それからしばらく経ち。
ライスシャワーの成績はまずまずであったが、いまひとつ精彩を欠いているようだった。
あれからも成長を続け、重賞レースでもまずまずの成績を出せるようになったライスシャワー。
安定した成績を出せることで、どうも悪い意味での停滞期に入ってしまったらしい。
最初の頃感じた、走ることへの燃え盛るような情熱が弱まっているようだ。
まあ年がら年中燃え上っていても疲れてしまうのでそれ自体は構わないのだが…。
彼女は誰かの背中を追いかけているとき最も輝くウマ娘だ。
走るのは『自分が頑張ってる姿で人に笑顔を与えるため』だと言っている彼女は、
自分自身の意志をあまり前に出そうとしない。
本心では走ることが大好きなのに、走る理由を…悪く言えば人のせいにしているのだ。
だが、誰かの背中を追いかけているとき。
それは頑張る姿という漠然とした目的の中に輝く灯台のようなものとなる。
具体的な目標があれば、目的と本心の進む道がはっきりとし、そこに真っ直ぐ向かえるのである。
しかし最近のライスはそれなりに成長してきたため、OPやG3ではほとんど負けることはない。
近くに目標となれるような相手がいないのだ。
「そろそろライスに新しい目標を見つけてもらわないといけないわね」
トレーナーがつぶやく。トレーニングを重ね、大きく成長したライス。
さらなる成長を目指して、新しい道に踏み入れる時が来たようだ。
今まで出さなかったG2やGIレースに出ても、勝てないまでもそれなりに戦っていけるだろう。
強いウマ娘を目の当たりにすれば、ライスはきっとまた心を燃やしてくれるはず。
トレーナーがライスシャワーに声をかける。
「ライス、ライスは十分強くなったね」
「えへへ、ありがとう。でももっと強くなれるよう頑張るよ」
「いい心意気だねぇ。それでね、今後の目標としてG2、
そしてGIの制覇を目指して行こうと思うの」
「GI…!それってすごい人ばかり出るレースだよね」
「うん。だけどライスも頑張れば勝てるようになれるよ!」
「お姉さま…。うん、やってみたい!」
「よしよし。だからね、いくつかのレースを見学しに行って、
レースの雰囲気やそれを走るウマ娘たちの姿を見に行こう」
「うん!」
そしていくつかのレースを見学する中で訪れたGI朝日杯。
そこでライスシャワーが見たものは。
『ミホノブルボン!ミホノブルボンだ!朝日杯、堂々の勝利!』
「ミホノブルボンさん、あの子強いねー。同じトレセン学園として鼻が高いわぁ。
でもライスの方が強くなるから覚悟しときなさい。ね、ライス?」
トレーナーが声をかけるも、ライスシャワーからは返答がない。
顔を見ると、目をキラキラさせ、夢中でミホノブルボンの事を見つめていた。
「ブルボンさん…すごい…!」
「凄かったねえブルボンさん。ライスもいつかあんなウマ娘になってね」
「うん…。ブルボンさん、とってもキラキラしてた。
ライスも、ライスも…あんな風になりたい!」
珍しく興奮気味に喋るライスシャワー。
その姿を見て、このレースを見に来て正解だったと思えた。
(ライス!目標を見つけてくれたのね!)
