【二人の温泉旅行】
時は2月中旬。
ライスシャワーが骨延長手術を開始してから数か月、ようやく治療終了の日がやってきた。
医者によってライスシャワーに取り付けられた創外固定器が外される。
「ついに骨が元の長さに戻りましたね。骨の形成も問題ありませんのでこれで治療は終了です。
あとは固定部分の傷が塞がれば完全に終了ですね。
ただし延長部分の骨の強度が足りてない場合もありますので、経過観察はしましょう」
「ありがとうございます。よかった、これで大体元通りね」
「お医者さん、ありがとうございました…!
これで歩くのはばっちりだね…!」
諸々の手続きをして病院を後にした二人。
嬉しそうにするトレーナーがあるものを取り出した。
「ねえライス、これなーんだ?」
「え?えーと…何かのチケット?」
「そうよ!これは温泉旅行券!
あなたの治療が終わったら一緒に行こうと思って用意してたの!」
「わあ、温泉…!い、いいのそんなの貰って…!」
「もちろんよ!お祝いだもの、パーっとやりましょう!」
「うん…!ありがとうお姉さま…!」
ついに脚が治ったことをポラリスの皆もお祝いをしてくれて、
その日はチーム一同でライスシャワーの全快祝いをした。
ライスシャワーはミホノブルボンに声をかけられる。
「ライス、話は聞きましたよ。温泉旅行に行くのですね?
是非楽しんできてください」
「えっ、なんでもう知ってるの?」
「マスターとサブマスターの会話が聞こえてきまして」
「そうなんだ。完治のお祝いで連れてってくれるんだって!」
「ライス先輩、温泉に行くんですか!?いいなー!」
「サブトレーナーさんと二人きりですか!?おおお、やりますね…!」
チームメイトも話を聞きつけて話に参加する。
「わ、ごめんね。みんなのこと置いてって」
「いえいえ責めてるわけじゃありませんよ!いっぱい楽しんできてください!」
「私たちのためにいろいろ頑張ってくれてますし、たまにはゆっくり休んでくださいね!」
「ふふ、みんなありがとう。お土産いっぱい買ってくるからね!」
チームメイトは前にライスシャワーからお土産を貰った時の記憶が蘇る。
ライスシャワーは大食いの上に根が親切で心配性なので、
お土産なども割と容赦ない量を持ってくるのだ。
「あ、ありがとうございます!でもほどほどで大丈夫ですよ!」
「うん、楽しみにしててね!」
ミホノブルボンが商店街の福引をやったことを思い出す。
「そういえば年始にやっていた商店街の福引の特賞も温泉旅行でしたね。
私が引いたときはにんじん1本でしたが」
「ブルボン先輩もあれ引いたんですか?
アハハ、私も引きましたけど同じくにんじん1本でした。
なかなか当たりませんよね」
「勝ちましたね。私はにんじん山盛り引きましたよ」
チームメイトの一人が勝ち誇る。
「ライスたちの旅行は福引とは別の話なんですよね。
あれはライスも当たりませんでしたか?」
「うん、私も引いたけどね、ティッシュだったよ」
「「ティッシュかあ~…」」
「ハズレでも、機械が詰まったりしないでちゃんと出ただけでもよかったなって」
「ライス先輩、前向きですね」
「まあサブトレーナーが連れてってくれるんですから実質特賞みたいなもんですよ」
「ようやく治療も終わったんですから、ゆっくり羽を伸ばしてきてください」
「うん、みんなありがとう!」
それから約3週間後、ライスシャワーとトレーナーは温泉へとやってきた。
「ふー、ちょっと寒いけど温泉に来たと思うとちょうどいいかもしれないわね」
「そうだね、いっぱいあったまろうね…!」
昼間は近場を観光し、夕方になり宿へチェックインを済ませた二人。
「夕食は2時間くらい後ね。どうする?温泉入っちゃう?」
「そうだね、お外は寒かったし、お夕飯の前に入りたいな」
「ん、それじゃ行きましょうか」
浴場へ来た二人。
広い浴室にライスシャワーは興奮気味だ。
「わあ、とっても広い!お風呂の種類もいっぱいあるよ!」
