ライスシャワーはダークヒーローとなる   作:黒い平方四辺形

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立ち上がるまでの季節

 

トレーナーが戻って以来、

コミュニケーションがとれる程度には精神が回復しているライスシャワー。

相変わらず言葉は話せないが、あまりやりたがらないものの文字を書くことは一応できるらしい。

どうやら失声症という症状で、精神的な問題が原因のようだ。

治すためにはメンタルケアや、場合によっては投薬をすることになるが、

まず体を治そうということで今までできなかったリハビリの方針を話し合うことになった。

 

骨折部は概ね治ってきているが、まだ無茶はできない。

負担をかけないようにしながら、寝たきりで衰えた筋肉のリハビリをしていくことになった。

 

話はできずとも心は通じる。

ライスシャワーとトレーナーは毎日リハビリをし、骨も筋肉もだんだん回復していった。

しかし相変わらず話はできないままだった。

声が出せないことは本人にとって大きなストレスとなりがちだが、

ライスシャワーの場合はそれほど深刻ではないようだった。

ボディランゲージは問題ないからだろうか?

ただ、時折悲しそうな顔をするときがあるのをトレーナーは気づいていた。

 

何かきっかけがあれば元に戻れる可能性が高いということで色々試してはみたものの、

今のところまだ成功はしていない。

 

そんなある日。

その日はリハビリを終え、ライスシャワーが昼寝をしているころ。

その安らかな寝顔を見ながらトレーナーが呟く。

 

「今日もお疲れ様。かわいい寝顔…何かいい夢でも見ているのかしら」

 

 

 

ライスシャワーは夢を見る。

眠りにつくと頻繁に見る夢。

それは自分が元気に走り回っている夢だった。

そしてミホノブルボン、テイオー、マックイーンも、

誰も怪我をせずに思う存分走り回っている夢。

 

『ライス、私と勝負しましょう』

 

『わたくしも参加させてもらっても?』

 

『あー、ボクもやるよ!一着取るもんね!』

 

『よーし、ライスだって負けないよ!』

 

ただ純粋に走ることを楽しんでいたあのころの夢。

夢の中では脚も声も何もかも、すべてが元気に動き回れる。

だが目を覚ますと現実に戻ってしまう。

現実を見ると悲しくなり、お姉さまを見ると申し訳なくなる。

悲しい気分になるが、声にならずに消える思い。

甘えることも謝ることもできなかった。

 

 

今日もまた夢を見ていた。

仲間たちとレースをして一着になる夢。

 

『くっそ~!ライスは強いなあ!』

 

『完敗ですわ…最強のステイヤーはライスさんですわね!』

 

『ライス、あなたは私の目標です』

 

『えへへ、みんなありがとう!』

 

『ライスおめでとう!素敵な走りだったわよ!』

 

『ありがとうお姉さま!もっといっぱい頑張るよ!

だからこれからもよろしくね!』

 

ライスシャワーは夢を見ている。

しかしお昼寝の時間で、今日は特にごく浅い眠り、夢うつつの状態であった。

 

 

「えへへ…みんなありがとう…」

 

ライスシャワーの口から声が出た。

それを聞いたトレーナーが仰天する。

「んっ!?今ライスが喋った!?」

 

「ありがとうお姉さま…もっと…がんばる…」

 

「喋っ…!しゃべ…寝言か…。ん、寝言?寝言なら喋れるのね。

やっぱり精神的な問題だけなんだわ」

 

「これからも…よろしくね…」

 

「うん、こちらこそお願いします。ライス、大好きよ」

トレーナーはそう言って頭を撫でる。

 

 

そのころライスシャワーの夢では。

 

『だからこれからもよろしくね!』

 

『うん、ライス大好きよ!』

 

『えっ!?急にどうしたのお姉さま!?う、うれしいけど…!』

 

『私はライスのことが大好きだもの!これからもずっと一緒よ!』

そういいながらライスシャワーを撫でまわすトレーナー。

 

『ひゃわわ…!お、お姉さま…!み、みんな見てるよ…!』

 

『あらあら、お熱いですわね』

 

『ラブラブだねえ~』

 