せっかくなので、ここで畳みかけていこう。
「ブルボンさんは、今度のスプリングステークスに出走するらしいよ」
「そうなんだ…!じゃあそれも見に行こうかな…!」
「ライス。そのスプリングステークスは…あなたも出走する権利があるわ」
「え!ライスも!」
「そうよ。どうかしら…スプリングステークスで、ブルボンさんと戦ってみない?」
「ライスがブルボンさんと…」
ライスシャワーは考えた。あのキラキラした姿。いつか自分もああなりたい。
でもそれなら見てるだけではなく。共に走り、あの背中に追いつきたい。そして…
「…勝ちたい」
「ブルボンさんに勝つ…できるよ、ライスなら!あなたならきっとできる!」
「わかった!ライス出ます、スプリングステークス!」
「いい返事ね!ブルボンさんがどれほど強い相手でも関係ない。目指すは勝利だけよ!」
「頑張るぞ…!おー…!」
停滞していたライスシャワーの前に現れた、ミホノブルボンという灯台。
足元を照らし、進むべき道標となるその光に向かって、力強く踏み出した。
「まずは現状確認だね。ごまかしちゃ意味ないからハッキリ言うけど、
今のライスではブルボンさんに遠く及びません」
「うん…!わかってる…!」
「だからここからはどれだけ成長できるか、それにかかってるわけね。ライスは確かな根性と、
それについて来てくれる身体があるからハードめのトレーニングをしてきたけど、
今後はもっと増やさないといけないね」
「練習なら、どれだけだって頑張るよ。ブルボンさんに勝つために…!」
「ふふ、やる気も十分だね。それじゃあ行こうか。『ミホノブルボンを超えるぞ作戦』、始動!」
「おー!」
(ライス。そのまっすぐで強い想い、本当にライスはカッコいいよ)
「今必要なのは純粋な走力。スピード、スタミナ、パワーを鍛えて、
ブルボンさんの横に並べるレベルまで引き上げていくよ」
「はい!お願いします!」
「重い蹄鉄をつけてトレーニングすることで、パワーアップに役立つからやってみよう」
「うん!……うぇ、重いっ」
「スタミナを増やしていくよ。ブルボンさんはマイルも中長距離もそこそこできる実力者。
ライスが適性でアドバンテージを取るのはあんまり期待できないからね」
「いっぱい走ってスタミナをつけるよ!」
「最終コーナーからはスピード勝負!短距離ダッシュでスピードを上げる!」
「やあああーっ…!」
毎日しっかりとトレーニングを積んでいくライスシャワーだが、とあることを言い出した。
「え、自主トレをしたい?」
「うん。あのね、お姉さまのトレーニングメニューが足りないってことじゃないよ。
ブルボンさんのことでね、毎朝自主トレーニングしてるのを知ったんだ。
だからね、ライスもそれを追いかけるトレーニングをしたいの」
「ほほぉ、ブルボンさんの自主トレにね。
まあ多少は余裕もあるし、私はいいと思うよ。無理だけはしないでね」
「やったぁ!じゃあ明日からやってみるね!」
「ブルボンさんの自主トレーニングかあ。
ブルボンさんは鬼のようなトレーニング量で知られてるウマ娘。
きっとその朝の自主トレだって相当なもののはずよ。
せっかくだから、それについていけるように頑張りなさい」
「ブルボンさんに…ついてく…」
「ライス、何事もやるなら全力よ。最初は無理かもしれないけど、
そのトレーニングでブルボンさんをぶち抜いて、あなたの存在を彼女に刻み込んでやりなさい!」
「うん…!頑張る…!」
翌朝。
日課の走り込みに出発するミホノブルボンの姿を待ち構える謎のウマ娘がいた。
フードをかぶり、サングラスをかけた謎のウマ娘。
ブルボンが走るコースで待機し、通りがかるところから追いかけはじめる。
それに対してミホノブルボンは表情は変わらないものの、
追跡されていることを意識してか速度をあげた。
二人の間には大きな実力差があることがすぐに判明する。
謎の追跡者はミホノブルボンに歯牙にもかけられず置き去りにされてしまったのだった。
次の日も、次の日も、そのまた次の日もそのウマ娘は現れた。
そしてそのたびに大きく突き放されてしまう。
「ハー…ハー…まだ、ぜんぜん足りない…」
迎えたスプリングステークス。
(だめ…!全然追いつけない…!)
圧倒的な人気と、それに答える圧巻の走りにより、見事ミホノブルボンが優勝を果たした。
「ライスお疲れ様。勝てなかったけど…G2で4着はまずまずの成績だと思うよ」
「ブルボンさん、とっても強い。それに、ライスのことはぜんぜん目に入ってない」
「…うん」
「前にお姉さまが言ってたね。相手が強いから全力で答える、それでお互いを高めあうって。
じゃあ相手が強くなかったら?それはあんまり目に入ってこなくて。
勝負をしているって気持ちもない。なんだか悔しいな。
ブルボンさんに追いつきたい。隣を走りたい。そして…勝ちたい」
「ライス。まだ一回負けただけだよ。次ブルボンさんが出るのは…GI、皐月賞」
「皐月賞」
「ライスはGIに出るのは始めてね。強い子もたくさんいるでしょう。
でもいい?今は他の子は気にしなくていいわ。
ブルボンさんはそれら強力なライバルを全部蹴散らせる実力がある。
それなら、ブルボンさんに勝つあなたはGIの頂点に立てるのよ」
「ライスがGIの…!」
「ええ!行くわよ、次の皐月賞の勝利に向けて!!!」
数日後。
ミホノブルボンの走り込みに、またしても謎のウマ娘が出現した。
ミホノブルボンは相変わらず表情を変えず、だが普段より足に力を込めて走っていく。
謎のウマ娘は必死に追いかけていく。
だが徐々に距離は開き、しまいには置いてけぼりにされてしまった。
次の日も、次の日も、そのまた次の日もそのウマ娘は現れた。
そしてそのたびに突き放されてしまう。
「ハー…ハー…まだ、まだ、もっと…!」
迎えた皐月賞。
ミホノブルボンは圧倒的な一番人気。今日もほとんどの人が彼女の勝利に期待していた。
静かな面持ちでゲート入りを待つミホノブルボンに、小さく声が聞こえてきた。
「ついてく。ついてく。ついてく。ついてく…」
その声にかすかな興味を示すが、すぐにまた前に向き直る。
声の主はライスシャワーだった。
(ブルボンさんについてく。追いかけて、追いついて、追い越す!
