ライスシャワーはダークヒーローとなる   作:黒い平方四辺形

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勝者の責務

 

 

 

デビューからしばらくが立ち、トレーニングやレースの出走にも慣れてきたライスシャワー。

 

何度かの勝利と敗北を繰り返し、そのたびにまた強くなる。

勝利を求める心、それは全く衰えない。ライスシャワーの調子は絶好調だ。

 

そして今日もレースに出走する日である。

 

「ライス、調子はどう?」

 

「ばっちりだよお姉さま!ライスが走るところ、見ててね!」

 

「うん!楽しみにしてるよ!」

 

元から強い根性と、ステイヤーの素質があったライスシャワー。

トレーナーとのトレーニングによって成長したその姿は、

既にG3では勝機十分、OPでは敵はなしと言える状態だった。

本日の結果も快勝。満足のいく走りに嬉しくなる。

 

しかしそんな折。慣れて心に余裕ができたからか、

今までは聞こえていなかった対戦相手の声が耳に入ってきた。

 

「うえぇ~ん、負けちゃった…!」

 

「ぐすっ、あんなに頑張ったのに…!」

 

負けて悔し涙を流す対戦相手。その声と姿を見た時、ライスシャワーの胸に痛みが走った。

 

(泣いてる…。これって、ライスが勝ったから…?)

 

そそくさとその場を離れるライスシャワーだったが、今の情景が心に残る。

勝ったのに心にもやが残ってしまった。

 

 

 

 

そのレース以降、ライスシャワーは不調続きだった。

 

十分勝てそうなレースでも結果が振るわない。

トレーニングは真面目に受けているし、トレーニング中のタイムはどんどん成長している。

だが本番のレースになると調子が出ないのだ。

 

それを見てトレーナーは不調の原因を考える。

ライスは元々本番に弱いタイプではない。

それに何度もレースに出ていて、もう緊張もない。トレーニングでは結果が出ている。

それなのに本番では結果が出ない、これはメンタル面に何か問題があるのだろう。

 

本番でしか起こらないメンタルの問題…。イップスのようなものだろうか。

もしそうなれば大変だ。イップスはアスリート生命を終わらせかねない危険な疾患。

今すぐに対処しないと手遅れになってしまうかもしれない。

 

 

「トレーニングありがとうお姉さま。ライスは帰るね」

 

「…ライス、ちょっとお話があるんだけど、いいかな」

 

「なあにお姉さま?」

 

「ライス…最近のレースで、ライスはどんなことを考えて走ってる?」

 

「どんなこと…。精一杯走ろう、って思ってるよ」

 

ごまかしていたり、嘘をついている雰囲気はない。きっと本当にそう思っているんだろう。

つまり、現時点では無意識に発生している状態のようだ。

 

「本当にそれだけ?」

 

「うん。どうしてそんなこと…あっ、最近ライスが負け続きで、

だからライスが不真面目なのかなって思われちゃったんだね。

ごめんなさい、でもライスは精一杯頑張ってるよ。

次こそ勝てるよう頑張るから…ライスのこと…見捨てないで…」

 

「そ、そんな。見捨てるわけないじゃない!不真面目だなんて思ってないよ。

毎日一緒に頑張ってるのを見てるんだから…。こんなことを聞いたのはね、

なんだか最近はちょっとレースに集中できてないんじゃないかな、って思ったからなの。

何か悩みがあったりしない?」

 

「悩み?べつにないけど…集中できてない…。うーん」

 

考えるライスシャワーだが、今一つ思い当たらないようだ。

だが引っかかるものはあるようで、考え込んでいる。

 

「まあまあ、そんな悩まなくてもいいよ。次頑張って勝とうね!ライスならできる!」

 

「うん!」

 

ライスシャワーの力強い返事をもらったものの、不安が残るトレーナー。

もしイップスだとしたら、何が原因なんだろう。本人も無自覚のようだしまだわからない。

だが、一刻も早く見つけなければ。

 

 

 

 

