【ライスシャワーの一人称】
「ライス、少々気になっていたのですが。
最近のあなたは一人称が常に『私』ですね?
前は『ライス』というのも頻繁にあったと記憶していますが」
「あー…。うーん…そうだね…。ブルボンさんには話しておこうかな。
元々は自分のことを『ライス』って言うことが多かったけど、途中で考えが変わったんだ」
「そうなのですか?」
「今考えるとね、そもそも一人称が自分の名前なのが何でかなってことなんだ。
それはたぶん、私の精神的な幼さと自己顕示欲が理由で…
えっとね、小さい子が自分を自分の名前で呼ぶことは結構あるよね?」
「そういう傾向はありますね」
「それは人から呼ばれるのが自分の名前だから、
自分のことを『人から呼ばれる名前』で認識しちゃってるからなんだよね。
『自己』の確立が弱いと、人から与えられた立ち位置に自分を置いちゃったりするの」
「ふむ…そういうものなのですか」
「それともう一つ、自己顕示欲。
これは自分のことをみんなに見てほしい、知ってほしいって気持ち。
私はもともと自信がない子で…誰も私のことなんて見てくれないと思ってた。
だから自分の名前を『ライス』と呼ぶことで、
私がライスシャワーだってわかってほしかったんだと思う」
「今はそれが変わったわけですか」
「うん。今の私は自分に自信を持てるようになったから…
まあ、ずっと『ライス』を使ってたからそれからもしばらくそのままだったけど」
「私の記憶ではライスが怪我から復帰したころから一人称が『私』となったようですね。
あれがきっかけというわけですか」
「ん…ちょっと違うかな。実はもっと前に自分の呼び名を意識したことがあったの。
『私をライスシャワーだとわかってほしい』気持ちが、ある時大きく変わって。
『私はライスシャワーだけど、私以外が見ているライスシャワーは必ずしも私ではない』ってね」
「…?」
よくわかりません、という顔をして首をかしげるミホノブルボン。
「自分の知ってる自分と、人の知ってる自分は違うってことだよ。
それを強く感じた時に、自分のことを『ライス』と呼ぶと、
それが自分のことじゃないような気がしちゃったんだ」
「でもしばらく続けていたのですよね?」
「そう、人前だと『人の知る、人が求めるライスシャワー』になるために、
最初の気持ちは全然違うけどあえて自分を『ライス』って呼ぶことにしたんだ。
お姉さま以外の人前ではずっとそれをしてきたよ」
「なるほど、通りで私の記憶にないわけです」
「でもその気持ちも今はまた変わったの。
私は私だから、ライスシャワーという名前ではなく、
私自身を見てもらいたいって気持ちがあるからね」
「ふむ…私が知る限り、
今のライスと過去のライスに有意の認められる差異は感じられませんが…
どのあたりが変わっているのですか?」
「ふふ、ないしょ」
「…!? 回答がなくてはわからくなってしまいます…!」
「女の子は秘密を持ってると可愛くなれるんだってさ!
だから、なーいしょ!」
「むむ…胸中に言語化できない感情を確認。これが…もやもや…?」
【理事長と樫本の会話】
「理事長、ライスシャワーさんとそのトレーナーさんはしっかりやっているようですね」
「うむ!二人とも真面目だからな。これからも学園で活躍してくれることだろう!」
「ですね、安心しました」
「時に樫本よ…君は良かったのか?