「ふふふ、お風呂が大きい旅館を選んだからね。
いっぱい楽しみましょう!」
体を一通り洗った二人は温泉を楽しんだ。
内湯。
「ふわあ…あったかいね…」
「うん…あったまるわ~。私、温泉の硫黄っぽい匂いも好きなのよね」
「温泉に来たって感じがするよね…。気持ちいい…」
露天風呂。
「わあ、いい景色。まだちょっと雪が残っててきれいだね!」
「開放感があって素敵ね。雪も綺麗だし、空気も澄んでるから眺めがいいわ」
「ほかの季節も緑がいっぱいだったり、紅葉がきれいだったりするよね。
お姉さま、またほかの季節も一緒に来ようね!」
「そうね、また来ましょう!」
電気風呂。
「ねえお姉さま、『電気風呂』ってなあに?」
「ああ、それは水中に電気を流して筋肉を刺激してマッサージしてくれるお風呂よ」
「で、電気が…?名前通りなんだね。感電はしないの?」
「もちろんそんなに強い電流じゃないから平気よ。
でもこの刺激は苦手な人もいるわね、私は好きだけど」
そう言ってトレーナーが電気風呂に入る。
「あ゙あ゙あ゙あ゙~。この刺激、いいわ~…」
トレーナーの気持ちよさそうな姿を見て、ライスシャワーも入った。
「わ、私も入ってみようかな…えっと…ひゃっ!?
ひゃわ゙わ゙わ゙わ゙…!」
「あら、ライス大丈夫?無理はしない方がいいわよ」
「あ゙わ゙わ゙わ゙…!う、動けない…!お姉さま助けて…!」
ライスシャワーは電気の刺激によってうまく動けないらしい。
「ちょいちょいちょいっ!大丈夫!?」
トレーナーに引っ張り出されるライスシャワー。
「あ、ありがとう…。こ、こんなしびしびするなんて思わなかった…。
お姉さま、よく平気だね…」
「体質によるのかもね。ちょっとほかのお風呂行きましょうか」
炭酸泉。
「お姉さま、この温泉プチプチするね」
「炭酸泉ね、名前通り炭酸水のお風呂よ。血行にいいらしいけど、
私はこのシュワシュワ感が気持ちいいから効能は気にしてないわ」
「うん、プチプチして気持ちいい…」
「ふう…。世の中にはワイン風呂とか日本酒風呂とかあるらしいけど、
ビール風呂があったらこんな感じなのかしら…」
「そしたらお姉さまもビール飲み放題だね…」
「溺れそうね…いろんな意味で…」
サウナ。
「私はサウナに入るけどライスは?」
「私、サウナに入ったことないな…。入ってみようかな」
「そう、それじゃまず水分補給してから入りましょう。
脱水起こすと困るからね」
「はーい!」
水を飲んでからサウナに入る二人。
「ふわあ…あ、暑いね…!」
「この暑さがたまんないのよね。でも無理そうだったらすぐ出るのよ?のぼせちゃうからね」
「うん、わかった…」
サウナで温まるライスシャワーを見てトレーナーが呟く。
「蒸し米ね…」
「…? お姉さま何か言った…?」
「い、いいえ。何でもないわ」
サウナの入り方を教えるトレーナー。
「まずはサウナに…初めてなら短めに5分くらい入ろうか。
壁に時計がかかってるから時間はわかりやすいわね」
「5分…が、がんばる…!」
5分後。
「じゃあ外に出ましょう」
「ふ、ふひぃ~…暑いよぉ…」
「出たらまず汗だけ流してから、水風呂に入るのよ」
トレーナーはライスシャワーにかけ湯をかけてあげた。
「水風呂…ひゃあぁっ!?お姉さま、これ、つ、冷めめめ…」
水風呂の冷たさに驚き尻尾をぴんと張るライスシャワー。
「ふふ、ちょっと我慢よ。ここに1分くらい入るわ」
「は、はいぃ…」
冷たさを我慢して入るライスシャワーを見てトレーナーが一言。
「冷や飯ね…」
「お、お姉さま、な、何か、いい言った?」
「ううん、何でもないわ」
1分後。
「水風呂から出たら、体を拭いて外気浴よ。
まだ外は寒いから、外にはいかずに中に置いてあるデッキチェアで休みましょう」
「は、はーい」
「そしてここで5分以上休む…
そうするとね、頭はすっきり、体はまったりして気持ちよくなるのよ」
