ライスシャワーはダークヒーローとなる   作:黒い平方四辺形

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駆け抜ける衝動

 

 

有マ記念当日。

 

 

『さあ、いよいよ今年もこの日がやってきました。暮れの中山レース場、

吹きすさぶ寒風をも跳ね返すほどの異様な熱気がターフと観客席を包んでいます。

GI、有マ記念です』

 

『そうですね。豪華メンバーがそろっていますし素晴らしいレースが期待できます』

 

『毎年ファン投票によって出走ウマ娘が決まるこのレース、

今年はGIタイトルを獲得したウマ娘が8人と並々ならぬウマ娘たちが集結しました。

間違いなく今年の総決算にふさわしいレースでしょう。

細江さんのイチオシはどのウマ娘でしょうか?』

 

『まずは重賞9連勝のライスシャワーです。そして新世代BNWから出走する二人も期待できます。

また、まず間違いなく逃げると思われるメジロパーマーの逃亡劇にも注目しています』

 

『ありがとうございます、さあ今年はどのようなレースが繰り広げられるのか!

有マ記念、間もなく本バ場入場が始まります!』

 

 

 

 

(ついに本番だ……)

 

控え室で待機するテイオー。どうしても考えてしまう。

圧倒的なバイタリティで勝利してきたビワハヤヒデ。

圧倒的な執念で勝利してきたライスシャワー。

あの二人を、ボクは超えることができるだろうか。

するとそこに。

 

「テイオー、ちょっといいか?」

 

「ん、どうしたのトレーナー?…あっ、カイチョー!」

 

テイオーにとって永遠のあこがれである、シンボリルドルフが顔を見せた。

 

「その勝負服、ダービー以来だな」

 

「うん。今日はこれで走りたくって」

 

「そうか…」

 

シンボリルドルフが見つめるテイオーの手。それはかすかに震えていた。

 

「ねえカイチョー、変な事聞いてもいい?」

 

「何だ?」

 

「カイチョーはさ、どうしてた?絶対に勝ちたい、そういう気持ちの時」

 

「…難しいな。レースに出る全員、勝ちたい気持ちは同じはずだ。

勝利のために己を練磨し、力を高め、集中し、勝負に挑んでいる。

にもかかわらず、たとえどんなに万全で最高潮だったとしても勝負の綾はある。

レースに絶対はない…。

だが…自分の中にある信念、絶対に揺るがない気持ち、これは誰にも動かせない」

 

「自分の中にある…信念…!」

 

「少しは参考になっただろうか?」

 

「うん、ありがと、カイチョー」

 

(信念、揺るがない気持ち。それならボクの中にある)

 

 

 

 

 

 

『さあ、ウマ娘が続々とターフに姿を現しました。

揺らめく影は燃え上がる情熱の炎!祝福のヒーロー、ライスシャワー!』

 

『メジロマックイーンに勝って制した春の天皇賞は強かったですね。

そこから重賞9連勝を達成しており、名ステイヤーとしての走りに期待が高まります。

二番人気は不服かもしれませんね』

 

『おっと、こちらは去年の有マ記念の覇者、メジロパーマーです』

 

『逃げウマ娘としての素質は一級品です。

スタートまもなく先頭に立ってペースを作れば二連覇も夢ではありますん』

 

『長距離ならば他者に引けを取らないこのマチカネタンホイザも怖い存在です』

 

『ナイスネイチャもブロンズコレクターの名を返上し、有マの栄誉を手にしたいところ』

 

『ジャパンカップでは世界の名だたる強豪をねじ伏せ価値ある勝利を収めたレリックアース』

 

『その向こうに見えるのは次世代の担い手の一人、ウイニングチケット』

 

『なんといっても今年のダービーウマ娘ですからね。

ふさわしい走りをしてくれるのではないかと私も注目しています』

 

『あっ、そして一年ぶりにターフに姿を見せたトウカイテイオー、

休み明けもなんのその、四番人気で有マ記念に挑みます』

 

『彼女の復帰を多くの方が待っていましたからね。

応援する気持ちがこの人気の高さに表れているようです』

 

『おっと、そして大注目は彼女ビワハヤヒデ!連対率は脅威の100パーセント!

