ライスシャワーはダークヒーローとなる   作:黒い平方四辺形

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心閉ざして

 

翌日。

朝になり、目を覚ましたライスシャワー。

周りに誰もいないことでむしろ少々落ち着いていられた。

全身に走る痛みと、動かない脚を見つめながら、現実をはっきりと理解する。

 

そっか。私はもう、走れないんだね。

ヒーローになるために、ずっと頑張ってきた。だけどそれももう終わりだ。

もうライスはおしまいなんだ。

 

ライスシャワーが周りを見渡すが周りには誰もいない。一人ぼっちだ。

こんな時に一番傍にいてほしいお姉さま。だけどその姿はない。

そういえば昨日もお姉さまはいなかったような気がする…。

私がこんなふうになってしまったから見捨てられてしまったのかもしれない。

そうならば自業自得だ。私がこうなったのは私のせいなのだから。

そう思っていても悲しくて涙が止まらなかった。

最も面会時間の前だから誰もいないのは当たり前ではあるのだが、そこまで頭は回らなかった。

 

哀しみと絶望に打ちひしがれる中、しかしひとつ思う所がある。

周りを見渡すと、誰かが持ってきてくれたらしい自分の鞄が置いてあるのが目に入る。

近くに置いてはあるのだが、体が体なのでなかなか取れなかったがどうにか手が届いた。

中に入っていたスマホを取りだし、検索を始めた。

 

『今のライスシャワーに対する評価はどうなのだろうか?』

 

 

「ライスシャワー、もう走れないのかな」

「すごく悲しいけど、仕方ないか」

「早く怪我が治りますように」

「復帰してほしいけど…無理だよなあ…」

「ここまで頑張ってくれてありがとう!」

「いっぱい夢を見させてもらいました」

 

 

ネットで見かける評価と感想は、自分に対する労いの言葉でいっぱいだった。

自分はヒーローを目指して走り続けてきた。

そしてその道はここで閉ざされてしまった。

しかし、走れなくなった私の事も応援しているたくさんの人々がいる。

自分はヒーローになれたと言えるんじゃないかな?

みんながライスを愛している。みんなが、ライスのことを。

 

 

 

そして調べ始めたもう一つの事。

 

『お姉さまの評判はどうなのだろうか?』

 

だがそれは調べる前から想像はついている。

今行うのは、単なる確認作業に過ぎない。

やはり出てきたものは想像通りの物だった。

 

 

「ライスシャワーの故障は疲労骨折が原因だってよ。

これトレーナーの管理が間違ってたんじゃないのか?」

「俺たちのライスシャワーを壊された。最低のトレーナーだ」

「昔からそうだったけど、ライスシャワーのトレーナーって酷い事ばかりしてるな」

「まともなトレーナーがついてくれていればこんなことにならなかっただろうに」

「会見からも逃げてやがったぞ。天皇賞の時の会見といい、ロクでもないトレーナーだな」

「ライスシャワーがかわいそう。トレーナー運がなかったのね…」

 

 

見るまでもない事だったが、実際に確認できた。みんなお姉さまへの批判ばかりだ。

それは当然だろう、オーバーワークによる疲労骨折だなんて、

トレーナーの責任問題になるのは目に見えている。

 

私はずっとハードなトレーニングをやってきた。

お姉さまが何を言ったって辞める気もなかった。

私が自分で招いたことだけど、何かあったら責任はお姉さまが被ることになる。

少し考えればわかることなのに、無視して突き進んでしまった結果だ。

 

 

「…ふっ」

 

 

私はヒーローになりたかった。

でも何でヒーローになりたかったの?

 

それはお姉さまをみんなに認めてほしかったからだ。

そのために、まずは私のことをみんなに認めさせる必要があった。

そしてライスはヒーローになった。みんなに認めて貰えたよ。

だけど今、お姉さまはどうなっている?