『ステータス『紅潮』を確認。嬉し恥ずかし状態と推定します』

 

『ライス大好き~!』

 

『ふえええ…!』

 

 

 

「ふえええ…お姉さま…!」

 

「あら…?なんかうなされてる…。

私のせいで悪夢にでもなっちゃったかしら?ごめんね」

ライスシャワーの手を握るトレーナー。

 

「ふわぁっ…!みんなの前だと恥ずかしいよ…!」

そういいながらガバッと飛び起きたライスシャワー。

 

「ふえ…あれ…?みんないなくなっちゃった…。お姉さまだけ…?」

 

「!? ライス、もしかして起きてるの!?」

 

「起きてるって…?さっきみんなとレースをして…それから…

あれ…?ここ…病院…?あれ…」

あたりを見回してようやく頭が覚醒してきたらしく、ここが現実だと気付いたようだ。

 

「なんだ、夢を見てたみたい。騒いでごめんねお姉さま」

 

「ライス…!あなた声が出せるようになったの!?」

 

「声…?あれ、あれっ!?これ、夢じゃない!声が…声が出るよ…!」

 

「あははっ…!夢から飛び出してきたみたいね…!」

 

「喋れる…!喋れるよお姉さま…!」

 

「よかった、よかったわ…!」

うれし泣きをしてライスシャワーを抱きしめるトレーナー。

喜ぶトレーナーに反して、ライスシャワーの言葉は違った。

 

「お姉さま…!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさいぃ!!!」

 

「えっ、どうしたのライス!」

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!私のせいで…!

ごめんなさい!うわあああん…!」

 

大声で謝り続けるライスシャワー。

「ずっとお姉さまに謝りたかった!ごめんなさいって言いたかった!

だけど声が出なくてずっと言えなかった!

ごめんなさい!ごめんなさい!ライスのせいでお姉さまに一杯迷惑かけてごめんなさい!」

 

「ライス、そんなに謝らないで…!悪いのはあなたじゃない、私なのよ…!」

 

「違う、違う…!お姉さまは悪くないよ!全部私のせいなの!ごめんなさい!」

 

落ち着く気配がないので、トレーナーは抱きしめたまましばらく待った。

 

「ふー、ふー…。ごめん、なさい…。はあ…はあ…」

 

10分くらい経ち、疲れからか少し落ち着いた様子を見てトレーナーが話し始める。

「ライス、もう一度言うけど…悪いのはトレーナーである私なのよ。

今までも何度も謝ってきたけど、まだ全然足りないわ。

あなたは責任を感じる必要なんてないの」

 

「そんなことないよ…。お姉さまは私のために頑張ってくれてた。

それなのに私は勝手にいろいろな事をしたがって、強引にやって…

それでこんなことになっちゃったんだ」

 

「あなたのトレーニング内容は私が決めた。あなたに指示をしたのも私よ。

もし私がその気ならあなたを強引にでも止めることはできたのに、

それをしないであなたにトレーニングをさせた。それは私の責任だわ」

 

「そんな事…。だって、そのトレーニングは私がお姉さまにお願いしたことだったでしょ!」

 

「それでもよ。止める気になれば止められたことを止めなかった。

あなたにいい顔をしたくて、望みを叶えると嘯いて危険な事をさせてしまった。

それが私なのよ。それに…私は最低なトレーナーだもの」

 

「最低…どうして?お姉さまは、私にとって最高のトレーナーさんだよ…?」

何を言っているかわからない、という顔でトレーナーを見つめるライスシャワー。

 

その顔を見てトレーナーが気づく。

ライスは、事故が起きた時から今までの記憶があいまいになっているのだ。

それにこれまでにしてきた会話も割とあやふやになっているらしい。

こちらに戻ってきたばかりの頃に死ぬほど謝ったが、確かにリアクションは薄かったように思う。

 

つまり私のしでかしたことを憶えていない。言わなければわからないことかもしれない。

でもそういうわけにはいかない。

私は自分の罪に向き合うためにここにきたんだから。

 

「私は…私はね。ふー…。」

一度息を整えてから話すトレーナー。

「私は…最低のトレーナーなの。

私はあなたを見捨てて逃げてしまった」

 

