ライスシャワーはダークヒーローとなる   作:黒い平方四辺形

9 / 35
この気持ちって

 

 

 

『先行争いはやはりメジロパーマーが行きます。

さらにその外、メジロマックイーンはメジロパーマーの外につく形です』

 

 

 

 

「いいわね、マックイーン!」

スカーレットが黄色い声を上げる。

 

「いや…」

だがそれとは裏腹に不安そうな表情をする沖野。

 

「どうしたの?」

 

「まだスタートしたばかりだぞ。逃げるパーマーなんて気にしてたら駄目だ」

 

マックイーンの姿を観察する沖野。

少し見ていると、マックイーンの意識が前方ではなく後方に向かっていることに気づいた。

 

(そうか!気にしてるのはパーマーじゃない!気にしてるのは後方の…!)

 

 

 

 

『現在マックイーンは4番手。その後ろ、漆黒の髪をなびかせてるのはライスシャワーです』

 

 

 

 

マチカネタンホイザとイクノディクタスを応援しに来たナイスネイチャとツインターボも、

思わずライスシャワーに目を奪われる。

 

「ライス、ずーっとマックイーンにぴったりだ」

 

「完璧にマークしてるね。けど、なんで背後に入んないんだろ?」

 

ツインターボとナイスネイチャはライスシャワーの狙いが今一つ理解できなかったが、

それでも確固たる意志があることを感じていた。

 

 

また、今後ライバルとなるだろうマックイーンを目当てに来ていたビワハヤヒデも、

マックイーンよりもライスシャワーに注目していた。

 

「あの走り。もしや、あえて自分の姿をマックイーンに見せているのか?」

 

 

 

 

 

 

ライスシャワーの作戦通りの動きに、トレーナーたちは歓声を上げる。

 

「よし、完璧な動きね!あの動き、かなりのプレッシャーを与えられてるはずよ!」

 

「上手くいっていますね。マックイーンさんは通常よりもかなりペースを上げているようです」

 

「でもさすがだわ、ライスからのプレッシャーで焦っているだろうにフォームは崩れてない。

見た目ほど大きくは揺さぶれていないのかもしれないね」

 

「心の強さは体を支えてくれますが、体の強さが心を支えてくれることもあるそうです。

あれも彼女がしてきた鍛錬の賜物なのでしょう」

 

 

 

 

 

 

『15人のウマ娘が、大歓声に震える正面スタンド前を通過いたします』

 

「マックイーン落ち着け!周りを気にしすぎるな!自分のペースだ!」

観客席から沖野の声が飛ぶ。

それが聞こえたのかは定かではないが、マックイーンもまた同じことを考えていた。

 

(そうですわ。前回だって自分の走りに集中したからテイオーに勝てたのです。でも…!)

 

スタート直後から鬼気迫る勢いでマックイーンの背後に付き続けるライスシャワー。

そのプレッシャーに当てられ、どうしても走りに集中させてくれない。

 

 

一方のライスシャワーはマックイーンと対照的だった。

ライスシャワーを気にして自分の走りに集中できないマックイーンに対し、

マックイーンを見定めて相手の走りに集中しきるライスシャワー。

それは同時に、自身の望んだ理想の走りを叶えていることでもあった。

 

もはやライスシャワーにはほとんど思考はない。

ただ、目指すものに向かって一心不乱に走る鬼のような存在となっていた。

 

 

 

 

『先頭はメジロパーマー、リードは5バ身ほど。2回目の第3コーナーに入ります。

さあ、第3コーナーの坂を上って天皇賞春はスタミナ勝負。

おおっと、外からメジロマックイーンだ!スパートをかけた!