認められていたのは、ライスだけだった。

お姉さまを認めてもらいたくて頑張ってきたのに、

お姉さまの未来も、私自身の未来も失ってしまった。

 

 

「ふふっ」

 

 

全部私のせいだ。我儘に、独りよがりで、勝手に正しいと信じ込んだ道を進んできた。

その結果、何もかもを失ってしまった。自分も、周りも、全員が不幸になった。

こんな結果になったんだ、お姉さまはもうトレーナーなんて続けられなくなるよね。

私が奪ったんだ。

こんな脚じゃ、レースに出ることなんて二度とできないよね。

私が壊したんだ。

ライスをヒーローだって思ってくれた人は、ライスがこんなことになって悲しんでるよね。

私が悲しませたんだ。

人を幸せにしたいと思って走ってきた。その道のゴールがこんなものだなんて。

私はなんてバカな事をしていたんだろう。

 

 

 

「あははっ」

 

 

 

私は走るべきじゃなかったんだ。

こんなことになるのなら、あの時スカウトなんて受けなければよかった。

私は人を不幸にしてしまう駄目な子だとわかっていたのに、スカウトされた事が嬉しくて。

嬉しくてスカウトを受けた。それは私の欲望によるものだ。

人を幸せにしたいと言いながらその実、望んでいたのは私の幸せだった。

そして今、私に関わった全ての人が不幸になった。

なにもかも、すべてが、間違いだったんだ。

 

 

 

「あはは…」

 

 

 

 

「はは…」

 

 

 

「ああ…」

 

 

 

「……」

 

 

 

「………」

 

 

 

「…うああああああああっ!!!!」

 

 

 

ライスシャワーは持っていたスマホを窓に向かって放り投げた。

激しい音を響かせながら、スマホが外に飛んでいく。

その直後、ライスシャワーの意識がそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

前日の予定通り、この日も朝からテイオーたちがお見舞いに来ていた。

 

「ライス、一晩経ったことで少しは落ち着いてくれるといいけど」

 

「今日も、昨日のような暴れ方をしたらどうしましょうか?」

 

そんなことを話しながら歩いていると、ガラスの割れる派手な音が聞こえた。

 

マックイーンが驚きながら反応する。

「!? な、何事ですか…!?」

 

音の方向を見ると、病室の窓が割れている。

しかもその方向はライスシャワーの病室のあたりではないだろうか?

 

そして地面に転がる物体も目に入る。

ミホノブルボンが近づくと、それはスマホであることに気付いた。

 

「このスマートフォンはライスの…。じゃあ、やはり今の音はライスのところで!?」

 

スマホを拾い、急いでライスシャワーの病室に向かう三人。

病室にたどり着くと、看護師がライスに話しかけているところだった。

 

「ライスさん、ライスさん?起きてください」

 

テイオーが声をかける。

「あ、あのっ!ライスシャワーに何かあったんですか!?」

 

「あっ、テイオーさんたち。いえ、それがよくわからないんです。

ガラスが割れる音がしたのでここに来たんですが、ライスシャワーさんは寝ているようです。

何があったのか聞こうと思ったんですけど起きなくて」

 

「ライスは寝ているのですか…?

今しがた、この窓から飛んできたと思われるスマートフォンを拾ってきました。

これはライスの物です。状況から計算するに、この窓を破壊したのも恐らくこれかと思われます」

 

看護師が訝しむ。

「スマホが…。なんでしょうか、部屋に誰かが侵入して窓を割ったとは考えにくいので、

ライスシャワーさんが自分でそれを投げたということですかね…?」

 

「そうなりますわね…。本当にライスさんは寝ているのですか?」

 

「ええ、全然目を覚ましません。もしかすると、昨日打った鎮痛剤がまだ残っていて、

副作用で譫妄や錯乱状態になって無意識的に変な行動をとってしまったのかもしれませんね」

 

「なるほど、あり得る話です。ライスがやったとすれば本当に申し訳ないことを。

私はガラスの片づけをやってきます」

 

「いえいえ!お見舞いに来た方にそんな事はさせられません。

しかし下が生垣で人が歩く場所ではありませんから、

誰かを怪我させることがなくてよかったです」

 