「見捨てた…?なんで…?だってこんな体になった私にだって優しくしてくれて…」

 

「それは…違うわ。私は一度逃げ出したの。大怪我をしているあなたを置いて一人で逃げたのよ。

憶えてないかしら?あなたが怪我をしたあの日から、つい1か月前に私が戻ってくるまで、

私はずっとあなたのところに行かなかったことを」

 

「怪我をした日から…」

ライスシャワーが記憶を辿る。

大怪我をした瞬間、病院で目覚めたとき、トレーナーの悪口を見てしまったとき。

そうだ、思い出した。目が覚めたとき一人ぼっちだった朝。

あの時ライスはお姉さまに見捨てられたと思ってすごいショックを受けたんだった。

 

「思い出した…。目を覚ました時にお姉さまがいなくて、見捨てられたのかなって思ってた。

本当だったんだね…。でも、それは仕方ないよ。

だってこんなことをした私を見て、こんなことになった私を見て、

お姉さまに見捨てられるのは当然だよ。今傍にいてくれるだけで…」

 

「違う!私が見捨てたのはそんな理由じゃない!」

トレーナーが大きな声をだし、ライスシャワーの身体がビクッと跳ねる。

 

「えっ、だって私があんなことになったから…」

 

「違う…!私は、私は…!私は怖かったの!」

 

トレーナーは深呼吸をしてから話を続ける。

「私は怖かったの。あなたに嫌われるのが、あなたに責められるのが。

私はあなたに大けがをさせてしまった。だから私はあなたに恨まれると思った。

あなたが怪我で大変な時に、そんなことを考えて一人で怖がってた。

そしてその恐怖に耐えられなくなって逃げてしまった…」

 

トレーナーが頭を下げる。そして大粒の涙を流していた。

「私は…!私はトレーナー失格だと、あなたのそばにいる資格がないと、

そういうもっともらしい理屈をつけて、苦しんでいるあなたを見捨てて逃げたのよ。

全部私のわがままなのに、さもあなたのためかのようなことを言って…。

あなたに怪我をさせておいて、そのあと何もしないで逃げ出した最低の人間。

それが私なの。ごめんなさい。ごめんなさい…。」

 

「お姉さま…。」

 

ずっと頭を下げたままのトレーナー。

トレーナーがライスシャワーの前でこんなにつらそうに泣く姿は初めてだった。

思わずライスシャワーの涙は引っ込んでしまい、それをそっと抱きしめた。

 

「お姉さま、そんなに自分を責めないで。

この怪我は私が自分でやったことなんだから。

いま側に居てくれるだけでも、とっても嬉しいよ」

 

「そうじゃないよ…!私はあなたになんてひどいことをしたのか…!

どれだけ謝ったって許されることじゃないのはわかってる。

だからせめて少しでもあなたのためになりたいの…。

あ…。でも、こんな私なんかに横にいてほしくないならもう顔を見せたりしないわ」

 

ライスシャワーはトレーナーの顔を見た。

お姉さまも自分の事を責めている。

私を置いて行ってしまった事は確かにショックだけど、それだけの苦しみがあったんだもんね。

私のことを大事に思っていてくれてるから苦しんだんだもんね。

「お姉さま…。それなら、お互い様ってことにしない…?

私は私が悪いと思ってる。お姉さまはお姉さまが悪いと思ってる。

だったらはんぶんこしよっ。つらいのも、悪いのもはんぶんこ。

だから、これからも私のそばにいてほしいな」

 

「ライス…。こんな私をまだそばに置いてくれるのね。

ありがとう…。もう、二度と置いて行ったりしないからね…」

 

トレーナーはそれからもしばらくライスシャワーの胸の中で泣き続けた。

ライスシャワーはトレーナーを優しく撫で、トレーナーはいつしか眠っていた。

ライスシャワーは「珍しく私がお姉さんみたいだな」と思いながらタオルケットをかけてあげた。

 

そうして精神が完全に回復したことにより、一つの発表がなされた。

 

ライスシャワー、現役引退。

 

 

 

 

