ライスシャワーはダークヒーローとなる   作:黒い平方四辺形

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夢の先に待つゴール

 

迎えた阪神大賞典。この日は生憎の雨模様。

ライスシャワーにとっては短期間で連続したレース出場になるが、

自身の目的のためと、天皇賞の予行として出場を希望したのだった。

 

 

「今日は天気が悪くて残念ね。ライスの美しい姿が見えにくくなっちゃうわ」

とトレーナーが言う。

 

「大丈夫だよお姉さま。私は誰よりも目立って見せるから」

 

「そうね、それに雫滴る美少女っていうのも素敵よね。体調は問題ない?」

 

「ばっちりだよ。今回は3000m、

これで勝って天皇賞3200mに向けての準備もしっかりできるね」

 

「頼もしいわ、でもまずはこのレースを制覇しないとね。

このレースではあなたを脅かすほどの脅威になる子はいないから、

あなたがレースを支配して、あなたの自由な走りを見せつけてやりましょう」

 

「うん!それじゃ、行ってきます!」

 

 

 

 

『本日は小雨の降る阪神競バ場。

重バ場となっておりますが、出走ウマ娘の調子はどうでしょうか』

 

『どのウマ娘も落ち着いていますね。あまり雨を気にしている者はいないようです』

 

『そのようですね、雨に負けないようにトレーニングを積んできていることが伺えます。

しかし今回はもう一つ…ライスシャワー、彼女の存在も影響しているのではないでしょうか』

 

『ここまで重賞15連勝の彼女ですからね。

小柄な体つきに反して、ターフでの存在感はあまりにも大きく感じます。

他のウマ娘全員が彼女を意識しているように見えますね』

 

『雨など知らぬ、私を見ていろと言わんばかりのライスシャワー。まるで太陽のような存在です。

果たして今回は彼女を超えるウマ娘が登場するでしょうか?』

 

『ライスシャワーも非常に落ち着いているようですね。

去年の天皇賞では「良バ場なら」メジロマックイーンにも負けない、

と重バ場への苦手意識を滲ませていましたが、今の彼女にはもうそれはないでしょう』

 

『ライスシャワーを筆頭として、仕上がりの良いウマ娘の集った阪神大賞典。

どのようなレース展開がなされるのか期待が高まります』

 

 

 

ライスシャワーはいつものように意識を集中させる。

今の彼女は前とは違い、周りを意識から排除するのではなく、

周りを意識に取り込みながら集中を高い領域へと持っていくようになっていた。

 

自身に向けられる尊敬や畏敬の念、強敵に挑まんとする挑戦的な念。

それらを心地よく感じながら、自身の抱くヒーロー像と混ぜ合わせ、自信と覚悟に変えていく。

今日もまた、彼女の意識は最高潮へと達した。

 

 

 

『すべてのウマ娘がゲート入りを終えました。阪神大賞典、今スタートです!』

 

『一番人気ライスシャワー飛び出した!今回も逃げで行くようですね』

 

『逃げで優勝を果たした有マ記念以降、逃げの割合が増えましたね。

なにか彼女に変化があったのでしょうか?』

 

『前は綿密な作戦に基づいた差し展開が多かったですからね。

しかし今の彼女を見ると、細かい作戦など不要だという自信を感じられます』

 

『なるほど、高まった実力による変化だと。

確かにここ最近のライスシャワーは過去のいつよりも堂々とした振舞いですね』

 

 

 

トレーナーは実況を聞きながら思う。まあ間違ってはいないけどね、と。

確かに細かい作戦ではないが、これも作戦のうちなのだ。

 

今のライスはスタミナなら誰にも負けない。

今日のような重バ場ならラストスパートにも力が多く必要。

加えて後方にいると前方から泥が飛んできたりして走りを阻害される可能性があるし、

バ群に飲まれて前に進めないという状況もしばしば発生する。

ライスは単純な実力で言えば負ける理由などないのだから、余計な紛れが起こらない先頭に立ち、

豊富なスタミナを活かした逃げが最良だと踏んだのだ。

 

そしてレースも終盤となり、ライスシャワーが最終コーナーを回った。

やはりというべきか、二番手に数バ身差をつけたまま圧倒的な走りを見せるライスシャワー。

 

 

『ライスシャワーが最終コーナーを回り、ラストスパートに入りました!