次のレース。

今回もライスシャワーは勝利できず、三着に終わった。

 

「お姉さま、ごめんなさい…」

 

「んーん、よく頑張ったよ!今日はゆっくり休んで、明日からもっともっと成長していこうね!」

 

「うん…!次こそは…!」

 

 

その夜。

トレーナーはライスシャワーが負け始めた時のレースの録画を見返していた。

 

イップスになる原因は様々だが、いわゆるトラウマになるような出来事が原因であることが多い。

何かに対する恐怖が体を縛り付けてしまうのだ。

 

(でも無意識だったとしても、よく見れば問題が見えてくるはず)

 

2つ、3つ、4つとどんどんレースを見る。また、過去の勝利したレースとも見比べる。

何度も見ていくうちに、あることに気づいた。

 

「ライス、終盤の伸びが急に止まってる…?」

 

ライスシャワーの得意な走りは、先行と差しの中間くらいの動きだった。

前の方を走りつつ、先を行く相手についていき終盤のラストスパートで一気に抜き去る。

それで勝ってきたし、負けている今も動きは同じはずだ。

 

だが最近のレースを見ると、ラストスパートでトップに追いつきそうになると同時に失速し、

ほぼ横並びにはなるが追い抜きができていない。

どう見ても十分追い抜けるはずの速度なのに急に止まるのだ。

表情を見てもライス自身は本気で走っているように見える。つまりこれは無意識の行動なのか。

 

外から見ていただけでは気づかなかった。

不調でスタミナが切れて追いつけないのかと思っていた。

メンタル面の問題だとわかるまでこのことに気づかなかったのだから、

なんて間抜けな話だと自己嫌悪する。

 

反省しつつも分析をする。なぜトップの子を追い越せないのか。

答えを導くのにあまり時間はかからなかった。

 

「ライスはきっと…勝つことが怖いのね」

 

ライスは優しい子だ。人の幸せを喜び、人の不幸を悲しむ。

だが運の悪さなのだろうか、人の不幸に巻き込まれることが多く、

いつしかそれを自分の不幸のせいだと思い込むようになったらしい。

 

自分が「ライスと一緒に居られて幸せだ」と何度も言い続けたおかげか、

そういう言動は減ったものの根気強くやらなければ根付いた意識はなくせないだろう。

 

良く言えば優しく、悪く言えば人を気にしすぎる。

そんな彼女のことだ。自分が勝つことで、誰かが負けてしまう。

敗北という不幸、しかもそれはライスの不幸に巻き込まれるのではなく、

ライス自らが相手に手を下す不幸といえる。

 

そのことを内心嫌がっており、無意識の行動となって表れているのかもしれない。

 

「ライスと、ちゃんと話さないとかな…」

 

 

 

 

 

数日が立ったころ、トレーニングをしに来たライスに声をかける。

 

「ライス、ちょっとこっちにおいで?」

 

「お姉さま、なあに?」

 

トレーナーは近づいてきたライスの頭を撫でまわした。

 

「ふわぁ…お、お姉さま…?」

 

困惑し照れているようだが逃げようとはしないライスシャワー。

 

(なんてかわいいんだ…)

 

抵抗されないのをいいことに、トレーナーは数分間無言で撫で続けた。

さすがにそろそろ本題に行かないとな、と思ったトレーナーが口を開く。

 

「ねえライス、ライスは走るのって好き?」

 

「ふあ…あ、えっと、走ること?もちろん好きだよ!」

 

「うんうんそうだよね。それじゃあ、どうして走るのが好きなの?」

 

「え、どうして?」

 

「ライスとこういう話を、ちゃんとはしてなかったなと思ってね。

ライスが走る意味、走るのが好きな理由、私に教えてほしいんだ」

 

「ライスが走る意味…」

 

ライスシャワーが少し考え込むが、すぐに答え始めた。

 

「お姉さま、『ライスシャワー』の言葉の意味って知ってる?」

 

「えっと、結婚式で新郎新婦の幸せを願って、

実りのある生活、ご飯に困らないように、とかの気持ちを込めた儀式の事だよね」

 