話ができるようになり、前よりもさらに元気になったライスシャワー。

体のリハビリや脚の今後の処置についてなどを本人とも具体的に話せるようになり、

トレーナーも献身的にサポートをしていった。

 

しかしライスシャワーはトレーナーの姿に感じるものがあった。

トレーナーは自分への罪悪感で動いてるように見えたのだ。

罪の意識はやはり消えておらず、それに縛られているように見える。

そしてライスシャワーは、そのことを「自分の存在が重荷になってしまっている」

と考えてしまっていた。

 

「いいわねライス!どんどん体が回復してきてるわ。

元々がいいとこんなに早いものなのねぇ」

今日もトレーナーはリハビリに付き合ってくれた。

ウマ娘は元が頑強だからなのか、筋力の回復も普通の人間よりはずっと早いらしい。

 

「これもお姉さまが手伝ってくれてるからだよ、ありがとう!」

 

「ふふ、そう言ってくれるのはうれしいけど、何よりもあなたが頑張ってるからよ」

ライスシャワーが笑顔で言うと、トレーナーも笑顔で答える。

だがその笑顔には影が感じられた。

 

ライスシャワーは考える。このままお姉さまを私に縛り付けてしまっていいのかと。

お姉さまはトレーナーだ。私がこんなことになってしまって評判もガタ落ちだろうけど、

これから先もっとやれることがあるはずだ。

それなのに私の事ばかりを相手にして、お姉さまの将来を奪いたくない。だから…

 

「ねえお姉さま、ライスもけっこう体は治ってきたよね」

 

「ええ、そうね。杖とかは必要だろうけど、歩けるようになるのももうすぐかもね!」

 

「…うん、そうかも。だからさ、お姉さま。」

 

「ん?」

 

「お姉さまはもうライスに構わなくてもいいよ。後は一人でやっていけると思うの」

 

「えっ…!な、なんでそんな事言うの?私の事嫌いになっちゃった…?」

 

「違うよ、お姉さまの事は大好き。でもね、ライスはもう走れないでしょ。

無事之名バって言葉通りだよね。

もう走れないライスよりも他の新しいウマ娘を見つけてその子を指導してあげた方が、

ウマ娘にとってもお姉さまにとってもいいことだと思う」

 

「そんなこと…。私はあなたが元気になれるまではずっと一緒に…」

 

「大丈夫!もうライスは元気だよ!体も十分動くもん!」

元気よくガッツポーズをするライスシャワー。

 

「ライスね、これからやりたいことはもう見つかってるの。

お姉さまには話したことがあったけど、いつか絵本作家になるのが夢なんだ。

脚がダメになっても手は動くからそっちの夢を叶えたいって思うの!

だからね、ライスはライスの道を、お姉さまはお姉さまの道を進んでくべきだって思うな」

 

笑顔でそういうライスシャワーを見て、こんなことを言う理由を探るトレーナー。

明らかに繕った笑顔と空元気、どう考えても本心であるはずがない。

しかしどうしてこんなことを言いだすのか。

 

これが自惚れだったらアレだが、恐らく私の事を嫌いになったわけではないだろう。

ならば逆に私を大切に思っているからそういうことを?

それとも私への罪悪感で私から離れたいのか?

何にしても自分の本当の望みではないはずだ。

 

私がこんなことを言う資格があるのだろうか。

私が傍にいる資格があるのだろうか。

それはいつも思っていることだ。居なくなってしまいたいと思ったことが何度あるだろう?

でもそれは絶対に実行しないと決意している。

だってそれはライスのためには絶対にならないことだから。

 

だからライスが無理にそんなことを言うのなら…私が言うべきことは何か。

 

「ライス、そんなこと言わないで…。私、ライスと一緒にいたいの。離れたくないの。

ライスが絵本作家になるなら応援するわ。

スケッチのための画材だって集めるし、いろんな場所に連れてってあげる。

私のわがままになってしまうけど…私をライスの傍に置いてほしい。

勿論嫌だって言われたら断れないけど…せめて治療が完了するまでは一緒にいさせて!」

 

「お姉さま…そうなんだね。それなら、うーん…それなら。

それなら…これからもしばらく私と一緒にいてもらおうかな…!」

 

