レース場には来たものの、会場が見える位置には足がすくんで進めないマックイーン。
(怖い…怖くて見られない。テイオーを信じたい…だけどもし負けたらわたくしは…!)
この日までに、テイオーがどれだけ頑張ってきたのかを知っている。
だけど、だからこそ、それが報われなかったら、負けてしまったら。
努力をしてもどうにもならない現実を見せられてしまったら…。
テイオーも、ライスさんも、どちらも大きな苦しみを乗り越えて走っている。
わたくしは応援する立場だったから、苦しみを理解しつつも体験はしていませんでした。
理解していたつもりだったのに、体験するとこれほどつらく苦しいものだったなんて。
わたくしはあなたたちのようになれるのでしょうか…。
『場内にファンファーレが響き渡ります。
さあ今年のナンバーワンを決める有マ記念、各ウマ娘、枠入りは順調に進んでいきます。
それぞれ真剣な面持ちで、
応援を送るファンの期待に応えるべくゲートが開く瞬間を待っています。
最後に大外、メジロパーマーがゲートに入ります。さあ14人、ゲート入りが完了しました』
『今年最後のGI有マ記念…今!スタートしました!』
『まずはメジロパーマー、いいスタートを切りました!各ウマ娘、一斉に綺麗なスタート!』
(やっぱりパーマーさんは逃げ!ライスはそれを追いかける…あっ!)
(予想通りメジロパーマーの逃げ!私はこれを追う…ムッ!)
((作戦が被った…!))
『抜け出したメジロパーマーのすぐ後を追う二人!
一番人気ライスシャワー、二番人気ビワハヤヒデです!』
『共にスタミナに自信ありの二人ですが、どうやら同じような作戦を取っているようですね』
(ビワハヤヒデさんも同じ動きとはね。でも、レースを支配するのは私の仕事だ!!)
(ライスシャワーも同じ動きとは。差し気味に来ると思っていたのだがな。
だがこれも悪くない。真っ向勝負、望むところだ!!)
先頭のメジロパーマーは焦っていた。
(ライスとハヤヒデがガンガン追いかけてきて怖すぎるよ~!
逃げが得意なわけでもないくせに!に、逃げウマ娘としての意地を見せてやる~!)
一年ぶりの復帰戦。トウカイテイオーが感じた本番の雰囲気は。
本番のレース、やっぱり全然違う。
みんなの息遣い、勝ちたいって気持ち。いろんなものがビリビリしてる。
それに先頭集団にいるライス…誰もがライスの背を追いかけているみたいだ。
このレースの中心にいるのはライスなんだ。
ビワハヤヒデでもウイニングチケットでも…そしてボクでもない。
だけど負けられない。負けるもんか!!
このレースはボクが貰う!!
『先頭は相変わらずメジロパーマー。
ビワハヤヒデは現在二番手、ライスシャワーもそれに続きます』
『トウカイテイオーは少し下がってこの位置ですね。
一年ぶりのレース、果たしてどう感じてるのでしょうか』
『大方の予想通り、今年も先頭でレースを作るのはメジロ家の爆逃げウマ娘、
メジロパーマーですね』
『そうですね。ただ今年は14人がほぼ10バ身以内に収まっていますからね。
それに一・二番人気の二人がすぐ背後にいることを受けてか、
逃げのペースも速くなっているように感じます』
マックイーンはいまだにレースを見られずにいる。
場内に流れる実況を聞きながら、テイオーの走りを想像する。
きっと…テイオーは今、頑張って走っているのだろう。
『だから見てて。マックイーン』
そう、わたくしに背中を見せるために。
土砂降りの雨の中、わたくしを迎えに来てくれて、励ましてくれた。
度重なる怪我を乗り越え、この有マに出走したテイオー。
そのテイオーが見てくれ、と言っていた…。わたくしは、わたくしは…。
マックイーンの瞳に力がこもる。立ち上がり、スタンドへと向かっていった。
『さあ、ここから誰が仕掛けてくるのか。レースはいよいよ第3コーナーに入ります!』
レースに出走した大勢のウマ娘たち。だがその思いは一つだった。
((((絶対に勝つ!!))))
『さあレースは第4コーナーに差し掛かります。
おおっと!ここでライスシャワーが仕掛けた!
メジロパーマーをかわし、ぐんぐん速度を上げていく!』
(ここからだ…!このレースは、私のものだ!!)
(っ!先を越された!ならば私もついて行く!)