既に数バ身離れている二番手をさらに引き離す!これは今回のレースも彼女のものとなるか!?』

 

 

最終直線、全力のスパートをかけるライスシャワー。

二番手がどれだけ離れていようと、手を抜くことは一切ない。

自分の出せる力を出し尽くして絶対的な強さを見せる、それこそが最強のヒーローの姿だからだ。

 

 

(このままゴールまで駆け抜ける!私の力をみんな見てて!)

 

 

『ライスシャワー、後続を全く寄せ付けないまま残り200m!』

 

 

その時、それは起こった。

 

 

(あと200m、このまま行ける…!)

ライスシャワーがそう思った時、

 

 

 

 

 

ゴキッ

 

 

 

 

 

(…え?)

 

 

鈍い音とともに左足に激痛が走った。

 

 

 

「ッ!!?うっ、あああっ!!」

 

 

激痛が走るも、全力のラストスパートをしている真っ最中。

脚をすぐ止めることなどできるはずもなく、二度、三度と脚を踏み込む。

そしてその度に激痛が走り、バランスを保てなくなった体はついに転倒し、

激しく地面を抉りながら転がっていった。

 

 

その瞬間、歓声に溢れていた場内は一気に悲鳴の溢れる空間と化した。

 

 

 

その姿を見ていたトレーナーも絶叫する。

「ああっ!!!ライス!!!!!!!」

 

 

『ああっ!!?ライスシャワー転倒!ライスシャワー転倒です!故障発生か!?』

 

 

「うわわわっ!」「やばっ!」「マジ!?」

ダントツのトップを走っていたライスシャワー。

不幸中の幸いとして、他のウマ娘を転倒に巻き込むことはなく、

また後続も十分避けられる距離だったため激突されたり踏まれることもなかった。

 

 

 

『ゴール直前でライスシャワー転倒です!出血もしているようです!』

 

『これはまずいですね、救護班に急いでいただかないと!』

 

救護を呼ぶ声が聞こえる中、

トレーナーは真っ先に飛び出してライスシャワーのもとへと向かっていく。

 

(ライス!うそでしょ、こんなの…!)

 

トレーナーが辿り着くと、呻き声をあげながらうずくまるライスシャワーの姿があった。

「くっ…ううう…う…」

 

「ライス!!!大丈夫!!?」

 

青白い顔で、トレーナーの問いかけに応えることもできないライスシャワー。

彼女の左足を見ると骨折した骨が皮膚を突き破り飛び出しているのが見えた。

そしてそこからは多量の出血が発生している。

 

「まずい、まず止血しないと…!」

 

トレーナーは自分のシャツを脱ぎ、ライスシャワーの脚に巻き付けて止血を施す。

 

止血を終えたころ、担架を持った救護班が到着した。

「ライスシャワーさん、大丈夫ですか!?うっ、これは…」

 

「早く運んでください!!」

トレーナーが叫ぶ。

 

「わかりました!そちらを手伝ってください、ところであなたは?」

 

「私はライスのトレーナーです!」

 

「そうですか…。では病院まで付き添いをお願いできますか?」

 

「はい!」

 

担架に乗せたころには、ライスシャワーは意識を失っていた。

そのまま大急ぎで運び出され、病院へと連れられていった。

 

 

 

 

『本日のレース、1着は4番のウマ娘です』

 

レースは主役であるライスシャワーが退場する形で幕を閉じた。

 

「こんなの、勝ちじゃない」

本来2着になったであろうウマ娘は、おこぼれで得た1着には不満を露にし、

自身の目標でもあったライスシャワーの悲惨な怪我に心を痛める。

それは他のウマ娘も同様であった。

 