その言葉を聞き、トレーナーは一安心をした。

ライスが本心で言っていないのなら、こちらから強く要望すればきっと応えてくれるはず。

トレーナーは原因をはっきり理解はできていなかったが、

それでもライスシャワーの心は少し落ち着いたようだ。

 

 

 

 

8月上旬、ようやく骨折の治癒が終了するときが来た。

 

「よい…しょ!やった、立てたよ!」

 

「おめでとうライス!本当によかった!」

 

事故以来初めて自分の脚だけで立ち上がったライスシャワー。

左脚は縮んでしまっているため、厚底の靴を履くことでバランスを取っている。

件の骨折部も無事に癒着し、衰えた筋肉もリハビリで取り戻した。

問題はありつつもようやく日常生活ができる体を取り戻すことができたのだ。

 

「ライス…元気になってくれてよかったわ」

 

「これもお姉さまが手伝ってくれたからだよ!」

 

「いいえ、あなた頑張ったからよ。おめでとう」

 

「えへへ…」

嬉しそうにはにかむライスシャワー。

 

「学園のみんなも、ファンのみんなもきっと喜ぶね。みんなに伝えてあげなくちゃ」

トレーナーが嬉しそうにそう言ったとき、その言葉を聞いたライスシャワーが表情を変えた。

 

「みんなって…誰…?」

 

「えっ?学園の人…あなたのライバルだったウマ娘や理事長たち、

それに大勢のファンの人たちが喜んでくれるよ!」

 

「ファン…ファンなんていないよ!あんな人たちを学園の人たちと一緒にしないで!」

激しい剣幕で怒鳴るライスシャワー。

トレーナーは予想外の反応に驚く。

 

「ど、どうして?ファンのみんなはずっとあなたの事を応援してくれてたじゃないの」

 

「あんなの応援じゃない…!観客の人たちはハエさんみたいなものなんだ…!

美味しそうな匂いのする方に寄っていくだけの人たちなんだ!

心から応援してる人なんていない!」

 

「どうしてそんなことを言うの?ライス、何かあったの?」

 

「観客の人は…私のことなんて見てない。

ライスが強いヒーローだったから応援してただけだ…!

あんなのファンじゃないよ…!」

 

「そんなこと言わないで。その人たちは…その、

怪我で走れなくなったあなたの事も応援してくれてるのよ」

 

「それはそう言っている自分が気持ちいいから言ってるだけだよ!

私を憐れむことができる優しい自分に酔ってるだけだ!」

 

「落ち着いてライス!どうしたの?あなたはそんなことを言う子じゃなかったじゃない…。

何かあるのなら話してくれない?私は、絶対にあなたの味方だから…」

 

ライスシャワーは口をつぐんだ。

つい感情的に言ってしまったが、理由を言うと自分の全てを話すことになる。

自分の中に巣食う、どす黒い感情を全部話さなければならなくなる。

 

しかし言いたくないこととはいえ、これが原因でお姉さまは大変なことになってしまった。

自分のせいでお姉さまを巻き込んだ。それならば話さないといけないのではないか。

せめて理由だけでも言わなければ申し訳ない…。

これで嫌われてしまっても仕方ない。お姉さまには話しておかないと…。

 

「あのね、お姉さま…」

 

ライスシャワーは話した。

天皇賞でマックイーンを破ったあの日の夜、自分がどんなことを考えたのかを。

そしてそこから何を目指してきたのかを。

トレーナーは静かに、手を握ったまま聞いてくれた。

 

「全部私の独りよがりな気持ちのせいなの。

お姉さまのためだって言いながら、お姉さまには相談もしないで勝手にやって。

こんなことになったのも全部自業自得なの。

それなのにお姉さまを巻き込んだ。ごめんなさい…」

 

「ライス…。話してくれてありがとう。私のために頑張ってくれたのね…。

あなたのその考えは悪くないわ。あまり間違ってもいないとも思う。

私だってあの時は観客を本気で憎んでいたから…。

でも、もういいの。あなたの頑張りはみんな認めてくれて、

もうあなたを否定する人なんていないんだもの」

 

ライスシャワーは堰を切ったように言葉をつづけた。

「よくないよ!だって、何も解決してない!