「ふわあ…なんだかふわふわしてきたよ。体の中がずきゅんどきゅんってしてるみたい…」
「それの感覚を『整う』って言うらしいわ。あー気持ちいい」
「サウナって初めて入ったけど結構いいんだね…」
「気に入ってくれてよかったわ。
これを3周くらいするといいらしいから私はもう一回行くけど、ライスはどう?」
「んー…私はもうちょっと休んでいたいな。私は待ってるね」
「そっか、じゃあ行ってくるね」
再びサウナに入ったトレーナー。ちょうど同じタイミングで入る別な女性を見る。
(私と同じくらいの年、身長、体形…親近感と対抗意識が芽生えるわね)
トレーナーはその女性をターゲットに決めた。
サウナで生まれがちなのが、誰かをターゲットにして「その人よりも先に出たら負け」
という子供っぽい対抗心である。
8分後。
(あの人、出ないわね…ま、負けない…!)
実はその女性も同じことを考えていたので、お互いライバル意識を持っていたのだ。
12分後。
(よっしゃああああああ!!あの人が先に出た!!
でもすぐに出たら意識してるのバレバレだから1分くらい待とう!)
そして外に出たトレーナーは。
「ゔあ゙あ゙あ゙~…の、のぼせた…」
ぐったりしながらライスシャワーの元に戻ると、
「お、お姉さまのぼせてない!?」
「ゔん゙…ちょっと入りすぎたかも…」
「お、おばか…!せっかく整ってたのに崩れてるよ…!」
「ご、ごめんねぇ…」
しばらく休んでから風呂を上がることとなった。
外へ出て周りをうろうろすると、浴場の近くの部屋に卓球台が置いてあった。
「あ、お姉さま。卓球があるよ」
「ほんとだ。温泉といえば卓球、みたいなイメージあるわよね」
「使っていいみたいだし、やってみない?」
「ん、いいわよ。でもライスはまだ脚治ったばかりだからあんまり激しく動いちゃだめよ?」
「うん!それじゃやろっか!」
卓球の準備をしながら、トレーナーがある提案をした。
「せっかくだから勝負しようか。負けたら勝った方にアイスを奢るってのどうかしら?」
「勝負…!いいよ、私負けないからね!」
「望むところよ…!」
卓球台に立ち、向かい合う二人。
「さて、点数はどうしようかな。11点先取で勝利、デュースはなし。これでどう?」
「うん、いいよ」
「グッド!それじゃあ…」
「「決闘開始!!」」
まずはトレーナーのサーブから。
(さて、ライスと勝負なんて面白くなってきたわ。
私は中学時代に卓球をやってて全国ベスト8になった経験がある、負けることはないわね。
でもあまりボロ勝ちしちゃうとかわいそうだし、ほどほどにしてあげないと)
そう思いながら打ったサーブ1発目。
それなりに速いが、打ちやすいコースへ打ってあげた。
すると。
「えいっ!」
「…は?」
ライスシャワーの返球1発目、凄まじい力のスマッシュが飛んできた。
油断していたトレーナーは全く反応できなかった。
「やったあ!これで私の先制だね…!」
「……」
「それじゃあ、次もお姉さまのサーブだね」
「……ええ」
そう、ウマ娘は基礎からして身体能力が高いので、どのスポーツでも元から強いのだった。
だがそれを体感したトレーナーにもプライドがあった。
(ライスを甘く見てた…こりゃ本気で行った方がよさそうね。
大人げないけど、大人の強さを見せつけてやるわ)
トレーナーのサーブ2回目。
「ふっ!」
「よーし…あっ!?」
今度は気合を入れたサーブ、かなりの回転がかかっていたサーブは想定外の方向に跳ね、
ライスシャワーはあらぬ方向に打ち返してしまった。
「ふっ…。これで同点ね」
「……」
「じゃあ次はライスのサーブよ。どんとこいっ」
「……うん」
ライスシャワーのサーブ。
テーブルの角に立ち、勢いよく打ってきた。
「えいっ!」
「!! 速っや!!でもっ!」
かなり速いサーブだったが、
直線的な動きなので慣れているトレーナーは何とか返すことができた。
サーブの真逆のコートへ打ち込まれ、ライスシャワーは手が届かなかった。