『さらにビワハヤヒデもそれについて行く形で加速した!
やはり強いのはこの二人か!?後続をさらに引き離していく!』
(ぐううっ…!離されるもんか…!!ボクは…ボクは…ッ!!!)
「おお…!」「すごい…!」「マジか…!」
マックイーンが観客席につく頃、大きなどよめきが起きていた。
「なんでしょうか…?」
意を決し、コースを見るマックイーン。その目に飛び込んできたものは…
「あっ…!」
先頭の二人に今にも追いつかんと必死で走る、トウカイテイオーの姿だった。
『トウカイテイオーが来た!』
『…えっ?トウカイテイオーが来た!!?』
肺が苦しい。だけど破れたって関係ない。足が重い。でもまだ動く。
このレースに来るまで長かった。
大きな怪我をし、心も折れて、ボクは何度も挫けてきた。
だけどみんなに支えられて、もう一度立ち上がらせてもらったこの体。
心の中で燻り続けた思いが、炎になって心を燃やす!
マックイーンと勝負したかった。ライスと勝負したかった。
ずっとずっとずっと思ってきた目標を叶えたかった!
誰よりも悔しい気持ちになったのはボクだ!
誰よりも勝ちたい気持ちが強いのはボクだ!
絶対に譲らない!絶対に!絶対に!!
絶対は…
ボクだ!!!
「勝負だ―――ッ!!」
トウカイテイオーの叫声が、中山レース場にこだました。
「「!!!」」
先頭を走るビワハヤヒデとライスシャワーも、その声に反応する。
『トウカイテイオーだ、トウカイテイオーが来た!前方二人との距離を詰めていく!
追いつくことができるのか!?必死に迫るぞトウカイテイオー!』
(バカな…トウカイテイオーが来るだと!?あまりにも予想外すぎる!
彼女はこれほどの力を持っていたのか!?だが負けん!君も私のライバルだった!)
(テイオーさん、来ると思ってた…!でも、このレースも絶対に譲らない!!)
(勝ってみせる!!このレースにボクの全てを賭けてきた!
ボク自身を証明するために!!)
ライスシャワーのトレーナーも思わずテイオーの走りにに見入る。
「すごい…。テイオーさん、本当にこんなに走れるなんてね。正直疑ってたわ。
一年ぶりのレースでこれは本当にすごい…!テイオー完全復活ね…!」
テイオーが見せた、全力を超えた走り。
絶望的な怪我を乗り越えたその姿を見た日本中の観客たちが感動の涙を流し、
そして誰もがテイオーを応援していた。
レースを見守る者の心はほぼ一つ。
「「「行け!!トウカイテイオー!!」」」
だが、トレーナーは今まで過ごしたライスシャワーとの日々を思う。
「テイオーさん。あなたがマイナスをゼロにしようとして過ごしたこの数か月は…
ライスは10を100にするために捧げてきたのよ」
ライスシャワーが脚に力を込める。
(テイオーさんの思いや努力がどれほどのものであろうとも…
私を超えることなんて絶対にさせない!!!!)
ヒーローとして挑んだこのレース。誰よりも強く、誰よりも大きく走ることを決意してきた。
テイオーさん、あなたの全力を見せてくれてありがとう。それを受けきって、それでも私が勝つ。
私とお姉さまが歩んだ道を、この世の全員に認めさせるまで強くなるのだから!!
『あっ!?ライスシャワーがまだ速度を上げた!速い、速すぎるぞ!
追いすがるビワハヤヒデとトウカイテイオーをさらに引き離している!』
ライスシャワーがかけた全力のラストスパート、それと同時に全身から漏れ出る漆黒のオーラ。
だがそれは先のマックイーン戦の時とは様子が違っていた。
相手を押しつぶすように黒く淀んでいたオーラは、
ブラックオニキスのように黒く輝くものになっていた。
相手を潰すのではなく、相手を受け止め、そして自分を主張する。
これも彼女の中のヒーロー観の変化がもたらしたものだった。
「頑張れトウカイテイオー!」「負けるな!」「追い越せー!」
「奇跡を見せてくれ!」「もう少しだ、行け!!」
会場はテイオーへの声援で一色に染まっている。
観客の目を引いていたのはテイオーの姿だった。
その一方で、ウマ娘たちの意識はライスシャワーに引き寄せられる。
(ライスシャワー!?信じられん、トップスピードもここまで成長していたのか!
何という素晴らしい脚!だが負けられない、私もそこに…!)