ウイニングライブも行われたものの、状況が状況であるため、

壇上のウマ娘も客席のファンたちもほとんど笑顔はなく、

ダンスや歌も精彩が著しく欠けていた。

 

 

 

 

 

 

病院に運ばれたライスシャワー。

 

手術室に入ってからもう数時間経っている。

トレーナーはこのような事態を引き起こした自責の念に駆られながら、

ただ祈ることしかできない自分の無力さを恨んでいた。

 

正月の時にライスシャワーが言っていた言葉。

 

『お祈りが叶ったことなんて全然ないよ』

 

それでも、今の私には祈ることしかできない。

神様お願いします、どうかライスのことを助けてください…。

 

 

手術開始から5時間強が経過したところで、ようやく手術が終了となった。

手術室から出ていた医者がトレーナーに話しかける。

 

「ひとまず処置は終了しました」

 

「ライスは…ライスの状態はどうなりましたか!?」

 

「あなたはライスシャワーさんのトレーナさんなんですね?

詳しくお話をさせていただきたいのでこちらに来ていただけますか?」

 

「っ…はい…!」

 

詳しい説明を受けるまでもなく、深刻な状態であるとわかり切っている。

これから言われる内容を想像するだけで呼吸が定まらなくなるほどだ。

だけど今は何とか耐えるしかない。ライスのためにも、状況を把握しなくては…。

 

 

医者が話し始める。

「まず、ひとまず命に別状はありません。

止血をしてくださったのはあなただと聞きまして、早期の処置ありがとうございます。

ライスシャワーさんは小柄な方ですので、そのままだと失血死する恐れもありました。

 

今回行った処置ですが…

最も損傷が激しかった下肢部、左足の脛骨と腓骨は皮膚を突き破り開放性骨折となっていました。

さらに脛骨は骨折部同士が激しく衝突したようで、骨折部付近は粉々に砕けるほどの損傷でした。

また骨の開放部は転倒の際に地面に擦り付けられたためにそれによる損傷と泥による汚染があり、

それらの部位は切除せざるを得ませんでした」

 

トレーナーは話を聞くたびに意識が飛びそうになるほどのショックを受ける。

相槌を打つことすらできずに、話を聞くことで精いっぱいだった。

 

医者が続ける。

「その他大きなものは大腿骨の骨折、左上腕骨の骨折、左肩の脱臼です。

おそらく大腿骨の骨折は転倒の際の衝撃で発生したもので、

腕と肩の損傷は体を庇った結果によるものでしょう。

また、あちこちに軽度な骨折が発生しています。

これらは…比較的軽度であるため問題なく治癒できるでしょう。

その他、全身に転倒による擦過傷が発生していたため、患部の洗浄を行いました。

こちらは傷跡が残る可能性はありますが…傷自体は治るでしょう。

しかし諸々の怪我によって感染症や骨髄炎になる危険があるため、

抗生物質は投与しましたが、まだ経過観察をする必要があります」

 

一通り説明を受けた後、トレーナーがようやく口を開いた。

「あ…ありがとう、ございます…でも…」

 

最初に受けた脚の骨折。

それの説明がまだ足りていない。

 

「あの…脚の骨折については、これからどうなりますか?」

 

医者が眉を顰める。

当然言わなければならないが、言いたくないことばかりの内容だった。

「…先ほど述べたように、損傷と汚染が激しかった部位は切除せざるを得ませんでした。

そして骨を切除するということは当然、骨が短くなるということです。

つまり脚そのものが短縮されてしまう状態です」

 

「脚が短く…それって…」

 

「走ることはおろか歩行自体に影響が及ぶ、短縮障害と呼ばれる状態です。

ライスシャワーさんはウマ娘ですが、今後レースに出ることは…」

 

「そんな…」

 

「幸い神経の損傷は少なかったため、骨折部の治癒後は脚を動かせるようになるでしょう。

しかし骨が短くなることはどうにもなりません。

まだ本格化が終了してない時期ですので、人工骨に置き換えるのも危険です。

治療方針としては、骨折部の癒着が済んだあとに骨延長手術を受けることになると思います。

とはいえ骨延長は長い期間が必要で、日常生活にも負担が生じますから、

ライスシャワーさんとも相談した方がいいですね」

 