メジロマックイーン、先頭のメジロパーマーに迫る!』

 

「おお…!んっ!?」

 

観客席から歓声が一瞬飛んだものの、すぐに戸惑いの声へと変わった。

 

『しかしその外!ライスシャワーだ!ライスシャワーが上がってきた!』

 

 

 

 

「全然引き離せねえぞ!」

 

「マックイーンさん、どこかおかしいの?」

 

「いや、マックイーンはおかしくない」

 

マックイーンの速度もペースも十分すぎるくらいだ。

スタミナ切れさえ起こさなければ間違いなく勝利する、そう確信させてくれる走りだ…本来なら。

 

だが今回は違う。

マックイーンの後ろにつくライスシャワー、彼女の存在があまりにも異彩を放っていた。

 

「おかしいのは…相手の方だ」

 

 

 

 

 

「行け!マックイーン!」

「頑張れマックイーン!」

「三連覇見せてくれ!」

「マックイーン!勝ってくれー!」

 

観客の声援が会場中に響き渡る。

そしてそれは、ほぼすべてがマックイーンの勝利を願うものだった。

 

だが、ここにいる二人はそんな声援などまるで耳に入っていない。

瞳はマックイーンでもなくメジロパーマーでもなく、ただ一人を見つめている。

 

 

「「ライス…」」

 

 

トレーナーは思い出す。

かつてライスが見せてくれた、太陽のような笑顔を。

ライスがもう一度頑張ると言ってくれたあの表情を。

マックイーンさんに勝つため、血のにじむような努力をした日々を。

 

 

ミホノブルボンは思い出す。

怪我をしてしまった自分が奮起する目標となった、あの日の強いライスを。

ライスが、自分ともう一度走りたいと言ってくれたあの言葉を。

自分やマックイーンさんに勝つために、ライスがどれほどの努力を積んできたのかを。

 

 

周りが誰を応援していようと関係ない。自分が応援しているのはただ一人だ。

 

「「行け…ライス!」」

 

 

その声が響いた瞬間、ライスシャワーの瞳にあの青い炎が灯った。

 

 

 

 

 

『さあ第4コーナーを回った、3人が競り合う直線勝負、タンホイザも来ている!

ここで先頭に躍り出るのは…メジロマックイーンだ!メジロマックイーン先頭!』

 

沸き立つ観客たち、だがしかし。

 

『…あっ、いや!外から、外から!ライスシャワーだ!

ライスシャワーが迫ってきた、迫ってきた!』

 

 

(マックイーンさんの背中。追いつく、追いつく、追いつく…!)

 

(くっ、この気迫…だけどわたくしだって…!)

 

 

『ライスシャワー横に並んだ!』

 

肉薄される姿を見てテイオーが叫ぶ。

「負けるな、マックイーン!!」

 

 

『さあ、マックイーンの三連覇、

またしても偉業を阻むのはこのウマ娘か、ライスシャワー!』

 

「おいおいやめてくれよ、マックイーンがんばれ!」

「ライスシャワー!またヒールになるつもりか!」

 

観客席からは戸惑いと非難の声が飛ぶ。

自分たちはマックイーンの勝利を、三連覇を楽しみにして見に来ているのだ。

その楽しみを邪魔するのか?お前なんてお呼びじゃないんだぞ!

そうした声が会場に響き渡り、ライスシャワーもその雰囲気を感じていた。

しかし今の彼女にある思いは。

 

 

(ライスは…)

 

 

瞬間、ライスシャワーの脳裏に映像が浮かぶ。

菊花賞で自分が勝った時、落胆している観客の顔を。

ウイニングライブで、自分ではなくミホノブルボンを褒め称えるファンの顔を。

自分をヒールだと貶していた数々の記事を。

 

 

(ヒールじゃない…)

 

 

そして同時に浮かんだのは、自分をヒーローだと言ってくれたミホノブルボンの顔。

自分を応援し、支え続けてくれたトレーナーの顔。

強い決意と共に、隠れていた右目にも炎が灯る。

 

 

 

「ヒーローだっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ…!」

 

マックイーンはその瞬間、ライスシャワーの、美しく気高い姿に見惚れてしまった。

 

それと同時に気づいてしまった。

このレースにかける情熱が、執念が、覚悟が、

自分とライスシャワーで大きな隔たりがあることを。

レースの最中に相手の姿に見惚れてしまう、

それは自分がこのレースに集中しきれていなかったと。

そしてその自分の愚かさに気づいたとき、すでに勝負は決まっていた。

 

 

『ライスシャワーかわした!ライスシャワーかわした!

ライスシャワー、ライスシャワーだ!菊花賞でもミホノブルボン三冠を阻んだライスシャワーだ!

ライスシャワー、完全に先頭!2バ身から3バ身へと開いた!