(ライスの姿が輝いて見える…!天皇賞でマックイーンが言ってたのはこれか…!
ならボクが勝てば、ボクはそれよりもっと輝くウマ娘になるってことだ!絶対に勝つ!!!)
テイオーとビワハヤヒデの二人がライスシャワーを追いかける。
いや、二人だけではなく後続のほとんどのウマ娘も同じ気持ちだった。
(アタシと同じ逃げでこんなに差がつくなんて!あたしももっと強くなりたい!)
(ライスちゃん、まだ成長してる…!私もライスちゃんみたいになりたい…!)
(ライス速すぎ!テイオーもハヤヒデも置き去ってくなんて!
3着すら取れないなんて悔しい…!アタシもアンタみたいに…!)
そしてレースを見ていたマックイーンも、
(ライスさんの走り…先日のわたくしの時とはまるで違う!
威圧的で怖ろし気なあの時とは違い、
天皇賞で対峙した時のように美しさと気高さを感じるその姿…
彼女に何か心境の変化があったのでしょうか…!?)
あの時の勝負が結果的にライスシャワーの精神へ、
僅かではあるが良い影響をもたらしていたことをマックイーン自身は知る由もなかった。
しかし理由は知らずとも、歪んだ走りをしていたライスシャワーが
正しい方向へ向かってくれたのだと思い安堵した。
(テイオーの素晴らしい走りと、ライスさんの素晴らしい走り。
どちらも見られるなんて…見に来る決意をして、本当に良かったですわ。)
『追いかけるトウカイテイオーとビワハヤヒデ!だが全く譲らないライスシャワー!
後続の二人は差が縮まらない!レースは残り100mを切った!
ライスシャワーとの差は3バ身はあるが差が縮まらない、これはもう無理か!?』
届かない。このボクが届かない。
トウカイテイオーはライスシャワーの姿を見た。
美しく、力強く、大胆で、輝くその姿。
ボクはこのレースに全てを賭けた。
走りへの思い、マックイーンへの思い、ライスへの思い、トレーナーたちへの思い。
そしてその思いが実ったのか、限界を超えた走りをできている。
なのに届かない。このボクの全てをもってしても届かないなんて。
悔しい。悔しい。悔しい!!
「ラ…ライスシャワァァァ!!」
テイオーが叫び声をあげた。
残り10mほどの地点、ライスシャワーは勝利を確信する。
みんな見てる?私は全員の走りに正面から勝ち切ったよ。
一番強いのは私なんだ。私とお姉さまはは正しいんだ。
誰もが認める最強のヒーローになるまで、みんな私を見ていてね。
『ライスシャワー!後続を振り切り今ゴールイン!
トウカイテイオーは2着、ビワハヤヒデは3着です!』
『いや、素晴らしいレースでした。
ライスシャワーは珍しく逃げの走りで最後までレースを率いていましたね。
また、1着は逃したものの、トウカイテイオーの走りも素晴らしかったですね。
1年ぶりのレースとは思えぬ見事な走りであのビワハヤヒデを追い抜いていきました』
『本当ですね。一度は復帰が絶望視されたトウカイテイオーの見事な走り。
常識を覆し、諦めさえ置き去りにしたその走りは歴史に新たな一ページを刻みました』
会場には今もテイオーを称える声援でいっぱいだった。
しかしテイオーはそれには耳もくれずにいた。
「ハァ…ハァ…く…くっそぉ~!!!!」
テイオーが叫ぶ。地面に突っ伏し、身体を振るわせ、悔しがる。
自分の全てを賭け、限界以上の走りをできたのに負けてしまった。
こんなに悔しいのは初めてだ。
怪我で三冠を失った時も、マックイーンに負けた時も、前回の有マの時も悔しかったけど、
なにかそれとは違う悔しさが溢れてくるよ…!