「2-1ね…」
「お姉さま、強いね」
「ふふ、惚れちゃった?」
「うん。そして…勝ちたくなったよ」
風呂上がりでしっとりしていたライスシャワーの髪が逆立ち、瞳からは青い炎が立ち上る。
そして黒く輝くオーラが全身を包み込んだ。
「お姉さまを…超えてみせる」
「ふっ…ふふ…!そのライスと、私が対決する日が来るなんてね…!」
「行くよお姉さま…!」
「来なさい、ライス!!」
「ふう、温泉気持ちよかったー。ん、なんか人だかりができてるな」
風呂上がりの男性が周りを見ると、やけに人が集まっている空間があった。
「なんだ、何かやってるのかな?すいません、これ何の人だかりですか?」
近くにいた人に聞くと。
「おう兄ちゃん、見てった方がいいぞ。ライスシャワー知ってるだろ?
あの子が卓球やってるんだがやたらレベル高いんだわ」
「ライスシャワー!?それは見たい!」
そして現場を見に行くと。
「はああああ!!」
「やああああ!!」
凄まじい速度でラリーを続けるトレーナーとライスシャワーの姿があった。
「ほんとだライスシャワーだ。動きがすげえ…。返してる相手の人もすごいな」
「ていっ!!」
ライスシャワーの強烈なスマッシュが炸裂し、返すことができなかったトレーナー。
「くっ…!」
「これで9-9、同点だね。でも私はこれで3連続得点…次ももらうよ」
「さあ、それはどうかしら…?次はライスのサーブね」
「ここで決める…!」
ライスシャワーは卓球の経験はほぼないが、持ち前の身体能力と器用さを活かし、
戦いの中で動きを学ぶため数点を犠牲にすることで勝負に十分な動きを身につけた。
「やああああ!!」
「くうううっ!!」
慣れてきたライスシャワーの激しいスマッシュに、
ついには返すのが精いっぱいとなってしまったトレーナー。
観客がそれを見て感想を呟く。
「おお、これはライスシャワーの勝ちかな?」
「いや、それはまだわからない。確かにライスシャワーは素晴らしい動きをしている。
だが見る限り卓球としては素人の様子、単に元々の才能が高かったから動けているのだろう。
そう考えると、防戦一方に見えるあちらの女性が一概に不利というわけではない」
「どうした急に」
「あちらの女性はかなり高い技術を持っているようだ。
ライスシャワーのスマッシュを悉く返球し、かなりの粘りを見せている。
ここで生じるのは、未熟なライスシャワーがどれほど返し続けられるかという点だ。
確かに実力はあるが、未熟である以上ずっとやっていけば綻びが出る。
ライスシャワーはそれまでに倒せるか、相手はそこまで粘れるか、それが勝敗を分けるだろう」
そしてそれは一進一退だった。
トレーナーが返しきれずに失点、ライスシャワーがスマッシュを失敗し失点。
同点のまま、最後の勝負が始まる。
「ハアハア…まさかここまで接戦になるとはね。
最初に言った通りデュースはなし。これで決まりよ」
「ふう、ふう…泣いても笑っても、これで…!」
「行くわよ!」
「うん!」
トレーナーの回転サーブも、ライスシャワーは難なく返す。
即座のスマッシュは諦めて返球に集中することで、
トレーナーのサーブはほぼ対応できるようになった。
跳ねた方向を見てから動いても問題ない動体視力とスピードが備わっているのだ。
それから何回かのラリーが続いたところでライスシャワーが動く。
既にトレーナーはライスシャワーのスマッシュに返球が精いっぱいとなっており、
ライスシャワーは球を左右に振ることでトレーナーのスタミナを消耗させていた。
動きが鈍ってきたところで、トレーナーがいるところと真逆の方向へスマッシュを打ち出す。
「やあっ!!」
「くっ、負けるかあああ!!!」
トレーナーはその球に飛びつく。だがその刹那、脳内を駆け巡る思考。
この球はどうやらとることができそうだ。
だが体勢を崩している今、これを返球できてもその返しが取れず確実に負ける。
このままでは負ける!どうする!?