「本当だ、危なかったね。じゃあ、申し訳ないけど片付けはお任せで…。

ボクたちはここでライスが起きるのを待ってるね。

もしまた変な行動を取ったらボクたちで止めるから」

 

「そうしていただけると安心です。それでは私はこれで」

 

「ありがとうございました。

あの、ガラスの代金は後でお支払いしますので請求書をくださいませ」

 

「そうですね…。調べておきますね」

 

看護師が帰ると少し沈黙が起きた。

 

ガラスの破壊、ライスが自分でやったというのは昨日の暴れ方を見ると十分あり得る話だ。

だけどもしそうなら、今おとなしく寝ているとは思えない。

とすると、本当に寝ぼけてやっただけなのか…?

 

いずれにせよ目が覚めればその時の態度でわかるだろう、と待つことにした三人。

それから小一時間ほどたったころ、ライスシャワーが目を開けた。

 

「おっ…?ライス、起きたの?」

 

「おはようございます。迷惑かもと思いつつ、今日もお見舞いに来てしまいましたわ」

 

「具合はどうですか?喉は乾いていませんか?」

 

「……」

 

暴れなくてよかった、と思いつつ三人がライスシャワーに話しかけるが、反応はない。

 

「…ライス?大丈夫?まだ寝てるのかな?」

 

「目はパッチリ開いてますけど…ライスさん?聞こえてますか?」

 

やはりライスシャワーからの反応はない。

 

「瞳孔の形状確認、良好。対光反射、確認。言語反応、確認できず。運動反応…確認。

言葉に反応しないこと以外正常ですね。寝ぼけているだけでしょうか?」

ミホノブルボンはライスシャワーの瞳を覗きながらそう言った。

 

「ライス?おーい!わかる?ボクだよ、無敵のテイオー様!」

 

「ライスさんに負けたあなたが言っても説得力ありませんわね」

 

「今ここで無敵なのはライスだけです」

 

「つ、冷たいねみんな。夢は大きく、心は前向き、それがいいんじゃあないか!」

 

「まあ確かに。わたくしはいずれ全員を超えて行くつもりですし」

 

「私もそのつもりです」

 

「みんな負けず嫌いばっかりで面白いや。ボクもやりがいがあるってもんだよ」

 

わいわいと話しながらライスシャワーの反応を窺う一行。

だがやはり何の反応も示さなかった。

 

テイオーがこそこそと話し始める。

「ねえ、やっぱり変だよ。ライスの体になんか起きてるんじゃない?」

 

「わたくしもそう思いますわ。先生に診てもらったほうがよろしいのでは」

 

「賛成です。私たちでは詳しくはわかりませんからね」

 

 

結局また医者を呼び、ライスシャワーの様子を見てもらうと。

 

「これは…起きてはいるようですね。眼球の動きなどを見ても意識はあると考えていいでしょう」

 

「え…でもわたくしたちには全く反応してくれませんわ。どうしてですの?」

 

「うーん…これを言っていいものか悩みますが…トレーナーさんはいらっしゃらないんですか?

昨日話し合う予定だったんですが姿が見えなくて。これも踏まえて話をしたいのですが」

 

「ライスのトレーナーですか。彼女はただいま…」

正直に答えようとするミホノブルボンを遮り、テイオーが答える。

 

「連絡忘れててごめんなさい!ライスのトレーナーは今体調不良で動けないんだ。

だからボクたちが代理で来たってわけ!

だからある程度はボクたちに話してもらいたいな」

 

その言葉を聞いて医者が答える。

「ああ、そうなのですか。では話しておきましょうか」

 

 

(よし、ボクたちのネームバリューはさすがだね。

医者にもあっさり信じてもらえたよ)

 

マックイーンがテイオーに耳打ちする。

(ちょっとテイオー、いいのですか勝手にそんなこと言って!)

 

(いいのいいの、行方不明なんだから。今いない人を気にするよりも、

ライスを助けられるなら別にボクたちでもいいでしょ?)