ライスシャワーが今1着で…ゴールイン!!』

 

『あっ、このタイムは…レコードです!!』

 

 

タンホイザたちを応援していたツインターボとナイスネイチャは、

まさかのライスシャワーの勝利に驚いていた。

 

「強いとは思ってたけど、まさか本当に勝つなんてね…」

 

「ライスも…ターボが倒す…!」フンス

 

 

ビワハヤヒデも驚嘆の声を上げる。

 

「すごい…!何という実力だ!

ふふ、いつか彼女と戦うときが来るだろう。その時を楽しみにしておこう」

 

 

 

 

確定板を見て、自身の結果に喜ぶライスシャワーと、敗北を実感するマックイーン。

 

「ハア…ハア…ハア…わあ、レコード…!やった………あっ…」

 

「ハア…ハア……負けた…あっ…」

 

想いをぶつけ合い、誇りをかけ、全力の勝負を終えた二人に耳に届いた声は。

 

「またやられたよ…」

「マックイーンの三連覇、見たかったなあ」

「なんでだよ!」「来るんじゃなかったぜ!」

「ガッカリだ」「あーあ」「つまんない」

 

やはりライスシャワーに対するブーイングと怨嗟の声だった。

 

 

 

 

 

「っ…」

 

うつむき、拳を握りしめるライスシャワー。

 

そうだった。できるだけ考えないようにしていたが、本当は最初からわかっていたことだ。

自分が勝ったら、きっとこうなるだろうと思っていた。

わかっていたのに痛い。苦しい。自分はこんなに頑張ったのに、

やっぱりみんな認めてくれないんだね。喜んでくれないんだね。

お姉さまやブルボンさんにとってはヒーローでも、他のみんなにとっては違うんだね。

こぼれそうな涙をこらえながら、客席に一礼し去って行く。

 

 

そこに聞こえてきたのは拍手の音。

 

音の方を見ると、拍手をしていたのはマックイーンだった。

それに続き、メジロパーマー、イクノディクタスら、共に走ったライバルが拍手をしてくれた。

少しだけうれしくなる。だが心は晴れない。ほとんどの人は祝福もしてくれないのだから…。

 

 

 

地下バ道に戻ると、トレーナーとブルボンが待っていた。

 

「「ライス!」」

 

「優勝おめでとう…!」

 

「おめでとうございます、ライス」

 

「うっ…ぐすっ…」

 

ライスシャワーの瞳から、堪えきれなくなった雫が流れ落ちる。

 

「また…たくさんの夢を…壊してしまいました…!」

 

「それが勝つということです。勝負ですからね」

 

「でも私たちの夢は、叶えてもらったよ」

 

「そう、誰かが勝てば、誰かは傷つき夢破れる。そういうものです」

 

「ブーイングって痛いね…やっぱり痛かったよ…!」

 

「ブーイングはチャレンジャーの勲章です、傷つく必要はありません。

でもいつかこれが歓喜と祝福の声になる日は必ず来ます。あなたが勝ち続ければきっと。

だってあなたの名前はライスシャワーなんですから」

 

「……」

 

何も答えないライスシャワーを抱きしめ、頭をなでるトレーナー。

 

「どんなブーイングが来たって、私たちも、マックイーンさんたちも分かってるよ。

ライス、あなたがどんなに素敵なウマ娘かを。優しくて、頑張り屋で、とっても強い。

みんなもライスのことを分かってくれる時が、必ず来るよ」

 

「………………………うん…」

 

しかし、ライスシャワーは消え入りそうな声で答えただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

そして行われたウイニングライブ。

そこに待っていたのはやはり、祝福の声がほどんどない残酷な現実だった。

 

「三連覇楽しみにしてたのになあ」

「また期待を潰されてがっかりだよ」

「有マじゃ全然だったくせに、人の記録がかかってる時だけやる気出すんだよな」

「人の夢を奪ってばかりで楽しいか?ライスシャワー!」

「応援してるぞマックイーン!次はライスシャワーなんかに負けるな!」

 

 

またしても、愛するライスシャワーへ投げかけられる心無い言葉に、

激しい怒りを感じるトレーナー。

 

(こいつら…!うちのライスになんてことを…!!!全員殴り飛ばしてやりたいわ…!!」

 

「ステータス『激情』を感知…。勝者を貶すたびに、

それに負けてしまった敗者まで貶めることになるのが彼らにはわからないのでしょうか」

 

「せめて私は精いっぱい応援するよ…!