もっとライスのことを見てほしい!ライスのことを認めてほしい!
キラキラしたブルボンさんみたいになりたいんだ!)
『短距離が得意とされていたミホノブルボンですが、
今日まで厳しい坂路トレーニングをしてきました』
『【スピードは天賦の才、スタミナは鍛錬でカバーできる】というのが、
彼女を指揮する黒沼トレーナーの理念ですからね』
『まさに坂路の鬼と化してクラシックに挑戦です』
『前回のトウカイテイオーに続き、無敗の皐月賞ウマ娘になれるか!
今、一斉にスタート!』
『ミホノブルボン、いいスタートです!』
『ミホノブルボンが16人のウマ娘を従えて先頭、
このまま2000mを逃げ切ることができるのか?』
(ブルボンさん、とっても速い…!ライスだって成長してるのに全然追いつけない!)
ミホノブルボンに追いつかんとして必死に走るライスシャワーだが、ほとんど距離は詰まらない。
(ううっ、毎日毎日置いて行かれて、このレースでも…?)
『200を切った!差は2バ身から3バ身、先頭はミホノブルボンだ!
強いぞ、強いぞ、強いぞ!ミホノブルボン!逃げ切って今ゴールイン!!
無敗で皐月賞を制しました!』
トウカイテイオーの再来のごとく、無敗で皐月賞を制したミホノブルボン。
その強き姿に観客席も沸き立つ。
一方のミホノブルボン本人は、極めて冷静な表情で観客席に一礼をし去って行った。
それを見つめるライスシャワー。
「また追いつけなかった…」
「ライス、お疲れ様。今回は8着だったね」
「全然ダメだったよ…。ブルボンさんだけじゃなく、他の子にも抜かされちゃった」
「それはいいのよ。あなたの目標は高順位につくことじゃないでしょう?
今回が2着や3着だったとしても大した意味はない。あなたの目標は…」
「ブルボンさんに…勝つこと…!」
「そう。まだここは夢の途中なんだから。次があるわ…GI、日本ダービー!!!」
「日本ダービー…!」
「ライス。あなた自身の力を信じて日々のトレーニングをするのよ。
あなたが強く望めば、身体は必ず強く答えてくれる」
「うん。日本ダービーでは、ライスが勝つよ…!」
数日後。
ミホノブルボンの走り込みに、当然のように謎のウマ娘が出現した。
そしてミホノブルボンも当然のように速度を上げ、後続を引き離そうとする。
「負けない…!」
謎のウマ娘は必死に追いかける。しばらくは一定の距離を保てたものの、
スタミナが切れたのか、またも引き離され置いてけぼりにされる。
次の日も、次の日も、そのまた次の日もそのウマ娘は現れた。
そしてそのたびに離されてしまう。
「ハー…ハー…次は、次こそは…!!」
迎えた日本ダービー。
相変わらずミホノブルボンは圧倒的な一番人気。
無敗で皐月賞を制した彼女への期待は、より一層大きくなっていた。
静かな面持ちでゲート入りを待つミホノブルボンに、またも声が聞こえてきた。
「ついてく。ついてく。ついてく。ついてく…」
前にも同じ声を聴いたが、今回もさほどの興味は持たれていない。
自分が走るこのレースに集中している。
三冠をめざす第二歩目、ミホノブルボンによそ見はなかった。
声の主はライスシャワー。
(ブルボンさんについてく。追いかけて、追いついて、追い越す!
前回よりも強くなったライスで、ブルボンさんに勝つ!)