そのテイオーの下にライスシャワーが近づいていく。
ライスシャワーは会場に響き渡る声援に耳を傾けた。
「惜しかったぞテイオー!」
「くっそー、やっぱりライスシャワーか…!」
「負けたけど最高の走りだったわ!」
「テイオー、もう少しだったなあ」
「どうせなら勝ってほしかったよ」
勝ったのは私なのに、みんなはテイオーさん、テイオーさんって。
まるで菊花賞や天皇賞の時みたいだね。
会場から聞こえてくる声は、ほとんどが勝った自分ではなく負けたテイオーへの声援だった。
だが、今のライスシャワーに動揺は一切ない。
この道を歩むと決めたあの日から、こうなることもあると覚悟して臨んできたからだ。
こんな声が飛ぶのも、自分がまだ足りていない証拠。
もっと勝ち続けなければいけないな、と改めて決意をする。
それに私にとってテイオーさんは仲間で、恩人でもある。
そして、ライスシャワーはヒーローだから。私が今やるべきことは…
「テイオーさん」
「ライス…!ぐうぅっ…!キミの勝ちだね、おめでとう…!」
あふれ出る悔しさを隠すこともなく答えるテイオー。
「ありがとう。でも、テイオーさんもすごかったよ。
とても一年もブランクがあるなんて思えなかった。
そんなテイオーさんに負けたくなくて、ライスもいつもより頑張れたんだ」
ライスシャワーが手を差し伸べる。
「ライスが今走れているのも、前にテイオーさんが励ましてくれたおかげ…。
ずっとテイオーさんと走りたかったんだ。戻ってきてくれてうれしいよ。
また一緒に走ってねテイオーさん」
テイオーは差し出された手を見つめた。
堂々としてて、真っすぐなその振舞い。
なんだかマックイーンの時とは全然違って、
本当にヒーローのような感じがするじゃないか。
「ふっ…あははっ…カッコいいなあライスは…!!」
瞳に涙を浮かべ、拳を握り、歯ぎしりをしながら答えるテイオー。
そして差しのべられた手を握った。
「次は…っ!次こそはボクが勝つからね…!!」
「いつだって受けて立つよ…!」
「次も頑張ってくれよテイオー!」
「ライスシャワーもカッコよかったよ!」
「最高の勝負だった!これからも見せてくれ!」
握手を交わす二人の姿を見てから、会場は二人への声援となった。
声援こそテイオーへ向けられたものが多かったが、
かつてのようなライスシャワーへの罵声はない。
もう今のライスシャワーはヒールではない。
確かな実力を持ち、凛とした振る舞いの強きウマ娘として人々に認められている。
ライスシャワーは、自分の求める場所に確かに近づきつつあった。
ライスシャワーは降り注ぐ歓声の中で、笑顔で皆に手を振りながら思う。
ああ、なんて醜いんだろうか、と。
今のライスシャワーにとって観客は、自分とお姉さまを認めさせるために必須であり、
目的のために重要な存在であると同時に激しく嫌悪する存在となっていた。
マックイーンとの対決後に思ったことを再び体験することとなった。
今日出走した14人は自分やテイオーさんはもちろん、全員が本気で頑張ってきたウマ娘だし、
人気投票で選ばれたこのメンバーは全員に応援する熱心なファンがいたはずだ。
それなのにテイオーテイオーと言って自分の応援してきた子ではなく、
強かった方、面白かった方に興味と声援を送っている。
そうやってすぐに流される中身のない連中のくせに、
何か不満があると私たちに文句を言い、恰も自分が損害を受けたかのように喚きだす。
さっきだって私がみんなに満足を与えられそうな振舞いをしていなければ、
この後どんな風に言われてたかな。
たくさんの人々がいて私たちを見ている。でも、ここにいるのは本当に同じ人間なの?
ライスシャワーが客席を見渡した時。
偶然か運命か、一人のウマ娘の姿を目にとめた。
それは皇帝シンボリルドルフ。絶対的存在と名高い、誰もが認める最強のウマ娘だ。
距離が離れているが、お互いの目が合ったような気がした。
ライスシャワーは思う。自分が目指すヒーローとは、絶対的な存在になること。
誰もが自分を認め、憧れる存在となること。
そしてそれに最も近いのはきっと会長さんだ。
結果を出して、それらしい振る舞いを見せれば観客は勝手にすり寄ってくる。
だから私が目指すのは、同じウマ娘たちに私を認めさせること。
『最強』のステイヤーであるメジロマックイーンを下し、
『帝王』であるトウカイテイオーを下した。
ならば自分が向かう終着地点は、『皇帝』を倒すことだろう。
会長さんが持っている『絶対』の座、私が貰いに行くからね。
絶対は、ライスのものだ。
