数日後、天皇賞に向けてのミーティング中。
マックイーンのデータを見ながらトレーナーが言う。
「やっぱりマックイーンさんはすごく強いウマ娘だねえ。
うちのライスだって負けてはいないと思うけど…」
「ライスね、ブルボンさんの時みたいに、
マックイーンさんのトレーニングについていってみたけど…引き離されちゃった。
このままじゃきっと勝てない…だけど勝ちたい…!
だから、これまで怠けてた分を取り戻すためにも、もっともっとトレーニングしたいの」
「もっとかあ…でも、あんまり時間がないからねえ。これでも結構みっちりつまってるのに…」
「うん…だからね、その…授業を休んでトレーニングしたいなって…」
「えっ!」
「授業を休んじゃうのはよくないことってわかってる。
だけど、時間が足りないから…少しでもトレーニングをしたいの。
お勉強はレースが終わったら一杯やるから…。
お願い、お姉さま」
「うーん…」
トレセン学園は学校であり、そこのウマ娘は学生だ。学生の本分は勉強であり、
たとえトレーニングのためであってもサボることは基本的に認められていない。
しかし、ライスがこれほど望んでいることだ。
勉強が大切なのは言うまでもない。だけど、今のこれは…
きっとライスの人生を、生きざまを左右する大切なもの。
例え学園の方針に背くことになろうと、否定したくないし叶えてあげたい。
ミホノブルボンを追いかけていた日々とは状況が違う。
ミホノブルボンの期待に応えるためには次の天皇賞で勝つ必要があるのだ。
「……よし、ライス。レースが終わったら二人で怒られようね」
「お姉さま…!ありがとう!」
休み時間中、トウカイテイオー、イクノディクタス、
マチカネタンホイザの三人が会話をしていた。
「ええっ、ライスが休んでる!?」
「昨日に続いて今日もだそうです。もしかして走らないというのでは…」
「ウソー!天皇賞まで時間ないのに!」
「風邪かな?それとも変なもの食べたのかな?クモとか…」
「そんなの食べるわけないでしょ!?でも、何が原因なんだろ?」
(ライス、学校を休んでいる…?)
その場に偶然居合わせ、会話を耳にするミホノブルボン。
先日のやり取り、あれでライスの心は動いてくれたはず。
もう一度走ると約束してくれました。
逃げ出すとは思えません…ちょっと調べてみましょうか。
寮長のヒシアマゾンが書いてくれたメモ。そこは廃校となった学校のようだ。
ミホノブルボンがその場所にたどり着くと。
「ふう…ふう…」
ひたすらにトレーニングをこなすライスシャワー。
「ふう…ふう…」
そしてそのサポートを続けるトレーナーの姿があった。
「ライス…」
「あっ、ブルボンさん…」
「ブルボンさん」
同時に二人が反応する。
「どうしてここが分かったの?」
「寮長のヒシアマゾンさんに聞きました。
無断で外泊をするような方ではないと思いましたので」
「そこからばれちゃったかー。勝手に外泊したらものすごく怒られちゃうからね…」
「…精神力」
「……?」
「マックイーンさんには走力や経験値では勝てないから、精神力で勝る必要がある。
それには徹底的に自分と向き合うため、他のウマ娘のいない静かなこの場所に…。
精神は、肉体を超越するから」
精神論を語るライスシャワー。その目に迷いは一切ない。
トレーナー業と称して学ばされた知識は、彼女の中に確かに残っていた。
ライスシャワーの言葉に、黒沼トレーナーが言っていたことを思い出すミホノブルボン。
自分も、マスターに同じようなことを言われましたね。
「…私も同感です」
「だからもっと頑張るよ。トレーニング、続けるね」
そう言い、走り込みを再開するライスシャワー。
ライスシャワーのトレーニングを眺めているミホノブルボンに、トレーナーが話しかける。
「ブルボンさんはライスのこと心配してここまで来てくれたの?