 

(…まあ、そうですわね)

 

 

医者が言う。

「今の状態はおそらく…

ストレスや心的ショックにより精神が安定してないのではないかと推測されます。

声に反応しないことから、難聴も引き起こしているかもしれません。

今回の怪我は、ライスシャワーさんへの負担は私では想像できないほど重大です。

そのくらいの障害が起きても不思議ではありません」

 

「精神が安定しない…?どのような状態でしょうか」

ミホノブルボンが首をかしげる。

 

「ボクは体験したことないけど、

記憶喪失になったり多重人格になるとかって話は聞いたことあるなあ」

 

「ライスさんも似たような状態だと…?」

 

「頭部に大きな損傷はありませんでしたから、物理的なものである可能性は低いです。

そうなると精神面が原因の可能性が高いので、おそらく心神喪失のような状態でしょう」

 

「ねえ、それってどうすれば治るの?」

 

「そうですね、こうなるとおそらく精神科の範疇になると思うので私の専門ではありません。

詳しくは専門医の判断を仰ぎたいところですが、

基本的にはストレスを緩和して精神を休めることが大切と言われています」

 

「ストレスを緩和ですか…今の状態で可能でしょうか…」

 

「まだ動ける状態じゃありませんからね。少し難しいかもしれません。

これでは精神科に向かうこともできませんし…」

 

「ストレスを緩和…つまりライスに優しく接すればよいということですね?」

 

「まあ、そうです。ただし本人にとって何がストレスなのかは周りからは判断しづらいですし、

声もうまく聞こえていないようですのでなかなか大変かと思います。

せめて起き上がれるようになるまでは変に刺激しないようにしましょう。

昨日のように暴れるようなことがあるかもしれませんから」

 

「了解しました。オペレーション『優しく』、始動します」

 

「ボクも参加するよ」

 

「ではわたくしも」

 

「ライスシャワーさんのこと、よろしくお願いします。

私もファンですから、このようなことになってとても悲しく思います。

せめて普通に生活できるように治ってほしいところです」

 

「先生もファンなんだ…。身体の方は先生に任せるけど、

心の方はボクたちも頑張ってみるからね」

 

「先生、ありがとうございました」

 

 

それから面会終了時間まで、三人はライスシャワーを何とかしようとした。

声をかけたり、手を握ったり、頭をなでたり、しかしまともな何も反応はなかった。

自発的には何もしようとしないのだが、

食事は口に運べば摂ってくれたのでそこだけは少し安心だった。

 

 

「まさかこんなことになるなんて…。

ライス、全く反応無かったね。何とかしたいけど、明日はどうしよう?

いくらなんでもずっとここにいるわけにはいかないよね」

 

「そうですわね、明日で三日目…。

わたくしとしてはここにいるのは明日までかな、と思っていますが」

 

「同意します。私も…レースがありますから。

ライスと戦うはずだった天皇賞。ライスがいなくても私は出走します。

そこでの勝利をライスに捧げるために」

 

「ブルボン…キミも強いね。じゃあ明日まで粘ってみよう。

これで無理なら…あとはボクたちだけじゃどうしようもないし…

たづなさんに話してボクらは帰ることにしようか」

 

「そうですわね」

 

「賛成します」

 

 

次の日もライスシャワーのお見舞いに行った三人だが、やはりライスシャワーに変化はなかった。

経緯や状況についてたづなさんに伝え、病院側と治療の方針についての話し合いをしてくれた。

感染症などの異常が発生しないかを確認する必要があるためしばらくは経過観察をするが、

それに問題がなければある程度骨折部が安定したら学園付近の病院へ転院するのが良いだろうと。

 

その後特に問題は発生しなかったため、

2週間後にライスシャワーは学園付近の病院へと移動になった。

そして、精神が戻らないのも相変わらずだった。

一度専門の医者に診てもらったところ、

見立て通り精神的なショックによる心神喪失だろうとのこと。

どうやら声は聞こえているらしいので、色々話しかけてあげてください、とのことだ。

なお怪我の治療具合についてはある程度ニュースでも報道されているが、

心神喪失の件については学園外には一切情報を流さないことと決められた。

 

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