堂々の一番人気、ファンの期待に応えることができるでしょうか!』

 

『夏が過ぎてからさらに才能が開花しましたし、

なかなか彼女を負かすのは難しいのではないでしょうか』

 

 

 

 

ターフに出たテイオーが深呼吸をする。

 

「……戻ってきたんだ」

 

一年ぶりのターフ。芝のにおい、観客の歓声、ライバルたちの足音。

待ち焦がれた舞台へと自分が戻ってきたことを実感する。

 

「テイオー」

 

ターフの風を感じているテイオーのもとに、ナイスネイチャが現れた。

 

「ネイチャ…」

 

「あんたがどんな状態でどんな走りをしようと関係ない。

私はただあんたより、他の子たちより先にゴールするだけ」

 

「うん。ボクも誰にも負けないから」

 

「いいレースにしようね。それと…おかえり。テイオー」

 

「…ただいま」

 

ただいま、か。そうだよね、ボクはここに帰ってきたんだ。

観客席を見渡すテイオー。こんなボクを今でも応援してくれる人がたくさんいる。

なんて嬉しいんだろう。そして―――

 

「見ていてくれるよね、きっと」

 

 

 

 

 

 

レース場には来たものの、会場が見える位置には足がすくんで進めないマックイーン。

 

(怖い…怖くて見られない。テイオーを信じたい…だけどもし負けたらわたくしは…!)

 

この日までに、テイオーがどれだけ頑張ってきたのかを知っている。

だけど、だからこそ、それが報われなかったら、負けてしまったら。

努力をしてもどうにもならない現実を見せられてしまったら…。

 

ライスさん…大きな苦しみを乗り越えて前向きになれたライスさん。

ライスさんは…本気で努力をしても無意味だった絶望が、

想像するだけで震えそうになるこの恐怖が、

これが現実になったのにそれを乗り越えたということでしょうか。

自分が同じような状況に陥って、ライスさんの強さをひしひしと感じます。

わたくしがそうなったとき…あなたのようになれるのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

『場内にファンファーレが響き渡ります。

さあ今年のナンバーワンを決める有マ記念、各ウマ娘、枠入りは順調に進んでいきます。

それぞれ真剣な面持ちで、応援を送るファンの期待に応えるべく、

ゲートが開く瞬間を待っています。

最後に大外、メジロパーマーがゲートに入ります。さあ14人、ゲート入りが完了しました』

 

 

ゲート入りが終わり、全員が集中し真剣な表情になる。

この有マ記念、軽い気持ちで臨む者は一人もいない。

全員が勝利を目指し、全身全霊で挑んでいる。

そして今、勝負の時が来た。

 

 

『今年最後のGI有マ記念…今!スタートしました!』

 

 

 

 

 

『まずはメジロパーマー、いいスタートを切りました!各ウマ娘、一斉に綺麗なスタート!』

 

(やっぱりパーマーさんは逃げ!ライスはそれを追いかける…あっ!)

 

(予想通りメジロパーマーの逃げ!私はこれを追う…むっ!)

 

((作戦が被った…!!))

 

 

『抜け出したメジロパーマーのすぐ後を追う二人!

一番人気ビワハヤヒデ、二番人気ライスシャワーです!』

 

『共にスタミナに自信ありの二人ですが、どうやら同じような作戦を取っているようですね』

 

 

 

 

テイオーの応援に来ていたみなみ、ますお、キタサンブラック、サトノダイヤモンド。

突然みなみが話し始める。

 

「トウカイテイオーが最後に走ったレースは前回の有マ記念、

今日のレースは364日ぶり。久々の復帰戦だ」

 

「どうした急に」

 

「過去のGIレース、そこまでの長期休養明けで勝利したウマ娘はいない」

 

「勝てると思うか?」

 

「それ聞いちゃう?去年11着だぞ?」

 

「悪い…。だけど、二番人気のライスシャワーだって前回は8着だったぞ」

 

「そうだったな、それでも今年も二番人気。でもそれは最近の実績があるからだ」

 

「強い人がいっぱいいて、難しいのはわかっています!!

