「勝負だ―――ッ!!」
「「!!!」」
後方から聞こえたテイオーの叫声。
先頭を走るビワハヤヒデとライスシャワーもその声に反応する。
『トウカイテイオーだ、トウカイテイオーが来た!前方二人との距離をグングン詰める!
残り200を切った!一年ぶりのターフだトウカイテイオー!
追いつくことができるのか!?必死に迫るぞトウカイテイオー!』
(バカな…トウカイテイオーが来るだと!?あまりにも予想外すぎる!
彼女はこれほどの力を持っていたのか!?だが負けん!
人は時によりデータを越えてくるということは私も学んでいる!!)
(テイオーさん、来ると思ってた…!でも残りはあと少し!このままリードを守りきる!)
テイオーのファンは、必ずしもテイオーの勝利を望んでいたわけではなかった。
一年ぶりの復帰戦である以上、普通ならまず勝てないことを知っていたからだ。
純粋にファンとして、テイオーが戻ってきてくれたこと、
走っている姿を応援していただけだった。
また、一番人気のビワハヤヒデ、二番人気のライスシャワー、三番人気のウイニングチケット。
更にその下の順位のウマ娘たちにも、根強いファンがいる。
当然そのファンらは自分の推しを応援しているだろう。
他にも、特に誰を応援するというわけではないが、
年の締めくくりとして軽い気持ちでレースを見ている人たちもたくさんいる。
しかしこの瞬間は。
その誰もがテイオーに目を奪われていた。
テイオーを応援しているファン。BNWを応援する親子。
はちみー屋の店主。開店準備をするバーテンダー。
行きつけの美容室の店主と客。電車を待つ乗客たち。
サザエさんみてーなヘアースタイルの番長。チームリギルのトレーナー。
テイオーのかかりつけ医。メジロ家のじいや、主治医、おばあ様。
そのほかにも大勢がテイオーの姿に目を奪われ、その見事な走りに涙する。
幾万もの瞳が、テイオーただ一人に注がれていた。
だが。テイオーの瞳には、それらは映っていない。
彼女の瞳に映るもの、それは自分の前を走る二人と目指すべきゴール。それだけだ。
そして前を走る二人もまた同様だった。
彼女らの意識には、このレースの事だけが映っていた。
『追いかけるトウカイテイオー!譲らないビワハヤヒデ!追従するライスシャワー!
三人の差は1バ身以内、あと少し!あと少しの差が縮まらないトウカイテイオー!
二人も全く譲らない!菊花賞、天皇賞レコードの強さを見せつけていく二人!
しかしトウカイテイオーが詰める!ターフに舞い戻った帝王がじりじりとその差を詰めていく!
レースは残り100mを切った!最後の攻防!ここで三人が並んだ!三人が並んだ!』
勝ちたい!ファンのみんなの、お姉さまたちの、
マックイーンさんたちの思いを受け止めて、ライスは勝つんだ!
みんなが応援してくれて、支えてくれたライスの走りで、みんなに歓喜と祝福を与えるために!
勝ってみせる!ライスシャワーも、トウカイテイオーも、私が超えなくてはならない壁だ!
私の理論と夢のためにも!今ここで二人を超えていく!!
勝つんだ!!ボクがこのレースに込めた思いは、勝ってこそ意味がある!!
マックイーンのため、ファンのため、カイチョーの、トレーナーの、スピカのみんなの、
そして何より…このボク自身のために!!絶対に勝つ!!!
三人が自分の夢の、信念のために力を振り絞る。誰も譲ろうとはしない。
勝利を目指し、ゴールのその瞬間まで脚を動かし続ける。
そして最初にゴールを抜けたのは――――
『三人が並んだまま、ほぼ横並びのままだ!意地を見せるかトウカイテイオー!
それとも祝福のヒーローライスシャワーか!勝利の探究者ビワハヤヒデか!
今三人が並んだまま…ゴールイン!!!勝敗は写真判定に委ねられます!』
結果が表示されるまでのわずかな間、静まり返る会場。
スピカのメンバーたちも、気が気ではなかった。
「頼む、勝っててくれ!」
「お願いします~!」
「お願い!」
「どうだ…!?」
「や、やったか…!?」
また、テイオー以外を応援する者もまた同じである。
「ライス…!」
「姉貴…!」
「ハヤヒデ…!」
そして数瞬の後、確定板に表示されたものは。
『判定が出ました!結果は…トウカイテイオーだ!トウカイテイオー、写真判定で勝利!
二着はビワハヤヒデとライスシャワー、こちらは同着です!』
「やっ……たぁぁぁぁ!!!」
結果を見て、雄叫びをあげるテイオー。
「「やったああ!!!」」
そして同時に、テイオーの勝利の判定とともに沸きあがる会場。
繰り返された故障を乗り越え、見事な走りを見せたテイオーの復活劇に、
観客たちは流れる涙を拭おうともせず、ひたすらに勝利の祝福と歓喜に包まれていた。
『一年ぶりのレースを制しましたトウカイテイオー!