一か八か、やるしかない…!!
「おりゃっ!!」
トレーナーのレシーブは球速は遅かった。
ライスシャワーでなくとも難なく反応できるであろう速度。
しかしその球の軌跡は、低く水平に近い動きだった。
ライスシャワーはそれを見て動揺する。
(これ…サイドにあたる!?それともエッジ…!?
エッジならどこに飛んでいくかをよく見ないと…!)
ライスシャワーが対応のため身構える。
だがその球の行き先はどちらでもなかった。
コロッ。
球は台の上を跳ねることなくコロコロと転がり、
そのまま落下してボールが跳ねる軽い音を響かせる。
一瞬の静寂が訪れた後、観客から歓声が沸いた。
「す、すげえ!」
「今の跳ねなかったよな!どうやったんだ!?」
「球の描く放物線の頂点がちょうど台のエッジと一致した時だけ起こる神業だ!」
「ゼロバウンド…!あれやられたら絶対に返せないよ!」
「最後の最後、土壇場でやりやがった…!」
「よっっっし!!!私の勝ち!!!」
高らかに腕を上げ勝利を喜ぶトレーナー。
「うっ…負け、ちゃった…!」
ラケットを強く握りしめ、体を震わせるライスシャワー。
「負けたけどライスシャワーすごかったぞ!」
「卓球でもプロ行けるんじゃないか!?」
「怪我もちゃんと治ったんですね!よかったです!」
「ライスシャワーさん、私ファンなんです!サインください!」
「うわ!いつの間にかギャラリーがこんなに!」
「ほんとだ…!夢中になってて気づかなかった…!」
勝負に熱中していた二人は周りの状態を今頃になって気づいたらしい。
仕方がないので適当に対応してからその場を後にした。
アイスを食べながらトレーナーが言う。
「ふう…せっかく温泉に入ったのに汗だくになっちゃった。何してんだろうね私たち」
「でも卓球楽しかったよ。またやろうねお姉さま…!」
「そうね、久しぶりに熱くなれたわ。私も楽しかった!
ご飯食べて食休みしたらもう一回温泉行こうか」
「そうだね!」
夕食の時間。
「ここは夕食はバイキングよ。お肉もお魚もお野菜も色々食べ放題!