ライスー!!!!カッコよかったよー!!!!また素敵な走りを見せてねー!!!!」

 

「私もやります。ライス!!!!あなたはとても強いウマ娘でした!!!!

私が追いつくまで、走り続けてください!!!!」

 

 

大声でライスシャワーの応援をする二人だったが、

いかに声を大きくしようともやはりこの空気の前ではあまりに小さすぎた。

しかも菊花賞に続いて二度目の記録阻止。菊花賞の時の雰囲気を覚えてるものも多く、

ライスシャワーにはブーイングを飛ばして当たり前というような空気が出来上がっていたのだ。

 

周りの雰囲気に流される者や同調圧力に巻き込まれる者がいる一方、

少数はいるであろう、ライスシャワーを応援するものはこの空気に委縮してしまい声を出せない。

時を経るごとにブーイングと不満の声が大きくなっていく。

そして客席の声が大きくなるたび、反比例するようにライスシャワーの声は小さくなっていった。

レコードを取った輝かしい勝利でのウイニングライブだが、声も動きもキレがない。

 

(せっかくライスさんがわたくしに勝ったというのにこんな声ばかり…

わたくしがライスさんの勝利を称えているのをターフで見せたというのに、

なぜあなたたちは素直に祝福してあげられないのですか…!)

 

内心怒りを覚えるマックイーンだが、これ以上何かをしてあげられるわけでもない。

 

またしても起きてしまった、

「勝者が否定され、敗者が称えられ応援される」という異常な光景のまま、

ウイニングライブは幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

ライブ終了後、ライスシャワーの控室。

 

「ライス、ライブお疲れ様。今日は頑張ったね。

お祝いに何か、おいしい物でも食べに行こう!」

 

「お疲れ様です。やはり祝勝会ですか、いつ出発しますか?私も同行します」

 

「……ありがとう。でもライス、今日は疲れちゃったから…帰るね…」

 

目も合わせずに震える声で答えるライス。

観客たちの声が、またライスを深く傷つけていることがすぐにわかる。

 

「ライス!私も、ブルボンさんも、ファンの人も、ライスのことずっと応援してるよ!

また次もライスの走りを見たいって、みんな期待して…」

 

「そうだったら、よかったのにね」

 

それだけを言い、外へ出て行ってしまった。

 

「あ、ライス…!」

 

「ライス…」

 

「やっぱりこうなっちゃった…。でも今度は、私がしっかり支えてあげなくちゃ…!

明日になったら少しは気持ちも落ち着くかもしれないし、

今日は休ませて明日から頑張ってケアしてあげよう…」

 

「そうですね。早く元気を取り戻してくれればいいですが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

失意に沈むライスシャワーは部屋でネットニュースを見ていた。

 

『ライスシャワー またも偉業を阻む』

『メジロマックイーン 無念の敗北』

 

 

(ブルボンさんとテイオーさんに励まされてもう一度頑張ってみたけど…

貰えたのはブーイングばっかり…みんな喜んでくれない…褒めてくれない…

やっぱりライスはいらない子なのかな…ヒールなのかな…)

 

ミホノブルボンたちの励ましでもう一度頑張ると決めたライスシャワー。

しかしその頑張りに与えられたのは多くの非難の声だった。

 

あの時、きっと誰よりも辛かったライスシャワー。

だけど、それでも誰よりも頑張った…その結果がこれなのだ。

彼女の心はどれほど傷ついただろうか。もう走らない、と考えてしまうのも当然だろう。

 

しかし未練が無かろうはずもない。

彼女はウマ娘。本当は、走るのが何より好きなのだから。

 

(ライスが勝って喜んでくれた人…いないのかな…)

 

もう一度頑張ると決めた。その結果貰えたのはブーイングだった。

 

褒めてくれたのはお姉さまとブルボンさん、

それとマックイーンさんら一緒に走った人だけだ。他のみんなは…

 

『ファンの人も、ライスのことずっと応援してるよ!』

 