ミラクル、まさに奇跡の…奇跡の復活を見せましたトウカイテイオー、
こんなことがあるんでしょうか。
去年の有マ記念以来、まさに一年ぶりのレースであります。
トウカイテイオーが見事13人を蹴散らしました!細江さん、しかしびっくりしました』
『信じられません。歴史に残る勝利でしたね』
『そうですね、ここまで長期休養明けで挑むGI勝利はこれまで無い史上初の快挙です。
三度の骨折で元の走りに戻るのか不安視され、もうだめだと言われていたトウカイテイオー。
怪我に負けない不屈の精神を見せつける歴史に残る勝利となりました!』
『一年ぶりのGI出走でこのそうそうたるウマ娘たちを相手に見事な勝利、
トゥインクルシリーズの常識を覆す凄いレースでした』
『ライスシャワーとビワハヤヒデ、
最後の直線で競っているときはこの二人で決まったかと思いましたが、
トウカイテイオー、執念ともいえる末脚でこの二人を見事追い越しました』
『どのウマ娘が勝ってもおかしくない面々でしたが、
最後はトウカイテイオーの信念が勝利を掴みとりました』
「「「テ・イ・オー!テ・イ・オー!テ・イ・オー!」」」
『おおっと、ここでテイオーコールが起きています!
日本ダービーの優勝の時と同じ、いやそれ以上の勝者を称える声援が中山レース場に響きます!
多くのファンを魅了するトウカイテイオー、常識を覆し、
諦めさえ置き去りにしたその走りは有マ記念にまた一つ新しい伝説を刻みました!』
「テイオーは皇帝を超えたかもしれない…!」
「天才はいるな、悔しいけど…!」
息を整えながらスピカのメンバーに近づくテイオー。
「ありがとう、みんな」
「お゙ま゙っ…ずげ…デイ゙…」
「ぐすっ、もう何言ってんのかわかんないわよ…!」
「やったな゙、テイオー…!」
「ぐすっ、テイオーさんおめでとうございます~!
スズカさんも喜んでくれてますよ~!あれ、出ない…」
「本当にいいレースだったわ。おめでとうテイオー」
突然出現したサイレンススズカ。
「え…。ス、スズカさん!?どうして!?」
「ふふ、直接応援したくて飛んできちゃった」
「スズカさ~ん!来るなら来るって言ってくださいよぉ~!」
「アハハ、仲いいな二人は…あっ」
人ごみの奥のほうから近づいてきたのは、マックイーンだった。
瞳に涙を浮かべながら、にこやかに微笑んでいる。
その晴れやかな顔を見て、テイオーも笑みを浮かべる。
「見ててくれた?」
「ええ。…ええ!ありがとう、テイオー」
「マックイーン…!ってうわあっ!」
感動の対面をしているテイオーの元に、共に走ったライバルたちが飛びかかって来た。
「おめでとうテイオー!」「おかえり!」「凄かったよ!」「感゙動゙じだぁ゙~!!」
「ナニナニナニ~!?グエエッ!ちょっと重いよ~!」
「負けちゃった…」
確定板を見て、自身の敗北を知るライスシャワー。
もう少しだった。でも届かなかった。負けたのはとても悔しい。
でも今瞳からこぼれる涙は、悔しさからくるものではなかった。
負けてしまった、それなのに…強いテイオーが戻ってきたことが、とてもうれしかった。
「負けちゃったのに、冷たくない涙もあるんだね」
もう泣かないって決めたけど、あったかい涙なら、いいよね。
「テイオーさん、おめでとうございます」
「あっ、ありがとう。ライス」
「みんなはテイオーさんのこと奇跡って言ってるけど…
ライスは、テイオーさんの頑張りと想いが掴んだ必然だって思ってるよ。
きっと、今日のレースでは…誰よりもテイオーさんのそれが強かったんだね」
「アハハ、そのストイックなところ相変わらずだね」
「またこれからも、ライスたちといっぱい走ってね」
「うん。次も負けないからね」
「ライスも負けないよ」
「ハー…ハー…くうっ…!」
負けてしまったか。私の正しさを証明できなかった…。
悔しさをにじませるビワハヤヒデだが、皆に祝福されるテイオーを見て頬が緩む。
「フッ…私は君を侮っていたようだな…」
「ビワハヤヒデさん」
「ライスシャワー…君か。」
「今日はいい勝負でした。また走りましょう。でも、次はライスが勝ちます」
「望むところだ、次こそ私が勝つとも。負けないよ、君にも、テイオーにも」
「はい…!」
レースを終え、各々が控室に戻る。そして各々に、応援し支えてくれた人が待っていた。
ライスシャワーの控室には、親愛なるトレーナーとブルボン。
「あ、二人とも!うう、ライス負けちゃった~!」
「ライス、敗北は残念でしたが見事なレースでしたよ」
「おーよしよし。負けちゃったけどタイムは2500mのベスト2だったよ!