たっぷり食べてね」
「わあ、すごい豪華だね!いっぱい食べるぞー!」
豪華なメニューに喜ぶライスシャワーはたっぷりと料理を持ってきてたくさん食べる。
トレーナーは一般的な量を食べながら、ライスシャワーの姿をニコニコと眺めた。
「お姉さまはそのくらいで足りるの?」
「これでも結構無理してる方よ…。自分が多くは食べられない分、
ライスが美味しそうに食べてる姿を見てると嬉しくなるのよね」
「そうなの?じゃあ私もっと頑張るよ!」
「む、無理はしないでね?でもまあ、太り気味とかを気にする必要はないもんね。
思う存分食べていいわよ」
ライスシャワーは満足するまで料理を楽しみ、食堂の終了時間までしっかりと食べ続けた。
さすがは高級旅館と言えるだろう。
ライスシャワー一人がどれほど食べようとも食材が尽きるようなことは無いようだ。
食事を終えてから一休みをし、軽くもう一度温泉に入りなおした二人。
「ふう、そろそろ寝ようか?明日もあるし」
「そうだね。私、眠くなってきちゃった」
「じゃあ歯磨きしたら寝ましょうね」
就寝準備をして布団に入る二人。
「じゃあ電気消すね」
「はーい」
「それじゃ、お休み」
「お休みなさい」
電気を消して数分後。
ライスシャワーが喋りだした。
「お姉さま、寝ちゃった?」
「ん?まだ目は覚めてるよ。どうかした?」
「眠るまでちょっとお話がしたくて…」
「いいよ、何でも付き合ってあげる」
「ありがとう。えっとね…その…。お姉さまと話したいことがあって」
ライスシャワーが改まって言う。
「お姉さまは、自分のこと、許せるようになった?」
ライスシャワーが話し出したのはあの事故の話だった。
二人とも自分の責任を大きく感じたあの事故は、
お互いに自分を許すように頑張ろうという話でまとまっていた。
「私は…。」
トレーナがどう答えるかを考えているところ、ライスシャワーが語りだす。
「私はね、少しずつ自分のことを許せるようになってきたよ。」
「私がライスシャワーとして、ヒーローとして走ってきたあの頃の頑張りは…」
「今のチームのみんなをサポートすることとか」
「これからトレーナーを目指すことに役立ってるって思ってるの。」
「私がしてきたことは間違いもいっぱいあったけど、無駄だったわけじゃないんだなって。」
「私が現役だった時、強くなれたのはお姉さまのおかげだった。」
「私が今サポーターとしてやっていけてるのは、お姉さまが色々教えてくれたからだった。」
「前の私も、今の私も、やっぱりお姉さまがいてくれたからあるんだなって思うの。」
「怪我しちゃったあの時、実はこんなこと思ったりもしたんだ。」
「『お姉さまと出会わなければよかった』って…。」
「もしあの時お姉さまと出会ってなければ」
「私の事故でお姉さまに大変な思いをさせることはなかったはずだから。」
「お姉さまに申し訳ないことをしたっていう気持ちはやっぱりあるけど」
「もしその気持ちを抜きで考えるなら…」
「私は、お姉さまと出会えて幸せだよ。」
「スカウトしてくれたあの時から、この今だってずっとずっと幸せ。」
「あの時、私をスカウトしてくれて本当にありがとう。」
「だからこれからも一緒に過ごしていきたいんだ。」
「お姉さまが育ててくれたこの私が…」
「その私がお姉さまをサポートできるのがうれしいの。」
「お姉さまは、事故は私のせいじゃないって言ってくれるから、これは償いの気持ちじゃなくて」
「今までのお礼の気持ちとして、少しでも恩返しをしていきたいんだ。」
ひとしきりライスシャワーが話した後、トレーナーも胸中を語った。
「私は…まだ自分を許せてはいないかな。」
「ライスも責任は感じているみたいだけど、私のやったことはあなたとは違うから。」
「怪我をさせてしまった、そのことだけならまだマシだったかもしれないけれど…」
「私はあなたを見捨てて逃げちゃったんだからね。」
「あのことを忘れることは、きっと一生できないんじゃないかと思う。」
「それに前にも言ったけど、忘れちゃいけないと思ってるの。」
「でもね、忘れないことと許さないことはちょっと違くて」