『さあ大注目のミホノブルボン、圧倒的一番人気!このまま二冠達成なるでしょうか?』
『前回よりもさらに仕上がっているようですね。これは期待できますよ』
『無敗三冠を掲げるミホノブルボンに土をつけるウマ娘はいるのか?さあ一斉にスタート!』
『ミホノブルボン、やはり集中力の高さが光りますね。全く淀みのないスタートです』
『前回同様先頭で逃げるミホノブルボン!徐々に後続を引き離していくぞ!』
(くうう…!ついてく、ついてく…!)
『最終コーナーを回った!強いぞミホノブルボン、二番手が3バ身から4バ身へと差を広げていく!
おっと、後方からライスシャワーも飛び出してきた!
怒涛の追い上げを見せる!だがミホノブルボン残りはわずか、これは無理でしょう!
ミホノブルボン、1着でゴール!2着は数バ身遅れライスシャワーです!』
余裕を持って勝利し、無敗の二冠を達成したミホノブルボン。
彼女が目指すのは無敗の三冠。目標に向けてまっすぐ前を見つめる彼女だが。
今回はゴールをした後一度振り向き、2着だった者へと視線を向けた。
「……」
時間にしてコンマ数秒、声を発することもない。
だが、彼女の中に確かな興味が芽生えていた。
「ハア…ハア…追いつけ…なかった…!」
「お疲れ様ライス。今回は2着だったね」
「うん、他の子には勝てた。だけどブルボンさんとは4バ身も離れてる」
「そうだね。2着と言っても『惜しい2着』じゃない」
「うん…」
「だけど、どんどん着差は縮まっている。次はGI、菊花賞。
今日よりもさらに成長した次のライスなら、今度こそ勝てるよ」
「菊花賞…。ライスはもっと成長して、菊花賞でブルボンさんに勝つよ…!」
ライスシャワーがミホノブルボンを目指してから数か月がたっている。
自分がかなり成長した実感もある、しかし敵わない。
ミホノブルボンを見続けてきたからわかるのだ。
彼女もまた成長を続けていることを。輝きが増していることを。
だが、確かに近づいているのを感じていた。今回がダメなら次回。次回がダメなら次々回。
そう思いながらも、負けることを前提としたレースは一度もなかった。
全てのレースが本番であり、相手がどれほど強くとも、
常に勝利を目指し魂を込めて走るライスシャワー。
その成長は目覚ましかった。初めは、周りから見ればただの強がりのような『次こそは』。
それはついに、影さえ踏めなかった相手の背中に手をかけようとしていた。
数日後。
ミホノブルボンの走り込みに、いつものように謎のウマ娘が出現した。
そしてミホノブルボンもそれに応える。加速し、後続を離さんとする。
「今日こそは…!」
謎のウマ娘も必死に追いかける。わずかずつ距離を詰めていくが、
それを察知したミホノブルボンがさらに加速する。
お互いの距離はあまり変わらない。離されはしなかったが、詰め寄ることもできない。
しばらく追走したのち、二人の距離で生じた時間差により、
後方を走る謎のウマ娘は信号に引っかかり置いて行かれてしまった。
次の日も、次の日も、そのまた次の日もそのウマ娘は現れた。
そしてそのたびにどこかの信号で置いて行かれた。
「ハー…ハー…明日こそ、あの背中に…!」
菊花賞まで残り数日と迫ったある日。
ミホノブルボンは学園内の掲示板に貼ってある、自分の記事を眺めていた。
書いてあるのは、『無敗の三冠へ』。
「ようやく、ここまで来ました」
今までの道程を思い出す。努力するのは当然。そして勝つことも当然。
弛まぬ努力と勝利の末にたどり着いたこの場所。
自分の、マスターの目標である無敗の三冠達成に王手をかけた。
安定した勝利を続けてきたミホノブルボン。当然最後の菊花賞もそのつもりでいる。
しかしこれまで順風満帆だった道の中でただひとつ、懸念するものが生まれていた。
「いるのでしょう、ライス」
声をかけると、柱の陰に隠れるようにしてこちらを見つめていた一人のウマ娘が顔を出す。
彼女の名はライスシャワー。スプリングステークスから、
ミホノブルボンとは常に同じレースを走ってきた相手だ。
そして次も…菊花賞にも、彼女は出走する。
「あのトウカイテイオーさんでも取れなかった三冠。
私は成し遂げますよ。マスターの指示ですから。絶対に」
勝利の宣言をするミホノブルボン。ライスシャワーは何も答えない。
だが、その目には確かな意志が宿り、ミホノブルボンを鋭く見つめる。
無言で見つめあう二人の瞳。そこには勝つべき、超えるべき相手の姿が映っていた。