ありがとう、でもごめんねこんな理由で。
休んだのは少しでもトレーニングの時間が欲しかったからなんだ。
授業を休んでトレーニングしてること、レースが終わるまでは見逃してくれないかな…?」
「心配ありません。私はライスの様子を見にきただけですので。
身体の具合も、心の具合も、問題なさようで安心しました」
「今のライス、すごく気合入ってるからね。ブルボンさんが発破をかけてくれたこと聞いてるよ。
ありがとう。情けない話なんだけど、私では…走ってもらうことはできなかったから」
「いえ。私も感情のままに怒鳴り、失礼なことをしてしまいました。
今ライスが走っているのは、ライス自身の意志です」
「うん…それもだね。ライスは強い子だから」
会話をしながらトレーナーの方へ視線を向けるミホノブルボン。
しかしその姿に少しぎょっとしてしまった。
「その靴、その蹄鉄…いくつあるのですか…?」
「あはっ、ライスが頑張ってるからね。どんどん消耗して行っちゃうんだなー」
個数は答えてくれなかった。しかし山積みにされた傷と泥だらけの靴、幾つものすり減った蹄鉄。
ライスシャワーが学校を休んだのは今日でまだ二日目なのに。
その残骸はこのトレーニングが並大抵のものではないことをすぐに教えてくれたのだった。
翌日、マックイーンのトレーニングをサポートする沖野とテイオー。
「マックイーンの調子は良さそうだ。ところで、ライスシャワーはまだ学校に来てないのか?」
「うん、今日で三日目。それに今日はブルボンもいなかったって」
「何か秘密のトレーニングでもしてるのか?それとも諦めたか…」
「それはないよ!ライスのやる気の目、ボク見たもん!」
テイオーの言う通り、ライスシャワーは一心不乱にトレーニングを続けていた。
「ふう…ふう…」
それを見ながら、トレーナーとともにライスシャワーのサポートをするミホノブルボン。
「ライス、頑張っていますね」
「うん。マックイーンさんに勝つこと、それが今あの子が走る理由だから。
相手は強い…だから、心も、体も、技も、すべてを出し切らないといけない。
そのためにはまず心を、魂を燃やして、体と技を引き出していかなきゃ」
「精神は肉体を超越する…ですか」
「んー、私が思ってるのはちょっと違うんだよね。
精神は、肉体のポテンシャルを引き出す。超越するんじゃなくて、調和する。
肉体のトレーニングだけでは到達できないところに、鍛えた精神となら辿り着ける。
それが精神の力だってね」
「なるほど。そうかもしれません。それならば…
誰よりも強い精神を持ち、誰よりも激しいトレーニングをこなすライスは」
「きっと、誰にも負けないよ」
トレーニングに一区切りがつき、休憩をするライスシャワー。
「ライスお疲れ。これ飲んで体を休めてね」
トレーナーから、疲労回復のためにロイヤルビタージュースが手渡された。
「……………… うん」
一瞬動きが固まったが、すぐに表情も変えずに飲み干すライスシャワー。
(すごい…ロイヤルビタージュースを飲んでいるのにやる気が下がっていません。
もはやライスの精神は常識の遥か高みにいるのですね)
誰よりも激しく燃えているライスシャワーの精神は、やる気を常に絶好調に引き上げていた。
しかし、あまりの不味さに耳は少し垂れているのであった。
夜。
「ライス、そろそろお夕飯にしよう!ブルボンさんも食べてく?」
「そうですね、是非ご一緒させてください」
「うー、疲れた…!ごはん、楽しみ…!」
トレーナーが用意した食事は、タンパク質を多く摂取でき、
激しいトレーニングで消費したカロリーも補える配合となっている特製にんじんハンバーグ。
クッキングカーを用意して調理しているようだ。豪華である。
「ごはんもおかわりいっぱいあるからねー」
「やった!いただきます…!」
「いただきます」
「んー、おいしい!」
「おいしいです」
「よかった!いっぱい栄養補給してね!」
「うん!いっぱい食べて、いっぱい頑張るね!」
「栄養補給…」
ライスシャワーに合わせた激しく大きなハンバーグと、
盛りに盛られた茶碗を渡されていたミホノブルボン。
「ステータス、『満腹』を感知…」
食後のミーティング中。
「マックイーンさんは強い。体の仕上がりもちろんだし、
天皇賞自体も二連覇してて経験値も圧倒的に上。
ライスもとても強いけど、まだ成長の途中。
そうなるとただ純粋に走力勝負をすると分が悪いのは前に言った通りだね」
「ライスも強いですが、彼女も相当な強者と認識しています」
「お姉さま、それでもライスは勝ちたいよ!」
「もちろん。そのために私がいるんだから。
体の実力は成長分を考慮してもイーブンくらいかな、大きな有利は取れない。
そうすると最初から言ってたことだけど、心の強さが大きくかかわってくる。
心の強さ、体の強さを鍛えるだけ鍛えて、実力を最大限に発揮できれば十分勝機はある」
「心の強さ…それならばライスは誰よりも強いですよ」
「でももう一つ大切な要素があるね。『技』だよ」
「技…」
「レースの作戦は、基本はライスの得意とする前方のターゲットへの追走から、