「自分を戒めるためにも忘れることはしないけど、気持ちに整理はつけたいって思ってる。」
「あなたは私のことを許してくれたから…私がいつまでも引きずっていちゃ失礼だもんね。」
「だからまだ自分を許せてはいないけど、私も償いの気持ちではなく…」
「あなたが認めてくれたこの私を、あなたに誇れるような立派な私にしていきたい」
「この思いは足枷にするんじゃなくて、前に進むための原動力にしていく」
「今はそう思ってるわ。」
「黒沼さんも色々教えてくれて、ブルボンさんたちチームのみんなも私を受け入れてくれて」
「サブトレーナーとして新しい勉強をして、ライスもサポートしてくれて」
「チームの一員として過ごしてきた数か月間はとても充実してて」
「前よりもきっといいトレーナーになれてるって実感はあるよ。」
「あんまり調子乗っちゃうとだめだろうけど…」
「ライスの、黒沼さんの、理事長の、みんなの期待に応えられる私になりたいから。」
「私を許してくれたみんなをがっかりさせないよう、今度こそ立派なトレーナーになる。」
「それが今の目標だから、いつまでも後ろ向きではいられないんだ。」
「だから心配しないで。もう過去に縛られた生き方はしないよ。」
「私もあなたと出会えて幸せだよ。あの時、私のスカウトを受けてくれてありがとう。」
「私もライスと一緒にいたいよ。これからもずっと…。」
「そのために、ちゃんと前を向いて歩いていくから。あなたと一緒に。」
「お姉さま、話してくれてありがとう。私と一緒にいてくれてありがとう…。
これからも一緒に、頑張ろうね」
「うん、こちらこそありがとう。あなたと出会えてよかった。
これからも一緒に頑張っていこうね」
少し体をもたげ、月明かりの下で顔を見合わせる二人。
しばらく無言で見つめ合った後、とりとめのない会話を始めた。
いつしか眠ってしまった二人の寝顔は、これまでのいつよりも穏やかな表情。
ライスシャワーとトレーナーの間に、かけがえのない絆を感じたひとときだった。
翌日の早朝、トレーナーは軽く朝風呂を楽しんでから、
ライスシャワーはゆっくりと睡眠をとってから、
共に朝食で舌鼓を打った二人。
旅館をチェックアウトしてからは近場の博物館などを回り、
帰る前に商業施設へ寄ってポラリスのメンバーへお土産をしこたま購入した。
帰宅から2日後、そのお土産が宅配便で到着する。
「…なんですかこれ?」
「すごすぎる…」
「ほどほどでって言ったのにぃ~!」
チームメイトたちは山のようなお土産に恐れおののいた。
「ご、ごめんね。旅行先でテンション上がってたから財布の紐が緩んじゃって…」
トレーナーが謝る。
「このお土産、総カロリー数は…20000…40000…60000…バ鹿な、まだ上がっていきます…!」
ミホノブルボンはお土産をチェックしながら困惑の表情だ。
「うう、ごめんなさい。でもそれなりに長持ちするから、みんなでゆっくり食べてもらえれば…」
ライスシャワーも申し訳なさそうに言った。
「いえ!ライス先輩の熱い思いが込められたお土産、いっぱいいただきますよ!
カロリーはほら、動けば消費出来ますし!」
「いや、この量半端ないよ…?さすがにきつくない?」
「ですが、ライスは現役時代これくらいは割とすぐに食べていましたよ。
ライスの強さの秘訣もそこにあるのかもしれません」
「なるほど!多く食べてもそれだけトレーニングをしていたからのあの強さ!
よし、私もライス先輩を見習って、いっぱい食べていっぱい動きます!」
「そうね…!ライス先輩のようにいっぱい食べていっぱい走る!
そして私たちも強くなるんだッ!」
「いいですね。私もライスを目標にしてきましたが食事に関しては真似したことがありません。
この機会に、ライスの摂取カロリーを参考とした食事とトレーニングを実施してみます」
「くっ…みんながその気なら私も行くしかないじゃん!もうヤケよ!
ライス先輩のようにいっぱい食べていっぱい鍛える!やってやろうじゃんか!」
盛り上がるチームメイトの話を聞いたライスシャワーが一言。
「は、恥ずかしいからいっぱい食べることを強調しないで~!」