「うん。ライスが自分の名前の意味を知った時思ったの。

『ライスシャワーは人の幸福を願う言葉。

だからライスは、自分の走りで見る人を幸せにできたら』って」

 

「人を幸せに…」

 

「でも、ライスは周りの人を不幸にしちゃう子だから、

最初は霧に浮かぶうっすらとした夢のようなものだった。

 

だけど、お姉さまがライスのことをスカウトしてくれて、変わりたいって、頑張ろうって思って。

デビュー戦で勝ててすごくうれしくて。

みんなも笑顔になってくれて。走ることが楽しくなっちゃった。

 

ライス、小さいころからキラキラしたものにあこがれてた。

だから、こんなライスでもキラキラできるんだって。

 

それで、キラキラしてるライスのことを見て、

みんなに幸せになってほしい、元気を持ってほしいの。

お姉さまのおかげでこうなれた。今はもっともっとキラキラできるように頑張りたい」

 

「ありがとう。ライスは優しい子なんだね」

 

「えへへ…」

 

相変わらず頭をなでるトレーナーと気恥ずかしそうなライスシャワー。

可愛い顔をしているところ申し訳ないけど、話はここからなのだ。

 

「ライス…キラキラしたいんだよね。でも、最近は勝ててないね」

 

「うっ…ごめんなさい。ライスの頑張りが足らないからだよね…」

 

「いいえ。前も言ったでしょう。ライスはずっと頑張ってるよ。だけど成績が出せてない」

 

「それじゃ…ライスの才能が…」

 

「いいですかライス。自分を卑下するのはやめなさい」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「ライス。私が気になっている勝てない理由ですが。

今のあなたは…レースで勝つのを怖がっていませんか?」

 

「え…?」

 

突然の問いに戸惑うライスシャワー。しかしトレーナーに言われたことを考えてみる。

レースに勝つのが怖い?どうして?

みんな勝ちたくて走ってるはずだよ。もちろんライスだって…。

そう考えたときある情景がフラッシュバックする。

それは自分が勝利した後、悔し涙を流す対戦相手の姿だ。

 

「あっ…」

 

あの涙を思い浮かべると胸がちくちくする。

ライスが勝ったから、代わりにあの子が悲しんでいる。

自分の走りは、人を幸せにするための物じゃなかったのか。そんなことを考えたっけ。

思い返せばあれからだ。先頭の子を追い抜こうとしたとき、

理由のわからない苦しさを感じ、足が重くなるのは。

 

「お姉さまの言うとおりかも…」

 

「その理由、話してくれる?」

 

「うん…。えっとね、前にライスが勝ったレースでね。

ライスに負けた子が泣いてるのを見ちゃったんだ。

一生懸命頑張ったのに負けちゃって、それを見てライスも悲しくなっちゃった。

ライスが勝ったからあの子が泣いちゃったんだって」

 

「やっぱりそういうことね…」

 

細かい理由まではわからなかったが、

勝つことに恐怖を感じる理由はある程度大筋が決まっている。

相手の心や体を壊してしまうのが怖いというのがよくある話だ。

ライスもきっとこうだと思っていた。

 

「ライス、ライスはレースで負けたら悲しい?」

 

「えーとね。ちょっと悲しいけど、次は勝てるようにもっと頑張ろうって思うよ」

 

「うんうん。それじゃあ、勝ったらうれしい?」

 

「もちろん嬉しい!…うれしいけど。その代りに悲しくなる人が…」

 

「ライス自身はうれしいのよね?」

 

「そ、そうだね。嬉しいよ」

 

「それじゃあ、勝ってうれしかったそのレースの二着だった相手が、

『自分が勝つと二着の人が悲しむから、手を抜いて一着を譲ってあげた』

と言っていたらどう思う?」

 

「え…それって…!」

 

「どう思う?」

 

「……イヤ、だよ」

 

「それはどうして?ライスが勝ったんだよね?」

 