ラストスパートでぶっちぎる姿勢のつもりだけど、それだけじゃ足りないと思う。
だからここで技を使おう。技は自分を強くすることができるのと同時に…
相手を弱くすることもできる。相手に干渉できるのは技だけなんだ」
「相手に干渉、ですか」
「ブルボンさん、菊花賞の時、ライスに追いかけられてどう思った?」
問われて菊花賞の時のライスシャワーを思い浮かべるブルボン。
日々のトレーニングにべったりとついて来て、レースではがっちりとマークしたあの動き。
「率直に言うと、しつこくて鬱陶しく思っていました」
「ひう…ごめんね…」
「いえ、誉め言葉です。あの粘り強く、執念深い走りには感心しました」
「ありがとう。あの時はただ真っ直ぐにブルボンさんを目指して走ってもらっていたけど、
今回は意図的にマックイーンさんに対しても同じような…
いえ、もっと強烈なものをぶつけてやろうと思うの」
「もっと強烈な、ですか?」
「菊花賞の時はそれほど深く考えてなかったんだけど、
ライスの魂のこもった力強い走りは相手にプレッシャーをかけられることがわかった。
天皇賞は全体を考えるとやっぱりマックイーンさんが圧倒的な優勝候補。
他のウマ娘のことはあまり考えなくていいから…
マックイーンさんを後方から徹底的にマークして、プレッシャーをかけ続ける」
「なるほど。プレッシャーを与えればペースを乱し、相手の消耗を大きくすることができますね。
ライスの鋭いまなざしはかなり効きますから。経験済みです」
「徹底的に…マックイーンさんについてく…」
「それならば私の意見ですが。後ろにつくなら相手から見える位置の方が、
プレッシャーを与えることにかけては効果覿面かと思われます」
「見える位置か。風よけの効果は減るけど、それはありだね。
スタミナならライスの方が勝ってるくらいだと思うし、そっちを優先してよさそう」
休憩と作戦会議も交えつつ、ライスシャワーの過酷なトレーニングは続いて行った。
朝も昼も夕も夜も、ただひたすらにマックイーンを、天皇賞を思い、続ける鍛錬。
その他のものを極限まで削ぎ落とし、意識をそれだけに集中させる。
強い強い思いと鍛錬の果てに、彼女の身体に何かが宿ろうとしていた。
天皇賞当日。
『前回のトウカイテイオーとメジロマックイーンの対決が記憶に新しい、春の天皇賞。
今回も注目されるのは、三連覇がかかるメジロマックイーン!
立ちはだかるのは、ミホノブルボンの三冠を阻んだ、菊花賞ウマ娘ライスシャワー!
めっきり力をつけているマチカネタンホイザなど、今回も強敵ぞろいです!』
「行けー!マックイーン!」
「頑張れー!」
「応援してるぞ!」
多くの観客も、マックイーンの偉業に期待し、マックイーンへ声援を投げかけている。
控室で気持ちを整えるマックイーンと、付添をするトウカイテイオー。
「どう?緊張とかしてない?」
「フフッ、必ず勝たなくてはいけないという緊張はありますわ」
「ライスはすっごく強いってブルボンからも太鼓判もらってるからさ。
マックイーンでも舐められるような相手じゃないもんね」
「舐めてなんておりません。強さはわかっていますからね。
前も言った通り、舐めているのはむしろライスさんの方です」
「ま、まあそうかもね」
「それに、わたくしにはおばあ様からの教えがあります。
『ウサギとカメの童話』、知ってますわね?」
「え?知ってるけど」
「あれでカメが勝ったのはどうしてかわかりますか?」
「カメが勝った理由ねえ…ウサギがさぼってたから?
まともにやったらウサギに勝てるわけないし」
「それもありますが。おばあ様の教えでは、
『ウサギはカメを見ていた。しかし、カメはゴールを見ていた』と」
「……なるほど?ウサギはカメを見て、自分の方が圧倒的に強いと判断して舐め切っていた。
一方のカメはウサギではなくゴールを見た。寄り道をせずにゴールに向かってまっすぐ走った…」
「そうです。そしてライスさん、彼女は強いですが、
どうやらゴールよりもわたくしのことを見ている様子。
ライスさんの実力には期待していますが、ウサギさんには負けられませんわ」
「じゃあ、マックイーンはゴールを見てるんだね?」
「ええ。わたくし自身の夢のため、メジロ家の誇りのため、そしてテイオー。
あなたの目標となるために、天皇賞での勝利は欠かせません。
わたくしの求めるものは、ゴールにあるのです」
「ふうん…。マックイーンはかっこいいね!」
「ふふ、ありがとうございます。見ていてくださいね、わたくしの姿を」
「うん、頑張って!」
テイオーは考える。
相手を見るのではなくゴールを見る。それは正しいかもしれない。
よそ見をしていたら足元をすくわれることはあるだろう。
でも…相手を見るって、間違いなのかな?
確かに、ライスはたぶんゴールよりも対戦相手を見ているだろう。
でも、ライスはそれで強くなりブルボンに勝った。
一方で、ブルボンのほうはずっとゴールを見ていたはずだ。
相手を見たライス、ゴールを見たブルボン。それで相手を見たライスが勝ったんだ。
おばあ様の教え、それは必ずしも正しいわけじゃないのかもしれない。
マックイーン…。本当に大丈夫なのかな?