ファンの人?そんなのいるのだろうか。

今や、人の夢を壊してばかりの自分に?もう全員いなくなっちゃったんじゃないのかな。

 

でも、もし、本当に。自分の勝利を喜んでくれた人がいるのなら――――

 

そう思いながら天皇賞の話題を調べ始めたライスシャワー。

いわゆるエゴサだが、メンタルが強い人間以外には到底おすすめ出来ない行為。

話を聞けば誰だってやめておけと言うだろう。当然彼女も頭では理解しているが…

 

自分の走りで人を笑顔にしたい。

本当は、走ることが好き。

友達、仲間、ライバルに励まされた。

もう一度頑張ると約束をした。

 

走るのを辞める理由はいくつもあった。それでも、辞めたくない理由もいくつもあったのだ。

辞めない理由を見つけて、これからも走りたかった。

 

『ライスシャワー 稀代のヒールとしての活躍』

『記録破壊者ライスシャワー 次の犠牲者は誰だ!?』

『メジロマックイーンを下したライスシャワーに期待の声』

 

批判的なものが多い。しかし眼に入るものすべてがそうだったわけではなかった。

批判に心を痛めつつも、自分を認めてくれる声も少しはあることに心から安堵する。

 

(……ライスを認めてくれる人も、少しは居るんだね)

 

幾つものページを見続けるライスシャワー。

あるとき、ふと目に留まったのはどこかの掲示板だった。

 

『ライスシャワーってどう思う?』

 

タイトルには悪口が書かれていない。もしかしたら喜んでくれているのかな?

そう思い開いた掲示板。しかしその内容は。

 

 

『ブルボンの三冠に続いてマックイーンの三連覇も阻むとか性格悪すぎだろ』

 

『ほんとそれ。三連覇を期待してたのにガッカリ過ぎるわ』

 

『普段それほど成績よくないくせに、なんでここぞという所で無駄に勝ってんの?

腹立つんだけど』

 

『そこから連勝とかしてるならともかく有マ記念だと8着だもんな。やる気あんのかよ』

 

『ブルボンに勝っといてあの有様じゃ、ブルボンの格まで下がっちまうわ』

 

『記録かかってるウマ娘が相手じゃないと気合入らないんじゃない?やっぱ性格悪いわ』

 

『完全にヒールだよな。何がライスシャワーだよ俺らに苦しみを浴びせてるだけじゃん』

 

罵詈雑言の内容に涙を浮かべ、唇をかみしめる。

それでも、きっと喜んでくれている人がいるとを期待して見てしまう。

下の方まで見ていくうちに、とあるレスが目に留まる。

 

 

『ライスシャワーは別に悪くないでしょ。頑張って勝ったんだからさ』

 

 

(……!!!)

 

悪口ではない内容に嬉しくなるライスシャワー。

しかしその喜びは、続きを読んだ瞬間チリのように吹き飛んだ。

 

 

 

『悪いのはライスシャワーじゃなくてトレーナーの方でしょ』

 

 

 

「……え?」

 

 

『トレーナーの方が悪いってどうして?』

 

『どのレースに出走するかを決める権利があるのってトレーナーだろ?

つまり記録妨害目指してるのってトレーナーの方ってことじゃん』

 

『確かに。ライスシャワーはもう完璧にヒールになっちゃったけど、

そうなったのは少なくともトレーナーのやり方のせいではあるな』

 

『ライスシャワーのトレーナーって、

天皇賞出る前に【マックイーンに勝つ!】とか大仰な事言ってたよな。

まあ実際勝ったからその通りではあるんだけどさ。

でもその記事に映ってたライスシャワー、なんか嫌そうな顔してたよ。

トレーナーに無理やりつき合わされたんじゃないの?』

 

『そういえばあの会見、トレーナーが一人で喋ってるだけだって話題になってたな』

 

『ライスシャワーが無理矢理つき合わされてた説、すごい信憑性ある』

 

『他では名前聞いたことないトレーナーだしなあ。

記録妨害すると話題になるから、それを狙って自分の名前を売ろうとか思ってんじゃない?』

 

『そうだとしたら性格悪いな。つーかそれで勝ってもさ、

単にライスシャワーが強かっただけでトレーナーの実力じゃないんじゃないの?』

 

『まあ実力あったらもっと何人も強いウマ娘を出してるだろうからな。

チームスピカとかチームリギルのトレーナーは優秀よな』

 

『その辺と比べると見劣りするってレベルじゃないな。

こっちはライスシャワー一人だけだし』

 

『有マ記念で大した成績出せなかったのもトレーナーのせいか?