でもテイオーさんは走ってるんです!」

 

「その通りです!」

 

「「だな」」

 

 

 

 

 

一年ぶりの復帰戦。テイオーも、やはり練習と本番の差を感じずにはいられなかった。

 

(本番のレース、やっぱり全然違う。

みんなの息遣い、勝ちたいって気持ち。いろんなものがビリビリしてる)

 

 

 

(大逃げしたかったのにガンガンついてくる!特に後ろの二人の圧が凄い~!

二人とも逃げは得意じゃないっしょ!?なんでついてくんの!?)

 

(菊花賞は譲ったけど、今回は絶対勝つ!)

 

(マックイーンさんに助けてもらったライスが、このレースに勝って勇気を与えてみせる!)

 

(負けたくない!三着でも二着でもなく、一着で必ずゴールに!)

 

(私だって主役になれるんだから!)

 

(このレースで私の力と理論を証明してみせる!)

 

 

レースにかける思い。人によって差はあれど、誰もが本気で勝利を目指している。

 

 

(そんなことはわかってる。だけど負けられない。負けるもんか…!!)

 

 

 

『先頭は相変わらずメジロパーマー、ビワハヤヒデは現在二番手、

ライスシャワーもそれに続きます』

 

『トウカイテイオーは少し下がってこの位置ですね。

一年ぶりのレース、果たしてどう感じてるのでしょうか』

 

『大方の予想通り、

今年も先頭でレースを作るのはメジロ家の爆逃げウマ娘、メジロパーマーですね』

 

『そうですね。ただ今年は14人がほぼ10バ身以内に収まっていますからね。

それに一・二番人気の二人がすぐ背後にいることを受けてか、

逃げのペースも速くなっているように感じます』

 

 

 

 

テイオーを応援しつつも、不安がぬぐえないスピカメンバー。

 

「頑張れ!頑張ってくれテイオー!」

 

「テイオー、どうなのかしら?」

 

「練習の時はちょっと右によれてたけど…」

 

「あんだけ練習したんだ、大丈夫だろ」

 

「全盛期の走りには最後まで戻らなかった。

だけど…最後の最後まで俺たちは応援し続けるからな。テイオー」

 

 

 

 

 

 

マックイーンはいまだにレースを見られずにいる。

場内に流れる実況を聞きながら、テイオーの走りを想像する。

きっと…テイオーは今、頑張って走っているのだろう。

 

 

『だから見てて。マックイーン』

 

 

そう、わたくしに背中を見せるために。

土砂降りの雨の中、わたくしを迎えに来てくれて、励ましてくれた。

度重なる怪我を乗り越え、この有マに出走したテイオー。

そのテイオーが見てくれ、と言っていた…。わたくしは、わたくしは…。

 

 

マックイーンの瞳に力がこもる。立ち上がり、観客席へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

『さあ、ここから誰が仕掛けてくるのか。レースはいよいよ第3コーナーに入ります!』

 

レースに出走した大勢のウマ娘たち。だがその思いは一つだった。

 

 

((((絶対に勝つ!!))))

 

 

 

『さあレースは第4コーナーに差し掛かります。

ビワハヤヒデ、ライスシャワー、レリックアースがじわじわとポジションをあげていく…

おおっと!ここでビワハヤヒデが仕掛けてきた!

菊花賞ウマ娘のビワハヤヒデ!グングンとスピードを上げていく!メジロパーマーを交わした!』

 

(これを待ってた…!ライスはビワハヤヒデさんについてく!)

 

『ビワハヤヒデ先頭!あっ!さらに後ろからライスシャワーが猛追するぞ!