一抹の不安を感じながらも、
大切に胸にしまっていたであろうおばあ様の言葉に口出しはしたくない。
言葉の意味を考えつつ、ただマックイーンの勝利を願うテイオーだった。
こちらも控室で気持ちを整えるライスシャワーと、付添をするトレーナーとミホノブルボン。
「ライス、頑張ってね」
「応援していますよ」
「私たちはあなたの力を信じてるからね」
「はい。ライスの強さを、皆に見せつけてきてください」
「うん、お姉さま、ブルボンさん、ありがとう!
このレースで証明してくるよ。ライスは強い子なんだってことを。
そして、ライスを育ててくれたお姉さまも、とっても素敵なトレーナーさんだってことを。
…それじゃ、行ってくるね」
ライスシャワーは目を閉じ、深呼吸をし、これまでのことを思い浮かべる。
誰よりも強いマックイーンさん。
それを超えるために、体を、心を、魂を込めてトレーニングを行った。
そのすべてを…このレースにかける。ライスシャワーが意識を集中させていく。
そしてそれが極限まで達した時、彼女の瞳に炎が灯った。
ターフに向かうために地下バ道へ来たマックイーン。
(ついに天皇賞が始まります。この日のために努力を重ねてきました。
必ず勝利し、皆にわたくしの姿を見せてあげねばなりませんね)
そして今日はライスさんとの勝負の日。
果たしてライスさんはどのような仕上がりをしているのでしょうか。
マックイーンがライスシャワーのことを思案した時、背後から人の気配がした。
振り向くと、そこにいたのはライスシャワー。
……のはずである。
(え…。あれは…あれが…ライスさん…!?)
「フー…フー…」
地下バ道に響く、強くリズムの取れた呼吸音、そして静かだが確かな足音。
無言でまっすぐ歩く彼女だが、その姿はマックイーンに恐怖を感じさせた。
深い呼吸と、黒い眼差し。そして瞳に浮かぶ青い炎。
全身から迸る漆黒のオーラと、全てを食いちぎらんばかりの威圧感。
彼女の意識は研ぎ澄まされ、深く深く沈んでいる。このレースへかける執念と覚悟とともに。
他のことなどすべてを忘れ、ただひたすらに勝利のために。
勝つ。超えて見せる。ブルボンさんのため、お姉さまのため。
自分はこのレースに勝って見せる。その凄まじい執念が滲み出る。
前にいたマックイーンに一瞥もせずに歩いていく。
「あ……」
息をのむマックイーン。人はこれほどの意志を持てるものなのか。
あまりにも強烈な覚悟を前に、足がすくむ。
だが、これに飲まれてはいけないと自分を鼓舞する。
逃げるわけにはいかない。自分だって勝たなければ。
三連覇という目標を、メジロ家の名にふさわしい走りを、そして…
テイオーへ見せる背中が情けない物であっていいはずがない。
勝ちたい。自分にだって負けられない理由がある!そのためにここにいるのです!
『GI天皇賞、春のファンファーレ!各ウマ娘、これよりゲートインです!』
チームスピカのメンバーたちは、最前列で会場を見守っていた。
「頑張れマックイーン!」
「三連覇とってください!」
「三連覇なんて気にするなよ~!」
「無茶言うなよゴルシ…」
「そうね。あれっ…?」
ざわつく会場。マックイーンがゲートになかなか入らない姿が見えたからだ。
「くっ…ううっ…」
先ほどのライスシャワーの姿が頭から離れない。
あの強烈な念が体中にまとわりつき足の動きを止めてしまう。
『おや、ゲートに入りませんね、メジロマックイーン』
『珍しいですね』
(猛獣?なんなんですの?まるでわたくしを食いちぎらんばかりのこの気配…
ですが、わたくしにも負けられない理由がありますわ!)
もう一度自分を鼓舞し、整バ係の人に背中を押されながらなんとかゲートに入った。
『メジロマックイーン、ようやくゲートに入りました。
他のウマ娘も順に入って行きます』
いよいよレースが始まる。
各々が、各々の理想のために勝利を目指すこのレース。
譲れない思いのぶつかり合いが、始まろうとしていた。
(わたくしの悲願、天皇賞三連覇を果たします!
見ていてくださいテイオー、おばあ様!わたくしは必ず勝ちます!)
(マックイーンさんを越えて、ライスが一番になる。そしてライスの強さを証明してみせる。
見ていてねお姉さま、ブルボンさん。ライスは必ず勝つよ!)
『パワーとスタミナが要求されるおなじみ京都レース場。
3200m、15人のウマ娘がゲートに入りました。
さあ天皇賞春、今―――スタートしました!』