君があのトレーナーを鍛えなおしてやると言っておったが…」
「構いません。彼女は私のものではありませんから。
黒沼さんも指導に関しては問題ないでしょうから、
先に話をされたならそちらを優先すべきです」
「まあ、君がそう言うなら構わんか」
「理事長も知っての通り、私も彼女のように教え子を故障で引退させてしまいました。
私は彼女のように逃げたりはしませんでしたが、
逆に彼女のように前向きになるには何倍も時間がかかりましたし、
ライスシャワーのように共にまた歩んでいく道を選ぶこともできませんでした」
「まだ悔やんでいるか?」
「当然です…。その気持ちはおそらく生涯なくせません。
ですがあれを反省して、皆が認めてくれるような今の私があります。
だから彼女にもそうなってほしいです」
「そうだな。まあ故障に関しては黒沼も近いところがあるからな。
君も同じ経験者として顔を出してやったらどうだ?」
「そうですね…そうですね。実は私、その、あのトレーナーに謝りたい気持ちもありまして」
「謝罪ッ!?なぜだ!?」
「彼女が失踪から帰って来た時…私は感情的になって殴ってしまいました。
謝ろう謝ろうとは思っていたのですが機会を逃してまして…」
「暴力はいかんぞ!きちんと謝罪してきたまえっ!」
「はい…私は未だに感情的になり、身勝手な事をしてしまうんです…
まだこんなダメなことをしてしまう…そんな私がトレーナーの資格を語るなんて…
何も筋が通ってないですよね…!」
涙目になる樫本。
「むっ!今君が言っていたろう、反省が大切だっ!
ちょっとしゃがみたまえ!」
しゃがんだ樫本の頭をよしよししてあげる理事長だった。
【トレーナーズ飲み会】
黒沼とトレーナーは沖野や東条、南坂に誘われて飲み会に来た。
「おー来た来た。こっちだこっち」
先に席についている沖野が二人に声をかける。
「お疲れ様です。」「お疲れ様」
南坂と東条もすでにいた。
「おう」「お疲れ様です!」
「黒沼はこういう飲み会とか興味ないかと思ってたぜ。結構ノリいいんだな」
沖野が黒沼の分のビールを注ぎながら言う。
「コミュニケーションが大事だと理事長に言われてな」
「おやおや、それでは義務感の付き合いだったりします?」
南坂が黒沼の分のウオッカを注ぎながら言う。
「いや、義務とは思っていない。親睦は大切だ」
黒沼は一気にビールを飲みほした。
「私も参加しちゃってよかったんですか?」
少し肩身が狭そうにするトレーナー。
「全然かまわないわよ、私も女性が増えてうれしいしね!
あなたは何を飲むのかしら?」
東条がドリンクメニューを渡す。
「そうそう、綺麗な女性が増える分には何の問題も゙ッ…ン゙ン゙ン゙ッ…!」
デレデレした顔でそう言ったあたりで、東条に腿を激烈につねられる沖野。
「…人が増えてにぎやかになるのはとても喜ばしいことです」
沖野は真顔でそう言った。
「しかし黒沼が後輩をチームに入れるなんてな。あの時は意外に思ったぜ」
「そうか?」
ぶっきらぼうに答える黒沼。
「そうですよ。どうですかトレーナーさん、黒沼さんは口下手だから大変じゃありませんか?」
南坂もビールを飲みながら言う。
「いえいえ、優しいし楽しくやらせてもらってますよ。
ライスも黒沼さんのことは気に入ったみたいです」
「そうですか、それならよかったです。仲良くなれたんですね」
「ええ、ライスは黒沼さんのことを…」
「おい、言わなくていい」
何かを話そうとするトレーナーを諫める黒沼。
「あら、何かしら?興味あるわね」
「俺らに教えてくれよ」
「面白そうな話ですね。今言わなくても後で調べますよ?」
黒沼が嫌がってるのを見て悪乗りを始める沖野たち。
「…まあいいか。そのうち知られることだ…」
「えーとですね。ライスは私のことを『お姉さま』って呼んでるんですけど、
それに合わせて黒沼さんのことを『お兄さま』って呼んでるんです」
「「「お兄さま!!」」」
「ぷっ、似合わねぇ~!その風体で『お兄さま』か…!」
大笑いする沖野。
「私も最初笑っちゃったんですけど、ライスも結構気に入ってるみたいなのでいいかなって」
「それじゃあ『お兄さま』らしくならないといけませんね。