シンボリルドルフもライスシャワーを見ていた。
テイオーは負けてしまったが素晴らしい走りをしていた。
度重なる故障を乗り越え、完全復活したと言っていい。
愛する後輩の復活劇に大きな喜びを感じていた。
負けたことは甚だ残念だが、1年ものブランクを経て出た有マ記念で2着なら十分すぎるほどだ。
テイオーの百折不撓の姿、多くの人々が認めてくれたことだろう。
そして優勝したライスシャワーに目を移した時、確かに目が合った気がした。
感じたのは私に対する挑戦的な視線。ブライアンやマルゼンスキーのように、
私にただ憧れるわけでも、ただ畏れるわけでもなく、倒すべき相手として認識されているようだ。
ミホノブルボンを追いかけ始めたころの君とは、比べ物にならないほど成長したな。
シンボリルドルフの口元に笑みが浮かんだ。
ライスシャワー、私が持つ玉座を奪いに来るといい。
君との戦いは竜攘虎搏の激しさになりそうだ。だが、この座は絶対に譲らないよ。
テイオーが観客席にいるスピカメンバーの下に向かうと、後方からマックイーンが現れた。
「あっ、マックイーン…!見ててくれた?ボクの走り」
マックイーンは思う。
レースの前は、あれほど頑張っていたテイオーが負ける姿を見たら、
自分の心まで折れてしまうのではないかと恐れていた。
しかし実際には違った。大きな怪我を乗り越えて全力で走る美しいその姿、
それ自身が素晴らしく、自分の心を救ってくれていた。
「ええ…。とても、とても素晴らしかったですわ。
あの時のテイオーが戻ってきてくれたのですね…」
「へへ、言ったでしょ?ボクは走ってみせるってさ」
マックイーンの晴れ晴れとした表情を見て、テイオーは安堵した。
よかった。やっぱりボクたちの走りで、思いを伝えることができたんだ。
「じゃあさマックイーン。ボクが見事に負けて、悔しがってるところも見ててくれた?」
「えっ!?そ、その…」
「いいんだ。そこもキミに見ててほしかったから」
テイオーが思う。かつて味わったことのない、何か質の違う悔しさの理由について。
菊花賞を諦め三冠を失った時の悔しさは、
目標を失ったことと、自分が満足できる走りができないことを悟ったから。
マックイーンとの対決に敗れ無敗の称号を失った時の悔しさは、
目標を失ったことと、自分の努力の足りなさを実感してしまったから。
でも今回はどちらとも違う。
心から満足のできる走りを出来た。
自分の実力の高さを実感できた。
なのに負けた。自分の100%以上を出せたのに負けてしまった。
全てを出し尽くしても届かない相手に出会ってしまった。
しかしテイオーは挫けない。
挫けるのはもう散々やってきたことだ、もう飽きたよ。
今のボクの全力でも届かないなら、明日の、明後日の、その次のボクの全力で挑むまでだ。
ボクには目標がたくさんある。カイチョーを超える帝王になる、マックイーンの目標になる、
いつかマックイーンと戦って今度こそ勝つ、それらにまた一つ勝ちたい相手が増えただけ。
それにこの悔しさが、この悔しさこそが。
「この悔しさは、ボクが本気だった証拠なんだ。
勝ちたくて、頑張って、限界以上の力を出せたからこそ悔しい。
この悔しさがボクが生きてる事の証なんだ…!」
「テイオー…」
「ボクはこの悔しさをバネにまたもっと強くなる。
だからこれからも見ていてほしいんだ、ボクのことを。
そして…追いかけてきてよ。ずっと待ってるから」
「…ええ。必ず追いついて見せますわ。待っててください、テイオー」
「マックイーン…!」
感動の対面をしているテイオーの元に、共に走ったライバルたちもやってきた。
「すごかったよテイオー!」「おかえり!」「感゙動゙じだぁ゙~!!ゔお゙お゙~ん゙!」
「アハハ、みんなありがと!今回はライスに負けちゃったけど…次は1着とるもんね!
テイオー様の姿、これからもキミたちに嫌というほど見せつけていくから!」
「負け…か」
ビワハヤヒデも悔しさをにじませる。
ライスシャワーはまだしも、考慮していなかったテイオーに敗れたことも悔やまれる。
私はレースを甘く見ていたということか。まだ未熟だな…。
しかし明確な目標もできた。ライスシャワー、次こそ君に勝って見せる。
勝利の方程式を解き明かす解は君の中にありそうだ。
君のその輝く姿、是非私も手に入れたいものだな。
「ライスシャワー。次こそは、君に」
レースを終え、各々が控室に戻る。そして各々に、応援し支えてくれた人が待っていた。
ライスシャワーの控室には、親愛なるトレーナーとブルボン。
「おめでとうライス!とっても美しい姿だったわ!