次は絶対勝てる!頑張ろうね!」
「テイオーさん、本当に強かったなあ…。ライスのベストじゃないと勝てないなんて。
次こそ、ライスが勝ってみせる!」
「その意気よ!これはまだ勝ちの途中なんだから!」
「私が戻るまで、その立派な背中を見せてくださいね」
「うん、ありがとう!これからもライスのこと、見ててね!」
ビワハヤヒデの控室には、愛妹ナリタブライアンとBNWの一人ナリタタイシン。
「残念だったな、姉貴」
「チケットもね」
「そうだな。私の仕上がりは万全だった。しかし負けた。
トウカイテイオーのあの走り、『勝ちたい』という気持ちが誰よりも強かった…
私の予想を超えた走りだったよ。完敗だ」
「くっそ~!負けたのは悔しいよ~!でも、ハヤヒデとテイオーとライスの走り!
もの凄くって…感動じぢゃっだあああ~!!!」
「あーもう!暑苦しいのよアンタは!」
「姉貴もかなり良かったんだけどな。次こそ勝ってリベンジしなきゃな」
「『負けたくない』という気持ちと『勝ちたい』という気持ちは似て非なるものだと、
ブライアンやチケットたちが教えてくれた。ライスシャワーもその心根で躍進していった。
私も見習っていたつもりだったが…まだ足らなかったかな」
「今回のテイオーは凄かったけどイベントブーストみたいなもんだろ。
あんま勝ちを求めすぎると殺意の波動に目覚めるかもよ」
「ふふ、確かにな。方程式にはちょうどいい『解』がある。
多くても少なくてもだめだ。だから、私に合う答えを見つけてやるさ」
「今度はアタシとも戦ってよね。絶対アタシが勝つから」
「いーや!アタシが勝つよ!」
「いいや、私だ」
「ふっ、三人とも似た者同士だな」
トウカイテイオーの控室には、スピカチームのメンバーたち。
「よっしゃあ、今夜は祝杯だな!」
「豪華な食事、用意してますよ!スズカさんも一緒に食べましょう!」
「ありがとうスぺちゃん。私も用意、手伝うわ」
「テイオー完全復活ね。アタシもうれしいわ」
「俺もだ!これからはまた一緒にトレーニング出来るな!」
「おかえりテイオー。お前の走る姿、目に焼き付いて離れないよ」
「おかえりなさいテイオー。今度は…わたくしが約束を果たさないといけませんわね」
「みんな…。ボクがここまで来れたのは、みんながいたからだ」
引退ライブのあと、立ち直らせてくれたみんなにお礼を言ったときのことを思い出す。
あの時はちょっと照れちゃったけど、今はもう真っ直ぐ言えるよ。
「みんなありがとう。これからも、よろしくね」
ウイニングライブも終え、学園に戻ってきたスピカメンバーたち。
解散した後、テイオーとマックイーンは二人で星空を眺めていた。
「とても晴れやかな空。星がどこまでも続いているようですわ」
「うん。とっても綺麗だ」
二人は夜風を感じながらこれまでの事を思い出す。
今までにいろいろな、本当にいろいろなことがあった。
でもそのいろいろな事があったからこそ、今のボクたちがいるんだろうな。
「ねえマックイーン、『奇跡』ってあると思う?」
「『奇跡』…。みなさん、テイオーのことを奇跡を起こしたと喜んでいらっしゃいますわね」
「マックイーンもそう思う?」
「わたくしは…。テイオー、あなたがどれほどの努力をしてきたのか知っていますから。
確かに奇跡かもしれません。しかし、奇跡という言葉だけでは片づけたくないと思っています」
「マックイーンも、ライスも…奇跡は望んで追い求めるから手に入るものだって言ってたね。
きっとそれは正しくて、祈ったから手に入るような『奇跡』ってものはないのかもしれない。
だけどボクは思うんだ、『奇跡』はきっとある。だってそうでしょ?
ボクが今こうして走れているのは、カイチョー、トレーナー、スピカのみんな、
ライスやブルボン、他にもたくさんの人たち、
そして何より…マックイーン、キミがいたからだ。
ボクらがどこで誰とどう出会うかは誰にも決められないし、
求めたから手に入るようなものでもない。
だけどその出会いによって、人はどこまでだって強くなれる。トモダチ以上…仲間でライバル。
そんなキミがいたから、何回だって走りだせた。限界だって超えられた。
きっと一人だけじゃずっと気づけなかった。不可能なんて辞書にないことを。
だから、この出会いが奇跡なんだ」
「出会いが奇跡…ですか。そうかもしれませんわ。わたくしも、あなたと出会えてよかった」
「そうだよ、マックイーン。キミはもう奇跡を起こしてる。あとは前に進むだけだ!」
「ありがとうテイオー。待っていてください。勝負の約束を叶える時まで。
必ず追いついて見せますから」
「待ってるよ。いつまでだって、ずっと」
星の光に照らされながら、かけがえのない約束を再び結んだ二人。
二人の心は、この冬の青天のように澄み渡っていた。
困難と不安を乗り越え、奇跡と呼ばれる偉業を成し遂げたトウカイテイオー。
その姿に勇気をもらったメジロマックイーン。
もうどちらにも、未来に対する不安は消えていた。