをみんなに見せつけてやるつもりだ。
ライス、ボクと勝負してよ。そして、キミに勝ってみせる」
「……!」
「前回の有マ記念憶えてる?言い訳がましいけどさ、あの時のボクは全然本調子じゃなかった。
ライスだってそうでしょ?ボクはあれをキミとの勝負だなんて思ってない。
次の有マ記念…そこでボクと勝負してほしい」
「テイオーさん…」
大きな怪我をして、まだ治りたてのテイオー。
一般的に考えて、そんな彼女が久々のレースで力を発揮できるかは相当怪しいものである。
だがその顔を見て、そんな不安は吹き飛ばされた。
自分に向けてくる真剣な面持ち。
かつて自分がブルボンやマックイーンに向かっていた時と近しいものを感じる。
「わかったよ、受けて立つね!でも、ライスも誰にも負けるつもりはないからね…!」
「のぞむところさ、勝つのはボクだ。
証明してみせるよ。諦めなければ、奇跡は起こせるってことをね」
「奇跡を起こしても、勝ちは譲らないよ」
「アハハ、それでこそライスだ。勝負、楽しみにしてる」
そう言い、別れる二人。
(ボクは勝つ。マックイーンのため、みんなのため、そして何より…ボク自身のために)
(テイオーさん、有マ記念に出るんだ。足が治ってよかった。
それに、マックイーンさんを励ますために…。
だけど…勝負だもんね。あなたに敬意をもって、ライスも全力で走る。
ライスはもう、勝つことからも、負けることからも逃げたりしないよ)
部屋に戻ったテイオーは沖野に決意を話す。
「何だって!?有マに出るだと!?」
「うん」
「タイムも伸びない、しかも一年ぶりでぶっつけのGI…それでもやるのか?」
「やれるかやれないかじゃない…ボクは勝つよ、必ず!」
「…本気なんだな?」
「うん」
「分かった。お前がその気なら、オレは全力でサポートするだけだ」
「私たちも、出来ることがあったら何でもサポートします!」
「うん、みんなありがとう!ボク、頑張るからね!」
テイオーの決意を受け、一丸となったチームスピカ。
沖野がデータを見ながら、有マへの対策を話し始めた。
「有マは強敵ぞろいだが、その中でも特に強いのはやはりライスシャワーだろう。
前に見せた、鬼が宿った様な恐ろしい迫力はなくなっているようだが、
あの時と違って危うさがなくなり安定感がある強敵だ。
そしてもう一人、ビワハヤヒデ。ライスシャワーが菊花賞で取ったレコードタイムを塗り替え、
圧倒的な実力をたたき出して優勝していた。この二人が頭一つ抜けてると言えるだろうな」
その瞬間、どこかにいるビワハヤヒデが反応を示した。
「むっ?」
「どうした姉貴?」
「今頭がどうとか聞こえたような…」
「え?何も聞こえなかったが…」
「あの二人に勝つのは、正直全盛期のテイオーでも容易な事じゃないだろう。
だからまずやらなきゃいけないのは、全盛期の姿を取り戻すことだな」
「何だってやって見せるよ!勝利への執念が大切だってことはライスたちから教わってる。
それなら今のボクは、その気持ちが誰よりも強いからね!」
一方のライスシャワーも、有マ記念に向けて準備を始める。
「お姉さま」
「あ、ライスお疲れ。そろそろ有マ記念の対策しなくちゃね。
みんな強いけど、特に注意しないといけないのがビワハヤヒデさんだね。
今回の標的としてデータ集めてきたよ」
「ありがとう。でも強い人がもう一人いるよ。…テイオーさんが」
「え、テイオーさん…?有マに出るんだ?じゃあ足が治ったのね!
でもテイオーさんは前回の有マ以来一年ぶりの出走になるから、
さすがにそんないい結果を出せるとは思えないかな」
「ううん、テイオーさんは来るよ。ライスと勝負するって約束したの」
「へえ…うん、わかった!じゃあ過去のデータしかないけどテイオーさんのも集めておくよ。
テイオーさんとビワハヤヒデさん、この二人を超えて行こう」
「うん!」
「有マ記念は2500m、長距離に分類されるとはいえ中距離2400mとは100mしか変わらない。
ビワハヤヒデさんは適性抜群、テイオーさんはちょっと苦手かもしれないけど十分戦えると思う。
二人とも先行が得意だから、こちらとしてはまあまあやりやすい相手だけど…
ビワハヤヒデさんも相手をしっかり研究してくるタイプらしいんだよね」
「ライスのことを調べるのかな?」
「まあ、間違いないね。そうするとそのまま行くのもちょっと危険かな?
ライスはトップスピードがちょっと弱いからね…
あちらのペースに乗せられちゃいけないし、こっちがペースを作ってもいいかも。
メジロパーマーさんも出るけど、彼女は間違いなく逃げの一手。
彼女について行ってプレッシャーをかけて急かして、ペースをあげさせる。
そしてそれにつられて全体をハイペースに持ち込んでスタミナを消耗させる作戦はどうかな。
テイオーさんはスタミナはライスより劣るはず、
ビワハヤヒデさんとはスタミナ勝負を正面からやりあう形になるけど」
「やってみる!ライス頑張るね!」
テイオーさんが勝てなくても、
ライスが立派に走る姿を見せればマックイーンさんも立ち直ってくれるかもしれない。
全力で走る姿を、あなたが立ち上がらせてくれたこの自分を、ライスの背中を見せてあげる。
そうすればきっと元気を出してくれるって信じてる。
ビワハヤヒデも有マ記念の対策を練っていた。
(ライスシャワー…とても強いウマ娘だな。
菊花賞のレコードは私が塗り替えたとはいえ、彼女もまた成長を続けている。
まだ彼女を超えたとは言い難いだろう。
レースを見るたびに背中がざわつく。あの引き締まった体に、まるで鬼が宿っているようだ。
やはり有力な対抗バは彼女か…)
着々と対戦相手のデータを読みこんでいく。
(前回の勝者メジロパーマー、
あれほどのライバルを背にしながら逃げを貫き見事に勝利したタフネスは称賛に値する。
ナイスネイチャ、勝ちこそ逃せども連続して三着に収まる実力は本物だ)
そして目についたのは、トウカイテイオーのデータ。
(トウカイテイオー…トウカイテイオー?
無敗の三冠を狙えたほどの高い実力を持ちながら、調子が振るわぬ前回の有マ以来故障を連続。
一時期は復帰が絶望視されるほどだったが、戻ってこられたのは何よりだ。
しかし丸々一年ぶりのレース、前のような実力を発揮できるとは到底思えない。
無礼るわけではないが、今回は私の敵ではないだろう。)
「さて、変数はそろった。組み立てるべき勝利の方程式は…」
有マ記念に向けて日々トレーニングに明け暮れるテイオー。
しかし、どれだけやっても心が満足することはない。
有マ記念に出る面々、それらは全員が日々を全力で走り抜けてきたウマ娘。
だけどボクは違う。
治療のために抑え込んでいた日々は、明確なディスアドバンテージになっている。
だからボクは、全力の、限界の、その先…
全部出しきって初めて、ようやくスタートラインに立てる。
だけど、それでもボクは――――
勝ちたいんだ!!!