いつもよりも輝いて見えたもの!」
「おめでとうライス。さすがは私のライバルです」
「あ、ブルボンさんだ!見に来てくれたの!?二人ともありがとう!」
「とても素晴らしい走りでしたね。逃げでもあれほどとは驚きました。
私が復帰した際には是非逃げウマ娘として戦ってみたいです」
「ほんとにね。ライスはどの作戦でも行けると思ってたけど、
逃げでもここまで見事なものとは思ってなかったわ」
「えへへ、ありがとうブルボンさん。いいよ、ライスも勝負したいな」
「楽しみです。もしよければあなたも逃げシスの一員になりませんか?」
逃げシスとは、ミホノブルボン、サイレンススズカ、
スマートファルコンなどの逃げ作戦主体のウマ娘のことである。
「に、逃げシス…」
「ブ、ブルボンさん。ありがたいお誘いだけど、この子は必ず逃げってわけではないの」
「そうですか…わかりました」
少しシュンとして耳を垂らすミホノブルボンだった。
ビワハヤヒデの控室には、愛妹ナリタブライアンとBNWの一人ナリタタイシン。
「残念だったな、姉貴」
「チケットもね」
「そうだな。私の仕上がりは万全だった。しかし負けた。
正直に言うと、ライスシャワーの姿に見惚れてしまったよ。
レースの最中にそんなこと考えるなんて私もまだまだだな。完敗だ」
ビワハヤヒデはそう言って頭をポリポリと掻いた。
「あ、それアタシもだ!ライスのフォーム、めっちゃ綺麗で強くって…
しかもテイオーも頑張ってて…感動じぢゃっだあ゙あ゙あ゙~!!!」
「うっさ!どうせ泣くなら悔し泣きにしときなよ!」
「ライスシャワー、あれはすごかったな。私も勝負してみたくなってきた…」
ナリタブライアンが走りたくてうずうずしている様子が見える。
「ライスシャワーは素晴らしいな、あの美しいフォームと美しい髪。
黒く艶やかな長髪を靡かせて走る姿は私の憧れそのものだ…!」
「あー、ハヤヒデは髪モッサモサだもんね」
「!!! 気にしてることを言うんじゃない!!」
「ハヤヒデもアタシやタイシンみたくショートにしたらどう?
短くまとめれば頭も小さくなると思うよ!」
「頭は小さくならん!!!そもそもデカくない!!!
それに私は髪は長い方が好きなのだ!!
くっ…せめてブライアンくらいの髪になりたい…なぜこうも違う?姉妹なのに」
「さあな。才能の差じゃないか?」
「才能の差など努力の量で追い越して見せる。私もなるんだ、あの美しい髪に…」
気魄を込めたガッツポーズをするビワハヤヒデ。
「無理ね」
「アハハ、無理無理!」
「無理だな」
「お前たち!人の心はないのか!?希望くらい持たせろ!」
「てかさ、レースの後だってのに髪の話ばっかなんだけど」
あきれた様子のナリタタイシンだった。
トウカイテイオーの控室には、スピカチームのメンバーたち。
「よっしゃあ、復帰祝いってことで今夜は豪勢にやるぜ!」
「豪華な食事用意してますよ!スズカさんも一緒に食べましょう!」
「ありがとうスぺちゃん。私も用意、手伝うわ」
「テイオー完全復活ね。アタシもうれしいわ」
「俺もだ!これからはまた一緒にトレーニング出来るな!」
「おかえりテイオー。お前が立派に走る姿、また見られて本当にうれしいよ」
「おかえりなさいテイオー。今度は…わたくしが約束を果たさないといけませんわね」
「みんなありがとう。これからも、よろしくね」
和気藹々と食事をしながらいろいろと話すメンバーたち。
「それでテイオー、次の目標は何かあるのか?」
と沖野が言う。
「んーそうだね。復活できたといっても負けちゃったしね…
やっぱりボク自身のリベンジとマックイーンの仇討も込めてライスに一度勝ちたいな」
「まあ今回は長距離レースですものね。
あなたの得意な中距離レースなら勝っていたかもしれませんわ」
「うーん、走りは満足だったから言い訳はしないよ。
でも得意な距離の方がいいのは確かだね。
今後も中距離レースをメインにテイオー様の名を世界に叩き付けてやる!」
「やる気十分だな。これからも一緒に頑張っていこうな」
「頼もしいですわね。テイオー、わたくしの目標として走り続けてくださいね」
「任せておいて!テイオーの伝説は、まだまだ続いていくからねっ!」