「ちゃんと勝たないとうれしくないよ。ライスの頑張りが報われたわけじゃないもん…」

 

「そうだよね。ライス、レースは勝負なの。勝つ人もいれば負ける人もいる。

だけどみんな、相手を認めるからこそ全力でぶつかり合って、そして勝敗が決まる。

勝った人は喜び、さらなる成長を目指す。負けた人は悔しがり、次こそはと奮起する。

そうやってお互いを高め合っていく、それがレースに込められた願いなのよ」

 

「……」

 

「ライスは優しいから、人の事まで気にしてしまうのね。

だけど…人のことを考えるのは尊いことだけど、必ずしも正しいとは思わない。

もし勝たせてあげたいと言って手を抜くようなことをしたら、

相手の頑張りを否定することになるの。

自分の力を出し切ることが、相手に敬意を払うってことなのよ。

 

そして自分を卑下してもいけません。

それはあなたの事を認めてくれる人をまで否定することになってしまうわ」

 

人のためと思ったことが、むしろ人を不幸にする。

わざとやったわけじゃないけど、無意識でやってしまっていた。

それに、思い返せば自分の事を卑下してばかりだ。だけど、応援してくれる観客の人や、

ライスを選んで一緒に頑張ってくれるお姉さまにも失礼な事だったんだ。

 

「それじゃあライスは…間違ってたんだね…?」

 

今にも泣きそうな顔で見つめてくるライスをまた撫でる。

 

「ライスの優しさを間違いとは言いたくないけどね…。

人を思う心、それはとても大切なものだから。

だけど優しさの方向を間違ってしまうと、誰も幸せになれなくなってしまう」

 

「ごめんなさいお姉さま。ライス悪い子だ…」

 

「もう…卑下しちゃダメって言ったばかりでしょ?」

 

「あっ…!」

 

「間違うことは悪いことじゃない。悪いのは、間違いをした時に反省しないことよ。

ねえライス、あなたは本当に悪い子なの?」

 

「悪い子に…なりたくない」

 

「あなたは優しいから対戦相手を負かすことが辛いかもしれない。

でも、相手だってあなたと一緒よ。

ライスは負けてしまったとき、次こそ勝ちたいと奮起して、

勝った人を頑張って追いかけて、それで前よりも強くなる。

人は勝った時よりも、負けてから立ち上がる時の方が大きく成長する。

本当に相手を思うのなら、やるべきことはわかるわね?」

 

「うん…」

 

「それにね。私やファンの人たちは、

あなたが一生懸命頑張ってる姿を見て応援してるし喜んでいるの。

ライスが縮こまっている姿を見ると、悲しくなっちゃうわ」

 

ライスが頑張る姿を応援してくれている。その言葉でライスシャワーの表情に力がこもる。

弱気なだけではない、彼女の胸に秘める確かな思いが、再び勢いを取り戻したようだ。

 

「ごめんなさいお姉さま。いっぱい迷惑かけて…」

 

一呼吸置き、言葉をつづけた。

 

「ライス、ファンのために、相手の人のために、全力で頑張ります…!」

 

「よかった。私の一方的な気持ちを聞いてくれてありがとうね、ライス」

 

「そんなことないよ。お姉さまの気持ち伝わってきたもん…!

ライスのことで心配かけてごめんなさい」

 

「うーん…ライス。あなた今から『ごめんなさい』は禁止ね」

 

「えっ!?」

 

「人と話す時は、どうにもならないとき以外は

『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』しか使っちゃダメにしよう。

さっきの言葉、それで言い直してくれる?」

 

「ええっと…や、やってみるね…!」

 

ライスは呼吸を整えて。

 

「お姉さま。ライスのことを心配してくれてありがとう…!」

 

「ライス…!やっぱりあなたはいい子ね!でも心配かけた罰よ!ナデナデ攻撃を喰らえ~!」

 

「ひゃああぁ…!」

 

ライスシャワーの心は晴れた。これからは迷いなく前に進んでくれるだろう。

これからの躍進が楽しみだ。

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