手を抜かせたのか、それとも指導が悪いだけなのかは知らんけど。

ブルボンに勝ったくせになんだあの情けない走りは』

 

『あれは単に記録ぶっ壊すようなレースじゃないと、

ライスシャワーのやる気が出なかっただけなんじゃない?』

 

『でもライスシャワーっていつも必死そうな顔して走ってるぞ。やる気ないとは思えないけど』

 

『じゃあやっぱりトレーナーの問題?いつも必死そうなのってさ、

トレーナーにやりたくないことを無理矢理させられてるからなんじゃない?』

 

『そう考えるとライスシャワーもかわいそうだな。

トレーナーのやり方のせいでヒールになってんだもん』

 

『ライスシャワー自体がどういう性格なのかは知らんが、

少なくともトレーナーの性格が悪いのは間違いないな』

 

 

「……どうして」

 

自然と口から言葉が飛び出る。

 

「どうしてみんな、こんなひどいこと言うの」

 

これまではどれほどの非難を受けようと、反論することもなく、開き直ることもなく、

「自分が悪い」と考えてしまい自分を責めていたライスシャワー。

 

だがこの会話を見たときに生まれた感情はそれとはまったく異なるものだった。

温厚で穏やかで優しい彼女にとっては滅多に生まれない感情…怒り。

それも、彼女の人生の中で初めての、心の底から激しく湧き上がる怒りであった。

 

この天皇賞で勝って、自分を育ててくれたお姉さまのことを認めてもらいたかったのに。

ライスにヒールって言うのはいいよ。でもなんでお姉さまの事まで悪口を言うの?

 

ミホノブルボンの言葉を思い出す。

 

『ブーイングはチャレンジャーの勲章です。傷つく必要はありません』

 

それはそうかもしれない。だけどこれは自分に向けられたブーイングではない。

自分ならともかく、親愛するトレーナーへの誹謗中傷はとても許せるものではなかった。

 

 

「どうして」

 

「どうして」

 

「どうして」

 

「どうして」

 

スマートフォンを投げ捨て、ベッドで布団にくるまりながら何度もつぶやく。

激しい怒りなど一度も経験したことのない彼女には、

この感情をどう処理すればいいのかわからなかった。

上手く扱えない感情に苦しみ、体を震わせながら、疑問の言葉が口をつく。

 

自分だけならまだわかる。しかしなぜ自分じゃなくお姉さまが責められる?

 

 

『ライスシャワーさん!私の担当ウマ娘になってください!』

自分を担当に、と誘ってくれたお姉さま。

 

 

『ライス、今日もいい走りだったよ!』

自分の走りをほめてくれたお姉さま。

 

 

『トレーニングメニュー考えてきたよ。一緒に頑張ろうね!』

自分を成長させてくれたお姉さま。

 

 

『ラ゙イ゙ズ~!優勝お゙め゙で゙どお゙お゙お゙お゙~!』

初めて優勝した時、自分よりも喜んでくれたお姉さま。

 

 

『ブルボンさんに勝つ…できるよ、ライスなら!』

憧れのレースで、尊敬するライバルに勝つため、二人三脚で全力で取り組んでくれたお姉さま。

 

 

『ライスの事、信じてるよ』

どんな時でも自分を信じてくれたお姉さま。

 

 

自分がここにいるのは、

自分が頑張ってこれたのは、

自分が成長できたのは、

みんなお姉さまがいたからだ。

 

性格が悪い?ライスがかわいそう?

どうしてそんなことを言うの?

何も知らないくせに勝手な事を言わないで!

お姉さまはライスにとって誰よりも大切な人なのに!

 

 

 

 

数十分ほどたち、ようやく気分が落ち着いてきた頃。

 

「どうして…?」

 

それでもまだその言葉が口をつく。

しかし今度は、その言葉を噛みしめることができた。

 

 

どうしてお姉さまやライスが責められているの?