結局お姉さまを認めてもらえなかったし、あの人たちの意識も変わってないもん!」

 

「一番最初のころはわかってなかったけど、今ならよくわかるよ。

観客の人が見てるのは面白そうなことだけなんだ。

菊花賞と天皇賞の事は今も全部覚えてる…。」

 

「誰も私のことなんて応援してなかった。誰も私の頑張りなんて認めてくれなかった。

理由はきっと、あの時は私はまだあんまり強くなかったから。

だから観客の人は三冠とか三連覇とか、見た目が派手で面白そうなものだけ興味があって、

誰もそれ以外の事なんて期待してなかった。

勝ったのは私だったけど、私以外の別な子が勝ったって、きっと同じこと言われてたよ。」

 

「最近私のことを調べると、ライスシャワーは過去の優駿としていろいろな記事が出てるんだ。

その中にはね、菊花賞と天皇賞でも見事な成績をたたき出したウマ娘って褒めてたよ。

あの時のことをみんなは忘れてるんだね、自分たちが何を言ったのかを。

あの時私たちがどんな風に思ったのか、何もわかってない。何も気にしてない…!」

 

「だから私は許せないんだ。頑張って走ってるウマ娘たち…それをバカにする人たちが!

そしてあの時あれほどライスやお姉さまをバカにしていた人たちは、

私が勝つようになったらこぞってこっちに寄ってきた。

ライスはヒーローだって?笑わせるよ、あれだけヒール扱いしていたくせにね。」

 

「あの人たちは表面しか見ようとしないんだよ。連覇とか無敗とか連勝とか、

そういう目立ったところだけ見て満足して、中身を見ようとはしない。

だから今回だって…私のせいで起きたことなのに、みんなお姉さまの事ばかり悪く言ってる!!」

ライスシャワーはまくしたてるように自分の感情を吐露して行った。

 

「ライス、前に言ったでしょ。今回の事は私も…」

 

「そんなの関係ないよ!!私が悪くないのならお姉さまだって悪くない!

もしお姉さまが悪いんだったら私も悪いでしょ!

お姉さまだけが責められるのなんておかしいよ!!」

 

「いいのよそれで。私はそれで本望だわ」

 

「どうして!?お姉さまはまだ自分が全部悪いって思ってるの!?」

 

「それはね、私はあなたのトレーナーだからよ」

 

「トレーナー…だから…?」

 

「そう。私はあなたのトレーナーだから、あなたをサポートするためにいるの。

だから私が責められることであなたが責められなくなるというのならそれでいいの。

あなたを守るのもトレーナーとしての私の役目なの」

 

「そんなの…納得できない…。

お姉さまだけが責められて、私は逆に被害者扱いで慰められて…

納得できないよ…!」

 

「あなたが私の事を思ってくれるのはうれしいわ。でもこれがトレーナーなの。

あなたをこんな体にしてしまった私にできるせめてもの役割なの。

あなたの負担が少しでも軽くなるなら、私はそれでいいわ」

 

「でも、私はお姉さまが責められているのを見たくない…。

私が責められてた方がよっぽど気持ちが楽なのに…」

 

「それは…ごめんね。でもあなたの将来のために少しでも役に立ちたいのよ。

私はトレーナーとして学園の人もまだ受け入れてくれてる。

だけどあなたはこれからの道がある。あなたが悪いということになったら、

あなたの道が狭くなってしまうかもしれない。そんなの嫌だわ」

 

「でも…でも…!うええええん…!」

 

「ありがとうライス、こんな私を大切にしてくれて。

でも私も同じであなたが一番大事なの。あなたが責められる姿なんて絶対に見たくないわ。

…あなたを放り出して逃げた私が言っても説得力ないかもしれないけど」

 

「ぐすっ…お姉さまも、いつまでもそういうこと言ってるね。

お姉さまだって自分が悪いって思ってるんでしょ?」

 

「うっ…だって…私は…あんなことを…」

 

「私はお姉さまが自分を責めてるのを見るのも嫌なの。

お姉さまはみんなから責められて、お姉さま自身も自分を責めてる。

全部私が原因なのにどうして私だけみんなに優しくされるの…?