兄としてちゃんと優しくしてあげないとですねぇ」
南坂もクスクス笑いながらちょっかいをかける。
「お兄さま…お姉さま…ふふっ、ずいぶん仲良くなってるみたいね」
東条も楽しそうに話した。
「ハア…」
黒沼は「これだから言いたくなかったんだ」という表情をしてウオッカを一気に飲み干した。
「ブホォッ!!ゴホッ!!ゴッッホ!!」
もの凄い勢いでせき込む黒沼。
「おっ!?どうした黒沼、気管にでも入ったか?」
「あー、ウオッカの一気飲みはやめた方がいいですよ」
「えっ!?今のウオッカ!?お前が用意してたの水じゃねえのかよ!?」
「それはもちろん、お酒の場ですから」
「ヤベーなこいつ…」
沖野が机を拭きながらあきれるように言った。
「ところでトレーナーさん。黒沼さんのチームとは仲良くやれているようですが、
ライスさんも元気にしていますか?」
「はい、今はトレーナーを目指すと言って頑張っていますよ。
ブルボンさんと一緒なので楽しそうですし、
他の子からは頼られていてとてもうれしそうです」
「それは良かった。うちの子たち…
ネイチャさんもイクノさんもタンホイザさんもターボさんも、
ライスさんのことは気にしていましたから」
「そうなんですね、いつでも遊びに来てって言っておいてください」
「わかりました。…しかしちょっと悔しいですねぇ。
私は結局あの子たちをライスさんに勝たせてあげることができませんでした…」
少し申し訳なさそうな表情をする南坂。
「ああ、それは俺もだな。本気のライスシャワーには、
マックイーンもテイオーも歯が立たなかったからな…」
沖野も同じような顔を浮かべる。
「仕方ないとはいえ残念ね。
うちのルドルフやブライアンもライスさんと戦ってみたいと言っていたのよね」
東条は戦えなくて残念という表情だ。
「面目ありません…ライスがああなったのは私のせいですから…」
「まあもうちょっとやりようはあったかもしれんな。
でも俺も、スズカもテイオーもマックイーンも故障させちまったから人のこと言えないわ…」
「僕もネイチャさんは何度か故障させてしまったんですよね…」
「故障は起きる時は起きるから運にもよるわよ。
もちろん最大限の配慮はしてるけども…。
スズカの脚に関しては私はもともと心配があったから、
それを考えた結果窮屈な指導になってしまったけど、
あの子が自由で楽しく走れてるのはあなたの指導のおかげでしょ」
「そういってくれると嬉しいが、でも結局怪我させちまったからなあ…
すまんスズカ…」
「私だってルドルフを不調にしたりブライアンを故障させたこともあったわ。
あの時本当はどうにかできたんじゃないかと、今でも考えてしまう…」
「おハナさんもか…」
「勿論トレーナーの立場としてはウマ娘の健康を最優先させたいですが、
本人の健康を優先して窮屈な生き方をさせるか、
リスクを受け入れても本人の望む生き方をさせるか。
どちらが正しいのか、どれだけ考えても答えが出せないんです」
南坂がそう言うと、全員がうなずいた。
「あーあ、結局ライスシャワーには勝ち逃げされちまったな。
あいつらにちゃんと勝たせてやりたかったぜ」
酒を飲みながら言う沖野。
「本当、ライスにはもっと続けてほしかったです。
そうすればもっと勝利数を伸ばせて行けたのに」
こちらも酒を飲むトレーナー。
「本当ね。うちのルドルフがライスさんに勝ってさらに有名になる予定だったのに。
絶対ルドルフが勝つわ」
「いえいえ、ネイチャさんやタンホイザさんが先ですよ。
先日出たレースでですね…」
全員に酒が入り、自分の担当自慢大会にシフトしてきたらしい。
「最強になるのは…ブルボンだ…」
机に突っ伏していた黒沼も起き上がった。
「おっ黒沼、起きたのか」
「俺のところはこいつとライスシャワーも参加してきた。
もうお前たちのチームには負けん…」
「ああん!?やるならやってやるぜ?テイオーやスぺがぶち抜いてくれるわ」
「カノープスだって輝いて見せますよ」
「皇帝やシャドーロールの怪物に勝てるとでも?」
やいのやいのと騒ぎ出したトレーナーズ。
酒を飲みながら自分の愛バについて語って仲良く喧嘩をし、
翌日は全員二日酔いになってしまった。