「……」

 

トレーナーの頭の中は真っ白だった。

ただ「治らない」という結果だけが大きく脳に刻まれていた。

 

「…………あの、転倒する前に起きた骨折は…

なぜ起きたんでしょうか…」

 

「そうですね…ライスシャワーさんは多くのレースで活躍されていたウマ娘ですから、

トレーニングやレースに起因する疲労骨折だと思われます。

運動量の多いアスリートではままあることです」

 

トレーナーは頭を抱える。

「私の…私のせいだ…」

 

「落ち着いてください、先ほど言ったようにアスリートにはしばしば発生するものです。

あまり自分を責めないでください」

 

「いいえ…。あの子はハードなトレーニングをしていました…。

そしてそれは私の指示なんです…。だから私のせいなんです…」

 

「…責任が誰にあるという話は今は置いておきましょう。

何よりも優先すべきなのはライスシャワーさんの治療です。

脚も腕も左半身は大きく骨折していますから、しばらくの間は入院しなくてはならないでしょう。

それに何より…精神面、メンタルケアも重要になるかと思います」

 

トレーナーは思う。

そうだった。ショックで自分のことしか考えていなかった。

この怪我で一番つらいのはだれか、それは当然ライスだ。

もう自分が走れないと知った時、あの子はどんな反応をするだろう?

走ることにすべてを捧げてきたライスが全てを失ってしまった。

 

前々から、負けてしまったらどうなるかを考えることはあった。

勝つことしか求めていないライスが、負けたときどんなことになるのか。

恐らく絶望してしまうだろうと危惧していたが、これはその比ではない。

負けて絶望しただけなら、実際に可能かは別として乗り越えようもあるだろう。

だけどこれは、絶対に乗り越えようのない絶望だ。

それを認識した時、ライスは…?

だがこれも全部私のせいだ。私が、私が、私が。

 

「なんとか…なんとか治らないんですか!?」

なるわけがない。それは十分理解できる。

だが、治るわけがないとわかっているのに、

それを受け入れることを拒否してしまう。

 

「残念ですが、おそらく不可能でしょう…。」

 

「そんな…!ああ、どうすれば…!」

 

頭を抱えてぶつぶつと呟くトレーナーを見て、医者が声をかける。

「トレーナーさん、今日はもう遅いですからお休みになられてください。

今後の方針について話し合うのは明日にしましょう」

 

「……」

トレーナーは何も答えない。

 

「トレーナーさん?」

 

「………………はい、わかりました」

 

トレーナーが立ち上がる。

「あの、先生。帰る前に、ライスのことを一目見させてもらえませんか?」

 

「そうですね…いいですよ。でも、少しだけですよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

トレーナーと医者の二人はライスシャワーの病室に向かった。

そこでトレーナーが目にしたのは、大量の医療機器が取り付けられたライスシャワーの姿。

 

「麻酔は切れているんですが、術後からまだ目を覚ましてはいません。

体への負担が大きかったのかもしれません」

 

呼吸が止まりそうになるほどのショックを受けながら、ライスシャワーの傷だらけの顔を見る。

 

「ライス…。ごめんなさい、ごめんなさい…」

 

トレーナーは涙を流しながらライスシャワーの右手を握る。

そのまま1分ほど握り続け、立ち上がった。

 

「先生、ありがとうございました。私は今日は帰ります。

この子の事、よろしくお願いします」

 

「任せてください。ゆっくりお休みになってくださいね」

 

「はい。それでは」

 

そうしてトレーナーは病院から外に出た。

ごめんなさいライス。全部、全部私が悪いんだ…。

私はどうすればいい?責任を取る?どうやって?私に何ができる?

ライスは私をどんなに恨んでいるだろう。

私にはあなたのそばにいる資格なんてないんだ。

私があなたにできることなんてもう何もない。

 

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…。

 

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