そんなのおかしいよ…!」

頭を抱えるライスシャワー。

 

トレーナーはその姿を見て考える。

ライスシャワーの心に根付く罪の意識はそう簡単に消せるものではないのだろう。

それは私自身も同じで、お互いに自分が悪いと思っている。

お互いに相手は悪くない、相手に苦しんでほしくないと思っているのに、

その罪の意識があるせいでずっと苦しみ続けることになる。

 

ライスにはもう苦しんでほしくない。でも、私が苦しむ限り一緒に苦しむことになるのだろう。

それなら…。それなら、私自身が変わらなくてはならない。

 

もっとしっかり体調管理ができていれば。

もっとしっかりトレーニングメニューを調整できていれば。

もっとライスの気持ちを理解できていれば。

もっと頼りがいのあるトレーナーになれていれば。

もっと世間に対して強い対応のできるトレーナーでいれば。

 

…ライスを置いて逃げるような最低のトレーナーだった。

 

考えれば考えるほど罪悪感が募る。

特に最後の物は永遠に心から消えることはないと思う。

犯した罪は消えないが、それでもいつか…

自分を許すことができたなら。

 

自分のしたことを思い返し、動悸が荒くなり脂汗を流しながらもトレーナーが言う。

「ライス…。私…私は自分を許せるようになりたいと思う。

まだすぐには難しいけど…いつか自分を許せるようになりたい。

犯した罪にしがみつくんじゃなくて、日々を精いっぱい頑張れるようになりたい…。」

「だからライスもそうなってほしい。ライスも、自分を許せるようにしてほしい。

私が何か言っても、きっとあなたも自分が悪いって思い続けるでしょう。

でも私はあなたが苦しんでるのを見たくないから…自分を許せるようになってほしい。

私も頑張るから、一緒に頑張ろう?」

 

「自分を許す…?そんなこと…」

 

「私もね、あなたに何を言われても罪の意識は消えないわ。消しちゃいけないとも思ってる。

でも、私が苦しむことであなたも苦しんでしまうでしょう?

そしてあなたが苦しんでるのを見ると私も苦しくなってしまう。

これじゃいつまでたっても前に進めない。ずっと罪に縛られて、しがみついて…。

でもあなたには前に向かって欲しいから…だから、私は自分を許せるようになりたいの。

ライス、あなたと一緒に前に進むために」

 

「一緒に…進むため…。」

 

「前に私に言ってくれたでしょ?辛いのも、悪いこともはんぶんこって。

だから自責の苦しみも半分ずつに分けて、一緒に背負って…

そして一緒に前に進んでいきましょう?」

 

ライスシャワーは自分のしてきたことを思い出す。

 

私のせいでお姉さまが責められてしまった。

いろんな人から悪口を言われてしまった。

それは私が弱かったからなのに。

それは私が無理な事をしていたからなのに。

お姉さまに理由も話さずに勝手な事をしていたからなのに。

自分の勝手に巻き込んで、一番大切な人を傷つけてしまった。

 

でもお姉さまの言うとおりかもしれない。

お姉さまが何を言っても私が悪いという考えは変わらない。

だけどそれだけじゃずっとこのまま、罪の意識でしゃがみこんだままになる。

そしてそれは私だけではなくお姉さまも巻き込んでしまうんだ。

 

自分を許す。そんなことができるかはわからない。

でも私が苦しむことでお姉さまで巻き込んでしまう。

私を愛してくれたお姉さまが悲しんでしまう。

それなら私もお姉さまと一緒に…。

 

「それなら私も頑張りたいけど…一人では自信がないの。

だからお姉さま、これからも私と一緒にいてくれる?」

ライスシャワーがトレーナーを見つめる。

 

「ええ…勿論よ。私はずっとあなたと一緒にいるわ」

 

「ありがとうお姉さま。私…頑張るね…!」

 

「ありがとうライス。これからもずっと一緒だからね…!」

 

自分を責め続けるのではなく、いつか自分を許せたら。

そんな日が来ることを望みながら、これからの日々を生きていくと約束した二人だった。

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