『それは、ブルボンさんやマックイーンさんに勝ったから』

 

 

どうして勝ったら責められてしまうの?

『それは、みんながブルボンさんやマックイーンさんの勝利を望んでいたから』

 

 

どうしてみんなはブルボンさんやマックイーンさんの勝利を望んでいたの?

『それは、ライスが勝つなんて思ってなかったから』

『それは、ライスの成績が二人に比べて良くなかったから』

 

 

どうして勝つと思われなかったの?

どうして成績が良くなかったの?

『それは、』

 

 

 

 

「ライスが…」

 

 

「ライスが『弱かったから』だ」

 

 

 

いままでずっと思っていた。どうして勝った自分が責められるのかと。

あまり考えないようにしていたが、心の奥で思っていたこと。

 

自分が勝ったのに。自分の方が強かったのに。

なぜ強かった自分よりも、弱かった人が褒められているの?応援されているの?

 

今、分かった。それは間違いだったんだ。

勝ったのは事実。だけど、自分はその人よりも強かったんじゃない。弱かったんだ。

弱かったくせに、強い人に勝ってしまった。

だからみんな怒ったんだ。弱いくせに出しゃばるなと。

 

ならどうする?走るのをやめようか?

違う。ここで辞めたら、お姉さまも自分も嫌われたまま終わってしまう。そんなの嫌だ。

 

では、勝ってしまったことを謝罪するのか?

違う。自分と走ってくれたライバルたちを否定することになる。そんなの嫌だ。

 

では、ヒールにならないよう細々と軽く手を抜いて続けるのか?

違う。自分を信じてくれたお姉さまやブルボンさんを裏切ることになる。そんなの嫌だ。

 

では、批判を無視して続けるのか?

…違う!お姉さまを悪く言われたことは許せない!そんなの嫌だ!

 

なら、許さないとしてどうするの?

相手は顔も名前もわからない。こちらの声なんて届かないよ。

 

それに…あんなことを言われたのは自分が弱かったからだ。

自分が強ければこんなことを言われずに済んだ。

そうだ、許せない。何よりも、弱い自分のことが!

 

『あなたは私のヒーローです』

『私にとっても、ライスはヒーローだよ』

 

自分を認めてくれた人たちの思いを裏切りたくない!

 

またミホノブルボンの言葉を思い出す。

 

『いつかこれが歓喜と祝福の声になる日は必ず来ます。あなたが勝ち続ければきっと』

 

 

 

「ライスが…勝ち続ければ…」

 

 

 

そうだ。自分が弱かったから、勝っていなかったから、この勝利も祝福されなかった。

それなら。勝てば、勝ち続ければいい。弱い自分を壊し、強い強い自分になる。

そうすればみんなが自分を認めてくれる。そしてお姉さまの事も認めてくれる。

それが今自分に出来る唯一のことなんだ。

 

 

 

彼女の瞳に漆黒の炎が灯る。

 

自分はいくつもの夢を壊してきた。そして走り続ける限り、また誰かの夢を壊すだろう。

だけどその道を走り続けて行けば、いつかきっと自分が人の夢になることができる。

それならば壊した夢に報いるためにも、ここで逃げ出すなんて許されない。

 

なろう。強いウマ娘に。

いつも勝つことを願われるウマ娘に。

負けることを望まれないウマ娘に。

ライスシャワーには勝てなくて当然だ、と思われるほどのウマ娘に。

 

勝つことが当たり前なら、自分の勝利でもみんな喜んでくれる。

勝つことが当たり前なら、誰かが自分に負けてもみんな悲しまずに済む。

勝つことが当たり前なら、みんなの心を一つにできる。

勝つことが当たり前なら、誰もが憧れる存在になれる。笑顔にできる。

 

『Eclipse first, the rest nowhere』 唯一抜きん出て並ぶものなし。

 

強くなろう。誰よりも、何よりも。

私、もっと強くなるから…待っていてね。

 

 

レースの終盤、心にともったあの気持ちを思い出す。

 

 

そうだ…

 

 

 

ライスは…

 

 

 

ライスは…ヒールじゃない…

 

 

 

 

 

 

ヒーローだ…!!!

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。