やはり強いのはこの二人か!この二人についてこれるウマ娘はいるのでしょうか!』

 

(やはり来たかライスシャワー…!だが私に追いつけるかな!)

 

 

加速する二人を見て、テイオーもそれを追う。

(ぐううっ…!離されるもんか…!!)

 

 

(ボクは…)

 

 

 

(ボクは…ッ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお…!」「すごい…!」「マジか…!」

 

マックイーンが観客席につく頃、大きなどよめきが起きていた。

 

「な、なんでしょうか…?」

 

意を決し、コースを見るマックイーン。その目に飛び込んできたものは…

 

「あっ…!」

 

先頭の二人に今にも追いつかんと必死で走る、トウカイテイオーの姿だった。

 

『トウカイテイオーが来た!』

 

『…えっ?トウカイテイオーが来た!!?』

 

 

 

 

前方を走る二人を追いかけるテイオー。

 

肺が苦しい。だけど破れたって関係ない。足が重い。でもまだ動く。

 

ボクは何度も挫けてきた…。

テイオーの脳裏に、走マ灯のように思い浮かぶ情景。

 

一度目の故障で三冠の夢を失って流した涙。

マックイーンとの勝負で負け、無敗の夢を失って流した涙。

二度目、三度目の故障で走ることを諦めたときに流した涙。

自分が倒すべき相手だったマックイーンが、ライスシャワーに敗れたこと。

マックイーンの目線が、自分ではなくライスシャワーに向けられていたこと。

人が走っているのを、ただ見ていることしかできなかった自分。

 

閃光のように駆け廻る記憶。

誰だってこの有マに来るまでに、いろんな苦労があっただろう。

だけどこれはボクの、ボクだけの苦しみだ。

ボクはあの時もあの時も、あの時もあの時も、誰よりも挫けてきた。

 

ライス、キミが塞ぎこんでいた時、道に迷っていた時、

ボクがなんで助けたいと思ったのかわかる?

ライスが頑張ってるから?いい子だから?強いウマ娘だから?

どれもあってるけど、全部違う。ボクの本当の気持ちは。

ボクの本当の気持ちは…キミに対する怒りだったんだ。

 

ボクが求めても手に入らなかった、自分の心について来てくれる強い強い体。

ボクは故障するたびに、健康な人のことを羨んでいたよ。

でもライス、キミは…キミはボクが欲しかったものを持っていたのに、

それを自分から捨てようとした。

ボクが欲しかったものを自ら捨てるだって?そんなの、そんなの許せないじゃないか。

どれほど羨んだってそれをもらえるわけじゃない。

だったらせめて…その強い体で、走り続ける姿を見せてよ!

だからボクはキミを助けようとしたんだ。

 

そしてキミが立ち直り、キミがマックイーンと戦ったあの時。

またキミが迷い、マックイーンがキミと戦ったあの時。

ボクはずっと悔しかった。どうしてマックイーンに勝つのがボクじゃないのか!

どうしてライスに勝つのがボクじゃないのか、ずっとずっとずっと思ってたんだ!

 

…マックイーンとの約束はまたお預けになっちゃったけど、

ライス、キミとの約束はこうして叶えられた。

この時をどれほど待ち望んだことだろう。ボクの心の中で燻り続けたこの思い。

強く押さえ込んで、でも今にも飛び出してしまいそうなたくさんの思い。

 

それが今全部外に出て、激しい炎になってボクの心を焦がす!

勝ちたい。勝ちたい。勝ちたい!キミに勝ちたい!ビワハヤヒデに勝ちたい!全員に勝ちたい!

勝利への思いの強さなら、誰にだって負けるわけがない!!

 

誰よりも悔しい気持ちになったのはボクだ!

誰よりも勝ちたい気持ちが強いのはボクだ!

絶対に譲らない!絶対に!絶対に!!

 

 

絶対は…

 

 

ボクだ!!!

 

 

 

 

 

「勝負だ―――ッ!!」

 

トウカイテイオーの叫声が、中山レース場にこだました。

 

 

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